第8話:女神にこの世界の厳しさを諭された場合
森の外へと出てみます。
おれとは別々のハンモックで、ジルとウルは寝入っている。
栽培実験でいろいろなネアコンイモを育てた結果、三段階の太さの芋づるを手に入れた。
イモは、一番細い芋づるで小さなじゃがいもみたいなサイズ。中間の太さの芋づるで握った拳サイズ。味は、小さくなるほど、甘みが少ない、まさにじゃがいものような感じになっていた。
アコンの根元で育てるのが一番いいのは間違いないが、太さの異なる芋づるは使い道が多い。
これらの芋づるを組み合わせて、最初に作ったのがハンモックだ。
ハンモックで寝るのに憧れがあった、というのが作った主な理由である。
結果として、転生時よりも暑さが増した感じがする今、涼しくて寝やすい寝床が確保できている。
二人が寝た後は、セントラエムと話す時間だ。
「セントラエム、そろそろ、この子たちを、元いたところに送り届けようと思うんだけど・・・」
・・・送り届けるのですか?
意外だ、という感じで、セントラエムが答える。
ずっと一緒だと考えていたのだろうか。
親元に帰すのが、一番だと思うけれど。
「おかしいかな」
・・・いいえ。そうではなく、ずっと、ここで育てるつもりなのだと思っていました。
「まあ、それでも、いいんだけど。一応、この子たちにも、親がいるはずだし。親元が一番、いいのかなと思って」
・・・親元がいい、という考え方も、あるかもしれません。
「他の考え方は、どういうものなのかな」
・・・スグルの近くにいるのが、最も安全である、という考え方ができると思います。
「それは、おれのレベルが高いってこと?」
・・・それはもちろん、そうです。しかし、それだけではなく、この世界そのもの、の危険です。スグルの転生前の世界よりも、はるかに生きていくことが難しいこの世界。そこで、毎日食べることができ、雨をしのげ、自身を鍛えることまで、できるここの環境。ここを離れて暮らすのは、この子たちにとって、大変だろうと考えます。
「この世界は、そこまで生きることが難しいの?」
・・・スグルの世界では、人はどのくらいの長さを生きていくのですか?
「日本の平均寿命は80歳くらいだったはずだね。これはトップクラスの数値で、日本は長寿国の代表的な存在だった」
・・・この世界での人の寿命は平均すれば三、四十年といったところです。特に、この子たちの年齢では死ぬ確率が高いはずです。
「半分くらい、か」
・・・それでも、スグルは、この子たちは元いたところに帰るべきだと思いますか?
セントラエムの問いかけに、おれは答えられなかった。
おれが、決められることではない、というつもりはない。まだ小さい、この子たちのことを決めるのは、保護しているおれの責任だろう。それでも、子は親元で育つべきじゃないのか、とは思う。
でも、この世界の厳しさを語る、セントラエムの正しさが分かる気がしたのだ。
早朝から、滝へ行き、水袋をあふれ出るまで満タンにした。
かばんにも、ネアコンイモを詰め込んだ。もちろん、干し肉も、たくさん入れた。
ジルとウルの今後をどうするのかは先送りにして、とりあえず、この子たちの村のようすを確認しておきたい。まずは、そこからだろう。
大牙虎の胃袋で作ったくつは、二人とも気に入ったらしい。裸足の方が、いろいろと鍛えられそうだが、怪我が増えるのも困る。
二人の健康状態は全く問題ない。
ただ、子どもの足で歩くとなると、おれが一人で行くよりも、時間がかかるだろうという心配をしている。
それでも、連れていくことに決めた。
セントラエムが言う通り、おれの近くが安全だからだ。
ジルとウルは、おれが水をくんでいる間、組手の型を繰り返していた。型を覚えるまでは、ゆっくりとした動きで、確実に積み重ねるよう、言い聞かせている。
ジルはひらがなを覚えた。ウルも、時々鏡文字になるが、だいたい覚えた。三日前から、カタカナの練習を始めている。
もし、この二人と離れることになったら、それはとてもさみしいことだけれど。
