第81話:女神が姿を現し、お告げを与えた場合
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6月中の更新は17時です。
7月からは0時更新にしますので、ご注意願います。
6月の最終話となります。
神殿の戦い、決着です。
とりあえず、王都の巡察使たちは男爵を殺しそうな勢いだったので、やめるように叫んだのだが、その、男爵を殺しかねない巡察使が、おれに声をかけてきた。
「・・・ここまできてやめろとは、方針変更ではないのか?」
「いい加減にしろよ。方針なんて知らないって。そもそも、最初はどういう方針だったんだよ?」
「王家は、辺境伯領内での争いとして、静観する方針だったな」
その一言に反応したのはおれではなく、男爵とキュウエンだ。
「な・・・」
「そんな・・・」
男爵とキュウエンは言葉を失う。
この二人は、王都の、王家の仲裁を期待していたのだ。
傍から見ていたら、そんなことは望んでも叶わないものだと思うのだけれど。
まあ、含蓄のある、一言だったな。
・・・王家、は、ね。
「それだと、この前の方針変更ってのは、男爵に陰ながら協力する、という変更だということだよな?」
「その通りだ。だから、あの険しい渓谷を突破してきた手練れはみな突き落として始末したし、辺境伯の間者も始末した、な・・・」
「門衛を巻き添えにしたけれどな・・・まあ、そのやり方には口を出さないけれど・・・。そうすると、今、言った、今回の方針変更は、男爵を殺すところまで含んでいるのか?」
「これだけの兵士に囲まれ、命を狙われたのだ。もはやこの男に手助けする価値などないだろう? ここで殺しておかないと、いつまでも狙われ続けるぞ」
「おれは、おれのやりたいようにやると言ったはずだ。男爵を殺すのなら、その後はおれがあんたたちの相手になるが、そっちは、それで、いいんだな?」
「・・・おまえの敵に回る気はない」
男は、落ちた男爵の銅剣を蹴り飛ばして男爵が拾えないようにすると、三人で男爵を囲む体制はそのままにして、銅剣を鞘に納めた。そして、周囲を確認し、おれを見る。
「・・・なぜ、そう頑なに殺さないのだ? 時間の無駄ではないか?」
「相手が弱いし、殺さずに無力化できるからな。まあ、腹が立つってことも含めて、殺しはしないが痛い目には合わせるけれど。できれば、ここの兵士たちには、辺境伯の軍勢と戦って、この町を守ってほしかったんだけれどね。ここまでぼろぼろにすれば、それも、もう無理だろうな。それにしても、ずいぶんと殺したもんだ。人の命の扱いが軽いんだよ、おまえらは」
「・・・己の命が優先であることの何が悪い」
「・・・見解の相違ってことか。言い争う気はこっちもない。それで、おれに対してやたらと協力的な理由は、王家以外の方針ってのが、どっかにあるんだろうな?」
「・・・」
返事はなく、沈黙と、視線だけが返ってきた。
王家の方針が静観だとしても、王家ではない何かは、別の方針をこいつに、この巡察使に示しているのだろうと思う。今日までの巡察使の動きは、とても静観とは言えない。どちらかというと、おれに、積極的に関わろうとしてきたし、おれにとって必要なら男爵の手助けも厭わなかった。
・・・ただし、その、王家以外の何かは、いったい何者なのか、よく分からないのだけれど。
外の騒ぎが収まり、フィナスンと手下たちも神殿の中に入ってきた。どうやら兵士たちとの戦闘は終了したらしい。
「オーバの兄貴! 無事っすか?」
「フィナスン。手下たちも。怪我はないか?」
「いや、そりゃ、怪我人はいるっすよ、でも、ここの兵士どもに殺されるようなヤワな奴はウチの手下にゃいないっす」
「怪我人は後で治療しよう。それにしてもおまえ、男爵を敵に回してどうするんだよ? まあ、全ては、この、訳の分からん状況をなんとかしてからだけれどな」
おれはフィナスンに、男爵とそれを囲む三人を示した。
