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かわいい女神と異世界転生なんて考えてもみなかった。  作者: 相生蒼尉
第1章 大森林編

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第26話:何をしても大森林では女神の力で済む場合

今回は、人命救助? です。

 今日は、朝から出張だ。そして、帰りは明日になるだろう。

 アコンの村のことはジル、アイラ、クマラに任せてある。

 『神界辞典』でスクリーンを出す。昨夜、いろいろとスキルを使っているうちに、空間を指定し、スクリーンを固定する機能を見つけたので、視界の右下隅にスクリーンを固定する。なんだか便利な手ぶらタブレットみたいになっている。『鳥瞰図』で地図を広げ、『範囲探索』で点滅を確認。この機能の何がいいかと言えば、ここに固定することで、何度も『神界辞典』、『鳥瞰図』、『範囲探索』などのスキルを意識して使い、忍耐力を消耗することがなくなるという利点があることだ。

 虹池の村の大牙虎には動きがない。動きがあったとしても、セントラエムを通じて、ジルに連絡して全員で王宮ツリーハウスに籠城すればいい。

 赤い点滅と黄色い点滅が森の奥にあるのも変化なし。これはいったい何だろうか?

 黄色い点滅、これがトトザ一家だと考えられる点滅だが、この点滅もこの2日間でかなり森の奥まで侵入している。道さえ分かれば、子どもの足ということを計算に入れて、アコンの村まであと2日という地点にいる。残念ながら、水音をたどることはできなかったらしく、約束していたダム湖にはたどり着けていないらしい。まあ、それは問題ではない。

 約束通り、今日は動かないつもりのようなので、『高速長駆』で全力疾走し、トトザ一家を迎えに行く。そろそろ食料も苦しい頃ではないだろうか。できるだけ早く安心させてあげたい。おれなら1時間程度でたどり着くのだから。

