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第18話:女神を懐かしの電報代わりに利用した場合

戦いが続きますが、使える能力が増えたので動きがスピーディーです。

 スクリーンに地図を出したまま、カタメたちを追いかけるように、全力で走る。

 それでも、カタメたちの方が少しだけ速い気がする。やはり、そもそもの種族のちがいが影響しているようだ。

 『高速長駆』は役立つスキルだが、ステータスを確認すると、耐久力だけでなく、生命力や精神力も消耗していることが分かる。こういうスキルのひとつひとつのちがいを把握しておかなければ、命取りになりかねない。

 最優先は生命力だ。これは、その気になれば『神聖魔法:回復』で戻せる。しかし、0になれば死んでしまうし、戦闘でダメージを負って低下した場合に「麻痺」になることもある。どこまで走って、どのくらいで回復させるのか、考えておくべきだろう。

 次は耐久力か、精神力か、判断が難しい。これまでの戦いで大牙虎と戦ったときは、いつも生命力を0まで奪っていた。しかし、精神力や耐久力を0まで追い詰めたことはないし、追い詰める方法も分からない。だから、精神力が0になったり、耐久力が0になったりした場合に、生命力のときと同じように死んでしまうのか、それとも別の、困った状態になるのかは、実は分からない。

 多くのスキルは、意識して使えるが、その場合は耐久力を消耗する。耐久力が足りなくなるとそういうスキルを使えなくなってしまう。

 これまでのスキルの使用感覚では、『神聖魔法』に関連するスキルを使うとき、耐久力だけでなく、精神力も消耗していた。精神力が足りなくなると、治癒や回復ができない、と考えておきたい。

 まずは1時間ほど走って、少し休む。

 水を飲む。

 塩をなめる。

 小さく切った干し肉を食べる。

 そして、こういう休憩ではステータスの数値は回復しないということは分かった。

 スクリーンを見ると、赤い点滅がひとつになっている。カタメたちが群れに合流したのだろう。さっき戦った場所で、おれがカタメたちに出遅れたのは、およそ10分くらいの時間だ。しかも、スピードで負けているから、少しだが離された。

 ・・・まずい。

 カタメたちが合流した後、大牙虎は二つに分かれて動き出した。

 ひとつは虹池の村の方へ。

 もうひとつは、草原に出て、大牙虎が元いたダリの泉の村の方へ。それは、花咲池の村の方とも言える。

 虹池の村へ向かっている群れが草原に出ずに森の中を行くのは、村を奇襲するためだ。しかも、この移動速度は、カタメたちより、少しだけ遅いくらいの速さ。群れの中で一番遅い個体にスピードを合わせているのだろう。それでも、今日中に虹池の村にたどり着く速さだ。

 これは、おれがぎりぎり間に合うか、間に合わないか、運次第というタイミングだ。

 おれは再び走り始めた。


 スクリーン上の地図で、味方を示す青い点滅と敵を示す赤い点滅が重なった。

 大牙虎の群れが、虹池の村にいる。

 縮尺を変えて、確認する。

 赤い光の点滅は7つ。つまり大牙虎は7匹いる。しかも、3匹、2匹、2匹と分かれて、三方から虹池の村を囲むようにしている。

 間に合えっ!

 あれから、休憩なしで走り続けた。

 生命力、精神力、耐久力の消耗は続いている。

 水分補給も走りながらしてきた。

 二つの赤い光の点滅が西から村を襲う。

 二つの青い点滅が、それに応じてぶつかる。

 なぜ、大牙虎は一斉に動かない・・・?

 続いて、東から二つの赤い点滅が村へ侵入していく。

 こっちにも、青い点滅が二つ、応じて動く。

 ダメだ。

 もう三匹、森の中に残ってる!

