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接近遭遇のお嬢様


「それでは、対決種目としてお願いするのはピアノ演奏でよろしいですか?」


 何故か私がこの場を仕切ることとなってしまいました。

 本来は一番関係ないはずなのですが、この方がお二人とも言い争いもなく落ち着いて話し合いが出来るようですので、まあこの際良しとしましょう。


「で、演目は……」

「きらきら星変奏曲でいくわよ」


 うんうん。と下弦さんが満足そうに頷きます。


「初はどうせ小難しい曲の善し悪しなんてわからないから、知ってる曲ってだけでポイント高いと思うよ」

「そうは言うけどねえ、きらきら星変奏曲って結構難易度高いんだからね!難しいのよ、上手に弾くってのが」


 おやまあそうでしたか。誰でも知っている曲なのだと思ったのですが、なかなか奥が深いものなのですね。


「わかってるさ、これでも芸ごとには強いつもりだよ。んー、でも自信がないって言うんだったら別に無理には薦めないけどねえ」


 ちらりと有朋さんの方を見て、下弦さんがしらじらしい言葉で煽ります。


「……っな、自信なんてあるわ、大ありよ!ピアノだって伊達に八年もやってないんだからね!」


 完璧に仕上げて唸らせてやるわよ!と大見得を切りました。この分ならなんとか大丈夫そうですね。

 しかし、下弦さんは素晴らしい操縦術を取得していますね。この短期間であっという間に有朋さんの取り扱いを身に着けました。大変勉強になります。そう、一人頷いていれば、有朋さんが急に話を振ってきました。


「で、あんたは何やるのよ?天道うらら」


 えーと……


「私も演奏するんでしょうか?」

「当ったり前でしょお!?相棒だっていったじゃない」


 相棒の定義とは?


 一度お尋ねしたいとは思っていますが、あまり建設的な話し合いにはなりそうもないので黙認することにします。

 けれども、そうですね。言ってないことがあったのですが、実は。


「私は楽器を習ったことがないのですが」


「「えっ!?」」


 そんなに驚かれても困ります。ただでさえ子供が三人も居る一般的庶民の家庭ですので、習い事など勿体なくて……

 あと、正直言ってしまえば習い事は前世の厳しいレッスンを思い出しますので、私は遠慮させていただきました。はると君は剣道場、きららちゃんは絵画教室へ通ってますけどね。


「あ、でも楽器を演奏するのは好きですよ。学校の授業で色々と触らせていただきましたしので、ピアノも少しですが弾けます」


 前世のピアノに似た楽器は鍵盤の数も多く、全体が一回り大きくて重かったので弾くのが大変でしたけれど、今世のピアノはとても弾きやすくて好きです。


「あんた、そんなナリして……本当に期待を裏切るわよね」


 …………もう何も申しません。


「まあまあ。元々天道さんは巻き込まれだけなんだから、あんまり無茶をいわないようにしないと」

「……そうね。よく考えりゃ、天道うららの好感度上げたって仕方がないしね」


 ようやくそこに気が付いたのですね。あと、そろそろフルネーム呼びは取りやめて欲しいのですが、お願いしてもよろしいでしょうか?


「ま、何でもいいから一曲弾きなさいよ。そうでないと」


 なんか月詠蝶湖が怖いし……


 ボソッと呟きましたが、そんなことはないと思いますよ。蝶湖様は優しい方ですし、ねえ。

 同意を得ようと下弦さんの方を見れば、とてもいい笑顔で私に向かっておっしゃいました。


「あと、天道さんには一つやって欲しいことがあるんだけど、いいよね」


 



「有朋さんはピアノを選んだのね。わかりました」

「はい。日程はまた後ほど、下弦さんからお知らせします」



 蝶湖様が図書室にいらっしゃるからと、下弦さんに追い立てられたのはつい先ほどの出来事でした。

 対決の種目を連絡して、あわよくば演目を聞き出して欲しいとスパイの役目を仰せつかったのですが、そういった真似は……と言いますと

 うん。僕、卑屈で狡猾だからさ。

 と答えられ、返す言葉が見つかりません。つくづく口は災いの元だと痛感いたしました。



 図書室で対決種目を告げると、もう帰るところだったからとおっしゃり、一緒に昇降口へと向かいます。途中、蝶湖様が私に尋ねられました。


「ねえ、うららはどんな曲がお好きかしら?」

「そうですね……」


 ここで私が、下弦さんの思惑通りに有朋さんにとって都合のいい曲を伝えても、きっと蝶湖様はその曲を弾いてくださるのでしょう。とても優しく話しかけてくださる姿に、勝手ながらそう思ってしまいました。

 けれども、蝶湖様が弾かれるピアノ曲。私が聴きたい蝶湖様のピアノ曲。きっと、それは……


「穏やかで優しい曲が好きです」


「そう。じゃあ、そんな曲にしましょうね」


 ――あなたのために弾くことにするわ。


 そうおっしゃって微笑む姿はとても綺麗で、艶やかで、見ているだけで顔が火照ってしまいます。

 どうしましょう。憧れるほど素敵な方なのに、なんだか急に一緒にいて落ち着かない気分になってきました。

 そんな私の動揺を知ってか知らずか、蝶湖様はいろいろと話しかけてくださいます。若干上の空気味で応えながら歩いていると、正門のところで不意に声がかかりました。


「姉ちゃん」


「はると君、どうしてここに?」

「姉ちゃんまだ帰ってこないから見て来いって、きららから連絡きた」


 そういえば今日はきららちゃんのお買い物に付き合う約束をしていたのに、有朋さんの件ですっかり忘れていました。


「いやだわ、急がなくっちゃ。はると君もごめんなさいね。わざわざ寄ってくれたんでしょ?」

「いや、剣道場寄る途中だし……」


 はると君は竹刀と防具入れをかけている肩に親指を指し示します。

 そうして、驚いたように一点を凝視していました。


 視線の先には、蝶湖様――


「あ、蝶湖さん。この子は私の弟のはるとです。はると君、こちら月詠蝶湖さんです。お姉ちゃんのお友達なのよ」


 失礼の無いようにと、急ぎ紹介をします。蝶湖様は、僅かに身を固くしたように見えましたが、すぐにいつも通りの笑顔で応えてくださいました。


「はじめまして、月詠蝶湖です。お姉さんにはいつもお世話になっています」

「…………っす」


 愛想以前に礼儀が全くなっていません。口うるさく思われても、そこはしっかり言い聞かせないと思い口を開こうとしたところで蝶湖様に止められました。


「いいのよ、うらら。急ぐんでしょう?早く行ってあげなさい」


 普段と変わらない落ち着いた声で話す蝶湖様に安心し、頭を下げて場を離れようとしたその時、唐突にはると君が蝶湖様に向かって尋ねました。


「ねえ。あのさ……あんた、兄弟っている?」

「え?ちょっと、はると君……」

「……いいえ、一人っ子です。兄弟はいませんわ」


 それがなにか?


 そうおっしゃった蝶湖様は、何故だか少し挑戦的で不穏な空気を醸し出していました。


「いや、……なら、いい」


 私には意味の分からない質問だったのですが、はると君は誰か蝶湖様に似てる方を知っていたのでしょうか?そんなことを考えているうちに、はると君はさっさと踵を返してしまいました。

 私は、再度蝶湖様に向かって頭を軽く下げます。

 そうして先を行くはると君を追いかけました。


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