第65話:女神が竜族の誇りを問うた場合
スレイン王国に潜入? です。
どうあがいたとしても目立つので潜入なのか、とは思います。
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こんなに連続更新ができるとは自分でも思っていませんでした。
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さて。
セントラエスには驚かれてしまったが、おれの最初の目的地は、辺境都市アルフィではない。
クレアの背に乗って、大草原はもちろん、山地と辺境都市を飛び越えて、大草原を横断する大きな河川の下流域までやってきた。
最初の目的地は、偽装商団が運んできたナードの実がとれるという、海沿いの町、カスタ。
長く滞在する気はないが・・・。
辺境都市とはちがい、周囲は木の柵で守られている程度。
門番も少ない。
今は亡きタリュウパの情報から、流れ者という旅人がそれほど珍しくないことも把握している。
・・・まあ、流れ者は冷たい目で見られるらしいが。
何らかの理由で、神殿に預けられ、育てられた者が、成人となって親に引き取られず、あてもなく、さまよいながら居場所を探す、というのが一般的らしい。要するに孤児。ただし、辺境部では、神殿自体が弱体化しているし、辺境都市アルフィでは神殿自体が閉鎖されているらしい。
カスタには神殿という場所すらない。
最高神なんちゃらとやらは、大して信仰されていないらしい。
門番には、流れ者であることを堂々と告げると、あっさりと中へ入れた。しかも、浜辺で網を引く人手がいるから、それを手伝えば食事にありつける、ということまで教えてくれた。
それに、どちらかと言えば、流れ者として、よりも、同行者の赤髪赤瞳の女性の方が不審がられた。
クレアである。
まあ、夫婦だというと、それ以上は門番からも何も言われなかったのが、もっと不思議だ。夫婦とおれが言った時の反応は、門番よりもクレアの方がよっぽど挙動不審だったのだが。
今のおれたちの服装は、偽装商団から回収した、辺境都市の麻の服である。アコンの村の服だと、潜入などできるはずがないと、今は理解している。クマラ謹製のあの服、こっちの方では、おそろしく高級な物になってしまうらしい。まあ、大草原で布が驚かれていたことを考えると、そこに気づいてなかったおれが間抜けだったのだろう。
「おーいっしょーっ、もっともっと、力ぁーいれろーっっ」
そんなこんなで、クレアと二人、大きな網を引く作業を手伝っている。
大きなかけ声をかけている親方には悪いが、おれたちは全力を出さないように、クレアには言い含めてある。
おれもそうだが、クレアの筋力値を使って全力で網を引くと、とんでもないことになりそうだ。
二隻の船で沖に出て網を落とし、砂浜で網とつながった縄を引く。
ただそれだけの簡単な漁だが、その分、力が必要だ。
男も女も関係なく、子どもも含めて、総勢50人は超えている。
親方と引き上げた縄をまとめている二人の、合計三人が、ここの代表者っぽい。
おれたちは流れ者の夫婦で、食事の代わりに手伝いをしたいと申し出ると、手伝いはありがたいと、自然に受け入れてくれた。
一生懸命引っ張っているように見えるよう、努力した。
引き上げられてきた網を見ると、それほど網目は細かくない。
ひょっとすると、稚魚を逃がす仕組みなのかもしれない。もしそうだとしたら、漁業資源のことまで考えているってことになるが、それくらいの知恵は、あるのかもしれない。捕り尽したら、町ごと滅びるということもあるのだろうし。
網が、いくつもの重石と一緒に、砂浜の水辺まで引き上げられると、そこで止められた。少し、海の中に残しておくことが必要なのかもしれない。聞いてみると、あのままにしておけば、しばらくは生きたまま保存ができるから、そうしているらしい。なるほど。でも、潮の干満でダメになるんじゃないかな?
