第131話:老いた天才剣士は重要人物 異変問答(2)
アイラに頬をぶたれたオーバは目を見開いた。
「アイラ・・・」
「ぐずぐずしないっ! もう一発いるのっ?」
「いや、でも、まだこの内乱が・・・」
「そんなことはもうどうでもいいわよ! それはもともとトゥリムがしなきゃいけないことよ。そうでしょ?」
アイラはそう言い放って、ちらりとトゥリムを見た。
トゥリムは慌ててうなずいた。
「オーバだって、トゥリムがすることだって思ってるから、これまでずっと裏で動き回ってるんでしょ? もう王都を落とすところまで、一通りの作戦は決まったし、トゥリムがそれをやってのけなきゃ、そこから先がなくなるわよ」
アイラの言う通りだとおれも思う。
トゥリムがこの先、この国を動かしていくのだというのなら。
これはトゥリムが成し遂げなきゃならない戦いだ。
それに、オーバがいないってのは、不安がないわけじゃないが、それでもここまで準備が整っていて、おれたちにはできないなんて言いたくない。
「・・・アイラ、落ち着きなって」
ノイハがそこに割り込んだ。
・・・おれはまた出遅れたのかもしれない。
さっきからまだ一言も、何も言えないままだ。
ノイハとアイラは、もともとダリの泉の村で暮らしていた同郷の古馴染みだ。
「・・・落ち着いてるわよ・・・これでも」
「オーバが心配してんのはさ、この内乱のことだけじゃねーって」
「何よ、それ?」
「そーだろ? オーバ?」
アイラには答えず、ノイハがオーバをまっすぐに見つめる。
・・・珍しい。
ノイハはいつも飄々としており、笑顔を絶やさない。
こんなに真剣な顔で、しかもオーバにまっすぐ向き合うなんて、あの時以来かもしれない。ノイハが「三本之矢」のスキルを身に付けて、オーバに手合わせを挑んだ、あの時以来だ。
ノイハらしくないようすが、事態の重さを予感させる。
「ノイハ・・・」
オーバの方が顔をそらした。
・・・ますます、クレアの身に起きた何かが、重大なことなのだと思わせられる。
さっきまでいろいろと言っていたアイラも黙る。
「トゥリムぅー、カリフと少し、外で待っててくんねぇーか?」
ノイハが顔をそらしたオーバを見つめたまま、そう言った。
それは、おれとアイラ以外には聞かせられない話になるという意味だ。
おれは、ごくりと唾を飲んだ。
トゥリムとカリフが静かに天幕を出ていくと、ノイハは敷布を取り出して広げ、おれたち全員に座るように首を動かして促した。
おれとアイラがそれに従って座ると、オーバも、どこか、何かをあきらめたように敷布の上に腰を落とした。
カリフはまだしも、トゥリムを外させるってのは、よっぽどの内容だ。
アイラにも、内容は分かっていないみたいだから、ノイハとオーバだけで通じ合う話。
・・・あれか。
何年か前、まだ辺境都市と関わるよりも前に、オーバとノイハで大草原の猛獣地帯と呼ばれる危険な地域を探索して回ったことがある。
そのときのこと、なんだろうな。
そういえば、クレアがアコンにやってきたのは、オーバとノイハが探索から戻ってすぐのことだった気がする。
ノイハがオーバだけを見つめて、口を開いた。
「これからクレアんところに行くってのは、小竜鳥の岩山の、『向こう側』へ行くっつー話になるんじゃねぇのか、オーバ?」
「・・・そういうことになる」
少しだけ間を置いて、オーバが答える。
「そこに、クレアはいるのね?」
アイラの心配はクレアのことらしい。
「・・・おそらく、そのはずだ」
「なら、行って、オーバ。クレアのところに」
「・・・まー、これがさ、そう簡単じゃねえっつーか、うーん、なんつーか」
「どういうことだ、ノイハ?」
よし。
言えた。
とりあえず、一言はなんとか言えた。
・・・いや、年寄りはなんというか、少しでも発言して立場を保ちたいところがあるんだ。
もちろん、これが重大な話だってことはおれも理解している。
だから、ここからは神妙に聞く姿勢で臨む。
「この国の内乱なら、オーバがいなくてもさ、確かになんとかなるかもしんねーし、失敗しても別にかまわねーんだけど、オーバの行き先があの『向こう側』っつーんなら、それは、まずいよなぁ」
「『向こう側』の何がまずいのよ?」
「忘れたのかよ、アイラ?」
ノイハに視線を向けられて、アイラが首をかしげる。
アイラがノイハをじっと見つめて・・・しばらくするとオーバに視線を移した。
「小竜鳥の岩山の『向こう側』って、ひょっとして、あのときの・・・」
「思い出したみてーで安心した。これで分かっただろ?」
「ええ、そういうことね・・・」
・・・すまんが、分からん。
どういうことなんだ?
