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かわいい女神と異世界転生なんて考えてもみなかった。  作者: 相生蒼尉
第2章 大草原編

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第41話:女神の助言で心配事を確認した場合

 評価や感想、ありがとうございます。ブックマークも、ありがとうございます。

 これからも頑張ります。


 今回は、乗馬教室と冬備えです。

 翌日。

 朝の祈りから体操、水やりまでを終えて、後のことはクマラに任せた。

 翌日の午前中、おれは別行動で、ジルとウルを連れて出かけた。

 セントラエムには分身してもらって、実体化はさせずに、ついてきてもらっている。

 それと、大牙虎のタイガが走ってついてくる。

 ジルとウルはおれが抱えて、『高速長駆』スキルで全力を出す。

 目的地は、虹池。

 馬の群れのところだ。

 荒くれたちは、元気だろうか。

 ジルとウルはきゃあきゃあ言いながら、『高速長駆』の速さを楽しんでいる。

 いい度胸をしていると思う。

 まあ、おれに対する絶大な信頼、という風に受け取ってもいいかもしれない。

「オーバ、馬って、どんな生き物?」

「うーん、四つ足で、首は長め、大牙虎より大きくて・・・」

「タイガより、大きいの?」

「ん、そうだな。タイガより、大きいな」

「それに、乗るの?」

「そうだ」

「タイガで、いいのに」

 がうがぅ、とタイガもジルに同意したようなうなりを上げた。

 走りながら器用な真似ができるもんだ。

 タイガはすっかりジルのペットと化していた。

 野生はもう残っていないのだろうか。

 タイガがジルを乗せて走ると、おれの全力について来るのは難しいため、今は、おれがジルとウルを抱いて走っている。

 確かに、純粋なスピードなら、馬よりも大牙虎の方が速いのかもしれない。それに、森の中のような悪路も平気だ。

 だが、その大牙虎に乗るというのは、過酷な修行のようなものだろう。

 あんな激しい動きの背中に抱きついておくなんて、尋常ではない。

 いずれ、ジルも成長して、大牙虎のタイガでは乗せられない身長になる。大牙虎の背にまたいだら、足が地面につくのだから。たとえタイガがレベルアップして、かつての群れの主のサイズになったとしても、ぎりぎりの大きさかな、と思う。

 馬に乗る練習をして、『乗馬』スキルを身につけさせて、レベルをひとつ上げておく。これは、ジルの生存確率を高めるために必要なこと。

 ウルは、早期教育の効果を確かめるためだ。ウルが七歳になったとき、ジルのように一気にレベルアップするとすれば、ここでの経験が『乗馬』スキルを与えてくれるのではないか、と考えている。

 まあ、セントラエムとの相談の結果の行動だけれど。

 おれはそのままスピードを落とさず、虹池を目指した。


 結論から言おう。

 ジルは『乗馬』スキルではなく、『並列魔法』スキルを身に付けてレベルを21に上げた。

 どういうことかと言えば・・・。

 虹池の村についたとき、「荒くれ」はおれの到着を喜んで駆け寄って来たのだが、そのとき、大牙虎のタイガの接近にも気づいた。

 タイガが、おれたちの仲間だなんて、考えもしなかったのだろう。

 いつもの仁王立ちになって、タイガを威嚇する。

 そうしたことで、ジルとウルの教育上よろしくない、「荒くれ」の巨大なイチモツがさらされた。

 だから、問答無用で、おれは「荒くれ」のイチモツを思い切り蹴り上げたのだ。

 いつものように「荒くれ」は昏倒した。

 倒れる「荒くれ」を見て、他の馬たちも何事かと寄ってきた。

 おれはタイガに、馬を襲わないよう告げて、他の馬たちを落ち着かせていく。

 そのまま、何頭もの馬をなでて落ち着かせながら、ジルに、「荒くれ」を治療するよう、指示を出した。そのとき、右手で『神聖魔法:治癒』スキルを、左手で『神聖魔法:回復』スキルを、平行して使うようにアドバイスをしたのだ。

