第52話:女神が人口増加について検討した場合
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年度末や年度初めは本業多忙のため、ほとんど更新ができず、申し訳ありません。
ついに評価ポイントが四ケタに。
大作家さんたちからみれば大したポイントではないのでしょうが、こちらとしてはとても嬉しい限りです。
今回は、重要な政策会議、です。
結論から言おう。
おれも、ノイハも、どちらもかすり傷ひとつなく、無事だ。
小竜鳥は、ゆっくりと、非常に安全に着地したのだ。
バッファローが岩山に着地した瞬間、命綱を切って、おれとノイハは左右に分かれた。
そして、小竜鳥はというと・・・。
ゆっくりと着地した小竜鳥。
すぐに逃げ出すおれとノイハ。
地面に押し付けたバッファローから、ひょい、と、飛び降りる小竜鳥。
振り返るおれとノイハ。
バッファローのすぐ前方、その場に立つはずだった小竜鳥。
思わず目を見開いたおれとノイハ。
小竜鳥の足は、バッファローとロープで結ばれている。
前方にぴょんと跳んだ小竜鳥は、ロープの長さ、というか、短さの限界でぴた、と止まり、そこからバッファローを中心とする円弧の動きでびたんと地面に叩きつけられた。
受け身をとれなかった小学生みたいに。
とても痛そうに。
うん。
そうなるよね。
実際に見るまで、思いつかなかったけれど。
とっても痛そうな着地だ。
足がまっすぐに伸び、全身が一度に地面へと叩きつけられた。
衝撃を弱める要素はいっさいない。
鳥らしくない格好で地面にアートを描いている。
小さなナスカの地上絵のようだ。
そして、そのまま動かない。
・・・死んだのか?
いやいや、痛そうではあるけれど、そこまでのダメージはないはず。
しばらくすると、小竜鳥はもがき始めた。
小竜鳥はもがいている。
翼を動かすが、起きあがることはない。
そりゃそうだ。翼は翼であって、腕ではない。
そもそも小竜鳥には腕などない。
全身をくねらせるが、おもに翼が邪魔で、うつぶせの状態から動けない。
足を動かそうとするがロープが邪魔でこれも動かない。
とにかく、鳥としてはあり得ない姿勢になった結果、そこからは飛ぶこともできず、立ち上がることもできず、這いまわることもできず・・・。
動かないのではなく、動けないようだ。
巨大な鳥が、なんという無様な状態だろうか。
あまりにも情けなく、同情してしまう。
「・・・どうすんだよ?」
「どうするって、言われても、なあ・・・」
ノイハとおれは見つめ合う。
小竜鳥が着地したのは、岩山の山頂まであと少し、というところにある、窪地。すぐ近くに横穴が見えるので、これが小竜鳥の巣なのだろうと思う。
横穴の入り口付近には、骨が見える。おそらく、バッファローの骨だ。旅の初日に、おれたちから奪っていったバッファロー。きれいに食べてくれたらしい。
いや、別に、食い物の恨みなどというつもりはない。
今さら、である。
まあ、それで思いついたのは・・・。
「ノイハ、今のうちにバッファローを解体しよう。まだ、食べてみたこともないし、同時に火を起こしておいて、味見だ」
「おおおおっっ」
「賛成だな。じゃ、やろうか」
ノイハの行動は速かった。刃物をあてて、ぐいぐいと、皮をはぎ、皮と肉を分離させていく。
バッファローはかなりの大物だが、これまでも森の小川で、大きなイノシシの解体をしたことはある。サイズの大きさは問題ない。
おれは火起こしを始めて、いつもの平石を熱した。
「ロープが邪魔なんだよなあ」
「ロープは・・・」
「分かってらあ。これを切ったら、あいつが動き出すっつーんだろ?」
「分かってるならいい」
「オーバ、内臓は、どうする?」
「内容物を確認して、洗い流せるくらいなら、食べてみたいな」
「よっし。そんなら、内臓からだな」
ノイハは器用に、あばら骨の間をかいくぐって、内臓部分を確保していく。
しかも、内臓物を丁寧に洗い流して、大きな笹葉を出し、その上で塩もみしている。あれは、レバーだろうな。
もう、それは解体じゃなくて調理だよ。
食べようと言い出して火を起こしてるのはおれだけれど。
「・・・前回、こいつに持ち逃げされて、食べられなかったから、楽しみだな」
「オーバでも、そんな風に思ってたかあ」
もちろん。
食に関してはね、こっちも欲がある。
しかも、異世界初の牛肉タイプ。
熟成させる時間はないとはいえ、期待は膨らむ。確か、本来、肉は熟成させて、うまみが増すらしいし、腐りかけが一番うまい、などという話も、聞く。さすがに、正確なことはよく分からないけれど、魚のようにとれたてぴちぴちがいいという訳ではないのだろう。魚だって、とれたて以外の美味しい食べ方は、それぞれの魚にあるのだろう。
切り分けたレバーを笹葉にきれいに並べたノイハ。
・・・熟練肉職人か?