「一人二匹、子どもは一匹、もって行けよ~」
わあっ、と歓声があがり、人が魚を捕まえに行く。
親方はそう叫んで、おれとクレアを振り返った。「あんたらも二匹ずつだ。ただし、砂浜に上がった魚から選んでくれ。魚には毒持ちもいるから、気を付けろよ」
「その二匹を食べたいのだが、どこかで焼いてもいいか?」
「ん、この砂浜なら、少々、火を起こしても問題ない。なんだ、すぐにこの町から出るつもりなのか?」
「すぐ、ということもないが、辺境都市アルフィへ行くつもりだ」
「そうか。ここにいる間は、困ったことがあったら言ってくれ。おれは、ナフティだ」
「ありがとう。おれはオオバ。こっちは・・・」
「クレアよ」
「オオバにクレア、か。変わった名前だな」
「はは」
ナフティに悪気はないのだろう。
文化の違いだ。
偽名も考えたが、そこまでしても、そもそも、こっちの人たちから、何を、どのように、疑われるのかすら、思いつかない。おれたちが飛んできたなんて、相手は思ってもいないのだから。
ナフティは、まだ夜は肌寒いのだから、二、三日であれば、そこにある砂浜の小屋に泊まっていい、と言ってくれたので、それに甘えることにした。
ついでに、浜辺の生かしている魚のことを聞いてみた。別の場所の、潮の干満の影響があっても海水がなくならないところに設置してある網へ移すらしい。いけすってことかも。生きる知恵って、やっぱりすごいな。
夜になって分かったことだが、ナフティが宿泊場所を提供してくれたのは、クレアが目当てだったようだ。
とりあえず、クレア目当てで夜這いに来た男たちをぼっこぼこに撃退したり、その中に親切なナフティが含まれていたり、そのことでよーく話し合った結果として翌日からの食事を頂いたりしながら、カスタの町での三日が過ぎた。町の代表格みたいな感じのナフティが二日目からぺこぺこしていたので、ある意味で居心地が悪く、ある意味で過ごしやすかった。
カスタは辺境伯領の町で、辺境都市は男爵領になるということ。
交易のために時々、辺境都市から隊商がやってくること。
麦や羊毛、干し肉や燻製肉と交換で、干し魚やナードの実、またはナードのしぼりかすを渡すこと。
受け取る麦はおそらく一年前の古い分で、カスタでは早めに食べること。
カスタでも麦を育てているが、その量は多くはないこと。
そんな必要なのか、どうなのか、判断の難しい情報を得たあと、やってきた隊商が辺境都市へ戻るのに同行できるよう、手下面になってへこへこするナフティが取り計らってくれた。
海の魚は、とっても美味しく食べられたことは追記しておく。
おれたちは、ナフティに、また来るよ、と告げてへこへこさせてから、隊商の人たちに続いて辺境都市へと向かった。
辺境都市までは隊商の荷車に合わせたペースで五日だ。
その間に、クレア目当てで夜這いに来た男たちをぼっこぼこに撃退したり、その中に隊商の主であるフィナスンが含まれていたり、そのことでよーく話し合った結果として、いろいろと有利な条件を交渉したりしながら、五日が過ぎた。隊商の主であるフィナスンをはじめ、殴り倒した連中は全員ぺこぺこするので、ここでもまた、ある意味では居心地が悪く、ある意味では過ごしやすかった。
なんでこのパターンが繰り返されるのか、疑問に思っていたところ、どうやら流れ者の女性の仕事は娼婦というのがごく普通のことらしい。
それが本当かどうかはまあいいか。おそらく、本当なのだろう。娼婦は最古の職業という説もある。古代ギリシャなんかだと、結婚の持参金を稼ぐのに身体を売るとかなんとか。処女性なんて、どこへやら、だ。
まあ、それで、食事などを対価にクレアとあれこれしたいと考えての夜這いだったが、クレアにもおれにも、手酷くやられて撃沈。もちろん、クレア自身も、クレアにあれこれしたいという男たちの要望・・・欲望を受け入れる気は微塵もなかったのだけれど。おれが手出しなんかしなくても、クレアに勝てるはずもないのだけれど。
川沿いを荷車に乗せて頂いて進みながら眺めた麦畑は、かなり広い。これなら、米ではなく麦とはいえ、かなりの食糧を確保できるはずだ。フィナスンに聞いてみると、今育っている麦は夏前に収穫して、それからは豆を育てるとのこと。麦と豆の二毛作、か。
荷車に積み荷と一緒に乗るって楽だな、と思いながら辺境都市に到着した。
辺境都市の門を抜けるのに苦労する予定だったが、おれたちにへこへこする商人のフィナスンが一言で門衛と話をつけてくれた。あっさり入れてこれも驚いた。
結果として、かなり都合のいい手下ができたので、よし、とする。いいぞ、フィナスン。
フィナスンは偽装ではない本物の商人で、辺境都市ではそれなりの顔役らしい。まあ、荷車を五台も所有し、何人もの部下を従え、五日の距離の町と交易してるってのは、そういうものなのかもしれない。なかなか使える男だ。
住むところがないけれど、クレアにあれこれと男が寄ってくるのは困るとフィナスンに相談したところ、いったいどうやったのか、おれたち二人が神殿育ちの流れ者ということで、閉鎖されて放置されていた神殿を整えるという条件で、領主の男爵から神殿の使用許可をとってきた。
予定よりもはるかに目立ってしまったが、まあ、拠点の確保ができたから、これでいいとしよう。
何年も、開かれることのなかった神殿の扉は、開くと同時になんとも言えない臭いを漏らした。ほこり臭いというのがもっともあてはまる気はする。中は、暗くてほとんど見えないが、入り口からの光で、蜘蛛の巣に満たされていることが判別できた。
蜘蛛の巣で埋め尽くされている建物って、何年開けてないんだか。
棒術用の棒で、蜘蛛の巣をからめとり・・・というか、内部が蜘蛛の巣しかないって、今さらだけれど、すごい状態だよな?
