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恋しきお嬢様

朧サイドです。


「君は絶対に踊らないと思ってたよ、蝶湖」


 あの対決をよく引き受けたなと感心しつつも、本当にいいのかと疑問にも思う。

 だから借りた本を返すという名目で訪ねた、蝶湖のプライベートルームで素直に聞いてみた。そうしたら、全く思いがけない言葉が返ってきたのに更に驚かされた。


「朧、湖月でいいぞ。この中でまで面倒くさいことは無しだ」


「……へぇー」


 シンプルにモノトーンで揃えられているというよりも、ただ、ベッドと机以外の物を置かないその部屋の主の了解を得、ベッドへ遠慮なく座り込んで話を続ける。


「じゃ遠慮なく。でも湖月、どう言った心境の変化?あれだけ意固地になってたくせに、さ」

「何がだよ」


 わかっているくせにしらを切るのも昔からの悪癖だけれども、少し照れているように見えるところが随分と変わったところだな。


「ま、いいや。どうせ彼女のお陰だろうし、これ以上つっこむのは止めとく」

「気づいてんのにわざわざ人に言わせようとするところがお前のムカつくところだよ」


 あらら、似たようなことを思っていたらしい。


 同じ歳の僕たちは、昔から結構言いたいことを言い合っていた仲だ。年上の満たちよりも接点が多いからというだけではなく、多分それは、この状況に一番の不満を持っていたからだと思う。


 年上の、特に朔くんは、湖月が生まれて直ぐから言い聞かされ続けて育ってきたのだから、それはもう洗脳に近い。なまじ頭が良すぎるのも問題だ。

 その上、やたら湖月や満に干渉し色々と苦言を呈してきたのだから、いつかぶつかるんじゃないかとも思っていた。


「けどねえ、まさかこのタイミングだとは思わなかった」

「朔、か」


 ちゃんとわかってらっしゃる。


「あれ?でもあんまり怒ってないんだ」


 湖月は元々執着心が薄いから、感情の起伏がわかりにくいけれど、怒っている時に限って言えば、とてもわかりやすく、それはそれは静かに怒る。


「別に。あいつもあいつで考えるところがあるんだろ」


 ただ、うららにしたことだけは許してない。そう言い足した言葉だけが冷ややかな静けさを纏っていた。

 おー、怖っ。

 どうにも彼女の事だけはその感情メーターが振り切れるらしい。


 天道うらら。朔くんが、あれだけ調べても、何の瑕疵も見つからなかった、僕らの同級生。

 全くの庶民生まれの庶民育ちであり、習った事のない乗馬にピアノ、さらにはダンスまで身につけているようだ。所作に至っては、どんな令嬢よりも令嬢らしいのが本当に不思議でならない。


「ところでさ、天道さんには確認したの?」

「……何をだ?」

「もー、まどろっこしいからそういうの止めてくれない?天道さんが、なんであれだけのことが出来るか、だよ」


 本当に悪い癖だ。

 イライラとしているように見せるため、足をタンタンと踏み叩けば、仕方がないと口を開いた。


「聞きはしたが、まだ答えはもらってない」

「なんだ、一応確認したんだ」


 それでいて聞き出していないとは、湖月にしては随分と甘い対応だ。


「うららには、無理強いしたくないから」


 甘いのは対応だけじゃなかった。


 でろでろに甘い顔で彼女のことを語る幼なじみは、とてもじゃないが外で見せられるものじゃない。若干自分にも心当たりがある分、恋がここまで人を変えるかと思うと空恐ろしい。

 小さく、はぁ、と溜め息を吐けば、湖月が耳敏く聞きつける。


「お前もあんまりいじめるなよ」


 ギクッと胸が跳ねる。何の事だと睨めば、言ってもよければ言うけどな、と一言前置きして一番聞きたくない言葉を吐かれた。


「満は、ああいった少し変わった女の子が好みだから、早くものにしとかないと知らないぞ」


 ぐうの音も出ない。


 始めは変な子だと思ったけれど、近くで接していると意外とタフで面白いことに気づく。それでいてたまにふと見せる不安げな表情が可愛いく見えてしまったら、もうおしまいだ。

 ただ、最初から王子様呼びするわで、明らかに満狙いだとわかっていたから、なんとか気を引こうとしてはいるのだが、なかなか思うようにはいってないのが現状。

 そうこうしているうちに、今度は彼女に対する満の方からの当たりが随分良くなってしまった。


 冗談抜き、割と気にしていることを突かれ、ベッドから腰を上げる。


「じゃあ、湖月がいいんなら、もう何も言うことはないや。満じゃないけど、好きにすれば、だよ」

「ああ。好きにするさ」


 湖月が笑って返すその言葉に、嘘や気負いもないのを感じたから、そのまま部屋を出ようとドアに手をかけた。

 そこでふっと思い立ち振りかえれば、まだ何か用かと言いたげな顔をする。だから、思いついたことを口にしてやった。


「月詠を追い出されたら、ウチの事務所でデビューさせてやるよ。お前なら結構イイとこいけると思うわ」


「はっ!余計なお世話だ。俺は遠慮しとくから、初でもスカウトしてやれ」


 その言葉に笑いながら、そうだなと頷き、部屋を出た。


 とりあえず、あの格好のままで湖月と呼ぶのはもう遠慮させてもらおう。

 なんとなく背筋が痒くなるな、と思いながら月詠の家を後にした。



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