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ホップ・ステップ・ジャンプ(2)

 東京駅から普通電車に乗った。横浜までは三十分。土曜日ということもあって、車内はかなり混んでいた。

 二人は並んで車内の隅っこに立った。彩那は顔を見られないよう、窓の外を向いていた。

 テレビにはロングヘアーで出演しているので、まさか自分が黒沢杏奈であるとは見破れない筈である。

 しかし揺れる列車の中、高校生らしき男子が一人、彩那に強い視線を投げかけているのを感じた。

 そんな乗客の目が怖かった。昨日の放送を観た人が車内にどれだけいるか分からないが、もし見つかりでもしたら、直接文句を言われるのではないかと本気で考えた。

「今回の事件とは別に、そのうち熱烈なファンから襲われるんじゃないかしら?」

「まあ、ファンを敵に回したようなものだからな」

 二人はひそひそ声で話した。

 しばらくして、菅原刑事が回線に入ってきた。

「昨日スタジオにいた女優、楠木かえでの件ですが、調べたところ、これまでマイティー・ファイターに出演した経歴はありません」

「やはり、そうでしたか」

 フィオナが応じた。

 年齢的に初代の作品に関わった可能性があったので、念のため調べてもらったのだと説明した。

「楠木かえでは初代マイティー・ファイター放映当時、まだ大学生でして、映画デビューはそれから数年後になります」

「外山荘二朗についてはどうでしたか?」

「証言通り、外山も業界デビューは遅く、初代はもとより、その後の作品にも関わっていません」

「分かりました」

「それから、アラセブのメンバー全員の家族関係を調べてみたところ、叔父が放送関係者という者がいます」

「それは誰ですか?」

田神たがみ紗良さらです」

「その子なら、私の斜め前にいる子よ」

 彩那が口を挟んだ。

「彼女の叔父である田神道夫というのがテレビCMの制作会社に勤めています。しかしドラマの制作には携わっておらず、こちらもマイティー・ファイターとは無関係です」

「田神道夫、ですね」

 奏絵がすかさず確認した。後でドラマのスタッフロールを確認するつもりなのだろう。

 それから、

「フィオナさん、実は気になることがあるのですが」

 と続けた。

「はい、どうぞ」

「そのマイティー・ファイターなのですが……」

「ひょっとして、12話ですか?」

「はい、そうなんです」

 二人の会話は不思議と噛み合っていた。

「どうかしたの?」

 彩那が割り込んだ。

「実は12話は、ある怪人がテレビ局を占拠して、特殊催眠を放送することで視聴者を洗脳するっていう話なのよ」

「それで?」

「今回の事件と、どこか重なるストーリーでしょ」

「ああ、なるほど」

「でも、だからといって、それが今回の犯人の要求とどう結びつくかは分からないんだけどね」

 奏絵は素直に言った。

 さらにフィオナが引き継いで、

「その怪人に変身する前の、博士役を演じている俳優が、笹野達人(たつひと)というのですが、調べてみたら彼は自殺をしているのです」

「えっ?」

 彩那は驚きの声を上げた。

「単なる偶然なのかもしれませんが、自殺の原因を調べるよう、菅原には言ってあります」

 さすがは指令長、すでに動き出していた。


 横浜駅からはタクシーでコンサート会場へ向かった。

 タクシーの中から会場が徐々に姿を現した。その巨大な佇まいに、彩那は言い知れぬ重圧を感じた。会場付近には、早くもコンサートに向かう人の列が大きなうねりとなっていた。

 タクシーを裏口に付けて建物に入った。あちこちに昨日と同じスタッフの顔が見られた。また、大勢のアルバイトたちが客席作りに汗を流している。

 後ろから突然肩を叩かれた。

「黒アン、おはよう」

 振り返ると、すぐ近くに羽島唯の笑顔があった。

 隣に並んで歩き始めた。それからすぐに腰の辺りを指で突いてきた。

 首を傾げると、

「紹介してくれる約束でしょ?」

「ああ、そうだったわね」

 杏奈は思い出して、後ろを歩いていた龍哉を唯に引き合わせた。

 唯は満面の笑みを浮かべて積極的に握手を求めた。

 普段はぶっきらぼうな龍哉が、この時ばかりは嬉しさを隠し切れずにいるのが、少々腹立たしくもあった。

「ねえ、こんな大きな会場で歌って踊るなんて、緊張しない?」

「誰だって、最初はそういうものよ」

 と唯は言ってのけた。

 メンバー全員が揃うと、簡単な打ち合わせをしてから、舞台に上がってのリハーサルが行われた。まだ客は入っていないが、座席の多さが心臓を押しつぶしてしまいそうになる。コンサートが始まったら、精神を保っていないと飲み込まれてしまいそうだ。

 昨夜と比べてダンスが上手くなった訳ではないが、それでも生放送という大舞台を乗り越えて、多少は落ち着いた気がする。しかし相変わらず、須崎多香美の鋭い視線が幾度となく突き刺さった。

