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かわいい女神と異世界転生なんて考えてもみなかった。  作者: 相生蒼尉
第1章 大森林編

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第20話:黙っていたのに女神の巫女がそれを許さなかった場合

今回は、ラブです。

 大牙虎は村を攻め落としたら、そこでしばらくは肉を食べ尽くすまで動かない、という行動方針だと今は確信している。偵察隊は派遣するが、本隊は動かない。

 だから、思い切って、しばらくは村の生産力の向上と、各自のスキル獲得のために活動を続ける。

 もちろん、スクリーンでの監視は怠らない。

 でも、戦いだけが人生ではないのだ。


 おれは「食」の充実ばかりに目を向けていたが、おれの足りないところ、特に「衣」の面で、クマラが活躍している。ネアコンイモの細い芋づるから取れる糸は、頑丈でありながら伸び縮みする上に、美しい白さがある。それを量産して、竹の細い部分を利用し、布へと織り上げていく。ウル、スーラ、シエラが、クマラに教えてもらいながら一生懸命に手伝う姿がかわいい。

 繊維用のネアコンイモの栽培は、もはやクマラが中心になって進めていた。食べるよりおしゃれ、という訳ではないが、とても頼りになる。また、クマラは畜産方面でも目配りができており、真っ先に土兎のお腹が大きくなってきたことを見抜いて、報告してくれた。朝の水やりも熱心で、現状、アコンの村の優秀な農産大臣になっている。

 セントラエムと話し合って、水の確保のために、クマラにも「水妖精の袋」をもらった。おれのレベルが上がれば、セントラエムの力が増す。だから、そういうこともこれまで以上にできるらしい。いつもおれが使っていた水袋と同じ物をもらったクマラは小さな声で大きく喜んだ。そして、その水袋の貯水量には呆然とするくらい驚いていた。クマラは、これなら水やりのために走らなくてもいいのではないかといつもの小さな声で言ったが、それは訓練の一環なので続けることにした。クマラは、ツリーハウスの貯水室の責任者も兼ねてもらうことになった。


 「住」では、三軒目のツリーハウスの建設をノイハが頑張った。大牙虎の牙が気に入ったのか、おれの指示通りにアコンの幹を削り、竹を渡して、バンブーデッキを完成させていく。竹板の製作はジルとムッドが競い合うように頑張っていた。

 二分割の竹板で頑丈に作るバンブーデッキとはちがい、八分割と十六分割の竹板を寄せ合わせて作る樹上の屋根は、力がいらない代わりに繊細さが求められる。サーラが教えてほしいというので、作り方を説明したら、ヨルと二人で助け合って、あっという間に完成させていった。村長の娘も、働く力があるのがこの世界だったのか。まあ、役立たずだと、生き抜いていけないよな。


 セイハが土器づくりで、土器を増やしてくれたので、水の保管は竹筒から土器に移行していた。

 土器づくりと合わせて、竹炭や木炭も作ってくれて助かる。燃料の確保は生活の根幹になる。

 土器を使うようになって余った竹筒は、稲作実験での利用へ移行させた。

 これからは、おたまとか、おわんとか、スプーンとかも、土器として焼いてもらう方向で進んでいる。これからは食器革命の時代だ。

 セイハも活躍できてとても嬉しそうにしているが、それをもっとも喜んでいたのはクマラだった。本当にいい妹だ。


 力仕事はジッドとアイラの出番だ。

 畜産場と畑の周辺を整備したかったのだが、何本か生えている木が邪魔になっていた。

 森を荒らし過ぎるというのも気になっていた。それ以上に切り倒すのが面倒だと思っていたのだが、大牙虎の牙を使えば、木を切り倒すことも、残った木の根を掘り出すことも、意外と簡単にできた。

 いや、二人の猛烈なパワーがなかったら、ここまで簡単にはいかなかっただろう。もちろん、おれも手伝ったけれどね。

 倒した木は木材にしたかったが、石斧や牙では限界があった。でかい柱とかには利用できそうだが、アコンの木の樹上生活では不用品だ。結局、石斧や牙で割ったり、削ったりして、薪や木炭にしていった。

