第17話:女神を心から信じる少女に後押しされた場合
再び、戦いへと動きます。
大牙虎の動きはゆっくりとしていた。夜はそこまで速くは動けないというのも関係しているのかもしれない。
それにしても、夜に動かれるのは面倒だ。
暗闇では、さすがに戦うのが難しいだろう。対策を考えておかないと。
ダリの泉の村を出て、大牙虎を示す赤い点滅は三つに分かれる。
ひとつは、おれたちのいる大森林の中へ。
もうひとつは、虹池の村の方向へ。
そして、もうひとつは、おそらく、花咲池の村の方向へ。
おれの『鳥瞰図』のスキルで、地図を最大にした場合、大牙虎の数までは確認できない。近くまで来たのなら、地図の縮尺を変更して、点滅の数が確認できるのだけれど。
どれが奴らの本隊なのかは分からない。
これまでの傾向から考えると二つは斥候、偵察隊だろう。
こっちに向かってきているのが本隊だったとしても、偵察隊だったとしても、まずい。
本隊だったとしたら、一度に相手をする数が多すぎるから、全滅させられない。おれが殺される、という可能性は0ではないが、低い。これまでの戦いで、おれと大牙虎にはレベル差と能力値の差があることが分かっているからだ。
偵察隊だったとしたら、他の村が本隊に襲われる。そうすると、その村が、これまでの二つの村のように全滅するだろう。それに、本隊が二つの村のどっちを目指しているのかも、分からない。だから、助けに行くとしても、そこに本隊がいない可能性がある。
奴らは、村を襲って、逃げた者を追い、次の目的地を定めている。ジルやウルも、ノイハも、ヨルたちも、追手が付けられていた。おそらく、アイラたちもそうだったと考えられる。
おれたち人間より知力の高い、獣の群れ。
それがどれほどの脅威か。
おれがこのアコンの群生地に転生してきて、大森林の奥地から姿を消した大牙虎の群れ。
だから、大森林の奥地に逃げたジルとウルへの追手の数は多かったのかもしれない。
奥地に突然現れた、怖ろしく強い気配を感じる何かと戦う可能性を踏まえて。
そして、実際におれと戦い、完敗して逃げ帰る。
次にアコンの群生地へ向けたのは、三匹でのただの偵察隊。
戦う気はもともとなく、いざというときには逃げるつもりだった、というところか。
ところが、アコンの群生地に着く前に、虹池の村から戻ってきたおれとの遭遇戦となり、全滅。意図的に全滅させようとしたおれにはめられて。
それに、オギ沼の村で見つけた大牙虎の骨。人間の村を襲えば、群れから犠牲が出ることも分かっているはずだ。
アコンの群生地に向かうなら、最大戦力として本隊を動かす可能性は、ある。でも、低い。これ以上群れの数が減らないうちに、アコンの群生地を攻めようとしている、という考えもあり得る。でも、今さら本隊で攻めるのなら、最初に逃げたりしないだろうって思う。だから、こっちに来るのは偵察隊だと考えていい。ついでに言えば、本隊だったとしても、おれなら追い払えるから関係ない。
ヨルたちを追手としてつけ回し、虹池の村を見張っていた三匹の大牙虎。
そのうち二匹は倒したが、カタメという名を持つ一匹を逃がした。
虹池の村の位置は奴らに把握されているものの、大牙虎を倒す力がある人間がいる、と思われているはずだが・・・。
ここを先に狙うか、後回しにするかは、五分五分。それは、花咲池の村も、同じ。
アコンの村を守りつつ、他の村を助ける方法は、あるのか・・・。
翌朝、いつも通りに、女神に祈りを捧げ、あの体操をして、パンチアンドキック。
それから、その場で集会を開いた。
朝になって、大牙虎は動きを止めている。
今回は、夜に動くつもりらしい。
夜襲をかけられたくはないから、どこかでこちらから仕掛けるべきだろう。
「大牙虎が動き出したと、女神からのお告げがあった」
そう伝えたら、全員が黙った。
二つの村を滅ぼした大牙虎は人間にとって、脅威である。
おれが何匹も倒しているとはいえ、脅威であることに変わりはない。
まあ、倒してしまえば、美味しい食料なのだが・・・。
「ここへ、来るの?」
ヨルが不安そうに問う。
