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かわいい女神と異世界転生なんて考えてもみなかった。  作者: 相生蒼尉
第2章 大草原編

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43/132

第43話:女神があまりにも空気を読まない場合

 評価100pt突破、ありがとうございます。

 ブックマーク100件突破も、ありがとうございます。

 総合評価300pt突破、これも重ねてありがとうございます。

 まだまだ未熟ですが、これからも頑張ります。


 今回は、愛する妻の妊娠中に出張先で浮気をする最低な夫の物語、です。

 ・・・言い過ぎ、でしょうか?

 さて、とりあえず。

 ライムより先に起き出したおれは、薄暗いテントの中で、ライムの寝顔を確認する。

 おだやかな寝息は、朝になっても変わらなかった。

 寝顔もかわいい。

 リイムとエイムによく似ている。

 氏族とは、やはり血族なのだと、はっきりと分かる。

 美しい娘だった。

 ・・・別に、リイムとエイムが二人で寄り添ってきた、あのとき、惜しいことをした、と思っていたとか、そういうことでこうなったということではない。

 ・・・ということにしたい。

 おれは音を立てずに、ライムの隣から出て、さらにはテントを出た。『隠密行動』スキルの力が発揮され、ライムは全く気づかない。

 大草原の朝は、大森林とは雰囲気が異なる。

 視界が広いから、かもしれない。地平線が緩やかなカーブを描く。この異世界も、地球のような球体の上にあるのだと、理解できる。

 薄明るい紫の影が、見渡せる範囲の草原に広がる。太陽が昇る直前の、消え去る闇の残滓。

 白い光の一点が、次第に大きく、光を広げていく。

 寒気を振り払い、草原が少しずつ熱を帯び始める。

 それでも、まだ寒い。昨晩は人肌があって良かったと心から思う。

 おれが生きていた日本の感覚では、ただの浮気者だろうと思うし、そういう気持ちもある。ただ、ここは原始社会か、古代社会か、それくらいは現代とはかけ離れた世界。氏族のさらに上に立つ、統括者を宿泊させて、そこに女をあてがうのが当然の社会。その女の子を冷たく追い払うというのも、無粋なこと・・・なんて、全てはただの言い訳なのかもしれない。

 強い男に魅かれる、という女性の本能が強すぎる気はする。それでも、心の中の葛藤や、男というものに対する怒り、悲しみ、苦しみなんかをライムからは感じた。

 ・・・妻の妊娠中の浮気という最低行為なのだが、妻の妊娠中の欲求不満が限界だったとも言える。

 やれやれ。

 セントラエムがそういう方面では全く責めないことが、実際、ありがたい。

 まずは、無心になろう。

 おれは、ジッドから教わった剣術の型を思い返しながら、ひたすら木剣を振り続けた。


「オオバさま・・・」

 一時間ほど経ってから、起き出してきたライムが、木剣を振るうおれを見つけて、駆け寄ってきた。

 昨夜のやり取りのときと、雰囲気がちがう。

 一夜を共に過ごしたからか。

 声の調子に、しっとりとしたつながりを感じる。

 おれは、ひょいっと、木剣を投げ渡した。

「さま、はいらない。これから剣の修行をしようってのに、「さま」なんて付ける相手に本気で打ちかかることなんてできないだろう?」

 とっさのことにもかかわらず、あっさり片手で投げられた木剣を受け取ったライム。

 うん、運動センス、かなり高いよね、それ。

「・・・振ってみて」

「はい」

 ライムは木剣を振るった。

 英傑と呼ばれたニイムに仕込まれたという剣術。

 実際に、使ったことはないらしい。

 まあ、うちの村みたいに、実戦練習をしていたら、氏族の者が怪我だらけだよね。

 さて、剣筋は、と。

 時計盤で言えば、12時から6時と、10時から4時の二本。

 右利きの片手剣なら、そうなのかもしれない。

 ジッドは、2時から8時と、横薙ぎとなる3時から9時、そして9時から3時も加えて、五つの剣筋を基本とした上で、振り上げる4時から10時と8時から2時も、型としては練習させていた。時計盤の説明はジッドのものではないけれど。

