第67話:女神が出会った女の子を警戒した場合
累計pv18万アクセス突破!! 総合ptが1500ptになりました!!
ありがとうございます!!
連続更新継続中です。
お友達におすすめしていただけると嬉しいです。
どんどん紹介していただけたら幸せです。
新たな女の子も登場します。
どうしてこうなった?
おれの周りには、7、8人の男たちが倒れている。
暴れるつもりはなかったんだってば・・・。
でも。
仕方がなかったんです。
とりあえず、言い訳はさせてください。
おれとクレアは、麦粉の入った大袋をひとつ、持ち歩いて、貧民区を目指した。
貧民区は、「奴隷窟」と呼ばれているらしい。貧民区と呼ぶのは領主側の人たち。町で暮らす人たちは「奴隷窟」と言う。フィナスンに大草原から買われてきた人がどこにいるのか聞いたら、あっさりと教えてくれた。
大草原から口減らしで物々交換・・・物人交換か・・・されてきたどこかの氏族の子たちは、その商人の所有物となる訳ではないらしい。
辺境都市の領主が、奴隷たちを商人から麦で買い上げて、「奴隷窟」と呼ばれる貧民区に押し込めてしまう。貧民区では、奴隷同士がある程度助け合って生きていく。奴隷は、不当に安い対価で働かされるし、理由もなく、辺境都市の奴隷ではない人たちから殴られたりもするらしい。でも、誰かの専属の奴隷なのではなく、あくまでも辺境都市に住む一人の奴隷となる。自分で働き、生きる糧を手にしなければならない。
アコンの村で暮らす口減らしの子どもたちとは、残念ながら大きく違う。
まあ、それは当然と言えば当然か。
はるかに文化レベルが高い辺境都市からすれば、見下している大草原の氏族たちの中でも、最底辺の者たち。それが、口減らしに遭う子どもなのだ。
格安労働力を閉じ込めたスラム街が貧民区であり、「奴隷窟」である。
おれとクレアは、そこに、炊き出しならぬ、焼き出しにやってきた。
いくつかの石で簡単なかまどを用意し、お礼にもらった薪に火をつけ、いつもの平石を熱していく。土器のボウルに水と麦粉と豆を入れて、ぐるぐるに混ぜて、さらにトマトソースも加えていく。
「奴隷窟」の子どもたちが、遠巻きにおれたちを見ている。
少しねばりがでたところで、平石が十分に熱くなった。
レンゲスプーンで平石の上に混ぜたパンだねをのせて、丸く広げて薄くしていく。
片面が焼けたら、銅のナイフで平石と焦げ付きを切り離して裏返す。裏返した後はすぐに四等分に切り分ける。
子どもたちはいつの間にか、少しずつ、少しずつ、近づいてきていた。
クレアが焼き上がった薄いトマトソース味の豆パンを子どもたちに渡していく。
おれは次のパンだねを平石にのせていく。
渡された子から、渡されなかった子が奪い取ろうとして、クレアにゲンコツをもらって泣く。
「待ってたら、必ずもらえるんだから」
クレアはそう言い聞かせるが、奪い取ろうとする子どもは後を絶たない。クレアからはゲンコツがパンよりも多く振る舞われる。大人じゃなくてよかった。
でも、暴力反対~。
おれがどんどん焼いて、クレアがどんどん配る。やがて、ゲンコツはいらなくなった。
そのうち、子どもだけでなく、大人たちも近づいてきて、クレアは大人たちにもパンを配り始めた。大人たちは冷静で、子どものように奪い合ったりはしなかった。それどころか、年寄りや、人数は少ないが女性などを優先して、クレアが渡した一切れをさらに分け合っていた。
