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かわいい女神と異世界転生なんて考えてもみなかった。  作者: 相生蒼尉
第1章 大森林編

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第32話:女神が古傷は癒せないと言った場合

 今回は、大牙虎編の完結です。


 ジルは、大牙虎を打ち据えて、その命を奪った棒から手を放した。

 棒が音を立てて地面に倒れる。

 八匹の動かない大牙虎。

 そのうちの二匹は息絶えている。

 そのうちの一匹は、戦おうとせず、ほとんど動かなかった。カタメである。おれのことを警戒しているのかと思っていたが、それもちがうようだ。

 ジルはぐるりと周囲を確認してから、口から泡をふいている、右前足と右後ろ足が折れたレベル6のところに近づく。おれのスクリーンでは、このレベル6は、麻痺状態の上、骨折で、生命力、精神力、忍耐力、その全てが危険な数値になっていた。

 ジルの両手が輝き始め、右手をレベル6の前足へ、左手を後ろ足へと伸ばす。

 大牙虎が光に包まれていく。

 行動不能にして、後から治療する。ジルはそういうつもりで戦っていたらしい。戦闘の結果、大牙虎の群れは全滅同然の状態だったが、確かにジルが殺したのは二匹だけだ。約束通りだった。

 レベル6から、骨折の表示は消えた。ジルの『神聖魔法・治癒』スキルの効果は、骨折の治療ができるらしい。つまり、アイラよりも強い効果がある。知力や魔力の能力値が高いからだろう。骨折の治療が済んだレベル6は、生命力のカウントダウンが止まった。

 続けて、ジルは、最初に前足を二本とも折ったレベル6に近づいた。前足の折れた大牙虎レベル6は怯えたが、だからといって、これ以上はどうすることもできない。覚悟を決めて、ジルに対する恐怖にあらがう。大牙虎レベル6の止めを刺される、という予想に反して、ジルはここでも、『神聖魔法・治癒』のスキルを使い、レベル6の前足を二本とも治療した。

 光に包まれ、治療される大牙虎レベル6をカタメはじっと見守っている。

 このレベル6は、さっきのレベル6とちがって、麻痺状態ではない。骨折が治った途端、ジルから後ずさる。その様子を見て、ジルは悲しむこともなければ、怒ることもないようだ。

 迷いなく、次の大牙虎の前へ、ジルは動く。

 両方の後ろ足を骨折しているが、全身で跳びかかってジルの足に爪痕を残したレベル7は、最後に喰らった肘打ちで麻痺状態だった。ジルはこのレベル7の骨折した後ろ足をどちらも治療した。それでも麻痺状態は続いていた。

 もう一匹のレベル7も麻痺状態にあった。でも、このレベル7は骨折していなかった。怪我はしていたので、ここでもジルの『神聖魔法・治癒』スキルでの癒しが与えられた。

 最後に前足を片方だけしか折られていない大牙虎レベル6とジルが向き合った。このレベル6はここまでのジルの治療行為に気づいているらしく、その場に座って、大人しく、じっと待っていた。そして、ジルの神聖魔法による光に包まれ、骨折の治療を受ける。

 ジルが傷を負わせた大牙虎は、ジルが全て治療にあたり、治した。

 さらにジルは、戦いに参加しなかったカタメの前に移動した。

 ジルの左手が輝き、カタメの顔が光に包まれていく。

 光が消えた後、カタメには変化がなかった。


 ・・・古傷は、神聖魔法でも治療できないのです。


「そっか・・・。セントラエム、それをジルに直接伝えてほしい」

 セントラエムはおれの希望をすぐに叶えてくれたらしい。

 ジルが宙に向けてうなずいていると、カタメは、別にかまわない、気にしないでいい、というように首を振った。

 カタメ以外の五匹の大牙虎が、ジルを囲むように集まり、おすわりから伏せの姿勢になって、さらにあごを地面につけた。

 王に平伏する臣下のようだった。

 スクリーンを見ると、またひとつ、ジルはレベルを上げていた。年齢別武闘会とかが行われたとしたら、ジルが世界チャンピオンになるのは間違いない気がする。『調査』スキルが身に付いたらしい。スキルが身に付く理由がよく分からない。


 ジルと大牙虎の関係が改善されたのを見て、おれは花咲池の村から、必要な物品を持ち帰る準備を始めた。ひとつ目の住宅のテントになっている布を外し、たたんでかばんの中へ。この布は使い道が多くて助かる。なぜこのサイズのものがかばんに入るのか、理屈は全く分からないけれど、このかばんはやはり、とても便利だ。

