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かわいい女神と異世界転生なんて考えてもみなかった。  作者: 相生蒼尉
第2章 大草原編

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第44話:そこの族長が女神の信頼がない場合

 いつも読んでいただいて、ありがとうございます。ブックマークも、ありがとうございます。

 評価や感想、楽しみにしています。これからも頑張ります。


 今回は、若い族長の成長物語、です。

 あれ? 鬼畜浮気男はどこへ?


 いつも、そういう感じだけれど、今回は、いつも以上に不機嫌な顔で、族長くんのドウラはおれと向き合っていた。

 おれから言うべきことは、ない。

 ないと思う。

「ナイズが骨折して、まともに歩けない状況になった」

「知ってる」

「オオバどのの、あの力で・・・」

「・・・よく考えて発言しないと、族長としての重大なミスにつながるぞ?」

 おれは、親切にそう言った。

「なっ・・・」

 でも、ドウラは怒った。

「できることをしてくれと頼むことすら、族長にはできないのか?」

「そこじゃ、ないだろ」

「そこじゃ、ない、だと?」

 おれは、覚悟を決めて、ドウラに向き合う。

 こいつは、ある意味では、全部、説明が必要な奴だ。

 でも、考えさせる余地を残さないと、成長が期待できない。

 難しい相手だ。

 成長できそうにない奴を成長させなければならないってのは、大変な作業だ。

 こういう時、使うのは、問答法。

「ナイズは、なぜ骨折した?」

「ライムに打ちかかって、逆にやられたと聞いた」

「なぜライムに打ちかかった?」

「それは・・・」

 ドウラは表情をさらに歪めた。情けなく、恥かしい話だから、だろう。「オオバどのに、ライムが毎晩、好きなようにされていると、ナイズが自分の感情を抑え切れず・・・」

「ナイズは自分の感情で動いたんだな。それで、ライムをおれのテントに行かせたのは? もちろん、ライム本人は、自分で来た、と言っているけれど?」

「・・・おれだ」

「だろうね。分かっていたことだけれど。族長がその意図通りに進めたことに対して、氏族の者が自分の感情でその反対の行動をした。それで、族長として、おれに、女神の力を借りて、ナイズとかいう反族長の男をなんとかしてほしいって思うのか?」

「く・・・それは、そう思っていたが・・・。オオバどのは、ナイズは族長に逆らって行動した反逆者だと、言うのだな?」

「そもそも、ナイズは誰をねらって行動したんだ?」

「・・・話の流れから、オオバどのをねらったと」

「族長として、双子の姉を差し出してまで関係を保ちたい相手と、その相手を立派に守り抜いた双子の姉。もう一方は、自分の感情で動いて、族長のねらいや氏族の未来を何も考えずに、ぶちこわそうとした従兄弟。さあ、族長は、どうすべきか」

「ああ、そこまで言われれば、さすがにおれにも分かるさ・・・。オオバどのに、大変失礼なまねをした。謝罪したい」

「まあ、そこは、実害がないから。で、それから?」

「くっ、上からだな・・・ライムには褒賞を、ナイズには・・・処罰、か」

「さっき、自分が言おうとしたことが、族長としてどういう意味を持つのか、理解できたか?」

「・・・年下に、ここまで言われて、やっと気づくとは、自分でも情けないとは思う。オオバどの、どうして、その年齢で、そこまで・・・」

「人を見た目で判断するのは、族長ならやめた方がいい」

「見た目で・・・」

「まあ、ライムをおれのテントに行かせてそのままってところが、未熟だよなあ。もっとライムと話して、おれのこととか、聞くべきだったと思うし、そのために送り込んだんじゃなければ、差し出した意味もないだろうに」

「・・・姉との夜伽話など・・・」

「そうじゃなくて、相手の印象、態度、そういう情報が全てだって、ことだ」

 だーれがおまえにエロトークを聞けなんて求めるかっての!

 どれだけ、族長としての自覚がないんだ?

