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かわいい女神と異世界転生なんて考えてもみなかった。  作者: 相生蒼尉
第3章 辺境都市編

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90/132

第90話:女神の方が格上だと男神も膝をつく場合

評価合計500pt、総合評価1700pt突破! 嬉しいです!

評価、ブックマーク、感想、レビュー、ぜひともよろしくお願いします。

お友達に紹介したり、SNSで発信したりしてくださるとうれしいです。


毎日更新、継続中。

7月は0時更新で続けています。

第3章の完結まで、できることなら頑張りたいです。



 今日は少し体調がいいみたい、と思った。

 ここ二年ほど、体調がいいときと悪いときの、波が激しい。

 もう50代となって、その半ばも過ぎた。

 多くの人が30代半ばから後半で亡くなる中、ここまで生きられたことは奇跡に近い。

 波乱万丈だとも思うけれど、同時に、恵まれた人生だった、とも思う。

 それでも、あと二年は、ふんばりたい。

 せめて、それくらいは、王国を支えないと。

 北から、南から、不穏な動きの情報が届く。いつ、王国内が乱れ、内戦となるか、予断を許さない状況だ。私が死ねば、好機と考えて、北が動く。南は既に動いたという情報もある。

 ゆっくりと寝台から体を起こし、足を下ろして寝台の端に座る。

 腕を動かしたり、足を動かしたりしながら、自分の体を確認していく。

 関節は痛むし、動かすと疲れる。

 それが歳をとるということ。

 明日は、出仕できそうだ、と確認して、再び寝台に体を横たえる。




 王都の神殿で暮らしておよそ50年。

 本当にいろいろなことがあった。

 そのほとんどは『預言者』スキルを持っていたせいだ。

 最初の預言は正直、失敗だった。まだ、いろいろなことがよく分かっていなかったから、というのもあるが、その頃の私は幼すぎた。

 ある青年と出会って、つい、頭に浮かんだ、あなたは王になる、という言葉をそのまま告げてしまった。その青年が第二王子だということも知らずに。

 その青年、第二王子が、そんなことを口にしてはいけない、と私を諭し、そのことを誰にも言わなかったことで、救われた。第二王子は、小さな女の子を守ろうとしただけで、それが預言だとは思っていなかったのだが、結局は、そのことが私の命を守った。第二王子が本当に王になって、私のことを預言者だと気づくまで、私の力は利用されることはなかったのだから。

 彼は、私が預言者であることに気づいてからも、そのことを秘密にした。でも、時々、重要な決断が必要な場合は、私のところにやってきて、預言を求めた。王家の力が弱まっていく中で、この王は、預言を秘密にし、預言を利用しつつ、うまく王国を治めた。

 預言者であることを秘密にしていたため、彼が私に会いに来ることを、王の寵愛を受けていると誤解されたのは、今ではもう笑い話だ。

 彼が亡くなり、その跡を継いだ息子は、王となって、すぐに私の力を公開した。若い王が、老獪な宮廷貴族を抑え込むために、預言の力は効果的だった。私は巫女長に任じられて、今もその地位にある。いや、実際には、巫女長という地位自体が次第に高められていき、今では神殿長よりも、巫女長はもちろん、巫女長補佐や巫女頭の方が神殿での発言力は強い。補佐や頭には、預言の力などないのに。

 王は、神殿の巫女長の預言だ、と言い切り、それが真実かどうかに関係なく、都合のいいように預言を使って、宮廷貴族たちを断罪した。実際のところ、預言だという王の言いがかりによって断罪された宮廷貴族の方が多かった。私は、預言を受けても王に伝えないことの方が多かった。災害に関することぐらいは即座に王宮まで走って伝えたが・・・。

 その王のやり方で、私は命を狙われるようになった。そうなることは分かっていたので、神殿で育てている孤児たちを鍛えて、神殿を守る盾とした。彼ら、彼女らは神殿騎士やら巫女騎士やらと呼ばれて、王都でも最大の戦力となった。

 宮廷貴族は、地方の領地に逃れるか、私の命を狙うか、王の追従者となるか、という三択をしていたと思う。賢く、優秀な者ほど、地方の領地を得て、王都を離れ、そこで力をつけた。私の命を狙った者たちは逆に討ち滅ぼされていき、王の周りはまともに国を治められない愚か者で満たされた。

