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第16話:女神との対話で考えてきたことを説明した場合

村は農業革命中です。

 昨夜、クマラがおれの婚約者になってからセイハのところへ戻った後、気まずそうなノイハをひとにらみして、『鳥瞰図』と『範囲探索』で大森林とその周縁での大牙虎の動きがまだないことを確認した。寝る前は積極的にスキルを使う。『対人評価』でみんなの状態も確認する。一晩眠れば、消費した精神力や忍耐力は回復するし、意識して使えるスキルは、できるだけ使った方がスキルレベルが高まるという見解を既にセントラエムと一致させていたからだ。

 これまでのみんなの話を総合して、逆算すると、大牙虎の今後の動きも予想できた。

 オギ沼の村が大牙虎に襲われて、全滅したのは、おれが転生してから十一日目だという計算結果が出た。そして、ヨルやノイハ、セイハ、クマラの話から、ダリの泉の村が襲われたのは、おれが転生してから三十一日目、オギ沼が襲われてから二十日後だ。

 オギ沼の村を襲った大牙虎は二十匹以上だったという。それがおよそ二十日も、オギ沼の村を根城にしていたとすれば、そこで殺した人たちを食べ切るのに、それだけの時間がかかったということだ。

 オギ沼の村は三家族の村で、ダリの泉の村は七家族の村。大牙虎の数はおれが倒した分も含めて、減っているはずだから、ダリの泉の村で殺した人たちを食べ切るのは、オギ沼の村の時よりも時間がかかるはずだと考えられる。実際、ダリの泉の村が襲われてから十五日以上経つが、大牙虎の群れはダリの泉の村だと考えられる地点から、微動だにしない。

 少なくともあと五日以上、長ければあと一か月くらいは、このまま動かない可能性がある。偵察隊だけは出すかもしれないけれど、本隊は動かないというのは確信している。

 だから、アコンの村を発展させることに集中できる時間がある。ここで、食料確保に力を入れたり、訓練をしたりして、この期間におれたちも大牙虎と戦えるように対策を立てないといけない。アイデアはあるが、どこまで実現できるのかは、努力次第だ。




 翌朝、おれが転生してから四十八日目。

 いつものように女神への祈りを終えて、あの体操を始めようとしたジルが腕を前から上にあげて背伸びをしようとした瞬間、おれは全員に呼びかけ、話を聞くようにうながした。

 すぐに全員が、座っておれの話を聞こうとしている。

 今から話すのは、おれが知っているこの世界のしくみについてだ。

「大事な話だから、しっかり聞いてほしい。もし、途中で知りたいことや分からないことがあったら、遠慮なく口に出してくれたらいい」

 ジルを筆頭に全員がうなずく。

「みんな、何か、得意なことをそれぞれ持っていないか?」

「お、あるぜ。おれは狩りが得意だ。この前も、土兎や森小猪をみんなで捕まえるのに、おれの話が役に立ったろ?」

「お兄ちゃんは、土器づくりが上手」

「それしかないけど・・・」

「わたしは棒術よね。ま、それでもオーバには全く相手にされないけど・・・」

 ノイハ、クマラ、セイハ、アイラがそんな感じで応じる。

「ヨルも、遠くへ走るのが得意って、言ってたよな?」

 おれはヨルに問いかけた。

「うん。走るのは好き。遠くまで走っても大丈夫」

 ヨルは答えながらうなずいた。

「こういった、みんながそれぞれ得意なことを「スキル」という。ノイハにはおそらく狩りのスキル、セイハには土器づくりのスキル、アイラには棒術のスキル、ヨルには走るスキルがある」

「スキル・・・」

 ジルが復唱する。

「そうだ、スキルだ。人間は七歳になると、何かスキルが身につく。それは本人が得意とするものだ。そして、そのスキルを活かして、それぞれの人生を生きていくことになる」

「七歳・・・。ジルはまだ七歳じゃない。スキルがないの?」

「そうだな、ジルにはまだスキルはない。七歳になったらスキルが身につくよ」

「わたしにも、あるのかしら・・・」

 クマラが小さな声で言う。

「もちろん、あるさ。クマラはとても賢いから、何か、そういうスキルが必ずあるはずだ」

「どういうスキルがあるかは、分からないのか?」

 セイハが質問してくる。その乗り出し具合が、興味を強く持ったことを表している。

「どういうスキル、というのはおれにはよく分からない。でも、一応だが、おれは、誰が、どの種類のスキルをいくつ持っているか、ということは分かる。あ、おれがそんなことが分かるというのは絶対に誰にも言わないように」