「情報・・・」

「ライムは、きわめて有能だと思うな。ライムを送り返してきた氏族は、いずれ衰えるだろうさ。そんな重要なことをあっさり見落すんだから」

「なっ・・・」

「もっと、ライムと話すべきだと思う。双子なんだろ?」

「む・・・」

 おれは、族長くんに背を向けて、テントの出口に向かった。

 族長くんは、ため息をついた。

「・・・オオバどのに言っても、仕方のないことだが」

 おれは足を止めて、ドウラを振り返った。

「これで、我が氏族の戦力は、さらに落ちたよ」

 ドウラが力なく、うつむいた。

 戦力回復のために、おれに治療してほしいって、単純に考えたんだな。

 ま、そんなもんか、族長くんなら。

「・・・戦力が落ちたってのは、大きな見落としがあると思うけれど、ね」

 おれはそう言い捨てて、テントを出た。

 これ以上、ドウラの顔を見る気はなかった。

 馬鹿か、と思う。

 足し算も、引き算もできやしない。

 ちょっと考えれば、戦力は上がっていると、分かるだろうに。


 陽が暮れても、テントにライムは来なかった。

 ニイムがもう一人の生娘を送り込んできたら困るな、と思いながら、目を閉じた。

 しばらく経って、完全に暗くなってから、ライムがテントに来た。

「オオバ、起きてる?」

「・・・起きてる」

「ふふ、良かった」

「遅かったんだな」

「・・・ドウラが、オオバのことを聞きたがったから」

「そうか。何を話した?」

「・・・教えない」

 そう言うと、ライムは唇を重ねてきた。

 できる女は、ちがう。

 ここで、ぺらぺらと、必要以上の情報はもらさない。

 ・・・そんなことよりも、今夜のライムは、いつも以上に積極的だ。

 重ねた唇が、離れていかない。思わず、肩に手を置いて、唇を離す。

「・・・どうした?」

「ん・・・なんか、オオバのこと、いっぱい話してきたら、オオバが好きなんだって、すごく、思ったのよ」

 やられた。

 やられました。

 はい、完全に、やられてしまいましたとさ。

 こんなこと言われて、その気にならない男がいたら、見せてくれっ! と思うぞ!

 この夜、おれたちは、いつも以上に、というか、今までとはちがって、とても激しく、互いを求め合った。

 おれは、この夜、三度も、ライムの中に果てた。




 剣術修行、えっと、四日目、だよな?

 ライムの素振りにアドバイスしながら、剣筋を増やす。

 アドバイスとはいっても、ジッドの受け売りでしかないけれど。

 最近、同じような一日を重ね過ぎていて、昨日みたいな、刺激がほしくなる。

 今日はまだ、ライムは三回しか、骨折していない。

 もちろん、その気になれば、何度でも骨折させることはできるのだけれども、そこに意味はなくて。

 これは大きな課題だな、と感じた場面でのみ、骨折するほど打っている。

 今までも、そうだった。

 それだけ、ライムから隙がなくなってきた、ということだろう。


 ・・・スグル。あれを。


 突然のセントラエムの一言。

 そして、言われるままに、ライムの素振りの向こう側で、視界に入った、ものを見て。

 おれは、今回の出張の終わりを発見した。

 そして、ライムに、『神聖魔法:回復』のスキルを使い、骨折したときに消耗した生命力を回復させる。

 さあ、本番だ。


 やってきたのは五人の男たち。

 服装は、ナルカン氏族と、大差はない。

 あるとすれば、五人の男、それぞれが持つ、銅剣。

 いつものように、誰かが気づいて、女性陣はテントの中へ。

 男性陣は、テントの前へ・・・。

 といっても、今回、矢面に立つのは四人。

 武器は・・・間に合わせの木の棒と、族長くんの銅剣、一本。あとの二人は、無手。

 思えば、骨折一族の二人が、ここに立てずにいる。エイムの家族だな。氏族を滅ぼしかねない一家だけれど、この家も、女性陣は優秀なのかもしれない。エイムには、そういう感じがある。

