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第7話:女神と子ども二人の樹上生活を向上させた場合

子育ては大変です。

 おれの隣で、ジルとウルは寝入っている。

 寝顔はとても穏やかだ。

 二人の頭を優しくなでながら、おれはセントラエムに話しかける。

「セントラエム、いるんだろ」


 ・・・はい。もちろん、です。私は、スグルの守護神、ですから。


「今日はありがとう。セントラエムの言葉がなかったら、大牙虎とは戦わなかったし、美味しい肉も食べられなかった」


 ・・・全ては、スグルの力、です。


「そうなのかな。そうだと嬉しいけれど、偶然の力って気がするな」


 ・・・偶然、ですか?


「大牙虎が来る前、セントラエムが、何か言いかけてたよな。あれ、転生する前の、スキルのことを聞こうとしたんだろ?」


 ・・・そうです。転生の広場で、どうやって、転生ポイント以上の、スキルを、獲得したのか、聞きたかった、のです。


「セントラエ・・・ムが、瞑想していた間のことだよな。あの時・・・」

 あの時はまだ、セントラエルだった。

 おれは、あの時のことを思い出しながら、セントラエムに説明した。

 スキル選択の説明文を読んだら、頭の中に、スキル獲得の知らせが聞こえてきたこと。

 一般スキルのうち、基礎スキルは一回、応用スキルは二回、発展スキルは三回、説明を読んだらスキルが獲得できたこと。

 特殊スキルと固有スキルは何度説明を読んでも獲得できなかったこと。

 転生ポイントは、消費されなかったこと。

 その後、転生ポイントを使って、固有スキルと特殊スキルを選んだこと。

 セントラエムは、時折、質問を返しながら、おれの話を聞いていた。


 ・・・やはり、通常ではない、状態だと、思います。


「・・・おれは、原因は『学習』スキルがレベル最大だったことにあるんじゃないかって思ったんだけど」


 ・・・『学習』スキルが、あの場で機能していて、スキルが獲得できた、ということ、ですね。


「でも、特殊スキルや固有スキルでは、そうならなかったし、転生してから、『神界辞典』でいろんな一般スキルの説明を何度読み返しても、どんなスキルも獲得できなかったんだ」


 ・・・それは、あくまでも、『古代語読解』、のスキルで読ん、でいたので、説明への、理解が十分、ではなかった、ということは、ありま、せんか?


「なるほど。じゃあ、実験してみよう。セントラエムに読み聞かせてもらってから、おれが反復するってので、どうかな」

 セントラエムも協力的で、二人ともスクリーンに『神界辞典』を開き、同じスキルのページを確認した。

 いくつかのスキルの説明を、セントラエムの読み通りに復唱する。そして、それを繰り返す。

 スキル獲得の声は聞こえてこない。

 十種類のスキルの説明を3回ずつ読み上げるのを繰り返した時のことだった。


『「神聖語」スキルを獲得した』


 説明を読んでいたスキルではなく、セントラエムに読み上げてもらっていた言葉、『神聖語』スキルを獲得した。


 ・・・レベルが上がりました! スキルを獲得したのですね?


「いや、説明を読んでいたスキルじゃなくて、獲得したのは『神聖語』スキルだね」


 ・・・『神聖語』スキル。それはそれで、すごいですけれど。


「やっぱり、説明を読んでも、スキルは獲得できないみたいだね」


 ・・・今、『神聖語』スキルを獲得したのなら、私が読み聞かせなくても、スグルが自分で読めるようになったはずですよね?


