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かわいい女神と異世界転生なんて考えてもみなかった。  作者: 相生蒼尉
第2章 大草原編

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54/132

第54話:女神の目線でムラを見た場合


 評価や感想、ブックマークも、ありがとうございます。

 ついに評価ポイントが1300を超えて。

 大作家さんたちからみれば大したポイントではないのでしょうが、こちらとしてはとても嬉しい限りです。

 あと、新作を掲載中です。「賢王の絵師」、よろしかったら読んでみてください。



 今回は、ムラムラの様子、です。あれ? 村の様子、かもしれません。



 彼との生活に大きな変化が訪れました。

 彼との生活・・・というか、彼の背後での私の生活なのですが。なんだか誤解を生みそうですね。

 森に逃げ込んだ幼子二人を助けて、彼は大牙虎と戦うようになりました。

 もちろん、大牙虎ごとき、彼の敵にはなりません。

 返り討ちにして、食料にしてしまいました。

 幼子二人はどちらも女の子、ジルとウルが樹上生活に加わりました。子どもを護る、そのことを彼はとても大切にしているようです。

 二人のために彼は森の外を目指しました。

 そして、どんどん、共に暮らす仲間が増えていきます。


 彼のレベルアップにともなって、私は中級神となり、中級神としての名乗りを上げました。

 人族と神族との違いはいろいろありますが、彼と私の大きな違いにスキルのことがあります。

 彼はスキルを獲得してレベルアップする。その時、そのスキルは彼の意図とは関係なく、決まっています。彼はそれを意図的なものにしよう考えているようですが、そう簡単なことではないようです。それでも狙ったスキルを獲得していることもあるようなので、すごいとしか言いようがありません。

 私はレベルアップの機会に、スキルを自分で選択することができます。スキルを選択すると同時にレベルアップします。そもそも、彼のレベルアップと連動して、私はいくつもある選択肢からスキルを選んで、レベルアップしていきます。守護神として護っている人間のレベルアップは、守護神の力となる、というのが基本なのです。まあ、守護神が護り続けるから、対象の人間のレベルが上がっていく、というのが神族側の考え方です。

 私と彼の間には、スキルを自分で選べるか、選べないか、という大きな違いがあるのです。

 はい、と、いいえ、での彼との会話では満足できなくなった私は、「神意伝達」スキルを選択し、彼と普通に話ができるようにしました。まあ、話がしたかったというのは、ちょっと、なんというか、はしたないことかもしれませんので、そのことは正直には言わずに、中級神になってできることが増えたみたいな、とか、ごまかして説明しましたが・・・。あ、これ、嘘には当たらないですよ? スキルの獲得はできることが増えることと同義です、はい。彼との付き合いで、私もずいぶんと成長しましたとも。

 彼は自分のことをスグルと呼ぶように、私に告げました。

 彼の名前はオオバスグル。生前の名をそのまま名乗っていますが、家族名であるオオバがこちらの世界では通り名になっており、私だけが名前のスグルと呼んでいます。

 ちょっと、ちょっとですよ、ちょっとだけのことですが、優越感を感じます。はい。


 毎晩のようにスグルとは話し合い、充実した夜を過ごしました。おっと、これも、誤解を生みそうな表現でしたか。とにかく、充実した夜ではありましたが、まあ、普通に話す、とはいっても、私にはスグルの姿がはっきりと見え、その表情も分かるのですが、スグルには私の姿が見えません。

 スグルは私の姿を見られるようになりたい、と。

 ・・・照れます。

 なんというか、まあ、この言葉を聞いた瞬間の、顔を見られなくて良かったというか。

 ・・・ええ、嬉しかったですよ。嬉しかったですとも。

 それで、神眼の修行をスグルは始めた訳ですが、これがなかなか身に付きません。

 それならと、レベルが上がって選べるようになった「神姿顕現」のスキルや、「実体創身」のスキルなど、スグルの前に姿を見せられるように、できるだけ自分を神々しく、美しく見せるように努力しました、しましたとも。