「ここにも、向かっているのは間違いない」
「ここに、も?」
その一文字に反応したのは、クマラだ。
「どうやら、大牙虎は三つに分かれて行動しているらしい。それぞれ、ここと、虹池の村、花咲池の村を目指している。どれが一番大きな群れかは、分からない」
「おれたちのところに来るのが大きな群れの可能性もあるのか」
セイハも不安そうだ。スキルとレベルの話をしてから、セイハは自分が弱いということに悩んでいるようだった。さらに大牙虎との戦いにはトラウマがある。まあ、それはおれの責任だけれど・・・。
実際のところ、アコンの村で大牙虎と戦えるのはアイラだけだろう。そのアイラでも、戦えるのはあくまでも一対一の状況でなら、というくらいか。ノイハは、この前から弓の練習でずば抜けたセンスを見せているが、接近戦は絶対にさせられない。もし、虹池の村のジッドがいたのなら、アイラとジッドが前に出て、後ろからノイハが矢を射かけるという戦い方もできるのだが・・・。
アコンの村にこもって、籠城戦をするというのなら、十分に戦えると思う。しかし、こちらから出向いて正面から戦うのは、おれにしかできない。
「オーバ、お父さんは、大丈夫かな・・・」
スーラがいつの間にか、おれの腕を掴んでいた。ムッドも、じっとこっちを見ている。
おれは、大丈夫だ、と言おうとして、思い止まった。
本当に大丈夫なのか?
そんなことはないと思ったから、虹池の村でジッドに避難するように持ちかけたのだ。
昔、前世で教師をしていたおれは、もっと簡単に、大丈夫だ、ってことを言っていた気がする。
でも、今、ここでは、言ってはならない。
真剣なスーラやムッドに、気休めはいらない。
「実は、ジッドには、ここで一緒に暮らそうって言ったんだ。でもな、ジッドは虹池の村を守らないといけないから、スーラとムッドのことはおれに頼むって言った。約束通り、おれはこの村でスーラとムッドを守る。だが、ジッドが虹池の村で戦って、大牙虎から生き残れるかどうかは、おれにも分からない」
「お父さんは、強い。村では誰も、かなわない・・・」
ムッドがつぶやくように言う。
「ああ、そうだな。ジッドは強い。でもな、ムッド。大牙虎も、強い。大切なのは、相手の強さを見誤らないことだろう?」
「・・・オーバ、お父さんを助けて・・・」
スーラの言葉に、返事ができない。
おれたちのところにも、虹池の村にも、大牙虎は向かっている。
自分たちを守らずに、他人を助けることはできない。
「ジッドさんは、このへんじゃ、知らねえ奴はいねえ、木剣の達人さ」
「わたしもジッドさんのことは聞いたことがあるわね」
セイハとアイラが発言した。「そんな人でも勝てないって言うのね?」
「・・・ドラハが三匹がかりで、血だらけんなって、殺されちまったよ。牙は鋭いし、それに爪もめちゃくちゃいてぇ。どっちにしても、死んじまう深手になんのさ」
ノイハが珍しく、重々しい口調で話している。「村じゃ、ドラハはアイラん次に強かったさ。それでも、ダメだった。おれに、逃げろって叫びながら・・・」
「じゃ、オーバなら勝てるっていうのね?」
アイラがおれをちらりと見て、ノイハに尋ねる。
「・・・そりゃ、何度も目の前で見たしな。オーバはあいつらが三匹同時にかかってきても、おれが知ってるだけで、三回はボコボコにしちまったよ。オーバはドラハの何倍もつえー。それは間違いねえなあ」
「ジルは、オーバがあいつらを七匹、この森から追い払うのを見た。そのうち二匹は倒して食べた」
「オーバが大牙虎より強いのは、間違いないよ」
ノイハとジル、セイハがおれの強さに太鼓判を押す。
「じゃあ、オーバとわたしとノイハで、大牙虎の退治に行く。みんなはこのアコンの家にこもって、出ないようにする。それでどう?」
「いや、アイラやノイハは、あいつらと戦えるかもれないけど、ここに残された者たちがあいつらと戦う力がない者ばかりというのは不安が大きいよ」
アイラの作戦に、セイハが異を唱える。おれを数に入れんな、とノイハが小さくつぶやく。
