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乙女ゲームと元伯爵令嬢


「そりゃあれでしょ。『月嫁美人~僕のお嫁さんになって~』の攻略時の決め台詞よ。タイトルにもなってるでしょ。ゲームの最後はね、プロポーズで〆るんだから」

「なんでっ、それが、私に向かって言われるんですか!?」

「またさあ、どのキャラクターもスチルが綺麗なのよねーって、月詠さんのスチルないじゃん」


 ロゼリラに騎乗し、ケタケタと笑われる雫さんです。私はガリレオの背に乗せてもらい、二人と二頭、並んで軽く馬場を流しながら乙女ゲーム絡みの内緒話をしています。



 あのプロポーズの後、私がしどろもどろで答えを悩んでいると、雪崩のように皆さんが白百合の間に押し寄せて、無理矢理大広間の挨拶回りに連れ出されました。

 助かりましたとホッとしたのも束の間、留学から帰ってきたという設定の湖月さんに恋人と紹介され、あっという間に注目の的となってしまったのです。

 庶民の私がこんな名家の集う場で、あからさまな好奇と嫉妬の目に晒されるなんて思いもよりませんでした。

 けれどもやはりそこは好きになってしまった弱みというものでしょう、出来れば認めていただきたいという一心で、前世の淑女教育を活かしてなんとかやり過ごすことが出来ました。



「で?結局なんて答えたのよ。そのプロポーズには?」


 ガリレオとロゼリラを厩舎に連れていき、部室へ戻る途中で話を蒸し返されました。

 ええ、それなんですが、その……


「何?湖月、お前あれから毎日プロポーズしてんのかよ!めげねえなあ」


 部室のドアを開けた途端、三日月さんの笑い声と共に、現在進行形の悩みが暴露されました。


「うるさい、初。うららが気後れするだろうが。黙ってろ」


 平然と答える湖月さんですが、気を使うのはそこではありません。もっと違うところにして欲しいものです。

 横で雫さんが、へーっとニヤニヤとした顔をされていました。これは、もの凄く恥ずかしいです。


 新学期になり、三日月さんが新馬術部長へ就任されたと共に、部活規約を改定されました。それにより、一部の部員たちが去り、私と雫さんは正式に馬術部へと入部することとなったのです。そして当然のように湖月さんと下弦さんも入部されたのは、言うまでもありません。

 ですから、湖月さん、三日月さん、下弦さんが部室にいることは特に問題はないのですが……


「うるさいって、お前なあ。結婚の儀に身代わりになってくれた三日月様に言う台詞か?あ?」

「帰月の儀で、人前で女性側のダンスを踊らされた自分よりはましだろう。静かにしろ、初」

「離別の儀だって、人に言えたものではなかったです」

「やかましい!儀式全部をお前らむさ苦しい男共とやらされた上に、上げ底靴でダンス踊ることになった俺の身にもなれ!」


 何故か部員でもないのに部室に入り浸っている、望月さん達が入り乱れて言い合いを始めました。


 けれども彼らの言い分もわからないのではありません。

 実はあの蝶湖様が行うはずの儀式ですが、全て新明さん達による代理儀式だったそうなのです。

 皆さんを共犯に据えておいて、蝶湖様と同時に同じ場所に出ることにより、なし崩し的に湖月さんのお戻りを印象付ける必要があったのだと、教えていただきました。そしてその時、


