第86話:女神の奇跡を上手に交渉で用いる場合
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辺境伯が目を覚ますまでの間、おれはセルカン氏族の族長であるエイドと面会していた。
・・・別にアイラやライムから逃げた訳ではない。絶対に違うので、そこは注意してほしい。
エイドはおれに礼が言いたい、ということだった。いや、それはともかく、氏族同盟からの援軍に、氏族の族長が一人加わっていたということには驚いた。こういうのって、本当は前もって知らせてほしい。セントラエスとはよく話し合っておこう。
セルカン氏族は、エレカン氏族とヤゾカン氏族に襲撃されたことによって戦う人手が足りなかったというのが現実らしいが、この援軍に加わればおれに直接会える、ということもエイドは考えていたらしい。これはまた、有能な感じの族長が現れたな。負けるな、ドウラ。
「今回の、氏族間の戦いでは、大森林の助けによって、エレカン氏族とヤゾカン氏族を叩きのめすことができた。
本当に、オオバどのには感謝している。
ジッドどのはもちろんだが、アイラどの、ノイハどのを始め、大森林の者はみな、とても強い。
もちろん、オオバどのも、怖ろしく強い。
我々、セルカン氏族は、これから先、氏族同盟を裏切ることはないし、喜んで大森林の下につく」
そう言って、エイドは片方の膝をついて、おれを見上げた。
感謝を述べるだけでなく、おれに対する従属宣言だったらしい。
セルカン氏族は、辺境都市に一番近い氏族だ。
逆に言えば、大森林からはかなり遠い位置にある氏族だ。従属されても、何かをしてやれるって訳でもないのだけれど。
「エイド、いいから立ってくれ」
おれはまず、エイドを立たせる。「これからは、オオバと呼んでくれていい。セルカン氏族は勇敢に戦ったと聞いている。これからも氏族同盟に協力してくれるというのは嬉しい。だが、大森林の下につく必要はない。おれたち、大森林のアコンの村は、氏族同盟との協力関係を望む。それに、氏族同盟の頂点はナルカン氏族だ。下につく、というのであれば、ナルカン氏族のドウラの下についてくれ。ドウラの姉のライムはおれの妻でもある。おれとドウラは義兄弟なんだ」
「・・・そうか、オオバがそう言うのであれば、ナルカン氏族のドウラに従おう。セルカン氏族はドウラに協力し、氏族同盟を支える。ところで、オオバ。うちの氏族からも、嫁取りをしないか?」
出たよ、政略結婚・・・。
しかも、大草原は幼女婚の習慣があるから、小さい子を送り出すんだ。
リアルロリコン地帯なんだよ・・・。
「いや、誰かを嫁に出すなら、その相手はナルカン氏族のドウラにしてくれ。それが氏族同盟の結束につながるだろう?」
もちろん断りますよ、政略結婚は。
もう、アコンの村に三人の嫁と一人の婚約者がいて、ナルカン氏族にも妻が一人いるんだ。嫁さんは十分ですから。今だって、この場にアイラとライムがいることで・・・。
「残念だが、そう言われるのなら、そうしたいと思う。それなら、ナルカン氏族のドウラに、うちの氏族から嫁取りするよう、口添えを頼みたい。チルカン氏族からは嫁取りしたと聞いている」
「分かった、約束する。この後、ライムに必ず伝えさせるから」
「それと、厚かましい願い事なのだが、今回の戦いで借りた、馬を一頭、譲ってもらえないか?」
おっと。
そこに、目をつけたか。
「実は、氏族同盟に参加する前、うちの氏族はそれまで飼っていた馬を逃がしてしまった。その時は羊もかなりの数を失ったのだが・・・。馬がここまで戦いで活きるとは、その時は考えていなかった。辺境都市からもっとも近いうちの氏族は、いざという時に戦う力がほしい。それは氏族同盟のためでもあると思うのだ」
・・・ちなみに、その、セルカン氏族が氏族同盟に参加する前、馬や羊を逃がしてしまったのは、夜中にこっそりおれがやったんだけれどね。しかも、そのときの馬は今は虹池のイチの群れの中にいるしね。もちろん、そんなことは言わないよ、うん、絶対に。
今回の辺境伯軍との戦いも、エイドが参加したエレカン氏族との戦いでも、騎馬隊の活躍で相手を圧倒した。