 虹池の村で戦えそうな成人男性は四人だった。

 時間差で攻められたことで、守るべき女性や子どもたちから、成人男性が引き離された。

 そして、最後の三つの赤い点滅が南側から動き出す。

 人間の村には柵もなければ、堀もない。

 それなのに、獣のくせに策をもって戦う。

 最初に対応した青い点滅が慌てたように戻る。

 おそらく、大牙虎に背中を向けて・・・。

 虹池の村は、混乱の中に落ちた。


 その直後、おれは村のそばまでたどり着いた。村人たちを助けられるかどうか、ギリギリのタイミングだった。その時、村から青い点滅が三つ、森へと脱出してきた。

 それを追ってくる赤い点滅はない。

 一瞬、迷ったが、村へは駆けこまず、脱出した人たちの方へ走る。

 確実な生存者たちを守ることを優先する。そう判断した。

 後から考えたら、村へ飛び込めばあと二、三人、助けられたのかもしれなかったが、そういうことはその瞬間には分からない。

 足音が近い。

 おれは声をかけた。

「大丈夫か!!」

「誰だっっ!!」

 二人が立ち止り、そのうちの一人、男性が身構える。右手に木剣を握り、左腕に子どもを抱いている。

 ジッドだ、間違いない。

「おれだ、オオバだ。すまないジッド。間に合わなかった」

「・・・オーバか」

「ゆっくりと話す時間はなさそうだ。できるだけ森の奥へ」

「分かった」

 おれは、走るスピードをおさえて、先頭に立つ。

 ちらりと見たが、もう一人は女の子だ。

 確か、サーラという村長の孫だったと記憶している。

 ジッドとサーラがついてくる。

 スクリーンを確認する。

 やはり、赤い点滅は追いかけてこない。一番せまい範囲の地図で端に光っている。これまでも、大牙虎は逃げる人間を逃がして、後から偵察隊を送ってきた。今回も、そうするのだろう。

 一度、立ち止って、ジッドを振り返る。

「ここまで、大牙虎が追ってくる気配はないようだ。どうする? ジッド? 逆襲するか?」

「・・・いや、オーバ。それはもう無理だ。村のみんなはあいつらの牙や爪で深手を負った。今さら戻っても、助けられはしないだろう」

「そうか・・・」

 地図の縮尺を操作する。「それじゃ、このまま逃げよう。約束通り、ムッドとスーラはおれの村で預かってる。元気だよ」

「そうか、すまんな・・・」

「それよりも、ジッド。走るのは得意な方か?」

「ああ。昔から、走るのは鍛えてきた」

「じゃあ、大丈夫そうだな。サーラ、だったよな? 走るのは得意か?」

「いいえ、あまり走ったりは、しないので・・・」

「分かった」

 おれはサーラに近づき、さっと抱きかかえた。きゃっ、という小さな悲鳴は無視する。「ジッド、かなり速めに走る。頑張ってついてきてほしい。サーラ、おれの首につかまって」

