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かわいい女神と異世界転生なんて考えてもみなかった。  作者: 相生蒼尉
第3章 辺境都市編

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85/132

第85話:女神が奇跡の力を遺憾なく発揮した場合

評価合計500pt、総合評価1700pt突破! 嬉しいです!

何が起こったのか、日別[全部分] アクセスで不動の1位だった11/15の2,539アクセスを7/3が上回っていました・・・。本当何が起こったのでしょう?

嬉しいですけれど・・・。

評価、ブックマーク、感想、レビュー、ぜひともよろしくお願いします。

お友達に紹介したり、SNSで発信したりしてくださるとうれしいです。


毎日更新、継続中。

7月は0時更新で続けています。

第3章の完結まで、できることなら頑張りたいです。





 戦場全体を照らすように、光が満ちていく。

 敵、味方、関係なく、空を仰ぎ見る。

 光の中に現れたのは、一柱の女神。

 おれとフィナスンがいる櫓よりもまだ高い位置で。

 光を背負って、その姿を現したセントラエス。

 避難民たちは歓喜に。

 辺境伯軍は驚きに。

 それぞれが、その動きを、止めた。

 奇跡は、戦場でさえ、止める。


『愚かなる辺境伯の軍勢よ。

 ここは大草原。

 草原の民が暮らす大地。

 そなたらが武器を手に侵してよい地ではない。

 後悔するがよい。

 この地に足を踏み入れたことを。

 この地を汚そうとしたことを』


 セントラエスの声が、高らかと、美しく、大地に響く。

 全ての人に聞こえるように。

 セントラエスは上級神として持つ自身のスキルを駆使している。

 奇跡を演出するために。

 本当は奇跡なんかじゃなくて、セントラエスのスキルでできることばかり。


『私の声に応じた子らよ。

 アルフィの民よ。

 あと少しです。

 立ち上がり、戦いなさい。

 奇跡はあなたたちの手で掴み取るのです』


 昨夜、話し合って決めたセリフを言い終えたセントラエスから、光があふれ、守備陣の中に広がっていく。

 フィナスンや手下たち、それにキュウエン。つまり、既に信仰スキルを身に付けた、女神セントラの信者となった者。彼らに対しては、セントラエスの神術が普通に届く。だから、彼らを狙いうちで、神聖な光に包みこんでいく。

 戦闘不能となっていた手下たちの傷はたちまち癒え、戦闘不能ではなかった者も含めて、全ての手下たちとキュウエンは、大きく削られていた生命力さえも回復していく。

 さすがは上級神。

 ここまでの、広範囲での治癒と回復は、おれにはとてもじゃないが、できない。精神力や忍耐力のステータス値の桁が違う。

 手下たちの傷は治療され、生命力は完全回復し、避難民の守備陣を支える主力が20人、一度に復活を遂げた。しかも、セントラエスからの加護として戦闘支援も加えられているので、戦闘力についても一時的に増している。

 さっきまで、起きあがることができなかったフィナスンの手下たちが復活して剣を握ると、それに勇気づけられた避難民も再び戦意を取り戻す。目の前に広がる奇跡の光景に、守備陣の避難民の一体感は、最高の状態に入った。この状況でなら、差別意識とかなんとかは、吹き飛んだはずだ。

 逆に、辺境伯軍の兵士たちはまだ呆然としている。柵の中に侵入したにもかかわらず、呆然としてしまった敵兵たちを、復活したフィナスン組の連中は一気に切り倒し、柵に取り付いていた敵兵たちもあっという間に突き落としていく。


『アルフィの子らに!