それでも、この子たちの村を確認しないと、何も始まらないだろう。
「よし、出発するか」
おれは、そう言って、二人の組手を中断させた。
ジルとウルが、こっちを見る。
「・・・オーバ、ジルとウルは、ここに、いてはだめか?」
「そりゃ、ここにいていいに、決まってるだろう」
「じゃあ、なんで、オギ沼の村に、行かなきゃならないの」
「ジルとウル以外にも、助かった人がいるかもしれないからね」
ジルが、じっとおれを見つめる。
「大牙虎は、本当にたくさんいた。この前、ここに来た時よりも、多かった。ティムも、ハルも、血だらけになって、それでも逃げろと叫んでた。ジルは、ウルと森に走った。オーバに会うまで、怖くて怖くて、どうすればいいか分からなかった。でも、ジルは、ウルを守らないといけない。だから頑張った。ここなら、オーバが守ってくれる。オーバがいろいろ教えてくれる。食べ物もたくさんある。オギ沼の村に戻らなくてもいいのなら、ジルはここにいたい」
ああ、そうか。
ジルは、村の人たちは、もう生きていないと考えている。
それだけの状況を目にして必死で逃げてきたんだ。
おれは、膝をついて、ジルを抱きしめる。
「大丈夫だ、ジル。ここで一緒に暮らそう。それは心配いらない」
「ここに住んでいい?」
「もちろんだ」
ジルはいつの間にか泣いていた。ウルも泣いていた。
でも、このまま、甘やかす訳にはいかない。
獣ごときに、怯えて暮らすなんて、まっぴらごめんだ。
「だけど、ジル。オギ沼の村には、行くよ」
「・・・誰も、生きてない」
「そうだとしても、だ」
ジルを抱きしめる腕に力を込める。
「いいか。あの虎は、ここまで、お前たちを追ってきた。あの群れが一部だというのなら、いずれ、もう一度ここまでやってくる。ここで待ってても、こっちから行っても、どうせあいつらとは戦うことになる。それなら、おれたちが動いたって同じだ。ジルとウルは必ずおれが守る。おれが森を出ていくのに、ウルと二人で、ここで待つつもりか?」
「それも、嫌」
「きちんと対策を立てれば、ジルとウルだって自分の身は守れる。だから、おれと一緒に来い。それとも、おれがあいつらに負けると思うか?」
「・・・オーバは負けない」
抱きしめていた腕を解いて、ジルの両肩に手を置く。
「心配するな。必ず守るから。だから、おれについておいで」
ジルの目をまっすぐに見つめる。
ジルもおれを見つめ返す。
「・・・うん。ついていく」
おれは、ジルとウルの頭を何度も何度もなでた。
ジルとウルが逃げてきた方向、だと考えられる方へ、進んでいく。
いつものように、『神界辞典』でスクリーンを出し、『鳥瞰図』で周辺地図を広げて、『範囲探索』で赤い点滅がないかどうか、確認する。
セントラエムにも、安全を確認することを忘れない。
二時間ほど進めば、休憩する。
休憩の時には、水を飲んだ後、必ず、ジルとウルを木の上にのぼらせる。
端に石を結んだ芋づる(太)を、ジルとウルは木の枝に向けて投げ、芋づるを引っかける。石の重みで芋づるが二本、掴めるようにする。
二本の芋づるを両手で握り、芋づるをまたいで両足は木の幹に。
手を上へ上へと動かす度に、木の幹を軽く蹴って、身体ごと上へ。
安定した枝をまたいで、幹に背中を預けて、幹と身体をロープで固定する。上手に石を二、三回、投げるとくるくると身体が幹と一体化する。
大牙虎と遭遇した場合、ジルとウルは樹上に避難させる。ロープで固定するのは、不注意で落ちないようにするためだ。それなりに太い木もあるが、アコンの木のようなものは群生地を離れたら、ない。
虎がいないと分かっているうちに、何度も練習させておきたい。
四回目の休憩の時、ウルが樹上で木の幹と自分を固定しようと石を投げた拍子に、芋づるを放してしまって、根元に落としたのはご愛敬。ウル本人は泣き出してしまったが、下にはおれがいるから、石を投げて枝に引っ掛けてあげた。
五回目の休憩では、干し肉と焼き芋を分け合って食べてから、樹上へ行かせた。
