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かわいい女神と異世界転生なんて考えてもみなかった。  作者: 相生蒼尉
第3章 辺境都市編

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第89話:女神がもうひとつ強力なスキルを保有していた場合

評価合計500pt、総合評価1700pt突破! 嬉しいです!

評価、ブックマーク、感想、レビュー、ぜひともよろしくお願いします。

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毎日更新、継続中。

7月は0時更新で続けています。

第3章の完結まで、できることなら頑張りたいです。



 辺境都市アルフィから撤退した辺境伯軍は、先遣隊が最初に攻め寄せた日につくった本陣へ集結している。その中の一部である、フェイタン男爵の兵士200人と、ユゥリン男爵の兵士200人は、さらに本陣を出て、新たな支配地となる町へ向かった。辺境伯が自由になってから、口出しされてごたごたするのを防ぎ、確実に占領するためである。

 残念ながら、スィフトゥ男爵には、カスタを支配下に置くだけの兵士が足りない。それだけ多くの命を辺境都市アルフィは失った。とりあえず、スィフトゥ男爵は、カスタに対して、スィフトゥ男爵領となることを伝える使者だけは送った。それがカスタの町に、どのように受け止められるかは、分からないところだ。

 大草原から、避難民は帰還してきている。フィナスンとその手下たちは、キュウエンと協力して、縄でぐるぐるに縛った辺境伯を歩かせながら、アルフィの西門を入った。

 クレアは神殿に戻り、敵、味方関係なく、重傷者の治療にあたっている。まるでナイチンゲールのような聖女ぶりだ。

 アイラたちは辺境都市までは来ていない。言葉があまり分からない地域には、抵抗を感じるのが普通だと思う。イチたち、馬の群れも、虹池に戻してほしいしね。


 アルフィで、縛られたアルティナ辺境伯と、解放されたスィフトゥ男爵が対面した。

 不満が顔に出た辺境伯と、穏やかな表情の男爵は対照的だった。

「そなたは、既に解き放たれておるのか」

「辺境伯の温情に感謝いたします」

「・・・まあいい。二度と、互いに争わぬことだな」

「はい。そうありたいと思います。つきましては、今後は男爵領から辺境伯さまへの麦の上納は不要という取り決めをお聞きしました。しっかりと麦を蓄え、力をつけて、領地を安定させ、王国を守る盾となることを誓います」

「ふん・・・」

 辺境伯は男爵から目を反らし、二人の会話はそこで途切れた。


 おれは、辺境伯と二人で、アルフィの町を歩いた。東門へ向かい、そのまま、辺境伯軍の本陣へ行く予定だ。

「そなたが、人質解放の場に行くのか」

「ああ、そうする」

「そうか。見たところ、辺境都市は、焼け野原だな」

「火をつけさせた当人が言うな」

「それが戦場では当然の命令だろう」

「そう言われれば、そうかもな」

「辺境都市には、ほとんど兵士も残っておるまい」

「生きている兵士は、怪我人ばっかりだ」

「もはや、アルフィは戦えまい」

「復興には、時間がかかるだろうな」

 辺境伯が不意に立ち止まる。

「そなたは、辺境伯領の直轄地から三つの町を譲り受けて、どうするつもりだ?」

「もらったからには、おれのものだろ。好きにさせてもらう」

「・・・そなた、我に仕えよ。それでこそ、町を支配する意味もあるのではないか?」

「嫌だよ。自分より弱い奴に仕えるなんて」

「なっ・・・」

「いいから、もう行くぞ。歩けよ」

「・・・後悔するなよ」

「はいはい。後悔しませんって」

 二人で歩いて、東門にたどり着く。

「門扉は、破壊されたままか」

「そうみたいだな」

「こんな状態なら、簡単にアルフィを陥とせるではないか」

「簡単だろうな」

 辺境伯は笑った。

「大きな穴があいた袋のようなものだな、アルフィは。誰でも簡単に手を入れることができる。そして、その中に、今はどんどん、大切な物を入れて、ふくらませておるわ」

「門は開いたまま。兵士はほとんどいない。住民は荷物とともに帰還した。だから?」

 おれと辺境伯は、門の外に出て、丸太橋を歩く。

「もう一度言う。そなた、我に仕えよ」

「嫌だよ、面倒だな、もう」

「これだけ言っても分からんとはな。後悔するなよ」

「はいはい」

 言いたいことは、分かっている。

 解放されて、辺境伯軍と合流したら。

 きっとまた、愚かなことをするのだろう。


 辺境伯軍の本陣まで500メートルくらいのところで、おれは立ち止まる。辺境伯に結んだ縄を持っているので、辺境伯も立ち止まる。

 二人の男爵が本陣から出てくると、それに続いて辺境伯軍が整列し始める。

 どんどん兵士たちが並んでいく光景は、辺境都市の籠城戦が始まった頃に、一度見た覚えがある。あれは、辺境伯軍の本隊が先遣隊に合流した日のことだった気がする。今思えば、あの先遣隊は本当に手強い相手だった。大草原で相手をした、へなちょこ軍団とは全く違った。