 やがて、私の命を狙うことをあきらめた宮廷貴族は、王の命を狙うようになった。私は、王が暗殺されるという預言を誰にも言わず、王が殺されるのを待って、間髪入れずに王宮へと神殿騎士を送り込み、幼い新王を立てた。おべっかしか使えない愚かな宮廷貴族のほとんどは、王の暗殺の関係者であると預言を偽って処刑したり、追放したりした。その上で、地方に逃れる際に、あなたはいずれ王都に復帰します、と前もって預言として伝えていた優秀で有力な貴族を呼び戻して、宰相や大臣などの高い地位につけた。

 王都での私の権力は盤石となり、私は神殿に引きこもった。これ以上、出しゃばると、権力におぼれてしまうと感じたからだ。

 だから、こんなに長生きができたのだろうと思う。

 ただ、先代の王の治世で、王国全体が乱れたことは、とうしても回復させられなかった。北方のカイエン候や、南方のアルティナ辺境伯に不穏な動きがあると分かっていても、先代王の暗殺からの粛清で、王都と王家の力は以前とは比べ物にならないくらい、衰えていたからだ。

 王国は滅びの道を進んでいた。


 歳をとり、次第に体が動かなくなり、これはもう、何年も生きられないと考えるようになって、ある預言を授かった。

 辺境に王が現れる、という預言だった。

 こんなことを伝えたら、また、王国が乱れる。これ以上、王家の力が弱体化してしまうと、一気に王国が崩壊しかねない。

 しかし、その一方で、王が現れるのであれば、スレイン王国を立て直してもらえるのではないか、という期待も抱いた。

 どうすべきか、悩み抜いて出した結論は、もっとも信頼できる者に希望を託すことだった。

 先王が神殿の巫女を騙して我が物とし、巫女は秘密裏に一人の子を産んだ。その子は先王の子とは知られぬよう、神殿の孤児院で育てられた。幼い頃から私はその子に目をかけ、守りつつ、鍛え抜いた。長じて、剣技に優れ、優秀な神殿騎士となった青年は、やがて王家の巡察使に取り立てられた。本人は自分が王家の血筋にあるとは知らない。ただ、孤児として育ち、神殿と巫女長である私に並々ならぬ恩義を感じ、身命を賭して仕えてくれる、素晴らしい青年だった。

 その青年に私は預言を託し、王に働きかけて辺境伯領へと送り込んだ。

 王に仕えよ、と命じて。

 あれから、四年の月日が流れた。




 ふと、神殿がいつもよりも、ずっと静かになった気がして、首だけを動かした。

 神殿に仕える者は、騒々しくはないが、全く物音をさせないということもない。こんなにも静かになることがあるだろうか?

 いざというときのために、私の部屋のすぐ外に、巫女が控えているはずだ。

 衣擦れひとつ、聞こえてこないなんて。

 音もなく、私の寝室の扉が開かれ、黒髪の青年と、赤髪の美女が入ってきた。

 初めて見る。

 神殿に、仕える者には、いなかったはずだ。

 まさか、北の、あの者からの刺客なのか?

 この弱った体では、寝台から、体を動かして逃げようにも、限界がある。神殿騎士や巫女騎士たちはどうなったのだろうか。どんなに優秀な刺客が相手でも、負けるような鍛え方、育て方はしていなかったはずなのに。

 まずい、今はまだ。

 今はまだ、殺される訳にはいかない・・・。

 対人評価を使い、相手の素性を確認する。

 しかし・・・。

『完全にレジストされました』

 それは、初めて聞く、対人評価の結果。

 この私が!

 王都で、いえ、王国で最高レベルとなり、誰一人として、防ぐことのできなかった、私の対人評価を完全に防ぐ二人!

 そんな人間が、北のあの者の刺客であるはずがない。そんな刺客が存在するはずがない。

 神殿騎士、巫女騎士を相手どって物音すらろくに立てず、神殿の聖域とされる一番奥にある私の寝室に平然と侵入できる存在。

 あり得ない!

 ・・・いいえ、そうではないわね。

 あり得ない存在なのではなく、私を超える存在。

 それは、つまり・・・。

「起きて、るよな? ああ、横になったままでいいから。無理はしないでほしい。ちょっと、神殿の人たちには申し訳ないことをしたけれど、殺してはいないから。それに、あなたを害する気もない」

 私は、寝台で横になったまま、顔だけを二人に向ける。

 美男美女だ。歳老いた今、若さの中に美しさまで備える存在には、少し、嫉妬してしまう。

「・・・ワタラセ・ハナコさん、か。それで、ハナ、ね。巫女長、ハナさんだな」

 対人評価! しかも!

