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告白するお嬢様

 ドレス姿で走るというのも中々大変なのだと初めて知りました。

 前世では毎日着ていたとはいえ、貴族の娘が走って移動するなど到底容認されることではありませんでしたし、今世ではそもそもドレスを着る機会がつい最近までなかったのです。

 ですからこうして走ってみると本当に走り辛く、直ぐに息が切れてしまいます。そうでなくてもこのままの姿で帰れる訳でもなく、そうするとどこかで隠れているという選択しか残っておらず、結局白百合の間に戻ってくることしか出来ませんでした。


 そっと部屋に入り、急いで鍵をかけます。そうしてドレスにシワが寄るだろうと思いつつも、ゆったりとしたソファーに沈み込むようにもたれかかりました。


「ああ、もうっ!どうしてこんなことになってしまうの!?」


 あれほど気合を入れて意気込んでここまでやってきたというのに、どれほど意気地がないのでしょう。

 せっかく新明さんたちと対等に渡り合うことが出来たのに、いざ蝶湖様を目の前にして逃げ出してしまうだなんて、自分のことながら本当に情けないです。

 決して後悔のない生き方をだなんて言っておきながら、いきなり玉砕してしまいました。


「本当に、ダメな私……」


「いや、ダメなのは俺の方だ。うらら」


 突然ソファーの後ろから聞こえた声に、大きく体が揺さぶられます。

 蝶湖様?どうして?鍵をちゃんと掛けたのにと、記憶を探ると同時に思い出しました。そういえば、この白百合の間と蓮の間とは奥の扉で繋がっているという事実を。

 蝶湖様は、きっとそちらから入ってこられたのです。逃げ出した私を追いかけて、きっと。

 振り返ることも出来ずに固まる私のところへ、微かな衣擦れの音が近づいてきます。


「自分からは何一つ説明もしない癖に、お前のことばかり知りたがって、欲しがった。ダメな男は俺だ」


 そう言って、すらりと伸びた長い指が背後から私の頬をそっと包み込みました。先ほどまで身に着けられていた手袋は外されているようで、その熱が直接私の頬に伝わります。

 あまりのその手のひらの熱さに、ビクリと震えてしまいました。


「あ、あの……ちょ、蝶湖さん……」

「湖月」

「え?」

「蝶湖はもういない。どうか、湖月と呼んでくれ、うらら」


 頬にあたる彼の指先が、小さく震えているのを感じます。

 彼もまた、私と同じように恐れていたのでしょうか?

 伝えなければいけないことを、どうしても伝えきれないうちに、二度と会えなくなってしまうのではないかという思いを――――

 ああ、もうそんな悲しい思いはしたくありません。そして、させたくはないのです。

 きゅっとあごを引き、手のひらを握り力を込めます。今度こそ、逃げ出さないように、間違えないようにと、自分自身の素直な気持ちを言葉にしました。


「ちゃんと話し合いましょう。私も、あなたのことが全部知りたいです……湖月さん」


 そう伝えると、湖月さんの手のひらが頬から離れ、そのまま後ろから私を抱きしめるような形になりました。首筋に湖月さんの短くなった髪があたります。


「ようやく、ようやく捕まえた」

「っ!」

「俺にも全部教えて、うららのこと。全部、君の言葉で聞かせて」


 そうして驚く私をよそに、湖月さんは更に腕に力を込め、耳元で囁くように「好きだよ」そう言ってくれたのです。






 一通り私の話を伝えると、湖月さんは黙って頷いてくれました。


「あの……本当に、信じてくださるのですか?」

「前世の話?勿論信じるさ。うららは嘘をつかないだろ」

「ええ、はい」

「それに、うららの教養は一朝一夕で身に付くものじゃないからな。むしろそうでもないと説明がつかない」


 私の隣に座って、右手を腰にまわし左手で手をぎゅっと握りながら湖月さんが答えます。

 なんとなく、私が逃げ出すことができないような体勢を取られているような気がしますが、どうなのでしょう。


「だけど、あと一つ聞いてないことがあるみたいだけど、それは教えてもらえないのかな?」

「あと一つ……?」


 前世の立場、貴族教育のことはお話ししました。それ以外のことといえば今世には関係のないことだと思いますし、特に話す必要もないと思われるのですがと、首を捻ります。

 そんな私を見て、ぎゅっと眉間に皺を寄せ、湖月さんが少しむくれたような口調で言い出しました。


「王子様の婚約者って、何のこと?」


 雫さんっ、それから新明さんっ!あなた方、本当に何を言って下さったのですか……

 売り言葉に買い言葉で話した雫さんもアレですが、気になさるとわかっていてわざわざ湖月さんに伝える新明さんも新明さんです。


「あれは、違います!正式なお話ではなくて、第二王子殿下から、少し匂わせたお話があっただけで……」

「ふうん。王子の方は本気だったわけか」

「えーっと……」


 困りました。一度蝶湖様の時にもありましたが、これは、完全に拗ねてるモードのような気がします。


「ただ、年下でしたし。それも殿下が十三の時のお話でしたから」

「俺は、十一歳の時にうららに一目惚れしたから、この際歳は関係ない」


 さらっと、衝撃の事実を聞かされたような気がします。

 え?十一歳とは?一体いつのことなのかわからないのですが。

 どうも湖月さんの中には、新明さんたちに聞かされた月詠家のお話以上のものがたくさんありそうです。おいおい聞かせて欲しいとは思っていますが、今下手に藪を突いて蛇を出すこともないでしょうと、にっこりと笑顔で湖月さんへと話しかけます。


「でも、今の私は天道うららですし、隣にいて欲しいのは湖月さんだけです」


 そう私が気持ちを込めて言うと、空気が和らぎました。少し恥ずかしかったけれども、正解でしたね。すると、急に腰にまわされた手に力が入りました。


「うん。ただ、二度と他のヤツらなんかに後れを取るつもりもない。うらら」

「はい?」


 瞬きも忘れるほどにじっと見つめられ、胸がざわめきます。

 もう一度、好きだと言ってもらえたのなら、私も好きですと伝えようと息をのみました。

 が――――


「一生かけて愛すると誓う。俺の花嫁になってくれ」


 なっ、なっ……何故、ここで、いきなりプロポーズなのですかっ!?


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