 およそ1000人の兵士が整列を完了すると同時に、フェイタン男爵が叫ぶ。

「約束通り、我々は辺境都市アルフィを放棄し、この本陣まで後退した。その他の条件についても、女神に誓って必ず実現させる。辺境伯を解放せよ」

「女神への誓い、聞き届けた。今、辺境伯を解放する」

 おれもフェイタン男爵に叫び返す。

 このやりとりも、打ち合わせ通りだ。問題ない。

 そして、そのまま、辺境伯を縛っていた縄を解く。

 辺境伯は、一歩踏み出し、立ち止まる。そのまま、おれを振り返る。

「これが最後だ。我に仕えよ」

「何度も、気を遣わせて悪かったな。おれはあんたに仕える気はないよ」

「そうか」

 辺境伯はそうつぶやくと、おれに背中を向けて、辺境伯軍へと歩き出した。

 ある意味で、これも三顧の礼か、と思う。どっちかというと、三顧の無礼かもしれない。

 アルティナ辺境伯は背筋を伸ばして、堂々と歩く。

 その姿だけなら、立派に見えなくもない。

 堂々と歩き切った辺境伯は、自分の兵士たちの前にたどり着いた。

 そして、最後の悲劇の、幕が、上がる。


「勇敢な我が兵士たちよ!」

 アルティナ辺境伯が叫ぶ。堂々とした大きな声だ。「大草原の蛮族の卑劣な罠にかかり、囚われの身となったが、今、解放された! 待たせてすまなかった!」

 卑劣な罠、と言えなくもないし、真正面から叩き潰した、と言えなくもない。どっちも正解な気がする。大草原までおびき出したのは罠で間違いないし、最後は真正面から叩き潰したというのも間違いないことだ。

「敵兵は傷つき、倒れ、城門は開け放たれたままだ! しかも、今は財産を持って戻った避難民があの中にはあふれておる! 女も、数え切れぬほどいる!」

 辺境伯軍の中央では、兵士の目の色が変わる。

 財産とか、女とか、そういう部分に過剰に反応するってのが、人間らしくて、とても醜い。

「疾く、駆けよ! 城門を抜け、アルフィを陥とせ! 奪い、犯し、殺せ! 辺境伯に逆らう者を許すな! 全軍っ! 突撃っっ!」

 兵士たちの咆哮がこだまする。

 辺境伯の直轄地の兵士たちがアルフィに向けて駆け出す。

 その場で、何百という兵士に、たった一人で相対するおれを振り返り、辺境伯は満足そうに笑った。


 ところが、二人の男爵と、その周辺の兵士たちは動かなかった。

 そして、その事実に、アルティナ辺境伯も気づいた。

「フェイタン男爵! ユゥリン男爵! 兵を動かせ! 再びアルフィを陥とすのだ!」

 フェイタン男爵はちらりと辺境伯を見て、そのまま再び正面に向き直った。もちろん、兵士を動かしたりはしない。

 ユゥリン男爵は、辺境伯に向き直り、口を開いた。こちらも、兵士は動いていない。

「アルティナ辺境伯! 今すぐ、兵を止めるべきだ! この戦いはもはや人の手を離れた! 女神への誓いを破ってはならん!」

「愚かな! ユゥリンよ! フェイタンよ! 我が命に逆らうか!」

 辺境伯は二人の男爵を交互に見やった。

「逆らうのではない! ただ、神を畏れるのみっ!」

 フェイタンの怒声は、アルティナ辺境伯の何倍も大きく、その場に響いた。

 その怒声が、最後の審判となった。


 セントラエスが最終確認をしてくる。

「それでは、本当にいいのですね?」

 辺境伯の行動は、まあ、予想通り。

 そして、二人の男爵の行動は、まあ、なんというか、打合せ通り。

 あの二人の男爵の兵士たちは巻込まないし、巻込まれないように動かないと取り決めてある。

 辺境伯が予想を裏切り、そのまま撤退したら、放置だったのだけれど。

 予定通り、動きますか。

 おれは振り向かずに、背中にいるセントラエスに答えた。「ああ、もういいよ。それに、どこかで一度使っておかないと、それがどれだけのものなのか、どういう効果があるのか、ずっと分からないままになるからな。これも実験だよ、実験」

