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かわいい女神と異世界転生なんて考えてもみなかった。  作者: 相生蒼尉
第2章 大草原編

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第35話:女神の癒やしの力は大草原でも効果があった場合

 今回は、あくまでも交易と交渉です。ええ、決して、恫喝などではありません。

 馬の群れは、テントまであと五百メートル、というところで止まって、それ以上は進もうとしなかった。人間を警戒しているのか、このテントの氏族を警戒しているのかは、分からない。

 ジッドのアドバイス通りにやってきたら、たどり着いたのが、このテント。

 予定通りなら、これはナルカン氏族のテントのはずだ。

 おれは、脳筋馬から、すたっと跳び下りた。

「助かったよ。また、頼むな」

 脳筋馬の首をやさしくなでる。

 ぶるるる、とうなるように脳筋馬が応える。

 何が言いたいのかは分からないが、なんとなく、通じ合った気がした。

 馬の群れは、名残惜しそうに、少しずつ、離れていく。

 おれは、軽く手を振ると、テントへ向かって走り出した。

 『高速長駆』ではなく、『長駆』で走る。

 そこまで速く行かなくても、もうすぐだ。

 羊はおよそ五十頭。

 馬が二頭。

 子どもたちが羊の番をしながら、遊んでいる。

 馬はのんびり草を食べている。

 平和な感じがする。

 でも、油断はしない。

 子どもが一人、おれに気づいた。

 他の子の肩を叩いて、おれを指す。

 子どもたちが全員、おれを確認する。

 そのうちの一人が、テントへと走る。

 テントの中から、一人、また一人と、大人たちが出てくる。

 おれがテントの近くまで来たときには、六人の男たちと、八人の子どもたちが出迎えてくれた。

 ・・・いや、歓迎されている、ということでもないらしい。

 よく見ると、女性や女の子は、出迎えに一人もいなかった。


「ナルカン氏族、族長、ドウラ・ナルカン。見かけぬ者、どこ、来た」

 ドウラ・ナルカンと名乗った男は、意外と若い。

 まだ十代ではないだろうか。

 代替わりしたばかりなのかもしれない。

 ジッドからの情報だと、大草原の氏族たちは、直系の長兄相続で、族長の命令が最優先だという。

 ドウラの両脇には、明らかにドウラよりも年配の男が二人、立っていた。年上なのに族長ではないということは、ドウラの叔父にあたる存在なのだろうと予想する。ジッドと同年代のような気がする。

「おれはオーバ。大森林からナルカン氏族との交易のため、はるばるここまで来た。族長のドウラに願う。大森林の宝と草原の宝を交換したい。頼めるだろうか」

 一気に、テント前の雰囲気が変わった。

 テント内も、ざわついているようだ。

 年配のおっさんが、ドウラに何かを耳打ちした。

 ドウラもそれにうなずいた。

「見覚え、ない。大森林から、来た。信じる、ない。我ら、草原の民。羊とともに生き、草原を離れず。大森林の者、数年、知らぬ。服、ちがう」

 うーん。

 言葉が少し、ちがうからか、よく意味が分からないところがある。

 『共通語』スキルを強く意識してみる。

「大森林の各地の村は、大牙虎に襲われて滅んだ。今は、森の中で、生き残った者が暮らしている。大森林での暮らしは楽ではない。交易で、互いに豊かになりたいと、族長のドウラに願う」

「・・・大牙虎、信じる、ない。伝説、怖ろしい、獣。おまえ、服、ちがう」

 服装が、大森林の近くの村の者とはちがう、と言いたいようだ。

「大森林では、新しい糸、新しい布を作った。おれはそれを交換に来た。交易を族長のドウラに願う」

「おまえ、信じる、ない」


『「草原遊牧民族語」スキルを獲得した。』


 はい、言語系スキルを獲得しました。

 さっそく、『草原遊牧民族語』スキルを強く意識していく。

 うまく聞こえなかった、つながりの悪い言葉が、改善されていく。

「おまえが大森林から来たなどと、信じられない。テラカン氏族の回し者だろう? ナルカン氏族は、よく知らぬ者との取引はしない。このまま帰るのであれば、見逃してやる。早く、立ち去るがいい」