それを見て、苦しい中で、助け合っていることが理解できた。奪い合うばかりでなく、分け合おうとする人がいるんだ。虐げられる中で、大草原の氏族のつながりを感じる。きっと、子どもたちが先に食べられるように待っていたのだろう。世の中、悪人ばかりではないようで安心した。
がんばれ、という気持ちを込めて、パンを焼き続けたんだけれど。
「おまえたち、そこで何をしている!」
見れば分かるだろ、と思うのだけれど、分かっていて、言っているに違いない。
声の調子からも、悪意を感じる。分かりやすくて、嫌なものだ。
差別、侮蔑。
人間の醜い感情の発露。
「パンを焼いてる。見てて分からないのか?」
おれは、首だけで振り返った。
麻の服を着た男・・・たち、か。四人、五人、と増えていく。別に兵士とか、門衛とか、そういう感じではない。辺境都市の住人なのだろう。
なるほど。
服装で分かる、ということがよく分かった。
麻の服を着た辺境都市の人たちと、羊毛で編んだ、すり切れてぼろぼろの服を着た大草原の人たち、という奴隷たち。一目で違うと分かる。
服が身分証明なんだな。そう考えてみると、大森林のアコンの村は、もうみんながクマラの織った布で作った服を着ている。これも身分証明と言えるかもしれない。
なんてことをぼんやりと考えていたら、男が平石ホットプレートを蹴り飛ばして、おれのかまどを破壊したのだ。
次の瞬間、おれは立ち上がったが、その時には、既に男たちに取り囲まれていた。
逃げ場はなかったのだ。これは言い訳ではない。逃げようと思えばどうにでもなるが、逃げるための隙間がなかったのは本当だ。嘘ではない。
そして、今、冒頭の光景が広がっている。
いや、もちろん、手加減はばっちりですよ。一人たりとも、殺していません。だけど、誰一人として、すぐには立ち上がれそうにはないけれど。まあ、骨折もさせてないね。呼吸困難くらいです。あとは気絶かな。
うめき声だけが風に流されていて、まともな言葉は聞こえてこないな、と思っていたら。
「あなたたち、やめなさいっ! そんなことを・・・って、あれ?」
そんなことを叫びながら麻の服を着た女の子が「奴隷窟」へと走り込んできたのだった。おれの感覚では女の子、なのだが、こっちでは成人くらいか。高校生くらいに見える。
その女の子は、うめいている男たちを見て、おれを見て、クレアを見た。
「赤い髪・・・神殿の薬師の夫婦?」
「ふ、夫婦・・・」
クレアがまた頬を赤くしている。
もう噂になっているか。まあ、そういうものだろう。
善行だから痛いところはない。
「あなたたち、フィナスンがお父様に願い出て、神殿に泊まる許可を受けた、流れも・・・失礼。えっと、町の人を薬で助けてくれている人よね?」
あれ?
フィナスンの知り合いか?
ん・・・?
「お父様? 許可?」
「貧民区の人たちは、無事だったのかしら・・・」
確か、フィナスンは・・・。
おれたちが神殿を使う許可を・・・。
領主の・・・。
「はじめまして。辺境都市アルフィの領主スィフトゥ男爵の娘で、キュウエンといいます」
「・・・領主の許可をとったって、言ってたな、確かに」
フィナスンは、おれとクレアが辺境都市にたどり着いた時、寝泊まりする場所として神殿が使えるように領主と交渉してくれた。確か、そうだった。
これはまた、珍しい人物に出会ったかもしれない。
初、貴族。貴族っていうのかな、こっちでも?