「そうか。自力で読めば、獲得できるかもしれない・・・」

 今度は、セントラエムの力を借りずに、『神界辞典』にあるいろいろなスキルの説明を繰り返し読んでみる。

 それでも、やっぱりスキルは獲得できない。

 このままでは、単なるスキル博士になりそうだ。『記憶』スキルが暗記を可能にしているため、膨大な辞典の知識が脳内に保存されていく。

「自分で読んでも、やっぱり、スキルは獲得できないな」


 ・・・説明を読んでも、スキルは獲得できないということですか。


「でも、あの時は、説明を読んだだけで、スキルが獲得できた」


 ・・・違いは、場所ですね。

 ・・・転生の広場という天空島と、スキル選択用のスクリーンの存在が、現状との大きな違いです。あそこは転生者にスキルを与えるための場所、ということでしょうか。


「『学習』スキルは関係ないのかな」


 ・・・いいえ、『学習』スキルのレベルが最大だったことは、関係あると考えられます。

 ・・・それに、スグルの転生後のスキル獲得のペースは、私たち下級神が上級神さまから教えられたものとは全く違いますから。


「どれくらい、違うんだろ」


 ・・・一般人は、一生を終えた段階で三~七レベル程度。つまり、人生五十年として、獲得できるスキルは三~七個、十年でスキルは一つか二つというところですね。スグルは約半月で五つのスキルを獲得しています。この数は異常というほかありません。


「やっぱり、『学習』スキルの影響かな」


 ・・・それ以外にも、基礎スキルは全て最大レベルなので、それぞれが何かの影響を与えているのかもしれません。


 セントラエムの言葉に、おれは自分自身の存在がとてつもなく異常なもののように感じられた。

 実際、前世の自分とは、大きくかけ離れている実感がある。

 まあ、気にせず、やっていくしかないのだけれど。




 翌朝。

 おれは、ジルとウルを起こして、眠そうな二人を連れて、木を下りた。

 二人には、朝から体操を教える。まあ、あれだ。夏休みの朝の、あれだ。日本で一番有名な体操だ。

 それから、正拳突きを教え、見よう見まねでやらせてみる。

 さらに、右前蹴りと左前蹴りも、見よう見まねでやらせてみる。

 気合いの声が響く。

 鍛練なのに、楽しそうなのはなぜだろう。

 なぜ、そんなことを始めたのかというと、昨夜のセントラエムとの話から、思いついたのだ。

 『学習』スキルの効果で、おれが他の人たちよりスキル獲得がしやすくなっているとしたら。

 『教授』スキルの効果で、おれが教えたら、他の人もスキルを獲得してレベルを上げられるのではないか、と。

 実験台のようで、ジルとウルには少し、申し訳ないが、試してみる価値はある。まあ、それでスキルが増えるのなら、この子たちの人生が豊かになるのだから、許してもらうとしよう。

 英才教育の始まりだ。


 運動後は水分を摂らせてから、座って胡坐をかき、静かに祈りを捧げさせる。

 二人には、おれの言葉を繰り返して、覚えるように伝えている。

「我らが守護たる」

「我らがしゅごたる」

「われらが、しゅ、ごたる」

「美しき女神、セントラエムよ」

「美しきめがみ、せんと、らえ、むよ」

「うちゅくしきめがみ、せん、とらえ、ぬよ」

「今日も我らをお守りください」

「今日も我らをお守りください」

「きょうも、われらを、おみゃもりください」

 そのまま、1分ほど、目を閉じて、ゆっくりと深呼吸を繰り返す。

 何をしているのか、よく分かってはいないだろう。まあ、一緒に過ごす初めての朝だから、これがここでの普通なのだと思わせてしまうことで、毎日の生活にいろいろな修行を混ぜてしまおうという魂胆だ。

 それでも、二人には、二人が大牙虎から受けた大きな傷がきれいに癒されているのは、女神セントラエムの加護によるものなのだと、教えている。ジルは、ウルの背中の大きな傷が完全になくなっているのを不思議に思っていたらしく、そうだったのかと納得していた。