『鳥瞰図』に赤い点滅は出ない。
六回目の休憩は、二時間、先へ進むのではなく、方向は維持したままで、樹上で寝るために大きな木を探しながら歩いた。
幹の太さが大人二人分くらいの大樹を寝床に定めて、二人を樹上にのぼらせる。今回は、おれも二人の後にのぼって、しっかりした太い枝と枝の間に、ハンモックを強く結びつける。
ジルとウルをハンモックの中で横にならせて、別のロープでハンモックを結んで、包むようにする。二人がみの虫状態になるが、これならおかしな寝返りをうっても落ちないはずた。
二人が眠ったのを確認して、おれも自分のハンモックに入る。
前世を生きていた頃は、こんなところで寝るなんて考えもしなかった、みたいな話をセントラエムとしながら、寝るまでの時間を楽しく過ごした。
アコンの群生地を出発して四日目の昼前に、森の境目が見えた。
『鳥瞰図』には虎が出てこないので、森の外を歩いてもいいのだが、森の中の方が目立たない上、涼しいので、森の中を移動した。
『鳥瞰図』には、西に水源らしいところがある。
ジルに確認したら、オギ沼の村は近いと思う、と答えた。ジルの緊張が表情に出ている。
無理もない。
それから一時間も経たずに、オギ沼に着いた。
沼のすぐそばに集落がある。二メートルほどもない二本の柱に、麻で作ったテントをかぶせた、いわゆる竪穴住居的な、テントハウスが三つ、見える。柵もなければ、堀もない。これでは、獣の群れに襲われた時、まともに戦えるはずがない。
いや、そもそも、獣の群れに襲われるということなど、考えてもなかったに違いない。
いくつも、骨が見える。
どれもが、うつ伏せの状態で、仰向けのものは見当たらない。戦おうとしたし、実際、戦ったのだと思うが、最終的には、逃げようと背中を向けて、力尽きたのだろうと思う。
こう言っては何だが、きれいに骨だけが残っている。折れた骨もあるが、骨だけなのだ。髪などは風に吹かれたのだろう。
虎の野郎、全身、くまなく、すみずみまで、食べやがった。
大牙虎の骨も二匹分、あった。集落の人たちが倒せたのは二匹らしい。これもきれいに骨だけが残っている。かばんから石を出して、頭骨をかち割って牙を四本、確保した。
ジルとウルは無言だ。
暮らしていた村が滅んだのだから。
予想はしていた、とはいえ、暗い気持ちになる。
どうやって、弔うのか、ジルに聞いてみたが、よく分からないらしい。
遺体の数は九体あった。
「オーバ、数が足りない」
ジルが、はっとしたように言う。
遺体の数が、村人の数に足りない、ということか。
「一人、いない」
生存者がいる可能性が見えた。
それだけでも、ここまで来たかいがあった。
骨は、全て集めて、沼に沈めた。村の生活を支えてきた水源に、死者を返してやるのがいいような気がしたからだ。
大牙虎の骨はそのまま放置した。
おれは、大牙虎をぶちのめすことを九人の遺体に誓った。
オギ沼の村の集落から、使えそうなものはみな、回収することにした。こちらとしても生きていくのに必死なので、遠慮はしない。
おれのかばんは、神器なのでものがたくさん入る。
麻のテントは三軒分、全て回収し、折りたたんで片付けた。
土器の壺と、そこにたっぷり入ったどんぐりも回収する。土器があれば煮たきが直火でできるので、楽になる。
柱の木はほしかったが、さすがにかばんにおさまらないのであきらめる。
黒曜石の石器は回収。
装飾品らしい、貝とか、エメラルドグリーンの石とかは、沼に沈める。
銅のナイフを見つけた。片刃で、少しだけ刃こぼれしているが、これはありがたい。金属器の存在はこれからの生活の希望だ。
大牙虎の骨の近くにあった槍も回収し、ジルに持たせる。
必要なものの回収が済んだので、『鳥瞰図』で『範囲探索』をして、集落の周辺をチェック。
黄色い光が点滅して、こっちに近づいている。
おや、初めてのパターンだ。
中心にある、青い点滅はおれ自身のはず。
赤ではなく、黄色。
信号みたいなもんか?