・・・だが、年寄りはこういうときに分かったフリをしてしまって素直に聞けない。
「『向こう側』っつーのは、それがオーバだったとしてもさ、危険過ぎんだよな」
「・・・だから、あのときみたいに、女神さまは分身すら残すことができないのね。オーバを守るために全ての力が必要になるから」
「ああ。今はアコンにもさ、アイラのそばにも、クマラのそばにも、他んとこにも女神さまの分身がいて見守ってくれてんだ。でも、オーバがそこに行くとなると・・・」
「あたしたちは女神さまの分身に見守ってもらえないわね」
「・・・だな。そーすっと、この先、いろんなことが起こっても、女神さまを通じて伝えてもらえねぇんだから、オーバの心配は、この国の内乱っつーよりも、アコンのみんなのこと、だよな、オーバ?」
ノイハの言葉に、オーバがゆっくりとうなずいた。
ノイハとアイラは通じ合っているし、おれも、女神さまがいなくなるという不安は伝わった。
だが、『向こう側』というのがよく分からん。
「・・・あのときはまだ、サクラがおなかにいたわね。クマラと二人で織機を使ってたら、女神さまから突然、オーバが危険だから村のことはまかせますって言われたわ。そうね、それからオーバとノイハが戻ってきて、しばらくしてクレアがアコンに住みだしたわ。うん、覚えてる」
サクラが生まれる前の話?
かなり前だな。
・・・灰色火熊がアコンを襲って、おれは出遅れて何もできずに、灰色火熊を倒したジルとクマラにいろいろ言われたあの頃のことか。
なんでああいう苦い記憶はしっかりと残るんだろうか。
いや、まてよ。
何か、ノイハがみんなに話してたような気がするんだが・・・。
確か、小竜鳥にぶら下がって空を飛んだって話あったよな? あれは・・・。
「赤竜と、青竜の話・・・だな」
思い出した。
オーバとノイハは、大草原の探索の終わりに、竜を見たって話だった。オーバからは聞いたことがなかったが、ノイハはよく子どもたちにおもしろおかしく話してたな。
・・・まさか、あれ!
本当の話だったのか!?
ノイハがぺらぺらしゃべって、オーバが何も言わないもんだから、てっきりノイハの作り話だと思ってたんだが。
・・・いや、作り話ではないというのなら。
いくつか思い当たることがある。
大草原の氏族たちに古くから言い伝えられてきた話。
「大草原の西の果ては、大草原氏族たちから『竜の狩り場』と呼ばれている。馬や羊が竜に喰われるって言い伝えがある場所で、どの氏族も西の果てには近づかない」
「そんな話があったのね」
「今はもう、アコンや辺境都市との交易がどんどん盛んになっているからな。大草原からは南や東に向かっても、西へ行くことなど考えもしないんだろう。こういう言い伝えも、薄れてしまったのかもしれんな。オーバはクレアのところ、つまり竜の住処へ行くんだな。確かに危険過ぎる話だ」
「・・・それならなおさら、クレアのところにはオーバしか、行けないじゃない。こっちはあたしたちでもできる。必ずトゥリムを王にして、スレイン王国を安定させ、アコンからカスタまでの交易の結びつきを強めてみせるわ」
「ああ、トゥリムのことは任せろ、オーバ」
・・・おれもようやく、いいことが言えた。
「そうよ。あの頃よりも、あたしたちはずっと強くなってるわ。アコンだって、ジルもいれば、クマラもいるもの。ウルだって。オーバが戻るまで、あたしたちでアコンは守る。大丈夫よ」
おれとアイラが、オーバの後押しをする。
おれたちにスレイン王国の内乱は任せて、オーバはクレアの無事を確認してくればいい。
「そうだろう、ノイハ?」
おれはノイハにもオーバの後押しをしてもらおうとしてふり返った。
ノイハはまっすぐにオーバを見つめている。
「ノイハ?」
「どうしたのよ?」
別に、ノイハとオーバはにらみ合っているというわけではない。
ただ、こんなに真剣なノイハは、おれにとっても、昔なじみのアイラにとっても、とにかく珍しいのだ。
オーバもまっすぐノイハを見つめ返している。
しばらくたって、オーバがふぅと息を吐く。表情は、ずいぶんと柔らかくなったように思う。
「気づいているんだろ、ノイハ?」
「・・・何が?」
「言わない気か? その顔で?」
「言っていーのかよ? 本当に? この二人がいるところでさ?」
「ノイハが今まで隠してくれてたことは、感謝してるんだ。だけど、今は、おれがクレアのところに向かうとして、アイラとジッドがそのことに納得するには、隠していてはダメなんだよ」
「隠してたって、わけじゃねーよ・・・」
「そうなのか?」
「ああ。なんとなーく、そうじゃねーかなー、とは思ってたんだ。でもなー、それがはっきりそーなんだなーと思ったのは、スレイン王国に来てからさ」
「こっちに来てから?」
「・・・カスタっつー町だっけ? あっこに立ち寄って、町ん人から聞いたからな」
「・・・なるほど」
何だ?
