第23話:女神の黙認の元、殴り込んだ場合
戦闘? 動物虐待? どちらでしょうか・・・。
おれは二人を見て、とりあえず、いい人そうな感じはすると、認識した。まあ、いい人とは言っても、この状況で、おれを追ってくるのは、利己的な考えは当然もっているはずだけれど。
「何か、用があって、追いかけて来たんじゃないのか?」
トトザとマーナは顔を見合わせた。
さっき、長の息子が一発でのされたところを見たのだ。話しかけにくそうな相手だと思っていたけれど、どうも、そういう感じじゃないぞ、どういうことなんだ、みたいな心のやりとりが見える。
「用がないなら、もう帰ろうかと思うんだけど」
「い、いいえ、実は、教えてほしいことがあるんです」
トトザは慌てて口を開いた。
「何を?」
「オギ沼の村、ダリの泉の村、それに虹池の村が、滅ぼされたというのは本当ですか?」
「ジッドから聞いてないのか? きちんと伝えるという約束だったけれど・・・」
「いいえ、ジッドからはそう聞きました。それは本当なんですか?」
「本当かどうかなんて・・・オギ沼にも、ダリの泉にも、虹池にも、今は誰も住んでいないよ。行って確かめてみれば分かる。ただし、大牙虎に会うかもしれないけれど」
「大牙虎・・・」
トトザが黙り込む。
代わって、マーナが口を開く。
「それぞれの村から逃げ延びた者が、森の人と一緒に、森で暮らしているということも、本当なのですか?」
名前を呼んでもらえずに、森の人、と言われるのはなんか変な感じだ。
まあ、どうでもいいけど。
「オギ沼の村の子どもたち、ジル、ウル、ヨル。ダリの泉の村の、ノイハ、セイハ、クマラ、それに花咲池の村に一度逃げてきたはずのアイラとシエラ。虹池の村のジッドたち親子とエランという男の子。今は花咲池の村にいるサーラも一度は一緒に暮らしていたよ」
「アイラとシエラもですか。あの子たちは元気でしょうか?」
「まあ、元気だと思うけれど」
「良かった・・・」
やっぱり、いい人なんだろうな。
あの村の感じじゃ、この人たちは、割を食っていそうな気がする。
「あの、大牙虎は、この村にも、来るんでしょうか?」
「うーん・・・それは、分からないけれど、来ても不思議じゃないと思う。大牙虎は、ひとつずつ、村を襲ってきたからね」
「来ないかもしれないということですか?」
「おれは、大牙虎じゃないから、分からないね。来るか、来ないか、そんなことに責任は持てない。どうでもいい話なら、もう帰るよ?」
「ああ、もう少しだけ。花咲池の村では長のイイザやその息子のララザが、大牙虎がきたら、おれたちが退治するから心配するな、と言っています。本当に、退治できるんでしょうか?」
「・・・そんなこと、おれに分かるわけないでしょう?」
「いえ、森の人は大牙虎と戦い、倒したとジッドから聞きました。だから、森の人になら、分かるはずだと思うんです」
このマーナという女の人、感覚的なことで話をしているのか、賢いのか、判断が難しいな。
ジッドのことも、よく知っているかのような感じだ。
まあ、元々、このあたりの集落は互いに行き来をしていたようだし、ジッドはその中でも強い男だと知られていたんだから、知っているのは当然かもしれない。
「イイザや、ララザは、村で一番強い。でも、あなたには一発でやられました。イイザやララザは、大牙虎に勝てるんでしょうか?」
「・・・責任は取らないよ? 言っていることが違っても、嘘をついている訳じゃないからな? 大牙虎はジッドでも、自分の身を守るだけで精一杯、そういう相手だ。ジッドはこのあたりの村では一番強いんだろう?」
「はい。ジッドはこの辺では、一番強い。それはまちがいありません。そのジッドが、勝てないのが大牙虎なんですね?」
「だから、その、イイザってのは、分からないけれど、さっきの大男はララザだっけ? あいつくらいで大牙虎の相手がつとまるのかっていうと、全くダメだと思うよ」
「・・・そうですか」
トトザとマーナは、再び顔を見合わせた。
そして、おれは向き直った。
「それでは、私たちの家族を、どうか、森の村へ移らせてもらえませんか?」
「・・・それは、移住してくるって、こと?」
「はい」
「何人?」
「私たちと、子どもたち三人、合わせて五人です」
さて、どうするべきか。
まあ、大牙虎に襲われて殺される前に、賢く生き延びようとする人材は貴重だとも言える。
だから、受け入れるのはオッケー。
でも、今は無理だな。
「アコンの村に移り住むのはかまわない。もちろん、おれたちの生活に全て合わせてもらうけれど、それでいいか?」
「はい、かまいません。では、今から子どもたちも連れて来ます」
早い!
