第84話:女神への信仰が拡大しすぎて怖いくらいな場合
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第3章の完結まで、できることなら頑張りたいです。
朝、起きたら、キュウエンのところに避難民が集まっていた。
フィナスンの手下たちも、フィナスンも一緒だ。
それで、何をしているのかと思うと。
「よいですか、みなさん。
私はあの日、辺境伯の間者に刺されて、命を失うところでした。
ただ、偶然にも、刺された場所が神殿に近く、すぐに神殿へと運ばれたのです。
全ては女神さまのお導きでした。
女神さまのお力を借りることができるオーバさまは、
女神さまに祈りを捧げて、
私に癒しの光を与えてくださいました。
あの時の私は、
お腹を刺されて血を流し、
意識を失い、
死ぬはずでした。
あの、光がなければ。
オーバさまがアルフィに来てくださらなかったら。
女神さまがお力を貸してくださらなかったら。
私は、今、この場に生きてはおりません。
私はあの日、この先、一生、女神さまにお仕えすると決めたのです。
女神さまは、そんな私の前に、お姿を現わしてくださいました。
とても。
とても神々しく、気高く、美しいお姿でした。
色とりどり刺繍がなされた、大変美しい服をまとい、
豊穣の実りの麦の穂をあらわすかのような金に輝く髪をなびかせ、
森の恵みのようなお優しい碧の瞳で見つめられて、
私は、もう、このお方に一生を捧げようと思ったのです」
・・・布教活動だった。
いや、これは、ある意味ではこっちの狙い通りでもあるから、別にかまわない。かまわないんだけれど、なんだかなあ。
キュウエンの思い込みの強さが限界まで盛り込まれている気がする。
「わたしも見ました」
「わたしも」
「わたしもです、キュウエンさま」
「わたしも女神さまを見ました」
「・・・本当にお美しいお姿でした」
そういう避難民の女性たちの声があちこちで上がる。
そりゃそうだ。
セントラエスは辺境都市の住民たちに大草原への避難を呼びかけたのだから。おれが頼んだことだ。ここに来ているほとんどの避難民はそれを見ていないはずがない。
・・・というか、この布教活動、着目ポイントが、おしゃれ、になってないか? まさか、避難民が女性中心なのって、セントラエスがめっちゃ可愛かったから、とか? ・・・あり得る。
おしゃれの影響力がハンパない気がする。
フィナスンと、フィナスンの手下たちも、恍惚とした表情でそこに立っている。女性にはおしゃれで響いていたとして、それを見た男性が一目惚れしてしまう、というのも、当然あり得る。当然あり得るのだが、果たして、こいつらもそうなのだろうか。
まさかな、と思って、フィナスンたちに対人評価をかけてみる。
・・・こいつら、ごっそり信仰スキルを身につけてやがる。まさか、本当に一目惚れなのか?
いや、まあ、戦闘間際にひとつでもレベルアップしているというのは歓迎できるけれど・・・。
それにしても、辺境都市の人たち、宗教にハマるの、簡単すぎないか? ちょろいぞ?
いや、信仰する人が増えるのは、セントラエスの神力に直結するらしいから、おれたちとしてはありがたいことなのだけれど。なんか、予想以上というか、予期せぬレベルでセントラ教が拡大している気がする。宗教的な影響力の拡大ってのは、狙っていたのは狙っていたのだけれど、あまりにもうまくいきすぎている。びっくりだ。
まだ、教えてないから、こっちの人たちはできないけれど、そのうち、キュウエンとか、ここまでセントラエスを信じているのなら、神聖魔法が使える人も出てきそうな気がする。見よう見まねでやってみようって人がいないから、できないだけかも。丁寧に指導すれば、可能性は高いし。あれ、なんか、トゥリムは「神聖魔法は失われた」みたいなことを言っていたような?