オーバとノイハは、互いに納得しているみたいなんだが。
おれとアイラは完全に置いてかれている。
「オーバ? ノイハも? あたしには話が見えないのよね? 何のことなのよ?」
アイラがそう言った。
おれも、まったく同じ気持ちだ。
だから、その、ノイハの返答に。
おれとアイラは、驚くしかなかったのだ。
「アイラ。クレアは竜だ。人間じゃねーんだよ。そんでも、アイラはオーバに、クレアの無事を確認しに行けーって、言えんのかよ? アコンの守りを弱めて、オーバを危険にさらすんだぞ?」
「ノ、ノイハ? 何言ってるの? 何の話よ、それ?」
アイラは、ノイハの言った言葉が理解できていない・・・もしくは想像できない、のかもしれない。
それはおれも同じだが・・・。
クレアが竜?
ノイハは何を言ってる?
そんな話が理解できるわけがない。
どこからどう見てもクレアは人間だ。
確かに赤い髪と赤い瞳は珍しい。
クレア以外におれは見たことがないといえばその通りだ。
でも、クレアは人間だった。
竜ってのはあれだ、大草原を流れるスレイン川に棲んでて、川に近づいた人間を喰っちまう、なんとかってのに姿が似てるって話だ。なんだったか、ワナだったか、ワノだったか。
クレアは間違いなく美女。
そんな人食いの猛獣に似ているはずがない。
「言い伝えで聞いた竜とは、トカゲの頭に角、背中に翼、太くて長い尾にはトゲ、二本の後ろ足で立ち、腕はそれほど長くなく、手足の爪は全てを切り裂き、その牙は全てをかみ砕く。体を覆う鱗は頑丈で、翼をはためかせて空を飛び、口から炎を吐く、という。クレアには、何ひとつ、あてはまらんぞ、ノイハ。どちらかというとクレアは人間の中でもかなりの美女だ。赤い髪や赤い瞳は確かに珍しいが」
おれはノイハに、言い伝えで聞いた竜について教えた。
・・・言い伝えなので、もちろんおれは見たことなどない。
ノイハが見たというのなら、そっちが本物なんだろうけれど・・・。
「・・・そーだな。あんとき見たんは、そりゃー確かに、そういう感じのバケモんだった。口から吐き出されて大きく広がるあの炎なんてよ、二度と見たくもねーな。女神さまが守ってくんなかったら死んでんよ、今ごろさ。そんなんが赤いのと青いので二頭、どでかい奴さ。思い出しただけで震えてきやがる。ま、あんときも、まともに動けなかったくらいだもんな。オーバはあんときゃ赤い竜を蹴り飛ばしてっけど・・・」
「クレアはジッドの言う通り、そんな姿をしてないわ。あたしから見てもとっても美人よ。オーバが妻に迎えるのも当然の」
「人間の姿をしているから人間ってのは、そういうもんじゃねぇーだろ? 女神さまだって、その姿だけなら人間とはそんなに変わらねぇーよ」
「でも、女神さまは金の髪に、瞳だって綺麗な碧で・・・あ・・・」
「・・・今、アイラが言ったままさ。髪の色や瞳の色がおれたちとちがうってのは、女神さまみたいにさ、それなりの理由があるんじゃねぇーか?」
「・・・クレアの髪や瞳が赤いから竜だというの?」
「それだけじゃねーけど、見た目については、まぁ、そーだな」
「・・・クレアが竜だなんて話は、そんなことくらいでは信じられないわ」
アイラが目を細め、ノイハを見据えた。「それに、クレアが人間ではなく竜であったとしても、オーバにはクレアのところに行ってもらうわよ」
「・・・んだよ? 竜でもって言えんだな、アイラは?」
「竜とか人間とかじゃないわ。友達なのよ、もう。クレアは友達なの。この何年かで、何回、手合わせしてもらったと思うのよ? ・・・オーバにはダメだって言われてたから内緒だったけど、クレアは嫌な顔ひとつしないで、いっつも相手にしてくれたわ。あたしが強くなれたのは、クレアのおかげ。手合わせだけじゃないわ、いろんな話もした。あたしだけじゃない。クマラだって、ナルカン氏族のライムだってそうよ。辺境都市のキュウエンなんてクレアのことをどれだけ慕ってるか。ノイハはちがうの? クレアは仲間じゃないというの?」