「分かりました。それでは、『天罰神雷』」

 セントラエスが優しく、可憐な声で、ひとつのスキルの名を、そっと告げた。

 その一言で、空が、落ちた。


 突然、大地に陰りが広がり、空は明るさを失った。

 異変に気付いた辺境伯軍の兵士たちは、思わず足を止め、空を見上げる。

 見上げた空には、いつの間にか湧き出てきた暗雲が、渦を巻きつつ、拡大していく。

 暗雲の中で、光が点滅し始めた。

 次の瞬間、轟音とともに、白光が空と大地に線を結んだ。そして、それは、何度も、何度も、繰り返されていく。

 暗雲の下、何条もの白光が空気を切り裂き、轟音と震動をもたらす。

 世界は黒と白に交互に染められ、その中では何が起きているのか、何も見えない。

 何十回と繰り返された落雷が止まると、いつの間にか、暗雲も消え去った。

 辺境都市アルフィをめざして駆け出した兵士のうち、立っている者は、半分以下、いや、もっと少なくなっていた。


 落雷がなくなるとともに轟音と震動もなくなり、暗雲が消えたことで空は明るさを取り戻したのだが、大地からは何条もの煙が天をめざして昇っていた。大地が、えぐられ、焼けている。焦げた臭いが、風とともに流れていく。

 倒れた兵士たちが、立ち上がる気配は、ない。

 死んでいるとは限らない、と。

 そう思いたかった。

 思いたかったのだけれども、だ。

 いや、その。

 使ったことがないと、分からないよね?

 こんなことになるなんて、さ・・・。

 ・・・やってしまった。

 やっぱり、使わせてはいけないスキルだった。

 おれは、セントラエスの言葉を思い出していた。

 セントラエスは、あの乱暴者に攻撃力がないと言われたので、上級神になって真っ先に選んだスキルだ、と言っていた。あの乱暴者とは、赤竜王のこと。つまり、この『天罰神雷』スキルは、赤竜王を攻撃して、倒すつもりでセントラエスが選んだスキルだ。

 ・・・人間相手に使っていいスキルじゃないよなあ。今さら、だけれど。

 正直に言えば、見てみたかったし、試してみたかった、というのはあった。しかし、そういう個人的な好奇心は、この場合、深く考えて我慢するべきだった。

 上級神の力は、とんでもないものだ。

 実験なんて、やってみるもんじゃない。

 反省しよう。そうしよう。

 いや、もう。

 なんだかすみません。

「スグル、もうひとつ、『天罰地裂』はどうしますか? 試してみましょうか?」

 もうひとつあるんかいっっっ!!

「ダメダメダメ、絶対ダメだ。それ、たぶん、地震が起こるか、地割れが起こるか、最悪の場合地下からマグマが流れ出してくるかもしれない。試さない、試さないよ、セントラエス。使っちゃダメ。ダメ絶対。危ないから、それ、危ない奴だから」

「そうですか。今、倒れている人間たちを、大地の裂け目に落として処理できるかもしれないと思ったのですが・・・」

「いやいやいやいや、いいから、そのまま、そっとしとこう。そのままにしとけば、誰かが、そう、そうそう、フィナスンとか、あいつらが剣と胸当ての回収とかで、やってくれるから、大丈夫だから。フィナスンなら大丈夫。手下は優秀だし、ばっちりだよ、きっと」

「・・・分かりました。一度、使っておきたかったのですが」

「いやいや、使わなくても、強力なスキルだってことは分かった! セントラエスは本当にすごい!」

 だから!

 これ以上、余計な実験はしない!

 危険過ぎるっっ!


