第33話:女神が人体実験好きで、怖ろしい場合
今回は、新章突入、そして、村の新生活です。
大牙虎の脅威はなくなった・・・というよりも、身近な存在にみんなが慣れていった、とでも言うべきだろうか。
花咲池の村からジルを乗せてきた大牙虎のタイガは、アコンの村でジルに仕えた。居着いた、というより仕えた、が正確に表現できている。
朝の祈りの時にはジルの後ろに控え、体操の時はジルの動きに合わせて身体を揺すり、水やりランニングでは、ジルを乗せて走ろうとしておれに叱られたので、ジルの斜め後ろを追走して往復し、ジルが作業をしたり、勉強をしたりする時には、ジルのすぐそばで昼寝をし、ジルが立ち合い稽古をする時は、ジルと組んでおれと立ち合って叩きのめされたり、ジルと立ち合って叩きのめされたりした。夜はジルが休むツリーハウスの下で、スフィンクスのような姿勢のまま寝た。
アコンの村の人たちの多く、特に大人たちは警戒して近づかず、子どもたちもウル以外は、遠巻きにしていた。ウルだけはジルをうらやましがっていたのだけれど。
ステータスを確認してみると、職業が「巫女の神獣」となっていた。まあ、群れごと、ジルに屈服させられたのだから、仕えるしかないよな、と思う。
クマラがタイガと立ち合いたがったので、おれと組んで、ジルとタイガとの、二対二の立ち合いをして、善戦していた。タイガがびっくりしたような顔をしていた・・・気がする。
クマラと同じようにアイラもそうしようとしたところ、トトザの妻のマーナがアイラを引っ張って止めさせた。
マーナが何かを言いたそうにしていたので、おれが顔を向けると、アイラの妊娠が告げられた。
「アイラのおなかには、オーバの子がいます。立ち合いは危なくてさせられません」
おれは、自分がどんな表情をしていたか分からないが、思わずアイラに駆けよって抱きしめた。
アイラはびっくりしながらも、おれに抱きしめられるままになっている。
さすがは村に生きるただ一人の母親。
真っ先にアイラの妊娠に気づいたらしい。
おなかがふくらんでいるというほどでもない気はするが、アイラの様子と、いくつかの質問を重ねることで、アイラが妊娠していると確信したようだ。
修行ができないのでアイラは少し残念がって、そのことでクマラに叱られていたが、おれとの子を産むことには、心の底から満たされるものがあるらしく、誇らしげな表情をしていた。
おれにとっては、前世も含めて、初めての経験。
なんとも言えない。
その夜は、二匹の大きめな大牙虎を解体したので、焼肉パーティーとなった。そしてその焼肉祭りは三日間、開催された。
ノイハとジッドがアイラの妊娠以上に焼肉祭りで喜んだことは、もはや言うまでもない。
大牙虎が共食いを気にしないということも、実際に確認しました、はい。
アイラが参加できないところもあったが、日々の生活は同じように繰り返された。
大きな変化は、滝シャワーのタイミングだ。夕方の滝シャワーは、それまでよりも少し早目の時間になった。感覚的には午後の、三時くらいだろうか。夕方の時間は涼しさを感じるようになったことが大きい。滝の水は冷たいしね。
日中は夏と同じ感じだが、夕方から夜は涼しい。というか、過ごしやすさを感じる。夜も暑くて、寝苦しいという日は少なくなっていた。
クマラによって、女性陣に貫頭衣が用意されたことも、大きな変化かもしれない。
荒目布で作られていて、頭を通してかぶり、肩から膝までを覆い、腰ひもを結んでいる。
両サイドのスリットからいろいろと見えてしまうが、これまでのビキニタイプの毛皮の服と比べたら、おしゃれ感が格段に上だろう。
はじめはこれまでの毛皮が下着代わりだったが、おれのアドバイスでクマラが、腰ひもよりも太い胸布を貫頭衣の上から巻いて胸の前で結ぶようにさせた。
胸が固定されると動きやすい、とアイラたちからは好評だったらしい。
腰ひもは後ろの真ん中に結び、胸布は前の真ん中に結んだ。結び目がうまいかどうかが女性陣には重要だったようだ。
洗濯のタイミングで、毛皮の服を着ている日もあるが、女性陣は好んでクマラの織った貫頭衣を着るようになった。
アコンの村のおしゃれ革命は始まったらしい。
女神にもらった服を着ているおれには関係ないけれど、と思っていたところ、オーバの服を見て、クマラは自分たちの服をなんとかしたいと情熱をもったらしいわよ、とアイラが教えてくれた。
女神の影響力にも困ったものだ。
見えそうだったものが、見えなくなったことで、ノイハが文句を言っていたが、そこは無視する。
平和だ。
ある日のこと。
トトザ、マーナ、ジッドに呼ばれて、大人の話。
内容は、サーラの妊娠について。
相手の男は、花咲池の村のダメ男、ララザ。既に大牙虎に襲われて死亡、しているはず。骨だけだから本人確認はできていないが、まず間違いない。
あ、相手の男が死んでいても、問題はない? そうですか。
サーラはまだ十四歳で、成人していない。
あ、成人していなくても、妊娠できるだけ成長した身体で妊娠したのだから問題ない? そうですか。
その辺の倫理観は、こっちの世界のものなので、気にしないようにする。
じゃあ、何か、問題があるのだろうか。
「オーバの子として、産ませてくれ」
意味が分からない。
おれの子ではない。
おれとサーラは、一度たりとも、そういう関係になったことはない。
いや、サーラとは、そういう関係にはなりたくない。
あ、血のつながりがなくても、問題ない? そうですか・・・とは言わない。
「それは嫌だ」
おれは拒絶する。
「オーバの子として育てられたら、誰もがその子を大切にする。頼む」
トトザが言う。まるで、花咲池の村の責任だ、とでも言いそうな感じで。
親が誰か、ということが大切らしい。
そう言われてみれば、名乗りを上げる時、誰と誰の子、何とか、という風に名乗るよな。
・・・いや、でも、それは本質からずれている。
おれの子じゃないよね?