 私の、王国最高レベルの私の、そのステータスを読み取る力。隠し通してきた本名まで、あっさりと暴いてしまう力。

「固有スキル『預言者』、これか。巫女長ハナ、本人で間違いない」

「・・・あなたは、どうして、ここへ?」

「巡察使のトゥリムに頼まれて・・・まあ、それは断る気まんまんだったんだけれど・・・、その、ハナという名前を聞いて、ひょっとして、と思ったもんだから・・・」

「トゥリム! ああ・・・トゥリム、よくぞ、よくぞ・・・」

 かわいいトゥリム。

 見つけてくれたのね。

 やはり、この方は、間違いない。

「・・・ようこそ、王都の最高神殿へ。辺境の王よ。老いた体がうまく動かせず、寝台に横になったままであることをお許しください」

 新たな王が、死を目前に控えた私に、会いに来てくれたのだ。

 トゥリムの求めに応じて。

 神に、感謝を。


 辺境の王は、寛大だった。

「そのままで、動く必要はない。状態が老衰。ステータス値も、最高値の半分以下。絶対に無理はしないでほしい。それと、さっき、対人評価を使っていたけれど、レベル16くらいでおれたちに使っても、たぶん忍耐力を無駄に消耗するだけだから、やめた方がいい」

 言われた通りだ。

 もはや、余計なことはすまい。

 そこで、赤髪の美女が口を開いた。

「ねえ、この人の言ってることは分かるのよね。だから、オーバもスレイン王国語で話してくれると、会話の内容がちゃんと分かるんだけど? ひょっとして、嫌がらせ?」

 どういう意味?

「クレア、ちょっとだけだから、我慢してくれ」

 スレイン王国語でそう言った、オーバと呼ばれた辺境の王は、クレアと呼んだ赤髪の美女のおでこをこつん、と優しく叩いた。

 スレイン王国語で?

 さっきまでと違って?

 ・・・ちょっと待って、どういうことかしら?

「ワタラセさん、ハナコさん、どっちがいいんだろ? 巫女長の方がいいかな? それともやっぱりハナさん、が一番いいのか・・・」

「・・・まさか、これは、日本語?」

 私も、日本語で答えていた。

 久しぶり過ぎて、気づかなかった。

 こちらの世界に来てから、一度も、誰とも、話すことがなかった、言語。

 転生前の世界の、当たり前に馴染んだ言語。

「辺境の王、あなたは・・・」

「おれは、オオバ。オオバ・スグル。ハナさん、あなたと同じ、転生者だ」

「・・・そうでしたか。こんなおばあちゃんになるまで、一度も、自分と同じ、転生した人には会うこともなかったので、本当に驚きです。日本語を聞くのも、話すのも、本当に久しぶりですし・・・。転生者がいるのだろうとは、思っていましたが・・・」

「転生者がいると思ってた? それは、どうして?」

「・・・スレイン王国の建国王カガミは、転生者なのです」

「なんでそんなことが分かるんだ?」

「王家の墓所に・・・、建国王カガミの墓所なのですが、石碑を立てているのです。その石碑に、漢字かな混じりで、いろいろなことが書かれていますから」

「・・・それは、びっくりした。そんなことしてたんだ、昔の王様は」

「ええ。それも、つい、笑ってしまうようなことを書いていますよ」

「どんな?」

「例えば、そうですね、『最後に米を食べたかった』とか?」

「うわっ、日本人だなあ」

「本当に・・・。まあ、体が弱り、死を待つ身となった今、建国王と同じ気持ちは、私にもありますね、そういえば」

「そっか・・・」

 辺境の王オオバは、そうつぶやくと部屋の中を見回した。「中にはかまどとか、ないよなあ。ねえ、ハナさん。ここで、火を起こしてもいいかな? 火事にはならないようにするから」