 『高速長駆』は使えるスキルだ。その分、生命力、精神力、忍耐力の全てを消耗する。うまくできたしくみだな、と思う。




 走りながら、近づくたびに、地図の縮尺を変更していく。

 おかしい。

 黄色い点滅の数が足りない。

 五人家族と聞いていたはずなんだけれど・・・。

 そして、近距離になって、一度立ち止まり、トトザ一家を驚かせないように、ゆっくり歩いて近づいていく。

 この前、話しかけてきた女性が、子どもを連れて、座っていた。

 マーナと、その子ども、三人。合わせて四人

 大黒柱・・・かどうか知らないけれど、父親のトトザが見当たらない。

 マーナが近づいたおれに気付いた。

「森の人・・・」

 マーナは、疲れたように、それだけを口にした。

 森に入って二日間。

 道など分からず、奥へ奥へと進む。

 何があったか知らないけれど、森の中で迷いながら、たった一人で子どもたちを支えて。

 不安でたまらなかったことだろう。

「食べ物は大丈夫かな? おなかは空いてないか?」

 おれは、かばんから瓜と干し肉を出し、子どもたちに干し肉を与え、瓜を切り分けていく。

 子どもたちは、おそるおそる、という感じで、おれから干し肉を受け取った。

 女の子ばかり、三人姉妹だ。

 一人は、中学生くらいか。12歳か、13歳か。成人が近い年齢の感じがする。こっちの世界の成人は15歳だ。

 ひょっとすると、トトザたちは、あのろくでなしのララザとか、そういう奴らから、この子を守りたくて、村を出ようとしたのかもしれない。

「おれはアコンの村のオオバだ。マーナ、この子たちの名前を教えてもらえないか」

「ええ・・・」

 マーナがうなずいて、子どもたちに自分で名乗るよう、促した。

「花咲池の村、トトザとマーナの子、ケーナです。初めまして、森の人」

 礼儀正しい、好感度の高い子だ。

 クラスにいてほしいタイプ。まあ、子どもを選んではいけないけれど、ね。

 クラスにいてくれると、クラスの落ち着きを支える、目立たないけれど、確実に役割を果たしてくれる、そんなタイプだろう。

「ラーナ、です」

「セーナ・・・」

 小さい子たちは、これくらいで良し。

 母はマーナ、上の姉はケーナ、下の姉はラーナ、妹はセーナか。

この当たりの村々の名付け方は、楽なのか面倒なのか、何とも言えない感じがする。

 覚えやすいのか、覚えにくいのか。まあ、そもそも人口が少ないから、こういう名前で問題がないのだろう。

 村で統一感はあるから、村全体が家族みたいな感じが出ている。そのために、似たような名前にするのかもしれない。

「おれのことはオーバでいい。森の人、という呼び方はやめてほしいな。まずは、しっかり食べてからだ。ここから、おれたちの村までは、まだまだ遠いからね」

 遠い、という言葉に、ラーナとセーナは顔を見合わせた。

 まあ、最終的に、君たちくらいの体格で、体力が足りなければ、おれが抱きかかえて歩くだけだから安心してほしいんだけれどね。

 一方、ケーナはこくり、とうなずいた。

 うん、ケーナは立派。

 ケーナの体格では、もちろん、そうしようと思えばできなくはないけれど、おれが抱きかかえるのではなく、自力で歩いてほしい。

「ところで、マーナ。トトザはどうしたんだ?」

 おれは、当然の疑問を口にした。

 ところが、マーナはうつむいてしまった。

 やっぱり、何かが起こったらしい。

 トトザは、ここに来ることができなかったのだろう。

 まあ、どうしてそうなったのかは、説明してもらわなければ分からないけれどもね。

「あの・・・」

 マーナが答えないので、瓜を食べ終えたケーナが話し始めた。

「お父さんは、ララザに連れて行かれたんです」

 ララザに?

 この前、ぶっとばした、あいつだったよな。

 どういうことだ?

 いやいや、連れて行かれたって、同じ村の住人が、いったいどこに連れて行かれると・・・。

 ん?

 まさか?

 あの赤い点滅と黄色い点滅は・・・。

 ララザとトトザなのか?

 トトザは、ララザに。森の中に連れて行かれたってことか?

 いったい、なんでまた、森の中に?

「・・・マーナ。トトザは、森の中に連れて行かれた、ということか?」

 びくん、となって、マーナが目だけをこちらに向ける。

 当たりだ。

 どうやら、そうらしい。

 マーナの落ち込み具合は、つまり、トトザが死んでしまった、と考えているからだ。

 確か、あの赤い点滅と黄色い点滅は、おれが花咲池の村を訪れた次の日から、森の中にあった。

 それから、森の中から出ていない。

 初めのうちは、位置はいろいろ動いていたが、最近はその動きも少ない。

 森の中で迷って、ぐるぐる動いている可能性が高く、結果として、森を抜けられないので動くのも難しくなってきた、ということだろう。

 それぐらい、この森の奥を歩くのは難しいのだ。

 この大森林は樹海、という言葉がふさわしいのかもしれない。

 アコンの村の周囲には、今ではロープを結んで、必要なところへ行けるようにしている。小川はもちろん、竹林、きのこ類の群生地、パイナップルの群生地などなど、目に見える形で、木と木の間にロープを結んで、道代わりにしている。

 大森林外縁部の村の人たちは、この森の奥にロープなどの目印で道を作ろうとは考えなかったらしい。

 まあ、そこまで奥地に入らなくとも、村の近くに水場はあるし、森の一部から十分に生活の糧を得られたということもあるのだろう。

 じゃあ、なんで、ララザはトトザを森の奥に連れて行ったんだ?

 村を抜けようとしていることがバレたからだろうか?

 ・・・そんなことがバレたんだとしたら、別に森の奥に連れて行くとかじゃなくて、村でぼこぼこにされておしまい、という感じではないだろうか。

 何が原因だ?

