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第13話:女神と相談して、人命救助に向かった場合

新メンバー、登場? です。

 米を見つけて興奮するおれに対して、他のみんなはきょとんとしていた。よく考えてみれば、稲穂の見た目から、それが貴重な食料になるとは、知らない者には想像できないことだろう。スイカのように大きくて、食べてみればすぐに分かるものとは大きく異なる。

 しかし、おれはこの稲穂がどれだけ重要なのか、誰よりも分かっていた。

 いつもの河原に戻ってみんなで焼き芋を食べ、滝シャワーを浴びて、ウサギとイノシシを確認してツリーハウスに戻る。

 女性陣が滝シャワーを浴びている間に、滝の近くで実験水田にできそうなところを見つけておいた。初めは、1メートル四方の実験水田を何か所か、試してみることにしよう。灌漑用の竹水道もすぐに整備しなければ。実験水田は崩れないように、竹材で枠を固めないと。

 持ち帰った米は、栽培実験室で、苗を育てるために土に埋めて水をやった。土の種類も、5~6種類に分けて、実験している。

 稲穂は三十束ほど、刈り取ってきた。それでも自生していた水稲のうち、十分の一も刈り取ってはいない。あそこに自生している環境を破壊してはならない。あれが残っている限り、こっちの実験は何度でも挑戦できるのだから。

 クマラは、植物の栽培や家畜の飼育に対する関心が高いので、おれにあれこれと質問してくる。それに受け答えすることがヒントになって、実験も進む。

「スイカの方が、大きくて、美味しいと思うけど、オーバはなんで、それに夢中なの?」

「うーん、これのすごさは、育てることに成功したら、分かると思うよ」

「気の長い話よね」

 クマラの声は小さいので、栽培実験室での距離がとても近くなる。

「でも、そろそろ本当に暗くなるから、もう寝ないと」

「ああ、そうだね」

 確かに、その通りだった。

 おれは、寝室へ移動し、クマラはセイハが待つ東階へ移動した。

 寝室では、ジルとウルが待っていた。今日は、おれと一緒に寝たい、と言っていたので、ムッドとスーラにはハンモックで寝てもらうようにお願いしていた。

「オーバ、こっち」

「はやくはやく」

 ジルとウルがくっついてくる。甘えてくる感じがとてもかわいい。いつも、年齢以上に頑張っているので、たまにはこういう時間も大切なのかもしれない。

「あのね、ヨルがね、明日から、お祈りに参加したいって」

「そうか」

「入れてあげていい?」

「もちろん」

「よかった」

 ジルが安心して笑った。

 ジルの頭を優しくなでて、もう寝るように促す。

 ウルはすでに寝息が聞こえてくる。

 ジルから同じように寝息が聞こえてくるまでに、それほど時間はかからなかった。

 一晩寝たら、ステータスは回復する。

 だから、寝る前に、ステータスを消耗する活動をして、情報を得ておく。

 『神界辞典』でスクリーンを出し、『鳥瞰図』で地図を出す。縮尺は最大にして、この近くだけを表示する。『範囲探索』で、青い点滅を確認。おれ自身を含めて、すぐ近くに九人の点滅が確認できた。