 ちょうどよさそうな長さの枝を、銅のナイフで削って木剣にしてみた。ジッドの修行に合わせて、型を教わるのにぴったりの木剣だった。実用性は、ない気がする。ジルやウル、ムッドが貸してほしいと言えば、貸してやった。

 木を倒す作業中、アイラとジッドが何やら密談しているのは気になったが、まあ、それは、実は予想していたことで・・・。


 武術関係の修行で、ジル、ウル、ムッドは拳法の立ち合いを本気で行わせるようにした。目を狙わないことだけをルールとして、あとは金的もありだ。身体の力だけを使う拳法とちがって、剣術や棒術では、さすがに大怪我が心配だったので、まだやらせない。

 セントラエムの助言通り、ムッドが肩と拳を怪我した時に、アイラに神聖魔法を使わせるようにしてみた。おれはセントラエムから教わったように、いや、それ以上に丁寧に、アイラに神聖魔法のスキルを意識させ、女神への祈りを捧げさせた。

 アイラの手から光が発し、ムッドの患部を包みこんでいく。そして、ムッドの怪我が跡形もなく消え去った。

 セイハが、サーラが、ジッドが、驚きの声を上げた。

 ジルやノイハ、クマラはそれほど驚いていない。女神の助けを借りようとすれば、できることなのだろうと、信じているようだ。

 ジルたちはアイラの信仰心を元々認めていたようで、ノイハに言わせれば、アコンの村に来てからのアイラは、ダリの泉の村にいた頃とは、「別人だぜ、あれは」という。

 なんにせよ、毎日のジッドとアイラの真剣勝負で、おれが使わされる神聖魔法とは、消費する精神力のケタがちがうんだけれどね・・・。




 ある日の、食事のとき、ジッドがこんなことを言い出した。

「オーバ。大牙虎が、三つの村を滅ぼした。それで、たくさんの人が死んだ」

 言われなくても、みんな知っている。

 できれば、思い出したくもない。

「だから、我々も、その分、子どもを増やさないといけない」

 おや。

 ここで、そうきたか。

 そういうタイミングがいつか来るとは思っていたけれど。

 ジッドは年齢的に、この若者の村のご意見番だ。

 その言葉には重みがある。

「強い者から、強い子は生まれる。オーバ、早くアイラと暮らすべきじゃないか」

 ノイハとセイハが、おれを見る。

 サーラも、ジッドとおれを交互に見ている。

 クマラは、おれではなく、アイラを見ている。

 アイラは、おれを見ている。

 ジルたち、子どもたちは大人しくしている。ヨルは、どっちつかず、という感じか。シエラは自分のお姉さんのことなので、そわそわしている。

 正直に言えば、異論はない。

 全然ない。

 全くない。

 そもそも、ステータス上では、アイラは既に「后」の地位にある。

 おれに、前世の記憶がないのであれば、こういうことを気にする必要は全くない。

 それはこの世界では、とても自然な、普通のことで。

 人の数は、すなわち、村の力、そのものだ。

 生産力の向上、というスローガンを掲げているのであれば、それは、人口の増大にも当然、貢献するべきだろう。

 しかし。

 しかし、だ。

 この前、セントラエムがいろいろと仕出かしたせいで、クマラはおれの婚約者になってるし、この前からサーラの視線は気になるしで、とってもややこしいことになっている。

 アイラは、当然、わたしはあなたのものです、みたいな顔をしている。

 それも否定はしない。

 アイラは成人で、結婚するのも問題はない。

 おれはアイラにひとつも不満はない。

 セイハが、クマラはどうするんだ、というような顔をしている。というような気がしないでもない。いや、そういう顔をはっきりとしている気がする。

 ノイハも、この前、クマラに一票、投票している。

 みんながおれの答えを待っているようだが、おれはどう答えたものか、熟慮していた。

 そこで発言した者がいた。

 とても小さな声で。

 でも、誰もがおれの言葉を待っていたため、その声だけが、全員に届いた。

「わたし、成人したら、オーバの妻になるように、女神さまから言われていますから・・・」

 クマラだった。

 いや、クマラしかいないだろう。

 それがセントラエムの仕出かしたことなんだから。

