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杏奈を不安にさせる熱狂的ファン

 月曜日の朝、彩那と龍哉は早く起床し、奏絵が用意した朝食を食べてマンションを出た。地下鉄とバスを乗り継いでの登校である。

 最寄りのバス停で降りて、学校に向かって歩いていると、遠くに奏絵の背中を見つけた。交差点で横断歩道を歩く彼女は、何やらしきりに口を動かしている。

「あの子、さっきからずっと独り言をつぶやいているわね」

 彩那は隣を歩く龍哉に言った。

「たぶんフィオナと話してるんだろ」

 そういえば、これまで登校時に回線をつないだことはなかった。まさかこの時間に危険が迫っているとは思えないからである。

 二人は足早に友人の後を追った。

 ふと、新人アイドルに一つの懸念が生まれた。

「ねえ、私も舞台に立っている時、あんな風に口を動かしてるってわけ?」

「ああ、そうだな。ただお前の場合は、歌を唄っているように見えるがな」

「そうよね。でも、考えてみれば踊りだけじゃなく、口もみんなと合ってないってことよね?」

「まあ、口の動きまでは観客に見えてないとは思うが」

 ようやく友人に追いついた。

「おはよう」

 奏絵は振り返ると、龍哉に向かって軽く会釈をした。

「朝食ありがとう。とっても助かるわ」

「ううん、別にいいのよ」

「フィオナと話してたの?」

「そうよ」

 美少女の大きな瞳に促されて、彩那もイヤホンをつけて回線に入った。

「奏絵は、雑誌記者の真木貴弘が気に掛かるという訳ですね?」

 フィオナが会話を続けていた。

「はい。あの記者は五十音順にメンバーが狙われていることを知っていました。本人はこれまでの状況から判断したと言ってましたが、脅迫状を読まない限り、その予測は難しいのではないでしょうか?」

「私もそう思って、調べてもらいました」

 指令長は菅原刑事を呼び出した。

「例の脅迫状がマスコミ各社に送られた形跡はありません。もしそれをマスコミが知っていたなら、アラセブには大勢の記者が群がると思うのです。しかし今は真木一人しか動いていません」

「真木の会社だけに送ったということは考えられませんか?」

 フィオナがさらに訊くと、

「彼の所属する報道ジャパンというのは、それほど大手ではありません。そんな影響力のない出版社だけに、わざわざ犯人が脅迫状を送りつけるとは考えにくいのです」

 菅原が報告した。

 なるほど、犯人が犯行予告をマスコミに発表したかどうかを調べたのだ。劇場型犯罪を好む人間なら、そうしてもおかしくないからである。

「確かにマスコミを巻き込んで事を大きくしたいのなら、もっと大々的にマスコミ各社に送りつけるでしょうね」

 奏絵が意見を述べた。

「では、真木貴弘についてもう少し詳しく調べなさい」

「分かりました」

 そう言って、菅原刑事は回線から外れた。

 奏絵がさらに続ける。

「彼は犯人の狙いが実は須崎多香美であると断言しました。私もそれは十分あり得ることだと思います」

「犯人はアラセブの解体、もしくはメンバーの精神的支配を目的としているという話でしたね」

「はい。もしそうなら、他のメンバーを襲うのはフェイクで、捜査の目を攪乱していることになります」

「それで、須崎多香美の警護が必要だと考えている訳ですね?」

「はい、その通りです。これまでの被害者は軽傷で済んでいますが、須崎多香美はそれだけで済まないからです」

 奏絵にとっては、リーダーの殺害という真木の言葉が衝撃的だったのだろう。念には念を入れておきたい気持ちは理解できる。

「確かに、児島華琳には菅原をつけていますが、須崎多香美はノーマークです。ただし犯人の予告に従うなら、須崎は児島の後になります」

「はい。しかしそれが陽動作戦なら、対応を間違うことになりますから」

「奏絵の気持ちは分かりますが、私はもうしばらく黒沢杏奈を狙わせる作戦を続けたいと思います」

 フィオナの意志は固かった。

「そもそも犯人の目的が不明なのですから、予断は禁物です」

「はい、分かりました」

 奏絵は素直に応じた。

「犯人の本当の動機が知りたいよね」

 彩那が口を挟むと、

「そこなのよ。真木記者の言うように、アラセブを直接狙うだけなら、例のヒーロー戦隊の再放送はまったく意味をなさないのよ」

 奏絵が隣で言った。

「そう言えば、そんな要求があったわね」

 彩那はすっかり思い出した。

「初代マイティー・ファイターはもう二周り見たけど、犯人からのメッセージらしきものはまるで見つからないの。それに出演者やスタッフの名前に響くものは何もないし」

「そうそう、田神紗良の叔父さんはどうだったの?」

 確か業界人で、アラセブとその戦隊ドラマがつながる可能性があった。

「田神道夫でしょ。ドラマにはそんな名前出てこないわ」

 それにはフィオナも、

「私も初代、2代目、3代目まで視聴しましたが、メッセージらしき映像は確認できませんでした。犯人はどうしてこのドラマの再放送を要求しているのか、いまだに不明のままです」