うちの村では、神聖魔法は中心メンバーの何人かが使えるもんだから、珍しいスキル、という感じはしないのだけれど。特に、ノイハに使えるもんだから、なんか、誰にでもできそうな気になってしまうんだよな。すまん、ノイハ・・・。
さて、布教活動は・・・。
「ですが、みなさん。
私たちは、今。
試練の時を迎えようとしています」
キュウエンのその一言で、雰囲気を大きく変えた。
「キュウエンさま。分かっております」
「辺境伯が、来るのですよね?」
「夫の仇・・・」
避難民も、口々に敵の存在を表現する。
「そうです。
辺境伯の軍勢がこちらに向かっています。
今日中には、ここから見えるところに現れることでしょう。
その軍勢は、私たちの町を落とした憎い仇であると同時に、それだけの強さをもつ強大な敵でもあります。
私たちのような、弱き者に、
あのような軍勢を打ち負かす力があるとは、
とても、言えません。
敵は強い。
それは真実であり、私たちは苦難を前にしているのです」
避難民が静かになった。
キュウエンに視線が集まる。
救いの言葉を求めているのか、それとも・・・。
「実は、この守備陣にこもっていたとしても、決して油断はできません。
敵は、アルフィの外壁を乗り越え、打ち破ってここにいるのです。
私たちの町の、あの兵士たちが守っていた、東の外壁を、です。
アルフィの外壁よりも、もろく、低い、この木の柵で、守り切れる相手では、ないでしょう」
涙を流す者がいる。
悲しいのか。
悔しいのか。
身内を失ったのか。
友を失ったのか。
それは、分からない。
「食糧も、全員が食べられる量は、あと三日分です。
節約すれば、もう少し長くもたせることもできるでしょうが、
そうした時に、私たちは力を出しきれなくなるかもしれません。
今日から、私たちは、私たちを守るために戦います。
しかし、それで三日間、ここを守り抜いたとしても、
次の日からは、空腹とも同時に戦わなければなりません。
アルフィを占領した辺境伯の軍勢が全て押し寄せる訳ではありませんが、ここにいる私たちよりも辺境伯の軍勢の方が、そもそも多いのです。
私たちの中には、小さな子どもたちや、お年寄りのみなさんもいます。
戦える者は、わずかです。
・・・その瞬間が、いつになるかは、分かりません。
ですが、この先にあるものとして、
私たちの、死は、避けられない・・・」
避難民の中から、嗚咽がもれる。
フィナスンの手下の中には、涙を流している者もいる。
「それでも!」
キュウエンが、ひときわ大きな声を出した。
「それでも、戦ってください!
私たちのアルフィを!
私たちのあの町を!
家を!
暮らしを!
私たちの友を!
夫を! 父を!
兄弟たちを!
私たちの全てを踏みにじった、辺境伯の軍勢を許してなるものですか!」
誰も。
何も。
口にしない。
言葉には、ならない。
いつの間にか、布教活動から、戦意高揚集会へと、決起集会へと変化しつつある。
「女神さまが下さった、残りわずかなこの時を!
あの憎らしい辺境伯に!
私たちから全てを奪ったあの男に!
何もせず、なされるがままでいて、それがアルフィの民の姿と言えますか!」
弱き民、避難民たち。
せまりくる暴力から、逃げるしかなかった人たち。
その中から。
熱気が生まれようとしていた。
「私は誓う!
女神さまにいただいたこの最後の時を!
命尽きるその瞬間まで!
戦って、戦って・・・、
そして、奴らの一人でも多くを道連れに!」
おおおっっ、と避難民が叫ぶ。
涙と、怒号と。
そして、一体感と、高揚感。
「辺境伯に死を!」
「辺境伯に死を!」
「死を!」
ひとつの言葉が、天を衝いた。
・・・宗教って、怖い。
原城か?
ここは天草・島原なのか?
キュウエン! おまえは天草四郎時貞かいっ?
大草原の入り口に、死兵が生まれた瞬間だった。
辺境都市のアイドル、男爵令嬢キュウエン姫は。
この日、伝説となる。
いや、辺境伯は殺されると困るんだけれどね・・・。
予想通り、というか、スクリーンで丸見えなのだけれど、午前中に辺境伯の軍勢は大草原へと入り、避難民の守備陣からも、確認できる距離になった。
朝の、キュウエンの檄によって、避難民たちは恐怖を乗り越えた。
敵の姿を見て、怯える弱者ではなく。
憎むべき仇として、戦意を高めている。
死をおそれぬ兵、死兵となって、命ある限り、戦う。
もちろん、避難民の全てが戦える訳ではない。
まずは槍を五本ずつ持ったグループに分け、それぞれにフィナスンの手下がリーダーとして二人ずつ配置された。そこに、投石スキルをもつ者か、筋力の高い者を投石隊として割り振った。これが基本となる攻撃組だ。攻撃と言っても、守備陣の外には出ないで、中から敵を倒す。木の柵と芋づるロープなんて、いつ乗り越えられてもおかしくない。乗り越えられるまでは、槍で刺して、石をぶつける。乗り越えられた瞬間、フィナスンの手下が対応する。
さらに、道具製作関係のスキルがある者を修理部隊として配置し、救護部隊もクレアを筆頭として、各隊に振り分けられている。
全体の指揮は、中央に組まれた櫓の上から、フィナスンが行う。
巡察使トゥリムは、協力する気があったので、遊撃隊として中央に控える。乗り越えられただけでなく、フィナスンの手下だけでさばき切れない状態になったところへ派遣する。キュウエンも、救護部隊と兼務で、遊撃隊だ。キュウエンも強いしね。
おれは、とりあえず、サボリ。
全体の指揮をフィナスンと一緒に執るフリをして、櫓の上から高みの見物。おれが動くべき、その時がくるまでは、待機だ。
とりあえず、辺境伯、本人をチェック。
その位置を確実に把握しておく。
どうやら、指揮官クラスとして、あと二人いるはずのスィフトゥ男爵以外の男爵は、辺境都市に残されたらしい。
ま、たぶん、だけれど、略奪とはいっても、いろいろ持ち去られていたし、性欲発散の相手にも逃げられていたのだから、辺境伯の直属の軍にご褒美として、この追撃戦を担当させたのだろう。
辺境都市の統治とか、面倒なことは押し付けたんじゃないか。
見た目、かなり若い男みたいだし。二十歳くらいかな?
