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かわいい女神と異世界転生なんて考えてもみなかった。  作者: 相生蒼尉
第3章 辺境都市編

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第88話:女神が何本もの矢を平気ではねのける場合

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毎日更新、継続中。

7月は0時更新で続けています。

第3章の完結まで、できることなら頑張りたいです。



 フェイタン男爵との約束の夜。

 高速長駆スキルからの大跳躍で辺境都市に乗り込んだおれは、男爵の屋敷をめざした。

「スグル、屋敷の庭は敵だらけですね」

「そうだね。守りは任せる」

「もちろんです」

 セントラエスは頼もしい。

 スクリーンの光点から考えると、最低でも50の兵士が守備を固めている。これが、フェイタン男爵に押し付けられた、ユゥリン男爵を納得させる場面だろうか。

 ユゥリン男爵に、何をしても無駄だということを分からせるのであれば、正面からが一番。どうせ、セントラエスの守りを貫くことなど、できる訳がない。

 男爵の屋敷の、正門から堂々と中に入る。

 弓兵が待ち構えている。

「今だ!」

 号令の声は、フェイタン男爵のものではない。おそらく、もう一人の男爵、ユゥリン男爵だ。軍師どのを締め上げて確認した情報では、辺境伯に対する不満はあるものの、忠義を重んじるという美学があるらしくて、自分の忠誠心は高い、と信じているらしい。

 弓兵から、一斉に、おれへと矢が放たれた。

 おれはただそこに立っていた。

 なんか、昔、映画か何かで、見たような光景だな。大量の矢が雨のように降り注いでくるのをたった一人で受け止めるような。なんだったっけ・・・。思い出せないな。

「では、『千手守護』で防ぎます」

 セントラエスの声が優しく響く。セントラエスの固有スキルである『千手守護』は、敵の攻撃を叩き落してくれる。赤竜王の炎熱弾すら防ぐ、万全の防御スキル。当然だが、たかがスレイン王国の弓兵の矢では、おれには届かない。届くはずがない。

 入口の両脇にあるかがり火に照らされたおれの周囲で、次々に矢がはじかれ、折れて、叩き落されていく。

 見えない何かに守られて。

 矢は一本たりとも、おれに届かない。

 その事実を見せつけておくことに意味がある。

「・・・ど、どういうことだ?」

「無駄だよ、ユゥリン男爵。あきらめろ。おれは話し合いに来た。今なら、反撃はしない。部下の命が大切なら、早めに下がらせるんだな」

 対人評価で、そこにいる指揮官がユゥリン男爵だということは確認済。

「あきらめろ、と? 矢がはじかれる理由も分からぬままに、か?」

「目の前で見ても、分からないよな。おれは、単に女神の守護を受けているだけなんだけれどね」

「女神の、守護だと?」

「信じられないなら、もう一度だけ、試してみればいい。何本、矢を放ったとしても、女神の守護を打ち破ることはできないから」

 力押しでくるユゥリン男爵には、力押しが通じないとはっきり分からせるのが早い。

「さ、早く」

「・・・こ、後悔するなよ。弓兵!」

 ユゥリン男爵の声に反応して、弓兵が再び矢を放つ。

 さっきと同じように、おれに届く前に矢ははじかれ、折れて、叩き落されていく。

 命じたユゥリン男爵だけでなく、多くの弓兵が呆然としている。

 建物の中から、フェイタン男爵が出てきた。

「すまない、オーバ殿。ユゥリン男爵は、どうにもまっすぐでな。直接相手をしてもらった方がいいと考えた。スィフトゥ男爵から、100人がかりでも無理だと説明は受けておったから、特に問題はないと思ったのだ」

