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第6話:女神の助言に従って獣の群れと戦った場合

初めての、戦いです。

 もう一度、スクリーンに鳥瞰図を出して、大牙虎の群れの位置を確認しようと思ったが、その瞬間に黄色い毛の動物の姿が見えた。目視範囲なら、もう必要ない。

 黄色、というより、黄金のようだ。毛皮だけでも価値がありそうだが、今のところ、手に入れたとしてもどうすることもできないだろう。そういえば、『相場』というスキルをもっているが、こんな森の中では使い道がない・・・。

 思っていたよりも、身体は小さい。牙は確かに大きいが、身体は太ったシェパードの成犬、といったくらいか。「大、牙虎」ではない、「大牙、虎」なのだろう。まあ、それでも小さい訳ではない。あくまでも、思っていた虎のイメージよりも、小さいというだけだ。

 そんな大牙虎が、ゆっくりと、おれに近づいてくる。

 後方の3匹が、アコンの木を回り込んで、おれの背後を目指す。

 獣のくせに、戦い慣れている気がする。

 村を群れで襲ったからだろうか。そう思うと嫌な感じだ。何人、犠牲になっただろうか。


 ・・・支援、します。

 

 セントラエムがそう言って、何かのスキルを使ったらしい。

 淡く、白い光が、おれの全身を包む。

 力が湧いて、勇気が出る。戦いをサポートするタイプのスキルなのだろう。

 大牙虎の動きを放置していたら、このままでは、囲まれてしまうよな。

 周囲を見回して、それぞれの位置をもう一度確認する。

 いける。

 おれは、子どもたちが樹上にいるアコンの木に向かって、走り出す。

 大牙虎も誘われたように反応して、駆け寄ってくる。狙い通りだ。

 おれはそのまま跳躍し、アコンの木を蹴って、反対側のアコンの木の方へと跳んで、その根元に着地した。『二段跳躍』のスキルだ。『運動』スキル、『跳躍』スキルとの相乗効果もあるのか、自分でも驚いてしまうジャンプ力である。

 おれが蹴ったアコンの木を目指して、スピードを上げていた大牙虎たちを、おれは軽々と飛び越えて、置き去りにしてみせた。

 大牙虎がのそりとこっちを向き直った時には、既に、背後をとられないようにアコンの木を背負って立っている。

 うん、見える。

 大牙虎の動きが、はっきりと。

 一応、大牙虎の一匹に『対人評価』のスキルを使ってみる。


 名前:大牙虎(固有名なし) 種族:猛獣 職業:なし

 レベル7

 生命力86/90、精神力26/30、忍耐力45/50


 ・・・動物も分かるんかい!

 無駄だろうと思いながら使ってみたら、人間でなくても『対人評価』が使えた。対人ってなんだ?

 脇見は危険だから、スクリーンは使っていない。直接、頭の中に数値が浮かぶ。

 種族のプラス補正なのか、生命力はレベルの10倍より高い。人間よりも、基本的に生命力が高いということだろう。しかし、精神力も、忍耐力も、レベルの10倍より低い。

 レベルから考えると、スキルは七つ。内容は、不明。

 生命力は、同じレベルの人間よりは多いが、今のおれの4分の1以下だ。

 セントラエムが言っていたことが理解できてきた。大牙虎とおれではステータスの数値が桁違いだ。レベル差がありすぎる。大牙虎よりも、おれの方がはるかに強いということが分かる。