 そうすると。

 そうするとですよ。

 スグルは「神眼のスキルを獲得する訓練にならないから」と、スグルと二人きりで話すときには「神姿顕現」や「実体創身」のスキルを使わないように、などと言うのです。

 何のためにこれらのスキルを選んだと思っているのでしょう。

 まったくもう。

 女神心の分からない男ですよ。

 鈍感なのでくやしいです。

 まあ、これらのスキルは、信者の獲得に多大な効果がありましたので、それはそれで、よしとしましょうか。


 そう、信者です。

 そもそも、そもそもですけれど。

 スグルはジルとウルの二人のために、「信仰」と「神聖魔法・治癒」のスキルを獲得したのですが、それ以降、ジルとウルは女神への感謝の祈りを毎日捧げるようになりましたので・・・。あ、その女神って私のことです、はい。

 私は、なんと、下界に信者を得たのです。

 得てしまったのです。

 神界での講義では、最高神さまだけが、下界に信者を得ておられるとのことでした。

 まさか、こんなことになろうとは思いもしませんでした。そもそも、転生後の守護対象と話をしている守護神は私だけなのだと思いますが・・・。

 ・・・いいえ。違った見方をするならば。

 最高神さま以外は信者を得たりしないように、初級神たちは「間違ったこと」を講義で教えられているか、講義を担当する中級神さまや上級神さまたちも「間違ったこと」しか知らないか、という可能性も、今は疑っています。

 そもそも、転生者の守護神となることは、初級神が中級神になるための修行の場とされています。中級神になったら、もう下界へは降りられません。

 中級神から上級神になるのは、もう何百年も実現していないと説明を受けました。これは事実だろうと推測しています。なぜなら、神族にとって最大のレベルアップの機会である守護神の活動を中級神はさせてもらえないのですから。

 このようなことを考えるのは大変不敬であるとは思いますが、最高神さまや上級神さま方は、自分たちの地位を守るために、あえてそのようにしているのではないか、と。

 ・・・私もスグルの影響を強く受けている気がします。はい。疑いを持ってはならぬ、と教わったはずですが、今では確信に近い疑惑を抱いています。


 あ、信者の話でした。

 スグルが私たちでいう治癒神術、スグルの場合「神聖魔法・治癒」のスキルをはじめとする、治療関係スキルを使って、奇跡のように人助けを行い続けたことで、女神の信者が、つまり私の信者が増えています。今では、スグル以外にも、治療関係スキルを使えるメンバーが数名・・・。

 まあ、それは高レベルになって選択可能になった「信者加護」や「信者之輪」、「祝福授与」といったスキルを私が選択したこととも関係があるのですが・・・。

 私は本来、スグルの守護神なのですが、今ではアコンの村の守護神という扱いにされています。

 ジルなどは七歳となってスキルを得た途端、職業が「セントラの巫女」になっていました。そのせいで生命力や精神力のステータス補正が大きくて・・・。年齢とレベルの乖離も、人格を破綻させかねないくらいのものがあります。

 今年、ウルが七歳になるタイミングが心配です。ジルと同じか、それ以上のことになってもおかしくありません。この二人の毎朝の祈りはケタ違いですから。

 このままでは私は下界に一大教団を築いてしまう勢いです、はい。

 まあ、ジルとウルは、スグルにとても懐いていて、スグルの教育をまっすぐに受け入れていますから、他人より多くの力を得ていても、それを悪用するようなことはないでしょう。

 スグルはどうやらアコンの村を百人以上の規模にするつもりです。三ケタの信者を獲得したら、私はいったいどれだけの神力をふるえるのか、怖ろしくもあります。

 これは私が信者を獲得して分かったことですが、信者を獲得した神族は、その信者たちの祈りを受けて神力とし、使うことができるのです。

 ・・・もちろん、その力はスグルのために使います。それが守護神というものです。


 増えているのは私の信者だけではありません。

 ・・・スグルの女性関係も拡大中です。

 もちろん、納得しています、はい。それはそうです。この世界、より優秀な男性の・・・を求めるのは自然の摂理そのもの。大森林の周辺で・・・いいえ、もっと範囲を広げたとしても、この世界全体としても、スグルほどの男性はいないと考えられます。

