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第4話:女神とともに半月過ごして話しやすくなった場合

少しずつ、物語が動きます。

 アコンの群生地での生活は、決して楽ではなかったが、楽しかった。

 生きていくため、日々を過ごす。

 命を守るために工夫をする。

 現代日本での生活とは全く異なる。まさに異世界生活。

 いや、はっきり言えば、原始生活だ。

 異世界生活というより、無人島ひとり暮らしみたいな、サバイバルだ。

 おれは精一杯、できることをやった。


 一つ目。

 皿状の石に水を張って、ネアコンイモのかけらをおいた、栽培実験。

 三日後には、芽と根が出てきた。ひとつのかけらから、芽が二、三本、生えたものもある。

 最初に掘ったアコンの木の根元に埋め直したものや、アコンではない別の樹木の下に埋め直したもの、また、アコンではない別の樹木の根元にアコンの根元の土を客土して埋め直したものなど、場所と土を変えて実験中。

 そのせいで、水やりというルーティーンが一日の中に追加された。実験なので、水やりをたくさんするところもあれば、二日に一回とか、三日に一回しか、水やりをしないところもある。

 実験内容によって成長度合いは異なるが、芋づるは着実に伸びている。ネアコンイモは生命力が強いようなので、うまくすれば、イモは量産できる気がする。そのうち成長して、ロープとイモがまた手に入るだろう。


 二つ目。

 もちろん、初日と同じ、ロープ作りを兼ねた芋掘りという食料確保と、樹上生活面積の拡大は続けた。

 寝室用樹木を中心として、周囲の六本の樹木に、燃料倉庫、食料倉庫、調理室、貯水室、栽培実験室、乾燥室を設定した。

 南側にある貯水室からさらに一本のアコンの木とつないで、そこはトイレにしている。

 あまり詳しく説明するのもどうかと思うが、最初は樹木の上から下へ、大も小も、放出するだけだった。特に、大では、樹上の端のぎりぎりの位置で、芋づるのロープにつかまり、ふんばって行うという、なかなか危険な行為だった。

 小川周辺の調査で、厚さ10センチくらいの、長方形の岩石をいくつも発見したことにより、石造りの和式トイレを設置。微妙な傾きの調整で、小は自動的に流れ落ちる。大は、水で流して落とす。その結果、安全に排泄が可能となった。

 もちろん、トイレ用樹木の周りのネアコンイモはトイレにする前に掘りつくしてある。

 いずれ行う栽培用の肥料になる土は、トイレの下にできるだろう。

 糞尿の管理は病気を防ぐためにもきっちりしたいので、トイレの位置を固定するのは重要だと考えていた。

 トイレの設置以外では、樹木間の渡り橋の強度と安全性の向上。

 現在、おれの樹上生活エリアはアコンの木、八本分だ。

 今では全て、縄梯子の橋になっている。

 渡るときには、必ず手すり用ロープは離さない。

 強度は十分あるが、いずれは芋づるロープ以外の材料でなんとかしたい。結構揺れるので安心感は足りないからだ。


 三つ目。

 既に把握した範囲での、岩石や小石、落ち葉、木切れ、棒切れなど、素材回収。

 特に、岩石は、小川の近くで、大きな岩盤にぶつけたり、こすったりしながら、なかなか鋭い石器になっている。

 薄い、皿状の岩石も、役に立つ。栽培実験にも使っているが、三十センチ四方くらいのサイズの石を鉄板代わりにしてイモを焼いている。

 また、川で丸くなった石は、焼き芋と一緒に焼いておいて、火が消えた後も余熱で翌朝までに別のイモを焦がさずに焼き芋にしてくれる。

 石器は、大変便利な道具だ。

 この世界の、おれの周囲の現状では、だけど。


 四つ目。

 アコンの群生地周辺の植生調査も進めた。

 探索中に、偶然、気付いたのだが、スクリーンに鳥瞰図でイメージしていた地図が映し出されることが分かった。

 『神界辞典』を使って草木の名前や、食べられるかどうかを調べながら、『鳥瞰図』で現在地を確認しようとしたら、スクリーンの下の方にタグが出ていたのだ。

 そのタグに触れたら、スクリーンが辞書の文字から地図に切り替わった。

 脳内に浮かんでいたイメージの地図で考えていた時により、はるかに分かりやすく、安心して移動ができるようになった。スクリーンの使い道は他にもありそうだ。

 そして、竹、ビワを発見した。

 ビワを見つけた時は、嬉しくて思わず拳を強く握った。

 ビワは、保存が難しいので、とにかく食べて種を回収。葉っぱも回収。

 昔、うちの庭に植えたら芽が出て、翌年には実が少しなった記憶がある。親戚の家では大きな木に育って、邪魔になって切ったこともあった。

 五日間、食べに行っては種の回収を繰り返した。それで食べ尽くしてしまったが、もともと、実がなる期間も短いはずなので問題ない。

 お腹を下しやすいという欠点はあるが、嬉しい果物で、味はかつて食べていた物より甘くて美味しいと感じた。栽培実験で増殖させて来年以降用のびわ畑をつくる計画を進行中だ。

