第30話:女神の信者が人間の範囲を超越しそうだった場合
今回は、ステータス発表会です。
とりあえず、その場ですぐに、ジルにはおれ以外との立合いを禁止した。
アイラが、えっ、という顔をしたが、ここは何も言わない。
ムッドが生きていたのは、とっさにジルが手加減をしたからだろうと考えている。そして、立合いの中でジルがとっさに手加減すれば、それはすぐ、アイラも気付く。説明する必要はない。
この日は、修行をストップして、全員を座らせた。
「この話は、2回目になる者もいるが、よく聞いておいてほしい・・・」
そして、スキルとレベルについて、説明していく。
得意なことが、スキルであること。
スキルには種類があること。
スキルを身につけた分だけ、レベルが上がること。
レベルが上がると、生命力や精神力が高くなり、生存確率が高くなること。
それとは別に、スキルそのものも上達していくこと。
人間は、7歳でスキルを持つようになること。
「ジルは今日、7歳になって、スキルをいくつか獲得した。それで、昨日までとはちがう強さを手に入れた。だから、今のジルとは、簡単に立ち合ってはいけない」
「ジルは、強くなったの?」
「そうだよ、ジル。強くなったよ。もう、大牙虎を怖れなくてもいいくらいにね」
おれはそう言って、ジルの頭をなでた。
「・・・どうして、そんなに強くなれたんですか?」
そう発言したのは、ケーナだ。
その答えは、よく分からないところも多い。
でも、強くなりたいと願うこの子に、おれは考えていることを伝えるべきだろうと思う。
「・・・これは、正しいとは言い切れないので、答えとは言えない話だと前置きさせてほしい。
おれは、女神と話し合って、これまでの村の方針を決めてきた。
ジルとウルを引き取ってからずっと、毎日、祈りと修行と学問を繰り返してきた。
そうして、今、ジルが通常では考えられない強さを得たことで、女神と話し合ってきたことが間違いではなかったと考えている。
スキルを獲得するには、
文字を学び、知識を増やすこと。そうすれば学習関係のスキルが身につく。
運動をしっかりすること。これは、運動や戦闘に関するスキルが身につく。
神を信じ、祈りを捧げること。信仰によって、神の奇跡の力を借りるスキルが身につく。
この三つが基本となる。
学習と運動と信仰だ。
しかし、普通は、文字を学んだり、運動や修行をしたり、神に祈りを捧げたりしないで生きているはずだろう。
花咲池の村ではどうだった?」
「文字を学んだことも、体操や修行をしたことも、なかったと思います。アコンの村に来てからです。神への祈りとはちがうかもしれないけれど、花咲池への感謝の祈りは、欠かさなかったはずです」
「自然崇拝だね。オギ沼の村でも、ダリの泉の村でも、虹池の村でも、水への祈りはあったはずだろうね。生きるために欠かせないものへの祈りは必ず起こるはずだ。
自然がありのままの姿でいれば、おれたちに恵みも与えてくれるけれど、例えば、嵐なんかの強い雨や風、猛烈な日照りなど、災害も起こるものだろう。
でも、女神への祈りは、根本からちがうものになる。
女神への祈りは、女神の神力を借りて、実際におれたちの怪我を癒したり、疲れを回復させたりすることができる。女神の持つ力を、おれたちは使えるようになる。そういう祈りだ。
それは、心の底から女神を信じていないと、使えるようにならない。
おれは、直接、女神の守護を受けている。だから、信じるも信じないもなく、女神がいることはおれにとって、当たり前のことだと言える。
だから、おれにとって、女神の力を借りるのはとても自然なことなんだ」
「では、わたしたちも、この村で、文字を学び、運動と修行を重ね、女神を信じることができれば、オーバやジルのように、強くなれますか?」
「そこはまだ、分からないところも多い。
ただし、ジルは特殊な状態だとしても、例えばクマラは、ここに来てから二か月で、四つのスキルを身に付けてレベルを上げているし、アイラも実はレベルが五つ上がっている。元々の才能も関係しているとは思うけれど、努力による部分も大きいはずだ。
だから、ケーナにも、強くなれる可能性はあると思うよ」
ケーナはゆっくりとうなずいた。
「オーバは、わたしたちのスキルやレベルが分かるの?」