「ああ、そうしよう」

 おれは全力ではないが、走り始めた。

 ジッドもそのスピードにはついてきた。

 さらに速くしていく。

 それでもジッドはついてきた。

 大したものだと思う。

 『高速長駆』を使って、もう一段階、スピードを上げたら、ジッドをどんどん引き離してしまったので、スピードを落とした。

 ジッドが追いついてくる。

 走ったまま、横に並ぶ。

「すまない、そこまでの速さは無理だ」

「いや、十分だよ。このまま走る。日が暮れるまでに、できるだけ大牙虎から離れておきたい」

「そうだな・・・」

 それから約一時間、おれたちは走り続けた。


 一時間後。

 スクリーンの地図で確認するが、大牙虎は虹池の村から動く気配がない。

 立ち止って、サーラを下ろし、水袋から水を飲む。

 サーラに両手を出させて、そこに水をそそぐ。

 ジッドにも、同じようにする。

「水が、こんなにありがたいとは、な」

「ありがとう、オーバ」

 ジッドとサーラも一息つけたようだ。

 よく見ると、二人とも、怪我をしている。特に、ジッドの背中の爪痕はひどい。サーラは右足から血が流れていた。

「女神の力を借りれば、二人の傷を治せるけれど、治療させてくれないか?」

 驚かせないように、女神の力だと説明しておく。

「女神の力?」

「そんなことまで、できるのか?」

 説明しても驚くのか・・・。

 まあ、説明せずに治療したあげく、疑いの目で見られるよりはいい。

 二人の反応は驚きの声だったが、治療に対する拒絶はないとみなして、『神聖魔法:治癒』のスキルを使う。

 サーラが光に包まれて、足の怪我が消えていく。

 続いて、ジッドが光に包まれて、背中の爪痕が消えていく。

 さらに、『神聖魔法:回復』のスキルも使って、少しだけれど、ジッドの生命力も回復させた。

 サーラのおれを見る目が、信仰の対象のような感じで怖い。

 女神の奇跡を操る、とでも思ったのかもしれない。

 かなり薄暗くなってきていたが、あともう少しは動ける。

「ジッド、あと少し、走ろう」

「分かった。オーバのおかげでまだまだ走れそうだ」

 おれは再びサーラを抱き上げたが、今度は、悲鳴は上がらなかった。




 もうこれ以上、走って移動するのは危険だろうという暗さになって、おれは皿の形の石を用意した。

 その皿石に獣脂をのせて、火起こしを始める。

 火起こしでできた火種を、拾った小枝のはしで皿石へのせると、獣脂に火がついた。

「もう暗くなり過ぎた。走るのは危険だ。ここからは歩く。明かりはこれだけだから、できるだけ間を詰めよう。ジッド、その子はおれが抱いてもいいけど」

「いや、大丈夫だ。心配いらない」

「サーラ、足元に気をつけて」

「はい」

 暗闇の中で、獣脂が燃える小さな光は、まるで人間の弱さの象徴のようだった。

 それでも、闇が濃くなればなるほど、光は確かなものになっていく。

 何度か、獣脂を補充して、二時間は歩き続けた。

「そろそろ、サーラが限界だ、オーバ」

「そうか。じゃあ、ここで野営するしかない。一番安全なのは、木の上で休むことなんだが、練習もせずに、できないよなあ」

「木の上で、ですか?」

 サーラが興味をもったらしい。

「木のぼりの経験は?」

「ないです」

 じゃあ、無理ですよ、はい。

「どうやって木の上で寝るんですか?」

 サーラは知りたがりなのかもしれない。

「二つ方法がある。木の上で枝にまたがって幹にもたれた後、ロープで自分と幹を結びつけるやり方。安全は確保できるが、ぐっすりとは眠れないな。もうひとつはハンモックだ」

「ハンモック?」

「ああ、実物があればすぐ分かるんだけど・・・おれの村に着いたら分かるよ」

 しかし、村が滅んだというのに。

 村長の孫が、あんまり落ち込んでないな。

 ジルやウルも、死に対するあきらめが良かったような気がする。生への執着は強いのに、死んだ人に対しては気持ちをあまり残さないような、そんな感じだ。逆に、アイラのような感じで、父親のこれまでの在り方が、自分たち姉妹の生きる道において障害となっていることを心に引きずっている。ヨルの、自分の責任だ、という感覚も、生きていこうとするからこそ、なのかもしれない。