 アコンの群生地のすぐ南側に、およそ二メートル間隔でビワの種を埋め、目印の石を置いて、水やりを続けている。

 竹は、斧タイプになった石器の刃をあてて、別の岩石でたたくことで切れ目を入れていき、最終的には切り倒した。

 一日に四本の竹を切り倒し、アコンの群生地まで運ぶ。四本以上は、引きずって運ぶにしても大変だった。

 切り倒した竹は太さが均一に近くなるように、石器で分断する。一番細くなる先端は、いずれ釣り竿とか何か、使い道が出るだろう。

 太い幹のところは、やはり石器で割って、四分割や八分割にした竹の板をつくっていった。

 他のどの木よりも簡単に板状の素材を確保しやすい。

 ただし、どうしても平らにはならないし、切断面は触りたくない感じだけれど。

 短期計画では難しいが、いずれは二分割にした竹で、洞窟滝からの水道を届かせたい。

 雨対策として、寝室用樹木と調理室用樹木には竹材による屋根が設置完了。他にも設置予定。

 これまでに二度、雨が降ったが、屋根がなかった一度目はさんざんな夜を過ごした。寝室に屋根が完成していた二度目は、雨露を気にせず眠れた。住宅環境は格段に良くなってきている。


 五つ目。

 洞窟滝までの散歩は一日三~五往復はしている。

 竹の確保によって、竹筒ができたので、「水妖精の袋」で水を汲んでは、貯水室に水を貯めている。貯水室の水は飲み水にはしていない。トイレ用と、栽培用だ。

 水袋の名前が「水妖精の袋」という名前だということは、セントラエルとのこっくりさんトークと『神界辞典』の併用で判明した。ちなみにかばんの方は「倉庫袋」というらしい。妖精的なファンタジー要素がないネーミングには苦笑した。

 あと、陽が傾く頃には、滝シャワーと滝洗濯だ。

 帰りは濡れた服を着て帰るが、樹上に戻ると乾燥室で干して、寝室では裸で寝る。

 夜は裸族になってしまったが、まあ、いいだろう。

 小川では、岩石を使って囲いをつくることで、魚を追いつめて捕まえた。

『神界辞典』では「山岩魚」という名前の魚らしい。

 竹串に刺して焼き魚にして食べた。おいしさに涙が出た。

 セントラエルとのこっくりさんトークと、『神界辞典』、『鳥瞰図』、『絶対方位』のスキルを駆使して、岩塩を見つける前だったので、次に食べる時は塩味を必ずつけると心に決めている。