いつもの小さな声で、クマラが問う。
実はこれ。
大きな問題点なんだ。
誰かのスキルやレベルが分かる者がいる、ということの重大さ。
誰が強いか、誰が弱いかを見抜くことができるということの重要性。
「おれは、全てではないけれど、みんなのスキルとレベルをある程度なら把握できる。女神は、女神を信じている者については、その力のほとんどを見抜くことができる」
「じゃあ、わたしのレベルを教えて」
「クマラ、スキルとレベルは、おれたちが生きていく上での、もっとも重要な情報のひとつだ。
相手が自分よりどれくらい強いか、弱いかを知られるということは、命にかかわることなんだ。
だから、誰がどのくらいのレベルで、どんなスキルをもっているというのは、そうそう言えないことなんだ」
「ここにいる人たちは、わたしの命をねらったりしないと思うの」
「それは、そうだよ。もちろん」
「それに、この村の外の人に、そういう話をすることもないはず。それから、オーバは、この二か月でレベルを上げたって言ってくれたけど、わたしはこれからもまだまだ成長するの。だから、今、ここで、教えてほしいし、今のスキルとレベルがわたしの全てではないと思うの」
クマラはおれをまっすぐに見つめて、そう言った。
ここまで、クマラが言い張るのは、何か、理由があるはずだ。
自分が知りたいだけでなく・・・。
・・・みんなが自覚して、明日からの修行の効果を高めるためか。
・・・いや、それもあるけど、その中でも、セイハのことか。
まだ、女神を本気で信じ切れていないセイハ。
運動から逃げて、楽をしようとするセイハ。
修行は見ているだけで、参加しないセイハ。
妹として、兄に、生き抜く強さを身につけてほしい。
そのためには、セイハに今の自分のレベルを自覚させたい。
クマラは自分が先頭に立って、レベルを聞くことで、他のみんなも自分のレベルを聞き易くして、その上で自覚させていこうとしている。
クマラは自分を高めようという意識が高く、今の自分はアイラよりもはるかに弱いと自覚していて、もっと強くなっておれの役に立ちたいと考えている。
そういうところが、クマラのすばらしいところなんだろうと思う。
「分かった」
おれは、クマラに『対人評価』をかける。
名前:クマラ 種族:人間(セントラ教:アコンの村) 職業:覇王の婚約者
レベル6 生命力57/60、精神力52/60、忍耐力45/60
筋力37、知力54、敏捷40、巧緻45、魔力48、幸運20
一般スキル・基礎スキル(2)信仰、学習、応用スキル(1)栽培、発展スキル(1)論理思考、特殊スキル(2)、固有スキル(0)
「クマラのレベルは6だよ。この村に来たときは2だった。他に知りたいことはあるか?」
「どんなスキルが身についているのか、教えて」
「分かる範囲でなら。『信仰』と『学習』、それに『栽培』、あと三つのスキルはよく分からないけれど、おそらく、『神聖魔法・回復』のスキルがあるはずだよ。実際に使えているから」
おれは『論理思考』スキルのことは伏せた。クマラと二人で話すときに伝えればいい。
「それ以外の二つのスキルは、オーバには分からないの?」
「そうだね」
「お兄ちゃんは、どうなの?」
「セイハか・・・」
おれは、セイハを見た。
セイハが、少し身じろぎをして、うなずいた。
「オーバ、ぼくのレベルとスキルについて、教えてくれ」
後悔するなよ、と心の中で思った。まあ、これはクマラのねらい通りなのだろうけれど・・・。
おれは、セイハに『対人評価』をかける。
名前:セイハ 種族:人間(アコンの村) 職業:なし
レベル2 生命力14/20、精神力17/20、忍耐力17/20
筋力12、知力18、敏捷12、巧緻16、魔力17、幸運10
一般スキル・基礎スキル(0)、応用スキル(1)作炭、発展スキル(0)、特殊スキル(1)、固有スキル(0)
「セイハのレベルは2だ。スキルは『作炭』と、もうひとつはおそらく土器づくりに関するものだろうと思う」
「レベル2・・・」
そう言ってセイハは絶句した。
妹よりも、四つもレベルが低いのだ。
「この村に来てから、ひとつレベルが上がったんだ。その時に身に付いたスキルが『作炭』だったはずだな」
おれは、止めを刺した。
「ダリの泉の村に住んでいた頃は、レベル1・・・」