 おれが初めて来たときは、六人で囲んで、全員が銅剣を持っていたのだから、それなりの「戦力」とでも言えるものだったのだろう。


 ・・・スグル。急ぎましょう。あの族長では、今回の交渉もどうなるか、分かったものではありません。


 実際、セントラエムの言う通り。

 不安要素は、族長のドウラ。

 考えてみたら、男が、本当に、ダメな一族だな、おい。

 おれとライムは、テントから離れたところで剣の稽古をしていたので、その位置取りを利用して、少し離れたところから、できるだけ静かに、ゆっくりと近づく。

「あれは・・・チルカン氏族の人たち」

 ライムには、見たことのある相手らしい。

 チルカン氏族、ね。

 エイム情報によると、ナルカン氏族とは敵対的関係で、大森林からもっとも近い氏族。

 思ったよりも、早く来たな。

 あと、二、三日はのんびりできると思っていたのに。

 まあ、それだけ、慌てているってことか。

 冬支度、大切だし、ね。

 正直なところ、ドウラでは交渉がまとめられないとは思うけれど。

 あんまりニイムに頼っても、ダメだし。

 戦闘になるまでが、勝負。

 戦闘になれば、まあ、ナルカン氏族の敗北だと、ドウラが考えているか、どうか。

 おれとライムは氏族間交渉の、チルカン氏族の背後に、静かに立っていた。

 交渉に夢中で、チルカン氏族は気づいていない。

 ドウラは気づいたようだが、気づかぬふりで、交渉を続けていた。

 ほう。

 これは、ひょっとすると、ひょっとするかも。

「・・・そんなことはできない」

「ならば、どれだけ、譲ってもらえるか、だ。この冬は無理だが、来年、再来年には借りを返せる」

 どうやら、値引き交渉に入ったらしい。

「羊六匹で、来年二匹、再来年二匹、その次の年に二匹、返そう」

「そんなことはできない、と言っている。なぜ、同数の返還にこだわる? 銅剣が自慢か?」

「銅剣を自慢するなら、交渉ではなく、奪うのみ。同数では、話にならん、とでも?」

 チルカン氏族は、ナルカン氏族の状況をつかんで、ここに来たらしい。

 そして、情報通り、ナルカン氏族は武器を失っている。

 強気なのは、チルカン氏族だ。

「そちらはウワサ通り、とんでもない奴に逆らって、自慢の銅剣をたくさん失ったらしいな。羊もたくさん奪われたと聞いたぞ。おれたちは、同数で必ず返す。羊五匹で、来年二匹、再来年二匹、その次の年に一匹、これならどうだ」

「羊の取引は、返す年数分、一匹ずつ増えるもの。チルカン氏族は、慣例を踏まえる気がないか? 羊五匹なら、来年六匹返すか、来年四匹、再来年三匹返せばいいだろう。三年間で返すのなら、合計八匹ではないか」

