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不愉快なお嬢様

朔太朗サイドです。


 蝶湖が、入学早々に気にかけた女生徒の名前は速攻で調べた。


 特待生だというその少女の名は、天道うらら。

 聞いたことのない家名と、その待遇から、こちら側の人間でないのは明らかだった。

 あまりそういった者を近づけるのは好ましくない。そうでなくても外部生の増える高等部は面倒が増える。

 ATNソリューションの有朋のところの娘がいい例だ。

 入学前くらいからやたらこちらを窺って、何やら画策しているらしいというのを耳にした。だからこそさりげなく排除しようとしていたのに、いつの間にかお嬢様対決などという馬鹿らしいものに関わる事態になってしまった。



「仕方ないですね、蝶湖が自分から受けたのですから」


 諦め顔で不知は言うが、それほど事の成り行きを気にしている様子はない。おそらくは、その勝負とやらに付き合わせられている、あの天道うららという少女のせいだろう。

 彼女は全くの庶民育ちのはずだが、とてもそうには見えない振る舞いをする。


「天道さんなら、その辺の自称お嬢様よりもよっぽど深窓の令嬢って感じだけどね」


 天然だし。思いのほか彼女のことを気にいっている朧が笑いながら言う。確かに同意出来ないことはない。だが、放っておけるかといえば、それは無理な相談だ。

 逆に一般家庭の生まれ育ちであれだけの所作が出来る方が本来無理がある。いっそ、どこぞのくだらない阿呆どもが企んだ、蝶湖や満を誑し込むための仕込みだといってくれたほうがよっぽど受け入れられるのに。


 そんなこっちの懸念など知ってか知らずか、もしくは知っていても関係ないとでも思っているのか、蝶湖は天道うららとの距離をどんどんと縮めていく。

 そもそも蝶湖が自分から友達になろうなどと言ったことは、長い付き合いの中でも今まで一度もなかった。幼い時から蝶湖として育たなければならなかった故に、他人との付き合いは一線を引き、そこから逸脱するようなことはなかったのだ。

 

 いや、一つだけ例外があったのに気が付く。

 そうだあれは、蝶湖としての器に嫌悪し、反発し、爆発寸前までいった時。

 月詠からガス抜きにと、蝶湖がその頃興味を持ち出した剣道の道場へこっそり通わせた時に、めずらしく相手をしていた者がいたのを思い出した。


 たしか、はると。――――天道はると、そんな名前だった。



 ああ、なるほど。間違いなく接点はあったのだ。

 

 詳しくはわからない。蝶湖もきっと語らない。けれど、何かはあったのだ。


 あれからしばらくして、急に湖月(・・)を封印し、蝶湖(・・)としての役目を完璧に果たそうとするようになったのも、その影響だったのかもしれない。

 ならば今の蝶湖があるのも彼女のお陰かもしれないと思えば随分と感慨深い。


 けれど、それとこれとは話は別だ。


 蝶湖は月詠で、月詠が蝶湖なのだ。


 子供のころから教えられ続けてきた。望月と月詠を頂点に栄え続けてきた我々の存在意義を。伝統の継承を。

 時代錯誤と言われようとも、自分は望月と月詠のためにあると、だから――――






「そんな訳だから、君たちの口から蝶湖に直接言ってくれないかな。茶番はもうお仕舞いだって」


 天道うららの腕を捻り上げ、なだめる様にお願い(・・・)をする。あまりこういった直接的な対話はしたくはなかったのだが、仕方がない。

 前回の対決、ジャッジとして関わる時に、勝負そのものを終わらせようと計画していたのだが、その梯子をすっぱりと外されてしまったのだから。

 しかもそれが、満の働きのせいだとなれば、自分があれ以上表向きは動くわけにはいかなかった。

 そうして、機会をうかがい、ようやく彼女を呼び出し、話をつけようとしたのに、


「約束は?」


「……っ、しません!」


 そう、はっきりと言い返す彼女にひどく苛立った。


 思い通りにならない答えによりも、その瞳にだ。

 どうしてこの少女はこんな目にあってるというのにその輝きを失わない?だから、もう一歩進もうと更に掴んだ腕を上げようとした。


 その瞬間、大きな音を立て、蝶湖が離れに飛び込んできた。余程慌てて来たのだろう、いつもの澄ましたような空気はどこにも見当たらない。

 タイムリミットか、そう思えば先ほどまでの苛立ちもスッと遠のいてしまった。


「どうした、蝶湖。何か用事かい?」


 白々しく言ってやり、天道うららの腕から手を離す。そして、あれは結構な痕になりそうだ、可哀そうに、と他人事のように思う。

 

 整いすぎた顔というものは、黙っているだけでも恐ろしい時があるが、そんな顔が本当に怒ったときというのは無表情になるのだと今初めて知った。


 蝶湖はその何も無い表情で自分に近づき、その手に付いた血を、わざわざ人の制服になすりつけるように拭う。

 拳に傷は見当たらないようだから、これはきっとドアの前で待機させていた朝比奈の血だろう。あんな体格をしてるくせに役に立たないものだと頭に置いておく。まあ、蝶湖相手に勝てるわけもないのだが。


 消えろ、との声に黙って従うことにした。勿論、月詠に逆らう選択肢など自分にはありえない。


 しかし、ふとした悪戯心が湧きだし、蝶湖に向かってこっそりと呟いた。


湖月(・・)、蝶湖の仮面が外れてるぞ」


 瞬間、ぎりっ、と歯ぎしりの音が聞こえた。どうやら自覚もないようだったらしい。

 してやったりだと気を良くしたついでに、天道うららにも声を掛けた。


「悪かったね」


 そんなつもりもなかったが、つい彼女の表情を横目で追えば、きっちり背筋を伸ばし、まるで何もなかったといわんばかりの、強い光がそこにあった。


 やはり、気にくわない。


 どうにも天道うららという少女は、自分の理解の範疇外にいる人間のようだ。


 苛立ちを抱えたまま外に出ると、派手に顔を殴られたような朝比奈が情けない顔をして座っていた。

 それを放って歩き出す。


 まだ諦めた訳ではない。

 しばらくは蝶湖の監視も厳しいだろうが、どうせ嫌でも目を届かせることの出来ない時期がくる。

 だからもう少し時を見てみたとしても遅くはないはずだと、自分に言い聞かせた。



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