「・・・ララザが父親で、間違いないのか?」
「サーラからはっきりと聞いた訳ではないが、そうだろう」
「マーナ、女同士、そのへん、確認してくれ」
おれはマーナを振り返る。
「おれの子だから大切にするとか、おれの子じゃないから大切にしないとか、そういうくだらない考え方をやめるべきだろう。村で生まれる子は誰の子でも村の宝だよ。みんなで育てていけばいい」
「親が誰かは、とても大切なことだ」
トトザが言い切る。
「生まれてくる子の母親はサーラだ。父親の代わりは、誰だと決めることもない。父親がララザだと嫌だ、という風にサーラが言っているのか?」
「・・・そうなの。ララザを知っている私たちには、その気持ちはとても分かるし、なんとかしてあげたいの。アイラがオーバの子を産んで、その後に産まれてくることになると思うし・・・」
マーナが言う。おれの子と、ララザの子では、差別されて育つ、ということだろうか。
トトザやマーナにとって、ララザとは、とても嫌な奴らしい。
「ジッドも、同じ意見なのか」
「おれは、オーバの決定に従う。あの時、サーラが決めたことに従ったようにな」
ジッドは、おれに従うと言う。それも困ったものだ。
まあ、おれは度量がせまいので、こういうことで困っても、サーラを受け入れるつもりはない。
「サーラが産む子の父はララザ。大牙虎と戦い、命を落とした花咲池の村の長の子。生まれてくる子は花咲池の村の長の孫だ。おれの子にはしない。でも、村で大切に育てる。それだけだ」
「オーバ・・・」
トトザがすがるような目でおれを見る。
おれは首を横に振った。
「サーラは短慮で、自分勝手なところがある。こっちから配慮しても、それを自分のいいようにしかとらないだろうから、そんなものはただの甘やかしにしかならない。トトザとマーナは知らないけれど、この村では前に、サーラがおれの妻になりたいと申し出て、おれが断ったことがある」
「そうだったの・・・」
「正確に言えば、おれはサーラとの結婚を断ったのではなく、女神を信じていて、女神の言葉を聞き取ることができる者でなければ、女神の守護を受けたおれは、妻にはできない、と言ったんだ。サーラが心を入れ替えて、女神を信仰し、女神の声が聞こえるようになれば、そのままアイラの次の后になっていたはずなんだよ」
「その通りだ・・・」
ジッドがうなずく。ただし、本心は、複雑なようだ。
「そういう努力をせずに、この村を出ていって、花咲池の村に行ったのはサーラの自分勝手な行動で、その結果として妊娠し、子どもを身籠ったんだ。生まれてくる子どもは村の宝だけれど、その親はララザで間違いないのなら、おれの子として育てる必要はないし、おれはララザの子でも大切に育てたいと思う。だから、そんな見せかけでしかない、サーラのわがままにこれ以上、付き合う気はないよ」
・・・そんなことを言わずに、サーラとも結ばれたらいいのですが。
セントラエムの発言は、この場では無視。
嫌なものは、嫌だ。
それに、産まれた子を育て、鍛えるのは全てこの村のため。
花咲池の村のような、平均レベルが低く、弱いくせにのさばる奴が出るような村には絶対にしない。まあ、強くてものさばっちゃ、いけないけれどね。
おれの子だろうが、ララザの子だろうが、しっかりと鍛える。
教育の機会は均等にしていくのが、おれの基本方針だ。
・・・生娘ではないサーラとオーバが結ばれたとき、アイラとのときのような、スキル獲得が起こるのかどうか、確認したいのですが。
この女神さんは、なんでもかんでも、実験だな、おい。
この世界の、スキルとレベルについて解明していきたいと考えていることは分かるし、それはおれだって同じなのだけれど。
愛情とか、そういうの抜きで、ちょっと怖いよ、セントラエム。
「それなら、サーラのことは、オーバの決定に従うとして・・・」
マーナがサーラのサポートを打ち切ったらしい。
そこからは、各村の出身者とオーバとのつながりを持つべきだ、という大人三人の共通の見解がおれにぶつけられた。
やれやれ。
アイラとクマラ以外にも、妻や婚約者をもたなければならないらしい。