なんて早さだ!
「いや、それは無理だよ」
「どうしてでしょうか?」
「おれは、明日には、アコンの村に戻るんだ」
「はい、ですから、その時に一緒に連れて行ってください」
「アコンの村まではここから歩けば、早くても三日、遅ければ五日はかかる距離がある。おれは全力で走れば今日中に戻れるけれど、おれが走るのに合わせて移動できるのか?」
え、そんなに遠いの? みたいな顔をするトトザ。
「では、わたしたちは、森の人とは別に、森の村へと向かえばどうでしょうか」
マーナがそう言った。
うん、その手はありだよ。
だけど、この森はね、特殊な才能がないと、たぶん歩けないんだよね。
「あんたたちが、この森の近くで暮らしながらも、森の奥へと入らないのは、森で迷って、森から出られなくなるからだろう? 案内できる人間もなしで、森を抜けられるとでも思うのか?」
「・・・」
あ、黙った。
まあ、理解できたらしいから、それでよし。
そっちの都合に合わせてあげる気はない。
でも、助けない訳でもない。
「そうだな、五日後、花咲池の村を離れて、森へ入れ。森に入ったら、奥を目指して、水音を探すことだ。これを」
おれは、トトザとマーナに梨をひとつずつ、渡した。
「これは?」
「この森を入って奥に進めば、この果実がなっている木がある。水音はそこなら必ず聞こえるはずだ。水音をたどって、小川を見つけたら、その流れをさかのぼって行く。そうすれば、水鳥がたくさんいる池にたどりつく」
「そんな池が、森の奥に・・・」
「その池で待っていれば、今日から七日後には迎えに行く。森の奥で二日、生き延びられるように。まあ、じっとしていれば、二日間ぐらいは問題ない」
「・・・分かりました」
おや、信じるみたいだ。
まあ、実際に、森に入るには勇気がいるだろうから、あきらめるなら、その時はその時だ。
おれが知ったことではない。
「あの、森で迷って、池にたどりつかなかったら、どうすればいいでしょうか」
マーナは、やはり賢い女性なのかもしれない。
その場合も想定しておかないと。
「迷って、今日から七日後になったら、そこから動くな。じっとしていれば、別に池以外でも、森の中なら女神に尋ねて迎えに行く。いいか、迎えは七日後。それを忘れるなよ」
「はい・・・」
おれは、トトザとマーナの夫婦と別れて、花咲池へと歩いた。
せっかくここまで来たのだから、池くらい見ておこうと思ったのだ。
花咲池は、池の周りにたくさんの種類の花が咲いている池だった。名前の通り、美しい光景なのだが、そんな名前の村がセクハラ村なのは残念だ。
村人が二人いたので会釈をする。
なぜだかビビりながら会釈を返してきた。
なんでだろう?
そこで見つけたのは自生している「苺」と「瓜」だった。
どちらも、竹筒を使って、土と苗を採集し、実も収穫し、味見をした。
村人は何かを言いたそうにしていたが、結局、何も言わずに去っていった。
たぶん、勝手に食べないでください、とか、そういうことを言いたかったのだろう。
ちなみに、咲いている花の中に「ひまわり」もあった。
これも、いつかは採取して、種を土兎のエサにしよう。
池を離れて、森に入る。
帰りも探索しながら、うろうろと動く。
「柚」の木を見つけたが、一本だけだった。まだ青実なので、場所は覚えておいて、いつかまた来ることにする。秋ぐらいに栽培できるかどうか、努力してみるとしよう。柚があるなら、どこかにみかんがあるかもしれないという期待も持てた。
竹林を発見したが、アコンの群生地からはかなり遠い。さっきの夫婦が移住してきたら新しい家が必要になるから、それを造るために、一泊二日で大量に竹を切り倒すタイミングを探すことにしよう。
セントラエムを通じて、ジルにもう一泊することを連絡。
大牙虎の動きを確認するが、特に異常なし。
苺と瓜、梨を食べて食事代わりとして、いつものように樹上で休む。
セントラエムとの話は、割と難しい内容になってしまった。
翌日、朝から三時間くらいは探索して、大きなきのこ類の群生地をひとつ見つけた。きのこステーキができそうな、エリンギの大きい感じのきのこだ。
たっぷり採集して、あとはアコンの群生地へと走った。
午後、みんなが小川でいろいろとやっているところに合流すると、アイラがとても喜んだ。
ジッドと真剣勝負ができるからだ。
おれがいない間の、アイラとジッドの立ち合いは禁止している。
骨折レベルの怪我を治せるのはまだおれだけらしい。