 おれがアコンの木を背負っているからか、三方から、3匹の大牙虎が距離を少しずつ詰めてくる。残りの4匹はその後方で、にらみをきかせている。

 そのにらみは、もはや全くきいてないけど。

 たかが中型から大型犬サイズの、でかい牙が生えた猫じゃねーか。虎だけど。

 3匹との距離が、詰まる。

 うん。

 前足に力を入れ、後足が沈む姿で、飛び掛かってくるタイミングが、分かる。

 右手側の一匹が、少しだけ遅れるのも、分かる。

 大牙虎が飛び上がろう、とした瞬間、右手の大牙虎との距離をこっちから詰める。

 伸び上がった体勢でさらされたあごを右足の前蹴りで吹き飛ばす。

 他の2匹が飛び掛かった場所には、もうおれはいない。

 前蹴りの勢いで、さらに海老反りになって浮いたところへ、追い打ちをかけるように飛び蹴り。

 左、右、左、と三連打。

 『蹴撃』と『飛蹴連打』の二つのスキルだ。

 背中から大地に落ちる大牙虎の首を着地の勢いでそのままドンと踏みつぶす。

 『対人評価』で、足元の大牙虎のステータスを確認。


 名前:大牙虎(固有名なし) 種族:猛獣 職業:なし

 レベル6 状態:麻痺

 生命力4/82、精神力22/26、忍耐力39/43


 首を踏みつけたままでいると、生命力が3、2、1と減っていくのが分かった。

 そして、0に。生命力が0になると、精神力も忍耐力も0になった。

 大牙虎は死んだ。

「まずは、一匹」

 おれは、アコンの木の前に着地した2匹の大牙虎に向き直った。

 さっきの動きで、おれに躱された結果、アコンの木に突撃したらしい。あの固い樹皮が削られている。ステータス値はおれより低いとしても、あの牙には注意しよう。

 大牙虎は警戒を強めたようで、喉の奥から、ぐるるるぅぅ、と、うなりをあげている。さっきのように飛びかかろうとはせず、こちらには近づいて来ない。弱い犬ほどよく吠える。・・・虎だけど。