「では、衣装に着替えてください」

 リハーサルが一通り終わると、スタッフが声を掛けた。アラセブのメンバーたちは舞台を下りて控室に向かった。

「そっちじゃないって言ってるだろう」

 若いADアシスタント・ディレクターがすぐ目の前を駆け抜けて、作業中のスタッフの背中に軽い蹴りを入れた。

 彼は意表をつかれ、ケーブルの束を掴んだまま転がった。勢いで付近に並べてあったパイプ椅子が数台吹き飛んだ。

 その声はメンバーたちにも届いている筈だが、誰もが素知らぬ顔で通り過ぎていく。

 しかし杏奈は状況を見極めようとその場に立ち止まった。反射的に児島華琳を目で探した。大丈夫、彼女は菅原刑事がしっかりガードしている。

「いい加減にしろ!」

 どうにも怒りが収まらないのか、ADはさらに罵った。

「ちょっと、何てことするのよ」

 杏奈は彼の前に立ちはだかった。

「いや、これはアラセブのメンバーさんには関係がないことですから」

 ADは、自分の暴力行為が見られたことにばつが悪くなったのか、声のトーンを落とした。

 人をまるで奴隷扱いする彼の態度が許せなかった。目的を同じくする仲間ではないか。どうして互いを尊重して、気分よく仕事ができないのかと思った。

 杏奈とADは睨み合う格好になった。

「ちょっと、黒沢さん!」

 割って入ってきたのは、須崎多香美である。

「あなたはまだアイドルになったばかりで、分かってないかもしれないけど、裏方さんには裏方さんの事情があるの。だから、あなたが意見を言うのは出しゃばりというものでしょう」

 多香美は新人を睨みつけた。

「いいえ、そんなことないわ。たとえ仕事の内容は違っても、人間であることには変わりないじゃない。足蹴りされて、この人だっていい仕事ができる訳ないでしょ」

 杏奈も負けじと主張した。

 ADに背中を蹴られた若者は起き上がって、新人アイドルをじっと見つめている。

「あなたは新人のくせに生意気よ。リーダーの私が言うことに素直に従ったらどうなの? 勝手にしなさい!」

 そう言い残すと、大股でその場を離れていった。

 当のADは頭を掻きながら、

「すみませんでした。確かに黒沢さんのおっしゃる通りですね」

「いえ、私はみんなで仲良くお仕事ができればいいな、そう思っただけです」

 ADは叱りつけた若者に謝罪した。

 男の方は杏奈に一度頭を下げると、足早にその場を離れていった。

 マネージャーがタオルを持って近づいてきた。

「お前なあ、あんまり目立つ行為は控えろよ」

「だって」

「リーダーと不仲になってどうするんだよ。それでなくても、お前のダンスが酷いから、目をつけられているというのに」

「でも、弱い者いじめしているみたいで、我慢ならなかったんだもん」

「まあ、お前のそういうところは嫌いじゃないが、少しは仕事のやり易さも考えろよ」

「何よ、マネージャーだからって威張らないで」

「あのなあ、俺はなあ……」

 二人が言い合いをしているところへ、さっきの若者が戻って来た。

「もしかして、私のことで喧嘩していらっしゃる訳じゃないですよね?」

 二人は互いに言葉を引っ込めた。

「お仕事にも影響しますので、どうか仲良くしてください」

「そうですよね。ありがとうございます」

 杏奈はそう言うと、マネージャーには舌を出してさっと背を向けた。


 舞台衣装に着替えてから会場に戻る途中で、先程背中を蹴られた男が待ち構えていた。両手には缶ジュースが握られている。

 杏奈の顔を見ると、すぐに近寄ってきた。龍哉も何事かと駆けつけた。

「黒沢さん、さっきはお騒がせしてすみませんでした」

 丁寧に頭を下げた。

「よかったら、これ飲んでください」

 二人にそれぞれ缶ジュースを渡してきた。

「二人とも飲まないように」

 フィオナからの指示。アイドルとマネージャーは顔を見合わせた。

 彼は別の意味で受け取ったらしく、

「遠慮は要りません。さっきのお礼ですから」

 と言った。

「お礼なんて、そんな大袈裟な」

 杏奈は笑顔で応えた。

 男がその場を離れようとしなかったので、

「この業界って色々と厳しいんですね」

 と話題を振った。

「そうかもしれませんね」

 男は周りを窺ってから、

「さっきは正直嬉しかったです。何というか、これまで私のことを気に掛けてくれる人なんて一人もいなかったので」

「そうなんですか?」

「はい。それが新人アイドルさんだったので、正直驚きました」

「私は感じたことを、口にしただけですよ」

「おーい、音響スタッフはステージ集合!」

 遠くでお呼びが掛かったようだ。

 彼は一度ステージの方に目を遣ってから、

「俺、矢口邦明(くにあき)って言います。また声を掛けてもいいですか?」

 と訊いた。

「もちろん、いいですよ」

「それじゃあ、また後で」

 矢口は足取りも軽く、ステージの方へ駆けていった。

 龍哉がその様子を目で追いながら、

「おいおい、そんなに簡単に約束していいのかよ?」

 と口を尖らせた。

「別にいいじゃない。何よ、私が誰と友達になろうと、あんたには関係ないでしょ」

「こらこら、二人とも喧嘩しない」

 フィオナが仲裁に入った。

「杏奈、せっかくですから、矢口の話を聞いてみなさい。彼は何かあなたに話したがっていたようです。スタッフしか知り得ない情報を持っているかもしれません」

「はあい、分かりました」

 返事をすると、龍哉の方に顔を向けることなく舞台へと向かった。

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