 天才剣士の正体は、他の者よりも多い剣筋を身に付けるための、何本もの素振り、だったのかもしれない。

 まあ、実際に、使わせてみるのが早いか。

 おれはかばんから、予備の木剣を取り出した。

「ライム、本気で打ちかかってくること。ただし、こっちも打ち返す。痛いのは、我慢しろよ」

「え・・・はい・・・」

 不安そうに、ライムが返事をした。

「いいから、遠慮なく、本気でこいよ」

 おれは無造作に、そう言った。

 黙ってうなずいたライムが木剣を構える。

 まだ、目が真剣とは言えない。

 甘い。

 ライムはまっすぐ振り上げて、まっすぐ振り下ろす、素直な剣筋。

 おれは左上に振り上げつつ、左にかわして、右下に振り下ろす。

 振り下ろしたライムの右手首をおれの木剣が強打する。

 ライムが木剣を落とす。

「っ・・・」

 痛すぎると、本当は、声らしい声など、出ない。

 骨折は間違いない。

 そのまま膝をついて、左手で右手首を押さえるライム。苦痛に顔が歪んでいる。

 おれは、ライムに歩み寄ってひざまずくと、『神聖魔法:治癒』のスキルを使い、光でライムを包む。

「あた、たかい・・・?」

 ライムの手首の骨折が完治していく。

「これは、あのときの、光・・・」

「女神の癒しの力を借りているだけだけどね」

「女神さま・・・」

「手首がかたいよ、ライム。剣は、握っているか、いないか、分からないくらい、そっと優しく握って構える。振り上げて、振り下ろして、最後の相手を打つ一瞬、剣を握りつぶすように思い切り握る。そうやってみて」