 ジルは何度か失敗したものの、最終的に、二つの神聖魔法を同時に行使し、「荒くれ」を癒すとともに、新たなスキルを身に付けたのだった。

 まあ、これもそもそも計画の内にはあったことだから、いいか。

 レベルが上がって、悪い訳がない。

 ただ、ジルがただの少女ではいられない、というのは間違いないことだけれど。

 おれが責任をもってジルを育てる。

 それだけだ。

 ジルの神聖魔法で復活した「荒くれ」に語りかけて、タイガとけんかしないように言い聞かせる。

 不思議と、話が通じたようで、「荒くれ」とタイガは、互いに鼻を合わせるような動きをして、あいさつを交わしていた。あれは、あいさつだと、思いたい。

 レベルが上がったから、もう馬に乗らなくていい、ということでもない。

 おれは「荒くれ」たちに協力を頼んで、おれと、ジルと、ウルを、それぞれ乗せてもらった。

 一人に一頭、馬が寄り添った。

 おれを乗せたのは「荒くれ」だ。このポジションは絶対に譲れない、とでも「荒くれ」は考えているらしい。

 ジルとウルも、それぞれ牡馬が乗せてくれた。

「よし。それじゃ、まず、輪にしておいたロープを馬の背中に」

「ん・・・」

 ウルが器用に輪にしたロープをあぶみにしていく。ウルは感覚的に、よりよい方法を掴んでいくセンスがある。その代わり、ちょっと考えれば分かるようなことに気づかなかったりもする。

 ジルはちょっと手間取っていたが、ロープの長さを調節して、力が入りやすいように足を置いた。

「そうそう。二人とも、それでいい。しっかり座れるようになったみたいだな」

「これ、力を入れやすい。ふんばれる」

 ウルはあぶみが気に入ったらしい。

「次は、たてがみをそっと掴んで、ああ、力は抜いて。強くしてはダメだよ」

「ん、つかんだ」

 ジルが馬上でバランスをとる。

 二人とも、まだ身体が小さいから、ずいぶんと前に寄っている。

 じゃ、動かしてみよう、と言う前に、ウルは馬を走らせていた。

 決して暴走ではない。百メートルくらい走って、大きく円を描いて、戻ってくる。

「オーバ、あれで、いいの?」

「・・・ああ、あんな感じだけれど、できそうか、ジル?」

「馬に、頼めば」

「そうか」

 そう言うと、ジルも馬の首を軽く触れてから、馬を走らせ始めた。

 ウルが戻ってきたのと入れ替わりに、ジルが向こうで円を描き始める。

「オーバ、馬、楽しい」

「そうか。ウルは、すごいな」

「へへ。ウル、すごい?」

「ああ、大したもんだ」

「ふふ・・・」

 ウルはにこやかに笑うと、馬首を返して、もう一度走らせていった。

 あっさり、馬をコントロールしている。

 ・・・おいおい。

 なんで、できてしまうんだ?

 『運動』スキルの影響だろうか?

