マイティー・ファイターの謎
フィオナは数時間のうちに初代マイティー・ファイターの制作に関わったスタッフ全員をリストアップし、生死も含め、現在の居場所を調査し始めた。
特に斉藤博という人物が重要視された。
彼は全編にわたって演出を務めているのだが、第7話だけ齋藤博と旧字体でクレジットされていた。その理由を知る必要があった。
しかし番組は今から30年以上前に制作されたものであり、主要なスタッフでさえ、近況を知るには困難を極めた。特に監督やプロデューサーなどの大御所は当時既に50歳を超えており、その生死が危ぶまれるほどであった。
この調査には、3人の捜査員があてがわれた。倉沢剛司、龍哉、菅原翔吾である。ただし菅原刑事には児島華琳の警護という仕事があるため、主に倉沢親子が昼夜を問わず駆け回ることとなった。
彼らは奏絵が指摘したいくつかの疑問を解決すべく、所在が判明したスタッフから順に聞き込みを開始した。
倉沢剛司は、問題の斉藤博を訪ねた。指令長フィオナは優先的に彼と面会する段取りをつけてくれた。
当時子ども向けテレビ番組の演出をしていた斉藤は、今は郷里の金沢に帰って、彫金の仕事をしていた。
そこで剛司は金沢市郊外にある彼の工房へ出向いた。高台の上に建つ質素な小屋からは市内が一望できた。
応接間で待っていると、立派なひげをたくわえた初老の男が入ってきた。人懐こい顔で握手を求めてきた。
「わざわざ東京からお越しになったとか。ご苦労さまです」
刑事はまずは展示してあった彼の作品を褒めた。
「私は根っから物を創るのが好きなんでね。最初は見よう見まねで始めたこの仕事も、今では教室を開くまでになりました」
斉藤は満面の笑顔で言った。
若い女性がお茶を出してくれた。妻だと紹介された。
斉藤は一口お茶を啜ってから、
「ところで、ご用というのはマイティー・ファイターの件でしたな」
「はい」
剛司は相手の方から本題に切り替えてくれたので、内心ほっとした。他にも会わなければならない人物が大勢いる。ここで時間を取られる訳にはいかなかった。
「電話でその名前を聞いた時、一瞬何のことか分からず当惑しましたよ。でも次第に色んなことが思い出されて懐かしくなりました」
「斉藤さんは初代マイティー・ファイターの演出をおやりになったのでしたね」
「はい、そうです。あの頃は私も若かったからね。毎日が忙しくて、そりゃあもう勢いだけで仕事をしていたようなものです」
「あの番組は大成功でしたね。その証拠に続編が今もなお作られています。子どもの夢を紡ぐという誇りある仕事で、羨ましくなります」
「いやあ、刑事さんにそう言ってもらえると恐縮ですなあ」
斉藤はすっかり薄くなった頭を掻いた。
「いつ頃、テレビの仕事はお辞めになったのですか?」
剛司はわざとのんびりした調子で訊いた。実はこれには訳がある。相手を急かしては、これからの質問をじっくり考えてもらえなくなる恐れがある。ここは我慢のしどころであった。
「マイティーの後、しばらくは刑事ドラマをいくつかやりました。アクションの多いやつをね。でも40を過ぎた辺りから、これじゃないなって気になりましてね」
「それで、こちらに戻ってこられた?」
「ええ、私には時間に追われる仕事ってのが不向きだったのでしょうな。テレビの仕事はどうしても納期ありきでして、たとえ満足がいかなくてもそれでオッケーになってしまう。そういうのがどうも肌に合わなかった」
「なるほど。それで今は心行くまで作品と向き合うことができる、と」
「そうです、そうです。刑事さんはよく分かっていらっしゃる」
斉藤はすっかり心を開いてくれたようだった。
「それでは、マイティー・ファイターについてお聞きしたいのですが、よろしいですか?」
「ええ、どうぞ。何でもお答えしますよ」
剛司は奏絵が指摘した疑問点を提示してみた。しかし斉藤は唸るばかりで答えを持っていなかった。何も覚えていないと言う。