 おれは、ライムの前で、ゆっくりとした振り上げ、振り下ろしの中に、手首の締めを加えて、やってみせる。

 ライムも木剣を拾い、言われた通りに、繰り返す。

「あっ・・・」

 剣速が上がったことがライムにも分かったらしい。

 何度も振って、確かめている。

 ・・・ま、それだけじゃ、ダメなんだけれど、ね。

 三十分ほど、ライムの素振りを見届けて、再び立ち合う。

 向き合って、12時から6時、素直で美しい剣筋だ。

 一本目を木剣で受ける。

 剣速はさっきとは全くちがう。

 そのまま10時に振り上げて、4時に振り下ろす。

 二本目も木剣で受ける。

 これも剣速はかなりのものだ。

 言われたことは、すぐに吸収できる。

 奇数は12時から6時、偶数は10時から4時。

 教えられた通り。

 練習した通り。

 筋は悪くない。

 悪くないんだけれど、実戦的ではない。

 十本以上、受け続けているが、ライムの剣筋では、おれの態勢はひとつも崩せない。

 二十本目。

 おれは振り下ろされてくる一瞬を前に詰めて、ライムの木剣にカウンターを当てる。

 ライムの右手から、木剣は弾き飛ばされた。

 そのまま、ライムの首に木剣を寸止め。

「剣速は、手首の意識、それで速くなる。けれど、打点をずらされたら?」

「くっ・・・力を入れていないから、剣を離して、しまう、でしょうか?」

「そう。利点は欠点。どちらにもなる。どうすればいい?」

「どうすれば・・・」

「もう一度、拾って、ひたすら、振ることだね」

 うなずいたライムは、木剣を拾い、再び振り始める。

 素直で、熱心だ。

 おれの稽古に付き合えって、言ったんだけれど、ね・・・。

 いったいどっちの稽古なんだか。

 ま、もともと、そういうつもりだったし、いいんだよ、これで。




 朝から、ひたすら、剣術に打ち込んで。

 夕方には、ライムの骨折は十七回目になった。

 この子は、それでも文句ひとつ、言わない。

 『神聖魔法:治癒』のスキルで、今までと同じように、骨折を治療する。

 十二回目の骨折のときに仕込んでおいた焼き芋がとてもいい感じになっている。

 おれは、治療を終えた後で、出来上がった焼き芋を半分に割って、ライムに渡した。

「ほら」

「あ、ありがとう」

 いつの間にか、敬語はなくなっていた。

 焼き芋の甘い匂いに、ライムの表情が緩む。

 おれは『対人評価』で、ライムの状態をチェックする。


 名前:ライム 種族:人間(大草原:ナルカン氏族) 職業:覇王の側女、大草原の女剣士

 レベル8 生命力27/110、精神力39/110、忍耐力21/110

 筋力57、知力74、敏捷59、巧緻69、魔力46、幸運22

 一般スキル・基礎スキル(3)裁縫、運動、説得、応用スキル(1)羊料理、発展スキル(2)剣術、苦痛耐性、特殊スキル(1)、固有スキル(1)


 うーん。

 予想はしていたけれど。

 『苦痛耐性』スキルで、レベル上げしちゃったね。

 あれだけ骨折すれば、ね。

 手首、腕、鎖骨、あばら、指、などなど。

 痛かっただろうねえ。

 本当によく我慢していたし。

 ・・・職業欄に、何か、増えているし、ねえ。

 剣術のスキルレベルはともかく。

 レベルは大草原の天才剣士ジッドと同じところまで。

 ・・・まあ、反則っぽい、レベル上げなんだけれども。

 少なくとも、最高レベルが6のナルカン氏族や、最高レベルが4のチルカン氏族では、手が届かないレベルの存在になった。

 まだ、伸びる可能性だって、ある。

 例えば、剣術以外の、戦闘棒術や弓術を訓練するとか、方法はありそうだ。

 まあ、剣術メインでって、話にしているから、ここまでかもしれない。

 それでも、稽古には付き合ってもらおう。

 生命力とかの数値から考えても、今日はここまでだろう。

「ライム、おいしいか?」

「・・・ぐむっ、おいしい、とても」

 食べながら返事しなくてもいいのに。

 おれは水袋を手渡す。

「水、飲んだ方がいいよ」

「あ、うん」

 ライムが水袋のふたを開けて、一瞬だけためらって、それから、くいっと水袋を傾けた。

 ごくり、ごくり、とライムののどが動く。

「・・・水が、おいしい・・・」

「よく身体を動かしたからね」

「ちがう、そうじゃなくて、水、そのものが、おいしいの」

「・・・そうなの?」

「うん。全くちがう、味」

 大森林の水だから?

 そういうこともあるか。

 この辺の河川の源流。

 絶えず流れ落ちる滝の水。

 ああ、そうか。

 いわゆる、ミネラルウォーターになるのか。

「そっか、そういうことか」

「何?」

「いや、これは大森林の水なんだ。だから、ライムにとっては、おいしいと感じるんだろうね」

「大森林の・・・」

 ライムも納得している。

 水、そのものがちがうのだ。

 昨日のイモのスープがおいしいのも当然だ。

「価値がないようなものでも、場所を変えれば、価値が変化する」

「価値が、変化する?」

「例えば、この水は、おれたちにとっては、ただの水なのに、ライムはおいしい水だと思う。大森林では当たり前のものが、大草原では価値のあるものになる。色川石なんて、そういう例のひとつだろうと思う」

