第60話:女神にケンカ友だちができた場合
評価や感想、ブックマークも、ありがとうございます。
さて、第三章、動き始め、です。
毎日連続更新、二日目です。二日目で連続とは笑ってしまいますが。
お友達に紹介していただけるとうれしいです。
久しぶりにおれを背中に乗せてくれたイチは、どうやらご機嫌らしい。
駆け足は飛ぶような軽やかさで、川沿いを北上していく。
イチは、虹池を棲みかとしている馬の群れのリーダー格だ。なんか、抜けているところがたくさんあって、リーダーとは言い切れないところがある。
ネアコンイモのロープで作った簡便なあぶみは、馬上の姿勢を安定させてくれる。本当はこれに加えて手綱とか、鞍とかも、使えたらいいのだろうけれど、野生の馬をそこまでの乗馬にするだけの知識や経験がないから、あぶみ以外は、おれはただたてがみを掴んでいるだけだ。
野生なのに乗せてくれるってところは、一度上下関係をはっきりさせたことがあるからだろう。今となっては懐かしい。
今回、わざわざ馬で移動しているのは、大森林に向かってくる集団があるからだ。
あちらは、気づかれているとは思いもしていないはずだから、偶然を装って出会うことになる。
まあ、こっちがスクリーンに映し出した鳥瞰図の光点でその集団の接近を把握したなんて、予想できるはずがない。
それにしても、何者だろうか?
会ってしまえば、すぐに判別できることなのだが、会うまでは、いったい何者が、何をしにあらわれたのか、想像もつかない。
虹池から流れる小川に沿って南下してきているのだから、目的地は大森林で間違いない。
ただ、移動スピードはかなり、遅い。
大人が歩くよりも、ゆっくりしたペースで進んでいるらしい。
その動きに気づいてから、三日、待っていたのだが、あまりにも進みが遅くて、待ち切れずに出てきてしまったというのが、今のおれの状況だ。
そもそも、川沿いに南下したとしても、虹池にたどり着くだけで、大森林の中のアコンの村にまで到達できる訳ではない。
おれの同行者は・・・。
「ちょっと! 速すぎるわ! 私がついていけるペースにして!」
「わがままな竜の姫ですね。スグルの足を引っ張るのならアコンの村に戻ったらどうですか?」
「うるさいわね、この邪魔者女神!」
もう一頭の馬に乗っている竜の姫、クレアファイアと。
おれの後ろに横座りして、後ろからおれに抱きついている女神、セントラエスだ。
女神セントラエムは、三年前、おれが火炎魔法のスキルを身につけてレベルアップした時に、同じくレベルアップによって上級神となり、名前がセントラエスに変わった。よく分からないが、初級神の時はセントラエル、中級神になってセントラエム、そして今は上級神でセントラエスだ。
ちなみに、今のセントラエスは七割の力の本体で、残り三割は分身としてアコンの村に残って、村のみんなを護っている。
かつて、中級神だった頃と違って、上級神としての三割の力がもはや半端ない。中級神の頃は、村の護りに九割の力を残していたことを思えば、上級神になってからのステータス補正は驚きである。レベル73で生命力は六万超え、精神力は七万超えで、忍耐力は三万超えだ。三割の力で生命力は五ケタになっている。今のセントラエスなら、七割の力で赤竜王のドラゴンブレスを何回防げることか。守護神とはいえ、上級神がここに存在していることは、極めて異例のことらしい。
セントラエスはおれの後ろにいて、おれに抱きついているけれど、実体ではない。ただし、おれにだけは神眼看破のスキルで見えているし、感触も温もりも感じる。
竜姫クレアファイア、クレアにはセントラエスは見えていない。ただ、この二人はごく普通に会話ができる。どちらも人外の存在だからだろうか。
「そもそも、虹池までは私が空を飛んできたから速かったの! その分のゆとりを今、返してもらうだけよ!」
クレアの正体は赤竜だ。今は魔法で人化している。すごい魔法だが、当然ながら、おれには身に付けられなかった。クレアには実体があって、馬に乗っている。ただし、残念なことに、乗馬スキルがある訳でもなく、おれとイチのペースに合わせられないようだ。ちなみに、なぜか、セントラエスは乗馬スキルがある。女神の謎のひとつだ。いつの間にそんないらないスキルを・・・。
「セントラエス、実体化して、クレアの馬に乗ってくれないか」
「スグルの頼みでも、それはお断りします。私はスグルの後ろがいいです。馬に乗ってついてくると決めたのはクレアです。クレアが努力すべきだと思います」
「むー。オーバの頼みをきかないなんて、あなたそれでも守護神なの?」
「守護とは頼みを全てきくことではありません。しかも、スグルを助けるのではなく、クレアを助けることまで、守護の範囲に含めるのはおかしいですから」
そして、この二人は、あんまり仲良くできない。
仲が良いとは言わないが、悪い訳ではない。
これだけ会話するんだから、悪いとは思えない。いや、というか、セントラエスとこんな感じで対等に話すのはおれを除けばクレアファイアだけなので、そう考えると最も仲が良いと言えなくもない。だから、こういう言い方になる。この二人は仲良くできない、と。
まあ、現状では、どちらもがおれのやりたいことを妨害している、というのも事実。
やれやれ。どうやら女難人生らしい。
おれは、少しだけペースを落として、イチを走らせた。
さて、問題の集団が視界に入った。
まあ、それは同時に、相手の視界にこちらが入ったということでもある。
スクリーンの表示通り、五人の集団だ。
足が遅いのは、荷車を動かしているからか。
何を運んでいるんだろうか?