 一同が沈黙した後、指令長が再び口を開いた。

「彩那、いずれにせよ、今週が勝負になると思います」

「えっ?」

「麻村、猪野島、笠郷の襲われた間隔が十日前後だからですよね?」

 奏絵がすかさず補足した。

「そうです。今週末にその十日目がやって来ます。何かが起きる可能性が高いです。十分に注意しておきなさい」

「任せておいてよ、フィオ」

 彩那はいつもの調子で応えた。


 校門付近まで来ると、

「おーい」

 と背後から声を掛ける者がいた。

 3人が一斉に振り返ると、そこには小柴内正幸の顔があった。

 今、一番出会ってはならない人物での登場である。

「いい、無視するのよ」

 彩那は龍哉にそう伝えると、足早に校門をくぐった。

「お前たち、何で俺を避けるんだよ」

 小柴内は猛然と走ってきて、不満を漏らした。

「別にそんなことないぞ」

 龍哉の陰に隠れるように、彩那はさっさと前だけを向いて歩いた。

「週末はさ、アラセブのミニコンサートと握手会に行ってきたんだぜ」

 ファンは自慢げに語った。

「あっ、そう」

「ふうん」

 倉沢兄妹は興味なさげに答えた。

「それでな、俺が……」

 まだ話を続けようとするところに、

「今年の冬は、アラブの石油が高騰しないかどうか心配だな」

「ねえ、二次方程式の判別式って何を判別するんだっけ?」

 兄妹はそれぞれ同時に別の話題を持ち出した。

「あのなあ」

 小柴内は二人の前に立ち塞がった。

「龍哉、どうして突然アラブの石油が出てくるんだよ。それに彩那、判別式はお前が利口かどうかを判別するんだよ」

 半ばやけになって言ってから、

「そんなことよりも、アラセブに突然新人が入ってきたんだけどさ、こいつがどうもヘンなんだよな」

「変って何よ。変って」

 彩那は声を大にして言った。それには龍哉が背中をつねった。

「黒沢杏奈とかいったな。新人だからもっと大々的に紹介してもいいのに、あまりテレビには映らないし、隅っこの方に隠れているんだよ」

「恥ずかしがり屋なんだろ」

 龍哉がぶっきらぼうに言った。

「最初は踊りができない、ただのお荷物とばかり思ってたけど、どうやら踊りが下手なのには、理由があるらしいんだ」

「どんな理由よ?」

「幼い頃、難病にかかって、薬の副作用で身体が上手く動かせないらしい」

 小柴内はしたり顔で言った。

「違うでしょ。それは交通事故の後遺症のせいでしょう」

「何でお前が知ってるんだよ」

 ファンは声を荒らげた。

「コンサートでも舞台から転落したり、スカート破れたまま踊ったりと、とにかく目立つ子なんだ」

 さすがファンは細かい情報まで知っているものだと感心させられる。

「俺にとって、アイツは気になる存在なんだ。ミステリアスなところが魅力なのかもしれん。一番のお気に入りになってしまいそうだ」

「それはやめて。絶対やめて」

「俺が誰のファンになろうと、お前には関係ないだろ?」

「だって、黒沢杏奈が迷惑するわよ」

「そんなことあるもんか。何だかあいつのことを昔から知っているような気がするんだよな。言ってみれば、幼なじみみたいなものさ」

 それを聞いて心臓が縮み上がった。

「そんな二人にいつしか愛が芽生える、なんてな」

 熱狂的なファンは一人で盛り上がっている。

「いいえ、向こうにはそんな気、絶対にないと思うけど」

 彩那はきっぱりと言った。

「握手会で俺がじっと見つめたら、恥ずかしそうに目を逸らすんだぜ。見た目とは裏腹に、案外ウブなところがあるのかもしれないな」

 小柴内はうっとりとした目で言った。

 彩那は顔面蒼白だったが、龍哉と奏絵は笑いを堪えるのに必死だった。

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