 辺境伯軍の本陣の方で、フェイタン男爵が撤退を叫んで、自分の直属の兵士たちと駆け出している。ユゥリン男爵も、似たようなもんだ。予定通りの行動のはずなのだが、予定通りではない、ものすご~く慌てた感じがあるのは・・・まあ、そういうことだろう。

 女神の怒り、とか、誓いを破ったからだ、とか、お許しください、とか、逃げる男爵の兵士たちから、全力で本気の叫びがいろいろと聞こえてくる中で、アルティナ辺境伯は呆然と立ち尽くしている。

 倒れなかった兵士たちの中から、フェイタン男爵やユゥリン男爵の兵士たちとともに、逃げ出す者が出始めると、辺境伯軍は崩壊した。兵士たちは次々と逃げ出し、潰走が始まる。

 アルティナ辺境伯が呆然としているということもあったが、兵士たちは辺境伯を一顧だにせず、走り去っていく。残念な総大将の姿がそこにあった。欲望で戦う兵士は、逃げるのも欲望のままに。そんなことも分からない、未熟な領主が立ち尽くす。

 倒れている兵士の数は、おれたちが大草原で倒したよりも多い気がする。つまり、軽く500人以上が完全に動かなくなっている。

 おれは慌てて、スクリーンを出して、鳥瞰図を広げた。

 倒れている者の中で生存者を示す光点は・・・ざっくり数えて、10人分もない。つまり、ここに倒れているのは、そのほとんどが、死体だ。その、わずかな生存者の光点も、継続ダメージで、そのうち消えてしまうかもしれない。

 二人の男爵の兵士には、落雷での被害は出ていない。アルフィに向かって進軍した、辺境伯の直轄地の兵士たちだけが、大きな被害を受けた。

 隊長格の兵士だろうか、呆然としていた辺境伯の手を強引に引いて、走り去っていく。よかった、全員に見捨てられている訳じゃなくて。辺境伯も、これに懲りて、大人しくなってもらいたい。

 おれは、現実から目を反らすように、背中を向けて、辺境都市アルフィの方を向いた。


 ふと、思い出し、鳥瞰図の縮尺を変更する。

 ・・・あ、まだ、生きてる。

 おれは、まっすぐ辺境都市に帰らずに、森へと足を踏み入れた。

 落雷で多くの命を奪った罪滅ぼしという訳ではないが、餓死寸前の一人の魂を森で救うことにした。

 自分に対する言い訳のようなものだが、命を大切にしたと思いたい。もちろん、必要に応じて、生き延びた分は活躍してもらうけれど。

 たった一人でも、命を救っておく。そうしなければ、心の平穏を保てないくらい、今回はやり過ぎた。あのスキルはやり過ぎだった。

 しかも。

 まさか同程度のスキルがもうひとつあるなんて考えてもみなかったよっ!!




 フィナスンは手下たちに命じて、アルフィの人たちをたくさん雇い、銅剣と銅の胸当ての回収をおこなった。

 どんどん積み重なっていく胸当てを見て、フィナスンがなんだか悪い顔になっていたのだが、まあ、こっちとしては面倒を押し付けているので、見なかったことにした。

 ほんっと、商売人だよなあ・・・。

 辺境伯軍は、混乱したまま、その場から逃走したため、本陣の中にも、武器、防具、食糧、その他の資材など、大量の戦利品が残っていた。特に、いくつもあった天幕は、フィナスンたちの住処の屋根代わりに最適だった。あくまでも、応急処置として、だけれど。

 スィフトゥ男爵も、辺境伯軍撤退の実態を確認しにきている。

 本陣にあるものは、おれのものにすればいい、と言われた。なぜ、と問えば、一人で追い払ったからだ、と答えた。これ以上、借りは作れないそうだ。

「別に、貸しているつもりはない」

「・・・そういうところが、フィナスンたちが慕うところなのだろうな」

「それよりも、相談がある、男爵」

「何だ?」

「こんなところで、話すことでもないけれど・・・」

 おれは、フィナスンも呼んで、大量の銅剣や銅の胸当ての使い道について説明した。

 スィフトゥ男爵は考え込み、フィナスンはうなずいた。

「それは・・・どういう工夫ができるか・・・」

「おもしろいっす! それなら剣も胸当ても無駄にはならないっす!」

「最初のうちは、必ず、一年間の麦と交換できる範囲で、やっていくんだ。詳しくは、イズタに聞けばいい」

「武器なんかより、ずっと賢い使い方っす! さすがは兄貴っす! カスタのナフティの旦那とも相談して、どういう分量で交換するかを決めればいいっす!」

 フィナスンは興奮している。まあ、おれに対しては、けっこうイエスマンだから、話半分に聞いておこう。

「アルフィでは、麦ならこれだけ、カスタでは、塩ならこれだけ、という感じで、必ず交換できるという約束を決める。それぞれの町での基準がはっきりしていたら、他の物はその価値に合わせて、勝手に決まっていく。あとは、偽物を造らせないために、男爵の似顔を刻むとか、姫さんの似顔を刻むとか、工夫しないとな」

