第48話:女神が友人の結婚に爆弾を埋め込もうとする場合
ひさしぶりの更新となりました。すみません。
夏から書き始めて、おおみそかです。
大変お世話になりました。
評価や感想、ブックマークも、ありがとうございます。これからも頑張ります。
来年もよろしくお願いします。
今回は、大草原編、中盤、オーバとノイハの大冒険、猛獣大戦争、です。
・・・戦争って。
翌朝、おれとノイハは少しだけ、乗馬を練習してから、それぞれ馬に乗って大草原へ向かった。今回は、虹池を守るためにイチが動きたくないようだったので、おれは別の馬に乗った。目指すのは、虹池から流れる小川の西側の地域、大草原の氏族たちがいない、ジッドたちが猛獣地帯と呼ぶ一帯。
ジルのときとはちがって、ノイハに『乗馬』スキルは身に付かなかった。
ジルには、割とすぐ、『乗馬』スキルが身に付いたのだけれど、ノイハには身に付かない。そういえば、リイムやエイムたちも、『乗馬』スキルが身に付かなかった。
『運動』スキルだけでは、成長促進はないのか?
やっぱり『学習』スキルがあるかどうか、が決め手なのだろうか?
そんなおれの思考と関係なく、馬たちは大草原を走る。ノイハの『長駆』に付き合っていくのは、もっと奥地の方でと考えている。虹池の近くは馬を利用する。
結構、スピードが出ているので、おれとノイハが交す言葉は自然と大声になる。
そのため、なんとなくだが、コイバナには、なりにくい。
いや、そもそも、コイバナをノイハに振っていくタイミングがうまく掴めない。
・・・まあ、いい。
バッファローの群れを発見した。以前も、虹池から流れる小川の近くで見かけたことがあったから、そのうち見つかると思っていたが、第一動物発見だ。
「ノイハ! あれは、狩れそうか?」
「ん! どーだろ?」
ノイハが馬に乗ったまま、弓を構える。
バッファローの群れは、一団となって走っている。
ノイハの弓が、ひゅん、と鋭い音をさせ、一本の矢が風を切る。
バッファロー一頭の尻に、矢が突き立った。しかし、そのバッファローは、よろめくでもなく、倒れるでもなく、そのまま走り続けた。
「オーバ! あいつらを追う!」
「了解!」
ノイハが馬を動かし、おれもそれに続く。
三時間ほど、追いかけた。基本的なスピードは馬の方がはるかに早いので、バッファローの群れを追うのはそう難しくはない。
尻矢バッファローが、少しずつ、群れから遅れている。
さらに一時間。
尻矢バッファローが、完全に群れから離れて、孤立している。
さらに、さらに一時間。
尻矢バッファローはあきらかに、ふらつき、よろめいている。バッファローの群れは、はるか彼方へ走り去った。
馬は、ゆっくり歩いている。
「ノイハ・・・」
「ん?」
おれは、ノイハの今回の狩りの方法を論理的に予測した。
「・・・蛇の毒、だな?」
「おう! あたりっ!」
「毒矢か」
「ああ、なかなか、おれにしては、考えただろ?」
「・・・あの蛇の毒にしては、効き目が遅い気がするな」
「ああー、あの毒はさー、そのまんまだと、扱ってるだけで、こっちが死んじまうくらい、あぶねー毒だかんな。作業の最初は、薄めてからだし、毒は弱くなってんだよ」
「それで、あのバッファローがこうなるまで、約一日か・・・」
「じ、時間はかかってっけど、ほら、安全、安全だ。安全に狩れたよな?」
「・・・毒が、全身に回ったのか、心臓に回ったのか、脳に回ったのかは、判別がつかないけれど、毒で死んだ動物の肉は、食べられるのか?」
おれの言葉にノイハが目を見開いた。
「・・・どうだろ? どう思う?」
「おれが、聞いているんだけれど・・・?」
そこで、バッファローがついに倒れた。