「・・・うちの手下どもは、男爵には逆らってもオーバの兄貴には絶対に逆らわないっす。あと、この三人、めちゃめちゃ強いっす。外の兵士の半分以上、たったの三人で殺したっすよ」
「なに・・・」
男爵が傷ついた肩を押さえながらつぶやく。「いや、三人がかりとはいえ、負けたのだ。相当な手練れであるというのは間違いないが・・・」
「兄貴、この三人は、味方っすか?」
フィナスンと手下たちは、共闘したにもかかわらず、警戒を解いていない。男爵の兵士たちより、よほど優秀な気がする。フィナスンたちが味方になってくれたというのはおれにとっては幸運なのだろう。
「・・・だそうだが、味方なのか?」
「それは、こっちが聞きたい。本当に、おまえは王都の手の者ではないのだな?」
巡察使が三人で男爵を囲んだまま、おれを振り返らずにそう問いかけた。
顔も見ないで問いかけるってのはどうかと思うが、男爵の力を警戒するのは仕方がない。三人がかりだから追い詰めることができたが、巡察使たちにとっては、男爵との一対一なら、どうなるかは分からない相手だ。
「あの時も言ったが、よく聞けよ。おれたちは王都とは何の関係もない。おれがやりたいようにやるだけだ。その結果、男爵や、辺境伯が、どうなろうと、おれはかまわない。ただし、今、ここで男爵を殺されるのはおれが困るからな。殺したら、この場で今すぐおまえらを殺す。それだけだ。おれにそれができないと思うか?」
「・・・こちらがここまで加勢しても、それでも味方とは考えないとは、な。それで、おれたちに向かって言えることは、それだけなのだな?」
「・・・別に、他にもいろいろ言えるけれど。そもそも、おまえらは、なんでここまで来たんだ?」
「さすがに、100人近い兵士だと、助けが必要な人数だろうと思ったのだが・・・まあ、一人で辺境伯の陣に乗り込んで軍師を始末して、次の朝にはこっそり戻っているような奴だということを忘れていたな。こういう助けはいらなかったみたいで、申し訳ない」
どうやら巡察使の奴は、おれが陰で動いていたことを男爵に聞かせるつもりらしい。
辺境伯の軍師を始末したと聞いて男爵の顔色があきらかに変化しているし、キュウエンが小さく、オーバさま、とつぶやきながら見つめてくる。崇拝の視線はどうかご遠慮願いたい。
「・・・男爵に渡したナードの油の大甕も、本当はオーバの兄貴が用意したものっす。黙ってろって言われてたんで、言わなかったっすけど」
フィナスンも巡察使に便乗して、おれが陰ながら男爵に協力していたことをアピールしている。
男爵の顔色はさらに悪くなった。
まあ、そっちはもう、今さら、だ。
「そっちこそ、今まで、男爵たちに見つからないように行動していたのに、ここで出てきて姿を見せるってのは、どうなんだよ?」
「我々はもう辺境都市からは手を引く。神殿を襲った時点で、これ以上、陰から支える理由はない。ここには用はないのだから、今さら姿を見せても大した障害にはならない。それよりも、ここにいる、道理の分からぬ愚か者は、即座に不要と切り捨てるべきだと忠告しておきたいのだが?」
「馬鹿な部下の馬鹿な言動が理解できなかったんじゃないか? 考えれば分かることを、考えないようにしてあきらめたんだろうけれどな。それだけ、その部下を信頼してたってことだろ。まあ、おれもわざわざ自分のことを男爵たちに教えるつもりはなかったし、知らなかったことを他のところから聞いて、驚いたんだろう。おれが王都の密偵だと本気で勘違いをしていたみたいだからな。王都と本当に関係がなかったもんだから、なんか、裏切られた気分だったんじゃないか?」
「それを言われると、こちらも耳が痛いな・・・。まあ、自身の最大の味方をわざわざ敵に回すような支配者がいるのだ。この町はどのみち滅びるしかなかろうな」
「・・・オーバさま、この人たちは、いったい・・・?」
「打ち負けて囲まれた状態ですまないが、この三人はいったい何者なのだ? オーバ?」