行商人だとすると、これはとても不自然だ。
そもそも、行商人は大森林まで来ない。大草原のどこかの氏族と取り引きして、辺境都市へ戻る、というのがこれまでの普通の行商人の動きである。
大森林まで往復したら、その旅費としての食費などで、利益が出るはずがない。おれが言うのもおかしな話だが、そもそも、辺境都市の行商人には、大森林への伝手がない。いや、はっきり言えば、アコンの村にはたどり着けない・・・。森の中で迷うだけだろうに。大森林をなめてはいけない。あれは樹海だ。おれたちは、目立たないように樹木の上部にネアコンイモの芋づるロープを張って、それを目印として道を示しているが、そのことを知らない者には、到底、歩ける場所じゃない。
冒険的な商人なのだろうか。一攫千金、みたいな感じで、大森林まで足を伸ばすのか? まあ、それだけの魅力ある商品がないかというと、クマラが作った三種類の布をはじめ、食糧関係はかなり充実しているから、魅力ある商品は多いと言える。それでも、利益にならないくらい、辺境都市からは遠いのが大森林であり、アコンの村だ。あっちからすると、実在するかどうかも疑わしいはず。
交換してほしい物としては、やはり金属器。銅剣や銅のナイフなんかはありがたい。そういう品ぞろえなら、アコンの村としては大歓迎だが、まあ、たどり着けないなら、ないも同然。
おれはイチのペースをさらに落として、行商人らしい集団の横で、止まる。
荷車を止めて、五人組もおれたちを見た。
さて、気をつけないといけないのは、言語選択。
大森林で主に使われている南方諸部族語にして、はっきりと立ち位置を示すか。
大草原の草原遊牧民族語で、立ち位置をあやふやにしてみるか。
共通語スキルを意識して、相手の言語のスキル獲得に挑戦するか。
あっちから話しかけてくれると楽なんだが・・・。
おれも、あっちも、まだ言葉を発しないる
これはきっと、同じようなことを考えているな。
そうだとすると、商人というのは偽装だ。商人ならば、何も考えずに話しかけたとしても、別に不利益はない。商人ではないからこそ、予想外の接近遭遇で、いろいろと考えざるを得ないのだろう。
対人評価スキルで、五人のステータスを確認する。
・・・すぐに偽装は判明した。
職業欄に、その正体がはっきり書かれている。
相手の情報を読み取ることができるスキルって、実は怖ろしい武器になるんだな、と改めて感じた。
この五人組は辺境都市アルフィの兵士長と兵士たちで構成された、行商人らしく見える集団。
スパイ確定。
どうしたものか・・・。
はっきり言って、兵士長がレベル4で、あとは1か2だから、特に何の害もない。
馬上と地上で、相手を見下ろす状態だ。
このまま沈黙しているのは居心地が悪すぎる。
「ねえ、あなたたち、何を運んでるのよ?」
クレアが五人組に話しかけた。
話しかけられた五人組が、顔を見合わせて、混乱している。
・・・クレア。
よりによって、「竜語」で話しかけるとは。
でも、まあ、悪くない。
これで、相手の目の前で話し合っても、情報が漏れることがない。
「スグルはいろいろと考えながら、対処しようとしているだけです。勝手な行動は慎んでください」
「えー、だって、早く行きたいんだけど」
は?
どこに?