 住宅の中からは、石器、土器、薪などを回収する。人骨は、一か所にまとめておく。

 二つ目のテントを剥ぎ取った瞬間、そいつは動いた。

 カタメだ。

 ここまで、動こうとしなかったことが、まるでなかったかのように、おれの前へと進み出てくる。

 テントを剥ぎ取ったおれの前には、三匹の大牙虎の子が、身を寄せ合っていた。

 ・・・かわいい。

 猫サイズの小さな体に、不似合いな大きさの牙。

 つぶらな瞳。

 ヨルが、村へ連れ帰ろうとした気持ちがよく分かる。

 カタメは、子虎たちとおれとの間に飛び込み、そのまま首だけおれの方へと向けて、おれと対峙した。

 一瞬のにらみ合い。

 しかし、すぐにカタメは足を折って座り、そのまま伏せて、さらに、おれの方へとごろりと身体を横倒しにして、無防備な腹をおれにさらした。

 カタメに残された片方の目は、まっすぐにおれを見つめていた。

 おれは、剥ぎ取ったテントをたたみ、かばんに入れた。そして、カタメに歩み寄り、ゆっくりとしゃがんで、右膝を地につける。

 カタメの腹をそっと、何度も、何度もなでていく。

 カタメが目を閉じた。

 固まっていた子虎が、カタメに近づく。それは、おれとの距離も詰める動きだが、子虎はおれを怖れてはいないようだ。

 おれはカタメをなでていた手をかばんへと動かし、かばんの中から干し肉を取り出した。大牙虎ではなく、森小猪の干し肉である。

 干し肉を三つにちぎって、ひとつずつ、子虎たちの前へ置いていく。

 子虎たちは、伏せた姿勢で、干し肉を舐めた。

 大きな牙と、小さな舌がアンバランスで、かわいい。

 おれは、子虎たちをながめながら、再びカタメの腹をなでていた。


 ジルが倒した大牙虎のリーダーとレベル8をかついで、おれは花咲池へと移動する。

 いつの間にか、ジルは大牙虎レベル7の背に乗って、おれに付いてきていた。

 大牙虎は、大きい牙の虎であって、大きい虎ではない。イメージとしては、レベル7で大き目のシェパードのようなサイズ。ジルを乗せて歩く姿は、ギリギリな感じがする。リーダーだったレベル12なら、余裕があったに違いない。まあ、あのリーダーを生かしたままだと、この群れを屈服させられたかどうかは分からないけれど。

 大牙虎の群れは、死んだ大牙虎には何も感じないようだ。

 おれは花咲池で遠慮せずに血抜きを行う。切り裂いた首を池につけると、池が赤く染まっていく。

 集めておいた人骨も、花咲池に沈める。

 大牙虎の成虎は、交代でジルを乗せている。レベル6は、ジルを乗せると少し不安定だ。

 子虎はカタメの周りでうろうろしている。

 どうやらカタメが母虎らしい。

 池の周囲で、ひまわりを回収した。これも栽培計画に組み込む予定だ。

 花咲池の周囲には、色とりどりの花が咲いていた。

 蜂が忙しそうに飛んでいる。

 イチゴをひとつ摘んで、おれは口に放り込んだ。

 甘くて美味しい。

 二つ目のイチゴを摘んで、カタメの顔の前に差し出すと、カタメは顔を反らした。

 この肉食獣め。

 成虎6匹、子虎3匹。最大レベルは7。群れの規模はとても小さく、弱くなった。

 ジルがレベル7に乗ったまま、おれの隣まできた。

 カタメが拒絶したイチゴをジルの口元に運ぶ。

 ぱくり、とジルはイチゴを食べた。

 甘さに、ジルの笑顔がこぼれる。

 血の池の前で、平和な時間がそこにはあった。


 大牙虎はレベル7が一匹、ジルのそばに控えている。

 群れのリーダーは、カタメが務めるようだ。

 セントラエム、クマラと話して、試すことになっていた最後の仕掛けを実行する。

 かばんから、バスケットボール大の果実を取り出して、転がす。

 さらに、ジルの棒を借りて、その果実を叩き割る。

 果実の割れ目から、液体が流れ出る。

 ジルのそばに控えるレベル7と、カタメ以外の成虎たち4匹が、果実の周囲に集まり、液体を舐めるように飲んでいく。

 予想通りだった。

 もともと、大牙虎は、アコンの群生地を縄張りにしていた。

 アコンの果実を知らないはずがない。

 そして、一匹の雄の大牙虎は、三匹の雌の大牙虎と、順番に交尾を始めた。

「オーバ、あの子たち、何してる?」

「さあ、遊んでるんじゃないか?」

 そのうち分かるよ、ジル。

 おれはジルのそばから離れないレベル7と、子虎とじゃれているカタメの自制心に内心で感服していた。

 ステータス上、知力が高い傾向にある、やっかいな獣。

 増えたり、レベルが高くなり過ぎたりしたら狩るけれど、これからは、全面戦争にはしない。

 大牙虎の肉は、この二匹で、しばらくは食べられなくなるんだな、と少し残念な気持ちになった。


 アコンの村への帰り道は、『高速長駆』で走った。

 二時間半くらいで、アコンの群生地へ。

 ジルには、『高速長駆』のスキルはない。その代わり、ジルはレベル7の背に乗って、レベル7がおれを追うように走った。

 村に帰って、大牙虎に乗ったジルに、クマラがびっくりして目を見開いたのが可愛かった。

 大牙虎レベル7は、群れを離れて、アコンの村に居着いた。

 ジルに名付けを頼まれて、おれは大牙虎レベル7に「タイガ」という名前を付けた。

 タイガは村人・・・村虎となり、ジルに仕えた。

 こうして、おれが大牙虎との間で繰り広げた盛大なマッチポンプは、終わりを迎えた。

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