「あの、お父さんは・・・」

 ケーナが、母に代わって説明する。

「ララザに連れて行かれて、美味しい果物を探しに行ったんです」

 その一言で、おれは、全ての疑問が溶けていくような気がした。

 それと同時に、このケーナって子は、本当にしっかりしている、と思った。


 つまり、梨、だ。

 そう言えば、森の奥をめざすのに、梨の木が目印になればと思って、トトザとマーナに梨を渡した記憶がある。

 ・・・つまり、トトザがララザに連れ出されたのは、おれが原因ですね、はい。

 いや、もう、そういうつもりは全くなかったんです、はい。

 トトザとマーナは梨を村に持ち帰ったところ、それをララザに見つかってしまった。

 森の人と何を話したのか、と問い詰められて・・・。

 村を抜けようとしているとは口にはできないから、何か話をしているうちに、この果物はなんだ、という風になった。

「お父さんは、森の人に対するララザの態度を、同じ村の人として申し訳なかったと、森の人に謝ったら、この果物をもらえたんだ、と説明しました。いらいらした感じのララザは、お父さんとお母さんから、それぞれその果物を取り上げて、帰っていきました。それで、次の日の朝、突然、お父さんを呼び出して、あの果物を探しに行くから手伝え、と・・・」

「・・・おれが、花咲池の村に行った次の日から森に入ったんだな。そうすると、今が六日目か。水や食べ物はどれくらい持って行ったんだ?」

「分かりませんけど、突然だったので、ほとんど持っていなかったと思います」

 ・・・まずいな、それは。

 かなりの空腹で、最近雨は降っていないから、のどが渇いた、もう限界だ、というようなくらいだろうか。怪我でもしていたら、危険だ。

 おれは、マーナたち四人に水を飲ませ、立たせる。

「とりあえず、ここから移動する。ついてきてくれ」

 マーナは不安そうだが、下の妹セーナの手を引いて、歩き始めた。

 ケーナは、ラーナの手を引いている。

 みんな無言で歩く。

 重苦しい雰囲気は仕方がない。

 父親のトトザが、死んだかもしれないと思っているのだから。

 まあ、『鳥瞰図』の点滅を見る限りでは、死んではいないと思う。

 だからといって、トトザの生死は未確認なので、今の段階で中途半端な情報は与えたくない。

 まずはこの四人の安全を確保してから、行動したい。

 2時間ほど歩いていくと、水音が聞こえてきた。

「・・・水が、流れてる?」

 ケーナが気付いたようだ。

 聞き耳とか、そういうスキルでもあるのだろうか?