ノイハとジッドの食欲は、調理を磨くところにまで達してしまったらしい。
今度は腸の処理に入ろうとしている。
いやいや、それは時間がかかりそうだ。
「ノイハ、まずこれを食べて、それから他の部位に・・・」
「! そうだな!」
食べるとなったら、すぐに作業を止めたよ、コイツ。
そんなこんなで、切り分けては食べ、切り分けては食べ、という流れを繰り返して、いくつかの内臓部位と、いくつかの内臓以外の部位を食べて、おれもノイハも満足したので、食事は終了。
ここまで一時間もかかっていない。ノイハの手際が良すぎた。
肉に関しては最高級の才能だな。
好みの問題と、あとは血抜きの程度のこともあるが、バッファローの肉は、うまいと感じた。ノイハはイノシシの方が好みらしい。森小猪ではなく、大きい方だ。とりあえず、今後の方針として、何ヶ月かに一度、バッファロー狩りを実施して、アコンの村に肉を持ち帰ることにする。ノイハは大賛成らしい。狩るのは一度に三頭まで。そうすれば、一頭は小竜鳥に奪われたとしても、残り二頭を確保できるはずだ。
味付けがまだ塩一択なので、この前見つけた胡椒の栽培がどこまで成功するかによって、アコンの村の肉食文化はまだまだ先があるだろう。
大草原では、飢えと口減らしが当たり前のようだった。猛獣地帯で戦い、生き残る力、すなわち、この世界でのスキルとレベルが、大草原の人たちには足りていない。おれとノイハの二人で、あっさり踏破できる場所に立ち入ることすらできていない。しかも、降水量が少ないという過酷な環境。農耕ではなく、牧畜での暮らし。羊次第の羊頼り。
おれたちの場合は、ネアコンイモの存在が大きい。およそ一か月で育つ、大きなイモ。このおかげで飢える心配がない。それに加えて、かぼちゃにトマトに、すいかをはじめとするいろいろな果物類もある。トマトなんか、余るくらい収穫できる。豆類も、米より早く収穫できるし、大切な栄養源だ。毎日とはいかないが、その気になれば土兎や森小猪での肉料理もできる。次の夏からは、米も、かなりの量は確保できるはずだ。
今の大森林と大草原の状況なら、食料は最大の財産だと言える。その食料という財産には、はっきりいって格差がある。
おそらく、おれが来る前は、逆の立場だったのだろうと思う。大森林周縁部の四つの集落は狩猟と採集の生活。川や泉、沼からの魚介類という恵みと、森林からのきのこやどんぐりなどの恵み。羊とともに生きる大草原の方が、まだましだったにちがいない。
異世界からの転生により、農耕の知識がある程度あるという反則技と、これまで人間が近づかなかった大森林の中心、アコンの木。これまでに見つけてきた、栽培可能なもの。言い方を変えれば、おれがやってきたことは財政改革であり、経済改革である。
今、大草原の氏族との交渉がうまくいっているのは、結局のところ食料という財産の格差があるからだ。こちらが与える側で、しかも武力も上。それでいて、追い詰めるのではなく、助けるように交渉している。奪おうとすれば反発もあるだろうが、助けられて傷つくのは誇り、プライドだけ。だから、そのプライドをどのように守るか、というところに重点を置いて、「おれたちよりは下だけど、他の氏族よりは上」となるように仕向けた。ナルカン氏族のドウラは、まんまとはまった。チルカン氏族の連中を完璧に退けて・・・。いや、今は、おれのことをきちんと認めて、おれの言うことに納得して動いている、というのが現実か。
ナルカン氏族には、あのへんの氏族、ナルカン氏族も合わせて四氏族から六氏族くらいはまとめてもらって、口減らしの子どもたちをおれたちが引き取っていくことで、食料を融通するという計画だ。簡単に言えば、食料を分け与えることで安心と信頼を刷り込み、同時に人口を奪うことで大草原の発展を妨げつつ、おれたちは人口を増やして生産性を高めて勢力を拡大する、という、よこしまな考えなのだけれど。
ま、おれたち、アコンの村の食料確保という課題解決と同時に、大草原の氏族たちとのつながりというか、実質、支配関係の構築も並行して進める。実際には、口減らしのための子どもを引き取ったとしても、分け与えた食料で少しずつ大草原の人口も増えるだろうから、どちらにとってもプラスで、おれたちの方がプラスは大きいって、ことになるだろう。
こういうことも、春から急速に進展するだろうから、冬の間の今しか、冒険するチャンスがない、とも言える。
食べながら、そんな話をノイハとしていたのだが・・・。
「・・・オーバの言いたいことは、なんとなく、分かるっちゃあ、分かるんだが」
「ん?」
「その、さ。大草原と、そんなにつながらなくても、やっていけるんじゃねえのか、って思うだけ」
「ああ、そう思うのか」
どうやら、ノイハには、閉鎖的な感情、ってものも、あるらしい。
まあ、そんな気持ちは分からなくもない。
そもそも、数家族の小さな集落で暮らしてきたのだから、今くらいが、集団生活の基本なのだ。
都市など、見たこともない。
見たこともなく、よく分からないものには、不安を感じる。それが当たり前だ。まあ、ノイハはなんとなく分かる、とは言っているけれど。
・・・ノイハは、リイムやエイムたちが来てから、アコンの村が明るく、豊かになったとは思いませんか?