大量にからめとった蜘蛛の巣は、草だらけの前庭で、誰も見ていないことを確認してから火炎魔法で焼却した。
一歩中に入るとまた蜘蛛の巣が・・・。
からめとって焼却、からめとって焼却を繰り返して、外から確認して窓だと分かっていたところまでたどり着き、窓を解放。
窓からも光が入ると、さらに奥にある大量の蜘蛛の巣が見えて・・・。
イライラしたクレアが、炎熱息で燃やせばいいんじゃない、と言い出したので、一度、フィナスンのところに戻り、お願いをきいてもらって一時的で安全な寝床を確保した。もちろん食事付き。
とにかくクレアには落ち着いてほしい。
あれは神殿ごと燃やし尽くす気だ。
翌日も蜘蛛の巣の処理。クレアがイライラしたらフィナスンのところへと戻る。食事付きで。
その次の日も、これまた同じ。
そうして四日目、内部の蜘蛛の巣を排除して、空気を入れ替え、ほこりを落として、おれたちは神殿内部の生活空間を制圧した。
蜘蛛の糸を子どもの頃に聞かされた者としては、蜘蛛に被害を与えたくはなかったのだけれどね。あの状態ではそうもいかない。
そうして、蜘蛛の巣を排除して、辺境都市での神殿暮らしが始まった。
まあ、単に神殿を寝泊まりの場所にして、日中は草刈りをしたり、草刈りをしたり、と神殿の前庭、中庭、裏庭、そして周囲を整えていく。
食事については、フィナスンが気をきかせて、丸くて薄っぺらいパンを届けてくれる。なんていうか、具なし、ソースなしのピザ、みたいな・・・。
蜘蛛の巣を排除した次の日にはフィナスンのところへ出向いて、トマトを潰して煮詰め、それを焼く前のパン生地にぬって、銅のナイフできざんだ塩漬け肉をぱらぱらとまんべんなく散らしてから、パンを焼かせた。
ちょっと焦げたが、チーズなしのピザができた。
フィナスンも食べたがったので、もう一枚焼いて渡す。
「うまい! 兄貴、なんだこれ?」
喜びの表現としてはどうだろう?