 六つ目。

 火起こし時間の短縮。

 何度も何度もやっていると、コツがつかめてくるものだ。

 雨の日は調理室でと考えているが、まだ実現していない。

 一度目の雨の日は何も食べられずに過ごした。

 二度目の雨は、ビワを発見した後だったので、たらふくビワを食べて、腸の機能が全開で稼働した。

 そういう経験から調理室を用意してみたが、アコンの木ごと燃えないようにするために、いろいろな形の石を組み合わせてかまどを作るのは難しかった。


 七つ目。

 一番楽しいのは、守護神である、かわいい女神セントラエルとのこっくりさんトーク。

 まあ、あのかわいい姿は、今は見えないのだが…。

 こっちの質問に、イエス、ノーで答えてくれるので、少しずつこの世界のことも理解出来てきていると信じたい。

 セントラエルに不都合な場合は沈黙という解答もあるけれど。

 セントラエルの、「はい」と「いいえ」はずいぶん聞き取りやすくなった気がする。

 普通に話そうとすると意味をなさない音の羅列になるので、まだ、こっくりさん状態からは変化していない。


 そんな十五日間を過ごしたが、飽きはこなかった。

 ただし、孤独感は、ひどいものがあった。

 意味もなくセントラエルに話しかける変なくせがつきそうな気がした。


 そして、この異世界に来て十六日目を迎える。

 それは、長い一日となった。




 その日は食材を増やそうと、きのこ類の調査を進めていた。

 きのこの群生地を探し、見つけたら『神界辞典』で食べられるかどうか、どの樹木に寄生しているのか、どのくらいで成長するのかを調べていく。

 群生地のきのこでも、採り尽くしたら、後がなくなる。

 食べられるきのこを数種類見つけた上で、それをローテーションで採取し、今後、巡回して回復度合いを確認することで、採取する適量を割り出す。

 アコンの木の群生地から北に三時間ほど調査しながら移動して、ヒラタケ、オオエノキ、キシメジという食べられるきのこ類の群生地をいくつか発見した。

 食材はいもと魚と野草ときのこ。

 今のところ調味料は岩塩のみ。

 しょうゆやみそ、ソースなんかが懐かしい。

 まあ、ぜいたくは言えない。

 そのうち、ウサギやイノシシを捕まえて、繁殖させてみようとたくらんでいるが、まだ実現には至っていない。

アコンの群生地の近くには土兎というウサギ、それから森小猪という小さなイノシシがいることは分かっている。

 そうすれば肉も食料となる。

 まあ、生き物をシメる勇気がまだないし、ウサギやイノシシを捕まえる方法もまだ考案中なので、これはまだまだ先のことだ。

 アコンの群生地の南側、ビワ畑予定地のさらに外は、農園地帯にして、混合農業のようなイメージで食料生産ができればいいな、と考えている。イネか、ムギを発見できれば、そのどちらかを中心作物として栽培しながら、すでに発見済みの豆類を第二作物として育てる。休耕地でウサギとイノシシを放牧して地力の回復に努める。気候的にはムギよりもイネが適しているはずなので、イネが発見出来たら二期作でもいい。ただし、その場合は洞窟滝からのかんがい設備が必要だろう。

 そんなことを考えながら、オオエノキを採取していたら、パキン、という枯れ枝を踏む小さな音が聞こえた気がした。

 作業の手を止めて、姿勢を低くする。

 音のした方向を中心に、周囲を確認する。

 そして、小さな声でセントラエルに話しかける。

「セントラエル、危険はせまってないか?」


 ・・・いいえ。


「この近くに生き物はいるか?」


 ・・・はい。


 近くに何かがいる。

 でも、それはセントラエルの考えによると、おれに危険がある訳ではない。

 いつものウサギか小さいイノシシなら、もっとはっきりと音を立てて逃げているはず。

 本当に、危険はないのだろうか。

 守護神のセントラエルが、おれを守るのは当然として考えてきたが、「見守る」のがセントラエルの役割だったとしたら、危険があっても、おれに伝えないかもしれない。

 いや、それはないか。

 それなら、これまでの手助けも、いらないものになる。

 セントラエルが危険はないというのなら、危険ではないはずだ。

 ただ、初めて探索に来た一帯だから、不安が強くなっているのだろう。これまでで一番、アコンの群生地からは離れたところに来ている。

「いるのは、ウサギやイノシシか?」


 ・・・いいえ。


 やはり違うらしい。

 危険がない、という程度の動物なら、こっちから思い切って飛び出した方が早い。

 そうすれば、慌てて逃げ出すはず。

 そうと決めたら、即、行動に移る。

 二、三歩、助走して、思い切って跳ぶ。運動スキルが最大レベルの上に、跳躍スキルもあるので、前世の常識とはかけ離れたジャンプ力が発揮される。高さはおよそ三メートル、距離は軽く十メートルくらい跳んだ。