「分かった」

 ジルが真剣にうなずく。

「なんで言っちゃダメなんだよ?」

 ノイハが疑問を口にする。疑問は口にしないと伝わらない。これは大切なことだ。

「ノイハ、スキルというのは、その持ち主の力、そのものだ。その人の強み、と言ってもいい。生き抜いていくための武器、とも言える。だから、自分がどんな武器をもっているのかってことは、誰と争うことになるか分からないこの世の中では、できるだけ隠していた方がいいことなんだ。その方が、いざという時、有利になるからだ」

「言うと、不利になるってことか?」

「そうだ。敵対する相手に自分のスキルを知られてしまったら、対策を立てられてしまうだろう。そうすると、命を落とす可能性が高くなっていく」

「なんとなくだけど、分かった気がするな」

 ノイハがうなずく。

「つまり、オーバは、わたしたちのスキルを確認するスキルを持っているってことでしょう?」

 やはり、クマラは賢い。

「そうだ。だけど、そのことを誰にも言わないこと。これを忘れないでほしい。もちろん、自分の得意なことも、仲間以外にはできるだけ隠すこと。他の人の得意なこともね」

「しかし、得意なことは、自然と分かることだろう?」

 セイハが言う。「この中におれより上手に土器を作る者はいないんだから、おれは土器づくりが得意ってことは分かってしまう」

「ある程度、そういう得意分野が他の人に伝わるのは仕方がない。でも、それを誰かにわざわざ話さなくてもいいってことさ」

「お兄ちゃんが土器づくりを得意としているのは、お父さんが土器作りを得意としていたから・・・スキルって親子で似たりするのかしら?」

 クマラが首をかしげながら、小さな声で言う。

 おれへの質問という訳ではないようだが、答える。

「身近な人に教えてもらうことは、そのスキルが身につき易くなることだとおれは考えてる。セイハとクマラのお父さんは土器づくりが得意で、セイハも得意だというのは、そういうことだろう。クマラはお父さんから教わったのか?」

「わたしは教えてもらってない・・・」

「あ、だからわたしに、ムッドたちに棒術を教えるように言ったのね」

「教えてもらうことで、スキルが身につくかもしれないからな」

「この前、竹のところまで、走らされたのも、それか・・・」

 セイハがつぶやく。

「がんばる・・・」

 ウルが短く、でも、強く、決意を言葉にする。

 ジルもうなずいている。

「そして、そのスキルっていうのは、同じものを持っていても、その人、その人で、差があるんだ」

「・・・お兄ちゃんもお父さんも土器づくりのスキルを持っているけど、お兄ちゃんよりも、お父さんの方が土器づくりが上手ってこと?」

「そうだ。それは、スキルレベルの差だ。得意なことが同じだったとしても、そこに差があるのは当たり前のことだろう? スキルは慣れて、使いこなしていくことで、より力を発揮する。そうして高まっていく。努力を続ければ、スキルレベルはどんどん高くなる」

「スキルレベル、ね」

 アイラが考え込む。「得意なことをどんどんやっていけば、もっともっと得意になっていくってことよね」

 年少組は真剣に聞いている。分かりやすく話したいが、それにも限界はある。でも、これからの毎日でやること全て、自分のためだと理解して行動してほしいから、伝わらないこともあるかもしれないが、しっかりと話していく。

「スキルを身に付けて、スキルレベルを高めれば、生き抜いていける可能性も高まる」

「しかし、土器づくりが得意だってだけでは、大牙虎とは戦えないと思うが・・・」

 セイハが自己分析をして言う。

 まあ、その通りだ。

 だから、いろいろな訓練が重要になる。

 できるだけ、たくさんのスキルを獲得させるために。

「もうひとつ、大切なことがある。それは、レベルだ」

「レベル・・・スキルレベルとは、違うものなのか?」

 セイハがこの話にとても喰いついている。いい傾向だ。

「少し、ね。おれたちは、いくつかのスキルを持っていて、その数は人それぞれだ。そして、その人が持つ、スキルの数が、その人のレベルということになる」

「スキルの数が、レベル・・・」

 ジルが復唱する。

「レベルの違いは、その人の生命力、精神力、忍耐力の差となって、現れる。スキルがひとつ、という人のレベルは1とすれば、生命力は10という感じになる。スキルが二つある人は、レベル2になって生命力が20というように増えていく。スキルが三つある人は、レベル3になって生命力は30という感じになる」