「色川石、あれも素敵よね」

「おれたちからすれば、川に落ちてるただの石だからな」

「そうなの?」

「そうなんだよ」

 当たり前のことだけれど。

 需要と供給の関係で、価格は決まる。

 大草原での最終目標は・・・。

 どうすれば、達成できるのか。


 ドウラとか、ニイムとか、いろいろと話しかけられたけれど、全て、はぐらかして日没までを過ごした。

 まあ、ライムのことは、おれの稽古に付き合わせているって、ことにしてある。

 事実、そう言ったし、ね。

 陽が沈むと、テントにはライムが来た。

 何も言わず、抱き寄せる。

 手首、腕、指・・・。

 今日、骨折させたところに、そっと唇をそえる。

 ライムもそのことに気づいたらしい。

 少しだけ、体を震わせた。

 昨夜と同じように。

 ただ、ひたすらに。

 ゆっくりと、ゆっくりと。

 ライムの身体を大切に愛しいものとして、優しく触れていく。

 唇と唇を重ねたとき、昨日のライムと、今夜のライムがちがう、と、はっきり感じた。思い込みだとすると、大変傲慢なのだが、受け入れられている、という実感が湧いた。

 何が、変わったのだろうか。

 それは考えても、分かるものでもない。

 昼は何度も骨折させるほど厳しく、強く。

 夜は何ひとつ壊さないように優しく、弱く。

 その落差に。

 ライムは戸惑っているだけなのかもしれない。

 おれはライムに優しく触れる。

 ライムがおれの背中に回す腕は、力がこもる。

 おれがライムの中に果てたあと、今夜もライムの寝息はとてもおだやかだった。

 幼くて嫁に出された、後継ぎの双子の姉。

 嫁ぎ先で子を成すことができず、追い返された出戻り娘。

 戻った氏族での立場も、ひたすら弱く、苦しい。

 それでも、この寝息のおだやかさが、ほんの少しでもライムの安心であることを願いたい。


 ・・・やはり、2回目はステータスに変化がありませんね。


 ・・・雰囲気、ぶち壊しですよ、セントラエムさん。

 どれだけ研究熱心なんですかね、全く。

 まあ、そういうことを考え続けて、おれたちは生き抜いている訳だから、雰囲気とかそういうことに酔っているおれの方が、この世界に対して甘い考えを持っているのかもしれないけれど。




 次の日も、剣の修行に打ち込んでいく。

 ライムには、本当はいろいろと役割があるようなのだが、おれの滞在中は、おれの専属ということにニイムがしてしまったらしい。

 生娘を送り込もうとたくらんでいた、と考えられる、ニイムからすると、ドウラが送り込んだライムがおれに気に入られたというのは、残念な気持ちもあるらしい。ニイムにしてみると、妊娠しない娘をおれに差し出すことに意味はないからだ。

 そのへんをおれに対する感情で、より強い関係性を持たないようにと動いたドウラは、本質的には族長失格なのだが、おれ個人としては、その方が助かっている。

 ・・・ライムを気に入った、というのは誤解だと、言っておきたい。

 そのとき、その場での、その人の役割を尊重した、ただそれだけなのだ。しかし、同時に、そのときの、そして、それまでの、その人のことを少しだけ、思って行動しただけ、である。

 おれがライムを、というより、ライムがおれを、という可能性も忘れてはならない。

 ・・・今朝、おれが起き出そうとすると、ライムもすぐに目覚めて、そのまま、ライムの方からおはようのキスをしてきた、その後、自分の行動に気づいて、一人で真っ赤になっていた、という事実をここに提示しておく。