セイハはうなだれている。
いい薬になればいい。
クマラの願いに気づいてほしいと心から思う。
「わたしのレベルとスキルも教えてください」
ケーナは真剣な表情だ。おれは、ケーナに『対人評価』をかける。
名前:ケーナ 種族:人間(アコンの村) 職業:なし
レベル1 生命力7/10、精神力6/10、忍耐力6/10
筋力7、知力10、敏捷8、巧緻8、魔力8、幸運8
一般スキル・基礎スキル(0)、応用スキル(1)聞き耳、発展スキル(0)、特殊スキル(0)、固有スキル(0)
「ケーナのレベルは1。スキルは『聞き耳』がひとつだけだ」
「・・・大牙虎のことは、オーバは知っていますか? レベルとか」
何か、理由があるのか、ケーナは大牙虎のレベルが知りたいようだ。
花咲池の村に戻りたい、とか言われたら嫌だな。
ケーナはやる気のある期待の新人なので。
「大牙虎のことは、誰よりもおれがくわしいと思うよ。大牙虎の生き残りは、だいたいレベル6から8までだ。群れのリーダーだけはレベル12。こいつは身体も大きくて、要注意だ」
「大牙虎に殺されないためには、どのくらいのレベルになればいいですか?」
「ジッドと同じくらいになれば、生き残れるかもしれないね。ジッドは実際、生き残ってサーラとエランを助け出したからね」
「ジッドのレベルは?」
「それは・・・」
おれはジッドを見た。
ジッドは肩をすくめた。
「オーバ、おれのレベルとスキルを教えてやってくれ。その子、ケーナは大牙虎に負けないくらい強くなりたいんだろう?」
「分かった」
おれは、ジッドに『対人評価』をかける。
名前:ジッド 種族:人間(アコンの村) 職業:戦士
レベル8 生命力76/80、精神力69/80、忍耐力64/80
筋力73、知力59、敏捷68、巧緻62、魔力49、幸運21
一般スキル・基礎スキル(3)運動、調理、説得、応用スキル(3)殴打、長駆、剣術、発展スキル(1)戦闘視野、特殊スキル(1)、固有スキル(0)
「ケーナ、よく聞いておくように。ジッドは大草原から旅をしてきた、剣の達人だ。そのレベルは8。アイラやジルの力が成長するまでは、大森林の周囲の村の中では、もっとも強い存在だった。ジッドのスキルは『運動』、『調理』、『説得』、『殴打』、『長駆』、『剣術』で、あとの二つはおれには分からない」
本当は『戦闘視野』という発展スキルがあると分かっているのだが、それは伏せておく。
「実は、虹池の村が大牙虎に襲われたとき、なんとか互角に戦えたんだ」
ジッドはケーナと目線を合わせて、真剣に話しかけている。「でも、反対側からも、さらには別の方向からも、大牙虎はあらわれて、動揺して、結局最後には、ほとんど何もできなくなった。おれの力程度では、大牙虎の群れには立ち向かえない。一対一なら、まだ自信はあるのだが」
「・・・そうでしたか」
ケーナは黙る。ケーナのレベルは1で、ジッドのレベルは8。それでもジッドは立ち向かえないという。ケーナのめざす先はまだ遠い。
次にアイラが口を開いた。
「わたしも、教えてもらえるわよね?」
「アイラ・・・」
「自分を知らなきゃ、今以上に強くなれないのなら、知るべきだと思うのよね」
「分かった」
おれは、アイラに『対人評価』をかける。
名前:アイラ 種族:人間(セントラ教:アコンの村) 職業:覇王の后、戦士
レベル10 生命力115/130、精神力123/130、忍耐力112/130
筋力71、知力61、敏捷70、巧緻69、魔力59、幸運27
一般スキル・基礎スキル(4)運動、調理、信仰、説得、応用スキル(2)殴打、蹴撃、発展スキル(2)戦闘棒術、苦痛耐性、特殊スキル(1)、固有スキル(1)
「アイラのレベルは10。この村に来て、レベルは五つ、上がった。すごく強くなっている。ジッドとの修行では互角の戦いができてるしね。アイラのスキルは『運動』、『調理』、『信仰』、『説得』、『殴打』、『蹴撃』、『戦闘棒術』で、あとは『神聖魔法・治癒』が実際に使える。残りの二つのスキルはまだおれには分からない」
あとは『苦痛耐性』スキルがあるけれど、あまり教えたくないスキルなので伏せておく。苦しみや痛みに対して我慢強いなんて、ね・・・。
アイラは、腕を組んで、顔をしかめた。
おや?