それと、フィナスンの方が年上だと思うが、実はずっと兄貴呼びだ。
フィナスンはトマトを分けてほしいと言うが、残ったトマトソースで我慢させた。トマトはまだ袋の中にあるけれど、簡単には渡せない。トマトは生命力が強くて栽培しやすいしな。このへんの食文化を変えてしまうかもしれない。いくらトマトを好きになってもらえたとはいえ、そこまではできない。トマトソースを渡す代わりということでもないが、麦を粉にする方法を教えるように言うと、首をかしげながら、石器の道具を持ってきた。
たて20センチ、よこ50センチくらいの平らな二枚の石が重なって、下の石の中央に切れめのようなところがあった。上の石を持ち上げて麦をのせて、上の石を下ろして、二人で上の石を押し合って左右に動かすと、下の石の中央の切れめから、細かく砕かれた麦が落ちてきた。
回転させない石うすみたいなものか。
パンを焼くのも石窯だし、石材加工の技術がやっぱり大森林よりもかなり高い。金属器があるのだから、当然といえば当然のことか。でも、この石うすみたいなのなら、アコンの村でも、川沿いでいい感じの石を探せばなんとかなりそうだ。麦粉に石の粉が混じりそうたけれど。
そんなことを確認していたおれの後ろで、トマトソースを食べ尽くしそうな勢いでピザを焼かせていたクレアをフィナスンが必死に止めていた。
クレアはトマト好きだもんな。
フィナスンにチーズはないかと、動物の乳を固めたような保存食の話をすると、羊の乳からそういうものを作っている者がいるという。解放奴隷、らしい。大草原から売られてきて、解放されたということだろうか。聞けば、そうだという。アコンの村でも、エイムの弟、バイズを中心にチーズは作ってくれている。麦粉ができたら、ピザ祭りを開催するとしよう。ナードの実の油ってオリーブオイルみたいな感じだったし、それも加えてみようか。
それを使えばもっとうまいぞ、と言うと、明日も来てください、兄貴、必ず用意しておきやす、みたいな手下感抜群のフィナスンが笑っていた。
そのつもりはなかったにせよ、暴力で下に置いていた関係からは、ギブアンドテイクで、ちょっといい感じになった気もするが・・・どうだろう?
夜の神殿には、獣脂で灯りを確保した。
「食べ過ぎですよね、竜の姫?」
「いいのよ、美味しい物は食べるべきだわ」
クレアはこの旅を楽しんでいるらしく、セントラエスとのやりとりも毒が抜けているようだ。いつもなら、あなたは食べられなくて残念ね、くらいは言うはずだからな。
「セントラエス、最高神って、今じゃ、それほど信仰されていないのか?」
「どうでしょうか? 少なくとも、辺境都市では、あまり影響力はないようですね。何十年も司祭や神官がいないと、フィナスンも言っていましたし。以前、亡くなったナルカン氏族のニイムは辺境都市に神聖魔法を使える者がいた、と言っていましたが」
「・・・ああ、そういう話をしたこともあったっけ」
ナルカン氏族には英傑ニイムと呼ばれた女戦士がいた。若い頃に仲間と獅子を倒したり、辺境都市まで旅をしたりと、大活躍だったらしい。まあ、ライムとドウラの・・・あと、リイムとエイムと、他にも何人もいるが、そのおばあちゃんだ。
生きていた頃に、おれが神聖魔法を使った時、そんな話を確かにした。
なんだか懐かしい話だ。
「神殿の復活と同時に、神聖魔法の復活と、そういうことまでするつもりですか?」
「そこまでしたら、目立ち過ぎじゃないか? 今でも、この神殿を使っているだけで目立ってるけど」
「竜の姫を連れ歩いている時点で、目立たないはずがないですよ」
「えっ、なんで?」
「・・・クレア、髪と瞳の色だよ」
「あ、そうね」
人は・・・人ではないが、人は自分のことが一番よく分からないってことか。おれも、服装で大森林の者だとばれるってことはクレアに指摘されるまで気づかなかったことがある。
「でも、まあ、クレアが目立つ前提で、直接辺境都市じゃなくて、カスタの町から入ったんだ。誰も、おれたちが大草原側から来たなんて思わないだろうさ。クレアに飛んでもらわないと、どれだけ日数がかかるか分からんしね」
「なるほど、それでカスタでしたか・・・」
「ふーん・・・」
セントラエスには伝わったが、クレアには分からなかったらしい。
ま、それはいい。
「明日は、チーズも加えたピザが食える可能性が高い。そのことだけでも、この辺境都市まで来たかいがあるってもんだ」
「そうそう、それって美味しい?」
「ああ、今日のがさらにうまくなるぞ」
「ふうおおお、ふへへへ」
「竜族の誇りは、どこにあるのでしょうね・・・」
「竜族より強い人族の前で、誇りも何もあったもんじゃないわよ」
「開き直りましたね・・・」
セントラエスのつぶやきは、よだれを垂らす勢いでにやけているクレアには届かないようだった。
クレアが竜族の村をめざさないのは、
オーバと
食べ物にひかれているから、です。
もうひと作品、「賢王の絵師」
完結済みですので、安心してお読みください。




