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杏奈とマネージャーの危険な関係

 握手会を見届けて、奏絵と明日香は公会堂を後にしたという連絡が入った。二人は先にマンションに戻って、夕飯の準備をするという。

 アラセブのメンバーはイベント終了後も、舞台衣装を着たまま仕事をこなした。雑誌のインタビューとスチル写真の撮影である。

 杏奈は穴の空いたスカートが気になって仕方なかったが、そこまでは写らないと外山に言われ、そのまま臨むことになった。

 全てが終わると私服に着替え、来週のスケジュールについてミーティングが行われた。金曜日、生放送前にテレビ局でCM撮影をするとの発表があった。

 柑橘系ドリンクのテレビCMである。

 スタッフから絵コンテのコピーが手渡された。そこには漫画のようなコマ割りと、その横に音楽や台詞が書き込まれている。学園を舞台としたCMだが、緑色を背景に人物だけを撮影し、後に学園の映像を合成するのだという。

 主役はもちろん須崎多香美で、唯一台詞があるのも彼女である。他のメンバーは一列に並んで、ドリンクを飲み干すシーンだけに登場する。

 飲料水メーカーの宣伝マンが来ていて、実際の商品をメンバーに配った。来月発売予定なので、まだ市場には出回っていない品だと説明した。

 杏奈はそれを奏絵と明日香へのお土産にしようと考えた。夕食の際、よい話のネタになるかもしれない。

「私もCMに出ていいの?」

 フィオナに小声で訊くと、

「さあ、どうでしょうか」

 頼りない答えが返ってきた。


 杏奈とマネージャーがタクシーに乗って公会堂を出た頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。

 奏絵から連絡が入った。

「ねえ、焼き肉のタレを買ってくるのを忘れちゃった。ごめん、悪いけど近くのコンビニで買ってきてくれない?」

「いいわよ」

 タレは2種類の銘柄をブレンドして使うのだと言う。料理研究家にはこだわりがあるようだ。杏奈は商品名を聞いてメモをした。

 そんなやり取りが終わるのを待って、

「奏絵は、捜査班の回線で買い物を頼まないように」

 フィオナが戒めた。

「ごめんなさい」


 二人はマンション手前のコンビニでタクシーを降りた。この時間になると、さすがに風も冷たい。冬の到来を感じさせる。ここからは5分ほど歩くことになるが、それまでにすっかり身体が冷えてしまいそうだ。

 買い物を済ませて歩き始めると、

「杏奈、それとなく後ろを振り返ってみなさい」

 突然フィオナから指示が飛んだ。

「はあ?」

 言われた通りにした。高層ビルに囲まれた舗道である。行き交う人は多いが、特に変わった様子はない。

 それからしばらくして、

「今度は龍哉、自然に後ろを見なさい」

 またもフィオナからの指示。

 二人はそれぞれ振り返ることになった。

「誰かに後をつけられていますね」

「えっ」

「中年でやや小太りのジャケットを着た男です。コンビニからずっとつけられています」

「どうすればいい?」

 杏奈に緊張が走った。ついに犯人が現れたのだろうか。

「相手の出方を見ます。次の細い路地を左に曲がりなさい。電柱の陰で立ち止まって、やり過ごしなさい」

「急に止まるのも、何だか不自然じゃない?」

「二人してイチャイチャしていればいいでしょう」

 フィオナが平然と言ってのけた。

「何よ、それ。そんなのできないわ。龍哉とは絶対にイヤ」

「仕事だからやりなさい。相手は何らかの反応を示す筈です。そのまま通過すれば問題はありませんが、ひょっとしたら襲ってくることも考えられます。ですから二人とも防御態勢でいなさい」

(イチャイチャしながら、防御態勢?)

「了解」

 兄の方はやる気満々である。

「もう、しょうがないわね」

 角を曲がって、すぐに二人は立ち止まった。兄が積極的に妹に身を寄せてきた。彼の息づかいが聞こえるほどの距離に、妹は異性を意識してしまった。

 男も路地に入ってきた。やはり後をつけていたのだ。それでも二人の様子に意表を突かれたのか急に立ち止まった。しかし次の瞬間、驚いたことにスマホを取り出してフラッシュを焚いた。

 二人は一瞬目が眩んだが、それでも龍哉は相手の片腕を掴むと、素早く背中でねじ伏せた。

「俺たちに何の用だ?」

 相手は痛がりながらも、

「怪しい者ではありませんよ。週刊誌の記者です」

 早口でそれだけ言うと、ポケットから名刺を取り出した。

 杏奈はそれを受け取ると、外灯にかざした。

「報道ジャパン株式会社 真木貴弘」

 龍哉にもその名刺を見せた。

「どういうことか説明して頂戴」

「最近アラセブに絡んだ事件が次々と発生していますので、あなた方が心配でつけてきたのですよ」

「信じられないな。嘘ならもっとうまくつけよ」

 龍哉は男の腕を締め上げた。

「本当ですよ」

「ちょっと、あまり乱暴なことしないでよ」

 杏奈はそう言ってから、フィオナに呼び掛けた。

「今、その会社に電話したところ、真木貴弘という人物は実在します。連絡を取るように頼みましたから、この後すぐに会社から呼び出しがある筈です。電話が鳴ったら、本人と見て間違いないでしょう」