「・・・わたしはレベル10で、ジッドはレベル8なのに、立合いで互角なのは、どうしてなのよ?」
ああ、そこか。
確かに、引っかかるところだよね。
「・・・それは、これまでの経験の差、じゃないか?」
ジッドが答える。「レベルが少し上だというだけでは、埋められないものがあるんじゃないのか? そうじゃなかったら、長生きしてきた意味が薄いな」
「・・・納得できなくはないけれどね。オーバ、どうなのよ?」
「ジッドの言う通りだと思う。言い方を変えれば、レベルではない、「スキルレベル」の部分で、ジッドの剣術が優れているからだろうな」
「スキルレベル・・・」
アイラはまた考え込む。
真剣過ぎて、よくないことを考えていそうだ。
「それなら、オーバがジルに、わたしやジッドとの立合いを禁止するのは、やり過ぎよね?」
「確かに、そうなるな・・・」
アイラの言葉に、ジッドが相槌を打つ。
「今日、7歳になったジルが、スキルを獲得してレベルを上げたからって、これまで修行してきたわたしが負けるとは限らないわね。それに、修行は、強い相手とするべきよね?」
「アイラの言っていることは、正しいな」
わざとだ。
この二人は、ジルとの立合いを禁止されたのに、腹を立てている。
そりゃ確かに、単純なレベル差だけでは、勝敗は決しない。
レベル差が2というアイラとジッドの間で、勝ったり負けたりが繰り返されるのは、ごく普通のことだ。
そこまで言うのなら、ジルと立ち合ってみればいい。
「さあ、ジル、わたしと立ち合ってよね!」
ジルがおれを見上げる。
さっき、おれに禁止されたばかりなのに、アイラから立ち合うように言われて、困っている。
「ジル。今まで、おれとアイラの立ち合いは、いろいろと見てきたな?」
「はい」
「それなら、今まで見てきたように、立ち合いなさい」
「分かった」
ジルはゆっくり立ち上がった。
おれは、心の中で祈る。
どうか、アイラが大きな怪我をしませんように、と。
たかが少しのレベル差ならば、アイラやジッドの言う通りだろう。
実は、アイラとジッドの能力値には、ほとんど差がない。筋力など、ジッドの方が高いくらいだ。その原因はいろいろとあるのだろうけれど、事実として、ジッドとの能力差は僅差であり、戦いにそこまで差が出ないのも当然なのだ。
アイラとジルのレベル差は8。
能力値は、そのほとんどが2倍。
ジルの方が、能力値がはるかに高いのだ。
それが、戦闘でどうなるのか、というと・・・。
アイラが、得意の棒術で、その長さを幻惑しつつ、ジルの脳天へと振り下ろす。
ジルは紙一重で右へかわしつつ、左腕でアイラの棒を叩き落として加速させ、さらに、その棒の上に乗る。
一歩、二歩、と棒の上を歩く。
体重をかけられて、アイラのバランスが崩れ、棒は封じられる。
ジルは、そのまま、アイラの鼻を右手でむにゅっと掴んだ。
地面に高速で棒を振り下ろしたアイラ。
その棒の上に立って、アイラの鼻を掴んだジル。
身長差を埋めるための、アイラの棒の利用。
一瞬でかわす敏捷性と、棒の上にあっさりと立つバランス感覚。
ジッドが。
クマラが。
そして、アイラ自身も。
呆然とするしかなかったようだ。
ジルが鼻を掴んでいた右手を離すと同時に、棒から飛び降りた。
「オーバ、これでいい?」
「・・・ああ。それでいい」
ジルは、天才かもしれない。
ジルが勝つことは、疑っていなかった。
それは能力値の差で、ジルが勝つものだと、おれは考えていた。
でも、実際に起こったことは。
これまでの、修行の成果のあらわれ、だった。
何回も、何回も、繰り返してきた型の動きと、その応用。
見取り稽古で見てきたこと。
相手を苛立たせながらも、あきらめさせる、手加減の仕方まで・・・。
「アイラ、もういいだろ」
「え、ええ。よく分かったわよ。まるで、オーバにやられたときみたいだったわ」
「ジル、オーバと立ち合いたい」
「あとでね」
「いや、今、見てみたいわよ、それは」
なぜか、アイラが懇願する。「ジルの、レベルはいくつなの? オーバは? わたしはレベル10で、大牙虎が相手でも、ジッドと同じでなんとか戦えるってことよね。じゃあ、大牙虎を無傷で狩ってくるオーバや、わたしを圧倒できるジルのレベルはいくつなのよ?」