 音に敏感でないと生きていけないような環境だったのかもしれない。あの村は名前とちがって、ろくでもない男たちがいる村だったから・・・。

 そして、梨の木の群生地に入る。

 この前、かなりおれが収穫したので、果実はあまり残っていない。

「マーナ、この森で待っててほしい。この果物は、いくら食べてもかまわない。ここから動かず、おれが戻るまで、子どもたちを守るんだ。しっかりしろ」

 子どもたちを守る、と言われて、マーナの表情が変化した。

 母性、だろうか。

 疲れた顔から、真剣な表情になり、おれの言葉にうなずいた。

 それでこそ、母親だ。

 娘のケーナに支えられっぱなしじゃ、いけないよね。

 まあ、ケーナがしっかりしているのは、この両親に育てられたからなので、マーナも一時的なショックから回復すれば、きっちり子どもたちを守れるはずだ。

 おれは、この子たちでは手が届かない、高いところの梨をいくつか、『跳躍』スキルや『二段跳躍』スキルでジャンプしてもいで、渡してあげた。

 ケーナがお礼を言うと、後の二人もそれを真似て、ありがとう、と言う。

 これでいい。

 とりあえず、ここなら、水分補給も栄養補給もなんとかなる。

 おれは、トトザの点滅だと考えられる方向へ、走り始めた。




 トトザのところへと走りながら思ったが、マーナはかなり、勇気を振り絞ったのだろうと思う。

 さっきの話では、村を抜け出す時には、トトザは既に行方不明の状態だったのだから、マーナ一人の判断で、子どもたちを連れて村を出たということだ。

 父親抜きで、こんなに森の奥へと踏み込んでいくのは、さぞ怖ろしかっただろうと思う。

 子どもたちも、よく頑張った。

 これからはアコンの村で、できるだけ安心して暮らせるようにしてあげたい。

 ただし、甘やかすつもりはないけれど。

 『高速長駆』で約十分。

 梨の木の群生地から、およそ十キロの地点で、おれはトトザを発見した。

 ララザも一緒だ。

 二人とも、木の根元に座り込んで、幹にもたれている。

 頬が、げっそりとして、見た目は最悪な感じだ。

「・・・森の人・・・」

 トトザがおれに気付いた。

 ララザも顔を上げた。

「これが、女神の力、か・・・」

 トトザは、ふぅ、という感じで息を吐いた。「この大森林の中で、見つけてもらえるとはおもわなかったよ」

 実際は『鳥瞰図』と『範囲探索』スキルなのだが、そこはもう、自分のスキルを隠蔽するってことも会わせて、女神の力ってことでかまわない。

 おれはトトザの前にかがんで、水袋を出した。

「トトザ、まずは、水を飲むことから」

 トトザが生きていて良かった、とあの子たちのために心から思う。

 トトザが両手で水を受け、それを飲む。

 ララザも、トトザのように手を出してきた。

 ・・・さてと、どうしたものか。

 おれは冷たい目線で、ララザを見た。

「おれにも、水をくれ・・・」

「おまえは、おれから、水を分けてもらえるような関係なのか?」

 そう言いながら、トトザには2回目の水を与えた。

「この前は、すまなかった。頼む、助けてくれ。水を・・・」

「全てはお前の都合で、頼ったり、助けてもらったりするのか、おまえは」

 おれはかばんから干し肉を出して、トトザに手渡す。「トトザ、ゆっくりこれを食え」

 トトザはおれの指示通りに行動する。

「くそ、トトザ、おれにも寄こせ・・・」

 トトザから干し肉を奪おうとするララザをおれは軽く押しのける。疲労と空腹で、ララザは力が出ないようだ。まあ、ララザが絶好調だったとしても、残念ながらレベル3なので、おれの相手には全くならないのだが・・・。

「・・・殺す気か、おれを殺すのか」

 おれはその問いに答えない。

 馬鹿馬鹿しい。

 もしララザが死んだとしても、おれが殺すのではなく、自業自得だろう、と思う。

「サーラは返す。おまえに返すから、助けてくれよ」

 何言ってんだ、こいつ。

 サーラは自分で選んで、花咲池の村へ行った。

 もちろん、困っていれば、危険があれば、助けようと思わない訳ではない。知らない相手じゃないんだから。

「サーラのことは、サーラが決める。おれは、サーラを連れ戻す気などない。サーラのことは、おれには関係ない。それは、前に会ったときも言った・・・あ、そうか。あのとき、おまえはおれに殴られて気絶してたっけ」

 そうでした。

 おれのボディーブローで悶絶してたんだった。

 すっかり忘れてた。

「サーラを物のように扱うな。人を大切にしないから、だから、本当に困ったときに、大切にされないんだ。こうなって、村の人は誰も助けに来なかっただろう。おれには、おまえを助けてくれる奴がいるとは思えないな」

 ララザは、目を見開いておれを見ている。

 初めて気付いた、とでもいう顔だ。

「おまえは、他の人間を自分の言いなりにしようとしている。だから、誰も助けてくれない。当然だ」

「なにを・・・」

「他の誰かを踏みにじる奴は、いつか誰かに踏みにじられる。それだけのことだ。人も、森も、おまえを助けはしないだろう。そもそも、ここで死にかけているのだって、トトザとマーナから、果物を無理矢理取り上げて、それを食べたからだろう。森の奥に美味しい食べ物がある、そう思って、森の怖さ、森の暗さ、森の広さも何も考えず、ずかずかと森に踏み込んで、トトザを巻き添えにして。そんなおまえが誰かを助けたり、幸せにしたり、できるのか?」