 今日が「セントラ教」の始まった日だったと、記録される日がいつか来るかもしれない。


 祈りの後は、字を教える。

 棒で地面に書いた文字を音読させながら真似して書かせる。

「ジル」

「じ、る」

「ウル」

「う、る」

「オオバ」

「お、お、ば」

「女神」

「め、が、み」

「ジル」

「じ、る・・・」

 繰り返し、繰り返し、書かせていく。

 書かせているのは、「ひらがな」だ。

 そんなものを教えていいのか、と考えはしたが、結局、おれが一番教えやすいのは、ひらがな、カタカナ、漢字。つまり日本語なのだと気がついたのだ。

 そもそも、二人とも、文字そのものが初めてなので、どんな文字でも興味があるようだ。実験なのだと自分に言い訳しながら、まずはひらがなでの名前からスタートしてみた。

 何か、効果があると、信じていたい。


 もちろん、作業も、可能な限り、手伝わせた。

 今朝はまず、竹を切るところから始めた。

 昨日もジルは手伝おうとしていたので、今回は最初からやらせてみる。

 まだ力が弱いウルには難しいので、小石をたくさん与えて、2メートルくらい離れた竹に向かって、投げさせた。的は、おれが書いたへたくそな大牙虎の絵だ。一本の竹の、ウルの視線の高さに、竹炭で四足歩行の動物を描いた。口から生えている牙が長いという特徴がある。しかし、下手くそな絵だ。こういう時のスキルはないものか。

 ジルが竹を切る作業に夢中になっている間に、ウルは竹に描かれた下手くそな大牙虎に、夢中になって小石を投げ続けた。

 おれはいつも通り、竹を六本切り倒して、アコンの群生地に戻った。ジルとウルも、おれと一緒に歩いて戻る。いつもと違うのは、もう一度、竹が生えているところへ行き、さらに六本の竹を切り倒したことだろう。ジルとウルもさっきの続きを頑張っていた。

 ジルの竹はジルに任せたままで、おれが交代して切り倒すのは遠慮した。自分でやり通してこその達成感だしね。


 切り倒した竹の加工は後回しにして、栽培中のびわやネアコンイモへの水やりをジルとウルに教えながら、進めていく。

 二人には竹筒のじょうろを渡してある。

 びわは慌ててもまだ育たないだろうが、ネアコンイモは違う。特に、アコンの根元に植えた分は、ぐんぐん成長している。芋づるはおよそ十メートルの高さの生活空間にまで伸びてきている。アコンの木は何か、特殊な効能があるに違いない。

 別の木の根に植えたものや、別の木の根元にアコンの根元の土を移して植えたものは、アコンの根元のものほどには成長していない。しかも、芋づるの太さに違いが出てきている。

 まあ、その違いは、ロープの種類を多様にしてくれるので、歓迎できる変化だ。

 細い芋づるは、別の木の根元に植えられたネアコンイモの芋づるだ。

 太い芋づるは、元々のネアコンイモと同じく、アコンの木の根元に埋めたもので、成長も早いみたいだ。

 細いと太いの間、中間的な太さの芋づるは、別の木の根元にアコンの根元の土を移して植えたものだ。

 芋づるの太さの違いは、作るロープの太さの違いになる。この実験は、イモの栽培というより、芋づるの利用という意味で、大成功だった。まだ栽培したイモを収穫していないし、食べてないので、そちらの成果はいずれ分かるだろう。

 ちなみに、水やりは少なめの方が、芋づるの成長が早いことも分かった。この辺の気候が「降ればどしゃ降り」という感じだからか、単に水が少ない分、太陽の光を求めて伸びるのかは分からない。


 小川では、竹炭作りと、魚を採る方法を教えた。

 昨日のかまどはそのまま利用する。

 すっかり冷えた灰を丁寧に回収。これはアコンの群生地に戻ってトイレの木の根にまく。

 それからネアコンイモのビワ茶スープ+微量の獣脂、の準備をした竹筒を並べて、火を起こす。明日はビワ茶風味の肉じゃが、じゃがではないけど、の予定。楽しみだ。

 竹筒に入れる材料の配分は二人に教えながら、自分の分をそれぞれ二人に用意させた。

 火起こしは、ジルが担当。転生初期の火起こし道具は大きいものだったが、今は小さな竹板を上下させると細くて堅い木の枝が回転する仕組みを片手で操作できる小さいものになっている。獣脂も利用して、火種からあっさり小枝が燃えていく。火種からの点火が簡単になったのはありがたい。