馬が戦いに使える、というのは実際に参戦して、一緒に戦った族長なら気づくし、族長がやってきたからこそ、こうやって、おれと直接話ができる。
もともと、大草原の氏族たちは、わずかながら馬を飼っているし、その馬に乗ることもある。
しかし、羊よりも繁殖が難しく、数は増えない上に、馬は草をよく食べる。死んだら馬肉として食べることもあるが、基本的には肉よりも乳、馬乳の利用が中心となり、それなら羊の方が肉とするのに効率がよいので、ほとんど馬を増やすことはなかった。
しかも、裸馬にまたがって掴まるだけの乗馬方法なので、移動手段としても、うまく使えていなかった。
アコンの村のおれたちは虹池にいるイチたちの群れを利用できるから、これだけの頭数をそろえられるのだが・・・。
馬の利用に目をつけたのは、芋づるロープを使ったあぶみのせいだろうと思う。馬上でのふんばりが裸馬に乗る何倍も楽で、安定する。だから、速度を上げても大丈夫だし、人を踏み潰していくような乗り方をしても、そのまま乗っていられる。あぶみがあるから、馬の軍事利用、騎馬隊として機能する。そして、別にネアコンイモの芋づるロープでなくても、あぶみは簡単に用意できる。
このエイドってのは、年齢の分はドウラよりもしっかりしているのかもしれない。
だからといって、馬を譲るのはなあ・・・。
「馬は、おれたちにとっても貴重なものだ。そう簡単に譲る訳にはいかない。今は、駄目だ。ただ、その希望は、すぐではないが、これから数年かけて、少しずつなんとかすることを約束しよう」
「・・・なかなか、手強い交渉相手だな。若いと思って、つい欲張ったが、こうも次々と断られるとは、な。優秀な者は年齢ではないとはよく言ったものだ」
「ほめてくれて嬉しいよ。エイド、三年だ。その三年で、できるだけ羊を増やしておくんだな。馬と交換となると、羊が5、6匹では話にならないんだ。辺境都市に近いってこともうまく使って、できるだけ羊を増やせ。いいか、ここまで親切に教えたんだ。わざわざこんなところ族長がきて、戦ってくれたことに対する、おれからの礼だと思ってほしい」
「礼とはいえ、言葉だけだが、これは大きな価値を持つな。感謝する、オオバ。しかし、ナルカン氏族には馬を譲るつもりなのだろう?」
「おれは妻を大切にする主義なんだ。自分の妻がいる氏族に甘いのは当然だろう?」
「はは、大草原の氏族は、妻の扱いがなっていないと?」
「ナルカン氏族にいるおれの妻は・・・」
「知っている。出戻り女だったのだろう? 大草原の氏族たちの、そういった女に対する扱いが嫌いだと言っておったらしいな。噂は本当だったか。やれやれ、オオバと早くに出会えたナルカン氏族がうらやましいことよ」
「ドウラはよくやっていると思う。エイドが氏族同盟を支えていけば、それはきっと、セルカン氏族にとっても、必ず成長につながるはずだ。これからもドウラをよろしく頼むよ」
「ああ、分かった。こちらこそ、よろしく頼む」
エイドはにかっと笑った。
その裏のない笑いに、おれはとても好感を持ったのだった。
ようやく目を覚ました辺境伯を前にして、おれはにこりと笑った。
「やっと起きたか。待たせやがって」
「・・・そなたは、さっきの・・・では・・・む? これは、どういうことだ?」
アルティナ辺境伯は、両手、両足、腰と、五か所を縛られ、拘束されていることに気づいて、疑問を投げかけてきた。「無礼な! 今すぐこの縄を解け! 私は辺境伯だぞ!」
「なんで?」
「なぜ、だと? 辺境伯とは、王家の直臣! 私に対する無礼は王家に対する無礼と同じだ! この愚か者めが!」
もがいて、動けず、顔を真っ赤にしながら、文句を言ってくる辺境伯。
身動きが取れないくせに、実に偉そうで、笑える。
「はあ? 王家ってなんだよ?」
「そなたは王家も分からんか? スレイン王国をまとめる偉大な王だ!」
「あっそ。でも、おまえはただの辺境伯だろ?」
「はあ? 私は王家の直臣である辺境伯だ! ええい、早く縄を解け! この場で殺してやる!」
真っ赤になって怒っていて、とんでもなく馬鹿に見える。
今の状況も。
自分の仕出かしたことも。
何も分かっていないらしい。
きゃんきゃん吠えてて、情けないったら。
しっかり、立場を理解させないと、困るよなあ。
「とりあえず、黙ろうか」