 こいつも、曲者だよな。その話はこの前、直接しただろうに。わざわざユゥリン男爵に聞かせようという魂胆だな。

 しかも、ユゥリン男爵の暴走で、もしおれを殺せたら、それはそれで、かまわないと考えていたに違いない。

 さらに言えば、この程度で、おれが怒って辺境伯を殺したり、ユゥリン男爵を殺したりはしないということも見抜いてやがる。

「ユゥリン男爵、弓兵を下がらせろ。もういいだろう?」

「わ、分かった。すまぬ、オーバ殿とやら・・・」

 ユゥリン男爵が手を動かすと、弓兵が屋敷の奥へと姿を消していく。

「・・・いちいち、常識の違いをぶつけあっても仕方がないからな。ところで、スィフトゥ男爵も、その中にいるんだろうな? おれにはいないように思えるけれど?」

 スクリーンで確認すると、スィフトゥ男爵は、建物の中にはいない。どうやら、地下牢らしきところにいるようだ。

 フェイタン男爵は、しまった、という顔をした。

「男爵三人と会談したい、というのは、やはり本気だったのか?」

「本気だよ。地下牢かな? 早く連れて来てくれると、話も早く済むんだけれど?」

「分かった。ユゥリン男爵、スィフトゥ男爵を頼む」

 フェイタン男爵に見つめられたユゥリン男爵は、少しだけフェイタン男爵を見つめていたが、ため息をついて歩き去った。

 おれはフェイタン男爵に近づいていく。

「もう、これ以上、おれのことを試すのはやめてほしいな。時間がもったいないから。スィフトゥ男爵から聞いた話は十分に確認できただろうし?」

「ああ、よく分かった。我々では、オーバ殿を止められん。スィフトゥ男爵が言っていた、オーバ殿がたった一人で、我々の陣に乗り込んで、軍師どのをさらったというのも、真実なのだな?」

「ヤオリィン軍師に、何か、思うところでも?」

「・・・あやつが来てから、いろいろとな、苦労が増えた」

 正直な、フェイタン男爵の感想だったのだろう。

 その苦労が、具体的にどのようなことまでを含んでいるのかは、分からないけれど。確か、トゥリムはあの軍師は北のカイエン候のところにいた、とか言っていたか。そのカイエン候ってのが、辺境伯領を乱そうと送り込んだ奴だったりするのかもしれない。

 ユゥリン男爵が、縄でぐるぐると縛られたスィフトゥ男爵を連れて戻ってきた。

 おれはその情けないスィフトゥ男爵の姿を見て、ちょっとだけ笑った。

「生きててよかったな、男爵」

「・・・まさか、500の軍勢を崩壊させて、辺境伯を捕えるとはな。辺境都市の領主として、それだけの脅威が大草原の向こうにいたことを知らなかったとは情けない限りだ」

「情けないのは縄でぐるぐる巻かれた今の姿の方だと思うよ」

「むう・・・相変わらず、嫌なことを言うな、そなたは」

「ま、会談が終わるまで、その縄に結ばれているといい。後で、キュウエンにはその情けない姿のことを教えておく」

「・・・娘に知られるか。はあ、もはや、それもよい。立派な父とは言えんしな」

 スィフトゥ男爵も笑った。

 それを見たユゥリン男爵が意外そうな顔をしていた。

 フェイタン男爵が中から手招きし、そこへ、おれと、ユゥリン男爵、そして、スィフトゥ男爵が入っていく。

 若僧の辺境伯とは違う、経験豊富な男爵たち。

 ここからが本当の講和会議だ。木剣で殴って脅すような簡単な話ではない。


 室内は、獣脂を燃やした火で照らされていた。

 スィフトゥ男爵以外の二人は、それぞれ護衛を一人、後ろに立たせている。

 テーブルはないが、椅子が用意されていて、三人の男爵は座った。おれの椅子もあったのだが、あえて座らなかった。悪意はなく、これからやることがあるから、座らなかっただけである。