 いや、ウルはまだ七歳になってないから、スキル自体がないはずだ。

 七歳になるまで、スキルはない。

 ・・・いや、七歳になるまで、スキルは「現れない」ということなのだろうか。

 潜在的にスキルは幼児の中にあって、七歳になったとき、レベルとして現れるのではないか。

 また、セントラエムと議論してみよう。

 ジルの馬には、タイガが並走している。速さなら負けない、とでもいうように、タイガは疾駆していた。まあ、やきもちをやいているようにしか見えないけれど・・・。

 「荒くれ」がおれもおれも、というように、ぶるるっ、とうなる。

 おれは、「荒くれ」の首をなでて、もう少し我慢してくれ、と伝えた。

 ジルが戻ってきて、くるりと向きを変えて、おれの真横に並ぶ。

「タイガより、高い。ちょっと怖いけど、見晴らしが、とても、いい」

「楽しいか」

「楽しい。風が気持ちいい。タイガに乗るときとも、オーバが抱いて走ってくれるのとも、ちがう。見えるところが、広い」

 まあ、森を出ているから、というのもあるのだろう。

 圧倒的に視野は広がっている。

「でも、オーバが抱いて走ってくれるのが、一番、好き」

「はは、タイガが悲しむぞ」

「大丈夫、タイガ、強いから」

 ちらりと下を見ると、タイガがうなずいているように見えた。

 こうしてみると、大牙虎と戦っていた頃が嘘のような気がしてくる。

 ま、馬の群れとも、戦ったよな、確か。

 ナルカン氏族の成人男性も制圧したか、そういえば。

 戦って、分かり合うのかも、しれない。

 ・・・ちがうな。

 戦って、力の差を示さなければ、話し合うことさえ、できない。

 いや、話し合いでさえ、ない。戦って、勝った者が正義。負けたら、勝った者の言葉に従うだけ。逆らえばまた打ちのめされる。弱肉強食。

 そんなことを考えていたら、ウルが二周目を終えて、戻ってきていた。

「それじゃあ、一緒に走ろうか」

 そういって、おれは「荒くれ」の首をぽんと叩いた。

 「荒くれ」が動き出す。

 ジルの馬がすぐに続く。

 ウルの馬も馬首を返して、続く。

 三頭並んで、遠乗りをした。

 ・・・一匹、追いかけてきてます、はい。

 速度は抑え気味で。

 約一時間、大森林と大草原の境目を、西へ。

「オーバ、どうして、馬に乗るの?」

「・・・それはな、ジル。世界を広げるためなんだ」

 馬上で、ジルと、大きな声で言葉を交わす。

「世界を、広げる?」

「おれたちは、アコンの村で暮らしているけど、世界はもっと広いだろう?」

「花咲池とか、虹池とか、オギ沼、とか?」

「今までジルが行ったことのあるところだけじゃなくて、まだジルが見たこともない、広い世界が広がってるんだ」

「広い、世界・・・」

「リイムやエイムは、まだジルが知らないところから来ただろう?」

「・・・大草原」

「そうだ。その大草原の向こうにも、まだ世界は広がってるんだ」

「大草原の向こう・・・」

 そうして、思った。

 おれは、いったい、どこまで行くつもりなんだろう、と。

 自分で、自分が分かっていない、と気づかされたのだった。


 約一時間の遠乗りで、ジルが『乗馬』スキルを獲得してレベル22になったことが確認できたので、折り返す。

 帰りは、「荒くれ」に全速を指示した。

 ジルとウルを乗せた二頭も、全速でついてくる。

 タイガも全速で、「荒くれ」を追い越すようにして、「荒くれ」と競い合っている。

 おれの方が速いぜ。

 いや、おれだよ。

 というような感じだろうか。

「はやいーっっ!!」

 ウルが叫んだ。

 おびえて、ではなく、楽しそうに、だ。

 天才かもしれない。

 ま、紙一重、とか、よく言われるので、どちらとも言えない。

 ナルカン氏族の子たちが馬に乗ったときは、何日間か乗っていたが、スキルが身に付くことはなかった。

 ジルは、約一時間でスキルを獲得した。

 ちがいは何か。

 やっぱり『学習』スキルの効果か、『運動』スキルの効果か、それともその両方の効果か。

 実は「基礎スキル」が重要なのではないか、というスキル獲得理論が現実味をおびてくる。

 セントラエムとすぐにでも話してみたいところだが・・・。

 馬が全速だと、話す余裕はない。

 それでも、おれの『高速長駆』の方が速いと思う。『高速長駆』は反則スキルのひとつだろう。しかし、『高速長駆』の場合は、最高速の場合でも、抱いている子と話すのにあまり苦労はない。身体が近く、密着することになるからだろう。

