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筑間奏絵の推理

 翌日の放課後も、彩那と龍哉は揃って病院へ出向いた。

 揺れるバスの中、専用回線を開いてみたところ明日香はいなかったので、奏絵に今日のダンス練習は中止する旨を伝えてもらうことにした。

 病院に着いたが、今日は楠木かえでの姿は見当たらなかった。よって兄妹間で普通に会話ができる。

 担当医から術後の経過を聞いた。

 矢口邦明にはしばらく安静が必要で、今は人と会って話せる状態ではないと言う。今夜にも九州から母親が駆けつけるらしい。

 フィオナに報告を入れると、母親との面会は菅原刑事に任せると言った。

 親族には事故の概要を説明する必要があるためである。同時に息子から何か聞いていないか情報を得る目的もある。場合によっては、母親立ち会いの下、彼の自宅から事件と関係性のある証拠品を捜すこともあると言う。

 兄妹は中庭のベンチに並んで腰掛けた。幸い周りに人は誰もいない。遠くで看護師が車椅子をゆっくり押している姿が見えた。

「矢口さんの怪我は単なる事故なの、それとも事件なの?」

 彩那はフィオナに問い掛けた。

「結論から言うと、偶然の事故だと思います」

 すぐに菅原刑事が後を継いで、

「現場検証をしましたが、スタジオの状況とスタッフの証言を突き合わせると、不審な点は見当たりませんでした」

「楠木さんの話では、照明器具の固定が甘く、振動で落下したとのことですが、そういうことはよく起こるものなのですか?」

 奏絵が好奇心を抑え切れないのか、割って入ってきた。

「私もそれが気になったので調べたのですが、正確に言うと落下したのは天井に固定された照明器具ではなく、間接照明のスポットライトなのです。実はあの日、セットの模様替えが行われていて、機材の一部が仮置きになっていました。スポットライトの支柱もその一つで、大道具スタッフと接触して倒れたという訳です」

 奏絵は黙って聞いている。

「現場のスタッフによると、最近のスタジオでは安全対策が取られていて、天井の照明が緩んで落下するということはまずないという話でした」

「ねえ、彩那。楠木さんは確か天井から落下したと言ったわよね?」

「えー、どうだったかな。はっきりとは覚えてないけど」

 するとフィオナが、

「龍哉の端末に録音された音声を聞くと、確かに天井に吊してあった照明器具が落下したと言ってますね」

「やっぱり」

 奏絵には何か考えがあるようだ。

「でも、そんなのちょっとした言い間違いじゃない? 意味的には合っているんだし」

「まあ、そうなんだけど」

「第一、彼女は矢口さんを助けようとして腕に怪我をしたのよ」

 彩那は友人に噛みついた。

「スタッフの何人かが支柱の倒れる瞬間を見ています。楠木かえでは倒れる支柱の傍にいて、それを反射的に受け止めようとしたらしいのです。ですが高齢の身ですから、間に合わず右肩から腕にかけて打撲したという訳です」

 菅原刑事が説明した。

「楠木さんが支柱を倒したんじゃないですよね?」

 彩那は思わず確認した。

「そんなことはありません。支柱を倒した張本人は名乗り出ていますので」

「ほら見なさい。奏絵は、どうして善良な人を疑うのよ」

「いや、疑っている訳じゃないのよ。ただ表現が不正確だなと思って」

「あんたは細かい所に拘りすぎなのよ。誰だって興奮していたら、間違うことだってあるでしょ」

「まあ、そうかもね」

 奏絵はそれ以上反論はしなかった。

 二人のやり取りを聞いていたフィオナは、

「ところで、以前スタジオで猪野島朱音の飲み物に毒が盛られた時、矢口邦明はその場に居たのでしたね?」

「はい、彼からも事情を聞いています」

 菅原が答えた。

「その時、何か彼に変わった様子はありましたか?」

「いいえ、不審な点はありませんでした。現場に居たのは、スタッフとして当然のことで、特別なことではないからです」

「報告書を読むと、矢口は犯人の心当たりはないと証言していますね」

「はい。仕事に夢中で、メンバーの動向には注意していなかったと言っていました」

「もし彼が今回狙われたとすれば、それは犯人によって都合の悪いことを見られた、または知られたからということになりますが、矢口が誰かを脅迫していたという可能性はどうですか?」

「彼の身辺を調べましたが、職場に友人はおらず、いつも一人でいることが多い人間です。しかし仕事は熱心で、借金を抱えていることもありません。それに性格的にも誰かを揺すったり、脅迫したりするような人間ではないと思います」

「どうしてみんなで矢口さんを疑うのよ? 彼は大怪我をした被害者なのよ」

 彩那が我慢ならず口を出した。

「すみません。これも我々の仕事なので」

 菅原は謝った。

「別に菅原さんを責めている訳じゃないのですけど」

「こちらは見えない相手と戦っている訳ですから、たとえ些細なことでも積み上げて、犯人像を作らねばなりません。これは感情的な問題ではなく、戦略的な問題です」

 彩那はフィオナの言葉に憤慨した。

「私も、今回の事件は脅迫状とは無関係だと思います」

 今度は奏絵が口を開いた。

「劇場型犯罪を好む人間が予告とは違った順序で、しかもアラセブではなく裏方に手を出すとは考えにくいからです。犯人にとって、相手からフェアではないと指摘されるのが最も嫌な筈です。