 床はむきだしの地面だ。つまり、床ではない、とも言える。そういう造りなのは、神殿の礼拝堂と変わらないようだ。

 おれは、木炭を用意して、スクリーンに鳥瞰図を映し出し、そこにある地図を地面に描き始めた。

「何をしておる?」

 ユゥリン男爵が問いかけてくる。

「ちょっとだけ、待ってくれ。すぐに終わるから」

 おれはそう答えて、地図を描き続ける。

 辺境都市から、川の流れを描いて、海沿いの町カスタを示し、沿岸部を描いてから、山脈を描き、ひとつひとつの町に印を付けていく。町の位置は、光点が明るく集中しているところだ。人口が多いと明るさが違う。淡い光点の小さな村は、描き込まないようにした。軍師情報で、三人の男爵はそれぞれひとつの町の支配者だということは分かっていた。辺境伯の直轄地には七つの町がある。辺境伯領は合計、十の町がある領地だ。これは、スレイン王国でも有数の規模を誇るらしい。辺境を守るために必要な領地は分配されているのだろう。

 フェイタン男爵が椅子に座ったまま、椅子を引きずって近づく。ユゥリン男爵もそれにならう。スィフトゥ男爵は縛られているため、そういう動きはできないようだ。

「何だ、これは?」

 ユゥリン男爵が再び問いかけてくる。

「・・・これが、川の流れで、ここが海だ。こっちの線は山脈で、こっち側が大草原、こっち側がスレイン王国だな。そして、ここが辺境都市アルフィ。こっちが海沿いの町、カスタ」

「ほう・・・」

 フェイタン男爵が感心したように息を吐いた。「ならば、カスタの北にあるのはハオランの町、そしてこの中心がサリフ、だな。ここは、ヨーインか」

「・・・辺境伯領の町の位置が示してあるのか。ならば、ここがエルバだのう」

「何のつもりだ、オーバ?」

 縛られたままのスィフトゥ男爵がおれを見た。

「何のつもり、か・・・」

「いや、分かったぞ。辺境伯の直轄地から三つの町を譲るという条件について、考えるために描いたのであろう?」

 おれではなく、フェイタン男爵がスィフトゥ男爵の疑問に答えた。ま、フェイタン男爵は、人質解放の条件を確認した当人だから、当然とも言える。

「三つの町を譲る、だと? 馬鹿な?」

「アルティナ辺境伯ご本人が、そのことを承認しておるぞ、ユゥリン男爵」

「辺境伯が・・・?」

 フェイタン男爵の言葉にユゥリン男爵が首をかしげる。「まさか、そんなことを認めるとは・・・」

 辺境伯のこれまでの言動からは、考えられない条件らしい。

「それで、オーバどの。どの町を選ぶつもりなのだ?」

「その前に、フェイタン男爵と、ユゥリン男爵の町がどこか、教えてくれ」

「ん? ここだ。ここがわしの町、イーハム。こっちの端にあるのが、ユゥリン男爵の町、エルバだ」

「それなら、譲ってもらいたいのは、ここと、ここと、あとはカスタだ」

「ヨーインと、キュナン、それとカスタか。ううむ・・・なぜ、わしらのところの隣町ばかりを狙ってくるのだ?」

「ヨーインって町はフェイタン男爵に、キュナンって町はユゥリン男爵に、カスタはスィフトゥ男爵に譲るためだよ」

「はあっ?」

「馬鹿な?」

「何を言ってる、オーバ?」

 男爵が三人とも、驚いている。

「何をって、今、言ったまま。そのままだけれど。男爵にはひとつずつ町を譲る。これで、男爵の支配地が広がるし、力が強まるはずだろ」

 三人の男爵が、互いに視線を交わらせている。おれの言ったことを考えながら、それぞれがどう感じたのか、探り合っているようだ。

 こっちとしては、男爵たちの利を示しているつもりなんだけれど、伝わりにくいよなあ。

「いや、オーバどの。辺境伯から町を譲るという条件を認められたのは、オーバどのであって、わしらではない。男爵がひとつずつ町を譲ってもらうというのは、おかしいではないか?」