キュウエン狙いってのは、なるほど、平和なら、けっこうお似合いの相手かも。
・・・なんか、もっさいおっさんがキュウエン相手にうはうは言ってる感じではなくて、まだマシなのか、あの若さで女に狂っているのか、どっちだ?
辺境伯軍は、こちらの守備陣に気づいて、一旦、停止した。
ま、驚いただろうな。予想外のはずだから。
小さな部隊が、今、来た道を戻っていく。辺境都市にいる残りの部隊に伝令するつもりだろう。
見た感じ、移動時間をできるだけ短縮しようと、輜重部隊がほとんどいない。
兵士の腰にかけられた小さな麻袋から考えると、一人ひとりに、二、三日分の食糧を分けて持たせているようだ。盾兵は見当たらないし、弓兵も極端に少ない。そりゃ、この守備陣を見たら伝令を走らせるよな。足りないものが多すぎる。
さて、ここで、攻めずに待ちに徹するのか。
それとも、ひとまず攻めてくるのか。
またまた、猛攻をしかけて一気に落とすつもりになるか・・・。
とりあえず、こっちはどの選択肢でも、今日だけなら対応できそうなのだけれど。
どうなっても、夕方くらいまで、頑張りたい。
およそ一時間くらいが経ち、昼が近づいてから、辺境伯軍は動いた。
その無駄な時間が、軍師を失った辺境伯の未熟さを教えてくれる。
攻め寄せるのであれば、決断するだけのこと。
その決断に一時間をかけた。
その一時間に運命が左右されるかもしれない、というのに、だ。
辺境都市アルフィに攻め寄せた、あの辺境伯軍と、こうまで違うものになるとは怖ろしい。指揮官や軍師がいかに大切かということを思い知らされる。
守備陣を包囲するように軍を展開しつつ、本陣に兵力を残す。中途半端な包囲陣。まあ、そもそも500くらいしか、連れてこなかったのだ。包囲するにも、本陣を守るにも、どちらにせよ、中途半端で、どうしようもない。せめて、一気呵成に攻め落とそうとしてくれば、こっちもあせっただろうに。
しかし、全面、同時攻撃をするという考えは統一できたようだ。
包囲陣ができてから、おれたちの守備陣へと前進を始めた。
突撃速度は全開らしい。
・・・そして、まんまと、子どもたちの草の輪の罠にはまって、転倒している。そして、後続の兵士に踏まれたり、踏んだ後続の兵士も倒れたりと、情けない突撃になっている。ありがたいことに、一気に突撃されるより、はるかにマシな状況が生まれている。なんでもやってみるもんだ。
こっちは、寄せ手が堀を登って木の柵に取り付いたところを狙って、猛烈な槍の一突きを浴びせる。
しかし、槍の数には限りがあるので、討ちもらしたところから、ネアコンイモのロープを断ち切られ、木の柵の間からの侵入を許してしまうところもある。
そういうところでは、フィナスンの手下が、侵入した敵兵を銅剣で片づけていく。
第一波は、それなりに余裕の対応だった。押し返せたところは、芋づるロープの補強さえも、やってのけたのだ。遊撃隊のトゥリムやキュウエンを派遣するまでもない。
第二波、第三波と、特に変化もない。第三波で、槍が一本、折れたことによって敵の侵入を許したところにトゥリムが走って、侵入した二人の敵を一瞬で刺し殺した。遅れて駆けつけた修理部隊が、槍を少し短くして復活させている。短くなると危険が大きくなるけれど、まあ、仕方がない。
こっちの課題のひとつは、槍の強度。つまり、竹がどれだけ保つか、というところだろう。
正直なところ、槍で突き殺せる、という訳でもない。怪我はさせているが、ほとんどは死なない。もちろん、殺せているところもあるのだが、登ってきた敵兵を突き落とすイメージがほとんどで、落ちても死ぬ、ということもない。中まで侵入されたら、槍は長すぎて扱いづらいので、効果が半減する。しかし、中まで侵入した兵士は、フィナスンの手下たちに銅剣で殺されていく。
そういう感じで、守備陣を守る戦法としては上出来だ。槍と石で、敵を落とし、隙を見てロープで陣を補強していく。侵入されたら銅剣持ちで少しレベルが上のフィナスン組の出番。ばっちりだ。
