カフェテラスのお嬢様
あー、紅茶が美味しい。
学園内のカフェのテラス席で紅茶を頂いています。流石は良家の方々が通う学園のカフェですね、薫り高い素晴らしい紅茶です。種類も豊富ですし、通いつめたいくらいですがお財布には優しくないのでそれはちょっと無理そうです。残念。
「で?天道うらら、あんた本当にちょっかいかけてこないんでしょうね」
うーん、本当に残念。
あれからすぐHRに入ったので、終了後これ幸いと早々に逃……帰ろうとしたところ、捕まりました。
摩訶不思議嬢、改め有朋 雫さんに。
ちょっとついてきて。と誘われた時にはドキリとしました。お母様の声で『定番は校舎裏』という幻聴が聞こえましたが、その行き先がカフェでよかったです。人目も多いですし、彼女も随分落ち着いてきたようなので、はっきり言っても大丈夫でしょう。
「正直何がなんだかわかりませんが、こちらから有朋さんに干渉するつもりはありませんので」
私の返事を聞いてもなんとなく信用してなさそうな雰囲気ですが、本当ですよ。
今日の出来事は何もかも全部あなたのせいです。
有朋さんは疑り深い視線を向けたまま、カップの中身を一気にあおりました。その置き方はカップを傷めますよと余計なことを考えてしまいます。
「まあいいわ」
中々に尊大な言い方ですが、ここは静かにスルーしましょう。
「私は今からまだ二つイベントが残ってるから、まず確実にそっちを攻略しなけりゃいけないの」
「はあ……」
「だから、天道うらら。あと一時間くらいここに居て頂戴」
意味がわかりません。
「だーかーらー。これ以上イベントを邪魔されたくないのっ!あんただって、ここにいれば巻き込まれないんだから、オッケーしなさいよ!わかった!?」
ギリリと吊り上げられた目が怖いです。この方、全然落ち着いてませんでした。
とりあえず逆らわないようにと壊れたおもちゃみたいに頭をコクコク下げます。お腹が減ってきましたが、あと一時間ここにいるんですね。お昼どうしましょう。
脅しという名の提案の承諾に満足した有朋さんが席を立ち、ウェイターさんを呼びました。
「お昼くらい奢るから好きなもの食べていきなさいよ。会計は済ませておくわ」
「……ありがとうございます」
意外といい人だったのかもしれない。
「そのかわり、一時間、一歩も動くんじゃないわよっ!」
そうでもありませんでした。
ふっふーん。と鼻歌が聞こえそうなくらい意気揚々と、有朋さんが校庭の方へと歩いていきます。一体何が起こるのかはわかりませんが、邪魔をしてはいけません。私はここに一時間待機です。
あ、何か飛んで……
当たりましたっ!?
有朋さんの頭に直撃です。あれ、ラグビーボールですよね。ああっ、ボールを追って筋肉の塊が激突しました。あれはちょっとまずいんじゃないでしょうか……でも私はここに一時間待機。
どうやら筋肉に担がれて行くようです。なにやらわめき声が聞こえるような気もします。
しかしあれが彼女の言う通りのイベントなら、私は見て見ぬふりをするのが優しさなのでしょう、きっと。ですのでウェイターさんに紅茶のおかわりとサンドイッチをお願いしました。
サンドイッチと紅茶がテーブルに並んだその時、校庭から飛び出したサッカーボールがてんてんと私の足元へと転がってきました。あら、危ないですね。と手に取ったところ、茶色い髪を短く刈った、とても爽やかな方が走ってきます。
「や、すまん。気を付けてたんだが……あれ?」
あ、大笑いしてた人ですね。
向こうも気が付いたのか、口元を押さえました。まあそうですよね。立ち上がり、黙ってボールを返します。
「サンキュ」
言葉と共に軽くウインク、がすごく似合います。周りの女生徒が微かにきゃあっと声を上げるのもわかりますよ。こういった人気者にはファンが多いでしょうから目立たないようにするのが一番。ですからここは大人しく笑顔で会釈を返すだけにしておきましょう。
そうして席に座り直し、テーブルの上のお昼に目を移したところで声がかかりました。
「……なあ、名前教えて」
「私の、でしょうか?」
「そう、君の名前」
右隣の椅子を引き、勝手に座り込んでしまった茶髪の人に、どう対応しようかと逡巡しました。けれどよく考えればクラスメートの下弦くんと同じキラキラ様御一行のお一方なのだから警戒することもありませんよね。というか、新入生代表で挨拶したんですが覚えてませんか、そんなもんですか。
「一年の天道うららといいます」
「うらら、か。覚えた。俺は三日月 初」
よろしくな、うらら。そう言って右手をぎゅっと握られてしまいました。
うわあ、なんですか。手が、手がっ!ちょっと恥ずかしいです。