 フェイタン男爵は、そう言いながらも、目が動いている。本当は、町がほしい、と思っているに違いない。エサにかかった魚みたいなもんだな。

「もちろん、辺境伯からおれが譲ってもらう町だ。それで、譲ってもらった町なんだから、それをおれが誰に譲っても、別にかまわないだろ?」

「つまり、辺境伯から町を譲られるのはあくまでもオーバで、我々は、オーバから町を譲られる、ということか?」

 スィフトゥ男爵がまじめな顔で言う。その体はぐるぐる巻きに縛られているので、なんか、滑稽な感じがする。

「む、それならば、確かに、問題はないかもしれんのう」

 フェイタン男爵はちらり、とスィフトゥ男爵を確認してから、ユゥリン男爵を見つめた。「ユゥリン男爵、どう思う?」

 ユゥリン男爵は、あごに手をあてて、つぶやいた。「いや、辺境伯の町を自分の手にするなど、そんなことはできん」

 声が小さくなったのは、強く否定したくないから、と受け止めよう。

 本当は、ほしい、けれども、忠義の臣としては、そういうことをする訳にはいかない、と。

 それがユゥリン男爵のスタンスだろう。忠義という、かっこよさ、を見せたいのだ。本質ではなく。

 フェイタン男爵は目を見開いて、おれの方を見てくる。目は口ほどにものを言うとは、こういうことかもしれない。ほれ、なんとかユゥリン男爵を説得してくれ、早く、早く、とか、そんなことをフェイタン男爵の目は言っていた。

 まあ、説得というより。

 ユゥリン男爵の、偽物の忠義って奴をはっきりさせるだけだけれどね。

「ヤオリィン軍師は、ユゥリン男爵がもっとも、辺境伯への忠義が厚い、と言っていたよ」

「う、うむ。そうであろう」

 一度、持ち上げておく。

「辺境伯が、男爵たちが納めなきゃいけない麦の量を増やしたときも、求められた分だけ増やして納めたし、そのことに何も文句を言わなかった」

「その通りだ。それが、臣下としてあるべき姿」

 そう言ったユゥリン男爵は、ぐるぐる巻きに縛られたスィフトゥ男爵を見た。「臣下の道を外れたら、かかなくてもよい恥をかくものだ」

 スィフトゥ男爵は不満げに目を反らす。

 うん。いい流れ。

 いいセリフ。

 パクらせていただくとしよう。

「でも、それって、本当に、辺境伯に対する忠義だったと、言えるのかねえ?」

「な、何?」

「今、辺境伯が大草原で捕まって、縛られて、まさに『かかなくてもよい恥をかく』状態なんだけれど、そうなったのは、忠義の心を持つ、本当の臣下がいなかったからじゃないの?」

 フェイタン男爵がおもしろそうに、おれを見た。スィフトゥ男爵も、不思議そうな表情でこっちを見ている。

「・・・人質交換の条件について取り決めは済んでたはずなのに、なんか、その条件を守る前に、辺境伯を助けようとした兵士がいたもんだから、夜の間に皆殺しにして、寝ていた辺境伯の目の前に並べといたんだ。そして、陽が昇った瞬間、辺境伯の情けない悲鳴が響いてさ。自分を助けに来て命を落とした勇敢な兵士の姿を見て、びっくりして叫ぶって、王家の直臣って、何だよ?」

「う・・・」

 アルティナ辺境伯に直接耳打ちされて、救出隊を手配したフェイタン男爵の表情が変わる。おもしろがらせるつもりはないからな。これも牽制だよ。

「ああ、そうそう。スレイン王国では、王家の直臣である辺境伯って、戦いで傷つけられることがないらしいね? フェイタン男爵が教えてくれたけれど、王族や王家の直臣は、捕まえられたとしても、最高の待遇でもてなされるのが普通だとか?」

「その通りだとも。フェイタン男爵にしては、珍しく、正しいことを言ったな」

 ユゥリン男爵が満足そうにうなずく。一方、フェイタン男爵は不満そうだ。

「それなら、どうして、辺境都市から大草原へと向かった辺境伯を止めなかったんだ? もしくは、大草原で負けたら、スレイン王国のようには、扱ってもらえないことをどうして教えない? 男爵たちの方が年上で、経験も豊富なんだろ? スレイン王国の外で、スレイン王国のやり方に関係のない相手に負けたら、殺されても仕方がないってことすら、辺境伯は知らなかったみたいだけれど? あいつ、何も考えずに大草原の砦を攻撃したぞ?」