セントラエムが自分でやればできるはずだけれど、なぜか、それはまだしてくれたことがない。早くそういうところを解禁してほしいものだ。それでも、ジッドは、信仰の関係で、セントラエムの神力が届かないから、おれが神聖魔法で治すしかない。という訳で、おれが戻らない限り、アイラの戦闘ジャンキーなところは満たされないのだ。
二人の立ち合いは、かなり進化してきている気がする。棒術と剣術のスキルレベルが上がっているのは間違いない。結果は、勝ったり負けたりという互角の状態なので、鍛錬としては最高の組み合わせかもしれない。ただし、腕や足にかなりの大怪我をするので、そろそろ、夫としてはやめてほしいと思っている。
食事には、ぶどうと梨とトマトを追加で出した。
トマトには微妙な表情も見られたが、ぶどうと梨はやはり大好評で、クマラとどうやって栽培をするのか、真剣な議論になった。
水鳥の羽は、ノイハを大喜びさせた。大興奮で、矢に羽を取りつける作業に没頭している。女性陣の滝シャワーに全く反応しないノイハを初めて見た。
滝シャワーの後、アコンの群生地に戻ったら、栽培実験室で、ぶどう、苺、瓜、かぼちゃ、梨の栽培実験を進めながら、明日の農場での苺、瓜、かぼちゃの苗を植える作業について、クマラと話し合った。暗くなる前にアイラが顔をのぞかせたが、その後ろから来たジルが、「今日はジルとウルがオーバと寝る」と宣言したので、アイラは笑って戻っていった。
樹上で、おれの両脇で甘えてくるジルとウルの話を聞きながら、スクリーンを操作する。地図上に、あれ、と思う光点があった。大牙虎は虹池の村から動いた気配がない。それにもかかわらず、花咲池の村の方にある森の中で、赤い点滅と黄色い点滅がある。
気にはなったが、アコンの村には影響がなさそうなので、とりあえず放置することにした。
ジルとウルが満足そうに眠り、おれはセントラエムに話しかける。
「セントラエム、明日、大牙虎のところに行こうと思う」
・・・何をしに行くのですか?
「一匹、狩ってくるつもりだよ」
・・・一匹、ですか?
「そう。みんなで食べるためにね」
・・・そんなことができるのは、スグルだけですからね。
「まあ、そうなんだけれど、一応、考えてるのはさ、大牙虎の群れとしての力は、削っておきたいってことなんだ」
・・・それで、一匹、狩ってくる、というのですね?
「そう。ついでに、他の大牙虎にも、ちょっとずつダメージを与えられたらいいかな」
・・・全滅は、させないのですか?
「全滅はさせない。でも、のさばらせも、しない」
・・・何を考えているのですか?
「この前から、話し合ってきたことの先にあることだけれど、おれがこのアコンの群生地に転生させられたのは、実は、上級神たちが想定していたよりも、高いレベルの人間が転生することになって、本来転生する者たちが行くはずの町や都市に行かせてしまうと、その町や都市の支配者たちが創り上げたさまざまな社会体制を転覆させたり、崩壊させたりできてしまうからなんじゃないかって思ったんだ」
・・・それは、ありそうな考え方です。
「そっか。それでさ、実際、この大自然の空間でも、元々あった秩序が崩壊しているようなもんだろ? 初めはおれがひとりぼっちでこの森の中に放り出されて、孤独に生きていくことを想定したんじゃないかな。だけど、この森の頂点に位置していた大牙虎の群れがおれの存在ではじき出されて、大森林外縁部の人たちを襲って回るってことも、その人たちの生き残りをおれが保護して、一緒に暮らし始めるってことも、実は、上級神たちでさえ、予想外なんじゃないのか?」
・・・それは、何とも言えませんね。ただ、スグルの言う通り、人間の社会で頂点に立つ力をもったスグルを、人間たちのいる世界から切り離そうとしたというのは、納得ができます。
「たまたま、おれのスキルが、旅に適したものだった・・・いや、前世でのおれの日常が、こういう旅に適したスキル、人々の暮らしを変え、支えるスキル、加えて戦えるスキルの構成になっていたのは、幸運だったと言える。そして、常識では考えられない、とんでもないレベルに達して、この森に村をつくっていくのも、当然、想定外」
・・・そうでしょうね。
「神界の神族たちの、トップの考えはよく分からないけれど、この世界のバランスは崩されたくないらしい。まあ、あっちの都合に合わせる気はないのだけれど」
・・・私は、スグルの守護神として、できることを全うするだけです。思ったように、やってください。
