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鈍感なお嬢様


 六月の最終土曜日、対決の場所に蝶湖様と二人でやってきました。対決場所といっても、土曜日の学園内、雨も降ってしまっていますので外でピクニック風ともいかず、望月さんの一言により、カフェの一画をお借りしています。

 本日は授業もありませんので、本来ならお休みのところを無理を言って開けていただきました。本当に申し訳ありません。


「ようやく君たちの手料理が食べられるね」

「あら、残念だけれども、うららの手料理はなくてよ。私と有朋さんだけで我慢しなさい」


 いつもの微笑みをよりいっそう深めて下弦さんが言ってくださいましたが、蝶湖様がサクッと切り捨てます。

 蝶湖はケチだね。と、下弦さんは私に向かって舌を出しましたが、蝶湖様の手料理が食べられれば十分だと思います。あ、あと有朋さんも、ですね。



「さあ、そろそろお昼になりますので始めましょうか」


 新明さん以外の全員が揃ったところで、十六夜さんが開始の合図を放ちました。

 新明さんは先日の仕打ちのせいで、しばらく私に近寄らないようにと言い渡されているようなので、今日は欠席だそうです。

 お友達なのですからあまり大事にしないで欲しいとお願いしましたが、これだけはダメです、許せませんと、蝶湖様に言い切られてしまいました。このことに関しては望月さんにまで謝っていただきましたので、本当にもう十分なのですが、なかなかうまくいかないものです。


「じゃあ、まずは有朋さん。よろしいですか?」


「はい。さあ、どうぞ。召し上がれ」


 そう言って、一人分のバスケットに入れられたサンドイッチのお弁当をジャッジの下弦さんの前に、そして大きなバスケットを望月さんたちの前に置き、両手を広げて勧めました。


「パニーノよ。あとサラダとフルーツを詰めてみたわ」


 イタリア人の先生に教わったという成果が出ているような、イタリアンらしくカラフルでお洒落なお弁当に仕上がっていますね。普通のハムとチーズだけでなく、ちょっとリッチに海老アボガドやローストビーフも入っているようで、中々にボリュームがあってとても美味しそうに見えました。

 望月さんと三日月さんも気に入ったご様子で、どんどんと吸い込まれるようになくなっていくのが面白いです。


「うん、美味しいね」


 下弦さんが、有朋さんに向かってそう言えば、満足そうに笑みを浮かべる姿が少し照れているようでなんだか可愛いらしく見えました。


 一通り味を見て、あまりお腹がいっぱいにならないうちにと、次の蝶湖様の番になります。

 スッと差し出されたそのお弁当箱は、涼し気な麻の葉模様に包まれていました。ああ、やっぱりセンスがいいのですね、と思っていたら、蝶湖様がそっと耳元で囁きました。


「ブショウくん?は、また二人だけで出かける時に使いましょう。それまであのランチクロスは預かってますね」


 突然そんなふうに、二人の秘密のような感じで言われてしまい、慌てて椅子から転げ落ちそうになってしまいました。ふふ。と悪戯に成功したような顔で笑われるので、なんだか仕返しをしたくなります。他の皆さん用の大きなお重の方を取り出すときにこっそりと、突き放したように囁いてみました。


「随分と余裕ですね、蝶湖さん」


 あまり上手いことは言えませんね。無理はしないほうがよかったですとかみしめていれば、どういう訳か蝶湖様がほんの少しだけ苦い顔になりました。


「余裕、ではないのよ。これでも内心気が気でないの」


 そう言うと、ささっとお弁当を運んでいってしまいます。


 そんなにお弁当の結果を気にしていたとは知りませんでした。


 皆さんに配り席に戻ってきた蝶湖様に、気持ちをきちんとくみ取れていなくて申し訳ありませんと、目くばせして謝罪の意を伝えれば、


「……やっぱり理解できてなかったか」


 蝶湖様には少し似つかわしくない、ぞんざいな言葉遣いでそうおっしゃりました。

 ん?と思う間もなく、皆さんのいただきますの言葉に意識がそちらの方に向いてしまいます。さあ、どうでしょうか?


 今回のお弁当のレシピは蝶湖様たっての願いで、天道家の一般的なものばかりを選んでみましたので、皆さんのお口に合うのかと、そこだけが心配です。

 おにぎりは少し豪華に、サケをまぶしたもの、野沢菜を刻んで入れたもの、わかめとじゃこのものを用意し、からあげ、甘い卵焼き、肉団子、ブロッコリーの胡麻和え、にんじんしりしりなどバランスを考えて詰めてみました。


 こうやって有朋さんのものと見比べてみると、とても華やかさでは敵いません。

 せめて松花堂弁当のように、見た目にもう少し気を使えばよかったでしょうか?


 例え有朋さんの相棒としてこのお嬢様対決に参戦させられたとはいえ、私のせいで、蝶湖様が負けてしまうのは本意ではありません。

 心配顔の私が余程気になったのか、蝶湖様が肩をぽんぽんと軽く叩きます。


「大丈夫。とても美味しくできたから。それにね、私がうららのお家の味を知りたくて習いたかったのだから、いいのよ」


 なんだか、その台詞ではまるで……


「いやだわ。まるで蝶湖様が家にお嫁に来るみたいですよ」


 くすくすと思わず笑いがもれてしまいます。そんな私を見て、蝶湖様は良いことを思いついたと言うように言葉を続けました。


「ああ、それよりもね、うらら。もしよかったらあなたが家にお……」

「ちょっと!そこの二人っ!!そろそろ結果を発表したいんですけど?」


 蝶湖様が台詞を言い切る前に、下弦さんがそれはそれは大きな声で遮りました。

 

 進行を止めてしまっていたようで、皆さんの視線が痛いくらいにこちらへと注がれています。すみませんと、私が謝っている中、隣で不穏な舌打ちが聞こえましたが、まさか、ねえ?


 

 と、いよいよ結果の発表です。どうなるのでしょうか?



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