バッファローの群れは、弱い個体を、弱った個体を、いっさい振り返らなかった。残酷だが、それが弱肉強食のこの世の定めか。
倒れたバッファローは、口から、なんか変な色の泡を吹き出していた。
赤いような、茶色いような、黒いような、なんか、変な色の泡だ。
目からは、血のような、赤黒い涙があふれている。
まだ、生きてはいるようだが・・・。
「・・・」
「・・・」
おれも、ノイハも、馬を止めて、倒れたバッファローを見下ろしている。
口から出てくる泡が気になる。
はっきりいって、気持ちが悪い。でも、気になる。
ノイハもバッファローの口元から目を離せないようだ。
「・・・内臓は、ダメだろうな」
「・・・内臓は、ダメってか。じゃあ、他のとこの肉は?」
「ノイハ、食べてみるか?」
「えっ? オーバ、食べねーの?」
「いや、おれはちょっと、食べなくても、いいかな・・・」
「あ、いやいや、おれも、食べない! 食べないって!」
「あの、泡の、色がなあ・・・」
「・・・ああ、あの色だな、うん。あれは、嫌な感じだ、うん」
「・・・道具は弓矢、矢は一本。毒矢で。時間はだいたい、五時間、か? それでバッファローを一頭か・・・。効率がいいような、悪いような・・・。しかも、食べられるかどうか、おれたち二人とも、試してみる気になれないとなると、な」
「いい方法だと、思ったんだぜ?」
「安全なのか、結局、安全じゃないのか・・・大きな獲物を狩るのに、楽な道は、ないのかもな」
「でっけーから、たーっぷり肉が手に入るってのになあ・・・」
この群れのバッファローのサイズは、馬と変わらない。一言で言えば、でかい。巨大な牛だ。
尻矢バッファローがけいれんしている。
おれはバッファローのステータスをチェック。生命力は残り一ケタ。状態は、毒と麻痺。
ん?
待てよ?
おれは馬から飛び降りて、銅剣を取り出して構えた。そして『神聖魔法:解毒』のスキルを意識しながら、セントラエムへの祈りを捧げる。
左手にまとった神聖な光で、バッファローの解毒を行い、バッファローのステータスの状態が麻痺だけになったことを確認して、銅剣でバッファローの喉を切る。
血が噴き出し、あとわずかとなっていたバッファローの生命力の数値が下がっていく。
「・・・そっか、『神聖魔法』で毒を消しちまってから、とどめを刺すんなら」
「ああ、これなら・・・」
「食える! 食えるぞ! オーバ!」
ノイハが馬を飛び降りて、おれに飛びついてきた。
ええい、うっとうしい。
おれは、ノイハを押しのけつつ、バッファローの死を見届けた。
まあ、そんなに強くは押しのけてはいないけれど。
・・・スグル。
ん・・・。
おれは周囲を見回した。
すぐに、ノイハも反応する。ノイハにも、セントラエムが注意を促したのだろう。
「・・・囲まれてっかな?」
「そうみたいだ・・・」
スクリーンを切り替えて、地図で確認するが、把握できていない。
これは、初めて、会う存在。
おれの認識外のものは、『鳥瞰図』での地図上で『範囲探索』をかけても、光点にならない。一度認識すると、意識して『範囲探索』をかけなくても、分かるようにしてくれるのだけれど。
しかし、ほとんど視界を遮るものがない、この大草原で、ここまで姿を見せずに近づいてくるということは、草原の草に隠れられるサイズ、ということか。
まあ、解決策は、ある。
「セントラエム、こいつらの、種族は何だ?」
・・・マダラオオネコ、です。
うん。初耳だ。
スクリーンを切り替えて、『神界辞典』で「マダラオオネコ」を検索して、その内容を確認。それから「マダラオオネコ」を意識して、周辺に縮尺を合わせた地図上で、改めて『範囲探索』のスキルを使う。これで、もう地図上での把握も可能。
うおっ!
軽く、二十はいる。ゆっくり数える暇はなさそうだ。
・・・あれ?