 来ないのなら、こちらから行く。

 小さい歩幅、すり足で、2匹と距離を詰める。

 視界の端に、動きを止めたままの、後方の4匹が見えている。こちらに参戦する様子はない。群れで行動しているが、仲間意識は薄いのかもしれない。

 『威圧』スキルを強く意識しながら、さらに前に出る。

 並んだ2匹のうち、右の大牙虎は動かない。威圧に負けてすくんでいるようだ。

 左は、威圧にはもう耐えきれないといったようすで、こっちへ突き進んできた。

 大きく口を開いて突進してきた大牙虎をかわしながら全速で前へ出た。相対速度で立ち位置が一瞬にして入れ替わり、すくんでいるもう一匹の前に立つ。

 正面の大牙虎は、鈍い動きで右前脚の爪を振るおうと伸ばしてくるが、それよりもはるかに速く、右回し蹴りを左脇腹に叩きこんで、大牙虎をアコンの木まで吹っ飛ばす。

 おれは、おれ自身の動きの速さや力の強さに、少し違和感をもちながらも、戦闘警戒中の今は迷わず次の行動を選択する。

 アコンの木にぶち当たった大牙虎が、ずるりと落ちかけたタイミングで、おれは急加速して近づき、そのまま飛び蹴りの2連打。

 おれの蹴りの衝撃と、その度にアコンの木に打ちつけられる衝撃が、大牙虎に重なる。

 『対人評価』で、大牙虎のステータスを確認。


 名前:大牙虎(固有名なし) 種族:猛獣 職業:なし

 レベル6 状態:麻痺

 生命力1/82、精神力17/25、忍耐力22/41


 あと生命力1か。さっきの奴もそうだけど、生命力が下がると、状態が麻痺になるらしい。

 アコンの根元に落ちた大牙虎のしっぽを両手でがばっと掴み、ハンマー投げのようにぶうんと振り回して、他の4匹がいる方向のアコンの木へと投げ付けた。

 ドン、という音とともに、大牙虎がアコンの木にぶつかり、生命力が途切れるとともに、地面に落ちる。

 そっちにいた4匹の大牙虎が飛び散って、高速で逃げていく。さっきステータスを見た時、あいつらの方が、レベルがひとつ高かったような気がするが・・・。

「これで2匹、と」

 さっきかわした残りの大牙虎に向き合う。こいつが最後だ。

 大牙虎は、頭を下げた低い姿勢で、うなりをあげている。またしても、弱い犬ほどよく吠える。まあ、こいつらは虎だけど。

 おれは無造作に近づいていく。力の差は、はっきりしている。油断はしないが、慌てることは何もない。

 大牙虎はこちらを見ながら、おれが近づいた分、後退していく。やがて、大牙虎はアコンの木に尻がぶつかって、後退できなくなった。

 ぶつかった瞬間、大牙虎は後ろを一瞬振り返り、また、こっちをにらんで、うなる。

 なんか、間抜けな感じだ。後ろにこんな木があるなんて知らなかったよ~、というような・・・。

 おれと大牙虎は立ち止まって、にらみ合う。強弱の関係は、既に明白。にらんで、うなっているが、襲いかかっては来ない。

 小さな間。

 次の瞬間、おれは、ドン、と左足で地面を踏んで、気合いの声を発した。

 大牙虎は、ビクンと反応してから、反転して駆け去っていく。

 なかなかの速さだ。どんどん加速している。

 『神界辞典』を使い、スクリーンを開く。『鳥瞰図』でタブに触れ、周辺地図を出す。そして、『範囲探索』をかける。セントラエムに教えてもらった方法だ。スクリーン内の地図上で赤い4つの点が点滅しながら、かなりの速さでアコンの群生地から離れていくのが分かった。3つの点滅に追いつこうと、最後の1つが猛追している。

 そのままスクリーンを確認し続ける。

 やがて、スクリーンの地図上から、赤い点が4つとも消えた。『鳥瞰図』がカバーしている範囲からは出ていったようだ。そして、『対人評価』で自分のステータスを確認しようとタブを触る。


 名前:オオバスグル 種族:人間 職業:なし

 レベル40

 生命力400/400、精神力370/400、忍耐力285/400


 忍耐力が減っている。

 やはり、スキルを使えば、忍耐力が減るらしい。どういう仕組みか、分からないが、スキルは我慢強くないと使えないようだ。数値にはまだ余裕がある。同じくらいの相手ならあと二、三十匹は戦い続けられるだろう。

 もう一度、タブを『鳥瞰図』に合わせて、スクリーンに地図を戻す。

 やはり赤い点滅はもうない。

 力を見せつければ、逃げていく。

 その通りだった。

 でも、警戒は怠らない。油断すれば、牙や爪で大怪我をしてもおかしくない相手なのだ。




 おれは樹上に上り、子どもたちのようすを確認した。

 樹上から、さっきの戦いを見ていたようで、少し興奮しているようだ。敵討ち、という気分なのかもしれない。

「大牙虎は、もういない。大丈夫だ」

「・・・見てた。あなたは、強い」

 大きい方の少女、ジルが答える。

「おれはまだやることがある。ここで休んでるように」

「・・・ついていきたい。一緒にいたい」

 どうしたものか、と考えてみたが、この子たちにとっては、アコンの群生地に来たのは初めてのことであり、ここが安全だと感じられる訳ではない。

 だから、今の段階ではもっとも安全だと思える、大牙虎を倒したおれの近くにいたいのだろう、と納得した。

 まあいいか、連れていこう。

「自分で歩けるか?」

「歩ける」

「そっちの子もか?」

「うん。歩ける。でも、疲れたら、私が背負う」

 少女は真剣な顔で、そう言った。

 責任感の強そうな子だ。小さいのにしっかりしているのは、この世界が日本よりもはるかに過酷で、生き抜くのが難しい証ではないかと思う。

「いや、いい。疲れたら、おれが抱いていくよ。おれはオオバだ。君の名前は?」

 ステータスを確認したので知ってはいるけれど、改めて、聞く。

「私は、オギ沼の村、ティムの子、ジル。オーバ、助けてくれて、ありがとう」

 おれはジルの頭を軽くなでた。

 もう一人、小さい方にも向き合う。

「君の名前は?」

「・・・ウル」

「おれはオオバ、よろしくな」

 いずれ、この子たち、ジルとウルは、元いた村へ送り届けるつもりだ。

 しかし、今すぐ、ここを離れる気はない。樹上屋敷は未完成だし、周辺の探索も不十分で、生活資源の確保や食料生産体制もまだまだ途中だ。

 ジルとウルを守りながら、しばらくは一緒に暮らす。

 そもそも、ジルの話とセントラエムの話を合わせて考えると、ジルたちの村が大牙虎の群れに襲われたのは、間接的に、おれがアコンの群生地に転生してきたからだ、と考えられる。

 ここは、森の周縁部に暮らす人たちが立ち入らない奥地で、もともと大牙虎のような猛獣たちが跋扈していた、らしい。そこに高レベルのおれが転生し、本能的に怖れた猛獣が逃げて、新たな縄張りを求めたため、そういうことになったのではないかと思う。

