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かわいい女神と異世界転生なんて考えてもみなかった。  作者: 相生蒼尉
第3章 辺境都市編

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第92話:なぜか女神に否定された場合

久しぶりのアコンの村、です。


 およそ半年ぶりに戻ったアコンの村は、夏の終わりが近づいていた。そうはいってもまだまだ熱いのが亜熱帯の気候ではあるのだけれど。

 黄金のように輝く稲穂の実りが、今年も食べ物に困らないと感じさせてくれる。稲刈り作業はケーナの指示の下、妊娠中のクマラとサーラ以外、総出で働いている。クレアが駆け出し、手伝いを始めると、あちこちから、おかえり、という声がかかる。

 思えば、クレアもうちの村によく馴染んだものだ。

 おれも手伝おうとしたら、ケーナに追い払われた。

 どうやら早くクマラのところに行け、ということらしい。妊婦を放っておいて、半年近くも他国で戦っていたのだ。いくら、おれが強いと信じていても、心配はする。長いこと、心配させた妻に会うのが先、という理屈で、クマラのところへ。


 それで、クマラのところに来てみたら・・・。

「なんで、アコンの村に?」

「・・・アイラに、一度来てみればいいって、誘われたから」

 ライムが、クマラの隣に座っていた。

 クマラも笑う。

「ライムには一度会ってみたかったの。私は、今、外に出られないから、来てくれてよかったと思う。オーバは、ライムが村に来るのは気になるの?」

「いや、びっくりしただけで・・・」

 あれ?

「・・・クマラ、草原遊牧民族語が、話せてるな?」

「その方が、ライムと話せるから・・・」

 声は相変わらず小さいのだけれど。

 いつも、自分の意志にまっすぐ進むクマラ。そして、そういう行動で、言語まで身に付けてしまうクマラ。

 うちの村って、すごい人材がいるよな・・・。

「クマラと話せて私も嬉しかった。それにアコンの村に来て、リイムやリイズも、他の子たちも元気だって分かったし、あの子をいずれここに連れてくることも考えたら、アイラの言う通り、一度ここまで来るべきだと思ったの」

「そうか。で、どう? アコンの村は?」

「氏族のテントと、いろいろと違って驚いたわ。あと、修業がすごい。神聖魔法の使い手が多いから、打ち込みが鋭くて、容赦がないの。それに・・・」

「それに?」

「食べ物でしょ」

 クマラが笑いながら言う。「ライム、いつも、何回も、おかわりしてる」

「もう、クマラってば。それは言わないでって、言ったのに」

 二人で楽しそうに笑い合っている。

 ・・・亭主元気で留守がいい、とは、いったい、いつの時代の、どこの言葉だったのだろうか。なんか、嫁さんたちの仲がよくて、おれの方が疎外感を感じてしまうのですが・・・それは、おれの気のせいでしょうか?

 大草原の東部に氏族同盟を立ち上げさせたのはおれでしたが、気が付いたら嫁さん同盟に包囲されて逃げ場がないのがおれなのではないでしょうか?

 いや、別に逃げたりしないけれどね・・・。

 ライムとクマラと三人で話しながら、クマラのお腹をそっとなでる。

 そうしておれが触れると、クマラが微笑む。

 こういう時間を幸せな時間だと思う。

 ああ、帰ってきたんだな、と。

 今、実感した。

 いつの間にか、転生先のこの場所が、おれの居場所になっていた。

 ここが、このアコンの村が、おれの転生先で本当によかった。

「・・・オーバ、クレアとはどうなったの?」

「そう、それ! クレアとずっと一緒だったのよね?」

 ・・・あ~、そういう話からも、逃げられないんだよなあ。

 嫁さんたちとの間で、修羅場になったりしないのはいいのだけれど、仲が良すぎて、どう対処すればいいのか、困るってことが多い。

 こっちの感覚だと、おれに対する独占欲というより、おれを共有するべきだという、嫁さんたちの感覚があるように思う。アイラなんて、最近、妹のシエラもオーバに嫁入りさせるわよ、なんて言い出したくらいだ。

 うまく言えない。うまく言えないんだけれど。

 おれって、実は、種馬みたいな扱いに近いんじゃないのだろうか・・・。

 より強い子を産むために、より強い男の種を!

 ・・・みたいな感じで。

 いや、もちろん、愛という概念や感覚も、存在はしているという実感はある。実感はあるんだけれど、それと同時に、生き抜くことが難しい環境における、種族保存の本能みたいな?