 あっという間に、物音がしたところへと着地した。

 驚いた。

 向こうも驚いているが、こっちも驚いた。

 そこには子どもがいた。

 人間の子どもだ。

 この異世界に来て十六日目、おれはついに異世界の住人と出会った。

 それは、傷だらけの二人の子どもだった。

 どちらも、女の子のように見える。

 幼稚園から小学校低学年くらいだろうか。

 びっくりし過ぎて、動けないようだ。

 もちろん、逃げたとしても、すぐに捕まえられるが、そうなると互いの関係はいいものにはできないだろう。

 動物の皮を使った服はぼろぼろになっている。

 腕や足に、いくつも傷がある。

 不意に、後ろにいた小さい方の子が、身をひるがえし、逃げようとした。

 しかし、足がもつれて、倒れた。

 背中が見えた。

 大きな三本の爪痕があり、血がにじんでいる。

 もう一人が、倒れた子を振り返り、それからおれを見た。

 何かを決心したかのように、仁王立ちになって両腕を開いた。

「&%#$!」

 残念ながら、何を言っているのか、よく分からなかったが、おそらく、「逃げろ」みたいなことを言ったのだろう。

 おれは共通語のスキルを強く意識した。

 子どもがもう一度叫ぶ。

「逃げろ!」

 あ、やっぱりね。

 そういう表情をしているもの。

 しかし、そんなに怖れられてしまったか。

 跳躍で突然前に出たのがまずかった。まあ、人間とは思ってなかったから、獣を追い払うつもりだったんだけどね。

 小さい子の方が、よろよろと立ち上がる。

 もう一人はまっすぐおれを見据え、目を離さない。

「やめなさい。その怪我では逃げても遠くまでは行けない。逃げるだけ無駄です。そもそも、逃げる必要はありません。こちらに、あなたたちを害する気はありません。」

「・・・?」

 伝わらなかったかな?

 ざっくり言葉を短くしてみよう。

「逃げるな」

「・・・」

「森、危ない」

「・・・」

「けが、痛い」

「・・・」

 仁王立ちの少女の表情が少し変わる。

「食べる、か?」

 何言ってんだ、こいつ?

「おまえ、わたし、食べるか?」

 おれが、人間の子どもを食べるのかどうか、知りたいみたいだ。

 いやいや、食べませんよ。

 ウサギやイノシシもまだ、シメる勇気がないのに。

 人間の共食いなんてありえない。

「食べない」

 おれは、両手を軽く上げて、手のひらを開いた。

 何もしない、という意味をこめているが、伝わるかどうかは分からない。

「おれ、おまえたち、食べない」

「おまえ、わたしたち、食べない?」

「食べない」

 二度、三度、うなずいてみせる。

 片言なら通じる。

 どうも、共通語とは少し違う言葉のようだ。

 さっきみたいな長文の丁寧語では全く通じなかったのだろう。

「おまえ、わたし、殺す、か?」

 おいおいおい。

 食べないのに、殺すかもしれないっての?

 この世界はおれの想像以上に暴力的なのだろうか。

「おれ、お前たち、殺さない」

「殺さない・・・」

 少女は、少し、息を吐いて、両腕をおろした。

「ちかえ」

「ん?」

 なんだ?

「氏族に、ちかえ!」

「ちかえ?」

「そう」

 ひょっとして、誓う、という意味だろうか。

 殺さないと、氏族に誓えってことかな。

 待て待て。

 おれの氏族ってなんだ?