「いや、それは・・・」

「どうせ、何を言っても聞かない奴だし、それほど危険もないとか、その程度の認識だったんだろうけれど、結果として、辺境伯は大恥をかいたよな? 王都の巡察使が見ていたから、このことは王家にも伝わるぞ」

「巡察使だと? 本当か?」

 ユゥリン男爵が椅子から立ち上がって叫んだ。「どういうことだ?」

「・・・辺境伯領での、辺境都市と辺境伯の争いを確認するために派遣されていたらしい。アルフィには王都から、少なくとも三人、派遣されていたようだ」

 縛られたままのスィフトゥ男爵が説明する。

「そんなことが・・・」

 ユゥリン男爵がそのまま立ち尽くす。

「もし、アルティナ辺境伯に、本当の忠義の臣下がいたのなら」

 おれは、ユゥリン男爵とは逆に、用意されていたおれのための椅子に、ゆっくりと腰掛けた。

「辺境都市アルフィを陥落させた後、大草原へ向かうのは止めただろうし、止めないにしても、スレイン王国の外で戦うことの意味を、危険を、きちんと教えただろうよ。まあ、辺境伯が、男爵たちの意見を聞き入れない奴だった、ってこともなんとなく分かるんだけれどね」

 おれはそこで、三人の男爵と、一人ずつ視線を合わせていく。「でも、さ。そういう辺境伯にしてしまったのは、あんたたちだろ」

「なんだと?」

「ユゥリン男爵。なぜ、男爵領の人たちが、食糧不足になって困ると分かっていて、アルティナ辺境伯の要求に応じる? そもそも、辺境伯が多くの麦を求めたのは、なぜか? 中央への野心、だろ?

 銅の鉱脈を見つけて、剣と胸当てを作り、武具と防具をそろえて、さらには兵力を増強。辺境伯の直轄地では、若者を兵士として奪われた村々で麦の生産量が落ちたそうだな。ヤオリィン軍師がそう言ったぞ? そのせいで、男爵たちが、麦を要求された。あんたたちは、若者の減少と麦の生産量の低下、その関係が分かってないんじゃないか?

 まだ若いアルティナ辺境伯が、勘違いして調子に乗ってしまうのは、分かる。

 だが、その勘違いや間違いを、臣下とはいえ、年長者である男爵たちが、誰一人、諌めることなく、まるで辺境伯の野心を後押しするかのように、自領の民衆を犠牲にして、多くの麦を納めるとは、ね。

 そんなことが、なんで忠義なんだ? ユゥリン男爵?

 領主としてあるべき姿も知らないわがままな子どもを躾けることもできずに、結果として、国外で大恥をかかせたのは、王家の直臣にただ従うことが忠義だと思い込んで、辺境伯を立派な領主として育てようとしなかった、辺境伯の人生の大先輩であるユゥリン男爵、あんただよ」

「そ、んな・・・」

「あんたの忠義ってのは、薄っぺらいね、本当に。辺境伯の相手がおれじゃなかったら、今頃、アルティナ辺境伯は国外で死亡している。そして、まだ10歳の弟が、次の辺境伯になる、と。しかも、直轄地の若者は、たくさん命を落とし、大怪我をして、村々はますます荒れていく。そんな辺境伯領の未来は、どうなるって言うんだよ? 10歳の子どもに、何ができるんだ? まだ分からないのか? 何が忠義の臣下だ。辺境伯領を滅ぼす寸前まで追いやって、それで忠義だとか、よく言うよな」

 ユゥリン男爵は真っ青だ。しっかり反省すればいい。ただの盲従を忠義だなどと笑わせてくれる。

 そんな本質に欠けた忠義だから、さっきもおれの力を確かめないと話し合いもできないなんて、勘違いができるんだ。

 辺境伯の軍勢を圧倒的に叩きのめしたおれたちの力を確かめる必要なんてあるか? ないだろ。

 おれが、弓矢で傷つくことがない、と分かっていたから、特別に許してやってる、それだけだ。こっちが上で、ユゥリン男爵の方が下。まったく、スレイン王国ってのは、勘違いの量産機か?