 『対人評価』を使って、ステータスを確認する。


 名前:ジル 種族:人間(セントラ教:アコンの村) 職業:セントラの巫女

 レベルなし 生命力9/10、精神力9/10、忍耐力7/10

 筋力6、知力6、敏捷6、巧緻6、魔力6、幸運6


 名前:ウル 種族:人間(セントラ教:アコンの村) 職業:なし

 レベルなし 生命力8/10、精神力8/10、忍耐力6/10

 筋力5、知力5、敏捷5、巧緻5、魔力5、幸運5


 名前:ノイハ 種族:人間(セントラ教:アコンの村) 職業:狩人

 レベル3 生命力26/30、精神力26/30、忍耐力24/30

 筋力16、知力24、敏捷22、巧緻18、魔力11、幸運11


 名前:ヨル 種族:人間(オギ沼の村) 職業:なし

 レベル2 生命力15/20、精神力16/20、忍耐力14/20

 筋力13、知力12、敏捷15、巧緻11、魔力12、幸運8


 名前:ムッド 種族:人間(虹池の村) 職業:なし

 レベル2 生命力18/20、精神力17/20、忍耐力17/20

 筋力13、知力11、敏捷13、巧緻13、魔力9、幸運12


 名前:スーラ 種族:人間(虹池の村) 職業:なし

 レベル1 生命力8/10、精神力7/10、忍耐力7/10

 筋力8、知力9、敏捷8、巧緻7、魔力9、幸運9


 名前:セイハ 種族:人間(ダリの泉の村) 職業:なし

 レベル1 生命力6/10、精神力7/10、忍耐力6/10

 筋力7、知力11、敏捷7、巧緻8、魔力9、幸運8


 名前:クマラ 種族:人間(セントラ教:アコンの村) 職業:なし

 レベル2 生命力16/20、精神力17/20、忍耐力15/20

 筋力10、知力14、敏捷10、巧緻10、魔力11、幸運10


 ジルとウルにはレベルがまだない。二人とも、セントラ教の信者で、アコンの村の人間だ。ジルは、いつの間にか、職業がセントラの巫女になっている。ちなみに、ノイハとクマラもセントラ教の信者になっていて、アコンの村の人間と示されていた。

 不思議なのは、兄妹なのにセイハはまだダリの泉の村の人間だというところだ。ヨルもオギ沼の村の人間のままだが、そっちはそうかもな、と思う。

 レベルは一番高くてノイハの3だ。ムッド、ヨル、クマラがレベル2で、セイハは7歳のスーラと同じレベル1だ。

 セントラエムの話によると、レベルは年齢とかに関係なく、所有するスキルの数で決まるのだけれど、こうやってステータスを見ると、セイハが弱過ぎる気がしてしまう。妹のクマラよりもレベルが低いというのは、兄としてのプライドにかかわるだろう。

 まあ、みんなはこうやってステータスを見られる訳ではないので、数値として気になることはない。その代わり、ステータスの差は、はっきりと行動にあらわれてしまう。竹を運ばせると、14歳のセイハよりも9歳のムッドの方が役に立つ、とかね。

 続けて、縮尺を可能な限り小さくして、スクリーンに出せる最大の地図を出す。

 ああ、スキルレベルが上がったんだな、と分かる。

 今までよりも、広い範囲が示されている。

 アコンの群生地を中心として青い点滅があり、大森林をほとんどカバーして、南側の石灰岩の台地も範囲になっている。

 大森林外縁部の北北東にある青い点滅は虹池の村のジッドたちだろう。

 そうすると、北北西の赤い点滅は大牙虎の群れだ。ここが、ダリの泉の村なのだろう。

 西北西に、黄色の点滅がある。花咲池の村ではないか、と予想する。あれ? と思うのは花咲池から大森林に入ったところで、やはり黄色の点滅がある。日没した後に、大森林の中にいるのは不自然な気もするが、泊まりで狩りをしているのかもしれない。

「セントラエム、西北西に、何か動きはあるかな?」


 ・・・私が把握できることでは、スグルに伝えられることはないようです。


「そうか。花咲池の村で何かがあったのかもしれない。夜間の警戒を頼む。問題があればすぐに起こしてほしい」


 ・・・はい。任せてください。


「空気が重い気がするけど、明日は雨かな?」


 ・・・おそらく、そうでしょう。その気があれば、晴天祈願はできますが?


「そんなこともできるんだ。セントラエムはすごいな。でも、雨でいい。ここに来てから、みんな休みなく頑張ってるし、雨なら明日はこのツリーハウスでのんびりできるさ」


 ・・・スグルはすばらしい族長だと思います。村人たちの休息にまで気を配るとは。


「族長、ねえ・・・。まあ、一番強いし、しょうがないか。

 本当は別に強い訳じゃなくて、レベルが高いから能力値がダントツに高いだけなんだけどね・・・。

 ノイハやセイハが大牙虎を蹴ったり叩いたりして与えられるダメージの何倍もの力を一度に加えられるだけ。だけど、それが圧倒的に飛び抜けているから強い。

 まあ、族長と言われてもまだ実感はないかな・・・。

 それでさ、セントラエム、『鳥瞰図』のスキルレベルが上がったみたいで、たぶん、だけど、この前行った虹池の村なんかも、地図内におさまるようになった。

 おかげで、大牙虎の動きはかなり把握しやすくなるけど、これでスキルレベルは10とか、そういう感じかな?」


 ・・・いいえ。スキルレベル10というのは、ほとんどならないものです。正確に『鳥瞰図』のスキルレベルを確認してみますか?