アイラの言葉に、クマラや、セイハもうなずく。
仕方ない。
どうせ、この近辺には、もうおれたちしか人間はいないんだから。
「繰り返しになるけれど、アコンの村の全員のレベルについて教える。静かに聞くこと。
そして、誰にも言わないこと。
それに、これから、レベルは上がっていくはずだからな。成長すればいいだけだ。
まだ7歳になっていない、エラン、セーナ、ウルにはレベルはない。
レベル1なのは、シエラ、マーナ、ケーナ、ラーナの四人。
レベル2がヨル、セイハ、ムッド、スーラ、サーラ、トトザの六人だ。セイハとスーラは、アコンの村に来てから、ひとつレベルが上がったんだから、この先もまだまだ成長できるはずだ。
レベルが2までのみんなは、大牙虎とは決して戦わないこと。木のぼりをしっかり練習して、すぐに木の上に逃げるんだ。
クマラとノイハは、レベル6。女神の加護もあるだろうけれど、この成長は、二人の努力も大きいと思う。みんなも、この二人のように成長してほしい。二人は、大牙虎との接近戦は避けること。
ジッドのレベルは8。これは、これまでのジッドの戦士としての生き方によるもので、この村でレベルが上がった訳じゃない。おれの考えでは、年齢が高くなると、レベルは上がりにくくなる。ジッドは十分に強いが、これからも、修行は続けてほしい。
アイラはレベル10。これは、この森のほとんどの生き物と対等に戦える。でも、アイラも、大牙虎の群れのリーダーなんかの、一部の強敵には注意してほしい。
アイラとジッドは、大牙虎一匹との接近戦は大丈夫だ。それでも、無理はしないこと。
そして、ジルのレベルは18」
そこで、ざわついていたみんながシーンとなる。
これまでのみんなのレベルとの隔絶。
ありえない数値。
「次に大牙虎を狩りに行くときは、ジルと一緒に行って、ジルに狩らせる。それで、この村はもう、大牙虎におびえなくてもいいと証明する。ジル、いいな」
「分かった」
ジルは神妙にうなずいた。
「みんなに言っておく。おれたちは、この大森林にある全てのものを狩り尽くさないし、採り尽くさない。それが大森林と共に生きる、ということ。もちろん、大牙虎も狩り尽くさない。だから、大牙虎もこの大森林で生き残る。大牙虎に殺されないだけの力を、全員が身に付けなければならない」
おれは全員を見回す。
「弱い者は、強い者のエサとなる運命にある。
大牙虎は人間をエサとした。同時に、おれたちも大牙虎を食料としている。
残った大牙虎がアコンの村を襲ったとしても、おれやジル、アイラやジッドが生き残る。ただし、弱い者が生き残れるとは限らない。
おれたちはみんなを守るつもりだが、いつも、それが可能だとは言えない。
だから、自分を守るために、力をつけてほしい。
それが、この村の生活のしくみ。
祈りを捧げ、体操と拳法で体幹を整え、走って体力をつける。
日々の生活で得意なことを見つけ、自分の才能を伸ばす。
適切な食事で、健康な体をつくる。
文字を覚え、知識を蓄える。
武術を身に付け、戦いに備える。
そうやって、自分のレベルを高めてほしい」
そこまで言って、おれはジルを見つめた。
「ジル、前に出なさい。立ち合いをするから」
「・・・はい」
ジルが立ち上がって、前に出て、おれと向き合う。
全員の視線が集まる。
こういう、デモンストレーションが必要なのだと、おれは割り切っている。
一瞬、全員が息をのむ。
ジルが動いた、次の瞬間、ジルは動いた方向の真逆に軽く三メートルは吹っ飛ばされた。というか、おれがジルを吹っ飛ばした。
おれは、その場から一歩も、動いてはいない。
「アイラ、クマラ。ジルに神聖魔法で治癒と回復を頼む」
慌てて、アイラとクマラが動き出す。
おれは、みんなを振り返った。
「おれのレベルは、54。アイラを圧倒できるジルでさえ、まともにおれには触れられない。もちろん、おれは大牙虎に囲まれても問題なく撃退できるし、その上、女神の加護も受けられる。おれの力は、みんなを育て、この村を大きく成長させるためにある。それが、王の力、らしい」