 竹炭作りは小さな登り窯作りがメイン。丸石と平石を斜面に上手に組み上げて、ビワの葉と土で穴を埋めて空気漏れを防ぐ。で、適量の薪で火を焚けば、あとは放っておいても竹炭が完成する。いずれは粘土で作った器を焼いてみようと考えているが、まだ先のことだ。登り窯のサイズも小さいので火力も弱い。それに、薪ももっと必要だし、時間もかかるだろう。

 窯の上には、竹で組んだ物干しに、肉を干している。調理室に干している分と、味がどう変わるのか、楽しみだ。

 ジルとウルが一番楽しんだのは、小川でのダム造り。

 魚を追いつめるためのスペースをつくって、捕まえるためだ。これは、遊び要素が多いのは確かだ。

 ただし、一時間以上かけて岩魚を一匹捕まえるのがやっとだったから、効率は悪い。

 魚を捕まえた後、ダムは崩させる。それも楽しそうだったけど。

 岩魚は竹串に刺して、岩塩をたっぷりかけて、かまどの前へ。両面を焼いて、おやつ代わりに三人で食べた。


 一度、アコンの群生地に戻り、竹の処理を開始。

 竹を横に切断して切り倒すことはできなかったジルだったが、上部の細いところを切断するのと、縦に割るのは上手にできたので、いつもと少し手順を変えて、たくさん手伝わせた。

 ウルはトイレに灰をまいた後は、樹上でお昼寝だ。

 おれはジルの作業待ちの間に、竹筒や竹やり、竹串を増産したり、大牙虎の牙でアコンの木を削ったりした。アコンの木を削るのは、竹をくい込ませるくぼみをつくるためだ。

 ジルが竹を四分割して竹板を作ったら、それは昨日のように樹間のつり橋の安全性を高めるために利用した。

 ジルが竹を三本処理したところで、ウルと一緒に昼寝をするように指示をした。ジル自身は頑張ろうとしていたが、目に力がなかったのだ。

 残りの竹は、後から処理すればいい。

 つり橋は、寝室、貯水室、トイレ以外も、竹板の補強で、調理室、乾燥室、栽培実験室への行き来が安全になった。

 二人の昼寝中に、少し遠出をしてきのこ調査の続きを手早く済ませる。その帰りに、新たに竹を六本、切り倒してもってくる。ジルの作業中の竹はそのままだ。全力で走って移動しても疲れがあまりないというのは、不思議でならない。