 虹池までは、遠乗りの半分くらいの時間で、無事にたどり着いた。

 おれは「荒くれ」から飛び降りて、頑張ってくれた「荒くれ」の首をなでて、ねぎらう。

 なぜか、タイガがすり寄ってきたので、もう一方の手で、タイガの頭をなでてやる。

 馬の「荒くれ」と大牙虎のタイガにすり寄られるというムツゴロウさん状態になってしまった。

「おまえも、「荒くれ」とかじゃなくて、タイガみたいな、名前があった方がいいな」

 おれはそう思いついて、口にしていた。

 「荒くれ」は何度も首を上下させている。

 どうやら名前を付けてほしいらしい。

 ジルとウルも、馬から降りて、おれのところまで来ていた。

 さて、名付け、か。

「じゃあ、今日から、おまえの名前は「イチ」だ。群れで一番強くて、群れで一番速くて、群れのリーダーとして、「イチ」だ。どうだ?」

 イチと呼ばれた「荒くれ」が、ひひひーんっ、といなないた。

 どうやら喜んでいるらしい。

 ・・・しまった、な。

 名前の真の由来は別にあるということについては、おれの心の中の秘密にしておこう。


 アコンの村までは、『高速長駆』で、ジルとウルを抱いて走った。

 タイガは素直についてくる。

 さすがは「巫女の神獣」だ。

 ジルとウルに従順な獣。

 タイガには『高速長駆』のスキルはないが、おれと同じスピードについてくる。種族固有能力というものがあるらしいとセントラエムが言っていた。それがスキル外スキルなのだろう。そうすると、レベルが上がらないから、損をしているような気もする。

 みんなは河原に集まっていた。

 戻ったおれたちは、久しぶりに三人で滝シャワーを浴びた。以前は当たり前にしていたことも、村人が増えて、ちがう形になっていったんだな、と実感した。

 滝シャワーの時間は、昼過ぎになっていた。一番暑い時間に気持ち良く、ということだ。

 シャワーから戻ったおれをアイラが出迎えてくれた。

「予定通り、だったのよね?」

「そうだな、ジルは、また、レベルを上げたよ」

「・・・子どもの方が、レベルが上がりやすいというのは、きっと正しいわ」

 アイラは、そう言ってうなずいた。

 そう思いたい、という雰囲気だった。




 毎日の生活は、雨が降らない限りは、特に変わりがない。

 だから、特別なことだけを思い浮かべてみると、最近は稲刈りをしたことか。

 ナルカン氏族のところで手に入れた銅剣がとても役立った。

 考えてみると、剣らしい使い方はしたことがない気もする。

 ・・・エイムの残念そうな表情が、印象に残っている。

 刈り取った稲は干している。

 いずれは脱穀して、わらは田畑か、畜産関係で利用する。脱穀した米は、今回は、ほとんどが種もみになる予定だ。

 実験水田は四回に分けて田植えをしたが、アコンの根元の土の影響は、あまりないようだった。稲作にはアコンの力はそれほど影響がないらしい。まあ、苗を育てる段階で、アコンの根元の土の力を借りているから、成長させるときには関係ないのかもしれない。

 実験水田は二メートル×二メートルを四つ合わせたものだったが、次回に向けて、水田は八倍にする予定を立てた。

 今、実験水田があるところを拡張して四倍にする。そして、滝をはさんだ反対側にも、竹水道を通して、同じだけの水田をつくる。滝の両側に、八メートル×八メートルの水田が、それぞれ開墾される予定だ。

 そこに全て田植えをするつもりだから、今回の稲刈りでの収穫は、ほとんどが種もみにするということになったのだ。

 食べたい。

 正直なところ、米が食べたい。

 でも、今回は我慢の一手だ。

 だから、こっそり、ちょっとだけ、おにぎりにして食べた。

 白米にまで精米しての塩むすびは最高だった。

 アイラには気づかれたのだが、一口だけ食べさせて、秘密にさせた。

 びっくりしたアイラの表情から、米のうまさが伝わったと確信している。

 開墾作業は、人力を後回しにした。

 頭脳プレーが優先だ。

 まずは、囲いを用意して、森小猪を放つ。

 そうすると、どんどん土を掘り返してくれる。

 しっかり掘り返してもらえたら、人力で石を排除しながら隣の囲いに森小猪は移して、土兎を放つ。

 土兎は掘り返された土に埋もれた雑草まで、一生懸命、食べてくれる。しかも、囲いの中にまんべんなく糞尿を撒き散らす。

 奈良時代に森小猪と土兎がいたら、普通に暮らしていた人たちはたくさん私有地を手に入れられたのかもしれない。

 そんなのなしさ、743年、墾田永年私財法。

 水田予定地は、動物の力を借りて、開発を進めた。

 どうしても抜かなければならない樹木は、計画的に倒していった。

 材木としての利用はまだまだ難しいので、薪や木炭にしていくことになる。

 一度にたくさん倒しても、無駄になりかねない。

 滝の周辺は、開けた農地になっていくのだった。

 