キュウエンと男爵が、そろっておれを見つめる。
やれやれ。
どこまで混乱しているのやら。
おれだって、できれば、誰かにこの状況を説明してもらいたい。
それに、ここまでの話を聞いていたら、こいつらが何者かなんて、分かるだろうに。
まあ、キュウエンや男爵にとっては、分かっていて、それでもその事実を認めたくない、ということもあるのかもしれないけれどね。
ふぅ、とおれは息を吐いた。「・・・この三人は、キュウエンが探していた人たちだ。一人は巡察使で、残りの二人も、まあ、似たようなもんだ」
「まさか、オーバさま・・・」
「その、まさか、だよ。キュウエン。この三人は正真正銘、本物の、王都の手の者、だ。それと、今までに何回も言ってきたけれど、改めて言うぞ。おれは王都とは何の関係もないからな」
キュウエンはその場で固まり、男爵はごくり、と唾を飲み込んだ。
時間を巻き戻すことはできない。
死んだ人間が生き返らないのと同じだ。
「王都から巡察使が来ていたことを知っていたのだな?」
「ああ、知ってた」
「それも、支配者は自分で獲得しなければならない情報だったのだな?」
「おれは、そう思うけれどね」
巡察使は男爵にもキュウエンにも興味を失ったように、力を抜いて、他の二人に向けて軽くあごを動かし、三人そろって、そのまま神殿の外へと出て行った。本当に、おれのことを助けに来てくれただけらしい。意外と親切でびっくりだ。敵だと決めたら容赦ないけれど。
おそらく、そのままこの辺境都市アルフィを去るのだろう。血にまみれた剣を持って。あれ? あいつら、結局は辺境伯に味方したって、結果になってないか?
男爵は、三人が去った神殿の入口を見つめながら、拳を強く握りしめ、顔を赤くしている。
「なぜ・・・なぜだ。なぜこうなったのだ・・・」
「ん? そりゃ、自業自得だろ」
「く、そなたは・・・」
「大草原で何があったのか、さっきの兵士長から聞いてないのか?」
「・・・報告は受けた」
「そっか。じゃあ、これは知ってるのか? 大草原の氏族同盟を崩壊させるために、セルカン氏族の子どもをさらって、難癖をつけてセルカン氏族と他の氏族たちの戦闘に持ち込んだ辺境都市の隊商がいたこと。その隊商が実は兵士たちの偽装で、エレカン氏族とヤゾカン氏族をそそのかしていたことを」
「どういうことだ?」
「・・・あんたが大草原に行かせた密偵たちが、大草原の氏族同盟とおれたち大森林を敵に回すような行動をしたってことさ」
「馬鹿な? 部下たちに命じたのは、大草原の調査だけだ!」
「それ以上にやっちまったんだろうな。手柄がほしかったか、もしくは、大草原の誰かに踊らされたか、そのどっちかだ。両方かもな」
おれは、入口付近で二度と口を開かなくなったエイムの父、ガイズを見た。おれを避けるようにして入口付近にいたため、入ってきた王都の密偵に斬られて死んだのだ。
息子のナイズはおれが骨を折っただけだから、一応、まだ生きてはいる。
偽装商人を演じた兵士長も、骨折で気絶しているだけだ。
ガイズは運が悪かったのだろう。
「そこの兵士長は、大森林の直前まで来て、仲間を二人失い、生き残った他の二人ともはぐれて、しかも大森林のことはほとんど何も情報を得られず、だ。大草原を探って、大森林との関係を突き止めたものの、大森林のことは何も分からないまま。そんな状態で、何の手柄もなく、ここまで戻るに戻れなかったんじゃないのか。
結果として、いろいろなことに手を出し、大草原に大きな争いが起きて、辺境都市は氏族同盟から敵だと認識されたもんだから、戻ってきても、まともな報告などできないんだろうよ。
そこに、大森林のおれがこの町の神殿にいると気づいたもんだから、おれのことを敵だと始末するように、男爵、あんたを誘導したんじゃないか、という風に考えてみたんだが?」
「まさか?」
