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綺麗なお嬢様

「本当にエスコートをするのが私でよろしかったのでしょうか?十六夜さん」

「ええ、勿論です。どうかしましたか?」


 いよいよ宴が始まりますと、山梨さんが伝えに来るのと同時に、十六夜さんと下弦さんが私たちを迎えにきてくれました。

 下弦さんは当然のように雫さんに腕を差し出し、雫さんもほんのりと頬を染めながらその腕を取られます。すると、十六夜さんが少し困ったような表情で、私へと手を差し出してくれたのです。

 もしかして、新明さんに無理に頼まれた為に、意に添わぬエスコート役を引き受けたのでは?と思い、先ほどの質問になりました。


「他にお誘いしたい方がいらっしゃったのなら、ご迷惑をおかけしたのではと思いまして」


 正直にそう伝えると、苦笑いを顔にのせて答えてくれます。


「いやいや、僕はそういった話は全く疎いものですから、どちらかというとこちらの方が迷惑をかけてないか心配です」

「あら、ではお互い様ですね」


 笑いながら伝えると、ようやくホッとされたような顔をしてくれました。

 そんな十六夜さんの首の辺りにふと目をやれば、何か白っぽいものが付いているような気がします。


「これは、ファンデーション?」

「え?ええっ?いやっ、どこにっ?」

「その、首のところに付いてますけれども」


 そう教えると、慌てて首をごしごしと強く擦られます。手袋が……と伝える間もなかった為、案の定真っ白だった手袋に肌色の汚れがついてしまいました。


「ああ、参ったな」


 普段の物静かなイメージと違い、そそっかしい面もあるのですね。まだ大広間に入る前ですので案内をしてくれている山梨さんに声をかけ、十六夜さんに代わって手袋の新しいものをとお願いします。少々お待ちくださいと言い残し、山梨さんがその場を離れたところで、十六夜さんがこっそりと私に向かい話しかけてきました。


「天道さんは、このような社交に大変もの慣れているようですが、やはりそれは……あの、前世と関係があるのでしょうか」

「新明さん達から聞かされたのですね。ええ、そうです。と、答えましても、そう簡単には信じられませんでしょう?」


 少し後ろ向きな言い方になりましたが、あの仲間内の中でも一番真面目そうな十六夜さんですので、あまり突飛な主張にならないようにと答えます。すると、


「いえ、お陰で疑問が解けてスッキリしました」


 そう意外にもあっさりと言われました。

 え、そうなんですか?そんな表情が漏れていたのでしょう、十六夜さんは音量を落としたままの声で話を続けられます。


「歌を、歌ったじゃないですか、ピアノ対決の時に」

「え、ええ。確かに歌いました」

「あれから似た言語を調べてみましたが、どうにもしっくりくるものがなくて。でも、それが僕らの全く知りえることのない国の言葉なのだったとしたら、納得できるなと思ったんです」


 あー……あの、つい調子に乗ってラクロフィーネ語で歌ってしまったあの歌ですね。上手くごまかしたと思っていたのですが、全然ダメだったのですか。

 まさか一度きり歌った歌の言葉を、きっちりと覚えていたのだなんて思いもよりませんでした。十六夜さんの記憶力に脱帽です。そして、その柔軟性にも。


「けれど、どうしてそこまでお調べになったのですか?あの歌を」


 ふと思いつき口に出しました。きっと、知らない言葉があることが納得行かないとかそんな答えが返ってくるのだと思っていましたが、急に顔を赤らめて、いえ……その、としどろもどろになってしまいました。


「あの……とても、とても綺麗だと、思いましたので、つい知りたくなって」


 真っ赤になりながらも、ラクロフィーネの言葉を綺麗だと褒めてくれた十六夜さんです。


「ありがとうございます。褒めていただいて。そして、信じて下さって」


 心の底から感謝の言葉を伝えると、顔はまだ少し赤いままですが、気持ちは随分落ち着かれたように言葉を返してくれました。


「いえ、こちらこそ。……ようやく伝えることができました」


 最後の囁きを聞き取る前に、山梨さんが新しい手袋を持って来てくださり、急いで大広間へと勧められました。聞き返すことも出来ましたが、なんだか十六夜さん自身がすっきりした表情をされていましたので、それ以上の会話はせずに、大広間へと足を速めたのです。



 前回のダンス対決の時と同じ扉から大広間へと入ると、すでに大勢の招待客の方々で随分と賑わっていました。豪華なシャンデリアも今日は煌びやかな光を纏い、色とりどりの美しいドレスも華のように広間を飾り立てています。

 十六夜さんのエスコートでその大広間を進んでいくと、沢山の視線を感じます。先ほど玄関で感じた物珍しいものを見るようなものから、羨むような視線まで、それはもう色んな感情が入り乱れているようでした。

 時折り、声をかけられた十六夜さんが何かしら尋ねられているようでしたが、いいえ、友人ですと答えられると、それ以上の私への干渉はありませんでした。


「うらら!こっちよ。はい」

「雫さん、ありがとうございます」


 先に大広間へと入っていた雫さんと合流すると、早速飲み物を手渡されました。


「あー、もうっ。朧くんってば、会う人会う人みんなに、恋人ですって紹介するのよ。すっごい、恥ずかしすぎるわ」


 そう言うわりには、組んだ腕を離そうとしない、どこから見ても幸せそうなカップルの姿です。


「いやいや、いい機会だからね。この際きっちり周知させておかないと、今から凄いことになるから」

「それは、どういった意味なのでしょうか?」


 不思議に思い尋ねると、ちょいちょいと近くに寄っての合図をされます。そうして小さな声で私たちに教えてくれました。


「今日の儀式が全て終わると、蝶湖への求婚者っていう名目が外れて、満含めて僕ら全員がフリーになるんだ」

「近い年頃の娘を持つ親からのプレッシャーがすごいんですよ。先ほどからすでに」


 なるほど、あの痛いくらいの羨望の眼差しは、そういった意味もあったのですね。

 というか、皆さん求婚者扱いだったのですか。それはたった今初めて知らされました。


「え、朧くん。月詠さんに求婚したの?」

「いやっ、してないっ!僕は先にリタイアさせてもらったから。儀式とはいえ、蝶湖には求婚してない。絶対に!な、不知くん!」


 組んだ腕をパッと離して、雫さんが胡散臭そうに下弦さんを見つめると、慌ててその手を握り締め、訴えかける下弦さんです。


「……まあ、求婚は、してないですよねえ。儀式にいなかったとは言いませんが」


 なんとなく奥歯に物が挟まったようなものの言い方で、十六夜さんがフォローしています。

 そんなやりとりを見ているうちに、いつの間にか三日月さんも私たちの中に加わってきました。


「よっ!そろそろ最後の帰月の儀式が始まるぞ」


 そう言われると、大広間上座の扉が静かに、そしてゆっくりと開かれていったのです。


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