 死生観のちがいが、日本で生きた前世の記憶があるおれとは、特に差があるのかもしれない。この世界はあまりにも簡単に人が死に過ぎる。

 いろいろ話しながら座っていると、いつの間にかサーラがおれにもたれて眠っていた。

「眠ったか」

「みたいだ」

「すまなかったな、オーバ。おかげで、大牙虎から、逃げ切ることができた」

「いや、それはまだ、分からない」

「どういうことだ?」

「あいつらは、夜でも動けるってことさ」

「そうか・・・」

「ジッド、皿石を持てるか?」

 おれは皿石に獣脂を補充しながらそう言った。

「ああ、大丈夫だ」

「なら、頼む。前を歩いてくれ。おれはまたサーラを抱えて歩くよ」

 ジッドは木剣を腰にさして、左腕に子どもを抱き、右手で皿石を持った。

 まだ歩くのか、などと言わないところがジッドの強さだろう。

 ここが生死の境目だと考えている。

 大牙虎を甘く見たりしていない。

 恐怖をごまかすために、おれとジッドはアコンの森の暮らしのことや草原での暮らしのことを話しながら、森の奥へと進んだ。


 それから三時間は歩いただろうか。

「オーバ、何か、いるぞ」

 ジッドが止まった。

 スクリーンの地図での反応は、特にない。だから大牙虎ではない。

 しかし、前に、光る点がいくつも見える。

 直感で、動物の目の光だろうと思った。

 地図の縮尺を変えて、改めて『範囲探索』を使用する。

 やはり、たくさんの動物がいる。

 黄色の点滅は、敵でも、味方でもない、中立の存在。

 だから、大牙虎ではない。

 大角鹿だった。

 十数匹はいる大角鹿の群れだ。


『女神の加護を得た偉大なる森の王よ。我らの助けを求めるか』


 なんだって?

「オーバ、今、しゃべったか?」

 ジッドがそう聞いてきた。

「いや、しゃべってない」

「そうか。でも、何か、聞こえたぞ」


『女神の加護を得た偉大なる森の王よ。我らの助けを求めるか』


「やっぱり、しゃべったんだろう?」

「しゃべってない」

「でも、聞こえたぞ」

 そう、聞こえた。

 それが、おれでもなければ、ジッドでもないとなると・・・。

 大角鹿が話しかけてきたってことになるようだ。

 しかも、直接脳に響く、この感じ。

 スキルの力、なんだろうな。


『女神の加護を得た偉大なる森の王よ。我らの助けを求めるか』


 やっぱり、そうみたいだ。

 大角鹿が話しかけてきているらしい。

「おれたちを助けてくれるのか?」


『偉大なる森の王の願いならば』


「乗せてくれるといろいろ助かるのだけど」


『それはお安いご用だ。乗るといい。はじめから、そのつもりであった』


 え。

 乗せてくれるんですか?

 それは助かる。

 しかも、ファンタジーだ。

 大角鹿が二匹、おれとジッドの前に進み出て、前足を折ってかがんだ。


『さあ、乗るといい。連れていくのは、大樹の森でよいな』


「大樹の森っていうのは、アコンの木の群生地のことでいいんだよな?」


『この大森林で最も太いのは、大樹しかない。呼び名が異なっても、同じものであろうよ』


 おれとジッドは、それぞれ目の前の大角鹿にまたがった。おれは、サーラを抱き上げていたし、ジッドは子どもと明かりで手がふさがっていた。

 起き上った大角鹿は軽やかに駆けた。

 足を必死で踏ん張って耐える。

 落ちたら、大変なことになりそうだ。


『その娘は、我の背に乗せて、片腕で支えるがよかろうて』


 ああ、なるほど。

 抱き上げ続けたら大変だしね。

 言われた通りにすると、少し楽になった。

「助けてくれて、ありがとう。それで、おれたちに、何を求める気なんだ?」


『恩を受けたままにせぬつもりとは、良き王かな。そういう話は大樹の森まで届けてからでいい、と思っておったが、まあよいか。偉大なる森の王よ。そなたら人間と大牙虎との、このいさかい、どのように終わらせるつもりか』