「・・・まあ、男爵と兵士長のやりとりを直接見てた訳じゃないからな。でも、誘導された奴は誘導されたことに気づかないかもな。よく思い返してみろ。これまでに、おれが、あんたの不利になるようなことをしてきたのか?」
「いや、そなたは、アルフィの町を守るために、協力を・・・」
「うん、そういうことだな。おれが王都の関係者か、大森林の関係者かというちがいについては、おれが男爵に協力していた事実と切り離して考えれば簡単だったのに。その、協力者であるおれを兵士長は殺そうとしたにもかかわらず、あんたは止めようともしなかっただろう? さすがにおれだって、こんな目に遭ってまで、あんたたちを助けるつもりはないからな。明日、この町を離れるよ。おれと一緒に行くという住民を連れて」
「オーバさま!?」
キュウエンが慌てておれの名を呼んだ。
おれはキュウエンを振り返りもせず、そのまま男爵を見た。
今は姫さんの相手をしている場合ではない。
「邪魔するなよ、男爵? ただでさえ、この騒ぎで100人くらいの兵士が戦えなくなったんだ。これだけ戦力が減ったら、東の外壁、もたないだろ?」
「・・・100人、か。今さらだが、痛い、な。なぜか、今は、辺境伯が攻めてこないのが救いだが。いや、それも・・・もう言うまい。オーバ、そなたは、100人が相手でも、何ひとつ動じず、平気で打ち破る。その上、頼みもしないのに助太刀がどこからか現われる。助太刀などなくとも、100人全てを打ち倒せるほどに強いにもかかわらず、だ。アルフィの町は、そういう強い味方を、今、失ったのだな」
ちなみに、今、辺境伯が攻めてこないのは、突然軍師がいなくなって、混乱しているからだと思います。その軍師は、全裸で森の中に吊り下げられてます、はい。やったのはおれです。
軍師がいなくて、辺境伯軍が動かないというのも、本当に短い期間のことだろうし、ここまで来て、軍師がいないから戦わない、などということもないだろう。
「おれはいつでも、おれの好きにするだけだ。男爵に協力したのも、この神殿での暮らしがそれなりに楽しかったからだし、そうしたかっただけだからな。気まぐれだよ。ま、女神の力も借りて、住民には避難を呼びかけるぞ。住民がアルフィには一人も残らないかもしれないが、覚悟しとけよ」
冗談だ。
そんなことはありえない、と思いつつも、笑ってそう言ってみた。
ぎすぎすとした会話は、楽しくない。
「・・・せめて、住民の命ぐらいは救ってもらえるのなら、文句も言わんし、邪魔などせんよ・・・」
男爵は全てをあきらめたように、小さくそう言った。「本当に今さらだが、そなたを信じることができなくて、すまなかった」
おれは何も答えなかった。
おれたちの会話を無視して、クレアは再び住民たちの治療を始め、フィナスンの手下たちは、礼拝堂に倒れている兵士たちを、怪我人も、死人も、次々と外へ運び出していった。神殿の外での怪我人や死人も同じだ。淡々としたその作業っぷりは、この町とフィナスンとの決別を感じさせた。
男爵は、全ての兵士が運び出された後、最後の最後に神殿を出た。キュウエンは一歩、男爵の方へと足を踏み出したが、二歩目が続かない。そして、そのまま神殿に残った。おれも、クレアも、そんなキュウエンに対して、特に何も言わなかった。
こうして、辺境都市の落城につながる、神殿での争乱は幕を閉じた。
近いうちに、辺境都市は落ちる。城を落とすなら中から落とせとはよく言ったものだと思う。東の外壁をどれだけ攻められても持ち堪えた兵士たちが、この神殿での戦いで数えられないほど死んだし、骨折によって戦闘不能になった。
手強い敵には、その中に争いの種を蒔けばいい。
おれたちも、いつかそういうことをやられる可能性があるってことを忘れないようにしたい。
男爵が神殿に攻め入り、おれたちがそれを返り討ちにしたことは、辺境都市の住民にすぐ知れ渡った。信じられないような話なのに、信じられていることが不思議だ。
