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ドレスのお嬢様

 まずはこちらへと、客用のサロンへと通されました。

 ゴージャスなアンティーク調のソファーに、繊細な意匠を凝らした猫脚テーブルの天板は大理石ですか。

 ……これは、本当にセレブな世界の一端のようですね。

 失敗をしないようにと、いつも以上に慎重になって紅茶をいただきます。

 そうして一息ついたところで、先ほどの有朋さんの暴言が蒸し返されました。


「しかし、熊は酷い、熊は」

「いや、熊でしょ」


 だから早くそのヒゲをどうにかしろって言ったじゃん。そう、下弦さんが上弦さんへとたたみかけますが、鷹揚とした態度を崩さず笑われています。

 流石に言い過ぎたと思われたのか、有朋さんはその会話には加わらず、大人しく紅茶に口をつけていますけれど、少し静かすぎるとかえって怖いのですが。

 二言三言、従兄弟同士のじゃれ合いが続いた後、こちらへと意識が向かれました。


「さてと、ダンス用のドレスってことだけど、何か好みはあるかな?」


 熊さん、ではなく上弦さんがそう尋ねて下さると、バッ、と顔を上げて、有朋さんが勢いよく挙手します。


「ゴーシャスなのがいいわっ!裾が出来るだけ広がってて、昔の貴族みたいなの!ね、うらら」


 有朋さーんっ!ちょっと、何を言ってるんですかっ?!

 