 光、あれ!』


 もう一度、大きく輝き、そして、その光が消えると同時に、セントラエスも消えた。

 異常な興奮状態となった避難民たちとフィナスンの手下たちは、雄叫びをあげて獅子奮迅の活躍を続ける。

 一方、直接避難民たちと対峙していない辺境伯本陣の軍勢は、セントラエスが消えた空を見上げたままである。

 光のイリュージョンで、辺境伯軍の意識をセントラエスに集中させる。

 作戦通りだ。セントラエスは目立つ。つまり、囮。

 だから、辺境伯軍は、後ろから迫ってきていた、本当に怖ろしい存在に気づかなかった。いや、気づくのがかなり遅れたのだ。

 ドドド、という地響きに、空を見上げていた辺境伯の兵士の何人かが、後ろを振り返る。

 ふり返った時には、もう遅い。

 そこには、30頭を超える馬の群れが、その背に人を乗せて、迫ってきていた。


 援軍のない籠城に勝利はない。

 だから、全ての戦力が辺境都市アルフィの中で完結していたスィフトゥ男爵は、いずれにしても辺境伯に敗れるしかなかった。

 辺境都市アルフィはスレイン王国の果てにある。

 そのさらに先から援軍など来るはずがない。隣町のカスタは辺境伯領で、東側からの援軍も望めない。


 ところが。

 同じ籠城でも、この大草原でのおれたちの守備陣での籠城は、少し異なる。

 おれは、大草原の氏族同盟とつながりがある。しかも、エレカン氏族との衝突のせいで、今、大草原の氏族同盟には、大森林のアコンの村から応援が来ている。そして、セントラエスの分身を通じて、その大森林からの応援とは、実はばっちり連絡は取れている。

 ここで、この守備陣で一日、夕方まで辺境伯の軍勢を押し留めて、粘ってさえいれば。

 スィフトゥ男爵と違い、おれのところには、援軍が来る予定だったのだ。

 辺境伯軍にはいないような、強力な力を持った、最高の援軍が。


 援軍のない籠城に勝利はない。

 しかし、ここでは、この守備陣では、籠城すれば、時間が経てば、援軍がやってくる。

 最高の援軍が。


 そして、その援軍は、セントラエスの姿に惑わされ、隙だらけとなった辺境伯軍を背後から遠慮なく襲う。

 実はスレイン王国には馬がいない。馬がいないだけでなく、辺境伯領では、羊と山羊以外の動物はまだ家畜にされていない。だから隊商の荷車は人間が押したり引いたりする。もちろん、辺境都市の中には、馬のことを知っている者もいたはずだが、辺境伯たちにとっては、馬は初見の動物である。当然のことだが、騎馬隊など見たことも考えたこともなく、その猛烈な破壊力など、想像もできない。ただただ、見たこともない何かへの恐怖に動けなくなる。

 騎馬隊と辺境伯軍は、もはや避けられない距離に接していた。

 そのことに気づかせないように、セントラエスはあえて目立つような光を輝かせたのだ。

 さあ、仕上げといこうか。


「抜剣不要! そのままの速さで、敵軍を斜めに横切るわよ! それっ! 踏みつぶせっ!」

 先頭のイチにまたがったアイラが後続を振り返りながら叫ぶ。

 おう、と応じてアイラに他のメンバーが続く。

 直前まで騎馬隊が迫ると、動けなかった辺境伯の兵士たちはさらなる恐怖にかられ、背を向けて逃げようとした。

 見たこともない大きな動物に乗って現れた人たち。

 高速長躯スキルに匹敵するその速さも。

 人間を上回るその大きさも。

 彼らにとってはただひたすらに恐怖でしかない。

 しかし、背を向けたことによって、馬たちからすると、より簡単に踏み潰せる状態となっていた。

 もちろん、辺境伯軍の誰一人として、そんなことなど知りもしない。

 先頭のアイラ。その両脇のすぐ後ろにジッドとノイハ。アイラの真後ろにウル。ウルの右にライム、左にエイム。さらに後ろには、氏族同盟の男たち。

 馬の群れは矢じりの形、菱形にかたまって、辺境伯の本軍を後ろから斜めに駆け抜け、次々に踏み潰していく。馬上で余計なことはしない。ただ、人を踏み潰しながら駆け抜けるだけ。