その場に、治療を受けに来ていた住民がいたのだから、隠しようがなかった。しかも、住民たちは、神殿での治療にかなり頼っていたので、神殿を攻めた男爵を悪く言うことはあっても、兵士たちを返り討ちにした神殿のおれたちをあしざまに言うことはなかった。表面上は。
表面上はない、ということが大切だ。
キュウエン姫が生きていたということも、今ははっきりと伝わっている。これまでは、らしい、という噂程度だったものが、大怪我をした姫は神殿で治療を受けて、そのまま匿われていた、という風になっている。あ、これ、真実だったっけ。
セントラエスは、積極的に神姿顕現のスキルを使っては後光をともなって空に現われ、辺境都市の住民たちに向かって「大草原へお逃げなさい」と女神のお告げを繰り返した。
神殿周辺が血まみれになった、その翌日。
フィナスンは荷車を整え、全ての手下を集めて、西門の前に待機していた。クレアとキュウエンは荷車の後ろにちょこんと座って、二人で雑談をしながら出発を待っていた。
辺境都市は静かだった。今日もまだ、辺境伯の軍勢は攻め寄せてきていないらしい。ただし、撤退もしていないから、攻め寄せてくるのも時間の問題だろう。
東の外壁を乗り越えられたら、町は蹂躙される。
少しでも、辺境都市から離れておきたい。
どれくらいの住民が一緒に逃げるのかは分からないが、数が増えれば増えるほど、進度は遅くなるはずだ。大草原までの道は細い。渓谷沿いの隘路なのだ。
今の静かな町のようすなら、一緒に逃げる住民は少ない可能性が高い。
そうすると、外壁を乗り越えられた時、町の中にたくさんの『獲物』がいる状態なので、大草原へ逃げるおれたちのところまで、辺境伯の軍勢が押し寄せることもないだろう。人数が少ないのなら、そのまま大森林まで移住させても問題ない、というのもありがたいのだが、それは狙いを外すことになる・・・。
少しずつ、住民が集まってきた。それぞれ、麻袋や、麻布に包んだ荷物を大切そうに抱えている。
ざわめきが、少しずつ、ふくらんでいく。
十人、十五人、二十人と、着実に人が増えていく。
数えていた人数が五十人を超えた時点で、なんか変だな、と思った。
・・・集まってくる人が、なかなか途絶えない。
キュウエンがぽかんと口を開けていた。
西門の前には人が入りきらず、先頭は先に門の外へと進んだ。先導はフィナスンの手下だ。
人はどんどん増えて、列はどんどん進んでいく。
よーし出発だーっ、とか言いたかったのだが、そういうことを言う前に、事実上、出発しているのと同じ状態になった。
フィナスンの手下たちが数えたところ、既に避難する住民の数は500人を超えたらしい。麻服の住民も、貧民区の奴隷的な住民も、関係なく集まってきている。
このままでは、三国志のリュービゲントクみたいになってしまう。チョーヒがしんがりを務めて橋を封鎖したり、チョーウンが敵中を一騎で突破したりとか、そういう豪傑がいないと、ソーソーに追いつかれてやられてしまう感じになっていく。いや、そうなったら戦うけれど。
とりあえず、西門を出て行くと、せまい道が続くので、列は動き続けるしかない。先頭はフィナスンの手下がいて、うまく大草原へと誘導できるはずだが、まだまだ避難民は増えている。
クレアとキュウエンの座った荷車は先に行かせた。
フィナスンとおれがしんがりを務めないと、他にはできそうなのがいない。
「フィナスン、これでよかったのか?」
「・・・オーバの兄貴の方が男爵よりもよっぽど信頼できるっすからね」
「おまえ、本当はこの町を離れたくないんだろ?」
「ま、しょうがないっす」
そう答えたフィナスンの笑いは、乾いた感じがした。
なんとかしてやりたいな、と。
おれは純粋にそう思った。
それくらい、フィナスンには世話になってる。
・・・その時、東の外壁の方から、大きな叫びが届いた。
どうやら、久しぶりに辺境伯の軍勢が攻め寄せてきたらしい。
男爵には、せめて、壁の守りを頑張ってもらいたい。