「・・・もう、クマラの時みたいな、画策はしないこと」
・・・あれは、あれで、女神の私を信じる少女の願いを叶えてあげただけじゃないですか。
この画策女神は、元々ドジっ子だったくせに。
まあ、あれの真相は、結局はセントラエムのドジだったと考えられなくもないけれど。
この村を、上級神たちが考えもしなかった、高レベルの人間の村にして、人間が種族として大森林に君臨する。そして、大森林を勢力範囲とする国家を形成していく。狩猟採集の生活を続けながら、農耕と牧畜を取り入れて、生産力を高めていく。森の生き物の命を少しずつ頂きながら、森の恵みと、農産物、畜産物で飢えのない生活を実現する。
日々、学問を続け、体を鍛え、神に祈って生活する。
なんか、古代ギリシアのスパルタみたいなんだけど・・・。
まあ、いいか。
朝から祈りを捧げ、体操をして、拳法修行も重ねる。
いつもは朝食など採らないのだが、今はたっぷりあるので、梨をみんなで食べる。
そして、ランニングと水やりの前に、ジル、アイラ、クマラと今日の予定を確認し、おれが虹池の村へ行くことを伝える。
三人とも、一瞬、表情を変えたが、黙ってうなずいた。
朝、『鳥瞰図』で確認したが、大牙虎には、動きがないことは分かっている。まあ、よく分からない不確定要素として、花咲池の村で、村人たちの動きがある。
おれが訪ねたことで、何かあったのだろうか。
とりあえず、あの村のことはあの村の問題なので、気にしないことにして放置。
それから、花咲池の村から、一家族、移住してくる予定だということも伝えて、おれは出発した。
食事は戻って、みんなと食べる予定だ。
『高速長駆』で最高速度を出し、虹池を目指す。
時速にすれば、六十キロくらいか。なんか、初めての時よりも速い。もちろん、生命力などの消耗はあるが、これは、スキルレベルが高くなってきたのかもしれない。
スキルというものが、現実離れしたファンタジーだと、おれに理解させてくれるのは、このスキルが一番かもしれない。まあ、神聖魔法とかもそうだけど。
約2時間で、虹池の村の近くに到着。
大森林は、およそ半径百キロの半円に近い形をしている。
おれは、本気を出せば、アコンの村から大森林外縁部まで、およそ二時間でたどりつけるということになる。
水分を補給し、梨をひとつ、丸かじりにして、少し休憩する。
『神聖魔法:回復』で生命力を一応、回復させる。
大牙虎のおよその位置はスクリーンで確認済みだ。
今回、群れのリーダーと初めて接触することになる。
ここで、リーダーを討伐するべきかどうかは、悩んだのだが、統率力が弱まると、ばらばらに行動して、人間側の被害も拡大しそうだったので、狙いは他の高レベル個体にする。
肉の量も増えるしね。
おれは、森を出て、かつて虹池の村だったところへと踏み込んでいく。
村の中央部で、大牙虎の群れが伏せて、休んでいる。
おれに気付いて、えっ、何? という感じで立ち上がる。
そのまま、ダッシュで、大牙虎の群れの中に突入する。
唖然としている、大牙虎の中の、一番大きな個体を蹴り上げる。
『対人評価』で確認したが、レベル12。これまでの最大レベルだ。
そのまま、次にレベルが高い、レベル10を思いきり蹴り飛ばして、近くにいた他の大牙虎もどんどん蹴り飛ばす。
そして、ふっとんだレベル10のしっぽを掴んで振り回し、地面に何度かたたきつける。
大牙虎はおれを囲んでいたが、近づいてこない。
レベル10が、びくん、びくん、と脈うって、目を白くしたので、そのまましっぽを引きずりながら、歩いて村を出て行く。
大牙虎は、おれが近づくと、後ずさりながら、道を開けた。
ずるずるとレベル10が一匹だけ、おれの後ろに引きずられていく。
おれが虹池の村を出て行っても、大牙虎は追いかけても来ない。
スクリーンの赤い点滅は、虹池の村でかたまる残りの大牙虎が動き出さないことを示していた。
森に入って、レベル10を何度か木にぶつけて、絶命させる。
おれは、今夜の肉を肩に背負って、アコンの群生地へ向けて、走り出した。
心の中で、「これが、おまえたちが人間に対してやってきたことだからな」とつぶやいて、おれはさみしく笑った。
・・・動物虐待だよなあ。
大牙虎がこの一瞬の暴力をどう思ったのかは、分からない。
しかし、大牙虎には、おれに抗う術がなかった。
レベル差とは、そういうものなのだと、おれ自身が納得した一日だった。