「・・・それなら、オーバとわたしとノイハが行くのは変わらないけど、大牙虎の数とかが確認できたら、戦いはオーバに任せて、わたしとノイハがこの村に戻る。オーバは虹池の村を助けに行くっていうのは?」
「オーバがこのところ、おれたちが行くところへ芋づるのロープを結んでいるのは知っているだろう、アイラ。あれは、おれたちがこのアコンの木の家で暮らすために、迷わずにここまで戻ってこられるように、道しるべとして結んでいるんだ。大牙虎とどこで戦うことになるかは分からないけれど、オーバと離れたら、この森の中で、迷わずにここにたどり着ける自信はあるか?」
セイハは重ねて、アイラの作戦に異を唱える。
「・・・できないわよね。そもそも、わたしはシエラを連れて、この森で迷って怪我をしたところでオーバに助けられたんだもの。ノイハも、無理なの?」
「この森は、奥にいると、景色が変化しねえんだよ。広過ぎんだよな。似たような木が多すぎる。虹池の村からここまでやってきたときにもさ、セイハとそういう話はした。この森の奥で、迷わずに行動できんのはオーバだけさ」
「・・・わたしたち、オーバに頼ってばかり」
クマラがいつもの小さな声で言った。
うーん。
頼られるのは構わないし、それだけのレベル差が明らかにある。
でも、それがみんなの、負い目みたいになるのは、やめてほしい。
おれは、もう、見えないセントラエムに話しかけるだけで、自分以外は誰もいない、転生したばかりの頃の生活になんて、戻りたくはない。みんながいてくれて、幸せなのはおれの方だ。
「・・・ごめんなさい、わたしが、いけなかったの・・・」
突然、ヨルがそう言った。
みんなの注目が、ヨルに集まる。
「わたしが、あのとき、干し肉を・・・」
「ヨル? 何の話だ?」
セイハが、疑問をぶつける。
確かに、何を言いたいのか、よく分からない。
でも、まずい話のような気がする。
「わたしが、オギ沼の少し奥の方で・・・」
ヨルが涙まじりに話し始める。
女の子が語るときは、泣きながらというのがたまにある。
これはそのひとつだが、いわゆる、「罪の告白」だ。
あの日。
オギ沼の奥、森に少し入ったところの木の下で。
ヨルは、とても小さなかわいい動物を見つけた。
それは、とてもかわいい赤ちゃんだったのだが、体のサイズに不釣り合いなほど大きな牙が生えていた。
木の根元あたりが、くり抜かれたように空洞になっていて、その中に隠れていたという。
近づいてみたら、二匹いた。
でも、警戒して、外には出てこない。
とてもかわいい。
触ってみたい。
どうすれば、出てくるだろうか。
ヨルが思いついたのは、食べ物でおびきだすことだった。
オギ沼のなまずを釣るときも、カエルなんかをエサにおびき出してから、捕まえていた。
走るのが得意なヨルは、全力で村へ戻り、祖父が隠していた土兎の干し肉を手に取った。
そして、赤ちゃん大牙虎のところへまた走って行き、二匹がまだ木の根元の空洞の中にいることを確認すると、少しずつ干し肉をちぎって、置いていく。
五、六回、ちぎって置いたくらいで、ふらふらと赤ちゃん大牙虎は出てきた。
二匹がヨルに近づいてくる。
最後は、手に持った干し肉のかけらを与え、そのまま赤ちゃん大牙虎を一匹、抱き上げた。
赤ちゃん大牙虎の抵抗はなかった。
かわいい。
それだけしか、考えていなかった。
赤ちゃんがいた木の向こうで、物音がするまでは。
現れたのは大牙虎。
おそらくは、この子たちの母親。
思わずヨルは走って逃げた。
走るのは得意。
でも、赤ちゃんは両手に抱き上げたままだった。
オギ沼のほとりを全力で走りながら、追いかけてくる大牙虎を見る。
一匹、二匹、三匹、四匹と、どんどん数が増えている。
手にもっている赤ちゃんが原因だと気づいて、慌てて放り出す。
落ちて転がる大牙虎の赤ちゃん。
走って逃げるヨル。
ヨルが放り出した赤ちゃん大牙虎のいるところを通り過ぎても、大牙虎の動きは止まらなかった。
どうして、と思うが、考えている余裕はなかった。
ヨルは助けを呼ぶ。
叫びながら、オギ沼の村へ駆け込む。
大人たちが出てくる。