 ドウラって、馬鹿だよな。

「・・・あんなこと言って。相手は始めからそんなつもりはないのに。慣例が通る相手なら、こんな交渉にならないでしょう」

 やっぱりライムは分かっている。

「では、羊四匹で、来年二匹、再来年二匹、その次の年に一匹、これならどうだ?」

 うーん。

 このへんかな。

 羊四匹なら、ナルカン氏族は問題ない。冬を越せるだけの羊が残る。

 戦えば、まずは勝てない武器の差がある。銅剣と、あれじゃあ、な。

 一応、ナルカン氏族に損はないという、形はある。一匹とはいえ、チルカン氏族に損をさせるのだから。

 ただし、この交渉では、この先、他の氏族たちとどういう交渉をさせられるか、という問題点は残るけれど。

 恫喝外交、だからなあ。

 ま、ドウラの立場からすれば、相手の情報を得られていない時点で、交渉は負けだ。

 そして、戦力では、負けていると思っているのなら。

 ここが落とし所だろう。

「ここが、落とし所かしら・・・」

 ああ、やっぱり、ライムは分かっている。

 でも、もう少し、考えてみた方がいいかな。

 なぜ、チルカン氏族は、ナルカン氏族に交渉に来たのか。

 なぜ、恫喝外交で、羊を求めているのか。

 なぜ、この冬目前での交渉なのか。

 この交渉。

 ここで折れるか、折れないか。

 ドウラはヒントに気づいたのか、それともただの馬鹿なのか。

 ・・・まあ、もともとの予定では、ただの馬鹿になってもらうつもりだったのだけれど。

 今は、少し、予定していた事情とはちがうから。

 ドウラが正解を引き当てれば・・・。

「その数、ひとつ譲歩したようだが、足りん。三年間で返すのなら、合計七匹だ。それができず、それでも羊がほしければ、テラカン氏族まで歩けばよい」

 ドウラが、強気の交渉カードを切った・・・のか。

 まだ、ここが落とし所だと、読めていなかったのか。

 それとも単純に、強大な武力に頼ろうとしたのか。

 それとも・・・。

「こちらが折れても、まだ譲らぬか。争った結果、奪われては利益もないと思え」

「ほう、自慢の銅剣を見せてくれるつもりか」

「そういうことになるが、いいな」

 チルカン氏族の五人が、一歩下がって、腰を落とす。

「交渉ができないというのなら、そちらから剣を抜くといい」

「そこまで言うか。では、そうさせてもらおう」

 チルカン氏族が剣を抜いた。

 うん。

 相手に先に剣を抜かせた。

 ここまでは、ドウラもなかなか。

 そして、最後に、どっちを呼ぶ?

「・・・ライム!」

 お。

 ドウラの奴。

 正解を引き当てたな。

 おれじゃなくて、ライムを呼ぶ。

 この戦での、もっとも重要な、ラストカード。

 どんな氏族が相手になろうと、必ず勝てる、ジョーカーであるところの「おれ」ではなくて。

 まだ、戦ったことなどない、一か八かの、クイーンの「ライム」を。

 よくぞ、選んだ。

 ライムが、えっ、という顔をしている。

 ま、そうだろうね。

 まだ、ライムにも自覚が足りないから。

 ライム自身がナルカン氏族の最高戦力だということに。

「ライムさんや、やっておしまいなさい」

 おれはのんびりとそう言って、ライムに敵を指し示し、その肩をぽん、と押した。

 ライムは一瞬、おれを見て。

 それから、笑って、駆け出した。

 そして、戦闘が始まった。


 戦うライムは美しい。

 さすがは大草原の女剣士。

 英傑ニイムの血を継ぐ賢い娘。

 ナルカン氏族の男性陣で、無手の二人は、あっさりやられてしまったのだけれど。

 よく、あの実力で、無手のまま、あそこに立っていたと思う。

 後ろから飛びかかったライムに、一瞬で一番偉そうにしていた奴が、頭から血を流して倒れた。死んだかも、と思ったけれど、ステータスを確認したらぎりぎりセーフ。

 後ろから、しかも女性が木剣でかかってくるとは、思っていなかったチルカン氏族。

 それでも、まだ三対四で、チルカン氏族が数的有利。

 というのも、次の瞬間には終了。

 無手の男を倒して、木の棒の男に向かった瞬間、背後からライムに頭を強打されて、こいつも昏倒。

 もう一人の無手の男を倒した奴は、背後を振り返って、ライムに備えたけれど。

 備えた構えのまま、腕を折られて銅剣を落とし、胴をなぎ払われて、膝をついた。

 ドウラは、守りに徹して、相手の剣を受け続けていたが、そこにやっぱり後ろからライムの一撃が炸裂し、チルカン氏族の男は倒れた。

 で、木の棒の男は、銅剣で血だらけにされてはいたんだけれど。

「あとは、おまえ一人だが、三対一でも、まだ、やる気か?」

 そう、ドウラが言いながら、銅剣を構えたところで、戦闘終了となった。

 ライムの指示で、最後の男が銅剣を投げ捨てる。

 投げ捨てられた銅剣は、血だらけになった木の棒の男がいそいそと回収した。そして、昏倒している男たちから、次々と銅剣を回収していく。すごく嬉しそうな顔をしているのは、どうしてだろう。