おれはノーコメントでその場を流した。
五日間、雨が続いたあとのある日。
大牙虎のタイガが何かを言いたそうにしている感じがして、ジルに確認してみると、ジルがちょっと出かけてくると言って、タイガの背に乗って村を離れた。
ジル以外はいつも通りに過ごしていたが、昼過ぎの河原に、ジルとタイガが戻ってきた。
「オーバ、ジッド、ノイハ、手伝って」
ジルはそれだけ言うと、おれたちが付いて来ると信じているのか、折り返して森へと入っていく。
『長駆』のスキル持ち、しかも男性ばかりを指名したのは、タイガの背に乗るジルについて来ることができて、しかも力がある者が必要だったからだ。
ジルとタイガに案内された先には、イノシシが仕留められていた。
森小猪ではなく、大きな方のイノシシだ。
しかも、成獣の、大きめのサイズ。
群れの長とかじゃなければいいのだけれど・・・。
タイガが誇らしげな表情をしている・・・気がする。
「ジル、このイノシシは、タイガが仕留めたのか?」
ジルは黙ってうなずいた。
おれはタイガの頭をなでた。
「この一頭だけか?」
「これだけ」
ジルは短く答える。「この森では、採り尽くしてはいけないから」
分かっていれば、それでいい。
みんなにももう一度、徹底しておこう。
狩りをするときも、多く狩らないことが大切。
田畑を広げるときも、森の木を倒し過ぎないことが大切。
ジッドとノイハは小躍りして喜んでいる。
肉好きだからなあ・・・。
棒にイノシシの足を結んで、三人で持ち上げる。
かなり重い。
三百キロ級だろうと思う。
大牙虎とは肉の量がちがうだろう。
重さに苦しみながらも、楽しそうに焼肉パーティーを語るジッドとノイハ。
ふと、思いついたので、ノイハにこのサイズのイノシシを狩れるかどうか聞いてみた。
「いや、無理だろ、これは」
あっさり無理だと言った。
大牙虎、おそるべし。
河原でイノシシの解体をする。
イノシシの解体は初めてだが、スキルが自然に教えてくれるので、おれの動きに迷いはない。
前足の骨が折れていたのは見て見ぬふり。
まあ、そこはジルの仕業だろう。
心臓と肝臓と腸を回収したあと、その他の内臓をタイガがほしがったので、ごほうびの感覚で全て与えた。
焼肉用の肉を切り取って、梨がなくなった代わりにパイナップルに漬け込む。
今回、五日分に挑戦する。どうかお腹が痛くなりませんように。
煮込み用の肉ブロックも確保する。
残りは干し肉の準備。大きいから、かなりの肉が確保できる。
処理に困った頭部をタイガに与えたところ、どこかにもっていった。隠したらしい。
ちなみに、これから一か月ほど、タイガが何かを食べている姿は見ていない。一度食べると当分の間は食べなくても大丈夫な、大牙虎はそういう動物らしい。飼育して食べるなら、大牙虎の方が、森小猪や土兎なんかよりはるかにコスパがいいのではないだろうか? ま、こっちの生命に危険があるから、そうもいかないか。
イノシシ肉は、大牙虎の肉が入手困難になった今、アコンの村の新しい支えだ。
狩り過ぎないようにしよう。
そして、これまた、びっくりするほど、うまかった。
アイラのお腹がはっきりと大きくなったと分かる。
もちろん、ナニはしない。
後宮に来るときには、シエラが一緒に来て、おれにいろいろと話してから寝る日が増えた。シエラもそんな夜があるのは嬉しいようだ。
このままだといつか樹上生活は苦しくなるからと、ジッドとノイハがオギ沼の村の跡地に出向いて、柱木を運んできてくれた。
アイラ用とサーラ用の竪穴住居がノイハの指示で建てられていく。
縄梯子を妊婦がのぼるのは、確かに難しいだろう。
いろいろあるが、アコンの村の暮らしは順調だ。
クマラとケーナが二つ、シエラが一つ、レベル上げていた。これでクマラのレベルは8、ケーナのレベルは3、シエラのレベルは2だ。
目新しいスキルはない。クマラは『運動』と『殴打』、ケーナは『学習』と『運動』、シエラは『信仰』のスキルを獲得している。今後の成長が期待できる基礎スキルの獲得だ。