おれはそう言って、木剣を振るう。
「ぐがっ・・・」
軽く、なので骨折まではさせていない。
でも、痛そう。
痛みに慣れてないんだろうな。
「キサマ・・・」
「ちょっと静かになったみたいだから、よーく聞け。それで、よーく考えろよ。いいか?」
「・・・この屈辱、忘れぬ。必ず殺してやるぞ」
「はいはい、どうぞご自由に。今から自分の立場が分かっても、そう言えるといいな」
「なに・・・?」
「おまえ、ここがどこだか、分かってるか?」
「ここが? 何の話だ?」
「馬鹿にはゆっくり話さないと駄目か」
「ぐ、馬鹿だと・・・?」
「おまえは、スレイン王国の、王家から辺境伯に任命された、辺境伯領の支配者、アルティナ辺境伯なんだろ?」
「そうだ。分かっておるではないか!」
「そんで、辺境伯領の一部を任せるために任命していた男爵が反抗したから、それを攻めたよな?」
「・・・辺境都市アルフィを任せていたスィフトゥ男爵は、私の命令に従わず、納めるべきものを納めず、反抗し、辺境都市に籠城して、我が軍勢と戦い、敗れた。当然だが、私の勝利だ」
「そうかもな。それで、今、ここにいるよな? ここがどこだか、知らないのか?」
「私は、アルフィから逃げた者たちを追って、ここに来た。ここは・・・どこだ?」
「やっぱり分かってなかったか。やれやれ。辺境都市アルフィが何か、理解してないのに辺境伯だなんて偉そうによく言えたもんだな」
「何を・・・」
「辺境都市アルフィは、スレイン王国の最果ての町。そこから先は、もうスレイン王国じゃない」
「む・・・」
アルティナ辺境伯が動きを止めて、目を細めた。
「ここは大草原だ。いいか、よく覚えとけ。
この周辺は大草原東部氏族同盟に所属する、セルカン氏族の支配地だ。
もはやここは、スレイン王国の外。
おまえが偉そうにスレイン王国の直臣だとか、辺境伯だとか言っても、何の意味もない、まったく別の場所だ。馬鹿だろ? 知らなかったのか?」
「・・・辺境都市の先など、興味もない」
「そうか、別にそれはどうでもいい。おまえが知っていようが、いまいが、興味があろうが、なかろうが、もうそんなことは関係ないからな。ここはスレイン王国じゃないんだから」
「だから、何だ?」
「おれたち、大草原東部氏族同盟は、スレイン王国からの侵略者を認めない。だから、打ち倒し、殺し、追い払った。いいか、おまえは、おれたちの領土に攻め込んだんだよ」
「私は、アルフィの者たちを追ってきただけだ」
「何言ってんだ、馬鹿? 軍隊率いて、自分の国じゃないところに勝手に入り込んで、アルフィの者を追ってきただけだと? おれたちが同じように、辺境都市の者を追いかけてスレイン王国に入り込んでも、そう言えば全て許されるんだろうな?」
「く・・・」
「馬鹿だろ? 馬鹿だから・・・国を捨てて逃げた者たち、国外に出た者たちを追いかけて、外国まで入り込むことが何を意味するのか、考えてもなかったんだろ? 辺境都市アルフィよりも外の世界がどういうところなのか、スレイン王国ってのはどこまでなのか、興味がなくて、知らなければ、そこに軍隊を連れて行って、そこの砦を攻め落とそうとしても、何の問題もないって思ってたんだろ?」
「キサマら蛮族など・・・」
「はいはい、その蛮族に言い負かされて、侮辱でしか言い返せないおバカな頭の持ち主だってことはよく分かったから」
なんか、こいつ、嫌な奴だよな。つい、言い過ぎてしまう。なぜだろうか?
「ぐぬ・・・」
「いいか、確認するぞ。
おまえが蛮族と呼ぶ、おれたち大草原東部氏族同盟が、おまえの兵士たちを追いかけて、辺境都市に攻め込み、攻め落として、さらにはカスタや、他の辺境伯領まで侵入しても、おまえは別にかまわないって、言うんだな?
今、ちょうど、おまえの兵士たちの生き残りが、アルフィに向かって逃げてんだけどさ?」
「・・・そんなマネをしてみろ、許さんぞ。全兵士をもって戦い、殺してやる」
「はい、よくできました。
だから、おれたちは、おれたち大草原東部氏族同盟の領土に勝手に入ってきやがった、スレイン王国とかいう国の直臣さまであるところの辺境伯とかいう偉そうなやつの軍勢が、おれたちの砦を攻めているのを見つけたもんだからさ、許せないよな。
分かるだろ?