 さて、どうしたものか。

 言葉はよく分かるようになったが、会話がかみ合わないのは解決できていない。

 まあ、予想通り・・・いや、予定通り、か。

「大森林から来たと、信じてもらうために、何を見せればいい?」

 おれは、堂々と、族長のドウラに向かってそう言った。

 ドウラは族長だが、いまいち、堂々としていない。今も、隣のおじさんとこそこそ話している。こそこそと小さな声ではあるが、話している姿は誰からも丸見えなので・・・。

 しょせんはまだまだ若い、「族長くん」なんだろう。

 族長が絶対、というのは前提だが、若いのに絶対という訳にもいかないのが現実。

 さ、相談の結果が出たみたいだな。

「大森林から来たのならば、大森林からの産物を示すといい」

 はい、了解。

 簡単なことです。

 ここまで、ジッドの読み通り。

 おれは、かばんの中から、小さな石をいくつか取り出した。

 おおっ、とナルカン氏族がざわめく。

 おれが持っているのは、大森林で採れる色川石。赤や緑、紫など、何かの鉱物が、小川の流れにもまれて削られ、できた小石だ。

 大草原の氏族たちは、婚姻の際にこの色川石を加工した宝石で着飾って、嫁入りさせるのだという。

 虹池の村の近くの川に、ごく普通に落ちている、ただの石ころに、そんな価値があるのは、大草原では手に入らないから、というだけ。

 そもそも、大草原から大森林まで移動することすら、本当は困難なこと。

 道中には、危険がいっぱい、あるらしい。

 死んだジッドの嫁さんは、かなり無謀な人だったのだろう。

 近づいてきたナルカン氏族の男が、色川石に手を出したので、おれは一歩下がった。

 触らせませんよ、はい。

「おまえたちはおれを信じないと言うのに、そっちは勝手におれの手から宝を奪う気なのか? こっちとしては、交易に応じない氏族など相手にせず、別の氏族のところへ行ってもいいのだ」