 異世界に女神と共に、種馬として転生しました、みたいな。

 ・・・深く考えないでおこうか。

 うん、そうしよう。

 全ては心の平穏のために。




 結局、ライムは十日ほど滞在してから帰った。

 まあ、帰ったというより、おれと一緒にナルカン氏族のテントに向かった。

 ・・・そうでないと、ライム一人じゃ、森から出られないしね。正確にはおれと二人という訳ではなく、クレアも同行しているし、リイムとエイムも今回は一緒。二人にとっては里帰りだ。クレアに乗せてもらって飛ぶのでなければ、誰でも同行は可能だ。

 歩いて移動すると、アコンの村から虹池まで三日はかかる。ライムは長駆のスキルを持たないので、無理に走らせることもない。ライムには、絶対に秘密だという約束で、アコンの村までの道を教えた。まあ、いつかはその秘密も漏れるだろうけれど・・・。いつまでも隠し通せるものでもないし、これから交易を本格化させるのであれば、どうせ知られていくことだ。軍事的な面では、個人の武という圧倒的な戦力差でカバーするしかないのかもしれない。

 かつて、ジルやウルと森の中を移動していたときのように、木の上に寝泊まりするようなことはしない。おれたちが歩く範囲で、そこまで危険な存在はいないと今では理解している。危険な存在と考えられる虎軍団と熊軍団はこっち方面にはいないしね。

 それでも一応、見張りが必要だとは思うので、見張りはセントラエスに任せておけば大丈夫という感覚で気安く頼んでいる。セントラエスは、はい、任せてください、と優しく言ってくれる。


 森を抜けたら虹池だ。虹池からは、イチに頼んで、必要な分だけ、馬を連れていく。ナルカン氏族に引き取ってもらう馬たちも決めて、さらにそれより多めに馬を連れていく。ライムやリイムが色川石を持ち帰ろうとしたが、やめさせた。今後の交易で、色川石をどうするべきかも考えなければならないだろう。辺境都市でも価値が出るなら、虹池からの小川をどうにかして守らないと・・・。

 ナルカン氏族のテントまで、馬なら二日だ。テントの場所さえ分かれば、だけれど。ちなみに、今回は乗馬が苦手なクレアがいるので、三日かかる予定。大森林も広いが、大草原はもっと広い。

 ライムにはテントの場所が分かるし、おれには鳥瞰図があるから、目的地を見つけるという意味では問題はない。


 虹池からの小川を下り、一泊する前に、バッファローの群れの水浴びに遭遇した。そこでバッファローを一頭、ぶちのめしてしとめ、小竜鳥を警戒しながら、解体した。他のバッファローは散り散りに逃げていきましたよ、はい。あと、ここの小川までは小竜鳥も来ないみたいで助かった。

 ライムも、リイムも、エイムも、バッファローの肉が美味しいと驚いていた。

 食いしん坊のクレアは言うまでもない。

 ・・・結果として、バッファロー家畜化計画がノイハとリイムの夫婦によって主導的に進行していくことになるが、それはまた別のお話。


 ナルカン氏族のテントにつくと、ドウラがおれとライムの子のユウラを連れて、待っていた。

 おれはユウラを抱き上げて、なでる。すぐにライムに預けたが、そのあと、リイム、エイム、クレアにも抱かれて、にっこり笑っていた。まさか、こいつも将来はたくさん嫁取りするのだろうか・・・。

 なぜか、実体化した高学年セントラエスが最後にユウラを抱いていたのだが、おれはもうそのことについてはスルーすることにした。クレアも何も言わない、というか、最近、クレアはセントラエスとケンカしない。なんでだ?

 ドウラが何か言いたそうにしていたが、眼力で黙らせた。

 そこに小さいのは、おれの嫁さんではない。守護神なのだ。

 それから、主に、ドウラの嫁取りの話を中心に、この冬用の食糧の確認と、今後の方針などを男二人とエイムで話し合った。その場で、ガイズが死んだことと、ナイズが辺境都市にいることを伝えた。

 ドウラはそうか、とつぶやいてエイムを少しだけ見つめたが、エイムが、あの二人はもう他人、とはっきり言ったので、それ以上は何も言わなかった。

 ナルカン氏族のテントに滞在している間、日替わりでライムとクレアが夜伽を務めてくれた。まあ、おれはどこでも幸せだと思う。




 ナルカン氏族での滞在四日目、朝、スクリーンを確認すると、待っていた光点が近づいていたので、確実に辿り着けるよう、おれが出迎えに行った。

 危険はそれほどないと分かっている。

 なぜなら、この一行にはセントラエスの分身が一柱、見守っているから。

 ・・・すごい神様だよな、ホント。上級神となった今、最初の駄女神的な感じはない・・・とも言い切れないかもしれない・・・どうだろうか・・・ナルカン氏族のテントについた日、ダメダメだった気がしないでもない・・・。