 ララザは何も答えない。

 答えられない。

「おまえは誰も支えない、誰も助けない、誰も守らない。それなのに、誰がおまえを守る? 誰がおまえを支える? 誰がおまえを助ける? 誰もいないに決まっている」

 いつの間にか、ララザは涙を流していた。

 子どもか。

「愚かな花咲村の長の息子。このまま森で死ぬがいい。森は、おまえの死を受け入れるだろう」

「待ってくれ、森の人・・・」

 そう言ったのは、トトザだ。

「すまない。そう言わずに、ララザも助けてやってほしい」

 おやおや。

 トトザは本当に、いい人だ、いや、人がいい、ね。

 こんなろくでなし君は放置でもかまわないだろうに。

「偉大な森の人よ。頼む。ララザはまだ子どもなのだ。体は大きいが、まだまだ子どもなだけなのだ。だからほしいものはほしい、いらないものはいらないと、簡単にしか、いろいろなことを考えられないだけなのだ。どうか許してやってほしい」

 やれやれ。

 トトザは、立派だね。

 巻き込まれて、死にそうな目に遭って、それでも、こういうことを言うのか。

 ま、ここで放置して死んでも、後味が悪いしね。

 助けてやりますか。

 おれは、ララザに近づいて、一気に担ぎ上げて、肩に乗せた。体がでかいので、とても面倒だ。

「なに、しやが、る・・・」

「うるさい。トトザの頼みだ。助けてやるから黙ってろ。村まで運んでやる。水や食べ物は村に着いたら自分でなんとかしろ」

 そう言って、トトザをその場において、おれは花咲池の村の方向へ走った。

 むさい男を肩に担ぐなんて、何の高揚感もない。

 ひたすら、『高速長駆』で、どんどん走る。

 あまりの速さに、ララザがわあわあと何か言っているが、完全に無視だ。

 そのまま、森を飛び出て、一気に花咲池の村をめざす。

 森の外、草原はとても走りやすい。

 花咲村に乗り込んで、ララザをぽいっと放り出した。

「いてっ・・・」

「着いたぞ。トトザに感謝するがいいさ」

 おれはララザにそう言い捨てた。

 ララザはぼそぼそと、小さな声で何かを言っていたが、放っておく。

 おれはかばんから木炭を取り出し、すぐ近くの住宅用テントに、大きくカタカナを書き並べた。

 サーラが、アコンの村で、一生懸命に勉強をしていたのであれば、読めるはずだ。

 カタカナの音の並びは、日本語としての意味をなさない。

 これは南方諸部族語の発音をただ並べただけだ。

 南方諸部族語での意味は、『大牙虎、逃げろ』だ。

 スクリーンには、虹池の村から、猛スピードで大森林外縁部の草原を移動してくる赤い点滅があった。

 狙いは、アコンの村ではない。森の中には入ろうとしていない。

 トトザに頼まれてララザを助けた、というより、おれの都合としては、一応、サーラに危険を知らせてやろう、と思っただけなのだった。

 おれは花咲池の村に背を向けて、再び森の中のトトザのところを目指して走った。


 トトザは大人しく、そのままの場所で待っていた。

「マーナたちは、どうなりましたか」

「もう、安全なところにいる。待たせてあるから心配するな」

「いえ、ここ数日、ずっと森の中で、食べ物もなく、体が弱っています。マーナたちさえ無事なら、もう満足ですから」

「まあ、そのへんは気にするなよ」

 おれは、トトザを持ち上げて、肩に担ぐ。

 重いな。

 さっきのララザほどじゃないけれど。

 やはり成人男性は重い。

「森の人・・・」

「それ、もうやめてほしい。おれはオオバ。オオバでいいから」

「・・・オーバ」

「今から、マーナやケーナたちのところまで走る。揺れると思うけれど、我慢しろよ」

 そう言って、走り出す。

 重さで少し速度は落ちるものの、『高速長駆』で、約十二、三分も走って、梨の木の群生地にたどり着いた。