「どのように終わらせるのかって、言われてもな」


『森に王が現れたことは、人間と話せる者も、話せぬ者も、みな、勘付いておる。我らの力では、王の力にあらがうことはできん。だからこそ、王たるそなたに問いたいのだ』


「大牙虎は、これで、人間の村を三つ、滅ぼした。それを忘れる訳にはいかない」


『そなたは森の王。その気になれば、我らの全てを奪い尽くせる存在。大牙虎は断罪されるということでよいか』


「断罪、ねえ・・・。おれが王かどうかってのは、気になるところだけれど・・・。大牙虎と戦える力があるおれとしては、大牙虎が人を襲う限り、戦うしかない」


『大牙虎が人を襲わなければ、戦わない、ということか』


「それも、難しいな・・・。おれたちも、食うために戦うことだってあるからな」


『ならば、対等』


「そう言われたら、そうだな」


『大牙虎だけを責めることには、ならんのではないか、森の王よ』


「殺すなって、ことか?」


『大牙虎のことまで、我らは気にかけられん。しかし、大牙虎のことは、我らの行く末かもしれん』


「あんたたちの、大角鹿の求める対価は?」


『我らは、滅ぼされることは望まん。森の王の慈悲のもと、対等でありたいと願う』


「対等で、この借りを返せるのか?」


『庇護を求めたとて、食うために殺すのは止められぬのだろう』


「まだ、大角鹿を殺したことはないね」


『しかし、食うために互いに戦うことは否定できん。我らは肉を食わんが、人間たちと肉ではない食べ物を奪い合うこともあろう』


「戦って殺されることは、仕方がないって、ことでいいのか」


『そうだ。しかし、滅ぼされるのは、望まん』


「殺し続けたら、いつかは滅ぼすことになるよな」


『そこに、森の王の慈悲を求めたい』


「ひとつ知りたい。大牙虎とも話はできるのか?」


『それは分からん。我らは大牙虎と話したことはない。ただ、互いに生き抜くために戦うことはあるというだけだ』


「それでも、互いに滅びず、やってきたってことか」


『偉大なる森の王よ。そなたは強過ぎるのだ』


「おれが、この森の調和を乱している、ということだな」


『・・・我らは、大角鹿への、森の王の慈悲を求める。滅ぼされてはかなわん。しかし、殺すなとまでは言えん。我らも食べて生き抜くために、行うべきことは行う。そういうことだ。戦うときには、こちらも手加減などしない』


「・・・分かった。おれが生きている限り、大角鹿を滅ぼすことはない。約束する」


『その言葉、感謝する、森の王よ』


「・・・まあ、大角鹿と言いながら、大牙虎にもそうしろって、言ってるように聞こえるけれど」


『奴らは、王が現れるまで、森の頂点にあった。王が現れ、頂点ではなくなったことを認められぬまま、森をさまよっておるだけだ。力ある王が現れたのだから、あとは王が勝手に決めればよい。我らは大角鹿のことだけを願い、求む』


 あくまでも、大牙虎のことは言っていない、ということか。

 まあ、やりすぎはよくない、と思うが、大牙虎の方も、やり過ぎだ・・・いや、待て。大牙虎は、本当に村を全滅させているの、か・・・?

 滅ぼされた、と言っている三つの村も、必ず、生き残りがいる・・・。

 なぜだ?

 オギ沼の村では、ジル、ウル、ヨル。

 ダリの泉の村では、ノイハ、セイハ、クマラ、アイラ、シエラ。

 虹池の村からも、ジッドやサーラなど、生き残りはいる。

 全滅、というのは、生き残りが一人もいない、ということではない。村で暮らせなくなった、という意味での全滅、だ。滅びたのは村であり、人ではない。

 大牙虎は人間を滅ぼすつもりはない、ということか。

 そうだとすると、それは、何のためなのか。

 おれも、はじめは、大牙虎を全滅させるつもりはなかった。敵対していることは分かっていたが、滅ぼしてしまうより、時折間引いて、食料にできると考えたからだ。竹林の竹を全て切り倒さないことやきのこ類を取り尽くさないことと、ネアコンイモを掘った分だけ植えるようにしていることなどと同じように。

 ノイハは小川で魚を追ったとき、全てを捕まえずに、大きく育った魚を必要な数だけ捕まえさせた。これも、取り尽くさないことで、これから先も魚が食べられるようにという考え方だったはずだ。

 大牙虎の人間に対する考え方も、同じ、ということだろうか。自分たちが食料として生かされているというところには、おぞましさを感じるが、それはおれたちも他の生き物に対してしていることでしかない。

 おれたちが誰かと愛し合い、子を成し、育てて、そして、いつかは大牙虎の腹におさまる。考えたくもないことだが、立場を変えれば同じことをしている。

 それが弱肉強食という自然の摂理か。


『ついたぞ、偉大なる森の王よ』


 大角鹿に声をかけられて、我に返る。

 水音が聞こえる。

 小川の流れと、滝の音。


『そなたらがいつも集まる小川だ』


 なるほど、そういうことまで大角鹿は把握していたのか。おれたちのことも、その他のことも、この森のことなら、おれたち以上に何でも知っているのだろう。

「おれのことを王だと言うが、あんたたちは夜の森の王だな」


『我らはたとえ夜でも、この森の全てを手にしようとは思わぬ。偉大なる森の王よ、この小川を渡ってより先は、そなたら人間と大牙虎のいさかいの場。先程の約束、忘れぬことを願う』


 前足を折ったかがんだ大角鹿の上で、おれはサーラを抱き上げてから、地面に降り立つ。

 どういう意味だ?