 あとは、トマトだ。

 ある日の夕食でトマトを出したのだが、やはりナルカン氏族のみなさんも、トマトに対する反応が薄かった。かぼちゃとかのときは、かなり喜んでいたのだが・・・。

 しかし。

 たった一人だけ。

 エイムがトマトを絶賛していた。

 ついに、おれは味方を一人、見つけたのだ。

 おれたちはトマト同盟を結ぶことにした。

 唯一の同志、エイムよ。

 世界にトマトを広めよう。


 ある日、おれは一人で花咲池へと走った。

 大牙虎のようすを確認するためだ。

 途中、親離れした森小猪を四匹、花咲池につながっていると考えられる小川の西側の森に放した。以前も、何匹か、何回か、こっちへと逃がしている。

 手を離してすぐは、森小猪の子どもたちは、逃げ出したりしない。

 ある程度、人間になれてしまっているからだ。

 あまりにも、動き出さないときは、蹴るふりなどをして、追い払う。

 そうすると一斉に逃げ出すのだが、その瞬間は、ちょっとさみしい。

 互いに頑張って生き抜いてほしい。

 多産動物なのだから、いつかは自然繁殖で、増えていくだろうと思う。

 すでに合計で、二十匹以上、この方面には解き放っている。

 全ては、大牙虎のエサとするためだ。

 人間以外の食べ物がないと、また人間と争うことになる。

 ま、残酷だが、そういうことだ。

 おれが花咲池に近づくと、カタメがおれに気づいて、歩み寄ってきた。

 子虎たちもついてきている。

 カタメは、おれの前に伏せて、腹をさらす。

 おれは、カタメの腹をなでる。

 上下関係を確認する儀式みたいなもんだろうか。

 成虎のメスたちはお腹がふくらんでいる。

 たった一匹だけのオスは、ふん、という感じでおれの近くに来て、仕方がないからだぞ、という表情で、カタメと同じように腹をさらす。

 こっちとしても、仕方なく、その腹をなでてやる。

 それから、子虎たちを抱き上げてオスかメスかを確認したり、高い高いをしたりして、少し遊んで、花咲池を離れた。

 大牙虎には、大きな動きはない、ということを確認できた。


 ずっと、やっておきたかったことのひとつとして、大角鹿に会いに行った。

 セントラエムからのアドバイスでもある。

 人間を超える力をもつ可能性がある、あの鹿をそのままにしておくのは、得策ではない。

 友好を結びたいが、場合によっては、戦うこともあり得る。

 そういうことだ。

 いつもの河原からさらに東へ森を旅する。

 イノシシの群れを横目に走り、新しく見つけた小川を越えて、黒い土が目立つところに、大角鹿の群れはいた。

 アコンの村から『高速長駆』で二時間半くらいか。

 まあ、『鳥瞰図』と『範囲探索』のスキルがなければ、到底、たどり着けないところだろう。

 おれの姿を見ても、大角鹿の群れは、慌てたりはしなかった。

「おまえたちの、ん、なんだ、長か。長に、会いたいんだけれど、いるのか?」

 返事はない。

 でも、大角鹿たちは逃げたりしない。

 まっすぐな瞳がこっちに向けられている。

「ここにはいないのかな」

 おれは、目的のしゃべる大角鹿はここにはいないのかもしれない、と考えた。

 まあ、いい。

 おれはかばんから、ひとつの土器を取り出して、その中身をぶちまけた。

 どんぐりが、ばらばらっと、黒い土の上に広がる。

「これ、食べるのなら、食べてくれ。おれたちも、食べられるものなんだけど、どうも、おれには馴染めなくてさ。どんぐりを食べるってのは、知ってたんだけれどね」

 少しサイズの小さい大角鹿が一頭、どんぐりに近づく。

 親っぽい大角鹿が止めようと動くが、間に合わなかったようだ。

 ひょいっと、どんぐりをくわえて、がじっ、がじっ、と噛み砕いていく。

 ・・・けっこう、時間がかかるみたいだな、どんぐりを食うのって。

 まあ、堅いしな。

 それを見ていた他の大角鹿も、一頭、また一頭と、どんぐりをくわえ始めた。

 『対人評価』スキルを使ってみるが、この群れには五十頭以上はいる。一気に忍耐力が100以上も減少したのは初めてだった。