セントラエムがノイハに語りかける。
セントラエムによると、今回の冒険旅行中に、何度もおれとノイハと話しているうちに、「神意伝達」のスキルレベルが高くなったらしく、一度におれとノイハに話しかけることも可能になったらしい。
この世界では、女神という神様も、スキルとレベルに縛られている。神様なのに、完全じゃなくて残念なのか、それがいいのかは、悩むところではある。実質、神様というよりは守護霊か背後霊なのだけれど。
「女神さまが言うのも、分かるっちゃ、分かる。リイムたちが来て、村が豊かになったんだ。新しく他の人が来ても、また豊かになるって、ことだろ?」
・・・その通りです。スグルがそう導いてくれますし、私も協力します。
いや、そこは、女神が導いて、おれたちが協力って言ってほしいけれど、セントラエムは正直だ。言っていることの方が真実だから。
セントラエムはあくまでもおれの守護神。
神の導きというのは、おれがみんなに対して使うただの方便でしかない。
・・・リイムやエイムたちが来てからだって、アコンの村で食べ物に困るということはなかったのではないですか?
「ま、食べ物だけでなく、住むところも、服も、何もかも、困ってはないっちゃ、ない、さ。なんとなく、人が増えていくのがこわいってだけ、かも」
「おれたちの村には、まだまだ人が増えても大丈夫だってくらいの、ゆとりがあるからな。今の状態でも百人くらいは余裕だろう」
「ひゃ、百人っ?」
「ああ。それに、百人になったら、その分、田畑を広げられるから、もっと多くの人数でも受け入れられるようになる」
「はぁー・・・」
「そうなったら、アコンの村を中心にして、分村していけばいいしな」
「分村?」
「村を分ける。ダリの泉の村を復活させることだってできるぞ」
「おお・・・そういうことか。そっか、それが、国、か。なんこも、村をまとめた、大きな村。それが国で、国の長が、王か。ジッドが言ってっこと、やっと分かったな。だから、オーバは大森林の王なんだな。国をつくるってのは、人を増やすってことか」
それだけではないけれど、まあ、そういうイメージだ。
「だから、おれにリイムと結婚しろって、うるせえんだな。納得」
あ、そういう結論?
子作りで人口を増やそう、みたいな?
みんなが結婚して子どもが増えたら国ですよ、ってか。
間違ってはないけれど、正解とも言えない。
「ノイハが言ってるのは、人口の自然増だな」
「ほへ? しぜんゾウ? あのでっかいやつか?」
増加の増は、ゾウではない。
「結婚して、子どもが生まれて、人が増えていくことを人口の自然増という。それに対して、どこか別のところから、誰かが移り住んでくることを人口の社会増という」
「・・・つまり、あのでっかいやつではない?」
「・・・そうなるな」
・・・スグルは、自然増ではなく、大草原から口減らしで放り出される子どもを受け入れて、社会増を目指す、ということですか?
「より正確に言えば、両方とも必要だけれど、自然増だけでは少しずつしか、人口は増えないからな。社会増で増えた人たちが結婚して、自然増でも増えること。これで、人口はどんどん増えていくはずだ」
・・・なるほど。自然増で増えたのは・・・いえ、増える予定なのは、アイラとサーラの二人が生む子どもたちだけですが、スグル以外のアコンの村の人たちは、みんな社会増ですね。
本当はおれ自身も社会増だけれど、それはそれ。
セントラエムも分かっているのだろう。
言う必要がない、ということに。
・・・大草原から引き取る、口減らしの子どもたちは、アコンの村の敵になったりはしませんか?
