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料理教室のお嬢様


「私がうちの車で送ってくわよ。その方がいいでしょ」


 帰り支度をする私の鞄をさっと持ち上げ、有朋さんが蝶湖様たちに向かって告げました。



 私が十六夜さんの病院でお世話になっている間に、午後の授業がすべて終わってしまったということで、教室へ置いたままの荷物を持ち、下弦さんと有朋さんが病室へ寄って下さいました。それがあの失言のタイミングと重なり、下弦さんの大爆笑へと繋がったようです。

 有朋さんのこめかみがぴくぴくとせわしなく動いていましたが、一応私がケガ人ということを考慮されてか、まあいいわと見逃していただけました。下弦さんは笑ったことに関して、しっかりと文句を言われてましたけども。

 そしてとりあえずこのケガは、第三校舎奥の老朽化した離れでの事故ということにすると話し合いで決めました。十六夜さんが学園に、というか望月さんにそう話を通してくださるということです。蝶湖様は若干不満そうにしていましたが、大事にしたくないという私の気持ちを汲んでいただきました。

 治療と一通りの口裏合わせも済み、そろそろ帰りましょうといったところで、蝶湖様たちに、ケガさせてしまったお詫びをしたいから家まで送らせて欲しいとお願いされてしまいました。そうおっしゃってくださるのは嬉しいのですが、あまり大げさにもしてほしくありません。どう断ろうかと考えていたところに、有朋さんからの提案です。



「よろしいのでしょうか?」

「別に。どうせ私もそっち方面だし、こんな派手なのが大勢で顔出すよりいいわ」


 確かに。皆さんお一人でも目立つのに、お三方が揃ってうちの近所に現れれば、何かあるのかと思われてしまいそうです。そう思って有朋さんの申し出を受けることにしました。

 なんとなく蝶湖様のお顔がむくれているように見えましたが、先ほどのこともありますので余計なことは言わない方がいいでしょう。


「では、お手数ですがお願いします。有朋さん」


「仕方がないわね。乗り掛かった船だし」


 そう、少し得意げに言われました。



 ……おかしいですね。簀巻き状態にされてむりやり船に乗せられたのは私の方だった気がするのですが?


 それを反論する間も無く、有朋さんに手を引かれ帰路についたのです。






「でー?昨日のアレ、どうしたのよ。突っ返したの?」

「あれ……あの花束のことですか?」

「花束?それは何のこと?うらら」


 結局、学園の特別配膳室を使用するのも躊躇われ、さあどこで料理を教えましょうといったところで、有朋さんが手を差し伸べて下さいました。

 彼女の教わっている料理スタジオの一画をお借りして、蝶湖様と二人、包丁の使い方から練習をしているのですが、やたらとこちらへ近づいて話しかけてきます。

 きっと、この広いスタジオでお一人というのが寂しかったのでしょうね。先生はまだまだ日本語が覚束ないイタリア人の方でした。

 誉め言葉は随分お上手ですけれども、料理指導の細かいところは伝わり難いようです。


 ……どうして日本人の方に教わろうとしなかったのでしょうか?お題はお弁当なのに。



 それはさておき、花束の件です。


「そうそう。昨日、送って帰ったじゃない?そしたらちょうど花屋の配達が来てさー。朔ちゃんから、おっきくて真っ黄色い百合の花束がドーンって!」


 確かに届きましたね。

 新明さんから、お詫びです、そう書かれたメッセージカードと共に。


「自分でケガさせといてねー。あんなちっさい家に、めちゃくちゃ匂いがきつくて大きな花束とか送ってくるとか、逆に嫌がらせかって思うわ」


 小さい家って……それはこの学園に通われるレベルのお家からすればそうなんでしょうが、もう少しオブラートに包んでいただきたいものです。


「ちゃんと飾らせていただきましたよ。お花に罪はありませんから」


 仏間にですが。

 祖母は華やかなものが好きでしたから、きっと喜んでくれるでしょう。

 けれどまあそこまで言う必要はないですねと、お喋りを止めて蝶湖様の方へ意識を向けた途端、ばごっ、という音とともに、真っ二つになった人参が目の前に映りました。


「え?」

「あら、ごめんなさい。ちょっと力が入りすぎちゃったかしら」


 ちょっと力が入りすぎて、LLサイズの人参が二つに割れるのでしょうか?


 人参と蝶湖様の顔を交互に見つめていたら、横から有朋さんが笑いながらまた口を出してきました。


「月詠さんって何気に力強いわよね」

「そうなんですか?」


 箸より重いものを持たないような風情なのですが、ああでもスポーツは万能らしいのでそれなりに力は強いのでしょう。


「昨日も凄かったわよ。あの副会長んとこにすっ飛んでって、いきなりこう、ぶんなぐっ……やー、いや……あー、とと、……」


 さ、練習しよっと言って、急にそそくさと自分のスペースまで戻ってしまった有朋さんでした。

 

「ぶんな……ぶんぐ?蝶湖さん、何をなさったんですか?」


「何も。さあ、私たちも頑張りましょう。次は何をすればいいかしら?」


 いつもの美しい微笑みをたたえ、次の手順を確認なされます。そうですね、折角の時間は有効に使いましょう。折れた人参の皮を剥くように指示を出しながら、危なくないようにと見守ります。


 ケガはしないようにしませんとね。



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