「せっかくここまで来たんだから、ライムには会いたいもんね」
なんだ、このわがまま姫は。
そういえば、クレアはなぜかライムと仲良くなっていたっけ。
「早く行きたいなら、勝手に動いて、スグルの邪魔をしないことです。スグル、いっそ、先に行かせた方がいいのでは?」
思わず同意して、先に行かせたくなったが、こらえた。
この状況でクレアを単独行動させると、何かの情報を伝えるためだと、五人組に判断されて、その結果、攻撃されてもおかしくない。
おれたちの会話が分からない五人組の困惑は、警戒にまで達した。
「大森林の者かと思うが、我々の言葉が分かる者はいないのか?」
言語関係スキルは、油断していると自動翻訳になるので、意識して相手の言葉を聞き分けなければ、何語を話しているのか、判別できない。この事実に気づいたのは、村のみんなに女神と話す時の言葉が違うと指摘されたからだ。
職業欄がアルフィの兵士長となっている行商人は、草原遊牧民族語が話せるらしい。スキルにはないので、ひょっとしたら大草原の出身なのかもしれない。
竜語があまりにも分からない言葉だった上に、クレアの外見、つまり赤い髪で赤い瞳という特殊な外から、完全に自分たちが知らないところの人間だと判断されたようだ。
そうすると、この一帯であてはまるのは、大草原ではなく大森林の者、ということになるのも自然だ。まあ、隠すほどのこともないか。
「彼女は、みなさんが何を運んでいるのか、知りたいそうです」
おれは、商人に偽装した兵士長に、草原遊牧民族語で答えた。クレアには、竜語で、そのまま竜語を話すように伝えた。別に必要ないけれど、兵士長に対抗して通訳を偽装してみる。
商人に偽装した兵士長は、一瞬だけ鋭い視線をおれに向けたが、それから荷車に視線を移した。
「羊毛と、ナードの実です」
おれは首をかしげた。
「ああ、ナードの実というのは、アルフィの北東にあるカスタという海沿いの町で採れる果実で、油を絞るものなのです。そのまま食べられるし、しぼりかすは家畜のエサにもなる」
へえ。
ちょっと首をかしげて見せただけで、こっちの知りたいことを推察したな。
この兵士長、けっこうできる。有能な兵士長だ。
まあ、だからこんなところまで送りこまれたんだろうな。
「クレア、もう余計なこと言うなよ。あと、繰り返すけど、竜語以外は使うな。それと、こいつらの言葉には反応しないで我慢して、おれがクレアに話すまでうなずいたり、笑ったりするなよ」
「えー、どうして?」
「言葉が分からないフリをしろって、言ってんの」
「あー、そーゆーことね」
説明して良かった。クレアの奴、何も考えてなかったらしい。
今度は兵士長が首をかしげている。まあ、竜語が分かる訳がない。こういう裏のやり取りで使えるな、竜語。あっちの「領域」の言葉だから、こっちで使われることはないだろう。
「それで、この川沿いに進んで、どこに行くつもりですか?」
「私どもは、大森林をめざしております。お二人は、大森林の方ではないですか?」
おれはクレアに向き直った。
「さて、と。どう答えたもんかね」
「別に、大森林でいいんじゃない?」
「なんで?」
「オーバって、時々、分かってないわね。服よ、服」
服?
服がどうし・・・ああ、そういうことか。
この兵士長、はじめっからおれたちは大森林の者だと判断していたな。
おれたちが着ているのは、クマラ謹製の荒目布で作った服だ。大草原でよく見る羊毛の服ではない。衣服はおれにとってもう日常過ぎるから、うっかりしていた。これは、この先、考えて行動しないとな。
「私たちは大森林から来ました。今は、ナルカン氏族のところへ向かっています」
「そうですか。大森林まではあと、どのくらいで着きますか?」
「そのようすですと、あと二日はかかると思います」
ちなみに、そこでたどり着くのはあくまでも虹池で、そこには馬しかいませんから、馬鹿を見ますということは言わない。
「では、失礼します」
おれは、何か言いたそうな兵士長を無視して、先へと進んだ。もちろん、クレアもついてくる。
どう頑張っても、虹池まで行くのが限界だろう。
あのレベルなら、馬の群れにコテンパンにやられてしまうのがオチかも。
大森林の中の、アコンの村までは、とてもたどり着けない。そもそも、よくここまで来たもんだ。やっぱり、最近はこのへんをクレアが竜の姿で往復するから、危険な動物とかが減っているんじゃないだろうか。
まあ、虹池で生き延びたとしても、積み荷はともかく、自分たちの食糧が不足するかな。
やっかいごとではあるが、勝手に死ぬのなら、放っておけばいい。
五人組の偽装商団が見えなくなって、馬を下りる。
イチたちは抜けているところもあるが、基本的に賢いので、自分たちで遠回りして虹池に戻るように言い含める。虹池ではさっきの連中と馬たちが戦闘になる可能性がある。群れのリーダーであるイチが必要だろう。大草原の氏族の中では、「荒くれ」のイチたちの群れを見たら逃げろ、と言われている。大変危険な馬の群れなのだ。
さあ、クレアには竜に戻ってもらって、その背に乗せてもらう。そして、ナルカン氏族のテントの近くで、目立たないところまで飛ぶ。
おれを下ろして、もう一度クレアは人化の魔法を使い、人の姿になる。それから、二人で歩いてナルカン氏族のテントを訪問する。
それにしても。
とうとう、辺境都市が大森林を意識するようになったのか。
まだ先のことかと、思っていたけれどな。
偽装商人たちの運命やいかに・・・。
60話までたどりつけるとは思っていませんでした。
がんばります。
評価、感想、レビュー、ブックマーク、どんどんいただけたらうれしいです。
お待ちしています。
もうひと作品、賢王の絵師、完結しました。
また違ったテイストで書き上げております。
ご一読いただけると嬉しいです。