 それだけで起こる悲鳴と怒号と。

 そして、混乱。

 守備陣を攻めていた辺境伯の兵士たちも、本軍があっという間に文字通り蹴散らされていく様子を呆然と見ていた。

 いったい何十人が踏みつけられたのだろうか。

 辺境伯の本軍を駆け抜けた騎馬隊は、そのまま守備陣を攻めていた兵士たちの後方の部隊をさらに蹴散らし、大きく円を描くように向きを変え、再び辺境伯の本軍へと向かった。今度は側面を突く形だ。

「ノイハ! 進路前方の何人か、こっちに向こうとしてる! 邪魔だわ!」

「分かった!」

 アイラの言葉で、ノイハが弓を引く。大草原を二人で旅した時に身に付けた「騎乗弓術」スキルが発揮されている。

 一射、二射。

 ひと手で三本、ふた手で計六本の矢が飛び、合計六人の敵兵が倒れる。

 ノイハの持つ、弓術に関する特殊スキル、「三本之矢」だ。

 ・・・しかも、的中率100%とは、弓矢に関して、ノイハは天才という他ない。

 さすがはノイハ。弓矢を使うと五倍増しでかっこいい。

 しかし、そんなノイハでも、アコンの村の四天王では最弱なのだ。

 ・・・ま、そういう話は、今はいいか。

 ノイハの騎射で六人が倒れ、そうして崩れた一角を入口にして、再び騎馬隊は辺境伯の軍勢を猛烈なスピードで蹂躙していく。

「どんどん踏み潰せっ! 大草原に入ったことを後悔させてやるのよ! こっちまで二度と来ないようにね! あいつらの心を折るわよっ!」

 アイラの叫びに、おう、と答えて、馬の速度がさらに上がる。

 辺境伯軍は混乱を極めた。

 蹴散らされていく辺境伯軍を見て、守備陣からは歓声が響く。

 ここまで耐え抜いた守備陣の避難民たち。

 崩れていく辺境伯軍を見て歓喜の声があふれる。

 隣にいる者と抱き合って喜ぶ姿に、アルフィ人だとか、大草原の人だとか、小さな違いは関係ないようだ。追い詰められて、それを乗り越えられたことで、何かが変わるきっかけが生まれたのかもしれない。


 さて、と。

 これにて準備は完了。

 最高の援軍である騎馬隊と。

 混乱してまともに戦えない辺境伯軍。

 もはや勝負はついた。

 予定通り、敵を逃がすことなく、ひたすら追い詰めていくことができる、完ぺきな舞台が整った。

「そんじゃ、フィナスン、守備陣は完全に任せた。おれは、行ってくる」

「へ? あ、兄貴? どこへ・・・」

 おれはひょいっと櫓から飛び降りて、すたん、と着地すると、一気に走り出した。

「兄貴っ!」

 フィナスンの叫びが聞こえるが、振り返らない。

 右手に握った金属の短い棒が、ぐんっ、と伸びる。

 おれは、その棒を、棒高跳びの要領で、ぐいっと地面に刺して、大きく跳躍する。そして、棒とともに、木の柵と一緒に敵兵たちを高々と一気に飛び越え、守備陣の外に着地する。着地と同時に、棒を少しだけ短くして、それを前に構え、辺境伯の本軍へと走る。

 騎馬隊は、アイラを先頭とする群れと、ライムを先頭とする群れ、ジッドを先頭とする群れに分かれて、それぞれが三角形の陣形で辺境伯の本軍を囲い込むように追い詰め、ぐるぐると回るように駆けながら、軍勢の角に位置する兵士たちを踏み潰しては着実に削っていく。一頭だけ単独行動をしているノイハが、馬上から弓を引くたびに、敵兵が倒れていく。くそ、ノイハのくせにかっこいいな、おい!