 おれはレベルについてそのまま説明を続けた。

「レベルが高くなることは、生命力を高めるのだから、生きていくために必須となる」

「それで、毎日、おれたちにいろんなことをさせていたんだな」

「そういうセイハは、あんまりやらないけどな」

「うっ・・・」

「お兄ちゃん・・・」

「毎日、拳法の修行をしたり、文字を書いたり、走ったりするのは、全てスキルを手に入れるため。スキルさえ手に入れば、それがレベルを高め、生命力を高める。そして、生き抜くことができる」

 おれは全員をゆっくりと見回した。

 みんな、真剣にうなずいた。

「だから、これからは、体操も、修行も、できるだけ真剣に頑張ってほしい」

「はい!!」

 元気良く、ジルが返事をした。


 それからの訓練は本気度がこれまで以上だった。

 やはり、説明して正解だった。

 これまでとは違う竹林まで走っても、セイハは文句を一言も言わなかった。

 一生懸命、竹を切り倒す。

「これも、スキルが身につく可能性があるからな」

 そういうだけで、どんな作業にも力が入るようだ。

 こっちの竹林はまだまだ豊富に生えているので、たくさん切り倒す。

 そしてそれを村まで運び、分割する。

 新居の一段目を完成させ、小川に移動する。

 かまどを子どもたちが用意して、クマラとアイラがイモスープの準備をする。火起こしはセイハとノイハがやった。

 上流の滝に移動して、二分割して節を削った竹の水道を設置していく。急流にならないように、地面に突き刺した竹の高さは少しずつ下げている。滝に直接は設置しないで、短い二分割の竹を用意して、取り付けたり、取り外したりできるようにした。

 途中で90度、水道が曲がり、そこからは実験用の水田まで、竹の水道をつなげた。

「ノイハ、短い竹を取り付けて、滝の水を流してくれ」

「おう、任せろ」

 ノイハの声がした後、水音が近づいてきた。

 90度に曲げたところで少しこぼれるが、実験用の水田に水が入っていく。

「わあ・・・」

 スーラが嬉しそうだ。水遊びが好きだからかもしれない。

 流しそうめんの会場のような水道だが、これで水田が潤うのなら十分だ。三十分もすると、二メートル四方の実験用水田に水が満たされた。ここの土が水となじんでいくように、水温がこれで少し高くなるようにしておきたい。

 それから三十分くらい、網や縄梯子を作るなど、いろいろな作業をしながら様子を見たが、水が抜けて行くこともない。排水路は用意してあるが、竹板と石で堰き止めてある。

 並行して、新しい実験用水田も耕してある。竹板が足りないので、水はまだ入れられない。

 戻って、出来上がったスープを食べながら休憩させる。

 その間におれは『高速長駆』で下流へ走り、根元から刈り取った稲を五十束くらいと、スイカをひとつもぎとって戻った。

 スイカはとても好評だ。

 食事中に、刈り取った稲を脱穀して、種もみは竹筒へ入れた。

 食後は、土兎と森小猪の様子を確認し、雨よけに使った竹板を減らして、その代わりに稲わらを並べた。いずれ乾燥して、屋根代わりになるだろう。雨よけには少し弱いが、日除けには丁度よい。

 竹板はそのまま、新居の建築に流用する。三段目の床板兼屋根にするのだ。

 一人では苦労した樹上間の吊り橋づくりも、これだけの人数がいれば、ロープや縄梯子を投げ渡すことで、簡単に作れる。やはり人手は力だ。

 まだ屋根はないが、晴れているなら、樹上のスペースは三つ増えたことになる。

 また小川に移動して、棒術の修行や文字の学習をする。ジルやウルに教わったカタカナをみんなが確認し合って書きとっている間に、ジルやウルには、おれが漢字を教える。日本語も少しずつ、教えている。『南方諸部族語』とか、『神聖語』とかのスキルがあるんだから、文字や言語の学習はスキル獲得の可能性を秘めているはずだ。いつかは、『神界辞典』に書かれている文字も教えて、『神聖語』も勉強していきたい。

 棒術はアイラがみんなに教えているが、おれも見よう見まねでやってみて、棒を振り回している。これを続けて棒術のスキルが身に付いたとしたら、さらに、そこから剣術とかに発展しないだろうか、とたくらんでいる。一時間ほど棒術をみんなに教えたら、アイラはおれに挑戦し、もてあそばれて敗北するというのが棒術の修行の流れだ。アイラと手合わせするとき、おれは棒など持ってはいないけれど。