 ジルとウルを起こして、食事のためにもう一度小川へ向かう。

 木を下りた時、竹が増えているのに気づいたジルが、「増えてる・・・」とつぶやいたのは、嬉しさだったのか、悲しさだったのか、とりあえずそっとしておいた。

 弱火になっていたかまどに、焼き芋用のネアコンイモと薪を追加して、待つ。

 待っている間に、使えそうな石を採取する。

 岩にぶつけて砕くことで、尖らせたり、斧のような状態にしたりしていく。

 薄い平石は、適度なサイズのものを調理用に確保する。

 焼き芋ができた頃合いで、スープの竹筒を小川につけて冷やす。

 その間に、焼肉の準備を並行して行う。

 焼いた平石での焼肉は、心が躍る。

 昨日よりも、肉の枚数は多い。そして、ジルとウルの笑顔も昨日よりはじけている。

「スープがおいしい。でも、味が昨日と少しちがう?」

「よく分かったね」

 ジルの頭をなでる。

 今日はおれもスープ付きだ。甘い香りがするが、食べると甘さはおさえられていていい感じだ。獣脂を少しだけ加えたのも、隠し味として良かったようだ。

 それからは塩味の虎肉を満喫する。

 初物の感動とは違うが、今日も、肉は美味しい。

 デザートに焼き芋。

 今日も満足のいく食事だった。


 アコンの群生地にもどって、作業を開始。

 ジルは竹板の製作を続けさせたが、四分割ではなく、二分割までにするように指示した。

 ウルと一緒に、スコップ代わりの石で、ネアコンイモを傷つけないように掘り出す。木のぼり込みの芋づるの回収はウルにはさせられないので、おれが担当する。

 ウルには掘り返した土を竹筒に回収させている。

 イモと芋づるを倉庫に片付け、栽培実験室から、芽が少し伸びた種イモを持ち出す。

 掘り出した跡に、種イモを入れて、周囲の土をかける。

「ウル、かけすぎ。芽が埋まらないようにするんだよ」

「めが、うまらない、ように、する」

 ウルが小さな手で、イモの芽を埋めてしまった土を取り除く。ぴょこんと芽が出る。

 そこに、じょうろの竹筒で、軽く水やり。

「イモがまた生えてくるように、丁寧にするんだよ」

「また、はえる?」

「そう。はえるよ。ジル~!」

 掘った分だけ埋め直して、ジルを呼ぶ。

「は~い」

「作業を止めて、こっちにおいで」

 ジルが駆け寄ってくる。

「一緒に行くよ」

「どこへ?」

「別の木のところ」

 アコンの根元の土が入った竹筒を両腕に抱えさせて、二人を連れていく。

 種イモはかばんの中だ。

 栽培実験をしている別の木は、アコンの群生地と小川の間にある。

 さっきウルに教えたことを同じように、ジルにも教える。

 一本の木の周りに六ヶ所、種イモを植える。

 もう一本の木でも同じようにするが、アコンの根元の土を混ぜる。

「オーバ、どうして、やり方が違うの?」

 ジルの興味の持ち方がいい。

「こっちに来てごらん」

 既に実験を進めている木の方に、二人を案内する。

「右の木の方の芋づると、左の木の方の芋づるを見比べて」

「右の方が、芋づるが細い」

「どうして細いのかな」

「・・・やり方を変えてる?」

「細いのは、どっちのやり方だと思う?」

「もってきた土をつかう方?」

「どうして?」

「土が違うから」

「なるほど」

 間違った。でも、間違っていい。それでいい。

 この二つで見比べるだけでは、間違うことだって、当然ある。

 なぜだろうと思う心が、大切。

「・・・ちがう」

 そう言いだしたのはウルの方だ。

 おや。何かに気づいたのかな。

「ちがうの?」

「ちがう」

「どうして?」

 ジルとウルで話し始める。

「あっち、ふとい」

「あっち?」

「あっち」

 ウルは、アコンの群生地の芋づるが太いと、言いたいらしい。

「そう、あっち、ふとい」

 ウルがジルの手をひいて、アコンの群生地に戻り始める。

 道も、覚えてるみたいだな。

 大したものだ。

 置き忘れた竹筒は、おれが持つことにして、二人についていく。

 ウルはさっき芋掘りをしていたアコンの木のところまで、ジルを案内した。

「ふとい」

 そのアコンの木には、一本も芋づるが残っていない。

 ウル、それじゃ、芋づるのことじゃなくて、アコンの木が太いと思ってしまうのではないかい。

「ここのつち、はこんだ、から」

「ここの土、運んだのね」

「ここ、ふとい」

 ウルは一生懸命、説明しようと頑張っている。

 後は、二人に任せて放っておこう。

 おれは、つり橋の補強を進めるために、ジルが二分割まで割った竹板を必要な分だけ四分割にしていった。

 竹板に芋づるを結んで、樹上に上り、上から芋づるを引き上げて竹板を樹上へ。


 ・・・あの二人は、あのままで、よいのですか?