「・・・おれはさ、足が震えんだ、クレアを見ると。もちろん、仲間だとは思ってんだ。でも、それでも怖いんだよ。竜と直接向き合ってねぇからな、アイラは。初めてオーバがアコンにクレアを連れてきたときから、ずっとだ。あんときからずっと、クレアを見ると、あのでっかい竜のことを思い出しちまう。アコンじゃ、おれにしか分かんねぇんだよ、そのことはさ、たぶん・・・」
アイラとノイハが言いたいことを言い合って、それから黙り込んだ。
おれはちらりとオーバを見た。
オーバはどこかすっきりしたような顔をしている。
・・・そこだけで判断すると、ノイハの言っていることが正しい、という結論になる。
クレアは、竜、なのだ。どこからどうみても、人間にしかみえないのだとしても。
おそらく、アイラも、おれと同じように、オーバのようすでノイハの話が正しいと気づいている。
それでもアイラは、クレアのことを心配している。
クレアが竜であるかどうかは、アイラにとって関係がない。おれも、どちらかというとアイラに近い。そもそも、クレアが竜だったとしても、もう何年もアコンで一緒に暮らしてきたのだ。人間として。今さら竜だと言われても、それで何かが変わるとも思えない。
ノイハにとっては、そこがちがう。おそらくノイハにとって竜は恐怖そのものだったのだろう。竜と対面したときに心に刻まれた恐怖が、クレアは竜だとノイハに直感させたのかもしれない。ノイハはそこからいろいろと考え、多くの話を聞いて、クレアは竜だと結論付けた。そして、そのことを自分だけで抱え込んできた。
クレアがアコンに溶け込んでいたからこそ、ノイハは悩み続けたのだろう。
クレアは竜だとノイハは言った。だから、オーバを行かせる必要はない、という含みをもたせて。
クレアが竜でも関係ないとアイラは言った。大切な友達で、仲間なのだと。
おれも、アイラに賛成だ。だから、今さら、クレアが竜かどうかを確認する必要はないのだろう。
しかし、気になる。
クレアが竜である、と仮定して。
ふたつ、不思議に思うことがある。
どうしてオーバはこれまでクレアを戦場で戦わせなかったのか?
今回、クレアを包んでその姿を消し去った光は何か?
・・・このふたつが、クレアは竜だということをオーバに認めさせてしまうのかもしれない。
それでも、気になる。
何か重大な・・・。
「オーバ、さっきから、黙ったままだな。何も言うことはないのか?」
「ジッド」
「ひとつ、教えてほしい」
おれは、オーバへの質問をひとつにしぼる。
「なんだ?」
「クレアが消えたとき、クレアを包み込んだという光、あれは何だ? あれは神聖魔法の癒しの光ではないんだろう?」
「あれは・・・」
オーバは言いにくそうに、一度口を閉じた。
おれは待つ。
おれの問いかけに、ノイハとアイラもオーバを見つめた。
ほんのわずかな時間なのに、沈黙が長く感じる。
だから、次に出たオーバの言葉は重い。
「あれは、魔法の光だ、ジッド」
「魔法? しかし、神聖魔法ではないんだろう?」
「・・・神聖魔法以外にも、魔法は、ある」
ノイハとアイラが目を見開いた。
おれも驚いた。
オーバがアコンのみんなにも教えていない、新しい事実。
神聖魔法以外の、魔法がある、ということ。
・・・そして、それはおそらく、ノイハの言う「向こう側」とやらで使われているのだろう。
「・・・オーバは、それを、使えるのか?」
「・・・いくつかは、な」
「そう、か。それを隠していたのは、その、神聖魔法以外の魔法ってのが・・・」
どっちだ、オーバ?
危険なものだから?
それともおれたちには使えないものだから?