 守備陣を飛び出したおれの接近に気づいたアイラは、一人の少女の名を叫んだ。

「ウル!」

 呼ばれた少女は、ちらりとアイラをふり返ると、小さくうなずき、ひらりと馬から飛び降りて、おれとは正反対の位置から、辺境伯の軍勢に接近した。

 ジルを連れて、大牙虎の群れを狩りに行った時のことが思い浮かんだ。

 今となっては、懐かしい思い出だ。

 ジルにはあの時、手加減とか、許容とか、そういった言葉にはしづらい何かを伝えたつもりだったし、ジルも何かを感じて、大牙虎は滅ぼさず、逆に大牙虎のタイガとともに村で暮らす道を選んだ。

 それがたったひとつの正解だとは言わないけれど。

 違った答えもあるのだろうけれど。

 ウルは、そんなジルとは少し、違う。

 ウルにはそういう時間と機会を与えることができなかった。

 だから、ウルは、敵に対して容赦しない。

 手加減など、ない。ウルは最恐の戦士だ。


 おれは自分の前に立っている兵士たちを次々と金属の棒で殴り倒していく。殴られた兵士たちは、目を見開き、膝をついて、倒れていく。

 守備陣の中から、まるで天まで届く悲鳴のような、大きな歓声が轟く。

 アイラに学んだ戦闘棒術だ。

 そして、セントラエス特製の、金属の棒。

 手のひらに握りこめる短さから、3~4メートルくらいの長さまで、伸縮自在。しかも、折れることや曲がることがない、とてつもない硬度を誇る、名も知らぬ神の金属でできている。

 使用者が望めば、相手を打った瞬間に電撃を食らわせ、意識を奪うこともできる。ただし、加減ができないので、気絶でとどまらずに殺してしまうこともある。

 セントラエスと二人でよく話し合って、くわしくおれの希望を伝えて、神器創造のスキルでセントラエスに作ってもらった、おれの特製の武器だ。

 伸縮自在棒、電撃付き。分かりやすく言えば、スタンガン機能付きの如意棒。伸びる長さには限界があるし、電撃の強さは調節できないけれど。

 おれは神器を振り回して、敵兵をなぎ倒し、どんどん進んでいく。


 おれとは反対側から、ウルは無手で、次々と兵士たちを屠っていく。

 殴打と蹴撃が、兵士たちには見えないような速さで繰り出されている。

 ウルは、体格の違いによる問題など、全く感じさせない。

 ウルに蹴り上げられた敵兵は、そのまま宙に舞う。

 スキルとレベルで組み立てられたこの世界では、ウルという少女はもはや最強の一角にいると言える。

 転生してきたおれと、最初に出会った二人の少女のうちの、一人。

 スキル獲得年齢となり、いきなり20レベルを超えた、奇跡の少女。

 おれと向き合っている兵士たちも、おれがどんどん兵士を倒していくことに驚いているようだが、ウルと向き合っている兵士たちの方が、その驚きの度合いは深刻だろう。こんな少女にここまで簡単にやられるなんて考えてもみなかったはずだ。しかも、武器を持たずに。


 おれとウルは、まるで無人の野を歩くかのように、辺境伯本軍の中心へと進む。そして、おれたちが進んだ後には生死いずれかを問わず、人が倒れている。

 目を反らしたくなる現実と向き合えば、おれやウルから逃げようと思うのは当然だし、兵士たちがそうしてしまうのも分かる。でも、そうすれば、本軍の中心であるそこから逃げ出せば、その先には騎馬隊が待ってましたと踏み潰しにくる。逃げても、結局は同じだ。

 おれは伸縮自在棒で、軽く、百人以上は叩き伏せただろうか。ウルも、五、六十人は殴り倒し、蹴り倒したようだ。当然、何人もの死人が出ている。電撃で気絶させようとして、殺してしまうこともある。電撃はこっちで強さを調節できる訳ではない。おれが持っているのはそれだけ危険な棒だし、ウルの拳や蹴りは、一撃でも兵士たちの生命力を大きく削る。死人が出ないはずがない。