その結果、二対二の立ち合いで、クマラは傷つきながらも大牙虎のタイガを倒し、戦闘面でも自信を深めた。それを見たセイハのようすは・・・誰にも言わずにおきたい。ちなみに、タイガはクマラに負けたとき、『苦痛耐性』スキルを獲得して、レベル8になっていた。
立ち合いを禁止されているアイラが悔しそうにしながらも、クマラの成長を喜んでいた。
「子どもを産んだら、わたしもぶちのめしてあげるわよ」
アイラがタイガの怪我を癒しながら、タイガに向けてそうつぶやいていたのは、聞かなかったことにしよう。
ノイハが真剣勝負をしてほしい、というので、言われた通りに相手をした。
そもそも、そういうことを言い出すとは、それ自体が驚きだった。
ただし、立ち合いという訳ではなく、森小猪を狩るくらいの広い森の中で、弓術を駆使するノイハと戦う、というやり方だった。
もちろん矢じりのない矢を使う。
当たれば刺さるが、すぐに抜くことができる。
まあ、当たらないし、おれの場合、飛んできた矢を掴み取ることもできた。
ノイハの驚愕の表情は忘れない。
でも、おれも驚いた。
ノイハが、三本の矢を同時に引いて、射た。
一本はおれの額、もう一本は胸、もう一本は大切なところに向かって飛んでくる。
たてのラインだったので、三本同時にかわしたのだが、本当に驚いた。
ステータスを確認すると、『住居建設』のスキルを獲得していたことと、もうひとつ、名前は分からないけれど、特殊スキルが増えていて、ノイハのレベルは8になっていた。おそらく、三本同時に矢を扱う特殊スキルがあるのだろう。
勝負の結果はもちろん、おれの勝ち。
ノイハは矢を射尽くして、おれの拳をみぞおちに受けた。
ノイハが挑戦してきたのは、三本の矢を同時に使えるようになったから、試してみたかったらしい。
いや、狩人としては、すごいんじゃないか、と本気で思ったし、そう告げた。
ノイハは照れくさそうに、殴られたみぞおちをさすりながら、「だろ、だろ!」と言いながら笑った。
樹上からの長距離攻撃なら、アコンの村で最強なのは間違いない。
村の守備力は大幅に高まった。
セイハは最近、竹筒サイズの土器を大量に焼いていた。
竹筒は竹が減ってきたので入手困難となり、クマラに頼まれたらしい。クマラの目的は、稲の栽培実験だ。
クマラの頼みとあっては、セイハが頑張らないはずがない。
兄の影が薄い、というのはセイハにとっても辛いところ。
だからセイハは頑張って、大量の竹筒サイズの土器ができた。
クマラは大喜びで、ケーナの助けを借りて稲の栽培実験を続けている。
セイハ、活躍できて良かったな。
でも、レベルは上がってないから、おれの方をどうだ、という風に見るのはやめろ。
上がってないから。
何度も言うが、得意なことで活躍しても、上がるのはスキルレベルの方であって、セントラエムによると、そのスキルレベルも5まで上がると、なかなか上がらなくなるらしい。
悲しそうなセイハが、おれに背を向けて歩いていった。
頑張れお兄ちゃん!
ジッドと話し合って、おれは大草原へ出かけることにした。
きっかけは、二つ。
クマラが織ったネアコンイモの芋づる糸からできた美しい白い布とノイハの弓術の成長だ。
アイラが身重で動けない現状でも、ノイハが遠距離で牽制して、ジルとジッドとクマラが接近戦を行えば、大牙虎が相手でも村は守れる。タイガも、うちの村で人間を襲うようなことはない。というか、タイガも村の守備力として期待できる。アコンの村としての防衛力は十分に高い。それに、これまでに、大牙虎以外でアコンの村と敵対した存在もない。村は、おれがいなくても安全だと考えられる。
そして、交易品としての価値が高いと考えられる、美しい布。
これを利用しない手はない、とジッドは力説した。
ジッドが、自分が行くと言っていたが、そこは、それ。
おれも、いろいろな世界が見たい。それに、大森林とは異なる環境に行けば、新たなスキルを獲得できるはずだと考えている。
さんざん話し合って、アイラやクマラ、ジルたちも納得し、おれが出かけることになった。
大森林の向こう側、大草原。
草原の民が暮らす大地。
ジッドが生まれ育った場所。
楽しみだ。