「どうやって、確認するの?」


 ・・・オーバに対してであれば、わたしは『神眼看破』のスキルで、ステータスを細かく確認できるのです。


「いや、今はいいよ。また、知りたいと思ったら頼む。それよりも、今日はありがとう。言われた通り、川を下って探索したら、最高のものが手に入ったよ。これが、セントラエムが教えてくれたものだろう?」


 ・・・そういう訳ではないです。『神楽舞』というスキルを使って、占いのようなことをして、それで感じたことを伝えただけですから。何かが見つかるとは思っていましたが、何が見つかるのかは分かっていませんでした。


「そっか。それでも、女神の守護に感謝するよ」


 ・・・明日も、気をつけて。


「ん・・・」

 さすがに興奮し過ぎて、おれも疲れた。

 でも、米を見つけて、興奮しないはずがない。狩猟、採集の生活でもなんとかなりそうなくらい、食料は豊富だが、稲作が出来れば、さらに安定した食料が保存できるので、農耕定住が期待できる。先に進めていた栽培実験中の豆は既になんとかなりそうだし、今回はスイカも発見した。

 正直なところ、稲作には自信がある。

 教室のベランダで、ペットボトルでの稲作体験を何年も続けて試したが、まさに一粒万倍、秋の家庭科での調理実習は自作した米で、カレーライスを作っていたくらいだ。

 品種改良だの、なんだの、といった現代の米とは違うかもしれないが、確保したまさにその場所と同じ気候での栽培だ。成功する可能性は高いと期待できる。

 今夜はいい夢を見たいものだ。




 翌朝、雨の音で目が覚めた。

 ジルとウルも目を覚ましていたが、雨だとできることも少ない。

 とりあえず、ハンモックがない東階の二段目、セイハとクマラがいるところに移動する。セイハはまだ寝ているようだが、クマラは目を覚ましていた。

「オーバ、どうしたの?」

「雨だと、作業はできないからな。ここはハンモックがないから、こういう時は、みんなが集まる場所になる。寝床なのにすまないな」

「いいえ。それは気にしないで。それよりも、ウサギやイノシシに、雨よけがいると思うけど」

「ああ、そういや、あのままじゃ雨ざらしだな。ちょっと、竹を持って行ってこよう」

「わたしも行くわ」

「ジルも」

「ジルはここでみんなを集めて待っていなさい。女神へのお祈りも忘れずに。竹は大きいまんまじゃ、まだジルには運べないからね」

「分かった、そうする」

 おれは、クマラをともなって、ツリーハウスを下りた。


 東階の下で雨を避けて、切り倒しておいた竹を四本分、四分割にしてから、芋づるでしばってまとめる。

 クマラと二人でその竹板を持って、ウサギとイノシシのところへ急ぐ。竹四本分の竹板はクマラにはかなり重そうだ。

 雨は冷たいが、基本的には熱い気候なので、少し降られるくらいならかえって気持ちがいいもんだ。

 ウサギもイノシシも、少しでも雨に濡れないように、囲いのすぐそばに寄っていた。クマラが気づいてくれて良かった。四分割にした竹が、屋根になって雨よけになるように、囲いの上に斜めに並べていく。竹板の下に、ウサギもイノシシも移動してくる。