黄色の点滅?
赤、じゃないのか・・・。
敵ではない、のか。それとも、今は、まだ敵ではない、のか。
「ノイハ、どうやら、相手の数がかなり多い」
「レベルは?」
「ん? ちょっと待ってくれ・・・」
なるほど、そこまで考えてなかった。
やるな、ノイハ。
おれはスクリーン上で『対人評価』をかける。忍耐力が48ポイント減少した。一匹あたり2ポイントで『対人評価』は使えるから、数は二十四匹か。
レベルは2~5までで、ほとんどがレベル3程度。
生命力は、10~20の間くらい、か。
「レベルは最大で5、ほとんどはレベル3。生命力はせいぜい20くらいだ。強いか弱いかと言えば、はっきりいって弱い。すばやそうだから弓矢でいけるかどうかは・・・」
「んー、まあ、大丈夫だろ、それは」
「どうやら、おれたちと敵対しようとしている訳じゃないみたいだな」
「取り囲んでんのに?」
「・・・ああ、そういうことか」
おれは、なぜ黄色の点滅なのか、理解できた。
「なんだよ?」
「こいつらは、おれたちじゃなく、この死んだバッファローだけが狙いなんだろうな」
「・・・敵じゃねーか」
ノイハは迷わず敵と認定したらしい。
肉を狙う者、それ即ち敵なり。
それがジッドやノイハの食いしん坊感覚か。
「おれたちへの攻撃の意思がないってことだ。このままおれたちが馬に乗って離れていけば、何の手出しもされずに終わるってこと」
「・・・食わねーのか、オーバ?」
「いいや、食べるに決まっている」
「おう! そんじゃ、やるしかねーなっ!」
かばんから出した竹の矢筒をノイハは二本背負う。矢筒には矢が十本ずつ、合計二十本、入っている。
ノイハが弓に矢をつがえつつ、別の二本の矢を小指と薬指で握る。
「んー、でも、姿が見えないんじゃ、狙えねーんだよなあ」
「じゃあ、おれが動いて、隠れてる奴を跳び出させよう」
「ああ、頼んだ!」
「おれに当てるなよ?」
「ないね、そんなことは!」
おお。
ノイハが自信満々だ。かっこいい。
おれはまず、二頭の馬にそれぞれ頼んで、ぐるぐると走り回ってもらった。
その馬に追われて、灰色の毛並みが、ところどころで見えるようになる。
「あれか、オーバ?」
「そうみたいだ。なんか、細長いな・・・」
おれも、馬の動きに加わるように、草に隠れて動く獣を追って、銅剣を振るう。
ざくっと切れた草が舞う。
銅剣を避けて、マダラオオネコが跳ねる。
灰色と黒、それに薄い茶色も加えたまだらな毛色。
跳びはねた姿が曲線的で、不気味だ。
うにょっ、という、Cの字やSの字のようにうねった感じ。
その動きのイメージは、ウナギ、だろうか。
全長およそ一メートル。尻尾も含めると一.五メートルくらいか。
それでいて、普通の猫のような細さ。猫のダックスフンドみたいな?
名付けてウナギ猫・・・。
もう一度、銅剣を振るい、草が飛び散る。
ウナギ猫がうにょっと跳ぶ。
そして、その跳びはねた、うにょっとした姿勢のまま、ノイハが射た矢に貫かれ、その勢いで平行移動して、草の上に落ちて行く。
スクリーンでの点滅が赤へと一気に変わる。
馬に追われた別のウナギ猫が、ノイハの矢に仕留められていく。
おれや馬に追われて、ウナギ猫が跳ねると、ノイハの矢に貫かれて次々と倒れていく。
ノイハの弓矢無双だ。
ステータスを見ると、即死ではなく、残り生命力わずかとなった麻痺状態で、そのまま刺さった矢による継続ダメージでのカウントダウンに入って、死んでいく。
七本目の矢がウナギ猫を貫いた瞬間、スクリーンの赤い点滅が一斉におれたちの周囲から離れていった。
・・・正直、ノイハの弓術がここまで見事なものだとは思っていなかった。
七矢七中。
追われて跳びはねたウナギ猫は全て仕留めた。
「毒矢か?」
「んにゃ、毒は使ってねーよ」
おれとノイハは、仕留めたウナギ猫を集めた。
試しに、首の後ろを掴んで持ち上げてみる。肩の高さで持ち上げて、しっぽが地面についている。足は短く、胴が不気味な長さだ。
「肉、少なそう・・・」
え?