 おれは、肩の上のトトザをぽいっと投げたりせず、丁寧に、マーナの前に下ろした。

「トトザ・・・」

「マーナ・・・」

「お父さんっ・・・」

 ケーナたちも嬉しそうだ。

 いやあ、トトザが生きていて良かった。

 おれはジャンプして、高いところの梨をもぐ。

 そして、その梨をトトザに渡した。

「この前、渡した分は、ララザのせいで食べ損ねたらしいな。これは今食べるといい。美味しいぞ」

「オーバ・・・」

「この果物は、梨という。この辺には梨の木がたくさんあるから、ゆっくり食べたらいい」

 トトザも、マーナも、子どもたちも涙を流している。

 再会できて良かった。本当に良かった。そして、本当にぎりぎりだったかもしれない。マーナの決断がなく、村に残っていたとしたら。

 今日、この四人はなすすべもなく、噛み殺されて死んでいただろう。

 おれは、サーラのことを思う。

 出て行ったサーラに力を貸して、助けるつもりはない。

 ただ、サーラが気付き、考え、行動して、再び森に逃げたのなら。

 もう一度、助けようと思う。

 あとは、サーラの運次第。

 今日、大牙虎によって、花咲池の村は滅びる。おれは、それを防ごうとは思わない。

 ケーナが、泣きながら、ありがとう、ありがとう、とくり返して言う。

 まあ、これから、同じ村で生きる仲間になるんだから、これくらいはね。

 当然のこと、ですよ?

 知らない村のことは、知らない。そこまで責任は持てない。




 その日は、おれがトトザを右肩に担いで、下の妹のセーナを左腕に抱いて、歩いた。マーナはラーナの手を引いて、ケーナは列の一番後ろ、しんがりを歩いた。

 川を上流に向かって歩き、途中で、河原から見えるところに、木に結ばれたロープがあることを教えた。

「このロープをたどって行けば、おれたちの村、アコンの村にたどり着く。この森では、人間は道に迷う。だから、このロープのことは必ず覚えておくといい」

 ケーナは絶対に忘れません、という顔でしっかりとうなずいた。

 そして、ロープに沿って、どんどん森の奥へと進んで行く。

 途中、トマトの群生地にたどり着いて、休憩をはさんだ。

 おれはトマトをもいで、がぶりと食べる。

 えっ、食べられるの? という顔でマーナがおれを見た。

 おれはトマト推進委員会の会長だ。

 ひとつ、もいではマーナ、もうひとつもいではケーナに、というように、全員にトマトを渡していく。

 五人とも、トマトを口にした。

 無言だ。

 ノーリアクションだ。

 なんで梨とはちがうんだ。

 まあ、ちがうか。

 トマトよ、地道に頑張ろう。栄養は絶対にトマトの方が上なんだから。

 五人とも、もぐもぐと食べてはいる。

 でも、コメントはしない。

 何か言うと、悪いみたいな感じになっている。

 トマトの悪口は。

 やっぱり、新メンバーにも、トマト該当者はいないらしい。

 残念な気持ちになりながら、再びトトザ一家を促して、歩き始める。

 トトザはおれの肩の上、今度はラーナを左腕に抱いた。セーナはマーナが抱きかかえて歩いた。

 ケーナはしんがりではなく、おれの隣を歩いている。

 信頼度が高まったのだろう。

 おれは、あえて、ぶどうの群生地はスルーして歩き続け、竹林の手前で止まって、ここで野営することを告げた。

 薪を並べ、落ち葉を使い、火を起こす。

 土器にはイモと干し肉、ヨモギを入れて、七人分の材料で煮込む。

 パチパチ、という火がはじける音が、森の静寂を横切っていく。

「トトザ、マーナ。ここから動いてはダメだ。いいな」

 おれはそう言って、今歩いてきた方向へ戻った。

 おれの視界の右下隅にあるスクリーンには、花咲池の村の方角から森の奥へと動く、青い点滅が映っていた。

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