 トゥリムが近づいてくる存在に警戒し、手下たちも身構えたが、それがおれだと分かると、まとめて駆け寄ってきた。

 こらこら、お連れした客人を放り出すな、まったく。

「トゥリム。セルカン氏族の方もいる。慌てるな」

「・・・っと、そうだった、すまない。ここに来てくれたということは、もう近いのか?」

「ナルカン氏族のテントには今日中につく位置だな」

「そうか。迎えに来てくれて助かった、オーバ殿」

「それで、セルカン氏族は・・・」

 そう思って振り返ると、知っている顔がいた。

 族長のエイドだった。

「・・・族長が連れてきたのか」

「族長だと問題が?」

「いや、ない。ただ、本気度が高いなと思っただけだ」

 ナルカン氏族に嫁入りする少女を族長が連れてくるとは思わなかった。チルカン氏族がドウラに嫁入りさせた時も、族長が連れてきたとは聞いていない。ナルカン氏族が嫁に出す時も、ドウラが出向くようなことはない。

 有能なのか、目端が利くのか、それとも・・・。

 今回、辺境都市絡みで二つの氏族と争ってひどい目に遭ったのがセルカン氏族なのだが、すぐに立て直しそうだ。そもそも、チルカン氏族が同じ目にあったら、全滅していたかもしれない。

 エイドが笑顔でおれに近づくのを見て、おれは内心、警戒を強めた。


 ドウラの二人目の嫁取りが終わり、セルカン氏族とナルカン氏族は改めて姻戚関係をつないだ。

 ・・・幼女婚であることには突っ込みたいが、ドウラはおれの忠告を聞いて、以前に嫁入りしたチルカン氏族の少女も、成長するまで手出しはしなかった、らしい。今回も3~4年は、我慢するだろう、たぶん。

 エイドは今回の嫁取りにおれが立ち合ったことを強調して話していた。

 これが政治力ってものなのかもしれない。チルカン氏族よりも後から嫁入りさせたが、セルカン氏族の方がいい形で嫁入りできた、とでも言いたいのだろう。

 そう考えると、死んだニイムと族長のドウラが、早くからおれとライムの子のユウラを次の族長にすると決めたことは、大きな意味があるのかもしれない。

 どこかの氏族から嫁入りした娘が産んだ子ではなく、大森林とのつながりで後継ぎを考えることは、嫁入りさせた氏族のどれかを優遇しなくてもいい、という点で重要だ。

 まあ、ユウラには必要な力をつけさせないといけない、ということは忘れてはならないのだけれど。

 あと、ナルカン氏族のテントにたくさん馬がいたことをエイドがうらやましいと連呼していたのはドウラも苦笑いをしていた。

 ドウラにしてみれば、あの馬のうち、たった三頭だけが、おれから譲られてここに残る馬なのだ。ライムが乗る牡馬一頭と、繁殖用の牝馬が二頭。それ以外は、おれ、クレア、リイム、エイムと、トゥリムたちが乗るために連れてきた。

 エイドのアピールに苦笑いで返し、産まれた子馬を譲る約束をしないドウラ。

 頑張れ、族長!

 それを横から見ながら、トゥリムやフィナスンの手下たちが、おっかなびっくりで乗馬訓練をしている様子を見守る。

 馬に乗るだけなら、大草原の氏族では、子どもたちでもやっている。

 いや、子どもの頃からやっているからこそ、普通にできるのか。乗馬スキルでなくても、普通に乗れてしまうのだから、レベル的にはもったいないのかもしれない。

 落馬で怪我をしたフィナスンの手下に神聖魔法をかけてやりながら、ぼんやりとそんなことも考えていた。


 トゥリムたちと合流して三日目、馬を分けてもらえず、残念そうに帰っていったエイドとセルカン氏族の使者たちをみんなで見送った。

 これで、ナルカン氏族には馬がたくさんあると勘違いするだろう。

 以前なら、その情報を得て、馬を奪いにくる、ということも考えられたのだが、今では、馬とはその氏族の戦力そのものである、という考えが成り立つ。ナルカン氏族に手出しをすれば、馬の群れに蹂躙されるのは、手出しをした方である。