 仮に我々が犯人を追い詰めているならば、捨て身の作戦に出ることもあるでしょうが、残念ながら今はまだそんな状況にはありません。犯人は我々より優位に立っていると考えていることでしょう」

「そうですね。奏絵の言う通りです」

 フィオナはそう言った。

「念のため、矢口がマイティー・ファイターと関わったことがあるかどうかも調べましたが、それもありませんでした」

 と菅原。

「そのマイティー・ファイターについてですが」

 奏絵が切り出した。

「この事件はどのくらい続くのかは分かりませんが、初代だけでも24話あり、犯人の要求が通って毎週放送したとしても、半年掛かってしまいます。犯人はそれだけ長期間自己主張を抑えていられるのか疑問に思います。

 とすれば、犯人が国民に見せたいのは、初代しかも最初の方ではないかとヤマを張ってみました。それで8話までに的を絞って7回繰り返して観た結果、おかしな点がいくつか見つかったので、それを挙げていこうと思います」

「奏絵、本当に7回も観たの?」

 彼女の執念に驚くほかなかった。

「まず最初に、第2話と第5話の爆発シーンは同じ映像が使い回されています」

「まったく同じ映像なのですか?」

 フィオナが訊いた。

「はい。番組の最後、戦隊ヒーローが必殺技で怪人の息の根を止めるのですが、この2回だけは同じ映像が使われています」

「でも、それがどうしたって言うの?」

 彩那が口を挟むと、

「今は、そこに犯人の意図があるかどうかはさておき、とりあえず奏絵の指摘に耳を傾けることにします」

 指令長は一蹴した。

「続いて第3話で、不思議なことに登場する小学生の女の子の髪が、途中で長くなったり短くなったりしています」

「おそらく別日に撮ったものが混在して、編集ミスによって前後しているのでしょう」

 フィオナが言う。

「さらに第5話と第8話。ストーリーがまったく違うのに、怪人の台詞が一字一句同じなんです」

「それは脚本家の手違いでしょうか」

「おそらく台本作成時のミスだと思われます。脚本家の名前は宗方むなかた壮水そうすい。調べたら、この人は去年ガンで亡くなってます」

 奏絵はそこまで調べ上げていた。

「次に、これは撮影時のミスだと思うのですが、第6話で主人公が敵を追いかける緊迫したシーンで、沿道に笑って立っている男性が写り込んでいます」

「へえ、それは逆に観てみたいわ」

「続いて第7話。登場する怪人の手にするアイテムが、当時流行していた筆箱に酷似していて、実際クレームがついたという話がファンの間で語り草となっています」

「それは私も気がつきました。今配信されている動画では、その部分にぼかしが入っていますね」

「同じく第7話には、エンドクレジットに名前の間違いがあります」

「名前の間違い?」

 フィオナが繰り返した。

「番組の終わりに制作スタッフの名前が出てきますが、これは毎回ほとんどが同じです。でも回によっては違う名前が出てくることもありますよね」

「そうですね。その理由としては、契約上の都合であったり、他の仕事や体調不良による欠席だったり色々考えられます」

「ええ、それ自体に問題はないのですが、一度だけスタッフの名前が間違ってクレジットされるのです」

「それこそ、文字の打ち間違えじゃないの?」

 彩那が言うと、

「文字が間違っているのですか?」

 フィオナが重ねて訊いた。

「いいえ、日本語では同じ名前でも字体が違うことがありまして、今回は、斉藤と齋藤の違いです。6話までは斉藤と書かれていたのが、7話だけ突然旧字体の齋藤になるのです。そしてまた8話からは斉藤に戻る」

 彩那は指を鳴らして、

「ああ、そういうこと。倉沢の『沢』も難しい方の『澤』があるからね。倉沢と倉澤、読み方はまったく同じだけど字が違うもの」

「私のクラスメートに渡邊さんがいるから聞いてみたのよ。そしたら、やっぱり名前にはこだわりがあるから、面倒くさいからといって渡辺とは書かないって言うの。それだけは譲れないって」

「だから、それは単なるミスなんでしょ?」

「それはあり得ないわ。だって本来は略字なのに、7話だけ難しい方の旧字体にしているのよ。間違えたというなら、普通は逆でしょ?」

「なるほど、そういうことか」

「それに番組は7回まで制作しておいて、今更スタッフの名前を間違うなんて考えられないわ」

「それはいい発見をしましたね」

 フィオナは奏絵を褒めた。

「いずれにせよ、これは当時のスタッフに当たるしかなさそうですね。しかし、人数も多く、今どこにいるかを把握するのに時間が掛かりそうです」

 指令長はそう言ってから、

「大急ぎでスタッフのリストを作成しますので、倉沢課長、菅原、龍哉は手分けして聞き込みをしなさい」

 と指示を出した。

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