 またしても、こそこそ打ち合せを開始。

 まあ、待ってあげますよ。

 おれはその間に色川石をかばんに入れた。

 ああ、というため息が子どもたちからもれた。

「色川石は、何と交換するのか?」

 族長くんが交渉のテーブルに乗った・・・フリをしている。

 他の男たちが、少しずつ、おれを取り囲む位置に移動している。

 色川石を見たら、目の色を変えるだろう、というジッドの言葉通りの反応だ。

「さっきから言っているが、おれは白い美しい布を用意した。これを交換できるのなら、少しくらいは色川石を付けてもかまわない」

「その布の代わりに何を求めるのか?」

「羊を二十頭」

「なっ・・・」

 族長くんが絶句する。

「それに、羊の世話ができる者を二人と、女を一人、だ」

「・・・取り引きをする気があるのか?」

 族長くんではなく、その隣のおっさんが口を開いた。

 おれの交換条件が想定外過ぎて、こそこそ打ち合せをする範囲を超えたらしい。

 まだ若い族長では対応できない、と考えたのだろう。

 族長の面子よりも、色川石がほしい、ということかもしれない。

 人間の欲望は醜い。

「それだけの価値はあると思うが?」

「そうは思えんな」

「この取り引きで、大草原の氏族のうち、ここのナルカン氏族だけが、おれたち大森林の村とつながりができる。大きな価値だと思うけれどねえ・・・」

「羊二十頭は、おれたちの飼っている羊の半分近い数だ。それだけ羊を渡したら、おれたちの中から飢え死にする者が出る」

 ・・・話を長引かせようとしているのが、分かる。

 おれを囲んで、逃がさないようにするために。

「だから、三人の人間を引き受けようって言っている。口減らしはどのみち必要なんだろう?」

「・・・そこまで考えての、二十頭か。それだけの価値のある布なんだろうな?」

「自慢の品だからな」

 準備完了。

 完全に、おれは取り囲まれた。

 後は、この氏族がどういう反応をするか、だけだ。

 ナルカン氏族の六人の成人男性。

 若い族長以外は、いろいろな経験を積んだ大人たちだ。修羅場を乗り越えたことも、氏族間の争いを生き抜いた経験も、あるだろう。

 それでも・・・。

 スクリーンで、ステータスを確認する。

 おれと話していたおっさんが最高でレベル4。ま、テントの中にレベル6が一人、いるけれど。

 レベルによって基本的な能力値に差が出るこの世界で。

 レベル4以下に何人で取り囲まれたとしても、おれが困ることなどない。

 さあ、ナルカン氏族は、どっちの道を選ぶのか・・・。




 おれは、族長くんの鼻先に、木剣をまっすぐ突きつけて立っていた。

 おれの周囲には、倒れてうめく、五人の男たち。

 殺してはいない。

 まあ、骨折はさせているけれど。

 無傷な成人男性は族長くんを残すのみ。

「さて、ドウラと言ったっけ。族長だったよな。ナルカン氏族は、大森林の、アコンの村と敵対するってことで、いいんだな?」

「・・・ま、待て。話し合いたい」

 何言ってんだ、馬鹿じゃないのか、こいつ。

「いきなり、たった一人を六人で取り囲み、剣を抜いて斬りかかってきたのに話し合い? ナルカン氏族の族長は、戦の勝ち負けも分からないのか? 氏族のために死んだ方がいいんじゃないの?」

「あ・・・」

 おれは木剣を振りかぶり、一気に振り下ろす。

 ぴたり、と、さっきと同じ、族長くんの鼻先で止める。

 一瞬の間をおいて、ぺたん、と族長くんが座り込んだ。

「こ、これは、い、戦なんかじゃ、ない・・・」

「馬鹿を言うな。おれは大森林の民だと名乗りを上げて、堂々と交渉をした。それを取り囲んで襲い、負けたから戦じゃないとか、その後ろの子どもたちや、テントの中の女たちまで巻き込んで、皆殺しにされたいのか、おまえは?」

 おれの言葉に、子どもたちがぴくり、と震えて、固まる。

 そもそも、身近な大人たちが、あっという間に打ち倒されていったのだ。何が起こっているのか、理解できた子はいないだろう。

「おれは交易を望んで、交渉に来た。おまえたちは交渉に応じず、戦を仕掛けてきた。その戦におれは勝った。負けたおまえにできることは何だ?」

「あ、あ、そ・・・」

 まだまだ若い族長くんでは、もう対応など、できはしないだろう。

「いいか、はっきり言う。おれは、手加減をして、殺さずに、生かしておいただけだ。おまえ、それが分かってないのか?」

 ごくり、と族長くんがつばを飲み込んだ。

「おれは、今からでも、おまえの周りのこいつらを殺すだけの余裕がある。この五人が殺されて、ナルカン氏族は、この先どうなるのか、分かるか?」

「ま、待て・・・」

「大草原の他の氏族に吸収されるか、それはまだマシだな。他の氏族に殺され、滅ぼされるか。子どもたちはどうなるかな? 女たちはどうなるかな?」

「あ、いや、それは・・・」

「おまえは族長として、おれたちと敵対する道を選んだ。その結果、こうなった。

 いいか、よく聞け。

 今から、おまえがどうするかによって、この五人が生きるか死ぬかが決まる。

 今から、おまえがどう答えるかによって、ナルカン氏族が滅ぶかどうかが決まる。

 若くても一応、族長なんだろう?