 アイラがクマラを見た。

 クマラもアイラを見ていた。

 セイハとノイハは知っていた。

 アイラとジッドは知らなかった。

 クマラが成人したら、おれの妻になるということについては、おれには異論はない。

 成人したら、異論はないのだ。

 不満もない。

 全然ない。

 全くない。

 ここはもう。

 おれは何も言わないようにしよう。

「女神さまが、そう言ったのね?」

 アイラが、クマラに問う。

 クマラはうなずいた。

「・・・それは、そうするしかないわね。じゃあ、オーバの妻はわたしと、クマラで」

 なにいっ?

 どうしてそうなる?

 それでいいのか、アイラ?

 なんでみんな、そんなにセントラエムの言いなりなんだ?

 セイハとノイハの顔が、クマラを見たり、アイラを見たり、おれを見たりと忙しい。

「いや、オーバは大角鹿からも認められた、この大森林の王だ。妻は二人などと・・・」

 ジッドが、立ち上がって言う。「・・・そんなに少なくていいはずがない」

 なあにいっっ!?

 何を言い出してんだ、このおっさんは!?

「虹池の村を守れなかった、情けない男の最後の願いだ。オーバ、頼む。我が妻の妹、サーラを妻に迎えてくれ。それが、虹池の村の血をつなげていく、大切な絆となるのだ」

 そっちもですか!

 サーラがうつむいてしまった。

 いやいや、サーラはまだ確か13歳だよね?

 成人まであと二年、ありますけれど・・・。

 それにさ、いや、ジッドよ。

 あんた、アイラといろいろ、企んでなかったか?

 アイラをおれの妻にしようと、密談を重ねて、そういうことじゃなかったのか?

 それとも、そのアイラすら丸め込んで、サーラをねじ込んできたのか?

「どうか、森の王、オーバ。わたしをあなたの妻にしてください・・・」

 うつむきながら、上目がちに、サーラがそう告げた。

 弱った。

 ジッドが勝手に言ってるって形じゃなく、サーラ本人が口にしてしまった。

 ノイハとセイハが。

 アイラとクマラとサーラが。

 ジッドが。

 無言でおれに返答をせまる。

 困った。

 沈黙は金、じゃないのか。

 雄弁は銀、だろうに。

 微妙な年頃のヨルと、関係者の妹であるシエラは、おれとみんなを見比べてドキドキしている。

 子どもたちは、大人たちの真剣なようすに・・・。

 ・・・黙っているのかと思ったら、ジルが一言、こう言った。

「女神は、オーバの言葉に従え、と言っている」

 ・・・おい、ジルよ。

 本当にセントラエムがそう言ったんだろうな・・・。


 ジルの一言で、どうしても答えなければならないようになったので、おれは言葉を紡いだ。

「・・・アイラは、おれの妻とする。アイラはすでに成人であり、日々の修行で、この大森林を支え、守る力を身に付けつつある。おれに守られるだけでなく、おれとこの村を守る力を磨いている。おれの妻としてふさわしいと言える。女神の信任も厚く、治癒の神術も使えるようになった。ただし・・・」

 嬉しそうに聞いていたアイラは、さっと表情を変えた。

 いや、悪いことを言う訳じゃないよ。

「・・・日々の暮らしは、シエラとともにあること。夜伽は、完成した新居で」

 シエラが、安心したような、満たされた笑顔になった。

 夜伽の部分に過剰に反応するのはノイハだ。

 やれやれ。

 おまえは健全な男子だよ、ノイハ。

 ちらりと見ると、クマラが泣きそうな顔をしている。

「クマラはまだ成人ではない。確かに女神の言葉は重いが、それはクマラを縛るものではない」

 クマラの泣きそうな顔が一段階進化した。

 というか、泣いた。

「クマラは、女神の言葉を受け、女神を信じ、行動することができる。アコンの村の暮らしは、クマラの日々の働きがなければ、支えられないものだろう。もし、クマラが成人したとき、クマラ自身がおれの妻となることを望むのであれば、そのときには、クマラをおれの妻とする。それまでは、クマラはおれの婚約者であり、おれの庇護下にある。たとえ何者であったとしても、おれからクマラを奪うことはできない。成人まで、クマラはおれが必ず守る。クマラ、セイハ、それでいいか」