「火を?」

「米なら、あるからさ。ああ、ごはんがいい? それとも、体調を考えて、おかゆの方がいいかな?」

「お米があるのですか!?」

「そんなにたくさんはないけれど、白米でいい?」

「はい。喜んで。あ、おかゆにしてくださいね」

 これは、奇蹟だ。

 預言にあった辺境の王は私と同じ転生者で、しかも、お米を持っていたなんて。

 死ぬ前にご褒美がもらえるらしい。

 これまでのいろいろなことは、頑張ったと神様に認めてもらえたのだろうか。


 それから三十分くらいして、おかゆができた。

 私は起き上ろうとしたが、辺境の王オオバは、それを手で制した。

 赤髪の美女が、レンゲのような形をしたスプーンで、ふぅふぅと湯気が立つおかゆを少し冷ましてから、私の口に入れてくれた。

 温かい、ぬくもり。

 そして、懐かしい、本当に懐かしい、米の、甘み。

 確かに、お米だった。

「ああ・・・、ここまでくると、欲が出ますね。かつおぶしと醤油とか、高菜とか、梅干しでもあれば、本当に懐かしい・・・」

「あ、そういえば、味噌ならあるよ?」

「なんですって?」

「味噌は、スレイン王国で見つけたんだけれど、知らなかったのかな?」

「・・・王国内に、味噌があったのですか?」

「あったんだよ、これが」

「私は、王都を離れたことがないので・・・」

「辺境伯領の、カスタっていう海沿いの町で見つけたんだよな」

 オオバは、おかゆに、味噌を少しだけ溶かしていく。

 そして、それを赤髪の美女、クレアが私に食べさせてくれる。

 ・・・美味しい。

 なんという、至福の時間なのだろう。


 しかし、静寂は、一気に破られた。

 ばたばたと足音が響いたと思うと、巫女騎士が二人、寝室に飛び込んできた!

「巫女長さま!」

「ご無事ですか!」

 シエンとリエンだ。どちらも神殿の孤児院育ちで、王宮付きとなった、レベル11の巫女騎士。

 二人の巫女騎士が私の寝室で目にしたものは。

 寝台に横になったまま、おかゆをあーんと食べさせてもらっている私。

「み、巫女長さまっっ??」

「な、何がっっ??」

 シエンとリエンは目を丸くして見開いている。

 いけない、いけない。

 ちゃんと、二人を抑えないと。

「・・・落ち着きなさい、シエン、リエン。それでも王宮付きの巫女騎士ですか」

「し、しかし、巫女長さま? 王宮まで急使が来て、侵入者に神殿騎士や巫女騎士が次々と倒されていると連絡が・・・」

「その連絡の通り、巫女長さまのお部屋に来るまでに、何人も倒れておりまして・・・」

 ・・・そんな緊急事態の連絡を受けたにもかかわらず、こんな光景を目にしてしまっては、目を丸くするのも無理はない。

「それは、聞いております。ただ、手加減はしたとのことです。血を流しておる者はおりましたか?」

「はっ・・・? い、いえ、そういえば・・・」

「血が流れていたようなところは、なかったような・・・?」

「全員、気絶しているだけだろうということです。倒れていた神殿騎士や巫女騎士たちは、目を覚ましたら、修行し直しなさいと、伝えるように。それよりも、今は来客中です。二人は入口に控えて、誰も中には入れないようにしてください。いいですか? 例え国王が来ても、中に入れてはなりませんよ?」

「は、はいっ!」

「分かりました!」

 素直な二人が最初に駆けつけてきてくれて良かった。

 これで、ゆっくりお米の味を楽しめるわ。


 それから私は、オオバとたくさん、話をした。

 もちろん、ひとつは日本の話。

 私とオオバでは、生きていた時期がそれなりに離れていたらしい。

 あの戦争はやはり、日本の敗北で終わったと教えてもらった。しかし、その後、日本は大きく経済成長し、アメリカやイギリスと肩を並べる先進国になったという。

 私は孤児院育ちで、大人になってからは、孤児院で子どもたちの世話をする仕事をしていた。

 オオバは学校の教師だったという。

「それじゃあ、あなたも、この世界の秘密に気づいたのね?」

「この世界の秘密?」

「ええ。この世界では、教育が重要だという、秘密よ」

 私は孤児院、オオバは学校と、少し違うけれども、どちらも子どもの教育に関わるものだ。私は、前世での経験から、自分が孤児院に積極的に関わることで、孤児たちを育て、鍛えて、神殿を支える力としてきた。

 子どもの頃から教育に力を入れると、スキルが身に付き易くなり、レベルが高くなる。意外と、知られていない事実だ。対人評価のスキルを持つ者が少ないことも、知られていない要因だろうと思う。

 そもそも、この世界の人たちは、スキルとレベルについて、あまり知らない。

 私は、転生したときに、丁寧に説明を受けた。そのおかげで、今がある。七歳に転生してから、自分を鍛え抜いた。『預言者』スキルをうまく活用しながら、いろいろなスキルが身につくように修行を続け、17歳でレベル16に達した時、王都には自分よりもレベルが低い者しかいないと気が付いた。