 講義で学んだ、最高神さまが守護神を務めたという、アランガルドの神聖王が死ぬ間際でレベル32だったとされています。これが歴史上最高レベルの人間だった、はずです。

 転生時点でスグルはその上をいっていました。転生した途端に歴史上の最高レベルの人物を超えていて、それ以降もずっと記録を更新中です。

 女性が本能的にその種を求めるのは当然です。・・・をはっきり口に出してしまいました。油断です。いろいろあって、私もムラムラとしているのかもしれません。


 クマラは、まあ、虹池の村で出会ったときから、スグルを意識していたようですけれど、兄のセイハを救われて初恋に落ち、朝の通り雨で雷から守ってもらって、自身の恋心をはっきりと自覚して・・・。まだ、婚約という段階ではありますが、とにかく、健気にスグルを支えようとしています。そのための努力が、彼女自身を驚くようなレベルにまで高めています。ジルが巫女としてはまだ幼く、言葉足らずのため、クマラの職業欄には「覇王の婚約者」と並んで「女神セントラの代弁者」と・・・。この職業システムの研究も必要になるかもしれません。ここもステータス補正が・・・。


 それからアイラ。アイラはこれまで男性によってさんざん困らされてきたことから、あの時、命の限界を救われた相手であるスグルを運命の人と受け止める、という物語みたいなことは理解できなくもないです。出会っていきなり、というのは、どうかとも思いましたが・・・。まあ、私はできるだけ見ないように両手で私自身の顔を隠しておりましたが・・・。それでも人差指と中指の間や、中指と薬指の間から、少しずつ見えていたものは見なかったことにして・・・。激しく求め合う姿は、スグルもやはり男だったのか・・・いえいえ、見えてはいませんし、見てはいません。何よりも驚いたのは、その直後にアイラにスキルが、しかも固有スキルが身に付いたこと。人間で固有スキルをもつのは転生者のみ、という常識を超えてしまったのです。それはそれとして、研究対象ではありますが・・・。


 スグルがそんなに女性を求めるのであるなら、もしかしてもしかすると、と。

 まあ、そううまくはいかなかったのですが。

 「実体創身」のスキルを選んだにもかかわらず、神眼の修行のためにスグルの前では私は見えない姿のまま、というこの仕打ちは先程も述べた通りです。

 悩ましいところです。

 それでも「分身分隊」のスキルと合わせて小さな姿でスグルと大草原を訪れたのは楽しかったです。

 小さいことを活かしてスグルの胸元にもぐりこみましたし、ああ、暖かく、たくましい大胸筋でした・・・。

 いえいえ、そんなことより。

 大草原から連れて戻った子たちもすっかりアコンの村の生活に馴染んでいます。

 ジルとウルに乗馬を教えたときには、いつか私もスグルと並んで乗馬できれば、と「乗馬」スキルを選んだりもしましたが・・・。

 よく考えてみると、実体となったときにスグルの後ろに乗って抱きついた方が良さそうです。ひとつスキル枠を無駄にしたかもしれません。一度選んだスキルは変更できないのです。


 ああ、そうそう。二人目の女が大草原にいます。うらやま・・・いいえ、なんと表現したものでしょうか。まあ、ナルカン氏族のライムは、その生い立ちは幸福とは言えない娘でした。他氏族へ幼くして嫁に出され・・・これが大草原の普通なのですけれど・・・。子に恵まれず、氏族に戻された出戻り娘で、若い族長の双子の姉。スグルの二度目の訪問時には、ナルカン氏族がスグルを重要な外交相手とみなして、女性をあてがったのですが、未婚の娘を差し出したくない族長が出戻り娘である自分の双子の姉を・・・。結局のところ、ライムにとってはスグルと結ばれたこと自体が幸運で幸福だったと言えますが。ここでも、ライムが固有スキルを含めていくつものスキルを獲得してレベルアップを・・・。スグルと・・・関係になるとスキルが身に付くということはここで立証されました。処女、非処女は関係ありません。スグルさえその気になれば、女性を中心とする最強軍団を形成することも可能です。神族でも同じことが起こるのか、知りたい・・・というか、そういうことと関係なく、そういう関係になってもいいなあ、とも思うのですが・・・。ライムの職業欄には「覇王の側女」と・・・。大森林と大草原という、とても離れた位置にいるのに側女とは。まあ、ライムはそれまでの不幸の分だけ、幸福になって頂きたいと、女神としては思います。はい。遠距離であまり会えない関係ですから、心も広く、このまま距離を置きたいものです。信仰スキルもありませんし、信者でもありません。自分の身は自分で護って頂きたいところです。現在のところ、大森林はともかく、大草原の人間では最強の存在なので、特に問題はありませんとも、はい。