刑事は、自分の手掛けた作品について何も覚えていないという老人が信じられない気がしたが、最後に最も重要であると思われる質問を切り出した。
「斉藤博というあなたの名前はマイティー・ファイターの演出家として24話全てに登場しています。しかし第7話だけは、斉藤という文字が旧字体に変更されています。それはどうしてでしょうか?」
彼は不思議そうな表情を浮かべた。
「ん、名前が間違っていたということですか?」
剛司は紙に旧字体の文字を書いて見せた。
「一度だけ、この文字を使っているのですよ。明らかに意図があってやったことだと思うのですが、その理由を知りたいのです」
剛司は身を乗り出して訊いた。
「いやあ、覚えてないですな。むしろ今初めて知ったと言ってもいい。どうしてそんなことがあったのでしょう?」
この時、刑事は彼の表情の変化を観察した。しかし嘘をついているようには見えなかった。
「そもそもこの字は誰が書くのですか?」
「今はコンピュータで文字を打つんだが、昔は写植屋という専門の仕事があってね。文字を切り抜いて、それに光を当ててフィルムに焼き付けたのですよ」
斉藤は昔のことを生き生きと話した。
「その写植屋さんが勝手に文字を作ったりはしませんよね」
「ああ、そりゃもちろん、文字はこちらから依頼するんでね」
「では、その依頼した時点で旧字体の齋藤にすり替わっていたということですね」
「まあ、そういうことになりますな」
「誰が、何の目的でそんな依頼をしたのでしょうか?」
「さあ、さっぱり分かりませんね」
刑事はここで終わらせる訳にはいかなかった。
「もし斉藤さんの同僚が番組を見たら、異変に気づくのじゃありませんか? そうしたら、どうしてこんなことになったのかと当時話題に上がったと思うのですが」
「実際、制作者サイドはエンドロールまでいちいち見てないものなんです。そんなことより、次のフィルムの制作に取りかからないといけないからね。毎週放送されている番組だから、でき上がったらすぐに納品して、またすぐに次の準備に入る。正確に言うと、効率を上げるために2本、3本と同時進行するのも当たり前の世界だから」
なるほど、そういう状況下であれば、奏絵が指摘したミスが多発していたのも頷ける。しかしクレジットの件はミスではない。そこには明らかに何らかの意図があったのだ。
「では、誰かがイタズラでやったということは考えられませんか?」
剛司は粘った。
「でも、私が気がつかなければ、イタズラにもならないじゃないですか」
斉藤は笑い飛ばした。
一方、倉沢龍哉はフィオナから渡されたリストを元に都内の音楽事務所へと向かった。
当時効果音を担当していた女性が、今は会社の専務をしているという話だった。その女性専務は多忙ながらも、高校生の面会に応じてくれた。これも事前にフィオナが警察の捜査であると伝えてくれたおかげである。
龍哉はタブレットを持参し、様々な問題点のある映像を見せてその疑問を一つひとつぶつけてみた。しかしながら結果は芳しいものではなかった。
やはり彼女にとってマイティー・ファイターは過去の仕事であり、何も覚えていないと言うのである。
「あの作品は、私にとってこの業界に入るきっかけに過ぎません。何十年も経った今、どんな苦情を言われても何も感じませんね」
専務はきっぱりと言った。
どうやら奏絵の指摘は全てが番組への苦情に聞こえるらしかった。彼女は無意識のうちに保身に走っているようだった。それは無理もない。現在の地位を守るためには、下手に過去と関わらない方が無難だからである。
龍哉は落胆した。当時制作に関わったスタッフでさえ、もはやマイティー・ファイターには興味がないというのだ。高校生は肩を落として事務所を後にした。
金曜のこの日、テレビ局でCM撮影と生放送が予定されている。マネージャーはこの後黒沢杏奈と現場で合流する約束になっていた。