・・・その魔法がオーバやクレアにしか使えないものなのだとしたら。
オーバは何者なのかという話になってしまう。
「・・・危険なものだから、なのか?」
「・・・そうだ。それも、それが広まったら、この世の中を完全に、まったくちがったものへと変えてしまうくらいに、だ」
「どういうことだ、オーバ?」
おまえはすでに、この世の中の戦いってものを完全に、まったくちがったものへと変えているだろうに。
あぶみ、騎馬隊、テツの矢、長槍隊、集団戦法。
おれは実際に、目の前で見てきた。
間違いなく、この内戦を終えたら、スレイン王国は大きく変わっていくはずだ。おれたち、大森林に暮らすみんなが変わってきたように。
「その、神聖魔法以外の魔法というもので、オーバは何ができるんだ?」
「・・・前の戦いの時に、辺境伯の兵士たちを二十人くらい、大きな炎に巻き込んで一度に焼死させたことがある。そのときに油をまいたことも関係したのかもしれないけれど、それでも強力な炎の魔法だった。一人、生き残ったのも瀕死の重傷で、そのまま崖下に落として殺した。それからは、威力があり過ぎるから使わないようにしているけれど・・・」
・・・炎、だと?
人を焼死させる魔法?
やけどではなく、焼死なのか?
人を焼死させるだけの威力がある炎をあやつる魔法・・・。
・・・二十人以上が焼死だなんて、確かに威力がありすぎる。想像以上だ。
人を癒し、命を救う神聖魔法とはまったく異なる。
オーバが今まで誰にも教えたくなかったものだということも理解できる。
「それは、神聖魔法のような、スキルのひとつなんだな?」
「そうだ、スキルとして身に付く」
「オーバは、これからも、誰かにその魔法を教えるつもりはないんだな?」
「・・・ない。これはおれたちには必要がないと思う」
「レベルを高めるためだとしても?」
「だとしても、だ」
あれほど。
アコンでおれたちが生き抜くために、スキルを身に付けてレベルを上げることを重視していたオーバが。
これは身に付けさせないと言う。
そんな、力、か。
「・・・クレアを包んだ光。つまり、クレアは、その魔法で、焼かれたというのか?」
「クレアを包んだ光は、おそらく、また別の魔法だろう」
「別の魔法? 神聖魔法と、炎の魔法と、それ以外にもまだ、いろいろな魔法があるのか?」
「おれにもまだはっきりとは分からないけれど、おそらく、魔法はたくさんあるはずだ」
魔法というものは、そんなにたくさんあるのか。
意外だ。
いや、確かにオーバの言う通り、おれたちには神聖魔法があればそれでいい。他の魔法について知る必要は今のところ、ないはずだ。
・・・誰かを傷つける手段は他にもたくさんある。剣でも、槍でも、弓矢でも、だ。
アコン以外の人たちも使えない魔法なら、おれたちも知らないままでいたっていい。おれたちが学んでそんな魔法を使うようになれば、いずれ、スレイン王国でもそれを使うようになる可能性があるだろう。そうなってからでは遅い。
聞く限りでは誰かを癒す力とは大きくちがうものだ。
スレイン王国でもフィナスン組やキュウエン姫など、何人か神聖魔法の癒しの光を使える者がいるけれど、それは誰かを傷つけるスキルではない。人助けに活きるものだ。たとえおれたちが今それを戦いに利用しているとしても。
オーバの言う通り、魔法は神聖魔法があればそれで十分だ。
だから、オーバに何かを望むのは間違っているのだろう。
しかし・・・。
「・・・オーバは、誰にも教えるつもりがないその魔法を、いったいどうやって身に付けた?」
今までとちがって、オーバがすぐに答えない。
予想できる答えはひとつ。
クレア、だ。
クレアがノイハの言う通りに竜だとすれば口から炎を吐くという。クレアが炎をあやつると言われても納得できる。人間では危険な「向こう側」を生き抜くために必要なスキルとして、そういう魔法が存在していると考える方が納得できるからだ。
オーバはクレアからその魔法を学び、その魔法が使えるクレアをオーバは戦場に出さない。「こちら側」だとそのスキルでは人を殺し過ぎるから。
そして、オーバ以外の人間が知らないその魔法をクレアが教えることができるというのなら、それはクレアが人間ではないということをあらわすのではないだろうか。
「おれは、その魔法をクレアに教えてもらった」
オーバが、おだやかな声で、そう言った。
おれは小さくうなずき、口を開く。
「ノイハの言う通り、クレアは本当に、竜、なんだな・・・」