 辺境伯が囚われた状態で、敵の最高指揮官の命を狙えば、辺境伯を殺されても文句を言えない。そんなことも分からない愚直な男爵しか、身近にいなかったんだ。辺境伯も不幸な奴だよ。

 おれはまっすぐユゥリン男爵を見据え、強い口調で言った。「それで、本当の忠義の臣下になる気はあるのか?」


「本当の忠義の臣下になる、とは、どういう意味だ、オーバ?」

 沈黙を破って、口を開いたのは、スィフトゥ男爵だ。

 いい男の、いいセリフなんだけれど、縛られたままなのが残念過ぎる。本当に。

「言われた通りに、町を譲ってもらえば、忠義の臣下になれるのか?」

「町を譲ってもらうだけでは、なれないな」

「では、どうすればいい?」

「辺境伯に中央への野心を捨てさせて、辺境伯領の経営に集中させるんだ。今回の、大草原での敗北を利用して、ね」

「・・・聞かせてくれ」

 フェイタン男爵も、身を乗り出す。「辺境伯領に集中するというのは、悪くない」

「長くなるぞ。いいか。

 巡察使の話では、王家の力が弱まっているため、王国内はこれから乱れる。それぞれの領主が、互いの町を奪い合うような、戦乱の時代がくる。

 そんな中で辺境伯のような野心を持っていたら、どうなることか。

 富国強兵というか、領地を豊かにした上で、兵士も強くできるのであればともかく、領地を痩せさせて、兵士だけを強めている現状では、辺境伯はいずれ町を奪われる側になるだろう。

 だから、今回の一件で、アルティナ辺境伯と辺境伯領は、大草原の氏族同盟という強力な外敵に備える必要があることを宣言して、内乱には加わらないことを国内の領主たちと王家に示す。

 実際には、おれたちは辺境都市にも、辺境伯領にも、攻め込むつもりなんてこれっぽっちもない。だから、大草原なんて、そのまま放っておけばいい。

 その分、辺境伯領では、領地経営に力を入れることができる。

 おれたちの、おれの望みは、辺境都市との交易だけだ。争いは望まない。

 しかし、もし大草原にまで攻め込まれたら、今回のように遠慮なく潰すけれどね。

 おれたちのことを放っておいてくれれば、辺境伯領は、領地のことに集中できるという訳だ。

 だが、アルティナ辺境伯の膨らんだ野心は、簡単には抑えられない。そもそも辺境伯領は、辺境伯に力が集まり過ぎている。領地に十の町があるけれど、そのうち七つが直轄地で、男爵領はひとつずつ。七対一ではバランスが悪くて、男爵は言いなりになるしかない。今のままだと、三人の男爵で協力しても、七対三だ。辺境伯には到底、対抗できない。だから、本当なら止めなきゃならないところでも、辺境伯を止められない。辺境伯領での力関係が偏り過ぎているから、こういう状況になった。

 解決方法は、辺境伯領内での、勢力均衡だ。

 三人の男爵がそれぞれふたつずつ、町を支配することで、辺境伯の直轄地は町が四つとなる。四対二なら、戦いになっても籠城で対抗できるし、もうひとつの町から援軍が出せる。籠城する意味が出る。それに、男爵同士が協力関係を築けば、四対六だ。領主である辺境伯に対抗するには、三人の男爵が一致した行動を取ることが重要になる。三人で話し合って、辺境伯の政策が独断、専横だと思えば、三人の連名で諌めたらいい。これなら、辺境伯を抑え込める可能性が高まる。