 おれとウルが進み出ると、そこに道ができる。立ち塞がる者たちがいても、すぐに倒れていく。

 その道の先には、待ち焦がれた獲物がいた。

 アルティナ辺境伯、その人、である。


「な、なんだ、これは。なぜ、こんなことに、なぜ、こうなったのだ・・・」

 辺境伯が、何か言っているが、おれは何も答えない。

 まあ、答えは何かというと、まんまと騙されて、おれたちの領土である大草原にまで、わざわざおびき出されてくれた、欲望にまみれた愚かな指揮官がいた、ということではないだろうか。

 それでも、勝敗を分けたのは、辺境都市を出発するタイミング。または、追撃してきた部隊がどれか。紙一重といえば、そうだろう。

 もし、辺境伯が、追撃に足の速い部隊だけを送り出すのではなく、すぐに今の部隊で追撃をかけていたら、避難民たちは、援軍である騎馬隊の到着まで、守備陣を守り切れなかった可能性だってあった。

 または、追撃してきたのが、辺境伯の直轄地の部隊ではなく、どちらかの、または両方の男爵領の部隊だった場合、そして指揮官がどちらかの男爵だった場合は、やはり守備陣を援軍の到着まで守り切れなかった可能性が高い。

 もちろん、そうなった場合には、セントラエスとおれの出番を早めるという対応はとっただろうけれど、こっちの被害も大きくなったに違いない。ひょっとしたら、クレアが暴れ出すようなことにもなっていたかもしれない。クレアが、本来の姿で暴れたりしたら・・・スレイン王国と交易できなくなるよな、たぶん。

 ま、結果としては、かなりいい感じに進んだ。ちょうどいい感じに追い詰められたってことだ。

 さて、そんな愚かな指揮官である辺境伯だけれど、さすがは総大将、近くの兵士たちは逃げずに守ろうとして壁になる。

 でも、その壁は、おれの伸縮自在棒の一振りで、バチバチっと電撃を受けて、ふらつきながらばたばたと倒れていく。

 おれは辺境伯と対峙し、伸縮自在棒をまっすぐ突き付けた状態で、立ち止った。

「ええい、こやつを、こやつを早く、なんとかしろっ」

 辺境伯が叫ぶが、おれが伸縮自在棒をさらに一振りすると、動いた者から順に倒れて動けなくなるだけだった。なんだか、叫べば叫ぶほどに、見苦しい。

 さて、と。

 見た目だが、辺境伯は、やっぱり若い。そして、若いだけあって、やはり未熟も未熟。身分が高いだけの、駄目領主、そのものだ。

 やっぱり年齢はおれより少し上ってところか。

 レベルだけは、スィフトゥ男爵と変わらない。それはスレイン王国の領主教育の成果だろう。でも、支配下にあるはずの三人の男爵の方が、経験豊富で、したたかだ。スィフトゥ男爵は数で負けた。対等な勝負は望めない中で、男爵は善戦したと言えるだろう。勝てないまでも、よく戦ったと心の中でスィフトゥ男爵を誉めておく。そもそも、戦った相手は、辺境伯ではないとさえ、言えそうだ。相手が本当にこの辺境伯だったなら、勝ったんじゃないか、と思う。

 辺境伯の後ろの兵士たちが二、三人、倒れるのが見えた後で、小さなウルが姿を見せ、おれと目を合わせて、にっこりと笑った。その笑顔に、敵兵は身を引いている。怖ろしいのだろう。戦場でにっこり笑う少女。確かに怖いかもしれない。あり得ない光景だ。