「なんなんだ、このやたらと強い女はよ」

「知らないのか? うちの氏族は英傑ニイムの血を継ぐ者たち。もともと、女が強い氏族だ。まあ、甘く見ていた、そちらが悪いってことだろう」

「・・・そいつは、苦労してんだろうな、族長さんよ」

「ああ、全くだ。しかし、その力は本物。よく分かっただろう?」

「・・・この状態で言うのもなんだが、全面降伏だ。だが、このままでは、氏族が滅ぶ。そちらの条件を飲むから、羊を、頼む」

 戦闘も、交渉も、ドウラの勝利、ということになるだろう。

 さて、ドウラは、どうケリをつけるのか。

 おれはゆっくりと歩いて近づく。

 ライムが顔を上げて、おれに駆け寄り、飛び付いてきた。

 おれは、そっと、ライムの髪をなでた。




 大怪我をしていた無手の二人には、『神聖魔法』で、治療と回復をサービスしておいた。この一件で死なれても後味が悪いしな。

 それを見届けて、ドウラがおれを小さな声で呼んだ。

 女性陣も出てきて、敵味方関係なく、治療している混乱の中だ。

 ドウラの手招きで、テントの内側に入る。

「オオバどの、この決着、どうつければいい?」

「自分で決めればいいだろう?」

「・・・それが分かれば苦労しない。昨日、姉さんから、いろいろとオオバどのの話を聞いた。それで、オオバどのに相談するのが、一番いいと考えたんだ。頼む」

 これは、これで。

 族長くんの、ドウラの、ひとつの成長かもしれない。

「ひとつ、聞いていいか?」

「何か?」

「どうして、あの戦いの前に、絶対に勝てるおれの助けを呼ばずに、ライムを呼んだ?」

「・・・オオバどのの言葉には、必ず意味がある、そう思ったからだ。昨日、「大きな見落としがある」と言われたからな。それで、姉さんと話して、剣術の稽古のことを聞いて、ライム姉さんがナイズよりもはるかに強いと、気づいたんだ。戦力は落ちたのではなく、はるかに高くなっているんじゃないか、と・・・。姉さんは有能だと、オオバどのがほめていたし」

 おやおや、大したものだ。

 あのヒントをちゃんと解けたのか。

 でも、それだけじゃ、答えにはなってない。

「・・・あの場で、女たちが避難しているはずのテントではなく、オオバどのと剣術の稽古をしていた姉は、オオバどのと共に外にいた。ちょうど、チルカン氏族をはさみ討ちにできる位置に、だ。あそこでオオバどのの力を借りたら、まちがいなく勝てる。だが、手柄は全て・・・。ライム姉さんが戦って勝てば、この勝利は我々ナルカン氏族のもの。オオバどのの力を借りていては、この先、他の氏族との交渉が成り立たないからな」

 うん。

 合格点だね。

「それじゃ、どういう決着をつけようか?」

「それが、全く分からんから、困っている」

「チルカン氏族の情報がないから、だな。情報ってのは、大切にした方がいい。今回、チルカン氏族はナルカン氏族がおれにやられて銅剣を失ったという情報があったから、ここに攻めてきた。そういうことだろう?」

「そうか、情報か。なるほど、そういうことか」

 ドウラはうなずいた。「じゃあ、チルカン氏族の者に、事情を聞く方が早いな」

 あ、うん。

 それは、そうだけれど。

「慌てるな。チルカン氏族は、馬や羊を失ったから、ここに攻めてきた。だから、羊を交渉で手に入れようとしたんだろ。混乱してあちこちに逃げ出した羊は、この大草原ではあまり見つけられないだろう?」