 もちろん、ステータス補正があります。ただし、巫女や代弁者などの女神関係の補正よりも、覇王の補正は小さいようです。アイラにもこの補正はあります。また、クマラは、覇王の補正よりも女神の補正が優先されているようで両方の補正が加わる訳ではないようです。


 それからケーナですね。もう何人目でしょうか、まったくスグルは・・・。ケーナは花咲池の村の娘で、この村にはなんというか、ろくな男がいないため、スグルがとてもいい男に見えたことでしょう。あの村最大のダメ男をスグルが一撃でのしたことも大きいかもしれません。いえ、そういう要素がなくとも、スグルはいい男にしか見えませんよ、もちろん。しかも、父と妹たちを助けてもらって、感謝の心も大きく・・・。考えてみると、ケーナも最初からスグル目当てのような気がしますね。クマラの手伝いを積極的に行い、村での信用も得て、それに朝の祈りにも真剣で、あっという間に信仰スキルを獲得して、私の言葉は届くようになりましたし・・・。あれ? そう考えてみると健気で一生懸命な女の子な感じですよね? いえいえ、クマラの近くの栽培関係はスグルともっとも近づくことができる空間です。それを狙っていたのであれば、策士なのかもしれません。恋の策士。なんということでしょう。私の苦手とするところがケーナの得意なところかもしれません。しかも、出身村の調整という政治的な力学まで利用するとはかなりしたたかな存在なのでは・・・。


 スグルとずっと一緒にいるのは私のはずなのですが、私が一番出遅れているような気がしてなりません。これが種族の違いという大きな壁なのでしょうか。なんだかムラムラします。


 まだまだ子どもで、異性に対する意識があまりないですから、今のところ、そういう感じはありませんが、いずれ、ジルやウルだって女性へと成長しますし、この二人にとって理想の男性像はスグルしかありません。その行く末はスグルのところでしかないでしょう。


 既に、アイラの妹のシエラはかなりスグルを慕っているようです。上手に姉のアイラの邪魔をしつつ、スグルとの距離を明らかにつめています。あれは父を慕うとか、兄を慕うとかではない、と女神の直感が告げています。アイラは妹を溺愛しているところがありますから、他の男と結婚させるより、姉妹そろってスグルのところの方がいいと考える可能性は高く、まんまと妹に夫を奪われる、という未来も視えそうです。


 それに、ジッドの娘のスーラも、ケーナのように、出身村の調整という政治的な力学でスグルへと嫁入りを果たすのは間違いありません。スーラは既に信仰スキルを得て、私の言葉が届くので、スグルに断る理由がありません。スーラの気持ちは、まだまだこれからでしょうが、父のジッドが強い思いをもっているので、この流れは変わらないでしょう。


 大草原から来たエイムは、リイムとノイハをくっつけることで自分はスグルと・・・という企みを感じます。まあ、エイムはなかなか信仰スキルが身に付かないようなので、スグルに嫁入りする条件が整わない可能性がありますけれど・・・。嫁入りせずとも、愛人のような立場にはおさまりそうです。


 私が護るべき対象であるスグルが、女性に囲まれているというのは、どうとらえるべきなのでしょうか。その女性たちから護るべきなのか、どうか。まあ、そこは守備範囲外なのですが・・・。

 どちらかというと、スグルの守護神として、スグルからアコンの村そのものの守護を頼まれています。

その結果として、「分身分隊」のスキルを活用して、旅立つスグルの守護をしながら、分身にアコンの村の守護を任せる状態です。

 正直に言えば・・・これは普段から嘘をついているという意味ではなく・・・はっきり言えば、ですけれど・・・アコンの村のみなさんを戦力として数えた場合、ジル一人で大森林の獰猛な動物たちを皆殺しにできるでしょうし、クマラ一人で大草原の氏族はいくつか屈服させることができるでしょう。

 だから、特に守護する必要もないと言えばないのですが、もし不慮の事故などで大怪我をした者がいた場合、分身の方に大きな力を残しておかなければ対処できません。スグルの方は、分身を消して回収すれば私の本体に全ての力が戻りますので・・・。