『あのまま留学させられてたら、五年は戻って来られなかったからな。誰が行くか』


 そう眉をひそめて湖月さんが呟かれたのを聞いて、ぞっとしたのでした。


 たった二週間会えなかっただけでも恋しくて仕方がなかったのに、五年も会うことが出来なかったとしたら、そう思うだけで胸が痛みます。

 ですから、皆さんの手助けによって、湖月さんがこうして今ここにいることを、私は強く感謝するのです。


「あんたらねえ、いつまでもぐだぐだうるさいのよ。朧くんを見習いなさい!ねえ?」

「友人を助けるのは当たり前だろう?」


 望月さんたちの言い争いに参加していなかった下弦さんが、いつの間にか雫さんの隣に来てエスコートをしています。素早いですね。

 そう思っていると、湖月さんもすでに私の隣に来ていました。あら、びっくりです。


「一番楽な求婚の儀だった割には大きな口をたたくな、朧」

「最後までどうするか決めかねてた朔くんに言われたくはないよ」


 下弦さんがそう言うと、新明さんが苦々しい顔でこちらを一瞥し、肩を竦められました。

 そういえば、確かに最後まで私に対しての当たりが強かったようですし、湖月さんとも不仲が解消されたようには見えなかったのですが、一体どのような心境の変化があったのでしょうか?

 湖月さんにそれとなく視線で伺えば、なんとなく微妙な顔をされ、気にしなくていいからと、そっと囁かれました。

 それならば、きっとそのほうがいいのでしょうね。そう気持ちを切り替え、皆さんへお茶の用意をすることとしましょう。


「わーい!うらら、私ミルクいっぱいのがいい!」

「俺はダージリンを頼む」


 次々にリクエストが告げられると、また湖月さんのご機嫌が悪くなっていくようです。


「お前らな、あんまりうららに負担をか「湖月さん」」


 私が湖月さんのお話を遮るように話しかけると、皆さん一斉にこちらを凝視されました。

 マナーとしてはどうかと思いましたが、台詞に被せて話すのを、一度くらいやって見たかったのですよね。

 思ってた以上に注目を浴びてしまいましたが、そこはコホンと咳を一つしてごまかします。


「一緒に手伝っていただけますか?」


 そうして、笑顔でお願いすると、なんだかとても可愛らしい顔をされて、勿論と答えてくれました。

 備え付けのキッチンへと移動する後ろで、マジかーとか、あの湖月をあごで使うとかすげーなどと声が聞こえてきましたが、それほど大したことではありませんよねえ?






 夕暮れの小道を湖月さんと二人歩いていると、この何気ない普通のことが、とても幸せだと感じます。

 握った手のひらから、湖月さんの体温が、じわりじわりと伝わってくるのがとても嬉しいと思うのです。


 前世とは全く違う生活を送っていたはずだったのに、何故かとんでもない方向に巻き込まれ、さらにとてつもないくらいの名家の方と恋に落ちて、なんだか思い描いていた庶民生活とは程遠いものになっていました。

 それでも、仲のいい家族、信頼できる友人、そして心から好きな人。全てが私の大事な宝物です。


「何考えてる?」

「幸せだなあって、思っています」

「俺も、そう思う。だから、もっと幸せにさせて?」


 湖月さんはそう言うと、私の正面に立ち、両手をぎゅと握りなおします。


「うらら、俺と結婚してくれる?」


 そうして、今日のプロポーズをしてくれました。


 私は、そんな湖月さんの顔をじっと見返し、いつもの台詞を繰り返します。


「ダメですよ。まだ、ダメです」


 私たちには、これからまだまだいっぱいやらなきゃいけないことがありますからね。

 もう少し、待っていてください。そんな気持ちで答えます。

 湖月さんも笑って、それじゃあ仕方がないと返してくれます。


「また明日するだけだ」


 なかなかしぶとい湖月さんですが、私だってそう簡単には頷きませんよ。

 なにせ、強引なお誘いは、雫さんと蝶湖様とのお嬢様対決で随分耐性がつきましたからね。

 私だって成長してますよ!


 元異世界の伯爵令嬢は、乙女ゲームに無理矢理参戦させられましたが、思っていた以上に幸せな結末が待っていました。




  お終い。


ここまでお読みくださって本当にありがとうございました。

自分ではとても楽しく書けた作品でしたので、皆様にも楽しんでいいただけたら幸いです。

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