 自覚はないが、ジルとウルがここに来たのは、おれのせい、ということである。

 もし、この子たちの村が全滅していたのなら、このまま、ここで預かって育てなければならない、という覚悟は決めた。


 二人はその場で少し待たせて、倉庫へ行く。樹間を移動するロープの縄梯子で作ったつり橋は、この子たちの歩幅に合っていないので危険だ。道具や食べ物、燃料など、いろいろなものをかばんに詰め込んで、寝室に戻る。

 ジルを背中に乗せ、しっかりつかまらせる。ウルを左腕に抱えて、下へおりていく。

 着地して、二人をおろした。大牙虎の屍を並べてロープでまとめる。左肩に二匹の大牙虎をかついで、小川をめざす。小さな二人が頑張ってついてくる。歩くペースは子どもに合わせてゆっくりだ。

 途中、体がふらふらし始めたウルに『対人評価』をかけると、忍耐力が1になっていることが確認できた。頑張ったウルをほめて頭をなで、それから右腕に抱いて歩いた。もう一人の少女、ジルは我慢強く、小川まで歩き抜いた。

 小川のそばで二人を休ませる。水を美味しそうに飲む姿がかわいい。

 二人の横で、竹筒に水をくむ。そこに、小さなネアコンイモのかけらと干して刻んだビワの葉を入れ、岩塩を削り落とす。

 川石を組んで薄い平石をのせ、簡易のかまどをつくり、竹筒を置く。竹筒はびわの葉と小石でふたをする。火を起こして、薄い平石を加熱していく。

「ジル、火の番を頼む。火が弱まったら、薪を追加して」

「うん」

 ジルとウルをかまどの前に座らせ、薪を置く。

 おれは川の対岸にそれぞれ大牙虎の屍体を置き、石斧を別の石で叩いて、大牙虎の首を割き、川につけた。血があふれ、流れ出ていく。大牙虎よりも下流は赤く染まっていった。

 血抜きをしている間に、かばんから芋づるを取り出して三つ編みでロープにしていく。さらに、そのロープを使って縄梯子を作る。

 ジルたちが自分で樹上にのぼれるようにするためだ。

 樹上での他の木への移動に使っている横にした縄梯子のつり橋も、竹板を加えて、この子たちの歩幅でも落ちないように工夫をしなければならないだろう。

 それから、川沿いの一、二メートルほどの斜面に、竹の端材をかためて並べる。その近くにある平石や川石で周囲を包み、さらにビワの葉で穴をふさぎつつ、土に少しずつ水をかけながら、覆って固めていく。下と上にだけ穴が空いた状態で、下から薪と細枝を差し込んで、かまどの火を移す。

 簡易の小さな登り窯だ。これで、竹炭ができるはず。

 大牙虎の首をつけているところから下流に血の流れが見えなくなったので、血抜きは進んだようだ。一度河原に大牙虎を引上げ、腹の中央に、尖った石で、直線上にいくつもの穴を開けていく。尖った石を、小さめだが一番鋭利な石斧に持ち替える。小さめの石斧で、開けた穴と穴をつないで、腹を割いていく。ジルはかまどに集中していたが、ウルは興味津々でこちらを見ている。

 動物の解体など、おれ自身は詳しく知らないはずだが、『調理』スキルの効果なのだろう。なんとなく、やるべきことは分かる。

 割いた腹の中から、食道から肛門まで、内臓部分を切り離す。小さめの石斧が、意外と切れるので良かった。内臓部分も使い道があると考え、下流で洗ってから置いておく。ホルモン焼きとか、ソーセージ、ウィンナーみたいな使い方があるかもしれない。大牙虎の胃袋はとても堅くて、この子たちの靴の材料にしてみようと思う。そうやって、内臓を除いた腹の中を洗う。

 そのまま二体とも、小川の流水につけたままにしておく。洞窟滝からの水は冷たいのでちょうどいいだろう。


「オーバ、薪がない」

 ジルが呼んだ。

「分かった」

 薪がないなら、そろそろいいだろう。

 かまどの火の中に、ビワの葉でくるんで、蔓草でしばったネアコンイモを放り込む。これは、おれ用の焼き芋だ。

 熱された薄い平石の上の竹筒から、小石とビワの葉のふたをとって、中をのぞく。湯気が出て、入れていた芋が崩れている。「ネアコンイモのビワ茶スープ」なのだが、ふたを戻しておく。まあ、二人にはもう少し我慢してもらおう。