こいつも食う気だったのか?
さすがノイハだな。
馬たちも、集まってくる。
牛が一頭、ウナギ猫が七匹。
・・・水場はないが、ここで処理するか。
おれとノイハがそれぞれ解体用の銅のナイフを握った瞬間、今度は馬がぶるるるっとうなった。
馬の首が動いた方に、おれたちも目線を動かす。
上?
空に、黒いしみのようなもの。
その黒いしみは、一気に大きくなって・・・。
「鳥?」
「・・・鳥にしては・・・」
「でかくねーかっっっ!?」
ノイハがそう叫んだとき、おれたちは二人とも、後ろへ跳んで、互いに離れた。
おれたちの間に、猛スピードで突っ込んできた一羽の・・・いや、一羽って数えるのか、これ?
見た目はタカ、鷲か、隼か?
しかし、そのサイズと言えば・・・。
広げた翼の端から端まで、五、六メートルはある。
プテラノドン?
そんな名前の空飛ぶ恐竜、翼竜が記憶にあるが、まさにそんな感じの、巨大な鳥。
足、太っっ!
爪、でかっっ!
「うおおおおっっっ・・・」
ノイハの叫びとともに、巨大なタカは死んだバッファローに爪を突き立てて、飛び去っていく。
・・・嘘だろ?
あのサイズのバッファローを?
ぶわさっっ、ぶわさっっ、と翼をはためかせて、空へ空へと・・・。
「肉ぅぅぅぅーっっっ・・・」
ノイハの悲痛な叫びが、空に吸い込まれていく。
大空にはばたく巨大な鳥が、少しずつ、少しずつ、小さくなっていく。
おれも、ノイハも、ゆっくりと立ち上がり、それを見送る。
やがて、空の向こうに、小さな黒い点となって、溶けていく。
「は、はは・・・」
「はは、ははは・・・」
「ぷはっ、はは、わはっ」
「は、はは、ぷはっ・・・」
「ぶははっ、わはっ」
「はっはっは、ぶはぁーっ」
おれとノイハは、目を見合わせて、どちらからともなく、笑い出した。
「なんだよ、なんだよ、あれはっっ?」
「でかいって! でかすぎるだろ!」
「鳥か? 鳥なのか?」
「鳥だよな?」
「あの鳥、肉食うのか?」
「知らん! でも、食わないなら持ってかないだろ?」
「オーバ、なんで、何もしねーんだよ?」
「ノイハだって! 弓、使えよ!」
「無理っ! 解体しよーって、ナイフに持ち替えたばっかだったぜ?」
「おれもそうだって!」
そう言いあって、おれたちはまた互いに笑い合った。
笑うしかない。
そう、一瞬の出来事で、どうすることもできず、おれたちにはもう笑うしかなかった。
そんなおれたちを馬たちはあきれて見ていたのかもしれない。
それから、竹やりにしっぽを結んで逆さ吊りにしたウナギ猫・・・マダラオオネコの首を切って血抜きをしながら、再び馬に乗って、おれとノイハは移動した。
竹やりと七匹のマダラオオネコをかついでいるのはおれ。
ノイハは弓を握っている。周辺警戒はノイハに任せている。
目指すのは、小川の近くだ。
解体するなら、水が流れるところの方がいい。
スクリーンでチェックしたら、バッファローの群れは六グループもあるようだ。また、ウナギ猫・・・マダラオオネコの群れも三グループほど、見つけた。あとは、ライオンの群れが二グループ、いた。虹池から流れる小川の西側で、大草原を横切る川の南側の地域で、おれが今、把握できる猛獣の分布はこれだけだ。馬もいるけど、猛獣? なのかどうか・・・。
セントラエムに聞くと、あの鳥は「小竜鳥」という名前らしく、『範囲探索』で確認したら、ここよりもずーっと西にある、ダリの泉から流れ出ている小川のさらに向こうへと飛び去ったことが分かった。すごいスピードだ。『高速長駆』ぐらいでは、そのはるかに上をいかれている。
「あの鳥、食えんのかな?」
「鳥肉、って感じはしないだろうな」