ご令嬢だな。男爵令嬢だ。
お嬢様だ。
オジョーだ。
「はい?」
「・・・いや、なんでもない。おれはオオバだ」
「オオバのつ、妻の、クレアよ」
「・・・まあ、いいか。それで、男爵令嬢キュウエンさまがなんでここに?」
おれとクレアの結婚てのは、あれだ、偽装結婚だな。一時期流行したこともあるだろう。偽装結婚であんなにかわいい子が家にいてくれたら給料払うって、そりゃ。まあ、恋の歌もはやるよな。ダンス付きでさ。偽装結婚とはいえ、クレアは、まあ、かわいい部類に入るな、確かに。うん。中身は巨大なドラゴンなんだけれど。
「いえ、貧民区で暴れている町の人がいるって聞いたものだから・・・」
「ああ、暴れてたぞ」
「・・・暴れているというか、逆に身動きできそうにない感じがはっきり見えるのだけれど」
「叩きのめしたからな」
「た、叩きのめした? この人数を?」
「手加減はしたぞ」
「手加減? どうやって? 多勢に無勢で? いったい何があったの?」
なんか、会話が噛み合ってない気がするが、気のせいだろうか。
「落ち着いてもらえると嬉しい」
「え、ええ、そうですね。暴れている人がいるって聞いて、慌てて止めにきたのだけれど、もう少し分かりやすく、この状態を教えてもらえるかしら?」
「あいつらが暴れていた、おれが殴った、静かになった。簡単に分かりやすく言ったぞ」
「分かりやすいけれど、いろいろ足りないと思います・・・どうして?」
「あいつらが、おれの大事なかまどを蹴り飛ばしやがったからだ」
そう言って、崩れたかまどと、地面に落ちたトマトソース味の薄い豆パンをおれは指差した。
キュウエンは、それを確認して、目を細めた。
「かまどで、貧民区の人たちのために、炊き出しをしていたの?」
「炊き出しというより、焼き出しだな」
「あなたが、食べ物を用意したの?」
「貧しい者がいる一方で、豊かな者がいる。余っていれば、それで誰かを助ける。施しってのはそういうもんだろう」
「驚いたわ。そんな人がいるなんて」
「そうか? 貧民区の人たちは、おれたちが渡した薄っぺらなパンを受け取ると、自分が食べるよりも先に年寄りや女の人に切り分けてたけどな。たまたま、たくさん麦粉が手に入ったおれが施しをするのと、いつも貧しい人がようやく手に入れた食べ物をさらに分け与えるのでは、その価値は何倍も違うと思うんだが」
「・・・」
「ところで、こいつら、怪我はそこまでさせてないから、おれたちは帰ってもいいか?」
「けんかはダメなんですけれど、けんかとは少しちがうのよね?」
「けんか? こんな弱い連中と? ないね」
「衛兵でも、ここまではできないと思うのだけれど・・・いいわ。そのうち、神殿に行かせてください。その時にまた、いろいろと話を聞かせてくださいね」
あらら。
なんて物わかりのいい男爵令嬢なんだ。
そう言った後、男爵令嬢は倒れてうめいている男たちを一人ひとり、確認して、怪我のようすを調べていた。
「また、新しい女の子・・・」
背中から聞こえてきたセントラエスのつぶやきは聞き流すことにした。
おれはクレアにあごで合図をし、崩れたかまどはそのままにして、二人並んで歩き始めた。もちろん麦粉の入った大袋は持ち帰った。平石は、あとで回収したいと思う。
ただし、まっすぐ神殿に戻ったのではなく、途中、フィナスンのところに立ち寄った。
フィナスンからいろいろと聞く、いいきっかけをもらえたと思う。
まあ、フィナスンから、変わったお嬢様だということは情報を得ていた。
しかし、まさか、翌日の朝に突然神殿を訪ねてくるとは思っていなかった。
しかも・・・。
「内密の話があります。どうか、お人払いを」
そう言うと、神殿に来ていたお礼参りの人たちを追い出してしまう。もちろん、お礼の品は置いて行かせて。
こんな感じで、ゴリ押しだ。
令嬢って、お淑やか、が基本だったのではないだろうか。
とどめに・・・。
「分かっています。流れ者の姿は目眩ましで、お二人は、王都から送り込まれた密偵ですよね。いいえ、お二人の正体を明らかにして、捕縛しようとか、そういうつもりではないのです。必要なだけ、この辺境都市アルフィの情報は私が知る限りのことをお伝えします。しかし、こちらとしても、王都の情報がほしいのです。どうか、どうか、互いの情報を譲り合って、穏便に済ませる道を考えませんか?」
・・・思い込みが激しいときている。
なんだこの妄想少女は?