 焼き芋だと、久しぶりの食事としては固いだろうと思ったので、こういう調理方法を選んだ。

 鍋があれば直火にかけられるが、竹筒では熱く焼いた薄い平石の上で熱するくらいが限界だろう。竹が燃え尽きたら食べ物じゃなくなってしまう。

「ジル、ウル、移動する。歩けるか?」

「歩ける」

 ジルは立ち上がった。

 ウルも黙って立ち上がる。

 河岸の段差は持ち上げてやり、そこから先は限界まで歩かせる。さっきと同じように、途中でふらふらし始めたウルは抱きかかえて歩いた。

 次の目的地は竹の生えているところだ。

 竹は便利なので乱伐しているが、豊富に生えているので気にならない。

 いつもは四本から六本くらいは切り倒すが、今日は帰りにウルを抱きかかえる前提で、二本だけにする。

 二本目を切り倒そうとしたところ、ジルがやってみたいというので、少し、手伝わせた。石斧を他の石で叩いて竹を切るのだが、まだ力が足りないのか、小さな切れ目をいれるのにも時間がかかった。

 小さなきこりの頑張りをほめる代わりに頭をなでて、おれは交代した。

 そして、伐採した二本の竹を引きずりながら、ウルを抱きかかえて歩き、アコンの群生地まで戻る。

 ジルはよく歩いた。

 二人を休憩させている間に、石斧で竹を分割して竹板にした。四分割にした竹板は、縄梯子のつり橋にのせてみた。

 その上を歩いてみたが、思った通り、固定されていないので、不安定でかえって危ない気がした。

 固定するため、縄梯子の短い横ロープに、上、下、上、下と絡めて差し入れる。隣り合う竹板は、下、上、下、上と互い違いに差し入れる。竹板の間が開かないようにロープで互いを結んで固定する。

 もう一度竹板の上を歩いてみたが、今度はかなり安定している。竹のしなりが、ロープのしなりと合っているので丁度よい。

 寝室から、貯水室、トイレまで、この子たちが移動しやすいようにつり橋を改良した。他のつり橋は近日中に改良しようと思う。

 それから、縄梯子を寝室にしっかり結んで、下まで垂らした。

 休憩させていた二人に、縄梯子を上る練習をさせる。最初はジル、それからウル。落ちても大丈夫なように、おれは下で待機。

 三度、上り下りをさせて、大丈夫だと確認できた。今度は、樹上間の移動をさせようとして、手すりのロープの高さが、この子たちの身長に合っていないことに気づいた。その場で子ども用の高さに手すり用ロープを設置していく。

 ここでも三度、移動ができることを確認した。これだけの高さがあるのに、ジルも、ウルも、あまり恐怖心を抱いていないようだった。

 それでも、セーフティネット代わりに、低い方の手すりに結んだロープをつり橋の下を通して、反対側の手すりに結ぶ。何本か、並行に結ぶだけでなく、交差もさせながら、滑った時に落ちずに引っかかるようにしておく。