「む、確かに、もし、そうだったとすれば、羊を何匹かは取り戻せても、その多くはどこかへ行き、そこで死んでしまうだろうな」

「チルカン氏族は、このままでは冬を越せないし、この先、何年も、羊が少なく、苦しい状態が続く。だから、戦力が落ちたナルカン氏族から有利な条件を引き出して、それから他の氏族にも羊を少しずつ分けてもらえば、乗り切れる。そう考えたんだと思うな」

「では、羊を、彼らの求めに応じて、多めの代償で渡すのがいいか」

「いや、そこはちがう。まあ、交渉で出ていた数で、ナルカン氏族に問題がない分を渡すのはいいけれど、代償は、普通どおりにしてやることだ。あと、イモの残りはくれてやるといい」

「それでは、勝った意味がないのでは?」

「勝ったら、勝っただけ取ればいい、というのはやり過ぎだ。その代わり、嫁入りを要求するんだな。今後は、敵対しない、という方針を出させる。実際には圧勝したんだから、通用すると思うぞ。そして、その方がナルカン氏族としての生活圏の確保は、安定するだろうしな」

「・・・なぜ、敵対していた氏族との婚姻など、オオバどのは、思いつくのか・・・」

「それは、おれが外から大草原を見ているって、ことだな」

 中にいるドウラたちは。

 氏族の誇りだとか。

 姻戚の氏族だとか、敵対的な氏族だとか。

 これまでを引きずって、考えている。

 それでは、互いに消耗し合って、発展するはずもない。

 それに、どの氏族も、やっていることはほぼ同じ。それなのに、敵対しつつ、交渉も大草原内で完結しているようなもの。発展は、ないも同然。

 大森林のおれたちや、辺境都市とかいう、どっかの王国の都市と、お互いにちがう物で交渉していく方が、はるかに利が大きい。

 だが、力関係が、大草原の氏族ひとつでは、バランスが取れない。

 だから・・・。

「ドウラは、チルカン氏族と姻戚関係を結び、ニイムが出たマニカン氏族と連携して、テラカン氏族との関係も改善させて、大草原の東部連合を組むこと。これが、やるべきこと、だな。ニイムが生きている間に、だ」

「大草原の、東部連合・・・」

「このあたりの四氏族が組めば、もともと姻戚関係があるセルカン氏族も加わる可能性が高い。うまくすれば、ヤゾカン氏族だって、取り込める」

「六氏族も、連合させるというのか」

「その上で交渉する相手は、おれたち大森林のアコンの村と、辺境都市だ。大草原が豊かな暮らしに、口減らしがいらない暮らしに、なるようにしたいんだったら」

「だったら?」

「まずはチルカン氏族から嫁を取れ」

「・・・分かった」

「そして、子どもが生まれなかったとしても、元の氏族に追い返すのは、やめるんだな」

「・・・考えておこう」

 そのとき。

 ドウラの頭に、双子の姉のことがあったと、信じたい。

「ああ、あと、銅剣は、二本、返してやった方がいいぞ。今回、頑張って戦った三人の男たちに一本ずつ銅剣があれば足りるだろう? チルカン氏族の戦力を奪い過ぎると、今回のナルカン氏族みたいに、チルカン氏族がどこかの氏族に攻められるからな」

「・・・一番活躍した、ライム姉さんに、銅剣がないぞ?」

「木剣で銅剣の相手を叩きのめす戦士に、銅剣が必要なのか?」

「なるほど・・・」

 つまり、武器そのものは、実は、戦力であって、戦力ではないってことだ。

 いつか、ドウラにも分かるといいな。


 おれは、戦時病院のような状態のテントの外をゆっくりと歩いた。

 チルカン氏族の者たちからは、怖ろしく乱暴な馬の群れにテントが襲われただの、馬と羊が逃げ散っただの、羊は何匹か取り戻したけれど四頭いた馬は全て失ってしまっただの、そういう話が出ている。