 そういう理由で分身に九割の力を割いて、残り一割の力でスグルの守護にあたっています。そもそも、もっとも私の守護を必要としていないのが、スグルだというところが悩ましいところです。スグルは九割の力をもつ分身と、一割しか力がない本体なんておかしい、などと言いますが、私の本体は常に守護対象であるスグルとともにあるのです。力の割合など関係ありませんとも。


 スグルとノイハの旅に付き合うのも楽しいのですが、分身の方の村の様子も楽しんでいます。


 スグルに心配をかけないように、一生懸命、村をよりよいものにしようと頑張る女性陣の姿には、いつも共感しています。

 お腹の大きいアイラが、クマラに糸繰りや機織りを教わりながら、布作りに励んでいる様子はとても微笑ましいと思います。

 クマラに稲作の実験を任されたケーナが土器栽培の稲の世話をするのも、ジルの監督の元、子どもたちが土兎と森小猪の飼育場所を移動させているのも、微笑ましい限りです。土まみれ、泥まみれになっても子どもは可愛いものです。

 ジッドは剣の訓練以外ではほとんど役に立っていないのは気になりますが、まあ、それもジッドらしいといえばそれまでのことです。

 おおむね、アコンの村は平和な状態です。

 最大の事件は灰色火熊です。アコンの群生地と小川との間に生えている栗の木がありますが、その実を求めて、灰色火熊のつがいがあらわれたのです。日常の移動経路に人間よりもはるかに大きな動物が侵入、気づいた子どもたちが走って逃げて、助けを呼びます。こういう時こそジッドの出番です。剣の腕前は確かなのですから、ここでの活躍を期待するしかありません。灰色火熊は人間の二、三倍の大きさがある巨大な熊で、口から火の息を吐く、大変危険な猛獣です。子どもたちを逃がしながら、ジッドが森を走ります。そして、灰色火熊の前で銅剣を抜刀。

 そんなジッドの前には完全に生命活動を停止した二頭の灰色火熊と、悠然と立っているジルとクマラがいるだけでした。

 だから私は、村のことなど、心配する必要はないと思うのです。

 今のジルやクマラなら、大牙虎だろうが灰色火熊だろうが、秒殺です。灰色火熊の鋭い爪はかすることもなく空を切り、力をためて吐いた火の息は、吐いた瞬間に背後をとられて連打を浴び・・・ジルはともかく、クマラはスグルの前では大人しいですが、戦いとなったら容赦なしです、はい。そもそもスグルに内緒で、ノイハに弓を引かせて、矢を掴み取る練習とか、平気でクマラはずっとしていましたし、ね。クマラは、そういう面があるのです。クマラ、なんという怖ろしい娘なのでしょう。草花を愛する少女のように見えますし、それは真実ですが、アコンの村の三強の一角なのです。ジルも、クマラも、武器は使わず、無手で熊殺し・・・。

 ジルに遅いと言われ、クマラにとっても小さな声で、せめてこういう時は一番に動いてほしいと思います、と言われたジッドの顔といったら・・・。少し可哀想な気がしました。その後、灰色火熊の解体と、夜の焼肉祭りではジッドは大活躍でしたが・・・。スグルとノイハが戻る頃には、果物を潰した汁に漬けて熟成させた熊肉がふるまわれることでしょう。

 アコンの村はスグルが一から育てたスグルの王国です。そういう考え方をすれば、心配などいらないのも当然です。

 スグルは、自分が不在の場合、最も強いジルにとりまとめを命じていますが、そのジルは、たいてい何事もクマラに相談して、行動しています。実は、村で最も影響力があるのは、一番小さな声のクマラなのかもしれません。まあ、考えてみれば、村の食料に関する最大の責任者なので、当然と言えば当然のことかもしれません。


 そういう感じで、分身の私から見ると、村には危険などない、というお話なのですが・・・。

 突然の、本体からの、緊急の召集です。

 旅先のスグルに何かあったのでしょうか?

 どんどん、力が吸い出されていきます。

 いけない・・・。

 私は慌てて、クマラ、ジル、アイラに言葉を遺します。


 ・・・スグルが危険な状況です。私はそちらへ向かいます。村のことは任せましたよ・・・。


 クマラとアイラの表情が大きく変化したのを見届けた瞬間。

 分身の私は消えました。





新作「賢王の絵師」を掲載しています。

よければそちらもご覧下さい。


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