「セントラエム、『範囲探索』で地図に出る黄色い点滅は何だ?」
・・・それは、敵でも、味方でもない存在です。
「それは、場合によっては、敵になるかもしれないし、味方になるかもしれないってことだな」
・・・その通りです。
会ってみないと、分からない。
しかし、逃げるにしても、もう近すぎる。もう見える位置にいる。
西からこっちへ走ってくるのは、人間だった。
「あんたは、オギ沼の村の人か? 見た覚えがないけど」
傷だらけの若い男が、おれに話しかけてきた。
この爪痕のような傷は、間違いなく、大牙虎と戦って、逃げてきたのだろう。
「おれはオーバ。この村の者ではない。だが、この村の子、ジルとウルを連れて、この村のようすを確認しに来た」
ジルとウルは、おれの後ろに隠れて、顔だけを出している。
傷だらけだが、それほど怖い人物ではなさそうなのだが・・・。
「ティムとハルの子どもたちだな。オギ沼の村は・・・全滅か?」
「この子たちは見ての通り、逃げのびたが、あとは、死んだ。一人だけ骨がなかった」
「! その一人は、うちの村に助けを求め来た。コームとカルの子、ヨルだ」
「ヨルは生きてるの?」
ジルが喜びで大きな声を出した。
「うちの村に来たときは、な。今は分からない」
「・・・どういうこと?」
一転して、ジルの声は不安に染まる。
「おれは、ダリの泉の村、タルハとセカラの子、ノイハ」
ノイハは名乗った後、いろいろと説明をしてくれた。
ヨルが、大牙虎から、オギ沼の村を助けてほしいと、やってきたこと。
大牙虎は二十匹以上、襲ってきたと聞き、助けに向かっても間に合わないと判断したこと。
ダリの泉の村は、逃げるか、戦うか、意見が分かれ、逃げると決めた者は逃げたこと。
その時に、ヨルも一緒に逃げたこと。だから、その後の生死は不明。
ドラハという男を中心に、ダリの泉の村の人々は勇敢に戦ったが、大牙虎は考えていたよりもはるかに強かったこと。
「・・・爪で肉を割かれ、牙を突き立てられ、みんな、死んでいった。ドラハが、最後に、三匹を一度に相手をして、おれを逃がしてくれた。誰か一人でも、生き延びることが大事だ、と。おれは必死で走り、ここに来た。急いだが、三日かかった。ヨルも、うちの村まで全力で走って、四日かかったと言った。ダリの泉の村は、もう、全滅しているだろう」
ノイハは、そこまで語って、その場に座り込んだ。
おれは、ノイハに『対人評価』のスキルを使う。
名前:ノイハ 種族:人間 職業:狩人
レベル3
生命力7/30、精神力14/30、忍耐力5/30
ここまで来るのに、ノイハはかなり苦労したのだろう。
「オーバ、怪我を・・・」
ジルが、おれの腕を引っ張る。
ジル、気づいてたのか。
おれが、ジルとウルの怪我を癒したことに。
ジルは、いろいろと、考えながら、行動している。まあ、この子なら、考えれば、いつの間にか怪我がなくなっていたら、おれが二人の怪我を治療したんだと、分かるのかもしれない。
「ノイハ、まず、君の傷を治療しよう」
「・・・すまない。薬草でもあるのか?」
おれは何も答えずに、『神聖魔法・治癒』のスキルを意識しながら、ノイハに手をかざす。おれの手から青い光があふれ、ノイハがその光に包まれ、輝く。
「すごい光。あの時と同じ・・・」
ジルがつぶやく。
光が消えた後、ノイハの傷はなくなっていた。
精神力と忍耐力を消耗したために起こる軽い脱力感を、身体の中から吐き出すように、おれは大きく息を吐いた。
「・・・これは、どういうことだ?」
自分の体を確認しながら、ノイハがつぶやく。
「女神の癒しの奇跡の力を借りた」
とりあえず、それっぽく、言っておく。「傷はなくなったが、生命力が回復した訳じゃない。無理はするなよ」
「女神の癒し・・・あんた、何者だよ?」
どう説明したものか・・・。
うーん・・・。
「オーバは、巨大樹の森に住む、女神を信じる奇跡の人。ジルとウルも、オーバに助けてもらった」
なんだ、それ。
ちょっと、よく分からないんだけど、持ち上げ過ぎなのでは?