「アルフィも、カスタも、どちらも同じ量の麦ではどうだ?」

「アルフィとカスタでは、麦の価値が違うんだよ、男爵。それなのに同じ麦で交換できるようにするとだな・・・」

「そんなことしたら、移動するだけで大儲けになるっす! しかも、麦だけが移動して、それぞれの特産品がやりとりされないっす!」

「・・・どうやら、フィナスンに任せた方がよいのではないか?」

「確かに、そんな気もするな。フィナスン、やってみるか?」

「やるっす! これはやりがいがあるっす! 莫大な儲け話っすよっ!!」

「じゃあ、おまえ、今日から男爵の部下な」

「それは嫌っす! でも、男爵の屋敷の細工師や作業場には出入りさせてもらうっす!」

「・・・はっきりと言いおる」

 スィフトゥ男爵がフィナスンを推薦したことで、この計画はフィナスンが動かしていくことになった。実質的には、男爵の配下になるようなものだが、フィナスンなら、男爵からの独立性もある程度確保できるから、その方がかえっていいのか?

 フィナスン銀行計画・・・いや、銅だから、フィナスン銅行計画か。イズタも絡ませて、あと二人の男爵も巻き込んで、辺境伯領での銅貨鋳造による、貨幣経済の浸透を狙う。

 なんでも一番最初は失敗しやすいもの。もちろん、失敗してもフィナスンの責任で。

「・・・なんか、どきっとしたっす」

 ・・・フィナスンの第六感、恐るべし。




 神殿での治療活動はキュウエンがうまくやっている。薬もそこそこのものを作れるようになってきたし、フィナスンの手下を連れて、森の浅いところなら、薬草集めもやっている。ま、フィナスンの手下よりも、キュウエンの方が強いんだけれど。


 トゥリムは毎日神殿に顔を出す。巡察使がなぜか辺境都市アルフィに居ついたので、スィフトゥ男爵の表情は複雑そうだ。どうやら扱いが難しいらしい。まあ、トゥリムとしては、おれに仕えているつもりみたいだけれど。


 フィナスンはカスタとの交易を再開した。ナフティとは、銅貨との交換の基準となる商品と、銅貨との交換レートを交渉しつつ、調整中だ。商売の話を楽しそうにするのがフィナスンらしい。アルフィではやはり麦が一番で、カスタでは塩がいいだろう、というところは決定しているが、交換する量によっては、銅貨の価値が高すぎても、低すぎても、結局、銅貨が使いにくくなるので、一年間の麦の量と塩の量、それから銅貨の枚数を二人で一生懸命計算したらしい。苦労をかけるが、しっかり頼む。

 ナフティから聞いた話、ということで、フィナスンが潰走した辺境伯軍のその後について教えてくれた。


 二人の男爵の軍勢は、そのままカスタも通り過ぎて、自領へ向かったらしい。新たな町を掌握しないと、今回の戦いでの損害を埋められないし、兵糧もほとんどないのだから、当然の選択だ。

 ところが、アルティナ辺境伯の軍勢は、カスタの町に攻め寄せて、食糧を差し出すように迫ったという。確かに、そういうやり方もある。略奪方式は、軍の常套手段だ。

 カスタの町としては、辺境伯領から、アルフィのスィフトゥ男爵領に変更になったと聞かされたので、スィフトゥ男爵の許可はあるのか、と問い返した。

 辺境伯は、そういう領地の変更について寝耳の水、つまり、そこで初めて知って、激怒。

 守る軍勢もいない、抵抗できないカスタの町に攻撃を開始・・・。

 ところが、カスタの町に攻勢をかけた瞬間、そこに大空から突然、巨大な赤い竜が現れて、カスタの上空を旋回飛行し、辺境伯軍に向けて咆哮を上げた。

 辺境伯軍は混乱して、ここでも散り散りになって潰走。今回はアルティナ辺境伯も、我先にと逃走したらしい。

 カスタの住民も、初めて見る伝説の竜の姿に恐怖したが、巨大な赤い竜はしばらく旋回飛行を続け、辺境伯の軍勢がいなくなると、北の空へと飛び去り、あっという間に見えなくなったとのこと。