だから、攻撃して、殺して、奪って、追い払ったんだ。
理解できたか、アルティナ辺境伯さま?
あ、一言付け加えるとすれば、おれたちは別に全兵士で対応した訳じゃないから。
一部の兵士で十分だったぞ。
おまえら、弱いよな、ホントに」
辺境伯は、何か言い返そうとして、真っ赤な顔のまま口を開いたが、言葉を出さなかった。
怒りが限界に届くと、言葉を失うらしい。
おれは、言い過ぎているという自覚はあるのだが、なぜか自分を止められない。
「あれ? ひょっとして、おまえらが、おれたちにどんな風に負けたのか、覚えてないのか?」
辺境伯が、唇を強く噛む。
どうやら、覚えているらしい。
「覚えてるんだな。じゃあ、おさらいしようか、アルティナ辺境伯さま。
おまえらスレイン王国軍は、おれたちの領土に侵攻し、砦を攻めた。
おれたちは、自分の砦を守るために戦い、スレイン王国軍に勝利した。
その戦いで、スレイン王国軍の総大将だったおまえ、アルティナ辺境伯さまとやらはおれたちの捕虜になった。
さて、と。
たかが捕虜の分際で、ずいぶんと偉そうな口をきくもんだな。目を覚ましてからのさっきまでのやりとり、思い出せるか?
『無礼な! 今すぐこの縄を解け! 私は辺境伯だぞ!』とか。
ここ、スレイン王国じゃないけど。
『なぜ、だと? 辺境伯とは、王家の直臣! 私に対する無礼は王家に対する無礼と同じだ! この愚か者めが!』なんてのもあったかな。
『そなたは王家も分からんか? スレイン王国をまとめる偉大な王だ!』とか言っちゃって。
そっちこそ、ここがどこかも知らないし、自分が何をしたかも分かってなかったくせにな。おれたちはスレイン王国くらい知ってるし、王家が何かも分かってるよ。分かってて、ここは違うって言ってんだから。
『私は王家の直臣である辺境伯だ! ええい、早く縄を解け! この場で殺してやる!』って、そんなに身動きできないくらいに縛られてて、どうやってこの場でおれを殺すんだ?
そもそも、おれの軽~い一撃で気を失ったような奴が、どうやっておれを殺すんだ?」
ところどころ、アルティナ辺境伯の声色をマネながら、言ってやった。言ってしまった。
あの負け方を思い出したのなら、言い返せるはずもない。
・・・ああ、そうか。
おれは、こいつにムカついてるんだ。
身分ってものに、何の根拠もなく、寄りかかっている、こいつに。
「無礼なのはおまえの方だ、アルティナ辺境伯。
おまえの命は、おれたちの手の中にある。
しかも、スレイン王国と、おれたち大草原東部氏族同盟との間に、本格的な戦争でも引き起こすつもりなのか?
スレイン王国って国は、知らないって言えば何をやってもいい国なんだろうな。
おれたち氏族同盟では、そんなマネをしたら、周りの他の氏族たちに、よってたかって潰されると思うんだが?
おまえは堂々と王家の直臣を名乗ったんだ。スレイン王国として、おれたちの領土に攻め込んだってことで、いいんだよな?」
「・・・ち、違う。スレイン王国は、関係ない。これはあくまでも辺境伯軍の行動で、辺境伯軍は辺境都市アルフィを攻めただけだ」
「じゃあ、なんでおまえは、大草原のおれたちの領土で捕まって、ここに縛られてるんだ?」
「そ、それは・・・」
「非を認めろ、アルティナ辺境伯。
おまえは、おれたちの国を攻撃したんだ。
その上で、無様に捕虜になって、身動きできないくらい縛られてここにいる。
その意味が分からないのなら、ここで・・・」
おれは手を伸ばし、辺境伯の耳を掴んで、口を寄せた。そして、ささやくように、言う。
「・・・死ね」
ささやくように、そして、できるだけ冷たく、死ね、と言い捨てた。
辺境伯の顔色は、怒りの赤から、恐怖の青へ、変化していた。
「・・・み、認める。私が間違っていた。そなたらの地に攻め込んだのは、そなたらの砦を攻めたのは間違っていた。許してほしい」
「はい。第一段階、終了だ。今回の責任は辺境伯軍と辺境伯にある。これは決まったな。
言葉だけの謝罪じゃなくて、もらうもんはたっぷり頂くから、忘れるなよ。
あ、ちなみに、おまえが連れてきた兵士たちから銅剣と銅の胸当てと、食料の入った袋は全部奪ったけど、これは別だから。戦場での当然の戦利品だから、謝罪と賠償は別だぞ、いいか。
じゃあ、とりあえず、おまえの兵士を何人か連れて来させるから、アルフィにいる二人の男爵に、正しい指示を出せよ。