 この異世界に来てから、ずっと一人だしな。

「おれ、ひとり」

「なに?」

「氏族、いない」

「いない?」

「氏族、ちかえない」

 少女の表情が明らかに変わった。

 ああ、同情されている。

 一族が滅ぼされた~、みたいに思ってやがる。

 いや。

 逆か。

 この子たちこそ、一族が滅ぼされた、のではないか。

 こんな森の奥に、小さな子どもがたった二人で、傷だらけでいることの方がおかしい。

「おまえ、わたしたち、殺さない、か?」

「殺さない」

 おれは腰の水袋を出し、ふたを外した。水を少し、出して見せる。

「これ、水」

 おれは自分の手に水をそそぎ、それを飲む。

「水、おいしい」

 少女が思わず、一歩、前に出た。

「手、出せ」

 少女が手を伸ばす。

 おれはその手のひらに水をそっとそそいだ。

「飲め」

 少女がおそるおそる、手のひらの水を口に含む。

 しかし、口に含むだけで飲み干さない。小さいのにしっかりしている。大した警戒心だ。

 おかしな味はしないはず。

 やがて、少女はのどを動かす。

「両手、出せ」

 今度は、少女が両手を出してくる。

 さっきよりも多く、水をそそぐ。

 迷わず飲み干す。

「もう一人も、こっちに」

 少女の横に、もう一人も進み出る。

「両手、出せ」

 大人しく両手を出す。

 小さな手だ。

 水をそそぐ。

 小さい子は、少女の顔をうかがう。

 少女がうなずくと、小さい子も水を飲んだ。

「おい、しい・・・」

 水は偉大だ。

 水で信頼を得られたようだ。

 まだ警戒はしているが、さっきのような敵対心は感じない。

 水を分け与える存在は、敵ではないという認識らしい。

「ついて、こい」

 おれは子どもたちに背中を向けて、歩き始めた。

 大人しく、ついてきている。

 よかった。

 アコンの群生地まで、戻ろう。


 歩かせてみたが、元々、体力の限界が近かったようだ。

 小さい子が一時間もしないうちに、限界がきた。

 おれはしゃがんで、背中に乗るように言った。

 少女が小さい子をおれの背中に乗せた。

 それからは二人で歩き続けたが、二度、三度と、少女がふらついて転んだ。

 こっちも限界のようだ。

 おれは一度、小さい子を背中からおろし、二人に水を飲ませた。

 そして少女を背中に、小さい子を前に抱きかかえて、歩き始めた。

 片言で、いろいろと話をしているうちに、


『「南方諸部族語」スキルを獲得した』


 この子たちの言葉のスキルを獲得したらしい。

 そのせいか、ずいぶんと話をしやすくなった。

 村が獣の群れに襲われたらしい。

 つたない説明だったが、どうやら虎の群れだったようだ。

 虎って群れるのだろうか。

 なんか、一匹狼的なイメージがあるけど。オオカミじゃなくて虎だよね。

 散り散りに獣から逃げて、森に入ったらしい。

 夢中で逃げて、森で迷って。

 五日目におれと出会った。

 子どもの足で五日。

 迷いながら、か。

 アコンの群生地から北へ二、三日歩けば、森を出て集落があるのかもしれない。

 話しかけても返事がないと思ったら、いつの間にか、二人とも眠ったようだ。

 少なくとも五日間、安心して眠れることがなかったのだろうと思う。

 アコンの群生地まで、あと一時間というところだろうか。

「セントラエル、危険はないか」


 ・・・はい。危険、あり、ま、・・・せ、ん。


 そうか。

 とりあえず、この子たちをアコンの群生地までは安全に連れて帰れそうだ。

 しかし、ずっと、アコンの群生地で面倒見るってのも、どうかなあ・・・。

 ・・・って、あれ?

「・・・セントラエル、危険はないか?」


 ・・・はい。あり、ま、・・・せん。


 セントラエルとの会話力が向上してる?

 なんでだ?

 この子たちの言葉のスキルを獲得したからか?

 いや、それはともかく、どこまで、話ができるか、が重要だろう。

「セントラエル、話が、しやすくなったと思うけど、そうなのか?」


 ・・・はい。話、は、しやすく、なって、・・・います。


 おおお、こっくりさんモードを限界突破らしい。

 なんだ、このスペシャルボーナスは!

 しかし、なぜだろうか?

 この子たちと話して、『共通語』のスキルレベルが上がった可能性がある。さっきも思いついたけど『南方諸部族語』のスキルを獲得したからかもしれない。でも、セントラエルの言葉が南方諸部族語ってことはないだろう。

 やはり『神意拝聴』や『古代語読解』のスキルレベルが上がってきているのかもしれない。もしくは、これらの総合的なものか。

「セントラエル、なぜ、話しやすくなったのかな?」


 ・・・守護神、セントラエル、は、下級神、から、中級神、セントラエム、へ、進化、しまし、た。神、力の、大幅、な、向上、が、・・・えいきょ・・・して、いると、考え、・・・ま、す。


 あ、おれの能力向上じゃなく、セントラエルの進化が原因なのか。

 いや、あれ、名前もなんか、変わったみたいだな。

 中級神になったって、ドジ女神なのは変わらないのかもしれないけど・・・。

 中級神、セントラエム、か。

 なんにせよ、守護神の力が強くなるってのは、ありがたいことだけど。


 ・・・オオ、バの、スキル、レベル、の向上も、合わせ、て、・・・会話、し、やすく、なり、・・・ま、した。


 おお、おれの頑張りも!

 良かった。

「それじゃ、あれだ。転生前に、説明不足だった、この世界のこと、説明してもらえるかな?」


 ・・・はい。もち、ろん、です。それ、は、わたしの、責任、です、か・・・ら。


 そこからは、眠る二人の子どもを運びながら、セントラエル・・・もとい、セントラエムから、この世界についてのレクチャーを受けた。

 話しやすくなったとは言っても、言葉は途切れ途切れで、時々、質問をしながら、説明を受ける。

 まずはスキルについて。

 一般スキルや特殊スキルは、転生後の生活の中で身につくこともあるが、固有スキルは身につかないこと。既に、『住居建設』や『南方諸部族語』というスキルを獲得しているので、今さらだけど、固有スキルが身につかないというのは初耳だ。もちろん、セントラエル・・・もとい、セントラエムはドジ女神なので、そうではない可能性も考えられるけれど・・・。