「なるほど、それで神殿にはレベル10前後の者が多いのか」

 オオバも納得したらしい。


 神様についても話した。

「女の人には、守護神は男がつくんだな・・・」

「・・・守護神が、見えるの?」

 オオバは私の守護神が男だと言った。それは、見えているということではないかと。

 いえ、その前に。

 今でもまだ、私を守ってくれているのか、と。

「私には、今も、守護神がついているの・・・?」

「いる。いる、というか・・・今は、うちの女神の前で、土下座してる・・・」

「ええっ?」

「あ、いや、土下座っていうか、あの形が祈りを捧げる姿勢なんだけれど」

「ああ、そうね。ここの神殿では、祈りを捧げる姿勢は、確かに土下座と同じよね」

「それで、うちの女神の方が格上だから、ハナさんの守護神が、まあ、祈りを捧げる姿勢で話をしているんだよね・・・」

「・・・私、守護神はもういないのかと思ってたの」

「いや、そこにいる」

「見えるのね?」

「ま、『神眼看破』ってスキルがあれば、見えるし、触れる」

「・・・そんなスキルをどうやって・・・」

「ん、修行かな」

 ・・・驚くことばかりだ。


 本当に、もっともっと、話していたかった。

 この国の話。建国王が国名を決めるのに、好きだった小説の登場人物から名付けたことを石碑に書き残していること、とか。

 神殿の話。孤児院のようすや、孤児の運命。神殿での教育方法。

 最後の神聖魔法の使い手だったトゥエイン司祭がその力を疎まれて神殿を追放され、結局、神殿から神聖魔法が失われてしまったこと。

 オオバや、オオバの村には、何人も神聖魔法の使い手がいること。何それ? どういうこと?

 醤油はどうやって作るんだろうという議論。二人とも、結局、よく分からなかったわね。

 米ぬかの使い道と、たくあんの作り方は丁寧に説明させられたわ。もし、たくあんができたら、私にも分けてもらいたいのだけれど、それはもう難しそうだった。

 王家の弱体化までの、私の知っている、この国での出来事。

 オオバがスレイン王国にやってきてから、辺境伯領で起こったことと、辺境伯領のこれからのこと。

 トゥリムのことと、トゥリムの重大な秘密について。

 伝えたいことは、全て伝えた。

 聞きたいことを全て聞けた訳ではないけれど。


 入口で、シエンとリエンがいろいろな訪問者を押し止めているけれど、そろそろ限界かもしれない。神殿長や最高司祭も、そこまで来たみたい。

 最後に、確認だけはしてみる。

 無理だろうとは、思う。

「ねえ、オオバ。あなた、王都に来るつもりはないかしら?」

 彼は、無言で首を横に振った。

 それは、分かっていたことだった。

 オオバは辺境の王。

 辺境とは、辺境伯領のことではない。

 もっと遠くの、スレイン王国ではない、ずっと向こうにあるどこか。

 オオバは私たちの王ではないのだ。

「それなら、せめて・・・トゥリムのことを、頼みます・・・」

 今度は、黙ってうなずいてくれた。

「ありがとう・・・」

 私はそっと目を閉じた。

 まぶたの裏にトゥリムの顔が浮かぶ。

 運命の王子に、明るい道が開かれますように。

「シエン、リエン、もういいわ! みなさんをお通ししなさい!」

 私は、スレイン王国語で、声を上げた。


 それからはいろいろと嘘もついた。

 オオバとクレアは大切な友人だと押しきり、オオバに気絶させられた神殿騎士と巫女騎士たちは、明日からの訓練を倍にするように命じ、シエンとリエンには、オオバとクレアを丁重に王都の門まで送り届けるように言い聞かせた。

 慌ただしい別れになって、少し申し訳なく思いつつ。

 こっそりオオバが分けてくれたお米は、体調のいいときに自分で炊いて、食べてみようと思ったりもしながら。

 今日の出会いに勇気をもらえたと思う。

 今日の神殿での騒ぎで、明日の午前への出仕は、面倒な話になるかもしれない。

 でも、まあ、それもいい。

 不思議な出会いへの感謝の方が大きく私の心を満たしているのだから。

 オオバが言っていた、辺境伯領の実質的な独立と、それによる、王国内の混乱の縮小。

 内乱に加わる勢力をひとつ外すことで、内乱そのものを少しでも小さくしようという考え。

 納得できたし、共感できる。

 あの、欲望まみれの辺境伯を抑えることができるのなら。

 地方領主でもっとも多い町を抱えた辺境伯領が、内乱を傍観するのなら。

 いざ、というときの、王家や神殿の逃げ場に、できる。

 これは、あと少ししか生きられないとしても、なんとか踏んばらなくては。

 二度目の人生の、全てを捧げた、この、スレイン王国のために。


 勇気を分けてくれて、ありがとう、オオバ・・・。




7月は0時更新で続けています。


完結済、「賢王の絵師」も、ご一読ください。


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