「そうか。そりゃ、すげーな!」
え?
それでいいんかい!
「ジルとウルも、女神さまを信じてる。ノイハも、信じた方がいい」
ジルは、意外なことを言った。
え、そうなの?
そりゃ、毎朝、祈りはかかさず捧げさせてるんだけどね。
「・・・そうだな。これは、信じるしか、ないよな」
ノイハは、そう答えた。
セントラ教の信者が増えました。
癒しの力は偉大なり。
・・・おっと、それどころじゃないね。
「ジル、ウル。今すぐ森へ戻るよ。急いで、木の上に避難して」
『鳥瞰図』に、赤い点滅が三つ、かなりの速度で接近してきていた。
トラトラトラ、だ。
森へ入ると、ジルとウルはすぐに芋づるを結んだ石を上へ投げた。
繰り返し、練習してきた通り、ぐいっ、ぐいっ、と木の上にのぼっていく。
「はあー、この子ら、すげーなー。木のぼり、達人過ぎるだろ」
「ノイハ、君も、木にのぼれるか?」
「いや、のぼれなくはないけど、あんなに速くは無理だな」
「大牙虎が三匹、こっちに来てる。できれば、なんとかのぼりきってほしい」
「えっ?」
ノイハが驚く。「あんたは、どうすんのさ」
「おれは、あいつらをぶちのめす。今日は、ちょっと、機嫌が悪いので」
沼に沈めた、物言わぬ骨たち。
ジルや、ウルの、親も、いたはずだ。
幼子を残して、どういう気持ちだっただろう。
「じゃあ、おれも、協力するぜ」
意外な一言だった。
いやいやいや。
ノイハさん?
さっき、ステータス確認した時、生命力は残り7とか、そういう状況ですよ?
死んじゃいますから、戦ったら!
「怪我を治してもらったんだ。ここで戦わなきゃ、男じゃないって」
「・・・怪我の治療と、生命力の回復は別もので、ノイハ、君の生命力は後わずかだ。このまま戦ったら、死ぬぞ?」
「えっ、そうなの?」
「治癒の奇跡では、生命力は回復しない。怪我を治して、継続的に発生するダメージを防ぐことしかできない。だから、三日前に戦って、それから走り続けた、今の状態で、あいつらを相手に何かできると思うか?」
「思わない、な・・・」
おれは、かばんから芋づると石を出す。すぐに芋づるの端に石を結ぶ。
ジルの隣の木の、太い枝に向かって石を投げた。
するすると芋づるを送り出し、石がするすると下りてくる。
「このロープで、さっきのあの子たちのように上へ。急げ! 上までのぼったら、後はジルに教えてもらえ!」
かばんから、拳大の石をふたつ取り出す。
ノイハは見よう見まねでのぼっていくが、やはり遅い。練習していないのだから、当然だ。
目視範囲に大牙虎が入った。
『対人評価』で三匹全てを確認する。
名前:大牙虎(固有名なし) 種族:猛獣 職業:なし
レベル6
生命力65/78、精神力17/26、忍耐力29/43
名前:大牙虎(固有名なし) 種族:猛獣 職業:なし
レベル8
生命力98/110、精神力34/40、忍耐力38/56
名前:大牙虎(固有名なし) 種族:猛獣 職業:なし
レベル6
生命力60/78、精神力14/26、忍耐力27/43
ぶちのめすのは真ん中のレベル8だ。他の二匹よりも、少し大きいが問題ない。
サイドスローで一つ目の石をぶん投げる。
左側の大牙虎レベル6の鼻先に直撃。
生命力は2しか削れなかったが、突進が止まる。
二つ目もサイドローで投げる。
右側の大牙虎の額をがつんととらえた。
生命力を3削って、こっちも突進が止まる。
レベル8は、あと五メートルまで接近。スピードは落ちない。こっちとしては、三匹同時でなければそれでいい。
ここは足場があまりよくない。
腰を沈めて、かかとは軽く浮かせ、両腕を腰へ。
ううううううおおおおおおおおっっっっ!!!!