 だから、おれは、男爵にそれぞれの隣町を譲ろうって言ってんだよ。

 そうすることで、辺境伯と辺境伯領を王国の内乱から切り離して安定させ、内乱の決着がついたら、辺境伯と一緒に、新たな王権の下を訪ねて、辺境の守りは任せてくれ、とでも言えばいい。

 それが、辺境伯を争いから守ると同時に、辺境伯領を豊かにする、そういう道だ。

 そうなるように、辺境伯を支えるのが、本当の忠義だと、おれは思うんだが、どうかな?」

「・・・本当に、スレイン王国は内乱になるのか?」

 フェイタン男爵が声を落として問いかけてくる。「巡察使は、何と?」

「巡察使は、今回の辺境伯と辺境都市の争いについて、王家は静観する方針だと言った。辺境伯の軍備増強は明らかなのに、静観しかできないというのは、王権の弱体化でしかないだろう。いつ、どこの領主が隣の領主を攻めてもおかしくない状況で、それを王家が断罪する力はない。例えば、北のカイエン候ってのは、ヤオリィンって優秀な密偵をどこかの軍師として送り込んで、その領地を混乱させたらしいけれど?」

「なっ・・・」

「そ、それは、本当なのか?」

「・・・そういうことであったか。あやつが辺境伯に仕えるようになってから、いろいろと不便な思いをしたはずよのう」

 フェイタン男爵は納得した、というようにうなずいた。

 ま、この話には、おれの想像が含まれているけれど、これくらいなら、いいよね? おそらく、当たらずとも遠からずって、ところじゃないかと思うんだよな。それに乗ってくるフェイタン男爵も、なかなか役者だよね。

 フェイタン男爵は、ばしん、と自分の膝を叩いて、顔をあげ、二人の男爵を見回した。

「分かった。わしは、オーバ殿の言う通り、町をひとつ引き受けよう。そして、オーバ殿に負けたこの状況を利用して、アルティナ辺境伯の野心を抑え、辺境伯領を内乱から遠ざけることに協力したい。スィフトゥ男爵、そなたはどうだ?」

 おいおい。

 最初から、町をほしそうな顔をしていたくせに。

 なーに調子のいいこと言ってんだ、まったく。

 あんたが面従腹背だってのは、ヤオリィンがはっきり言ってたからな?

「今の状況で、断る理由などない。オーバの提案は、このアルフィを救うものだ。もちろん、全力で協力しよう」

「よし、分かった。メィラン、スィフトゥ男爵の縄を切れ」

 フェイタン男爵の指示で、フェイタン男爵の後ろにいた男が動き、銅剣ですばやくスィフトゥ男爵を縛っていた縄を切った。

 うまいよな。スィフトゥ男爵が断るはずがないって分かっていて、先に声をかけるんだから。

 ま、これで、ようやく、スィフトゥ男爵が解放された。

「おい、ユゥリン男爵。ここまで言われて、まだ分からんか? オーバ殿は、圧倒的な勝者であるにもかかわらず、わしらが現在の敗者から、未来の真の勝者となる道を示したぞ? このままでは、内乱に巻き込まれ、領地は荒れる一方で、さらに言えば、復興もまともにできん。先代の辺境伯から任された大切な息子とその領地をそんな状態にして、何が忠義か? はよう決断せんか」

 これもまた、うまいことを言う。

 このおっさん、本当に一番の曲者だよ、まったく。

「・・・分かった。オーバ殿の言葉に、真実があると認めよう。辺境伯のために、領地のために、わしも協力を約束する」

「よし、これで話はまとまったな。では、オーバ殿、この先のことについて、話そうではないか」

「じゃあ、まずは、辺境都市からの撤退なんだけれどさ・・・」

 こうして、おれたちはひとつひとつ、条件を確認して、内容を詰めていく。

 夜の会談は、思いのほかうまくいったと思う。

 ・・・なんか、フェイタン男爵に、すっごく気に入られてしまったようなんだけれど、これって、どうなんだろう?






7月は0時更新で続けています。


完結済、「賢王の絵師」も、ご一読ください。


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