第四波も、変化なし。単調な攻めで、守るのが楽そうでいい。
この前まで、辺境都市の外壁攻めで、臨機応変に戦い方を変化させてきた軍と同じ奴らだとはとてもじゃないが思えない。
あの軍師が、山で吊され、骨を折られて、許しを求めながら語った情報は、本当なのだろう。辺境都市アルフィの外壁攻めは、主に男爵たちの兵士が中心で、作戦はあの軍師が立てて、指揮は男爵がとっていたのだという。敵軍の本当の主力、精鋭たちは辺境伯の軍ではないのだ。
あの、山の中に裸で吊り下げてきた軍師はやはり本物だったのだろう。だからこそ、あの軍師がいなくなったことで、辺境伯の軍勢は一時的に動きを止めたのだ。
この実態を見て、あの軍師から得た情報は確かだと納得できる。辺境伯は、若く、まだまだ未熟なのだ。それを支えていたのは、あの軍師と、二人の男爵。そして、その三人は、この大草原までは来ていない。これなら、ここを守り切ることも十分に可能だ。
辺境都市アルフィという実質的な敵国の支配、などの難しいことを今の辺境伯程度ではできない。だからこそ、辺境伯は弱者である女子どもの追撃に動き、男爵二人はそう動いた辺境伯を容認し、自分たちは辺境都市に残った。それが裏目に出るなんて考えてもみなかったに違いない。
女子どもを中心とする避難民が、守備陣を整えているなんて、想定外。そりゃそうだ。こっちは、辺境都市が負ける前提で先に動いている。でも、辺境伯がそんなことに気づくはずがない。
逃げ惑う避難民を襲って、ありとあらゆるものを奪うつもりだったのだろう。手持ちの食料が少ないのも、そういうことだ。男爵たちも、弱い女子どもが相手なら大丈夫だ、とでも考えたに違いない。大草原の、大森林の、おれたちの情報が何もないのだから、当然の判断でもある。
逃げ惑う避難民という、その状況認識が、実は現実とずれている。なぜならば、フィナスンの手下たちの方が、辺境都市の兵士たちより強いのだから。隊商の移動と護衛でいろいろな獣に襲われながら、アルフィとカスタを往復してきたツワモノたちなのだ。そして、そのツワモノの方が、実はこの守備陣の中核で、女子どもの方には、槍で突くとか石を投げるとか、本当にできる範囲のことしか、させていない。
まあ、そんな情報、手に入るはずがないし、辺境伯の能力とは関係がないかもね。
フィナスンがトゥリムやキュウエンに方角を叫び、破られそうになった守備陣が立て直されていく。こうして指揮をさせていると、辺境都市を守っていたスィフトゥ男爵よりも、フィナスンの方がずっと安定した指揮をしている。避難民たちの戦意も、窮鼠猫を噛む、という状態に加えて、キュウエンの檄が心に響いており、辺境都市の外壁を守る兵士よりもはるかに高い。ま、それでも長持ちはしないだろうけれど・・・。今のところは、トゥリムという特級の戦力が協力していることもあって、はっきり言えば、今のところは、だけれども、余裕で守っている。
ただし、何本もの槍がどんどん短くなって、敵を突き落とす時にかなり接近しなければならなくなってきているのは不安要素だ。
第十波で、辺境伯は一度、攻め手を緩めた。
その隙に、フィナスンの指示がどんどん飛び、瞬く間にロープで木の柵が補強されていく。
そのことに気づいた辺境伯が再突撃を命じた時には、フィナスンは守備陣の立て直しをばっちりと済ませていた。あれは、辺境伯が一度攻め手を緩めるだろうと読み切っていたに違いない。
もちろん、再突撃してきた第十一波は、あっさりと跳ね返すことができたし、続いた第十二波、第十三波も、打ち破られそうなところにフィナスンの指示でトゥリムやキュウエンが駆けつけ、見事に防ぎ切った。まるで矛盾するようだが、守備陣の木の柵から落とされた敵兵は傷つくが生き延び、木の柵を突破して侵入した勇敢な敵兵は、フィナスンの手下やトゥリム、キュウエンの剣によって命を失っていた。