 まあ、エイドに確認されたので、将来的には、馬を譲ってもらえると、エイドも分かっているにちがいない。それでも、なんとか自分の氏族を優位に立たせたいのだろう。

 おれとドウラとしては、ナルカン氏族以外の四氏族には同数の馬を渡さなければならないと考えているので、そこを変えるつもりはない。その結果のドウラの苦笑いなのだ。

 ちなみに、冬の前の、氏族同盟での食糧分配会議では、チルカン氏族とセルカン氏族以外のふたつの氏族もドウラへの嫁入りを望んだのだ、次の春にはドウラの嫁は倍増するのだが、それはまた別のお話。

 ・・・この世はハーレムばかりなり。




 乗馬練習は五日間ぐらい必要だったが、トゥリムたちもクレア並みに馬に乗れるようになったので、ナルカン氏族のテントを出発した。

 氏族同盟で分配するこの冬の分のネアコンイモと、ナルカン氏族用の古米はドウラに渡してある。ついでに、不人気だけれど、トマトも渡した。ドウラの微妙な表情は忘れない。ライムが大森林でのトマトソースリゾットの作り方を覚えたので、ひょっとすると、トマトの運命も変わるかも・・・という希望を忘れないでおきたい。

 成長著しいドウラは氏族同盟をうまくコントロールできるだろう。今回の一件で、大森林とのつながりの重要性は示せたし、その上でおれとライムが結ばれているという事実は大きい。それに、大森林からの食糧を握っていることも大きい。

 食糧の分配は氏族の人数を基準に考える。そのせいで、人数を偽る族長もいるようなのだが、氏族の中の人数で大森林に差し出す口減らしの子どもの数も決めているので、偽ってばかりだと、人口が増えない。

 もちろん、最大の発言権は、食糧を握るドウラにある。だからといって、横暴なマネはできないのだが、そのへんはドウラもうまくやっているらしい。今年は、どの氏族、来年はどの氏族で、などという感じで。

 それに、今回の戦いで敗れたヤゾカン氏族が、氏族同盟に加わりたいと申し入れているらしい。これは氏族同盟の拡大にもつながるが、敵対して苦しめられたセルカン氏族の立場も考えなければならない。あと、最初から加盟していた氏族と、後から加盟した氏族との差をどうするか、それはいつぐらいまで差をつけるのか、そういうことも意識しないといけない。

 まあ、加盟を認めるのは来年以降で、氏族同盟に賠償として支払わせる羊を何匹にして、そのうち何匹をセルカン氏族に回すのか、という話になるだろう。

 ドウラはユウラを抱いて、おれたちを見送ってくれた。

 ライムではなく、ドウラが抱いて見送ることに、そういう小さなことにも意味があるのだということに、おれもドウラも、少しずつ気づけるようになってきたのかもしれない。


 さて、乗馬番付では、クレア以下がトゥリムだという、驚きの結果になった。フィナスンの手下たちは、いずれもクレアよりも上手に乗りこなしている。

 どうやらトゥリムは、馬を怖ろしい動物だと認識しているらしい。辺境伯軍を追い詰めた騎馬隊のことを怖れていたことと関係があるのは間違いない。だから、馬をなんとか、従わせよう、従わせようと力んでいるみたいだ。

 同じ場面を見ているはずなのに、フィナスンの手下たちは、トゥリムとは違った。きっと、苦しい戦いを救ってくれた強い味方だ、という感じて受け止めているのだろう。

 トゥリムは、フィナスンの手下の一人に、「強い相手には従うものだ。それを、従わせようとするから、うまく乗れないのではないか」などと言われていた。それを聞いていたフィナスンの手下たちが、全員力強くうなずいていたので、こいつらから見たらフィナスンってよっぽど怖いんだろうな、と。手下に怖れられてるなんて、親分としては必要だろうけれど、フィナスンの奴も可哀想にな、などと思い、おれはフィナスンに同情したのだった。

 そんな話を夜にセントラエスやクレアとしたのだが・・・。

「おそらく、ちがうと思います・・・」

「たぶん、フィナスンじゃないわ、それ・・・」

 セントラエスにも、クレアにも、否定されたのだけれど、どうしてだろうか?

 分からん。

 謎だ。


 リイムが川沿いを進む中で、きょろきょろと首を振っていたので、「そんなに肉が食いたいのか」と声をかけたら、「村のみんなにも食べてもらいたいの」と返された。

 からかおうと思ってごめんなさい。

 それを聞いたクレアがフィナスンの手下たちに通訳すると、いつの間にか全員で水浴びするバッファローを探しながら進むようになっていた。

 残念ながら、帰路ではバッファローと遭遇せず。

 ・・・もし、バッファローではなく、サイとかゾウとかの方と遭遇してたら、こいつらどうしただろうか、と。あまりにもでかいあのサイズの軍団を目にしても、それが肉に見えるのかどうか。