 滝シャワーは男が先、女が後、と決めた。ノイハの強烈な希望でそうなった。たぶん、濡れた身体にはりつく服が透けて見えそうだから、先に水を浴びて、後から戻ってくるようにさせた方が乾かないと考えたのではないだろうか・・・というのはおれの思い込みかもしれないが。

 寝る前にセントラエムに話しかけたら、普通に会話ができたので安心した。昨日のクマラのことでずっと話せなかったら困るので、本当に良かった。

 しかし、クマラのことはあきらめたようだが、今度は、アイラと二回目を! とか言い出したので、それも華麗にスルーしておく。まあ、アイラとなら成人同士、合意があればおれもそのつもりがない訳じゃない。おれにだって人間らしい性欲はある。

 そう考えると、ノイハやセイハは、どうなんだろうか。当然だが、滝シャワーにあれだけ反応するノイハに性欲がないはずがない。

 いつか、二人にもいい相手が見つかるようにしないといけない。

 周縁部の二つの村を大牙虎から救って、交流できる人間を増やさなければ、二人のお嫁さんを見つけられなくなるかも、などと考えてしまった・・・。




 次の日も、その次の日も、さらに次の日も、もうひとつ次の日も、アコンの村での生活向上を一番に考えて、いろいろな作業を重ねた。

 きのこ類の採取地や岩塩の採掘地への、道案内ロープを張ったし、岩塩掘りはかなり真剣にやった。最初に石斧でやった時よりも、大牙虎の牙がある今は簡単に岩塩が採れた。

 周辺の探検により、どう見てもパイナップルだよな、という果物を発見した。他のみんなは、それが食べられるし、美味しいなんて、その見た目から、全然信用しなかったけれど。パイナップルは群生していたので、ここにも道案内ロープをつないだ。

 それとうるしの木も発見した。これで、接着剤的なものが手に入った。幹に傷をつけて、樹液を竹筒に入れる。

 接着剤代わりのうるしはすぐに使った方がいいと思ったので、河原での隙間時間に、弓を作った。

 既に用意していた、太さが足りずに建築資材としての竹板には使えない、竹の上部の細目のところから割っておいた材料を利用した。

 幅3センチ、長さ50センチくらいのものを核に、その中央部分に長さ10センチくらいのものを腹同士でうるしを塗って合わせた後、細い芋づるでぐるぐると巻いて結ぶ。ここが弓手、つまり左手で握るところだ。長い方が内側で、細い方が外側になる。反対にすると反り易いが、弓は弱くなってしまうだろう。

 さらに長さ30センチくらいのものを二本用意して、それぞれに弓弦をかけられるくぼみを削り、まずは上部に10センチ分だけ腹合わせでうるしを塗って、ここも芋づるでぐるぐるに固めていく。同じように下部10センチ分だけ腹合わせでうるしを塗って、ここも芋づるでぐるぐるにする。

 これで中央に反りにくい背中向きの部分と、上部と下部には反りやすい腹向きの部分ができた。上部に細い芋づるから作った弓弦をかけて、大木に押し当てながら、弓をくねらせて下部にも弓弦をかけてみた。なかなかの張りで、素引きしてみると、いい反発力を感じた。

 同じく竹の上部の細めのところから、矢も何本か用意した。鳥の羽が手に入れば、矢の直進性もより高くできるから、日常的に意識して探すように全員に頼んだ。

 羽のない矢で試射してみたが、かなりの張りの強さで、飛んだ矢の速さは驚くほど速かった。飛距離は20メートルなら平行で飛んだ。斜め上に発射すれば40メートルくらいは届いた。

 そこからは的当て遊びのような、弓の修行も始まった。

 材料はあるので、一日にひとつずつ、弓を作っていった。

 アコンの木三本を吊り橋でつなぎ、樹間には三段のバンブーデッキを用意した新居が完成した。

 樹上は三本とも屋根が設置されているし、バンブーデッキの三段目は床板兼屋根で、雨漏り対策も十分にできている。

 残念ながら、みんなと離れるのはさびしいからという理由で、新居に移り住みたいという村人はいなかったので、来客時の宿舎として機能させることにした。これもまた残念なことだが、大森林の深部にあるアコンの村には、誰も訪ねては来なかったのだが・・・。