「はい・・・」

「分かった」

 クマラは涙ながらに短く返事をし、セイハはぶっきらぼうにそう言った。

 これで、妻ひとり、婚約者ひとり。

 サーラが期待に満ちた表情をおれに向けた。

「虹池の村の血を継ぐ娘、サーラ。虹池の村は我が友ジッドが愛した村であり、おれ自身も、虹池の村を大切に思う気持ちを持っている」

 ジッドも、うんうんとうなずいている。

「しかし、サーラはまだ成人を迎えていない。それに、我らの女神の言葉を受けることができない。女神の加護のない者と、女神の加護を受け、その代弁者となるおれが、夫婦となる訳にはいかない」

「オーバ、そんな・・・」

 サーラではなく、ジッドが口をはさんだ。

「ジッド。おれたちは女神に守られてこの森を生きている。心から女神を信じ、女神の加護を得られたアイラやクマラならば、おれは妻に迎えられるが、サーラは、そうではない。サーラの思いは虹池の村にあり、そして、虹池の村の血を継ぐのであれば、その相手は、おれである必要はない」

「女神の言葉を受けられるかどうかなんて、どうやったって、分からないだろう?」

 ありゃ。

 ダメだよ、ジッド。

 ここ、アコンの村は、セントラ教の総本山なんだから。

「ジッド。女神の言葉を受けられる者は誰かなんて、女神がおれに教えてくれる。今、女神の言葉を直接受けることができる者は、ジルやウル、ノイハ、クマラ、アイラだ。女神がそう言うのだから、間違いないんだよ、これは。おれの持つ、治癒や回復の力はあくまでも女神の力を借りたもので、アイラの力も同じこと。女神と共に生きるおれと結ばれたいというのであれば、女神と言葉を交わせる者であることは必要なことなんだ」

 サーラはショックを受けているようだったが、それ以上に、ヨルが落ち込んでいた。妻になるとかそういうことではなく、女神の言葉を受けられる者の中に、自分の名前がなかったからだろう。

 正直なところ、おれはセイハとサーラが結ばれたらいいのに、と思っていた。絶対にそんなことは言わないけれど。

 まあ、そんなことは、本人が決めればいいんだけれど。


 この問答は、おれがこの世界に転生してきて、六十六日目のことだった。

 この晩から、夜におれが新居に行くときは、アイラが付いてきて一夜を共に過ごした。その間のシエラは、ジルやウル、ヨルたちと過ごすのだった。残された方の女子トークがちょっと怖ろしい。