 今は、とりあえず上にのせただけなので、晴れたら、きちんと雨よけを設置しよう。

 四か所とも、竹板を置いたので、アコンの群生地に戻ろうとしたところ、空が明るく光った。

 雷だ。

 悲鳴をあげたクマラが抱きついてきた。

 音は遠い。

 そっと抱き寄せて、木蔭に入る。

「大丈夫だ。音が遠い時、雷も離れているはずだ」

 クマラはおれから離れない。

 また、明るく光った。

 クマラの腕の力が強くなる。

 おれは、さっきよりも少し強く、抱きしめる。

「怖いか?」

「うん・・・」

「もう少し、我慢すれば雷も離れていくから」

「うん・・・」

 雨がその強さを増す。

 ごろごろという音は続く。

 一分も経ってはいないとおもうけれど、一瞬強くなった雨が、すぐに弱まっていく。

 おれは、クマラを抱きしめていた腕をゆるめて、その頭をなでた。

「よし、今のうちにアコンの群生地に戻るぞ」

「うん・・・」

 おれが走り出すと、クマラもその後を追いかけてきた。


 ツリーハウスでも、雷で大騒ぎだったようだ。

 ここに転生してきてから、自然の偉大さばかり、感じてしまう。

 雨と雷くらいで今はまだ済んでいるが、これが台風とかになると、本当にどうなってしまうのか、想像もつかない。ある程度、覚悟を決めておかなければならないだろう。

 東階の二段目に集まったみんなは、おれとセイハ以外で女神へのお祈りを始めた。ヨルは初めてのお祈りということになる。

 その後の体操からは、一段目の下に降りさせて、いつも通り、やらせた。拳法修行も、同じようにやらせた。ノイハとセイハは参加していない。セイハは、ノイハに頼んで、ハンモックを体験していた。やれやれ、これではどっちが子どもなんだか。

 あとは、それぞれ、休息をとるように伝えたのだが、ジルとウルが文字の練習を始めて、他の全員がそれを取り囲んだ。一人一人の名前をカタカナ、ひらがなで書いていくジル。ジルの書いた字を書いて練習するウル。ムッドとスーラがすぐに真似をして、自分の名前を教えてもらって、喜んでいた。ノイハはすぐにあきて上へ行ったが、セイハは一緒になって字を書いていた。ヨルやクマラも興味をもったので、おれもアドバイスをしながら、近くで見守っていた。

 それぞれが、お互いの名前をカタカナで書けるようになった頃合いで、おれは食事の準備に行った。調理室は、おれが使うつもりだったけれど、クマラとヨルが手伝いたいというので、ついて来させた。アコンの木を火事にしないためにも、安全な使い方を覚えてもらわなければならない。

 調理室のかまどは、一番下に大きめの平石がふたつ、並べられている。これが灰受けになる。燃え落ちた灰で木が焼けないようにするためだ。そこに、少しだけ、うっすらと水を張って、さらにいくつかの川石をおいていく。その川石の上に薪と竹炭を並べ、獣脂を十分に塗る。これで燃料は濡らさず、燃え落ちた灰は消火できる。その上に別の平石を置いて、かまどの準備はできた。

「すごい。こんなことができるなんて。灰は平らな石の水の上に落ちるのだから、これで、木の上で火を使っても、燃えないのよね」

 クマラがこの仕組みに納得して、ヨルに説明している。

「もちろん、火を強くしすぎないようにしないとだめだね。じゃあ、竹筒に干し肉とイモのスープを作る準備をして、火を起こそうか」

 平石の上で煮るには土器よりも竹筒の方が熱しやすい。土器は直火で煮込めるのだが、土器を川石では安定させられないから、仕方がない。

 ただし、直火ではないので、石が熱くなって、竹筒が温められるのはさらにその後だ。薪と竹炭をタイミングよく追加していく必要がある。

 おれたちはかまどを囲んで座り、おれがクマラの稲作、畑作、牧畜に関する質問に答えるという形を中心に、いろいろな話をした。


 食後の『鳥瞰図』での範囲探索で、虹池の村に異変はなく、大牙虎の群れもダリの泉の村から動いていない。ところが、西の森の中にいた黄色い点滅に異変があった。「怪我」「衰弱」という表示が加えられていたのだ。

 黄色は敵でも、味方でもない、存在、ということらしい。

 今は、人間と大牙虎を意識して探索しているのだから、この黄色は人間、のはず、だ。昨日の時点では狩りに入ったのだろうと思っていたが、かなり奥深い森の中にいる時点で、何か事情を抱えているのは間違いない。

 雨の中、動くのはかなり難しい。

 しかし、知ってしまった以上、放っておくのも、後味が悪い。

 おれだけが全力で移動すれば、今日中に行って、戻っては来られる。ただ、助けて、連れ帰るとなると、今日中とはいかないだろう。

 大牙虎の群れは、まだ、ダリの泉の村から動く気配がない。

 ジルたちがアコンの群生地でツリーハウスにいて大人しくしていれば、特に問題はなさそうだ。

「セントラエム、西の森に、人間の遭難者がいるみたいだ。助けた方がいいかな?」


 ・・・どうして迷うのですか? スグルらしくありませんね。


「おれが単独行動することになるからな」


 ・・・みんなで行かずに、スグルだけで助けに行く、ということですね。迷いは、他の者たちを残していくことにある、というところですか。ここに残る者たちに危険がないと判断できるのであれば、助ければいいと思います。仲間は、多い方がよいと、スグルも感じているのでしょう?