おまえが指示を出し間違うと、二人の男爵もおまえみたいに、おれたちの国を攻撃して、おれたちの捕虜になるかもしれないからな。そうなったら、交渉相手がいなくなって、おまえのことも、もう殺すしかないから」
おれはそう言うと、フィナスンに指示を出して、辺境伯軍の残していた捕虜を呼ばせた。
辺境伯は、わざわざ残しておいた五人の兵士たちに、正しい指示を出すように努力した。
男爵二人のうち、どちらか一人だけが来ること。
軍を率いてくるのではなく、最低限の護衛だけを連れてくること。
戦う意思は持たず、交渉のために来ること。
貢物を用意すること。
などなど。
お馬鹿な総大将にしては、それなりに正しい指示が出せたんじゃないかと思う。
太陽は沈みかけていたが、五人の兵士を出発させた。
兵士が出発すると、辺境伯は縄を解いてくれと要求してきたが、これは無視する。
ここからが本番なのに、なんで拘束を解かなきゃならないのか。
フィナスンの手下が、辺境伯の両脇にたき火を用意してくれた。相変わらず、気が利く。手下どもはこれから辺境伯がどうなるか、よく分かっているらしい。さすがはフィナスン組だ。
「早く、縄を解いてくれ。もう、逆らう気はない」
「何言ってんだ。今から交渉が始まるんだよ。総大将と先に話して、内容を全部決めておいたら、部下の男爵が苦労しなくて済むだろ?
さ、まずは、辺境都市アルフィのことからだ。
辺境伯軍はアルフィから手を引け。アルフィはスィフトゥ男爵の支配地に戻すこと。
実はさ、スィフトゥ男爵は、大草原とはそれなりにうまく付き合ってきた実績もあるからな。ちょっと失敗もあったけれど、ここまで攻め込んできてしまうような馬鹿が辺境都市を支配してたんじゃ、おれたちも安心して眠れないし?
いいか、おまえは辺境都市アルフィから手を引け。軍は引き上げて辺境伯領へ戻れ。辺境都市は元通り、スィフトゥ男爵の支配地に戻せ」
「ば、馬鹿な。そんなことは認められん。あやつはこの辺境伯に逆らったのだぞ? そ、そうだ、辺境都市が蓄えていた麦を全て、そなたらに渡そうではないか。それで手を打とう。1000人の町の全ての麦だ。十分な量になるだろう?」
「やれやれ。まだ自分の立場が分かってないか」
おれは左手に神聖魔法の祈りの光を集め、右手で木剣を握る。
「・・・な、なんだ、その光は?」
「すぐに分かるよ」
おれは真顔で、木剣を振り下ろした。
ごき、と辺境伯の縛られた右腕を折る。
「ぐわわああっ!」
辺境伯の悲鳴が響く。
「骨を折ったから、痛いよな。大丈夫、すぐに・・・」
左手の光で、骨を折った辺境伯の右腕を包む。
一瞬で、骨折が完治していく。
「ぐは、は・・・な、なんだ、い、痛みが、き、消えた・・・?」
「知らないか? 神聖魔法って言うんだ」
「し、神聖、魔法だ、と・・・」
「そうだ。骨折だと見えにくいから分からないかな」
おれは木剣を腰に差して、代わりに銅剣を抜く。
同時に、再び左手に光を集めた。
そして、辺境伯の左腕、上腕をざっくり斬る。
「ぎゃあっ!」
辺境伯の肩のすぐ下が大きく裂けて、血が噴き出す。
骨も見えている。
そこに、左手をかざして、光で包み込む。
「ぐあ・・・やめ・・・、ろ・・・、い、いや、あ、あたたかい・・・なんだ、これは、き、傷口がふさがって・・・痛みも、なくなった・・・」
「これが神聖魔法だ。さっきぐらいの骨折とか、今みたいな切り傷なら、一瞬で治せるし、おれは、それを連続で百回以上はできる」
「こ、これが、伝説の、神聖、魔法・・・」
「とりあえず、おれが要求することに対して、おまえが反抗したり、否定したり、別の案を示したりしたら、骨を折る。
なに、痛いのは一瞬で、すぐに治療はしてやる。大事な人質だからな。絶対に殺さないから、安心しろよ。
それで、おれが要求した内容に、気が向いたら、はい、分かりましたって、言ってくれればいいから」
「な、なんだそれは? それは交渉か? そんなものは脅迫ではないか!」
今度は銅剣で左足のふとももをざっくりと。
肉が裂け、血が噴き出し、悲鳴が響くが、光に包まれると、傷口が消えてなくなる。
「これが、おれの、ただの捕虜に対する交渉だよ。
いいか、そもそも、おれとおまえは、対等な立場じゃないんだ。
おまえは捕虜なんだから。勘違いするなよ。
戦争で負けて、捕まったんだぞ?