 それとほぼ同時に、左右からそれぞれ、馬に乗ったアイラとライムも到着した。

 おれたちは、立ち尽くす辺境伯を四方から完全に包囲した。

「何者なのだ? どういうことなのだ? 私はどうなる?」

「いい夢見たか? 次に起きてからも、楽しい夢が浮かぶといいな。ま、無理だと思うけれど」

 おれはそう言って、伸縮自在棒でこつんと辺境伯のアゴを突いた。

 電撃がアゴから全身を振るわせ、辺境伯は膝から大草原に崩れ落ちた。膝をつき、そのまま前へと倒れ込む姿が、おれにはスローモーションのように見えた。

 途中まではいい夢見てたかもしれないが、最後の方は悪夢だったのではないだろうか。

 おれは伸縮自在棒を一番短くして懐に納め、ちらり、と馬上のアイラを見た。

 アイラがこくりとうなずき、抜剣した銅剣の刃で天を指しながら叫んだ。

「おまえたちの総大将は倒れた! 武器を捨てて降伏せよ!」

 馬上からのアイラの叫びに、他の騎馬隊の男たちも、同じ内容を叫ぶ。スレイン王国の連中に、大草原の言葉は片言しか通じないが、降伏勧告に逆らう敵兵は少ないようだ。一部、抵抗しているが、ジッドの率いる馬群が追い詰めているから、それも時間の問題だろう。

 彼ら自身の目で見た、彼らの常識を超えた光景に、辺境伯の兵士たちは考えることをやめたのだ。

 大草原での守備陣を守る戦いは、こうして終結した。


 個人的には、辺境伯軍との戦いよりも、この場でアイラとライムに挟まれていたことの方にドキドキしていたことは誰にも言えない。アイラとライムの二人がここまでにどんな話をしてきたかなんて、今までセントラエスの報告には一言もなかったのだ。いや、この二人が一緒に援軍に組み込まれていたってことさえ、聞かされていない。まあ、ライムはナルカン氏族の一員で、大森林の枠でカウントされないから、セントラエスに報告の義務はないと言えば、ないか。

 今回のエレカン氏族との衝突に送り出した援軍として、アイラとライムは初めて顔を合わせたはずだ。

 アイラとライムの二人の関係がどんな感じか、よく分からないので、目線はまっすぐ倒れた辺境伯に向けておいた。

 そんなおれに、正面からウルは飛びつき、抱きついてきたのだった。

「オーバ! 会いたかった!」

 両腕、両足でおれに抱きつき、頬ずりしてくるウル。さっきまで、敵兵を粉砕していたとは思えないウルの明るい笑顔に、おれは思わず笑っていた。

「オーバ、久しぶりね。女神さまから聞いてたから分かってはいたけど、元気そうでよかった」

 アイラがイチから降りて、おれに近づき、手を握る。イチも、ぶるるんっ、とおれに首をふってあいさつしてくる。

 反対側からは、ライムが馬を下りてくる。

「オオバ。相変わらず、とんでもなく強いわね。それに、大森林の人たちも、すごく強くて、驚いたわ。氏族同盟を助けてくれて、ありがとう、オオバ。ドウラに代わって、礼を言います」

 ライムはおれの左腕に、自分の腕をからめる。

 一瞬、アイラとライムが視線を交わしたような気がする。

 ・・・火花か? まさか、火花が散ったのか?

 ちょっと、怖くて、アイラの表情が確認できないぞ? いや、ライムも見たくないかな・・・。

 前に、アイラは、ライムのことを別にかまわない、みたいな感じで言ってくれていたのは、覚えてるんだけれど・・・。

 実際のところ、今の、二人の関係は、どんなものやら。

 おれは、どちらに先に答えるのか、とか、どんな返事をするか、とか、いろいろ考えすぎて、二人には中途半端な笑顔を返すだけだった。

 もう、なるようになれ・・・。




 戦闘終了後、武装解除、という名の、物品回収。

 降伏した敵兵からは、腰の食糧袋、銅剣、銅の胸当てを回収する。生きていて、自分で動けるので、自分から提出させた。

 そして武装解除が終わった投降兵たちに、死んだ兵や意識のない兵が身に付けている、食料袋、銅剣、銅の胸当てを回収させる。必ず、三点セットで提出させることがポイント。隠れて持ち帰らせるようなことはさせない。