 で、今は、七回目の骨折での『神聖魔法:治癒』の使用中である。

「なんか、だんだん、痛みの感覚が、よく分からなくなってきたみたい・・・」

 そんなことをライムが言う。

 それは、『苦痛耐性』スキルのスキルレベルが向上しているのだと考えられます、はい。

 本当に、ろくでもないスキルだよな、あれは。

 今日は、レベルアップはしていない。

 おそらく、しないだろうと思う。

 剣速は格段に速くなり、剣筋は二本から四本に増えた。まあ、増やした剣筋の方は、まだまだ素振りが足りないだろうと思うけれど、実戦での牽制にはいいと思う。

 剣術のスキルレベルも、特訓の成果で上がっているのではないだろうか。

 セントラエムによると、おれの『教授』スキルや『教導』スキルの影響が大きいらしい。

 自分が強くなっている、という実感がライムにあるのかどうかは、微妙。

 相手が、おれだから、ね。

 一本も、取れない。

 だから、分からない。

 骨折を癒して、土器を火にかける。今日は、かぼちゃの煮込みをごちそうしようと思う。おれとライムは、ナルカン氏族と食事が別になっている。

 剣の稽古に打ち込むため、だとしているが、正直なところ、ナルカン氏族の食事には関わりたくない、というのが本音だ。そりゃあ、リイムやエイム、ガウラたちから、さんざんアコンの村の食事はすごい、アコンの村の食事はおいしい、と聞かされ続けたら、ナルカン氏族の食事に対して、いったいどういう味なんだろうかと怖れをいだくというものだろう。

 そして、十八回目の骨折を癒して、かぼちゃを食べたライムからも・・・。

「アコンの村の食べ物って、すごくおいしい。びっくりするくらい」

 そうしておれは、ナルカン氏族滞在中の食事については、自炊するのだと心に決めた。

 ドウラのもう出て行ってほしいみたいな雰囲気も、ニイムの別の娘はどうかみたいなアピールも、一切無視して、夜のテントは、ライムと過ごす。

 ライムとしては、ドウラの意を受けて、ということで、他の氏族との婚姻に必要になる娘をおれに差し出させる訳にはいかない、という理由が、言い訳になっているようだ。

「本当に強い男って、優しいのね」

 ライムがぼそり、とそう言った。

 おれは何も答えずに、ただ、そっとライムの背中をなでた。

 よっぽど、ろくでもない男が相手だったのだろうと思う。




 さて、剣術修行、三日目。

 今日も、ライムは骨折を繰り返していた。

 そして、昼過ぎ、ナルカン氏族の勇者が現れた。でも、手遅れだった上に、偽物だったけれど。


「あんた、いい加減にしやがれ!」

 ナルカン氏族の成人男性が一人、やってきてそう言った。

「ライムに何の恨みがあるのか知らないが、何度も何度も打ち込んで、痛い思いをさせて! あんたの方が強いなんて、おれたち全員分かってんだよ! でもな、おれたち、ナルカン氏族にだって、氏族の誇りってもんがある! これ以上、ライムに手ぇ出すってんなら、おれが相手になってやる!」