そこへ次々と大牙虎が飛びこんできて・・・。
そして、村は滅亡した。
「だから、オギ沼の村が全滅したのも、ダリの泉の村が全滅したのも、わたしのせいなの」
ヨルの涙が止まらない。
誰も、何も言わない。
別にヨルのせいではない。
そんなことは、みんな分かっている。
でも、ヨル自身がそう思う限り、それはヨル自身の中で真実となるものだ。
まあ、ヨルの言葉通りだったとすれば、そもそも大森林の奥地から大牙虎が出ていったのは、おれが突然現れたせいなので、泣いて謝らなければならないのはおれの方だろう。
おれは、そのことを自分からみんなに告白するつもりは一切ないけれどね。
その時、口を開いたのは、ジルだった。
「オーバ。この村は大丈夫。女神さまが守るって言った。だから、スーラのお父さんを助けてあげて」
「ジル・・・」
本当にセントラエムが話しかけたのか、それとも、ジルの優しい嘘なのか。
おれ以外に言葉をかけるときのセントラエムの声は、おれには聞こえない。だから、その部分の真実は分からない。
でも、スーラやムッドの気持ちも、ヨルの気持ちも考えて、小さなジルがそう言うのなら。
ジッドを助けに行くしかない。
それに、ジッドの力は借りたいしな。
大牙虎による被害には、おれ自身も責任を感じない訳じゃない。
「分かった。でも、この村を守る準備をしてから、おれは行く。みんな、手伝ってくれ」
まずは小川で、投石用の石集めだ。
大き過ぎず、小さすぎず、樹上から投げ落として、大牙虎に小さくてもダメージを与えられるサイズのものをたくさん集める。
目標としていた二百個の石を集めて、アコンの群生地へ戻る。
樹上に持って上がるのに何往復ものぼったりおりたりしなければならなかったのが大変だったが、籠城戦になればこれが子どもたちでも扱える中心的な武器だ。ただし、バンブーデッキの下に入られたら、狙えなくなるけれど・・・。
続いて、竹の伐採。もちろん竹林までは走った。
いつもより多めに切り倒して、アコンの群生地に運ぶ。
今のメインは細くなっていく竹の先の方から矢を作ること。
作業の人手は余るので、ついでに二分割の竹板も製材しておく。
ノイハの弓の腕なら、大牙虎を追い払うことができると思う。
それから、ネアコンイモの収穫だ。
いつもなら五日に一度、アコンの木一本分の周囲にあるだけを収穫しているのだが、種芋の芽が十分に育っていることもあったので、籠城が長引いた場合に備えて、今回はアコンの木三本分を収穫し、そこに種芋を植え直した。
太さの違う芋づるように使う種芋も、アコンの木の根元に使ったのだ。
折れた木の枝や木片、薪になるようなものは大量に拾ってくる。
水は竹筒全てに満たした。
それから、おれがいない間の活動の確認ときまりをつくった。
子どもたちは全員、木のぼりロープを常備すること。
ツリーハウスの根元以外では基本的に地上で活動しないこと。
どうしても必要があってツリーハウスを離れるときは、年長者がアイラを護衛にして二人で行動すること。
祈り、体操、その他の鍛練と、文字の勉強を必ず毎日すること。
そんなことを話し合って決めた。
おれが戻るまで、または十日間は、基本的に樹上生活をする。
まあ、大牙虎は、今回夜間行動をとっている。
昼間に、うかつなことをしなければ、おれが戻るまでくらいは大丈夫だと思う。
おれは、みんなの見送りを受けながら、お昼前にはアコンの群生地を出た。
出発後すぐは、歩きながらのスキル使用だ。
『神界辞典』でスクリーンを出して固定、『鳥瞰図』で地図を広げて、『範囲探索』で大牙虎の現在地を確認。
アコンの群生地を目指している赤い点滅以外は、大森林の外縁部の草原との境目の森の中にいる。一方はダリの泉の村と虹池の村との中間地点くらいにある。もう一方は、花咲池の村にかなり近づいたところにある。もともと、ダリの泉の村から、花咲池の村の方が近いのだから、その差は当然のことなのかもしれない。
昼間は休んで、夜中に動く。
人間とちがって、暗視能力があるからだろう。
だから森の奥へと入ったところにいる赤い点滅も、今は動きがない。