 所有しているスキルは熟練度を高めることでスキルレベルを向上させることができること。そして、スキルレベルが向上すると、そのスキルでできることが増え、生活が向上すること。転生前に基礎スキルはレベル最大にしてもらったけど、地道な努力で他のスキルもレベルアップができるということが確認できた。これは、セントラエル・・・もとい、セントラエムとの会話が少しずつ進化してきたことなど、いろいろと実感がある。

 転生後の人生でさまざまな挑戦を繰り返し、新たなスキルを獲得した時、レベルが上がること。それから、所有するスキルの数がレベルの高さであること。レベルが上がれば、生命力、精神力、忍耐力、筋力、知力、敏捷性、魔力など、さまざまな能力が高まること。

 レベルがあるのか、と。

 そうすると、基礎十種類、応用十種類、発展十種類、特殊三種類、固有三種類の合計三十六種類のスキルをもって転生した上に、このおよそ半月で、ふたつのスキルを獲得したから、おれのレベルは現在三十八、ということになる。

 それが、高いのか、低いのか。

 よく分からないと思ったが、セントラエル・・・もとい、セントラエムによると、かなりの高レベルらしい。

 おれはこれまで、何度も何度も、セントラエル・・・もとい、セントラエムに、危険はないかと確認してきたが、セントラエムからすると、この大森林で最強の存在がおれなので、危険はないか、と訊くこと自体が、あまり意味がないと思っていたらしい。

 転生したばかりの頃、アコンの群生地の近くにいた大きな鹿やら虎やら熊なんかが、ごっそりと逃げ出したらしく、逆に弱い動物が周辺に集まったらしい。

 おれが強い、という実感はないが、思い返せば、さまざまなサバイバル作業を難なくこなせるほど、前世は力がなかった気がする。そう考えると、この半月間の労働はあっさりこなせ過ぎていたような感じがある。

 ところで、なんで女神の名前が変わっちゃってんのか、よく分からないけど、言い間違って、面倒だ。

 セントラエム、セントラエム、セントラエム、セントラエム・・・。

 間違えないように、何度も心で繰り返す。

「ところで、セントラエル・・・じゃなかった、セントラエム。この子たちの怪我を癒してもらえないかな?」


 ・・・それは、でき、ません。守護、神は、守護する、者に、与力、するも、の・・・なので、その他の者に、加護をあ、たえ、られ、・・・な、い、ので、す。


「そうか・・・」

 言い換えると、おれが怪我をした場合は、頼めば治療してもらえる、ということでもある。

 つまり、セントラエル・・・もとい、セントラエムは、癒しの力はもってはいるが、それをおれ以外の人間には使えない、ということだ。

「・・・じゃあ、この子たちの怪我を癒す方法を、教えてもらえるかな?」


・・・それは、オオバ、が、でしょうか。


「うん、おれが、この子たちを癒す方法、あるかな?」


 ・・・ない、訳では、ありません。しかし、そ、れは、どう考えるべきか・・・。


 おや、セントラエ・・・ムが、何か、考え込んでいるらしい。

 つまり方法はあるってことだ。

 さっきのこの子の話では、おそらく怪我をしてから五日。

 それまで治療らしい治療は受けていない。

 いわゆる医療行為的な治療は、既に遅い気がする。

 このままでは、化膿して、発熱、ひどい場合は、死ぬだろう。


 ・・・薬草、などを使って、癒す、方法、ならば、時間を、か、け・・・れば、オオバ、にも、可能です。しか、し・・・わた、しが神、力で、おこな、う・・・治癒、の神術、と、いうので、あれ、ば・・・オオバ、の、力、次第、で、す。


「おれ次第で、女神が神術でやるような治癒が、できるかもしれないってことか?」


 ・・・はい。


「どうすれば、いい?」


 ・・・ここ、では、難し、いでしょ、うから、戻って、から、で、どうで、すか。


 そうだな。

 そうした方がいい。

 おれは、二人の子どもを抱えたまま、走り出した。

 アコンの群生地まではあと少し。

 飛ぶように、という表現があてはまる速度で、森の中を駆け抜けた。

 薬草を集めて、という治療方法は今回、選ばない。

 なんとしても、女神の神術を身に付ける!

 スキル獲得が、レベル上昇と直結しているこの世界で、手に入る可能性のあるスキルは、全力で手に入れるべきなのだから。


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