 しっかり考えろよ」

 おれは、木剣を腰におさめた。

 見るからにほっとする族長くん。

 そして、おれは、族長くんの隣にいたおっさんが落とした銅剣をひろって、素振りをする。

 見るからに青ざめる族長くん。

「これは、戦だ。そして、その戦は、おれの勝ちだ。負けたおまえは、さあ、どうする?」

「うあ・・・」

 族長くんは、答えられない。

 さらに、おれはもう1本、もう1本と銅剣を拾い集めていく。

 大森林にはない、金属器だ。

 遠慮なく、戦利品として頂いて帰ろう。

 かばんに5本の銅剣を片付ける。

「何も答えないのなら、ナルカン氏族は今から滅ぼそうと思うが、不満はないな?」

「お待ちください・・・」

 お、状況に変化あり。

 テントの中から、両脇を二人の女の子に支えられたおばさんが出てきた。

 ようやく、交渉可能な、まともな相手が出てきたようだ。

 ナルカン氏族の英雄、女傑ニイム、だったっけ。

 ジッドからのレクチャー通りの展開だ。

 この人が出てきたら、先に名乗る、という筋書きだ。

「・・・大森林、アコンの村、村の長を務める、オオバだ」

 ざわっと子どもたちが目を見合わせるが、おばさんがすぐにそれを手で制した。

 おれが、村の長、というところに驚いたのだろう。

「村長どのでしたか・・・わたしめは、大草原、ナルカン氏族、族長の祖母ニイムといいます。長老のでしゃばり、お許し願いたい」

「いや、落ち着いて話ができるのは、ありがたい。どうも、言葉よりも手の早い者がここには多くて、大変なんだ」

「お許し、感謝します」

「それで、族長の代わりに発言するからには、族長がその言葉に責任をもつ、ということでいいかな?」

「それでよろしゅうございます」

 おれは族長くんを見下ろす。

 族長くんもうなずく。

「そ、それでいい。おばあさまの言葉は、族長の言葉と同じだ」

「それで、ニイムは、この戦を、どう終わらせる?」

「ナルカン氏族は、あなたさまの下に、全て付きます。奪うなり、滅ぼすなり、あなたさまのお好きになされてかまいません。戦に負けるとは、そういうことでございましょう?」

 ニイムの言葉に、子どもたちも、ニイムの両脇を支える二人の女の子も、目を見開いた。

 族長くんも、ニイムを慌てて振り返った。

「おばあさま、それは・・・」

「お黙り、ドウラ。そんな当たり前のことも分からぬから、このように愚かな、盗賊まがいの真似をしでかすのだ。今、チルカン氏族やヤゾカン氏族に攻められたら、どうなるか? どのみちこのままではナルカンは滅ぶしかない。そんなことも分からぬ族長なら、先に滅んだ方がよいわ」

「でも、ガイズ叔父が・・・」

「ガイズが族長なのかい? あんたはちょっと黙ってなさい、見苦しい」

 ニイムは、二人の女の子に支えられながら、族長くんを蹴飛ばした。

 族長くん、威厳も何も、あったもんじゃないね。

 おれも気を付けよう。

「オオバどの、見苦しいところをお見せしました。ナルカン氏族は、あなたさまの下に、すべて付きます。いかようにも、あなたさまのお好きになさってくださいますよう、どうぞ、今、この場で全てをお決めください」

 うまい。

 今、この場で決める、という難しさ。

 どうにでも好きにしろ、と言っているが、そう言うことで、こっちが本当に好きなようにできないことが分かっている。

 ま、そもそも、手加減してたしね。

 老獪なこの人には、おれが本気でナルカン氏族を滅ぼすつもりなんかないことは、ばればれか。

「まずは、羊を二十頭。羊の世話ができる男の子を二人と、十五歳くらいの女の子を一人。それでこの戦は終わりにするが、それでいいか?」

「・・・? ナルカン氏族の忠誠は求めませぬか?」

「今のは、最初に、交渉したとき、ほしいと言ったものだ。それがもらえたら、他には何もいらないよ。それがほしいものなんだから」

「・・・いやはや、ドウラごときでは、何ひとつ、あなたさまには太刀打ちできるはずもありませぬ。あなたさまの命を狙ったこの者たちは、いかにしましょうか?」

 これも、うまい。

 遠回しに、おれの許しを得ようとしている。

 許しを得られると確信して、だ。

 こういう交渉ができるのは、楽しい。

 乱暴な立ち回りとか、勘弁してほしいよね、本当に。脳筋は馬だけにしてほしい。

 でも、ま、ひとつくらいは、その上にいってみようか。

「おれの命を狙うには、弱すぎたね。残念ながら。まあ、どうするかと言えば・・・」

 おれは、一人の若い男のところに行く。

 二十、四、五歳くらいだろうか。

 成人男性として、レベル3止まりではなく、この先も伸びていってほしいものだ。

 おれの手に光があふれて、若い男を光が包み込んでいく。

「神聖魔法・・・」

 ニイムがつぶやく。

 おや、知っていたのか。

 おれは、若い男の骨折を癒やした。

 そして、次々に、男たちの骨折を治療していく。

 苦痛に歪んでいた男たちの表情が戸惑いに満ちる。

 で、最後の一人、おそらく、こいつがガイズ叔父って人だけれど、この人だけは、治療しない。

 苦痛に顔を歪めながら、え、おれは? みたいな顔をしている。

 君だけは別枠ですから、残念!