 食料袋を隠していた兵士は、見せしめで両手、両足の骨を折って、蹴り倒してある。

 残念ながら、降伏を拒んだ一部の敵兵は、ジッドと氏族同盟の男たちによって、血祭りに上げられている。その死体からも、投降兵たちは剣とよろいと袋をはぎ取っていく。

 陽が完全に沈むまでに作業を終えないと皆殺しにする、と宣言しているので、投降兵たちは必死だ。皆殺し、という言葉を疑う事はできない。それだけの戦いを見せつけられたのだから。作業が終わらなければ、本当に殺されてしまう、と信じるしかない。

 という訳で、物品回収は順調に進んだ。回収した食料で、さらに二日間か三日間は食料に余裕が出る。それに、この援軍にはあの袋を持ったノイハがいる。中にはたくさんのネアコンイモが入っているはずだ。これで、食料の不安も解消された。


 フィナスンが悪い笑顔で回収した銅剣や銅の胸当てを数えている。その総数は500を超えていた。

「これで、利益は完ぺきっす・・・」

 ・・・フィナスン、商売目当てで戦ってたのか。うーむ・・・フィナスンから何か聞こえた気もするが、まあ、聞こえなかったことにしよう。そうしよう。

 物品回収・・・もとい、武装解除が終わると、動けない者は放置し、動ける者には伝言を託して、辺境都市へ戻らせる。伝言は、その一、辺境伯は捕虜となったので戻れない。その二、辺境伯の軍勢は、大草原と大森林の人たちにあっさりと敗れた。その三、こちらの条件を受け入れるのならば、辺境伯は返す。その四、今のところ辺境伯の命を奪う気はない。その五、もし戦ったとしても大草原の軍勢には勝てそうな気がしない、という五点は必ず伝えた上で、おれたちと交渉する気があるかどうかを確認しろと、厳しく述べてある。

 ここから辺境都市までは、普通に進めるペースなら三日くらいの距離だ。食糧がなくてもなんとかなる。

 それに、戻る途中で、増援の部隊と出会うだろう。

 その時、敗残兵たちの身ぐるみはがれた姿が、大草原で起きた真実を伝えてくれるはず。

 おれたちが求めるのは、人質交換という名の戦後交渉だ。

 最大のエサは、アルティナ辺境伯。

 このエサで、釣れるだけのものは全部釣り上げる。単なる人質交換では終わらせない。そのための最大の獲物なのだから。

 どうせ、増援の部隊を率いているのは、二人の男爵のどちらか一人のはず。

 つまり、交渉相手は、わざわざここまで来てくれる予定だ。

 だから、先に下準備として、相手のトップである辺境伯との交渉は終わらせておきたい。

 守備陣の柵の外側に、柵と腰を約1メートルの長さのロープで結び、両手両足をエックスの字に広げるようにして、両手はさらに二本のロープで木の柵と結び、両足は動かせないように杭を打ち込んでロープを結び、固定した状態で、辺境伯を無理やり立たせておいた。そんな姿勢にさせているのに、まだ意識は戻らない。電撃って、怖いな。

 おれは、木剣を肩にかついだ状態で、静かにアルティナ辺境伯が目を覚ます瞬間を待っていた。

 なに、交渉なんて、簡単なことだ。

 何度か骨を折れば、こちらの言い分に理解を示してくれるに違いない。もちろん、跡形もなく、治療もするつもりだ。

 身ぐるみはがれてアルフィへ戻る兵士たちも、自分たちの総大将である辺境伯が縛られた姿を見て、顔を青ざめさせていた。こんなに驚愕の表情になるなんて、なんでだろうか?

 ま、あれだけの顔をしているのなら、きっと、いい感じで、この状態を辺境都市に伝えてくれるに違いない。

 ありがたいことだ。

 感謝するとしよう。



7月は0時更新で続けています。


完結済、「賢王の絵師」も、ご一読ください。


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