 珍しく、セントラエムから、話しかけてきた。

「自分たちで考えようとしているなら、それでいいよ」


 ・・・そういうものですか。


「答えは、自分で見つければいい」

 おれは、おれ自身に言い聞かせるように、セントラエムに答えた。

「そんなことよりさ、こうやって、おれとセントラエムがあの二人の教育について話してると、おれたちが夫婦みたいだよな」


 ・・・ふ、夫婦・・・。


 あれ、変な反応だな。


 ・・・私は、神族なので、人とは夫婦になれないのです。


 冗談に、真剣な解答を頂きました。

 それ以上、セントラエムは言葉を続けなかったので、おれは作業に集中した。

 つり橋の縄梯子に竹板を互い違いにはさみこみ、竹板同士がずれないようにロープで固定。

 これを繰り返して、全てのつり橋の補強を終わらせた。


 もう一度、竹を切り倒しに来た。

 竹が豊富で良かった。

 ジルとウルもついてきている。

 さっきの話は、よく分からないまま、終わったようだ。

 ジルは、竹を切り倒す作業を続け、ウルは石を投げ続けた。ウルの的は、明日はもう少し遠くにしよう。少しずつ、距離を伸ばしていけば、投擲とかのスキルがいつか得られるんじゃないだろうか。

 竹を六本、切り倒した後、その場に二人を残して、ビワの木へ向かった。

 スクリーンで鳥瞰図を出し、大牙虎がいないことは確認済み。

 セントラエムにも安全を確認済みだ。

 ビワの葉を、摘んで戻る。

 ビワの葉は、形、大きさで、便利に使わせてもらっている。もちろん、ビワ茶の材料としても重宝している。

 戻ってきたら、ジルが竹を一本、切り倒していた。作業効率は悪いが、これも経験。見よう見まねでよくできたと思う。

 ただ、引っ張っていくにしても、まだ二人には重すぎたようで、おれは七本の竹を引きずってアコンの群生地に戻った。

 竹の処理は明日にする。

 小川に移動して、干し肉を回収し、ビワの葉でくるんで、つる草で結ぶ。

 滝まで近づいて、シャワーの前に修行。

 キックもパンチも、見よう見まねだけど、楽しそうに二人は気合いの声を出す。

 朝に教えた字は、水で灰色の岩に書いて確認テストを実施。

 間違った字は五回練習。

 それから洗濯と滝シャワー。

 本日もさっぱりして、一日を終了。

 樹上で、おれの両脇に眠る二人の髪をなでながら、セントラエムにいろいろと相談をする。

 そんな日々を楽しみたいと強く願った。




 転生して、三十日。

 マイ、アコンハウスは、面積を拡大した。

 生活空間のアコンの木を増やした訳ではない。

 トイレも含め、八本のアコンの木の樹上を利用していることに変わりはない。

 しかし。

 ついに我々は樹間の空間を開拓したのだ。


 寝室を中心に、六角形を基本とし、北から時計回りに燃料倉庫、乾燥室、栽培実験室、貯水室、調理室、食料倉庫が配置され、南の貯水室からさらに南へトイレがつながっている。

 竹板の大量生産で、全ての「樹木部屋」に屋根は設置完了。

 さらに、寝室・乾燥室・栽培実験室の間の三角形の空間と、寝室・調理室・食料倉庫の間の三角形の空間に、竹板を敷き詰めたスペースを確保したのだ。

 それも、それぞれ三段!

 地上からおよそ三メートル、六メートル、九メートルの高さに、新たな床が広がっている。

 特に三段目は、ただの床ではない。三段目だけは、二分割の竹板を並べただけでなく、その下に咬み合わせるように竹板を組み、雨漏りを防ぐ優良な「屋根」としての機能も合わせもっているのだ。

 寝室・乾燥室・栽培実験室の間の三角形の空間を「東階」、寝室・調理室・食料倉庫の間の三角形の空間を「西階」と我々は名付けた。


 もちろん、それだけの苦労はした。

 しかし、その甲斐はあった。

 なぜならば。

 身体を伸ばし切って横になることができるからだ!