 スクリーンに映し出された大角鹿のレベルは最大でレベル9だった。それでも、大草原の馬の群れやライオンの群れより、高い数値だ。

 あの、話しかけてきた大角鹿なら、二桁レベルはありそうな気がする。

 あきらめて、おれが帰ろうとすると、どんぐりを咀嚼していた大角鹿たちが、一斉におれを振り返った。

 びっくりした。

 それぐらい、ぴったりと一致した動きだった。

 そして、その首が、全て同じ方向を指し示す。

 これにもびっくりした。

 熟練のダンサーたちのように、完璧に動きが重なる。

 ちょっと不気味なくらいだ。

 どうやら、あっちの方へ行け、ということらしい。

 スクリーンの地図でその方向を確認すると、黄色い点滅がある。

 少し離れているが『対人評価』で確認してみる。

 ・・・いた、こいつだ。

 レベル14の大角鹿。

 鹿の化け物、みたいなものか。

 人間と敵対する気がないようで助かった。

 おれは、スクリーンが示す場所へと走った。


 ひときわ大きいサイズの大角鹿が、そこにいた。

 身体も大きいが、何よりも角が、すばらしい。

 写真を撮ることができれば、インスタ映えすること間違いなし。

 勇壮な感じがする。

 しかも、話しかけてくる。

 この大森林で、もっとも怖れるべき存在のひとつ。

 そいつが、おれを振り返った。

「久しぶり、でいいのか、な」


『森の王よ、わざわざこんなところまで、何用か』


 まちがいない。

 こいつだ。


『たかが鹿というのに、我の力を怖れておるのか、森の王よ』


「・・・知らないことを知りたいと思うのが、人間の本質なんだ」


『何を知りたい、森の王』


「・・・その前に、お礼からだな。この前は、助けてくれてありがとう」


『何、遠慮はいらん。もう、そのことに関しては、ひとつ約束をしてもらったではないか』


「大牙虎との戦いは終わった。今は花咲池で、大牙虎は静かにしている」


『花咲池? 森の西の果てにあるあの池か。あそこに住んでおった人間は、死に絶えたか』


「いや、何人かは生き残って、おれたちと暮らしているよ」


『そうか、それは良かった。大牙虎とのいさかい、見事におさめられたようだな、祝いを述べよう、森の王よ』


「それで、他の動物たちとも、できれば仲良くしたいんだが、どうかな」


『土兎や森小猪は、あれで仲良くと、言えるのだろうか、森の王よ』


 ああ、そこ、突いてきますか。

 まあねえ。

 そこを言われたらねえ。


『猪たちも、たまに狩っておるのではないか、森の王よ』


「・・・じゃあ、おれたちとやり合うってことか」


『そうではないと、話したはずだ、森の王よ。我らは戦うことは望まぬが、避けられぬ場合は戦うと申しただけ。滅ぼさぬということを約束してもらったではないか、森の王よ』


「そうだった。じゃあ、少し、知りたいことがあるんだ」


『我に答えられることなら、答えよう、森の王よ』


「なんで、あんたはおれたちと話せるんだ?」


『それは分からぬよ、森の王よ。いつの間にか、人間とも話せるようになっておった。それだけだ。なぜ話せるようになったのかなど、我が知るはずもないこと』


「それじゃあ、他にもおれたちと話せる動物はいるのか?」


『それは、いるだろうさ、森の王よ。我にできること、他の者にできても何の不思議もない。そういうことではないか、森の王よ』


「あんたが知っている動物には、いるのか?」


『それを聞いてどうするつもりだ、森の王よ』


「知っていれば、話し合うように努力するよ」


『・・・話し合いができるかどうかは責任が持てぬが、熊には一頭、人間と話ができる者がいる。気をつけるがいい、森の王よ』


 そう言い捨てて、大角鹿はぱっと飛ぶように駆け去った。

 おれは、一歩も動けずに、それを見送った。

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