最初の狙いはこいつらだ。
うちの村をターゲットにしたことを後悔させてあげよう。
地図の縮尺を変更して、狙いを定めた大牙虎だけを含む地図にする。
スクリーンは消さずに、『高速長駆』で走る。
どんどん赤い点滅へと近づき、その度に縮尺を変更する。
三回目の縮尺の変更で、赤い点滅が三つあることが判明した。
偵察隊だ。
本隊じゃない。
さらに走って、トータルで約二時間。これ以上縮尺を変えられないというところまできて、止まる。地図の端に赤い点滅が三つ。そこから最大範囲へ地図を広げて、大牙虎全体を確認。二時間前と変化はない。再び最小範囲の地図にして三つの赤い点滅を確認。
木のぼりロープを使って樹上へ移動。もちろんロープは回収。
『跳躍』スキルで、木と木の間を跳び移り、大牙虎へと近づいていく。五メートルくらいは楽に跳べるから、スピードを考えなければ、けっこう便利な移動方法だ。
大牙虎三匹を目視で確認。
木の根元で、体を横たえて休んでいる。野営の仕方は人間と変わりない。
『対人評価』でチェックする。
名前:大牙虎(固有名なし) 種族:猛獣 職業:なし レベル7
生命力92/95、精神力30/33、忍耐力45/49
筋力34、知力58、敏捷40、巧緻21、魔力15、幸運14
一般スキル・基礎スキル(3)、応用スキル(2)、発展スキル(1)、特殊スキル(1)、固有スキル(0)
名前:大牙虎(固有名なし) 種族:猛獣 職業:なし レベル9
生命力125/130、精神力45/50、忍耐力58/62
筋力45、知力63、敏捷51、巧緻25、魔力20、幸運16
一般スキル・基礎スキル(3)、応用スキル(3)、発展スキル(2)、特殊スキル(1)、固有スキル(0)
名前:大牙虎(固有名:カタメ) 種族:猛獣 職業:なし レベル7
生命力92/95、精神力30/33、忍耐力45/49
筋力36、知力59、敏捷42、巧緻20、魔力15、幸運15
一般スキル・基礎スキル(3)、応用スキル(2)、発展スキル(1)、特殊スキル(1)、固有スキル(0)
カタメがいる。
確か、虹池の村の近くで戦ったときに、逃がした奴だ。
固有名があったので印象に残っていた。
ステータス値をいちいち覚えていないが、レベルが上がっている気がする。
もう一本、なんとか大牙虎に近い木へ跳び移りたいが、そうするとさすがに気づかれそうだ。そこまで行けたら、樹上から跳び降りて奇襲ができるのに。
思いつきが浮かんだので、かばんから石をひとつ、取り出す。
その石を大牙虎たちの休んでいるところから五メートルくらい離れたところを狙って投げる。
石が接地するタイミングと合わせるように、隣の木へ跳ぶ。
石が落ちた音に大牙虎が反応し、警戒するが、頭上に近づいたおれには気づかない。
おそらく、樹上は奴らの意識の外にあるのだろう。
思ってもいないから、分からないのだ。
大牙虎は警戒しつつ、あたりをうかがうけれど、何も見つからない。
しばらく大人しく待つ。
そうしたら、大牙虎は、もともといた根元で、再び体を横たえた。
第一目標は、レベル9だ。できれば、ここで三匹は全滅させる。
もう一度、かばんから石を用意する。
同じように、石を投げて・・・。
それに合わせて跳び降りる。
落ちた石の音に反応して大牙虎がそちらに意識を向けた瞬間。
樹上からの落下エネルギーを加えたおれの両足がレベル9の背中をとらえた。
ぎゃう、という悲鳴のようなうめき。
着地、というか着虎の反動で後ろに倒れたおれは後転して立ち上がり、身構える。
スクリーンでレベル9の生命力が七割削れたことを確認して、スクリーンを消す。クリティカルヒットという奴だろう。
ここからは戦いに集中だ。そう考えた次の瞬間、カタメともう一匹のレベル7が顔を見合わせ、そのまま反転して逃げていった。
逃げる判断が早過ぎる。
できれば全滅という目標は、これで無理になった。
しかも、逃げて行く二匹とおれの間に、弱ったレベル9がのそりと割り込んだ。
仲間を減らしたくない、ということか?