 そう言い終わらない内に、電話が鳴った。

「おっと、ちょうどいい所に。会社からですよ」

 男は救われたような顔をして、器用にその画面を見せた。

 龍哉はようやく腕をほどいた。

「乱暴してすみませんでした」

 杏奈が頭を下げた。

「私は善意で、お二人を見守っていただけなんですよ」

 真木は腕を擦りながら口を尖らせた。

「その割には、無断で写真を撮ったじゃないか」

 龍哉はまだ警戒心を捨てていなかった。

「それは、一応スクープですからね。アイドルとマネージャーが恋仲で、しかもマンションに同居しているなんて」

 真木はすっかり調べ上げていた。

「あのですね、こう見えても私たちは兄妹なんです」

「えっ、そうなんですか?」

 それには驚いた顔を見せた。

 そこへフィオナが入ってきた。

「どうして、黒沢杏奈が次に狙われると思ったのか、訊いてみなさい」

 杏奈が言われた通りに尋ねると、

「そりゃあ、麻村、猪野島、笠郷と五十音順に狙われましたからね。次は黒沢の番でしょう」

 真木には自信があるようだった。

「どうしてアラセブのメンバーが五十音順に狙われているのか、その訳をご存じですか?」

「恐らく同業者による嫌がらせじゃないですか。商売敵であるアラセブを解体するのが目的です」

「心当たりでもあるのですか?」

「いや、具体的にはありませんが、そう考えるのが自然でしょう?」

「でも、たとえグループを解散に追い込んだとしても、犯人が応援するグループが売れるかどうかは別問題でしょ?」

「まあ、確かにおっしゃる通りですがね」

 真木は反論することなく頷いた。

「では、こういうのはどうですか」

 さらに話を続けた。

「熱狂的なファンがアラセブを自分のものにしたくて、メンバーに襲いかかることで支配した気分になっている、というのは」

「何ですか、それ?」

 杏奈にはさっぱり分からなかった。

「つまりメンバーを傷つけることに快感を覚えているということか?」

 龍哉が口を挟んだ。

「そう、そういうことです」

「でも、どうしてメンバー全員ではなく、一人ひとりを襲うのかしら?」

「その方が次なるターゲットにじわじわと心理的圧力を掛けることができるからでしょう」

「でもメンバーのみんなは五十音順に気づいてないから、次は自分とは考えてないわよ」

「ほう、しかし何故か黒沢さんは気づいている、と」

 真木が鋭い眼光で言った。

「話を逸らしなさい」

 フィオナの声。

「いや、私はさっきあなたから聞いて、ああそうかと思っただけですよ」

「おやおや、それにしては変ですね。私が五十音順と口にした時、あなたの反応は薄かったですよ。それはつまり、あなたは知っていたからじゃないですか?」

 この真木という男はやり手である。こうやって芸能人にボロを出させて、スクープにする記者なのかもしれない。

「それはともかく、メンバーの最後までそのルールで襲うつもりなのかしら?」

「いや、最後までやる必要はないと思いますよ」

「と、言いますと?」

「犯人の本当の狙いは、須崎多香美だからですよ」

 真木はきっぱりと言った。

「どうして須崎さんが?」

「彼女こそがアラセブの顔だからです。アラセブを壊滅または支配するには、彼女さえ抑えればよいのです」

「他のメンバーは、そのために利用されているってことですか?」

「そう。あなたには申し訳ないが、はっきり言って他のメンバーは何の影響力も持たない子ばかりです。まさしくリーダーが大事なのです」

 杏奈の頭は忙しく回転した。

「加入したあなたを含めて、須崎多香美の前に狙うメンバーは5人しかいません。その子たちには適当な危害を加えておいて、リーダーには大ダメージを食らわせる」

「それって……」

「多分、殺害だと思いますね」

 それを聞いて杏奈の身体は震えた。


「ただいま」

 彩那がマンションの扉を開くと、部屋の中からは暖かい空気が流れてきた。

「さっきの真木って記者は、どうにも怪しいわね」

 奏絵が顔を見せるなり切り出した。彼女もやり取りを聞いていたのだ。

「確かにどこか胡散臭いけど、今はどうしようもないじゃない」

「そうね」

「まあ、色々と考えることはあるけれど、とりあえず食事にしましょ。お腹ぺこぺこなのよ」

 それを合図に、奏絵と明日香は鉄板に肉を並べた。

 龍哉は食欲旺盛に肉を頬張りながら、

「これは相当いい肉だな」

 と言った。

「そうですよ。全て最高級のお肉ですから。これも全て黒沢杏奈のギャラのおかげです」

「後から返してくれなんて言われないように、もらったお金は全部使い切らなきゃね」

「国民的アイドルも、家では随分がめついのね」

 奏絵が呆れて言った。

「しかしこんなにいいお肉、そうそう食べられるものじゃないわ。捜査班みんなで食べればいいのに」

 彩那はもう一切れ牛肉を口に運んだ。

「そうだ、菅原さんも呼んだら?」

「今、児島華琳の警護中です」

 フィオナが返す。

「それじゃ、お父さんとお母さんもここへ来たら?」

「仕事中だ」

「仕事中よ」

 両親の声が重なる。

「あっ、それだったらフィオが来たらどう? 警視庁から近いんでしょ」

 指令長は咳払いをして、

「私が持ち場を離れてどうするのです」

 と真面目に言った。

「あっ、そうだ。今日の評価はどうなっているのかしら?」

 彩那が思い出して言った。

「得点のことですか?」

 フィオナが訊いた。

「そっちじゃなくて、世間の評判よ」

 それには奏絵が口を開いた。

「またSNSでは杏奈の話題で持ちきりよ。だってアイドルがパンツ見せて踊ってたんだもの」

 それを聞いて本人はむせた。

「スカートの一件は、女性として恥ずかしい限りでした」

 イギリス人が感想を述べた。どうやら羞恥心に国境はないらしい。

 明日香も続ける。

「一部のファンからは、エロ沢杏奈って言われてます」

「なかなかうまいこと言うな」

 龍哉が感心した。

「あんたはマネージャーでしょ。どっちの味方なのよ、まったく」

 彩那は何度もむせた。

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