孤軍奮闘のお嬢様
雫サイドという名の説明回です。
私が生まれてすぐくらいの頃、何が当たったのかわからないけれどパパは新進気鋭のIT企業家として伸し上がったようだった。
それまでは普通の家。いやむしろ貧乏寄りでカツカツとしていたのに、人生何があるかわからないわね、とママは言った。全然覚えていない。
だって私の記憶には、大きな家に広い庭、いつも綺麗でおしゃれな服を着て、美味しいものを食べれて、欲しいものを買ってもらった覚えしかないんだもの。
初めてパーティーというものに連れていってもらったのは七歳のクリスマスだった。
一流ホテルのパーティー会場は、とても豪華でキラキラしていて、素敵なドレスや正装の人たちで溢れかえってビックリした。けどその華やかさにとてもウキウキもした。
どこかで成り上がりとか聞こえたけど気にしない。本当のことでしょ。お金もないよりあったほうがいいに決まってる。ママは居心地が悪いと早く帰りたがってたけど、私はもう少しいたいとお願いした。
そして、楽しくて、楽しくて、きょろきょろと周りを見回していた時、彼らを見つけたのだ。
同じ年頃の少年たち。
でも特別な子たちだ。一目でわかった。
だってまだ子供なのにとても華やかで、皆が彼らに惹かれている。
ああ、私は、
あの子たちを、知っている……
そしてその瞬間、私はこの世界の本当を知った。いや、思い出したのだ。
ここは、私が前世でやり込み遊んだ乙女ゲーム『月嫁美人~僕のお嫁さんになって~』の世界だったんだ、と。
ヒロインである私こと、『有朋 雫』が聖デリア学園に通う五人の見目麗しい攻略対象者と恋に落ちて婚約するまでのゲームだ。
メインヒーローは望月財閥の長男である、イケメン王子こと『望月 満』。高校二年生。見た目は正統派イケメン。少し俺様風だけど、実はものすごく友人思いでちょっぴり涙もろいの。私の一番の推しキャラだ。
『三日月 初』も二年生。望月家分家の次男でスポーツ万能が自慢。ちょっとチャラくてたらしなところがある。頭はあんまりよくないみたいだけど憎めない性格だ。ファンからは、ういういって呼ばれてた。
生徒会長の『新明 朔太郎』だけ三年だ。政治家の長男で腹黒だけど、スチルでも大人の色気が全開で攻めてくるから、お姉様方に人気だったわ。
眼鏡フェチには『十六夜 不知』。王子とういういと同じ高二。病院跡取りってだけにクソ真面目で、すぐ真っ赤になっちゃうところが可愛いってコアなファンがいたのよね。
子役もやってたことがあるって設定の『下弦 朧』は同じ年でクラスメート。最大手芸能事務所の息子でふわふわ髪とくりくりおめめでキュートなワンコタイプ。彼は二番手の推しだった。
胸がドキドキと高鳴る。
これから私は彼らのように素敵な人たちと過ごす未来があるのだ。それも確実に。
どうしよう、今から声をかけても大丈夫かな?
そしたら高校生になった時にはもっと簡単に仲良くなれるんじゃないかな?だって私はヒロインじゃん!
そう思ってしまったら居ても立っても居られない。彼らに向かって足を速めた。
精一杯の笑顔で、さあ。と声をかけようとしたその時、彼らの間に囲まれる蝶々が見えた。
とても豪華な蝶々の着物を身に着けている少女。
静かに、ただそこに立っているだけでも多くの目を引く彼女の名は、『月詠 蝶湖』。同級生。望月財閥と同じくらい大きな月詠財閥の令嬢だ。黒髪の美少女で日本舞踊の名取。頭もよく、スポーツもなんでもござれのスーパーお嬢様。
そして、私の最大の敵だ。
だって『月嫁美人~僕のお嫁さんになって~』は、彼ら五人との好感度を上げながら、その幼馴染である月詠蝶湖とお嬢様対決する。
彼女に認められてようやく攻略対象者の婚約者になることができる。そんなゲームなんだもーん。
そうだ、そうだった。
成り上がりの私が本物のお嬢様に勝てるのか?
記憶に残る前世では、お布施という名の重課金によるアイテム強化でなんとか勝ち取った彼らだけど、この世界ではそれは効かない。スキルアップアイテムなんてどこにも売ってない。
ググっと拳を握る。
一から始めるしかないじゃない。
ピアノに、日舞に、勉強に、マナー、あれ?あとなんだったっけ?ともかくやってやろうじゃないの。十五の春まであと七年ちょっとあるじゃない。まだ間にあうわよ。
ここが今の現実なら、リアルマネーを掛けるだけ掛けて習い事をするだけだわ!
せっかくの幸運。逃してなるもんですかっ!!