この守備陣を攻め始めた頃と、今とでは、敵兵の表情が変化してきている。
大方、こんなはずじゃない、とでも思っているのだろう。
まあ、そうだろう。避難民の物を奪うことで物欲を満たし、避難民の女を襲うことで性欲を満たすはずが、予想外に痛い思いをして、場合によっては死ぬ。
もし、こいつらが辺境都市の外壁攻めでも、温存されていた戦力だったとするなら、今の時点では、ただの弱兵に過ぎない。心が折れそうな表情で攻め寄せても、それほど怖くはない。
・・・そうは言っても、こっちの限界も、それほど遠くはないだろうけれど。
守備陣側、避難民たちの限界は、二つ。
消耗していく武器と、衰えていく気力。
第二十五波を超えたあたりから、折れた槍を修理しても短かくなり過ぎて使えない長さになってきた。要するに、敵兵の剣よりも短くなり、接近すると先に相手の刃が届く状態になった、ということである。ここからは使える槍の本数がどんどんと減っていく。
フィナスンの表情にも、焦りと陰りが見える。
避難民たちは、なおさら、だ。
彼らの心を支えていたのは、まさに「槍」という装備そのもの。敵兵よりも遠くから、こちらが傷つくことなく、相手を突くことができるという強み。ここにきて、その、もっとも重要な強みが失われつつある。
そもそも、槍が短くなっていくほどに、避難民の中に怪我人が増えていた。救護部隊が治療に専念していたのだが、だからといって薬で急に回復する訳ではない。神聖魔法とは違うのだから。
朝にはキュウエンの檄で気合いも入っていたが、陽が傾き始めるまでもうずいぶんと長い時間、心も体も消耗させながら戦ってきた。そもそも兵士でもなんでもない上に、筋力的には劣る女性が中心の避難民だ。心が折れたら、崩れるのは一瞬だろう。
第三十二波、侵入した敵兵との交戦で、相手を倒しながらも、ついにフィナスンの手下の中から、戦闘不能レベルの怪我人が出た。
完全に、守備陣にひとつの穴が生まれる。
カバーに入ったのはキュウエンで、そこだけを見ると持ち直したし、強化されたのだが、結果としてその他が苦しくても、キュウエンが他の苦しいところへ向かうことができなくなった。
「兄貴! あいつの怪我を!」
「・・・まだだ、フィナスン。まだだ」
「兄貴・・・」
フィナスンが大きな声でおれに神聖魔法を使うように頼んできたが、おれはそれを止めた。
槍としての長さを保っているものは三十本を切り、侵入してくる敵兵の数は午前中とは違って明らかに増えている。数の暴力には、ちょっとしたレベル差ではかなわない。対応できるのにも限界がある。
さらに、一人、二人と、次々にフィナスンの手下が倒れていく。フィナスンの手下たちは、死んではいないが、もはや戦える状態でもない。救護部隊の女たちが泣きながら治療にあたっている。避難民の心は、もうすぐ折れるところまで、きているようだ。
一カ所、二人同時に、フィナスンの手下が戦闘不能に陥った。
フィナスンの鋭い指示に反応したトゥリムがその場を一人で支える。トゥリムなら問題ないが、これで、どこかが打ち破られたら、カバーできない。こっちの余剰戦力は尽きた。
まあ、おれがサボっているからだけれど。
とにかく、怪我人は増える一方だ。
「兄貴! もう限界っす!」
歪んだ表情で、フィナスンが横から、おれに向かって叫ぶ。
その時、待っていた一言が、美しい声で耳に届く。
「スグル、もうすぐです」
セントラエスが、後ろからおれにそっとささやいた。
「分かった」
おれは短く、セントラエスに答え、フィナスンに向き直る。「さてと、フィナスン、今から、奇跡が起きるぞ」
「奇跡なんかで間に合う状況じゃないっす・・・って、奇跡?」
目を見開くフィナスン。
フィナスンの疑問の声と同時に、戦場に光が舞い降りた。
ここから、演出された、奇跡が始まる。
さて、それではおれも動きますか。
7月は0時更新で続けています。
完結済、「賢王の絵師」も、ご一読ください。