「肉の量、イノシシより多くねーかな?」
「多いだろ」
「オーバなら、まー、なんとか、できるだろ?」
「・・・動きが速過ぎたよ。あれじゃ、おれたちも危険じゃないか?」
「あー、そーだな・・・」
あの後、落ちていた羽を数枚、拾ったのだが、その巨大さに、おれもノイハも何も言えなかった。
あの、小竜鳥とかいうでっかい鳥を倒す方法は、あると言えばあるのだろう。
「来るって、分かってんなら、なんとか、なる、かな?」
「それなら、まあ、できるか」
「今度は、バッファローを狩っても、それを囮にしちまって、さ」
「ほう。狙いは、あの小竜鳥にするのか」
「そーそー。オーバは銅剣。おれは、弓」
「どこを攻める? 翼か?」
「飛べなくしちまえば、こっちのもんだろ?」
「・・・羽も、いっぱい手に入るよな」
「足と爪も、使い道があるんじゃねーか?」
うん。
いけそうな気がする。
あのスピードに対処できれば。
・・・って、できるのか?
十分、気をつけなければ、おれたちが掴まれて、空を飛ぶことになったかもしれない。相手を甘く見たり、油断したりは、しないことが大切だろう。
とにかく、今日は、大草原、猛獣地帯の洗礼を受けた。あんな鳥がいるなんて、考えてもみなかったからだ。
獣というか、真の敵は鳥の方だったのだけれど。
猛獣地帯には、隙があれば、こっちの得物を狙ってくる奴らが、いろいろといるってことが、よく分かった。
まさか、「竜の狩り場」というのは、小竜鳥の狩り場、ということだろうか?
・・・いやいや、ここは異世界。
ファンタジーワールド。
必ず、ドラゴンには出会えるはず。
ドラゴンが存在することは、セントラエムに確認済みだ。
小竜鳥はあくまでも、巨大な鳥であって、ドラゴンではない。
ドラゴンは別腹。腹じゃないか・・・。
小川で、七匹のウナギ猫・・・マダラオオネコを解体する。
細長いため、やはり、肉があまり取れない。
毛皮は、もふもふしていて、毛の方がいい感じなので、使えそうだ。そのまま、冬用のマフラーとかでもいけるかもしれない。大森林はそこまで寒くはないけれど。
内臓部分が多く、しかも、内臓の色や匂いが、食べない方がいい、というカンを働かせてくれた。セントラエムからも、これまでの大牙虎などとちがって、内臓を食べるのは止めておくように言われた。
七匹分もあるはずなのに、今日の分しか、肉が確保できないという、残念な獲物。
しかも、肉は独特の臭みが強くて、残念ながら、うまい! とは言えない。
食べられますよ、食べられますが、しかし。
大牙虎やイノシシ、森小猪、土兎などと比べると、味は残念な感じ。
しかも、ノイハの弓の腕がなければ狩れないという、ハイレベルな相手。
何か、味付けのための、調味料があれば、解決できそうなのに。
しょうゆとか、みそとか、ソースでもいい。
やはり、そういう発酵の世界にもいずれは踏み込んでいくべきなのだろう。
それにしても。
すばしこくて、上手に草原に隠れ、狩るのは難しい。狩ったとしても、取れる肉は少なく、臭みがあって味は満足できず、内臓も食用には向かない。とどめに、脂肪分がきわめて少なく、獣脂もほとんど取れない、というのはさらに残念過ぎる結果。ま、毛皮は最高級だけれど。
マダラオオネコ、怖ろしい子・・・。
ノイハは、マダラオオネコを射抜いた自分の弓術を自慢したりはしなかった。
謙虚、というのではなく、もっとシンプルに、「オーバの方がいろいろすげーよ・・・」とのことらしい。
肉を食べ尽くして、かまどが下火になり、焼き芋の出来上がりを待つ。
そんなタイミングで、ノイハに不意打ちをしかけてみる。
「ノイハ?」
「んー?」