 そのまま、トイレへ移動し、トイレの使い方を教える。トイレトレーニングは重要。今後の農業生産や疫病対策にも関係することなので、念を押して教えた。


 再び、小川へ戻る。

 今度はウルも、最後まで歩くことができた。

 かまどの火はとても小さくなっている。

 登り窯の周囲は、熱量がちがった。

 竹筒を小川で冷やして、二人が手に持てるようにする。スープも少し冷めるだろうが、気にしないことにする。

 いもが煮崩れて、いい感じでどろどろになったスープだ。芋がゆみたいなものか。とても甘いにおいがする。

「飲んでみなさい」

 まず、ジルに渡す。

 ジルは何のためらいもなく、竹筒に口をつけて、傾けた。信頼されている、という気がした。いや、空腹だっただけかもしれないけれど。

「・・・甘い」

「おいしいか?」

「うん」

「ウルも!」

 見ていたウルがほしがったので、ウルにも竹筒を渡す。

 ウルも、ジルと同じように、スープを飲む。

 ウルは言葉では表現しなかったが、満面の笑顔をおれに向けてくれた。満足の味だったようだ。

 おれも、かまどから焼き芋を取り出して食べた。

 ウルがほしがったので、少しだけ、口の中に入れた。

 これにも満面の笑みが報酬として支払われた。

 ジルが何かを言いかけてやめたので、同じように少しだけ、口の中に入れようと近づける。

 恥ずかしそうにジルが口を開けた。

「おいしい・・・」

「甘いか?」

「うん。こっちの方が甘い」

 そうか、煮るより焼く方が甘いのか。理由は分からないが、煮た方が甘いにおいはさせていた気がする。甘み成分が気化したのかもしれない。

 明日はおれの分もスープにして、甘さ控え目の味を感じてみようと、心に決めた。


 食後は、虎肉の皮はぎに挑戦した。

 思っていたよりも、簡単に、まるで服を脱がすかのように、毛皮が分離していき、白い脂肪分が露出してくる。冷たい水でよく冷やされていたからかもしれない。どうしても分離しにくいところだけ、小さめの石斧を使った。

 毛皮の内側にこびりついた脂肪は、小川の丸石で削り落とした。


『「解体」スキルを獲得した』


 いつもの、どこからかは分からない声が聞こえてきた。

 また、レベルアップをしてしまった。

 まあ、強さが増して、悪い訳がない。気にせず、作業を再開する。

 虎の皮下脂肪の小さなブロックと、一口サイズの赤身を5枚、小さめの石斧で切り取る。この石斧はナイフ的扱いができて都合がいい。

 火が弱まっていたかまどに小枝と薪を追加し、再び火を強める。

 熱されてきた平石の上に、脂肪ブロックをのせ、菜箸代わりの小枝で動かす。

 じゅう、と脂が溶けていく。

 赤身をのせる。

 じゅうっ!

 ああ、たまらない。

 焼肉の音だ。

 今さらなので、食の安全だのなんだのは、忘れることにする。

 ただし、レアはだめ。必ずウェルダンでいく。

 岩塩を削ってかける。

 そうやって、じっくり焼いた塩味の1枚を口に運ぶ。

 ・・・。

 ・・・。

 ・・・うまい。

 久しぶりの肉だから、というのもあるが、うまい。

 タレはないけど、うまい。

 とにかく、肉はうまい。

 ごくり、という音が、背後から聞こえた。ジルだ。

 続けて、残りの肉も平石にのせていく。

「ジル、ウル、食べるか?」

「うんっ!」

「久しぶりの食事だから、よくかんで食べろよ。それと、1枚だけだからな」

「うんっ!」

 もはや会話はいらない。

 おれたちは虎肉をじっくり味わって食べた。

 それから、頭蓋を大きな石で破壊して、立派な牙を四本、手に入れた。これからの解体や他の作業でも使えるだろうし、護身用の武器にもいいかもしれない。そういえば、アコンの樹皮に傷をつけていたくらいだし、居住スペースの新たな展開が考えられそうだ。

 竹やりに突き刺した虎肉を担いで、おれたちはアコンの群生地まで歩いた。

 虎肉は、獣脂と肉塊に分けて、明日の分の焼き肉十数枚と、肉じゃがビワ茶スープ用の細切れだけは丁寧に切り分けた。あとは大まかに、切り裂いていく。ここの気候では、生肉はそんなに保たないだろうし、腐った肉を食べることで危険な目には遭いたくないからだ。

 大まかに切り分けたそれなりのサイズの肉は、調理室に干していく。このまま、干し肉にしたり、スモークしたりしてみるつもりだ。明日も、竹炭をつくろうと考えているので、かまどや登り窯の上に、大きめのサイズに切った肉を干してみようと考えている。

 内臓部分も干しておく。


 肉を干し終えたら、獣脂を何本もの竹筒に詰めて保管し、再び小川へ。

 食事で回復したのか、ウルは今回も最後まで自分で歩くことができた。

 今度は滝シャワーだ。

 おれが滝つぼで洗濯するのをマネして、ジルとウルが毛皮の服を洗っている。毛皮は、洗っても大丈夫なのか?

 まあ、ダメになったとしても、大牙虎の毛皮で、作り直せばいいけれど。

 そして、三人で汗を流して、アコンの群生地へ戻った。

 一日の疲れと汚れが落ちる気がする。

 やはり滝シャワーは気持ちがいいものだ。

 二人も、そんな顔をしていた。


 三人と一柱の新生活が始まった。

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