誰も、何も言わなかった。
何も言えなかった。
「弱い者は、いつか、その命を奪われる。だから、少しでも、自分を高めておこう」
スパルタ宣言。
アコンの村は、弱い者が弱いままであることを許さない村となった。
夜は後宮にアイラとクマラが来た。
アイラがクマラに相談して、二人でおれと話したいと考えたらしい。
つまり、レベルやスキルについて、もっと知りたい、ということらしい。
だから、今夜は、ナニはなし。
時間の限り、二人の質問に答えていく。そうは言っても、おもに質問するのはクマラだ。
もちろん、内容によっては答えないし、答えられないものもある。
「オーバは、どうやって、わたしたちのレベルやスキルを確認しているの?」
「おれには『対人評価』というスキルがあって、それを使えば、たいていの相手のレベルやスキルが分かる」
「そのスキルはどうすれば身に付くの?」
「・・・それは分からない」
「自分がもっているスキルのことでも、分からないことがあるのね」
アイラが首をかしげた。
「あんまりかいかぶられても困るな。おれは、女神に守られて、これまでにいろいろなことを学んできただけだから」
「じゃあ、そのスキルで分かることを教えて?」
「例えば、アイラに『対人評価』を使うと・・・」
名前:アイラ 種族:人間(セントラ教:アコンの村) 職業:覇王の后、戦士
レベル10 生命力110/130、精神力106/130、忍耐力92/130
筋力71、知力61、敏捷70、巧緻69、魔力59、幸運27
一般スキル・基礎スキル(4)運動、調理、信仰、説得、応用スキル(2)殴打、蹴撃、発展スキル(2)戦闘棒術、苦痛耐性、特殊スキル(1)、固有スキル(1)
「名前、種族、職業、レベルが分かる。それから、生命力、精神力、忍耐力が数値で分かる。最大値と今の数値が、ね。あと、筋力、知力、敏捷、巧緻、魔力、幸運などの能力値が分かる。スキルの数と、基礎スキル、応用スキル、発展スキルは、スキルの名前が分かるな」
「わたしの職業?」
「アイラの職業は、覇王の后で、戦士だ」
「・・・アイラは、覇王の后」
クマラがつぶやく。
「クマラのことも分かるのよね?」
「クマラの職業は、覇王の婚約者、だよ」
「・・・わたしは覇王の婚約者」
クマラが頬を赤く染めながらつぶやく。
「・・・オーバは、覇王、なの?」
「そうだ」
クマラがとても嬉しそうにしている。
そう言われてみれば、おれの職業は覇王になっている。
覇王になってから、生命力などの数値はとても高くなっている。レベルアップするとき、30ずつ上昇しているからだ。
「ジルが、いきなり高いレベルになったのは、どうしてなの?」
「・・・女神と話し合って、朝から祈りを捧げたり、体操したり、走ったりしていれば、成長するときにいろいろなスキルを獲得していくだろうって、考えてた。正直に言えば、いきなりそんなレベルになるとまでは予想していなかったんだ」
「女神さまも・・・?」
「セントラエム、どうなんだ?」
・・・私も、ここまで効果があるとは、考えていませんでした。
「・・・どうやら、女神にとっても、予想外だったらしいな」
「女神さまも、予想外だった・・・」
セントラエム、直接クマラやアイラに話せばいいのにな。
そうか。
おれと話すのは、耐久力なんかの能力値を消費しないんだ。
クマラやアイラに話しかけると、消費する。
余るくらい高い数値なんだけれど・・・。
「いずれ、ウルも、ジルのようになるの?」
「その可能性は、十分にある。ジルとウルは、ほとんど全ての条件が重なっているから」
「そうなったら、アコンの村にとっては、最高の戦力になるわね」
アイラの言う通りだった。
圧倒的な力をもった子どもの存在。
大牙虎より強いというだけでなく、大森林の全ての存在の頂点だと考えられる。
・・・おれがいなければ。
それから、レベルやスキルについて、いろいろとクマラの質問に答え続けた。
クマラと手をつないで歩く。
アイラはそのまま、後宮でおれが戻るのを待っている。
クマラたちのツリーハウスまでの、短い夜道。
その手のぬくもりに、心まで満たされた。




