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万事休すのお嬢様


 自宅で蝶湖様に料理を教えて差し上げた翌日の朝、教室の机の中に封筒が入っているのを見つけました。何だろうと確認すれば、差出人は蝶湖様になっていて、学園内にある調理室の使用許可を取ったと書かれてありました。普段は解放されておらず特別な場合しか使用されないため、調理用具がそろっているかどうか昼休みにでも確認しておいてほしいという旨と、場所の説明が書き添えられています。

 朝早くから丁寧にありがとうございますと、心の中でお礼をしていれば、下弦さんと有朋さんがそろって教室に入ってきました。

 おやおや、ふたりしてああだこうだと言い合いをしているようですが、なんとなくいい雰囲気にみえます。有朋さんも、今さら繕うこともないと、下弦さん相手には自然体で接しているようです。


「おはよう、天道さん。今日の場所、蝶湖から連絡きた?」

「はよー、うらら。どうだった?月詠さんの料理は」


 そういえば、学園祭の辺りでようやくフルネーム呼びから脱却しました。なんとなく親密さが増しましたね。


「おはようございます、有朋さん、下弦さん。ええ、特別配膳室というのですね。昼休みに確認してきます」

「ふーん、そんなのあったんだ。どこ?」


 そう言って、開いて読んでいた私宛の手紙を横からのぞき込みます。有朋さん、それはダメですよ、と目線で注意しますが全く効き目はありません。

 あー、あそこね。と頷きながら、私の机の前の椅子に座ります。


「で?お嬢様の包丁さばきはどんなもんよ?」


「…………ノーコメントです」


 蝶湖様の包丁さばきを正直に語る必要はないでしょう。まだ対決までには二週間以上ありますから、蝶湖様の名に恥じないように絶対に上達させます。


「あらあら。その様子じゃあ、今回こそ私の圧勝かしら?料理教室の先生からはねえ、筋がいいって褒められちゃったー」

「蝶湖さんはとても丁寧ですよ。それから、今回は私は蝶湖さんサイドですので、蝶湖さんのお話しは明かせません」


 うきうきで語る有朋さんに、きっちりと釘を刺しました。ぶーっと口を尖らせてみても知りませんよ。


「いいもんね、先生から料理は愛情だって言われたし、私は私でたーっぷりの愛情込めて作っちゃうから」


 クールな月詠さんには、そういうの無理でしょ?とお返しとばかりに言い放ちます。

 確かに蝶湖様は少し冷たいイメージがあるようですが、本当は、全然そんなことはないと思うのですけれど……勝手な思い込みでしょうか?


「へー。愛情込めてくれるんだ、お弁当」


 ジャッジの下弦さんが、少し嬉しそうに笑っています。あら、本当にいい雰囲気になってるようです。


「ふっふっふ。当たり前よ。男は胃袋からっていうからね。待ってなさいよ、王子っ!」


 まだ諦めてなかったとは驚きです。


 はは。と、乾いた笑いがこぼれてきました。


「まあ、ああいう人ですから」

「うん、今さらだったね」


 下弦さんと二人、片手を挙げて気合を入れる有朋さんを見てため息をつきました。





 昼休みになり、手紙に書いてあった特別配膳室へ向かいます。下弦さんが一緒に付いていこうと言ってくださいましたが、そこは丁寧にお断りしました。一応今回のジャッジですからね、公平を期したいと思います。


 そうしてたどり着いたその場所、第三校舎の奥に建つ離れの扉を開け中に入ってみれば、想像とは全く違う内装に驚きました。

 特別配膳室というからには、少なくともシンクや調理台が設置してあると思いきや、各教室にあるような机や椅子が無造作に置いてあるだけでした。

 本当にこの場所なのだろうかと、手紙に目を落としたところで、不意に聞いたことのある声が聞こえました。


「こんにちは、天道君」


「……新明さん?え、どうして?」


「どうして?いちいち教えてもらわないとわからない?」


 南向きの窓近くに立つ新明さんは逆光になり、表情はよく見えません。けれどもその冷え冷えとした口調だけでも、彼が私に良い感情を持っていないことはわかります。


「たまに出てくるんだよ。君や有朋君みたいにね、やたら自分たちにまとわりついてくる輩がさ」


 うっとおしい。苦々しくそう吐き出します。これは好かれていないどころではありませんね。完全に嫌悪感を隠すことなく嫌われています。

 私が感じた苦手意識はこれだったのですか、と納得し逃げの体制に入りました。偽の手紙で呼び出ししてきた人間が、友好的な話し合いを希望しているとは思えません。

 後を伺いつつ、じりじりと下がり始めたところであざ笑うような声がかかります。


「ドアなら開かないよ。試してみればいい」


 その言葉に弾かれたようにドアノブに飛びつき回しましたが、ガチャガチャと引っかかるような音がするだけで回り切りません。どうしよう、そう思った時、いつの間にか私の真後ろまで来た新明さんに左手を取られました。


「開かないだろう。無理だって、君の力じゃ」


 そうして、その手に力を入れ、私の手首に爪をグリっとたてました。

 ずきっとした痛みに目をやれば、じわり血が滲んでいます。

 つっ……と、思わず漏らしてしまった声聞き、新明さんは満足そうに笑います。


「慣れないことをするから、ほら、ケガをした」


 そんなゾッとするような冷え切った声に、体が、心が、すくんで動くことが出来なくなってしまいました。



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