 うん。

 嫌いではない。

 こういう直情的な男は、嫌いではない。

 だが、嫌いではないとはいえ、さて、さすがにどうだろうか。

 そして、君。

 誰だかわからないけれど。

 君は、ライムが、好きなんだね、きっと。

 本当は、氏族の中で、ひっそりと育まれていくはずの、恋物語。

 氏族の期待を背負って嫁に出され、そして、出戻ってしまった不幸な姫と。

 氏族の中心にはなれない分家の、ちょっとさえないけれど、どこか心があったかい青年の。

 そんな、ひっそりとした恋物語。

 ・・・のはずが。

 なんだか知らないけれど、どっかの余所者の登場で、エンターテイメント的な作品に格上げになってしまったかのような。

 名前が分からないから、もはや君でいいけれど。

 君から見ると、大切な、憧れの姫様が。

 昼間にはひたすら木剣で打ち据えられて果てなく傷つき。

 夜中は野獣のような男に犯され、汚されている。

 そんな光景が見えているのですね、はい。

 ・・・まあ、昨夜は、ライムが、けっこう大きな声を出していたからなあ。

 君には、少し、刺激が強過ぎたのかもしれない。

 ひょっとすると、近くまで、ようすをうかがいに来てしまったのかもしれない。

 テントの中をのぞいてしまったのかも、しれない。

 それは、分からない。

 でも。

 君が思っている、見えていない部分は。

 間違いかもしれないのですよ。

 今朝のライムさんは。

 目覚めた後、起き上っているおれに向かって。

 自分の右手を伸ばして。

 甘えるような目をしながら、ちょっと首をかしげて。

 おれに自分の右手を引っ張り起こさせて立ち上がると、その上で、自分から何度もキスを求めていましたが。

 それでも、君が言うような。

 氏族の誇りに関わる問題なのでしょうか・・・。

「ナイズ、何を言ってるの?」

 君の名は。

 ナイズ。

 ナイスになれない、ナイズくん、ね。確か、バイズやリイズは、ばきばき骨折男ガイズの子だから、おそらく、その兄弟だな。

 叫んだのは、ライム。

 おれでは、もちろん、ない。

「ライム、今、助ける!」

 そう叫んで、ぐいっと進み出たナイズ。

 おれとナイズの間に割って入ったライム。

「ナイズ、馬鹿なこと言ってないで、あっちへ行って!」

「馬鹿なこと、だと? ライム、おまえは、こんな男に、いいようにされて、それでいいのかよ!」

「うるさいわね! わたしは、今、初めて、抱かれたいって思う男に抱かれて、幸せな毎日を過ごしてるの! 邪魔しないで!」

「ら、ライム、お、おお、おまえ・・・」

 うん。

 分かる。

 ナイズくんは、剣術修行のことを言った。あの、「いいようにされて」ってのは、木剣で打ち据えられることを指しています。

 でも、ライムは夜の生活のことで返した。ナイズの「いいようにされて」を男の慰み者になっているという意味でとらえたライムは、「幸せ」って言葉を返すことで、ナイズの心に鋭いやりを刺しましたね、はい。クリティカルヒット間違いなしですよ、それは。

 会話自体の言葉は成立しているけれど、言いたいことは互いにずれてたよね。

 なんか、昔、授業中の子どもたちのコミュニケーションでよく見たな、こういうずれ。あ、いや、恋愛とかじゃなくて、社会科の議論で、だけれど。

 そして、それは、ナイズくんが、おそらく、一番聞きたくない、言葉だったはずだね。

 うーん。

 どうでしょう。

 分かってはいても、聞きたくないことって、あるよねえ。

 しかも、分かっていた部分に対して、自分自身が思い込んでいた理想的な側面を完全に否定されてしまうってのは、やり場のない思いが出るよねえ。

 ライムがおれに抱かれているってことは、分かっていても、聞きたくないことだったのに。

 ナイズにとって、ライムは嫌々おれに抱かれていなければならなかったのに。

 ライムはおれに抱かれて幸せだって、言ったのだから。

「・・・ライム、おまえには、氏族の誇りはないのか」

「ナイズ、何人もでオオバを不意打ちにして、それなのに返り討ちに合ったあなたたちにだけは言われたくないわ」

「この、わからずやっ!」

「どっちが!?」

 ナイズが木剣・・・とも言えない木の棒を振るう。

 ああ、そういえば、ナイズは以前、おれが叩きのめして銅剣を取り上げたうちの一人だった。

 それであの棒か。

 ナルカン氏族の攻撃力も防御力も、ガタ落ちだな。

 ・・・ある意味では、おれの責任だけれど。

 しかし、行き詰った結果、大切だというライムに打ちかかるとは。

 しょせん、ライムを、一人の人間として見ていないってことか。

 ライムの木剣は、ナイズの攻撃をかわす身体の動きと連動して、ナイズの木の棒を持った腕を打ち据え、さらに、ナイズの胴をしたたかに払った。見事な体さばきと、剣技だったとしか言えない。

 これは、腕とあばらを骨折したな。

 ナイズは倒れて、動かない。

 ライム自身、驚いたように、立ち尽くしていた。

 おればかり相手にしていて、分からなかったもの。

 それは、氏族の男たちの弱さ。

 そして、自分自身の強さ。

 それに気づいてしまったライムが、これからどう生きていくのか。

 そこまで、おれは責任を持たないし、持てない。

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