レベル8が吠える。
「ひっ・・・」
ノイハから、声にならない悲鳴がもれ、木のぼりの途中で硬直して、滑り落ち、止まる。
地面から、高さ三メートル、ないところだ。二メートルくらいか。
まずい。
『威圧』スキルの効果だろう。
ノイハが狙われたら、爪や牙が届きそうな高さだ。
おれとレベル8との距離は、あと二メートル。
前足の爪が伸びると同時に、その勢いのまま、低く飛ぶ。
なるほど、おれの肩を爪で切り裂いて、そのままおれの肩を踏み台に、ノイハを噛み砕く気か。
なめるなよ。
おれにはおまえの『威圧』なんて、効いてないんだからな!
おれは一瞬で一歩、前に詰めて、右の正拳突きをレベル8の鼻面にカウンターでぶち込んだ。
大牙虎の顔面が、めり込んでいく。
そこから左右、左右の四連打。『殴打』スキルは意識せずとも使えるらしい。
さらに、左右の牙の間ぎりぎりを抜けて左の膝蹴りをあごにぶちかまし、ほぼ同時に握り合わせた両手で脳天をたたき落とした。
手と膝で大牙虎の頭をサンドイッチにした形になった瞬間、両手の親指を目に突き入れて捻る。
ぐるぅ、とうなった大牙虎が、苦し紛れに振り回した右前脚の爪を間一髪でかわして、一歩引く。
両目から、真っ赤な涙を大量に流して、大牙虎が一メートルほど後退する。
その両脇に、のそっとレベル6が二頭、追いついて並んだ。
名前:大牙虎(固有名なし) 種族:猛獣 職業:なし
レベル6
生命力63/78、精神力17/26、忍耐力29/43
名前:大牙虎(固有名なし) 種族:猛獣 職業:なし
レベル8 状態:視界不良
生命力17/110、精神力18/40、忍耐力31/56
名前:大牙虎(固有名なし) 種族:猛獣 職業:なし
レベル6
生命力59/78、精神力14/26、忍耐力27/43
立ち位置としては三対一のような状態だが、レベル8は現在無力化できているので、二対一か。
まあ、目の前で親分らしきレベル8がメタメタにやられていたので、レベル6は二頭とも、うなるだけで、飛びかかってはこない。
かばんから、拳大の石を二つ取り出す。
距離およそ二メートルで、スリークオーターからの全力投石。
レベル8の右目に直撃。
ぼごっっっ、という音に、ぶつけられてもいないのに、両脇の二頭が後ずさる。
ふひっ、ふひーっ、という、うなりにすらならない音が、レベル8の喉からもれる。ステータスの状態が視界不良に加えて、麻痺が入る。生命力は残り9。
もう一発、全力投石。
コントロールが良すぎる。猫の額に直撃するなんてね。
生命力は残り4。
おれはゆっくりとレベル8に近づく。
おれが近づいた分だけ、両脇のレベル6が後退する。
状態表示から、麻痺が点滅して消えた。
とっさに後ろへ跳ぶ。スキルのせいで、軽く跳んだのに、二メートル以上離れてしまった。
さっきまで立っていたところに、左右の前足が振り回された。
そのまま、生命力が0となり、レベル8の動きは永遠に止まった。命を燃やした、最後の反攻だったのだろう。
かばんから、もうひとつ、石を取り出す。
左側のレベル6に投げ付けると同時に、右側のレベル6に向かって走る。
左目を潰された左側は、反転して逃げ出した。
右側は、動かない。正確には、すくんで、動けない。はるかにレベルの高い存在が、『威圧』スキルを強く意識して全速でせまってくるのだ。動けるはずもない。状態表示に麻痺が見える。
全速助走の勢いそのまま、思いっきり蹴り飛ばす。
大牙虎は五メートルほどふっとんで、後方の木にぶつかって落ちた。
『威圧』スキルを解除すると、状態表示から麻痺が消える。ダメージは大きいようで、よろよろとよろめきながら森を出ていく。
『鳥瞰図』で確認し、二匹がここから離れていくのを見つめる。
今回も、おれは大牙虎を撃退した。