「リイムと結婚する気はあるか?」
「んー・・・って、結婚? リイムと?」
不意打ちは成功したらしい。
「なっ、ななな、なんで、おれと、リイムが?」
「いや、最初に大草原に行ったときから、そもそも、おれは大草原にノイハの結婚相手を探しに行ったんだけれど?」
「えっ?」
「おれには、アイラがいるし、クマラとも婚約してたしな。ノイハやセイハも、相手が必要だろう?」
「・・・リイムは、オーバと結婚しねーのかよ?」
「その予定はないな」
「・・・そーなのか」
「そーなのだ」
「そーか」
「そーだ」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・リイムが、嫌いなのか?」
「ばっ、そ、そんなこたあ、ねーけど、さ」
「・・・この前、毒蛇にリイムが噛まれて、抱きかかえてたよなあ」
「あ、あれは、リイムが、もう動けないって、状態だっての、分かんだろ?」
「・・・左手が、おしり・・・」
「なっ・・・」
「わざと?」
「いっ・・・」
「見たぞ?」
「うっ・・・」
「女の子って、やわらかいよな」
「・・・うー」
おいおい、ノイハ先輩。
・・・あんなに、滝シャワーをのぞきたがっていたくせに。
なんて純情な奴なんだ。
「・・・やわらかいよな?」
「・・・あ、ああ。やわらかくて、あったけーな。あんとき、どきどきしちまったし、な」
「ほほう? どきどきしましたか?」
「くっ・・・。オーバは? アイラにどきどきしねーんだな?」
「おれのことはいいんだよ」
「なんで?」
「もう結婚したんだから」
「そこっ?」
「もちろん、アイラも、クマラも、ケーナも、大好きだけれど?」
「ほ・・・」
「ノイハは、リイムが好きか?」
「・・・」
「・・・」
残り火に照らされたノイハの顔は、ほんのりと赤い。
照れ、だろうか。
気のせい、だろうか。
こういう話、これまでしてこなかったんだな、と。
ノイハが黙ってしまったので、それ以上は追及せずに、おれも静かに、残り火を見つめた。
野営はそのまま、食事をした場所ですることにした。
寝るのは交代で。
大草原は樹木があまりないので、大森林のように、二人とも樹上で寝るという訳にはいかない。
まあ、セントラエムに警戒を頼めば、二人とも寝たとしても、起こしてもらえるのだけれど。
ノイハが先に寝る。
まあ、ステータスから考えても、ノイハの方が疲れているのは当然のことだ。
ゆっくり休んでほしい。
ステータスと言えば、ノイハはレベルアップしていた。新しく『騎乗弓術』スキルを獲得して、レベル14になった。『乗馬』スキルは身に付かなかったのに、その上位スキルと考えられるものが身につくとは・・・。
まあ、ノイハが弓術に傾倒しているスキル構成だということ。
初めての馬上からの矢を一発で命中させたこと。
このあたりが、今回のスキル獲得のポイントではないかと、セントラエムと話し合った結果、そう考えている。特に、「初めて何かを成功させる」という点や、「それがもっとも得意なことである」という点は、重要だろう。
さてと。
ノイハは寝ている。
おれは、セントラエムとミーティング。
「セントラエム、アコンの村のようすは?」
・・・変わったことはありません。みんな元気です。
「この周辺の危険は?」
・・・スグルが確認している通り、マダラオオネコや獅子など、何かはいますが、火を起こしている限り、とりあえず大丈夫だと思います。
「そっか。安心したよ」
・・・ノイハは、リイムとの結婚を考えているようですね。
「あ、セントラエムは、そう思ったのか」
・・・そういう表情ではありませんでしたか?