物分かりの良さが一周回って、分からないところまで分かってしまったらしい。
いや、おれたちへのスパイ認定は、まあ、当たりではあるのだけれど、その方向が全く違う。
確かに、王国内からやってきたように偽装はしたんだけれどね。
「薬草に関する深い知識、そして、治療の見立てや腕前はもちろん、あの人数の男たちを武器もなくあっさり昏倒させる戦闘術。さらには、貧民への施し。かつて、この神殿を盛り立てたというトゥエイン司祭の話のようです。いえ、そう仕向けるように動かれているのですね。お父様に会うために」
怖い。
この子、怖いよ。
全体像としては完全に外しているのに。
これでもかっていうほど、勘違いしているというのに。
どうして、部分的には的確に当てているのだろうか。
怖いな、本当に。
おれたちがスパイ活動をしていること。
貧民区での施しなど、かつて有名だった司祭のマネをしたこと。
そうやって男爵との伝手を得ようとしていること。
このへんは大当たりだ。
「辺境都市アルフィは、王都への反逆の意志はありません。どうか、ご寛恕を」
・・・王都への、ね。
ここの男爵位は、辺境伯から授かるというのは確認済みの情報だ。
王都の王家からの爵位では、ない。
ま、とりあえず。
このまま、この妄想少女をしゃべらせておくのは、まずい。
それだけは分かる。
心のどこかで、この勘違いを使うとおもしろいかも、という声が聞こえるが、我慢だ。ここは我慢だ。おもしろさに揺れ動いてはいけない場面だ。
おれたちは、王都とか、この国のこととかを知らなさすぎるからな。
これに乗っかったとしても、どこかでボロが出る。
「何か、勘違いされてます、よ。なあ、クレア?」
「ええ、勘違いですね、勘違いです・・・」
「そう言わずに、分かっているのです。あれほどの力を持つ者など、そうそうはおりません。昨日の者たちが衛兵だったとしても、結果は同じでしょう」
「確かに、腕っぷしには自信がある方だけどね・・・」
「フィナスンは完全に手下になっているようですし、カスタの町のナフティも言いなりだと確認済みです。私も、これでも、いろいろと調べてはいるのです」
・・・怖い。
勘違いしたストーカーに追い回されているような気分だ。
いや、ある程度、わざと目立つ行動をとっていたのだから、このくらいのことは調べられているというのは普通なのかもしれない。
父親の男爵にも、情報は届いている可能性が高い、か?
まさか、男爵令嬢単独?
かなり変わったお嬢様だとは、フィナスンも言っていたけれど。
「あの、おれとクレアを、ここから、この町から追い出すつもりなのか?」
「まさか、そんなことは考えておりません。私は、お父様の行動がアルティナ辺境伯を刺激して争いになった時に、王都からの仲裁がほしいのです。ですから、おそらく、巡察使か、外務官か、どちらかを務めている方だとお見受けして、ご助力を願っているのです」
「ご助力とか、言われてもね・・・」
「ねえ・・・」
おれとクレアは目を合わせる。
どうやら、辺境都市の男爵は、辺境伯に反旗を翻すつもりらしい。娘としては、それを止めるか、その結果として最悪の事態にならないように行動している、というところかな。
聞きたくなかったよね、これ。聞いてしまったことによって、まずいことになる可能性があるし。
「キュウエンさま。勘違いされた上に、言ってはいけないことを口にしているのでは? おれたち、それを聞いてしまって、ひどい目に遭わされるような気がするんだけれど?」
「ひどい目に合わせるなど、とんでもないです」
「おれたち、密偵でもないし、巡察使とか、外務官でもないし、キュウエンさまの勘違いですよ?」
「はい。正体を隠さなければならないことは重々、承知しております」
「だから、違うって」
だめだ、これは。
こっちの話を聞く気がない。
さてと、どうしたものかねえ・・・。
「おれたち、王都の情報とか、知らないけど?」
「・・・それも、かまいません。もしもの時、もしもの時に、争いを望まぬ者がいて、助けを求めているということを知っておいてくださるだけでもいいのです」
なんか、悲劇のヒロインになっていますが、どうしろと?
やっかいな感じがするよなあ・・・。
キュウエン登場です。
第三章では、キーポイントとなる一人かも。
完結済み「賢王の絵師」もよろしくお願いします。