 これ以降、カスタは赤い竜に護られた伝説の町を名乗り、軍が攻め寄せない町となるのだが、それはまた別のお話。

 カスタの子どもが一人、竜の背に人がいた、と言い出したらしいが、その子一人が見たと言っているだけで、他の誰も竜の背の人なんて見ていなかったので、大人たちは聞き流した。背中に人が乗っていようが乗っていまいが、カスタが竜に護られたのは事実。

 カスタの住民からすれば、それで十分だった。


「へえ、そんなこともあるんだなあ」

「ナフティの旦那、大興奮でしゃべって、計算ミスしやがったっす。たぶん、あれ、カスタの利益を増やそうとして、わざとミスったっす」

「まさか!」

「いや、あの旦那ならそれくらいはやるっす。指摘すると、おお、こりゃいかんって、演技が白々しかったっす! さっきの、兄貴の『へえ、そんなこともあるんだなあ』みたいだったっす!」

 どういう意味だ、こら。

 フィナスンの興味は、貨幣経済の浸透の方にあるらしい。自分の目で見てもない竜のことなど、フィナスンにはどうでもいいようだ。

「ただ、ナフティの旦那が、オーバの兄さんのお陰だって、言うのには共感できるっす」

「なんだ、そりゃ」

「きっと、全部、兄貴のお陰っす!」

 ・・・これも、フィナスンの第六感だろうか?


 イズタは一生懸命、言葉を覚えようとしているらしい。その努力を先に済ませておいたら、これまでの苦労はなかっただろうに。

 近いうちに、男爵や兵士たちと一緒に、鉱脈を探しにいくようだ。

 せっかくの貴重な固有スキルだ、しっかり使って、辺境都市で活躍してほしい。

 大森林に連れて帰ろうかとも思ったのだけれど、大森林で金属を作るよりも、辺境都市で作った金属の道具を仕入れた方が楽だと気づいた。スレイン王国に来れば、フィナスンやナフティがいろいろとよくしてくれるし、おまけもたくさんもらえる。

 ソリスエルは相変わらずイズタを見守るだけのようだが、セントラエスにはいろいろと連絡してくるらしい。話し相手がほしいんだろうと思う。懐かれたな、セントラエスのやつ。


 餓死寸前だった軍師のヤオリィンは、神殿での治療を受けて、ある程度歩けるようになると、いつの間にかいなくなったとキュウエンを心配させていた。キュウエンはその正体を知らなかったので、純粋に心配していたのが可哀想だった。

 スクリーンで確認すると、ヤオリィンは北へ向かっているらしい。

 今回、たまたま、おれが対処したからヤオリィンは死にかけたのだけれど、元々はきわめて優秀な軍師だ。この先、内乱が起きるだろうスレイン王国で、必ず活躍するだろう。ただし、辺境伯領には関わるな、ということはしっかり念を押しておいた。それに合わせて、辺境伯領の立場、これからの立ち位置について広めるようにも言ってある。

 頭脳で対処できない究極の暴力は、本当に恐ろしい、二度と辺境伯領には近づかないと誓う、と涙ながらに語る姿すら、演技かもしれないな、と思いながら見た。

 優秀な生徒は、嘘やごまかしも、うまい。生徒指導が難しいのは、粗暴な生徒だけではない。

 まあ、居場所の把握は可能なので、特に問題はないと放置する。


 トゥリムが王都へ行ってくれ、王都へ行ってくれ、とうるさいので、一発殴って、もう巫女長のハナとは会ったと伝えた。

 とんでもなく驚いた顔になって、そんなはずはない、というので、巫女長のようすや、巫女長の部屋のようすを細かく説明して聞かせた。

 もっと驚いた顔になったので笑った。イケメンがびっくりすると、笑える。

 トゥリムには教える気はないが、辺境伯軍を追い払って数日後に、クレアに頼んで王都まで運んでもらった。途中、カスタにもちょっとだけ寄り道はしたけれど。

 巫女長は、ある意味では予想通りの人物だった。

 実に有意義な会談だったが、王都に来てほしいという依頼は、巫女長ではなく、トゥリム個人のものだということも分かった。もちろん、一時的ではないレベルで、王都に行くつもりなどない。

 巫女長はもう長くない。

 巫女長はスレイン王国の重石。彼女の死がスレイン王国を戦乱へ導くきっかけとなるのだろう。

 でも、そんなものは彼女の責任ではない。

 気にせず、穏やかに旅立ってほしい。

 心から、そう、思う。





7月は0時更新で続けています。


完結済、「賢王の絵師」も、ご一読ください。


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