「・・・なるほど。ノイハの奴、照れてたよな」
・・・ですから、早めに、リイムに夜伽を命じて、スグルは一夜を共にすべきです。
「おいおい・・・」
・・・アコンの村の戦力という点から、そうするべきだと思いますが、何か、問題がありますか?
ある。
あるに決まっている。
大問題だ。
おれにとっては。
いや、セントラエムが考えていることとか、セントラエムが目指していることとか、セントラエムが言いたいことは、分かる。
アイラのときや、ライムのときのように。
おれとそういう関係になれば、いくつかスキルを獲得する可能性があるって、こと。
そうすれば、一気にレベルアップして、強くなれるってこと。
数値の上では。
スキルのことで考えれば。
レベルのことで考えれば。
アコンの村の今後のためにも、セントラエムが言っていることに、正しさはある。
しかも、それが、この世界における、男女の関係の、ごく普通のことなのかもしれない。
この、原始的な世界での、当たり前のことなのかもしれない。
実際、リイムはエイムと一緒に、おれの寝床にもぐりこんできたことだってあったしな。
大草原の氏族の中では、族長が自分の嫁を与えるってこともあるらしい、し。
でも、おれの感覚では。
ノイハのお嫁さんになるかもしれないリイムと、おれが、そういう関係を一度持つということは、抵抗がある。
問題がある。
そうしたくないと思う。
この前、ナルカン氏族のテントで過ごした、ライムとのときとはちがう。性欲とは切り離された、おれの中の倫理観が、それはないと言っている。
いくら守護神からのアドバイスだからといっても。
ここは、ちがうだろう?
・・・私と話せるようになる『信仰』スキルに、そこまでこだわらなくてもいいと思います。そもそも、ライムのときには、気にしなかったのではないですか。
いやいや。
そういうことではありませんよ、セントラエム。
リイムに『信仰』スキルがないから、嫌だというのではないのですよ・・・。
確かに、おれと結婚するという場合の条件として、女神と話せることは、要求してます、はい。
・・・リイムとサーラは、まったくちがう性格だと思いますし、スグルがサーラを避けたがったときのようなことは、リイムには感じません。私の感覚が、間違っていますか?
「いや、リイムとサーラは、確かにまったくちがう性格だと思うし、おれが以前サーラを避けたことと、今、リイムとのことでセントラエムの言い分を受け入れたくないってこととは、全然関係ない、まったく別の理由だよ」
そうだ。
サーラと、リイムはちがうし、おれがリイムとの関係に抵抗を感じるのは、おれ自身の元の世界での倫理観と、ノイハとおれとの関係がこじれるのではないかと気になるからだ。
まあ、セイハがサーラとの結婚で、サーラが別の男の子どもを妊娠していることをまったく気にしていないことだったり。
ジッドやトトザが、以前、生まれてくるサーラの子どもをおれの子として育ててほしいと言ってきたことだったり。
アイラが初めて会ったばかりのおれと、そういう関係になることを求めてきたことだったり。
アイラやクマラが、ライムとのことを知っても、そこまで深く嫉妬しなかったり。
そういう経験から、こっちの世界の、男女の間の倫理観は、おれの感覚と大きくちがうってことは、おれもよく認識している。
それでも、これはちがう、と思うし、思いたい。
リイムとノイハが結婚してほしいと思うのであれば、おれとリイムがそういう関係になるべきではないのだ、と。
・・・王や、族長とは、そういうものです。そして、スグルは、大森林の王です。
はいはい。
そういうことは、もうここまで。
今夜のミーティングは、おしまい、です。はい。