「うおっ、それそれ。そうだ、オーバ。おれが言いたいのは、そういうことだ」
おまえは何も言ってなかっただろうに・・・。
「落ち着け、ノイハ。それに、セントラエムも、ノイハを不安にさせるな」
「でもさ、女神さまが言う通りじゃねーか?」
まったく。
冷静に考えれば、すぐに分かることだ。
「いいか、ノイハ。リイムやエイム、それにバイズたちは、アコンの村の敵なのか?」
「・・・ああ、そういうことか。確かに、リイムたちは敵じゃねーよなー」
「そういうことだ」
・・・しかし、可能性はあるのではないですか?
「そりゃ、可能性は、あるだろう。大草原の氏族たちが、スパイ、つまりおれたちのようすを探ってみるために、誰かを口減らしと言って送り込むことも、考えられる。でも、大森林の中央部から、大草原まで、一人か二人で、行ったり戻ったり、できるか?」
「おれとオーバは、できるよな?」
「それは、ノイハがたくさんのスキルを獲得して、レベルを上げたからだろう?」
「そっか。リイムたちなら、まだ、そこまでのことはできねーか」
「それで、できるようになったとして、やるかどうかは・・・」
「分かった。やらねーよ。食べられねーから、口減らしって、追い出されてんだ。おれたちんとこで、しっかり食べて、安心できんなら、敵んなる理由がねーし」
よくできました。
おれたちの村へと移住して、それを裏切るだけのメリットが、大草原からの移住者にはないのだ。
なぜなら、おれたちの方が豊かで、強いから。
「そういや、バイズたちは、しょっちゅー、ここに来てよかった、みてーなこと言うしな」
なんだ、そういう話を聞いてたのか。
一日一食生活がアコンの村の基本だが、その一食が大草原の暮らしとは、はっきり言って比べ物にならない。大草原では、同じ一日一食でも、チーズをほんのひとかけら、とかだから、実際。おれたちは人間ではなくネズミです、みたいな状態が普通だったのだ。大草原の人たちはそんな風には絶対に思っていないだろうけれど。
農耕がここまで牧畜との差を生み出すとは、おれも予想していなかった。狩猟や採集は農耕しながらでも継続しているので、大森林の人たちの暮らしは良くなるばかり。
もっとよりよくしたいと、おれとノイハが冒険旅をしているわけであり、この格差は今のままなら拡大するばかりだろう。
・・・それで、スグルは、アコンの村には、どれくらいの人が増えると考えているのですか?
人数、か。
まあ、どうだろうな。
「ナルカン氏族のドウラが、四氏族をまとめられたとして、だ。毎年、口減らしは十人くらいと予想できる。成長して、食事量を増やすタイミングで、減らしたいのさ。才能がない、と思える子を。残酷だけれど、そうしないと氏族全体が苦しむわけだしな。小さすぎると、才能があるかどうかも、見極められないが・・・。十年で、百人の社会増ってとこか。おれたちの子が生まれるとして、だいたい子どもは三人みたいな感じだし、この先おれたち以外にも成長して結婚して子どもが生まれるはずだろう。これも合わせれば、十年後のアコンの村は人口百五十人くらいか。多くても二百人には届かないかな」
「計算・・・あ、ダメだ、分からん」
「ノイハはもうちょっと、みんなとの勉強をまじめにやれよ・・・」
・・・百五十人ですか。そうなったら、今のような、みんなで行動するという暮らしは、なかなか難しいのではないですか? 食事を一緒とか、滝シャワーを一緒とか。
「・・・まあ、できなくはないけれど、やらないかも。食事は家族ごとで、とかになるかな」
できなくはない。
それくらいの生徒をまとめて、修学旅行とか、宿泊学習とか、やってきたし、全寮制の高等学校とかだって、それくらいの人数は余裕で面倒を見ている。
しかし、そこは、共同生活でなくてもいい部分、つまりプライベートを生み出しても、いいのではないか、と思う。
今でも、住居はそれなりに分けているしね。
最初はほとんど一緒だったけれど。
まあ、今の人数での家族的な生活がずっとは続かない、というのはしょうがないことだろう。
継続するのは訓練と学習。
一人ひとりができるだけたくさんのスキルを身に付け、平均レベルの高い集団を維持する。
教育こそ全て。
・・・長々と話してしまいましたが、そろそろ、あれ、どうにかしませんか?
「ん?」
「ああ・・・」
「あれかあ・・・」
おれとノイハは、地面にぺたんと張り付いたままの小竜鳥を見た。
死んだのか? と思うほど、動きがない。
気性が大人しいというセントラエムの言葉は正しいのかもしれない。