 健全な男子として、おれはまっすぐに生きていきたいと思う。

 いつか、ノイハとセイハにも、お嫁さんを見つけてあげたい。

 心からそう思った。

 ちなみに、アイラと何度そういうことをしても、あの時みたいに、アイラにスキルが身につくことはなかった。セントラエムがそれをとても残念がっていたのが不思議だ。




 次の日から、朝の祈りは、全員が真剣に取り組み始めたように見えた。

 頑なだったセイハも、クマラが女神の言葉に従ってオーバの妻になるのに、兄のおれが女神を信じていないなんてダメだろう、とか言い出して、祈りに参加していた。

 参加していないのは、おれだけだ。

 まるで一番の不信心者は、おれみたいになっている。

 まあ、信仰の本質は、祈ることが大切なんじゃなくて、女神を信じられるかどうか、なんだけれど。

 ジル、ウル、それにノイハは、自分自身が助けられたこと。

 クマラは、大切な兄が救われたこと。

 アイラは、大切な妹と自分自身が救われたこと。

 そのときに、心から、女神の存在を信じた。

 おれの守護神である女神セントラエムは、信じる者しか救わないのだ。

 別に、サーラを妻にしてもかまわなかったのだが、セントラエムのことを信じていないと、結局はうまくやっていけないんだと思う。

 だって、夜中に、夫が宙に向かって独り言を続けるんだから。

 不気味な存在だよ、それは。

 うまく行くはずがないでしょうに。


 おれたちは、日々の生活を工夫して改善し、体を鍛え、文字を学び、計算を覚え、武術を身に付け、大牙虎に備えた。

 二組の土兎から、それぞれ三匹の子ウサギが生まれた日に見た、クマラの最高の笑顔も。

 ついにジッドを打ち負かした瞬間のアイラの荒い息も。

 そういう一日の中の、小さな幸せだった。

 だから、サーラがエランを連れて、花咲池の村に行きたいと言い出したときは、その理由がよく分からなかった。

 本当の理由は、ただの失恋だったのだ。

 その時には気付かなかっただけで。

 凶悪な獣に襲われ、滅ぼされた村から脱出した後。

 圧倒的な力で自分を抱き上げ、安全なところまで走り続けた力自慢の男に。

 助けられた娘が惚れたとして、何の不思議があるだろう。

 おれからしてみれば、心からセントラエムを信じてくれれば、それで全ては解決するはずだった。

 サーラからしてみれば、そのまま自分を受け入れてくれれば、それで全ては解決するはずだった。


 ・・・スグル。あれは、あてつけ、というものです。そう言うことで、スグルの気を引きたいだけなのです。だから、本気で移住したい訳ではありません。きちんと止めてあげましょう。


「セントラエム、そうは言っても、みんながいる前で、あんなに堂々と宣言されちゃうとだな・・・」


 ・・・それは、そうなのですが。


 花咲池の村は、ろくでもない場所だと、おれは考えている。

 アイラの話から、そう勝手に思っているのだけれど、直接、自分の目で見た訳ではない。

 アイラも、止めたいけれど、どうしたらいいのかな、と悩んでいた。

 みんなも、止めたいと思っていた。でも、それと同時に、自分たちが大切に思っている、このアコンの村を否定された気持ちも、持ってしまっていた。

 そこに、サーラの自分勝手な思いが重なり、もつれた糸はほどけないくらい混乱していたのだ。

 結局、おれたちが引き止めようとすればするほど、サーラはそれをはねのけた。

 引き止めなかったのではない。

 引き止めたのに、はねのけたのだ。

 ジッドの説得で、エランはアコンの村に残していくことになった。

 どこの村でも、年長者は、年下の子の面倒を見るようにして育っている。エランの世話ができる者はうちの村にはたくさんいる。

 サーラのような美しい娘が一人で移住するなら、花咲池の村は喜ぶかもしれないが、それがこぶつきだと、移住後の関係がうまく行かないのではないか、というジッドの説得が、最後は届いた。サーラは最後の最後まで、エランを連れて行きたいと言っていた。

 でも、現実として、エランを連れて、エランを守りながら、サーラが旅することは難しい。それも含めて、サーラは泣く泣く、エランのことをあきらめた。

 じゃあ、出て行かなければいいのに、とは誰も言わない。

 特に、アイラとクマラは、サーラに同情していた。オーバへの想いが叶わなかった、もう一人の自分だとでも思っていたのかもしれない。

 結局は、甘やかされた村長の孫、ということかもしれない。

 おれの評価は、残酷だけれど、そんなものだ。

 ジッドに言わせると、ジッドの妻となった歳の離れた姉に、憧れていたからだという。余所者のジッドと大恋愛の末に結ばれた姉。そして、生まれたかわいい二人の甥と姪。サーラには、自分もそんな恋愛をしてみたい、という願望があるのではないか、ということだ。