結局、700人近い人数が、辺境都市の西門を後にした。辺境都市の女性は、まあ、男に狙われる、そういう年齢の者は、ほとんどが避難しようと集まったらしい。
中には、差別意識の強い者もいたらしく、麻服を着た生粋のアルフィ人が、羊毛の服を着た大草原から連れてこられた人たちに、暴言を吐く、などということもあったらしい。近くにいたフィナスンの手下が間に入り、暴力に発展する前に止めてくれた。そこにキュウエンが加わり、女神はアルフィの人と大草原の人を分けて考えていない、アルフィの人間だから特別だというのなら、逃げ出さずに最後までアルフィに残り、アルフィと運命を共にすればいい、と冷たく言い放ったらしい。なかなか辛辣な一言だ。その分、そういう差別意識を持つ者たちを黙らせる効果もあった。
大草原までの隘路は、この人数で移動するペースだと、4日近くはかかりそうだとフィナスンが言う。
辺境伯が、軍師がいないことを気にし続ける心配性であることを願いたい。積極的な攻勢に出られると落城が早くなるだろう。アルフィ側は兵士の交代要員がごっそりいなくなったのだ。あの軍師がいたら、すぐに見抜かれたかもしれないが、どうだろうか・・・。
それに、これだけの人数が逃げたら、辺境都市の中に、外壁を乗り越えた敵兵が侵入しても、目当ての『獲物』がいないも同然だ。財産である食料を抱え、女たちのほとんどが避難しているのだから。食欲と性欲という欲望のはけ口がない。
外壁であれだけの激しい戦いを繰り返す兵士たちのことだ。あいつらが町に侵入して、それを辺境伯が統制するようなことはないだろう。略奪、強姦は、戦場の常。どちらかといえば、兵士たちはそれを褒美ととらえて楽しみにしているくらいだ。
そうすると、避難民が逃げ出した辺境都市では兵士たちの欲望が満たされない訳で、結果として、大草原側まで、辺境伯が軍勢を動かしてくる可能性も、十分ありうる。いや、そうなることを狙っているのだけれど・・・。
ただし、この隘路で、非武装市民を背後から襲われるのは、避けたい。
男爵が意地で、攻め寄せられても三日は耐えてくれるといいのだが。男爵本人も、肩を怪我してたしなあ。そうこっちに都合よくはいかないだろう。
「フィナスン、この道は、大草原までに、橋がかけられてるところとか、あるのか?」
「・・・一か所だけ、あるっすね」
あるのか、やっぱり。
嫌な予感がするなあ・・・。
「三日目の、昼過ぎか、夕方くらいに、橋は渡れるっすよ」
それは。
三日目に東の外壁を越えられてしまったら。
三日目に男爵たちが敗北したら。
ちょうど追いつかれそうなタイミングだな、と。
そう思ったけれど、口に出すのはやめた。
「残りの油の量や石と矢の数から考えて、東の外壁はもっても三日っす。三日目に東の外壁を越えられてしまったら、ちょうど追いつかれそうっすね。それに、確か、進軍の速い部隊もいたっすね」
・・・おれが言わずとも、フィナスンが言ってしまった。
きっと、その最悪の予想は当たってしまうのだろうと思う。
ゲントクになってしまうなどと、調子に乗っていたらしい。そういや、ゲントクは皇帝になる男だった。どうやらおれの役回りはチョーヒの方だ。
しょうがないので、橋で血にまみれるとしよう。
「それにしても、オーバの兄貴は、本当は大草原の方の人っすよね? なんで、こっちの道のことを知らないんすか?」
「・・・男はちょとくらい、秘密がある方がもてるらしいぞ?」
「・・・兄貴はそんなものに関係なくもてもてっす・・・」
フィナスンは間抜けな会話にため息をついた。それから先は、追及してこなかった。言いたくないことは聞かない、というスタンスに、やっぱりフィナスンは使える奴だと、おれはフィナスンの評価をさらに高めたのだった。
6月中の連続更新をやりとげました。
頑張った自分をほめたいと思います。
7月からは0時更新に変更します!!
つまり、この話の更新から七時間後には次の話が更新予定!