「ああ、似合いそうだね。ロココ調なイメージのドレスか、何点かあったかな?おい、ちょっと探してくれる?」


 ふむふむと、納得された上に指示までされてますが、そんな派手なドレスは今更着たくはありません。

 そう反対の意を示そうとするも、あっという間にキャスターに掛けられたドレスがガラガラと音を立てて運ばれてきました。

 きゃあきゃあと楽しそうな有朋さんと、どんどんドレスを追加されていく上弦さんの新コンビにたじろぎますが、これは放っておくととんでもないことになりそうです。

 主に、私が。

 いつの間にか私の横へ移ってきた下弦さんへ、嘆願の視線を送ると、静かにふるふると首を横に振られました。


「ゴメン。こうなると、僕には止められないや。諦めて遊ばれてやってくれる?」


 ただより怖いものはないとは、こういうことだったのですね。体感しました。






「うーん、やっぱりこっちのピンクかなあ」

「そうね、うららはピンクがいいわね」


 すでに何着目かの試着を終え、正直ヘロヘロです。

 ただ、思っていたよりもパニエも大げさではありませんし、コルセットといっても締め付けのきついものでもなかったのにはびっくりしました。今世の技術って、すごいですね。


 でも、ピンクですか……


「あの、私はピンクのような明るい色よりも、もう少し落ち着いた色のほうが……」


「はあ、何言ってんの?うららには、絶対ピンクが似合うって!」

「君の言うの落ち着いたって色は、地味なヤツのことだよ。うららちゃんはね、ピンクが似合うよ。プロの言うこと聞いて。はい、次これ」


 そうして上弦さんから渡されたドレスは、少し濃いめのピンク地に白い繊細なレースで飾られ、アクセントとしていくつかリボンのついたものでした。

 何だかデジャヴを感じさせるそのドレスを受け取ると、飽きずに付き合われている下弦さんからも、うんいいね、これ。と言葉をいただきました。


「そういやあ、蝶湖ね。ピンクが好きだから、それ気に入ると思うよ」


 え?蝶湖様はピンクがお好きなんですか?ちょっと意外です。シックなものを好んで身につけていられる印象なのですがと首を捻ると、慌てて言い足されます。


「ああ、身につけるのが、じゃなくて、見るのがね。天道さんがそのドレスを着たら喜ぶと思うけどな」


 ……見るのが、というのも変わった嗜好なような気もしますが、蝶湖様がお好きだというなら着てみてもいいかなと思う私も随分とゲンキンなものですね。


「じゃあ、一度着てみますね」


 そう言って試着室へ向かい振り返る目の端で、下弦さんのガッツポーズが見えたのです。


 試着室から出てみると、皆の視線が一斉に向いてドキッとしてしまいました。


「いい、いい!うらら、凄く可愛い!」

「うん、これだね。どう?ウエストは、緩いかな?丈も踊りやすい長さにしとこうか」


 まだ返事もしないうちに、すでに決定事項として流れが進んでいきます。試着を手伝ってくださった方や、どこからともなくあらわれた方まで、色んな方にあれやこれやと触られ、これまたどんどんと手直しされました。

 フルオーダーでないとはいえ、こんな高そうなお店の高そうなドレスを、やはり気軽に受け取るわけにはいけませんよね。

 その考えを改めて下弦さんへと告げると、あー、いいのいいの。天道さんのは払いたいヤツに払ってもらうから。と、全く取り合ってくれません。

 一体どうしましょう。



「いいじゃん、うらら。素直に受け取っておけば」

「こちらの気持ちが良くないのです」


 有朋さんのドレスは華やかなオレンジ色のものに決まり、そちらの手直しもお願いしたところでようやく本日のミッションは終了となりました。下弦さんは、デザイナーのセイさんこと上弦さんと話があると、サロンからは出ていかれたので、帰り支度を始めます。

 二人で着替えをしながら、私の考えを有朋さんにも話しましたが、彼女も下弦さんと同じ考えのようで、とりつくしまもありません。


「そんなことよりさ、隣の部屋のドア開いてたから、トイレ行く時にちょっと覗いちゃったんだけど、すっごいの!物凄いゴーシャスなドレスがあってさあ」


 有朋さん……勝手なことをしてはダメですよ。


「いやね、気になるじゃん。せっかく、あのアロウズ本店に来てるんだから、どんなドレスがあるのかなーって……」


 私の冷ややかな視線に気がつかれたようで、だんだんとその声が小さくなっていきます。

 そうです少しは反省しましょうね、と言葉にしようとしたところ、どうも様子が違いました。

 右手を耳に付け、何やら耳を澄ませています。


「有朋さん?」

「しっ!黙って!」


 っはい!と、条件反射で口を噤んでしまいました。そうすると、私の耳にも誰かが言い合いをしているような声が届いてきます。

 くいっと、有朋さんの人差し指に誘われるように、ついつい後を追い、試着室を出てサロンのドアを開け、廊下を覗き見ると、先ほどよりもはっきりと喧嘩腰の声が聞こえました。


「……っだ……いって……」

「いや……お…………いっ」


 どうも、お隣のサロンから聞こえてくるようです。


「ちょっとお、さっきの凄いドレスが置いてあったところよ。何言ってるのかしらね?」

「やめましょう、有朋さん。プライベートな問題に首を突っ込んではいけません」


 まさしく首を伸ばして廊下を覗き込もうとする有朋さんの腕を取り引っ張りますが、いかんせん力では敵いませんでした。しかし、それでもと、更に力を込めて引っ張ろうとすると、


 バタンッ!そう大きく開け放たれたドアの音にびっくりし、逆につんのめってしまい、有朋さんと共にサロンのドアから飛び出してしまったのです。


 やってしまいました。

 息をのんでそっと声の方を伺うと、こちらの方は気がついていないのか、更にヒートアップされていて、


「うるさいっ!」


 耳をつんざくほどの大きな声で怒鳴ったかと思えば、強く握り締められた拳が、凄いスピードで男性の鳩尾辺りに吸い込まれて行きました。



「………………蝶湖、さん?」



 拳を打ち込む姿でそこにいらっしゃるのは、紛れもなく蝶湖様で、くの字になってずるずると床に沈んでいくその方は、顔は見えませんがどうやら望月さんのようです。


 え?え?ええーっ?!


 この状況、何がなんだか全くわかりません!



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