 ニイムがちらり、とこちらを見たが、おれは目を合わせなかった。

 そして、そのまま、少しずつ、ナルカン氏族のテントを離れた。

 ドウラには別れを告げたのだが、ライムにはこのままさよならをしようと思う。

 ライムがおれについてきたら、ナルカン氏族の弱体化は目も当てられない。

 だから、いつの間にか、消えよう、と思っていたのだけれど・・・。

 ライムが待ち伏せしていました。

 はい。

 お見事です。

 さすがは、できる女。

「オオバ、大森林に帰るのね?」

「ん、そうだな。今回の用事は、終わったから」

「・・・オオバは確か、前に来たとき、「荒くれ」たちの馬の群れと一緒に帰っていったはずよね?」

「・・・ああ、そんなこともあったかな」

「チルカン氏族のテントは、乱暴な馬の群れに襲われて、散々だったらしいの。知ってる?」

「ん、そういう話を、ちらっと聞いたね」

「その馬の群れって、「荒くれ」たちよね、きっと?」

「さあ、どうだろ」

「・・・あなたは、怖ろしい人ね」

 おれは、何も答えずに、まっすぐにライムを見つめた。

「これで、全ては、あなたの、思い通りになったの?」

 これにも、おれは答えない。

 ライムの瞳に、涙が浮かんだ。

 ここで、泣くか。

 参ったな・・・。

「あなたが、わたしや、わたしたちに、何の利益もなく、力を貸してくれるはずがないなんてこと、もちろん分かってる。でも、あんなに、あんなに優しくしてくれたのも、全部、見せかけなの?」

「それは、ちがう」

 そう。

 それだけは、ちがう。

 今回の、予想外は。

 ライムの存在。

 予定通りなら、チルカン氏族なんて、おれがぶっとばしておしまいだったはずだ。

 女をあてがわれるのは、予定通りだった。ニイムによって、何にも知らない生娘が送りこまれて、何にも知らないままに、しておく作戦だった。男と女が何をするかなんて、はっきりとは分からないはずだから。いくらでもごまかせる。そう考えていた。

 ところが、ニイムへの対抗心からか、氏族の未来のためか、ドウラが族長としての頑張りを見せて、ニイムを抑えて、生娘ではなく、出戻り娘のライムを送り込んでしまった。

 まあ、そういう大草原の女性の扱い方に、おれは、なんというか、憤りというか、不満というか、同情というか・・・。

 ライムに優しくしようと思ったのは、どういう気持ちからなのかは説明できないけれど。

 優しく接したのは、ライムを操ろうとか、そういうことではない。

 もちろん、自分自身の性欲に従ったという部分も、ある。

 でも。

「それは、ちがうよ、ライム」

 ライムに優しく接した気持ちは、全て本当のものだ。

 そこだけは、誤解されたくない。

「信じて、いいの?」

「ライムが信じるままに・・・」

 おれはそっと、涙が止まらないライムを抱きしめた。


 抱きしめたことで落ち着いたライムが泣きやんだあと、おれはかばんから出した二つの緑の色川石と「本地布」をライムに握らせた。

 贈り物でごまかすみたいだったけれど。

 それぐらいしか、おれにできることはなかった。

 それから、おれはライムに見送られて、ナルカン氏族のテントから走り去った。

 ライムがいつまでも見送っているので、時々、手を振り返す。

 それでも、もうすぐ昼になるので、時間が足りないと思い、ライムから見えるけれども、スキルを使うことにした。

 そこからは『高速長駆』で五時間半。

 約三百キロ以上の距離を、生命力、精神力、忍耐力を大幅に削りながら、おれは走り抜いた。

 陽が沈む直前に、なんとかぎりぎりで虹池に到着して、イチたちと再会。

 互いの無事を喜び合う。

 イチたちの群れが四頭ほど増えていたのは、気のせいだったことにしよう。

 そうしよう。

 今からでは、さすがに、アコンの村までは間に合わない。

 でも、もう少し、ライムとの思い出に浸っていよう、という気持ちあって。

 この日はそのまま、イチにもたれて虹池の村で眠ることにした。

 走り疲れて、泥のようにおれは眠った。

今回で、連続更新は一時停止です。

少しプロットを見直します。

次回更新はしばらくお待ちください。

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