 そんなにいいもんじゃなかったがな・・・というジッドは遠い目をしていた。

 どうやって花咲池の村に行くのかも、いろいろともめたが、最終的にジッドが護衛として付いて行くことに決まった。

 サーラが花咲池の村へと出発したのは、おれが転生してきて、七十二日目のことだった。


「あの子、大丈夫かしらね」

 アイラがまだサーラのことを心配している。

「本当に。花咲池の村は、まだ大牙虎が来ていないけれど、それでも安全とは言えないはずなのに」

 クマラも、心配している。

 おれは沈黙。

 アイラとクマラが話しているのなら、それでいい。

 わたしたちの村はオーバがいるから安全だけれど、他の村は守りも固められないのに、とか、なんとか、そんな話を続けている。

 サーラが出て行ってから、五日。

 出発前の計算では、明日か、明後日くらいには、花咲池の村に着くはずだ。

 スクリーンに映る大牙虎たちの赤い点滅はまだ動かない。

 アコンの村は、三軒のツリーハウスと、開墾した畑、小さな放牧地、近くの小川と滝、きのこや果物の群生地、竹林で成り立つ村だ。

 それが、昨日から、喜んでいいのか、慌てなければならないのか。

 大きな異変と向き合っている。

 まさに、大きな、異変。

 それはアコンの果実だ。

 大きさは、バスケットボールよりも大きく、形はりんごに似ていて、突然、ぷつり、と枝から離れて落ちる。落ちたら果実は割れて、透明の液体と、オレンジ色のヨーグルトのような液体をアコンの木の根元にまき散らすのだ。

 落ちた果実が頭に当たれば、かなり痛いはず。

 そういう意味では危険なのだ。

 クマラと話し合ったが、アコンの木の根元の土が、植物を育てる肥料としてあり得ないような効果を発揮するのは、この果実が破裂してまき散らされる液体が原因ではないかという結論に至った。

 バンブーデッキの三段目に落ちるときは、まだ落下の加速が足りないのか、割れたりはしない。

 そうして手に入った果実に、大牙虎の牙で穴を二つ、あけて、一方の穴から、中の液体を飲んでみたところ、これがかなり美味しい。

 透明、といっても薄いコハク色という感じなのだが、味で言うなら、桃とりんごのミックスジュースみたいなものか。

 さらにその底にある、オレンジ色のヨーグルト的な液体は、まさに乳性飲料の味がする。しかも、あの飲み物の原液のように濃い味なので、水で半分に割って飲むとちょうどよい。

 まあ、「全てを採り尽くさない」という原則に従い、一日にひとつの木からひとつだけ、採集することにした。落ちて、土の栄養になる分も必要なのだ。果実がどれくらい保存できるのかは分からないが、とりあえず食料倉庫に保存して、一日ひとつ、みんなで分け合っている。

 ちなみに、クマラが実験として、土兎と森小猪にこの果実を与えてみた。といっても、囲いの中に置いた果実をアイラに棒で割ってもらったのだが・・・。

 土兎には特に変化はなく、興味も示さなかったのだが、森小猪は液体に群がり、すごい勢いでのんだのだと言う。土兎の方も、液体が散ったところに猛烈に草が生えてきたので、結果として食事に困らなくなったのだが・・・。そして、森小猪は繁殖行動をはじめたのだ。

 媚薬か何かなのだとすると、人間にはまずいかも、と思ったが、特におれたちには異変がない、というか、疲れが取れるし、目覚めも快適という、薬効があるような果実だった。

 この森は、本当に、奇跡の森なのかもしれない。

 そう思うと、ここを離れたサーラの行動をどう評価すべきか。

 人間とは、いくらでも愚かになることができるのだな、とおれは思った。


 ジッドが戻ったのは、おれが転生してから八十二日目。

 サーラが出て行ってから十日後。

 帰りは、一人だったから、走って戻ったのだという。

 アイラの立ち合いの相手を一人ですると、アイラが負け続けですねてしまうので、ジッドが戻ってきてくれて良かった。

 おれの価値はそんなものか、と笑ってジッドが言った。

 アコンの村は、極めて平和であった。

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