それは、裏を返せば、群れの仲間が減ってきている、ということでもある。
大牙虎レベル9の生命力は残り35だった。
どんなスキルがあるかは分からない。
レベル差からすれば楽勝だが、油断はしない。
サイズが、大きい。
どうやら、大牙虎はレベルが上がると体格もよくなるらしい。
最初に戦ったレベル7やレベル6は、シェパードくらいのイメージだったが、こいつはもう、ゴールデンレトリーバーみたいな感じがする。
おれも大牙虎も、お互いに動かない。
もうカタメたちは見えない。
かばんから、棒を取り出す。不思議なことに、入るはずがない長さのものも、このかばんには入れられるのだ。こういう部分はファンタジーだ。
アイラの構えを真似て、大牙虎レベル9と向き合う。
棒を構えたおれに対して、大牙虎レベル9は大きく吠えて威圧してくる。
もちろん、『威圧』スキルがレベル9にあったとしても、おれには効果がない。
・・・ん、これは。
あれだ。
弱い犬ほどよく吠える的な奴だ。
実は、さっきのダメージが大きすぎて、仲間を逃がすのが精一杯だったのか。
おれは一瞬で大牙虎レベル9の前に踏み込み、跳びかかろうとしてきた大牙虎の右前脚を蹴り上げて、棒を横薙ぎに振り回した。
レベル9の横っ面がふっとぶ。
そのまま回転して左肩あたりにもう一発。
さらに回転しつつ、上段に振り上げて、レベル9の脳天へ振り下ろす。
『「戦闘棒術」スキルを獲得した』
スキルを獲得したらしい。
まあ、それを狙ってはいたんだけれど。
ふらついたレベル9が倒れ伏して、ふー、ふー、と息を吐いている。
同情はしない。
弱肉強食のこの世界。
おれたち人間も、弱ければ喰われてしまうのだ。
おれは、何度も、レベル9の頭を棒で打ちすえて、殺した。
木の枝に放り投げた木のぼりロープを大牙虎の後ろ足にしっかりと結び、ぐいっ、ぐいっと持ち上げていく。
逆さ吊りになった大牙虎の首を大きく切る。
血が、流れ出てくる。
今、この場で解体まではできないけれど、こうして血抜きだけをしておけば、あとからまだ食べられるんじゃないかと思う。皮をはがずに。
熟成肉みたいになるといいが・・・。
もったいないが、これを持ち帰っている時間はないだろう。
とりあえず、血抜きは大切。
作業を終えて、水を飲む。
『神界辞典』でスクリーンを出して固定、『鳥瞰図』で地図を広げて、『範囲探索』で大牙虎の現在地を確認。
・・・カタメたちの移動速度が速すぎる。『高速長駆』のスキルがあるのか、それとも種族固有の速さがある上に『長駆』のスキルがあるのか。
カタメたちが目指しているのは、虹池の村の大牙虎の赤い点滅だ。
そうすると、虹池の村を狙っているのが本隊、ということだろうか。
あまりにも早かったカタメたちの逃げる判断。
カタメに会ったのは二回目だから、それは不思議じゃない、とも考えられるけれど。
逃げる直前の、顔を見合わせたような二匹の動きが、気になる。
お互いに何かを確認するような・・・。
大牙虎が確認するようなもの・・・。
おれ、か。
もう一匹が、アコンの群生地で最初に戦ったときに、逃げた一匹だったとしたら。
カタメが虹池の村の近くで出会った、単独で大牙虎を倒せる存在と。
アコンの群生地にいた、単独で大牙虎を倒せる存在が。
同じ人間なのか、別の人間なのか。
確認したかった、ということか。
もし、この予想が正しかったとしたら、まずい。
虹池の村が、あそこには脅威がないと思われて、襲われてしまう。
おれは、『高速長駆』を強く意識して、走り出した。