 結局、時々、おれが一人で寝るようにしている。

 小川では下流へ一人で走って行って、稲とスイカを手に入れるのが日課になっていた。今では竹板は一本で、稲わらの屋根が土兎と森小猪を守っている。

 その土兎と森小猪だが、土兎が囲いの中の草を食べ尽くしたので、クマラの意見に従って、森小猪と土兎の位置を反対に入れ替えてみた。

 すぐに土兎は、森小猪が土を掘り返したために、埋もれてしまった草や葉を引っ張り出しては食べていた。森小猪は土兎が食べ尽くして土色に変えたスペースを掘り返して、何か、おそらく、根だと思うが、掘っては食べ、掘っては食べ、と囲いの中を耕している。

 土兎は全自動雑草取りで、森小猪は全自動耕運機である。ここはいずれ、囲いの竹を動かして、畑にする予定だ。そうすると、また別のところに畑の用地ができることだろう。

 栽培実験室では、種もみから芽が出て、稲の苗が着実に伸びてきている。田植えもあと数日でできるだろう。

 栽培実験室のネアコンイモは大量の芽を出していた。おかげで、ネアコンイモの収穫は遠慮がいらない。収穫後はすぐに次の種芋を植えられるのだ。もちろん、芋づるの長さを変えて、芋づるを利用するために植える分も十分に確保できている。

 クマラは、細い芋づるの皮をはいで、その内側の白い繊維を丁寧に引き裂き、長くて白い糸を作り出した。やっぱりクマラは天才なんじゃないかと思う。

 そのやり方をジル、ウル、ヨルに教えて、たくさんの糸を確保し、布を織り始めた。そして、ネアコンイモの芋づるの性質なのか、頑丈な布ができてきた。

 服にするには少々肌触りがよくないが、袋やかばんにするには最高の強度がある。服にしたら防御力が高くなりそうではあった。

 毎朝、毎昼、毎晩、大牙虎の動向はスキルで確認しているが、やはり動きはないようだった。




 おれたちの暮らしに大きな異変をもたらしたのは大牙虎ではなかった。

 それは、咲き始めたアコンの木の青い花とピンクの花、そして、それに集まるハチだった。

 樹間バンブーデッキの三段目や樹上には、昼間は全く近づけなくなった。二段目でさえ、ハチに襲われるかもしれないと思ったくらいだ。まあ、日中はほとんどツリーハウスにはいないのだから、怖いのは朝の寝起きの時だった。

 ハチが大量発生して猛威をふるっていた期間は、おれとノイハとセイハとムッドの男組が新居の一段目で、クマラとジル、ウル、ヨルが西階の一段目、アイラとシエラとスーラが東階の一段目で寝ることになった。

 ハチは五日間、猛威をふるったが、それでハチの期間は終わった。アコンの二色の花は散り、その花びらを地面に落ちる前にいくらか回収した。アコンの花びらには、毒消しの薬効があることが『神界辞典』で分かっていたのだ。なぜか、一度地面に落ちると効果が失われるらしい。

 ハチの猛威の最終日、夜の『対人評価』で、クマラのレベルが2から3に上がっていることが分かった。何かは分からないが、スキルを獲得したらしい。いい傾向だ。

 いつか、ハチの巣のありかを突きとめて、蜂蜜を手に入れたいと思った。

 花が散った後のアコンの木の枝には、実がなり、その実は毎日毎日、次第に大きくなっていった。

 その頃には実験用水田は田植えが終了していた。片方はそのままで、もう一方にはアコンの根元の土を少し混ぜてある。

 小川の下流の合流地点では、大きな魚を追いつめて捕まえた。

 ノイハの指示で倒木と石を用意した支流へと、下流から網で魚を追い、支流をある程度遡らせたところで、その上流に倒木と石でダムを造って流れを変え、一気に水量を減少させると、干上がった川底で体をくねらせる大きめの岩魚が二十匹以上いた。

 実に分かりやすくて上手い魚の捕まえ方だった。

 ノイハの指示でおれたちは、そのうち十一匹を捕まえると、残りは大きなやつも小さなやつも見逃してやり、再び水を流した。

 ウルがどうして全部捕まえないのか、と聞くと、

「全部捕ったら、二度と魚が食べられなくなっちまうんだ」

 ノイハが優しい笑顔でウルにそう教えた。

 狩りでのノイハはまるで別人のようにかっこいい。これこそ、ノイハのスキルの効果と言えるのかもしれない。

 魚はものすごく美味しかったので、いつかまた、捕まえたいものだ。




 そして、おれがこの世界に転生して約二カ月、正確には五十九日目の夜。

 ついにダリの泉の村から、大牙虎が動き出した。

 また、あいつらは食べ尽くしたのだ。

 今度はダリの泉の村人たちを・・・。


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