 樹上スペースはそれなりに広いが、どうしても枝の育ち方で、平らな部分は少ない。今までの寝室も、イメージとしては新幹線のリクライニングのような感じで寝ていたのだ。

 まあ、二分割の竹板の並びなので、平らなのかと言えば、でこぼこ感はありすぎるくらいにあるのだけれど。

 それでも広さが違う!

 身体を伸ばして眠れる幸せ。

 樹上生活の向上もここまできたか、と。


 こういうデッキスペースを作ろうと考えたきっかけは、大牙虎の牙を手に入れたこと。あれで、頑張ればアコンの幹に穴をあけ、竹を組み合わせて縛ることができると思ったのだ。

 そして、それは実現し、最初に分割していない竹の一本橋が樹間にかかった。やがてそれはカタカナの「ハ」の字を形成し、その上に二分割された竹板が並べられ、結ばれて、地上からおよそ三メートルの高さの空間は埋め尽くされていった。

 おれは、最初に樹間バンブーデッキスペースが完成した瞬間の喜びを忘れない。ジルとウルもすごいすごいと喜んでいたし、その夜にセントラエムと話した時には、かなり誉められた。


 それがやがて二段目、三段目と高さを増した理由は、雨である。

 しかも、今回、三日連続、雨が降り続けたのだ。

 我々は三日間を樹上で過ごした。

 これまではその機能が疑問視されてきた調理室がついに稼働し、小型化した火起こし道具と獣脂、竹炭が活躍した。調理室のアコンの木が火事になることはなかった。

 鋭利な石包丁で輪切りにしたネアコンイモを、十分に熱した平石で焼いて、柔らかくして食べた。それと、干し肉を、時間をかけて噛み続けた。水は無駄遣いしなければそれほど心配はいらない状態だった。 女神に祈りを捧げたり、勉強した文字を復習したりなど、時間を潰すことは難しくなかった。

 ただ、樹上スペースだけで、何日も続く雨をやり過ごすのは、あまりにも狭かった。

 もちろん、どしゃぶりにさらされるデッキスペースは使えない。しかも、つり橋での樹間の移動時は、一瞬とまでは言わないが、ほんの短い時間にもかかわらず、びしょ濡れになってしまう。


 三日後、増水した小川に危険を感じた我々は、いつもの作業ルーティーンをあきらめて、新たな竹の群生地を求めて、周辺を探検した。そして、これまで利用していたところよりはやや狭いが、まだ手つかずの竹林を発見したのだ。

 もうひとつ竹林がある。この心のゆとりが、これまでの竹林での乱獲に拍車をかけた。

 食料でもない竹が、ひたすら乱獲されていく。竹の悲鳴が聞こえるかのようだ。

 ジルが竹を二分割するスピードが向上していたことも大きい。また、ウルが竹の内側の節をうまく取り除けるようになったことも大きい。おれは竹を切り倒して、切り倒して、切り倒した。これまではアコンの群生地に運んでから処理していたが、竹林である程度分割していくことで、ジルとウルにも運ばせた。

 そして、まずは「西階」が三段、完成した。

 それから一日目だけ雨が降った時、およそ六メートルの高さの二段目を移動することで、どしゃぶりでもほとんど濡れずに、寝室と調理室、食料倉庫を行き来できることが分かった。

 これは、ぜひ、反対側にもあった方がいい。

 そう考えた我々は、精力的に竹を切り倒し、「東階」も完成させたのである。

 今では東階の二段目には大牙虎の毛皮が敷かれて、竹の段差を気にせず眠れるようにしている。また、西階の二段目にはハンモックが吊るされていて、その日の気分で寝床を選べるのだ。

 ここに、アコンの群生地の我が家は、ひとつの完成へとたどり着いたのである。

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