 まさか・・・。

 『神界辞典』でスクリーンを開き、『鳥瞰図』と『範囲探索』で大牙虎を確認する。

 アコンの群生地の青い点滅に近づいてくる、赤い点滅があった。

 虹池の村を襲った大牙虎に動きはない。

 花咲池の村の方にいた大牙虎か!

 まさか、最初の偵察隊から全て、おれをおびき出すための罠だったとでも言うのだろうか。

 縮尺を変えて、くわしく確認する。

 大牙虎は五匹いる。まだ、アコンの群生地まではたどり着いていない。

 おれたちが間に合う、このぎりぎりのタイミングを大角鹿は狙っていたのだろうか。もし、大角鹿に乗せてもらわずに、ジッドと歩いて戻っていたら、この時間に戻れるはずがない。そうなると、ジルたちがどうなっていたか、分からない。

 そうだとすると、こいつらもかなりの曲者だということになる。

「これは、大きな借りが、できたみたいだな」


『借りの大小は、そなたが決めるがよい。では、我らは行く。いつか、また会おう、森の王よ』


 大角鹿の群れの気配が、波が引くように消えていく。

 ジッドの持つ皿石の火が消えかかっていた。

 おれはサーラを下ろして、獣脂を取り出し、皿石に追加する。消えかかっていた火は勢いを取り戻した。

 さらに、獣脂を詰めた竹筒と薪を取り出し、竹筒に薪の先端を突き入れて、薪をくるくると回す。薪の先端に獣脂を塗り、浸み込ませる。二本分、そういう状態のまま、竹筒に薪を差しておく。

「オーバ、あの大角鹿たちは、いったいなんだったんだ」

「おれたちとの、共存を願う、森の生き物だな。おれたちと大牙虎との全面的な戦いを見て、この森の生き物たちの行く末を心配しているんだろう。ジッド、すまないが、サーラを起こしてくれ。おれたちの村にも、大牙虎が近づいているようだ」

「何っ!?」

「ここから、おれたちの村までは近い。でも、暗闇では危険だ。火を大きくしてから、移動する。セントラエム、聞いてるか?」


 ・・・はい、スグル。聞いています。


「ジルをすぐに起こして、伝えてほしい。大牙虎が来たから、全員、樹上にのぼれ、と。できるはずだよな?」


 ・・・そうですね。できます。それだけでいいですか?


「ジルはそれでいい。クマラとノイハには、調理室で火を起こして、さっき、おれがやっていたみたいに、薪に獣脂をからめておくように指示をしてくれ。十本くらいは必要だ。それと、おれも、もう近くまで戻っていると伝えてほしい」


 ・・・すぐに伝えます。その前に・・・。


 セントラエムの神術の光がおれを包み、生命力が回復していく。


 ・・・精神力と耐久力は、昨日からの無理がたたって、苦しい状態です。大牙虎との戦いは、十分に気をつけてください。


「ああ。ありがとう、セントラエム」

 おれはセントラエムに心から感謝した。

 皿石の火に、獣脂をねっとりとつけて浸み込ませた薪を寄せる。獣脂が燃えはじめる。しばらくすれば、薪自体も燃え出すだろう。

 起きたサーラに、皿石を持たせる。

 二本目の薪にも火をつけて、ジッドに渡す。

 歩いて行くには、十分な明るさだ。

「小川を渡って、村をめざす。歩いていくから足元は大丈夫だと思うが、大牙虎も近くにいる。油断はできない」

「分かっている」

 ジッドが答える。

「じゃあ、ついてきてくれ」

 おれは先頭に立って、小川へ足を踏み入れた。

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