生きてるだけでありがたいと思えよ。
おまえら、アルフィから逃げた人たちを捕まえたら、何もしないつもりだったのか? そんな訳ないよな? 持ち物は奪うし、女は犯す、そして、男は、殺す。そうだろ?」
辺境伯の目に、怯えが見えた。おれが言った言葉の意味が本当に理解できたのだとしたら、いいのだけれど。奪おうとする者は、立場が変われば、奪われる。当然のことだ。戦場では弱肉強食、強さが全て。まあ、身分制があるスレイン王国だと、少し事情は違うかもしれないな。
おれは銅剣を腰に差して、再び木剣に持ち替える。
そして、その木剣を肩にのせ、とんとん、軽く自分の肩をたたいた。
「切り傷は分かりやすくていいけれど、どっちかというと、骨折の方が痛みはひどいからな。さて、続きだ。辺境都市アルフィから軍を引き上げて辺境伯領へ戻れ。辺境都市はスィフトゥ男爵の支配地に戻せ。いいか?」
「わ、分かった、そうする・・・」
「よし。それじゃ、次。辺境都市の食糧はそのままにしろ。一切持ち出すな。自分たちで運んできた兵糧はそのまま持ち帰ってもいいが、辺境都市の食糧を奪うのは認めん」
「な、なにを、馬鹿な・・・ぐわわぁぁっっ!」
右足のすねを思い切り木剣で叩きつけて、骨を折る。
すぐに光で包んで、治療する。
あまり間を置かないのがポイント。
苦痛耐性スキルを与えないようにするためだ。
わざわざこいつのレベルを上げてやることはない。
「分かった! 分かったから! 辺境都市の食糧は持ち出さないと誓う!」
「よし。じゃあ・・・」
おれはどんどん、要望を出して、辺境伯に認めさせていく。
時々、悲鳴が響く。
時々、光が輝く。
それにしても、思ったよりも、簡単に要望が通る。
こいつ、偉そうにしてた分、痛みに弱いんじゃないかな? わがままに育てられたのかもな。
これなら、少々やり過ぎても、苦痛耐性スキルは身に付かないかもしれない。
そう考えて、たまには二本同時に、手と足の骨を折ってみたり、顔面をぶっ叩いたりしながら、交渉を進めていった。あくまでも、交渉だ。個人的にムカついてることは否定しないけれど。
三時間後、おれが提案した全ての内容を辺境伯は受け入れてくれた。
ありがたいことだ。けっこう、無茶な要求もしたんだけれどね。
現在の彼の体には、傷ひとつ、ない。
現在の彼の体、だけれど。
ただし、彼の心がどうなったかは、知らない。
知ろうとも思わない。
その言葉だけなら、失恋の話をしているようだ。
彼の心がどうなったかは知らない・・・なんてな。
全く恋愛とは関係のない、かけ離れた状況だというのに。
彼の、その目が、おれを見ただけで、おびえていたとしても。
どうせ、この先、あまり関わることもない相手だ。
仲良くすることもない。
だから、何のフォローもいらない。
木剣を腰に差したおれに、フィナスンの手下が何も言わずに焼き立てのパンを差し出してくる。ますます、こちらの思いや希望を予想した動き、忖度がうまくなっていくフィナスンの手下たち。
おれは、焼き立てパンを美味しく頂いた。ちなみに、辺境伯には食事を与えない。あの軍師から得た情報の中に、男爵領では、辺境伯からの増税で、多くの麦を納めなければならなくなって、食べられなくなった人々もいた、と聞いている。そういう庶民の思いを味わえばいい。
辺境伯は二つのたき火に照らされていたにもかかわらず、どこか影が見えるようだった。
いつの間にか、世界は夜に支配されていた。
7月は0時更新で続けています。
完結済、「賢王の絵師」も、ご一読ください。