「おれに逆らう意思があったのは、このガイズっての、一人だけだろう? だから、痛い思いをさせたってだけで、もう十分だよ。後の四人は、おまけみたいなもんでしょ。骨折したまんまじゃ大変だから治療しといた。それでいいかな?」

「お慈悲に、言葉もありませぬ・・・」

「ガイズってのは、治療しないけれど、それはいいよね?」

「はい、殺して頂いて結構でございます。この馬鹿息子のせいで、孫が愚かに育っておりますので」

「いや、殺さないよ、別に」

「・・・ところで、オオバどの。先ほどの御技は、神聖魔法でございましょうか」

 あら、あっさり話題を変えるもんだね。

 ま、それがいいんだけれど。

「おれはほんの少しだけ、女神の力を借りただけだよ。女神が味方してくれてるっていうのは間違いないけれどね。神聖魔法っていうのかどうかは、よく分からないな」

「そうでございましたか。昔、一度だけ、見たことがあったものですから・・・」

「へえ、その話、教えてもらえるかな?」

「つまらぬ昔話でございますが、わたしめがまだ娘というような歳だったころに、一族の強者たちと共に、辺境都市まで旅をしたことがございます。

 その途中で、盗賊との戦いがあり、右腕を切りつけられ、ひどい怪我をしました。

 それを辺境都市の司祭さまに助けられたことがございました。

 そのとき、大きく切り裂かれた右腕を、先ほどのような光に包んで一瞬で癒やしてくださったのです。その司祭さまは、その御技を「神聖魔法」だと教えてくださいました」

 へえ。

 辺境都市には、司祭がいて、神聖魔法を使えるってことか。

 いつか、役立つかもしれない情報だ。

「おれは、そういうことはよく分からないけれど、女神に祈りを捧げて助けを願うと、女神が傷を癒やしてくれるんだ。これを神聖魔法というかどうかは、よく知らないから、すまないね」

 本当は知っているけれど、知らないフリをする。

 ニイムもそれを追及はしない。

「それでは、この者たちの剣については、お返し頂けますでしょうか?」

 おっと、そこも交渉にくるか。

 ちゃんと見てるもんだねえ。

 おれがちゃっかりと剣を奪ったところまで。

「・・・戦いの最中に落とした武器を敵に拾われたら、返してもらえるのかな?」

「・・・おろかなことを申しました。お忘れください」

 うん、引き際もお見事。

 言うだけ、言う。でも、ダメならすぐに引く。

 相手の機嫌を読む。

 反応を試す。

 いい交渉相手だ。

 とても勉強になる。

「では、すぐにお望みのものを用意したいと思いますが、ひとつ、お願いがございます」

「何?」

「羊二十頭は、一度にお渡しすれば、わたしどもも苦しく、また、オオバどのも、連れ歩くのに困りましょう。今は、五頭、来年にまた五頭。その次の年も、そのまた次の年も、五頭。四年間で合わせて二十頭では、いかがでございましょう」

 分割払いだ。うまいね。

 ただし、その条件だと、甘い。

 分割には利子が付くものですよ、はい。

「それなら、五年間で、合わせて二十五頭。そうでないなら、おれはこのまま二十頭、連れて帰っても別に困らないが、いいか?」

「っ! ・・・分かりました。五年間で二十五頭、必ず。ただし、わたしどもでは、大森林まで安全に羊を五頭、届けられるとは限りません。それもご了解頂けますか?」

 なるほどね。

 届けたけれど、届かなかった、というパターンも使えるよね。

 実際には届けようとしていなかったとしても。

 さすがに、うまい。

「いいや、それはちがう。必ず、五年間で二十五頭だ。ただし、おれが取りに来るから、そっちが運ぶ心配をしなくていい。それと、毎年、オスを二頭、メスを三頭。これは必ず守ってもらう」

「オオバどのが、取りに・・・。分かりました。では、そのように。男の子二人と、娘ひとりは、どの子にしますか?」

 これは、ジッドから前もって言われていることだ。

「人選はそっちに任せる。誰になっても、こっちは文句を一切言わない」

 これが、正解、らしい。

 ニイムは満足そうにうなずいた。

「ところで、先ほどの色川石と、布の話でございますが・・・」

 戦後処理と、賠償問題は終了し、交易の商談へと話が移った。

 その後ろで、右手、左足、あばらの骨折でまともに歩けないガイズとやらが運ばれていく。

 おれを見る目は、反発ではなく、怯えだ。

 それならよし。

 ジッドと立てた計画は、予定通りに完遂したのだった。

 正直なところ、族長が予定と違って孫になっていたので、計画していた以上に、楽に実行できたと言える。

 まあ、賠償の話を終えて、すぐに商談を続けるニイムのたくましさにはしてやられた気はするが、それも含めて、楽しい時間だった。

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