 いつか、猛獣地帯に行かせてみよう。

 村に戻ってから、おれの袋に残っていたバッファロー肉をほんの少しずつに分けて、みんなで一切れだけ焼いて食べたのだけれど、それが、ノイハとリイムのバッファロー家畜化計画を促進することになるのはまた別のお話。


 虹池に到着して、馬の群れに囲まれた時、やっぱりトゥリムが怖がっていると判明した。

 フィナスンの手下たちは、強い味方だと思って、丁寧に接しながらも、なんとか仲良くしようとしていたのに対して、おそるおそる手を伸ばすトゥリムは、馬たちの方からも避けられていた。

 トゥリムは一人で辺境都市に行かせられないな、これは。

 エイムがそんなトゥリムをちょっと見つめて、ため息をついていた。

 そのことについては、別で説明したい。

 いろいろと、複雑な事情もあるのだ。

 さて、イチたちの群れは、もはや八十頭近い、大勢力となっている。他の猛獣に襲われるようなこともなく、この辺には草がたくさん生えているのでエサに困ることもない。虹池周辺をとても気に入っているようで、ここまで連れてきたおれに対して、ものすごく懐いている。特にイチが。

 大森林のおれたちとは友好的な関係にあり、おれがイチの群れからナルカン氏族のために何頭か引き抜いても、特に問題は発生しない。馬たちは、群れから引き離されるのだけれど、素直に受け入れる。もちろん、ナルカン氏族には、馬たちを大切にするように頼んでいる。ま、ナルカン氏族に連れていった牡馬が嬉しそうに見えたのは、イチの群れでは牡馬がなかなか満たされることがないからかもしれないと考えている。

 クレアは、乗馬は下手だが、馬とはとても仲良くやっている。やっぱり騎乗される者同士、通じ合うものがあるのかもしれない。

「・・・何か言った?」

「いや、別に」

 ・・・なんで分かるんだろう?


 虹池からは徒歩でアコンの村に向かう。

 帰りも三日かかる。

 今度は、トゥリムよりも、フィナスンの手下たちが、森を怖れていた。フィナスン組は、辺境都市周辺の森の怖ろしさを知っている。辺境都市では、住民が森に近づくことはまれで、フィナスンの手下たちも、おれやフィナスンと一緒でなければ森に行くことはない。だから、フィナスンの手下たちにとって、森は怖ろしいところだという思いが強い。

 トゥリムは、まあ、フィナスンの手下たちよりもレベルは高いし、そもそも、それほど森を怖れていない。巡察使という密偵として、森は、誰にも気づかれずに移動できる、隠れやすい場所だから、慣れているらしい。

 本当に、いろいろなパターンで、人は自分の生きてきた環境の影響を受けるものだな、と思った。

 もちろん、大森林の「樹海」としての怖ろしさも、伝わったのだろうと思う。

 迷いかけたフィナスンの手下に声をかけて呼び戻した、という場面は何度もあった。ちょっとよそ見をしていただけで、仲間を見失ってしまうようだ。足元を確認するため、うつむきながら歩いていることも原因かもしれない。もしもおれのスクリーンと鳥瞰図がなかったら、彼らを助けられないという可能性もあった。大森林では、油断大敵だ。

 これは、辺境都市からの隊商は虹池までで、森の奥まで入らせないという方針で、交易をした方がいいのかもしれない。

 早めに、虹池に分村するか、当番を置いて交代で住むか、そういう対策も考えていきたい。

 もちろん、最終的には「道路建設」も考えたい。その場合、アコンの村にも外壁を造ることになるのかもしれない。


 アコンの村に着いた時、アイラやケーナがトゥリムたちを出迎えてくれた。

 セントラエスの分身との通信で、アイラやクマラには、現代日本並みに情報が伝わる。守護神の分身をケータイ代わりに使っているのもどうかと思うが、便利なのでやめられない。まあ、この通信のおかげで、辺境伯軍を崩壊させられたのだから、今後も使わせていただきたいと思う。

 トゥリムも、フィナスンの手下たちも、全員が全員、大きく口を開いたまま、アコンの木を見上げていた。

 こんなに大きな木を見るのは、初めてだったに違いない。

 イケメンのトゥリムの間抜け面は、おれとしては満足のできる表情だった。

「ようこそ、アコンの村へ」

 おれは、努めて穏やかに、短く告げた。


 新しいメンバーとの生活が、また、始まる。








次回、完結・・・。




スピンオフ作品として、別に「かわいい女神と異世界転生したこぼれ話。」を掲載しています。

続編の連載再開までのおつまみとしてお楽しみください。


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