「助けて、ここに連れ帰るってことだな。それが、いいかどうかは、分からないけれど」


 ・・・食料問題は、解決策をいくつも立てて、改善に向け、努力しています。もし人数が増えたとしても、半年くらいは問題がないのではないですか? それならば、人手が増えることの方がこの村にとっては重要でしょう。それに、人手が増えるだけでなく、ここに人間が集まること自体、これからの実験に都合がいいのではないですか?


 そう。

 実験なんだ。

 おれとセントラエムで話し合ってきた、これからのアコンの群生地での暮らし。

 みんなのためにもなるけれど、これは実験。

「セントラエムの判断には、従った方がよさそうだね」

 おれは、もう一度、みんなを東階の二段目に集めることにした。


 みんなが集まったところで、おれは口を開いた。

「女神さまからの神託で、西の森に倒れている人がいるという知らせがあった」

 女神からの神託、という形が一番説得しやすい。

 セントラ教の信者も増えてきているしね。

「助けに行くのか?」

 セイハが問う。

 ・・・まさか、雨の中は動きたくない、みたいな感覚じゃないだろうな。

「雨は、おれたちの体力を奪う。甘く考えてはいけないと思う。さっき、ウサギのところに行っただけで、クマラはかなり疲れてるぞ? 雨の中、行動するのは、厳しいんじゃないか?」

 セイハが正論を言う。

 確かに、その通りだ。セイハが正しい。

 正論を打ち破るには、議論をしないこと、だろう。

「女神が助けろと言う。だから、助ける。それだけだ」

「オーバ、なぜそこまで、女神を信じる?」

「それこそ、聞くまでもないよ。おれは、女神によって守られているし、女神の力を借りている。女神を信じるのはおれにとっては当然のことで、女神の命令には従う、というのも、おれにとっては自然なことだからな」

「ジルも、女神さまを信じる。だから、助けに行く」

「ウルも」

「オーバがそう言うんなら、しょーがねぇよ。おれも、怪我してたのを助けてもらったから、女神さまは信じてるしな」

「ここにいる全員が、おまえたちほど、女神を信じている訳でもないだろう」

「そりゃ、ちょっとは差があんだろよ。でも、オーバを信じるのも、女神さまを信じるのも、おれには同じようなもんだ」

 ノイハが能天気な声で、大切なことを言う。

「わたしは、女神はともかく、オーバは信じる」

 ヨルもそう言う。

 今日が初めての女神へのお祈りだったヨルは、まだまだセントラ教には染まっていないようだ。

 おれは、おれを信じるのも、セントラエムを信じるのも、同じだ、というノイハの言葉に感動させられた。ノイハはいろいろとさぼりぐせがあるけど、いい奴だよ、ホント。

「お兄ちゃん、わたしたちの長はオーバよ。わたしはオーバに従うわ」

「クマラ・・・」

 クマラの言葉に、セイハは嘆息した。「分かった。オーバが長だ。それは間違いない。オーバの決定に従おう」

 そう言ったセイハの言葉に、全員、うなずいた。

「ありがとう。では、女神の命令に従うとする。おれは、今から全力で西の森に向かう」

「おれは?」

 クマラが問う。

「そう。行くのはおれだけだ」

「・・・団体行動が基本、じゃなかったか?」

「女神さまは、ここが今は安全だとおっしゃった。そして、西の森へは急がないと間に合わない」

「その人たちが危ない状況にあるのね」

「そういうことだ。おれが全力で走れば間に合うが、みんなで行くとその速さはない。それでは助けられない」

「わたし、走るのだけは得意なのだけど」

 ヨルがそう言う。「ダリの泉の村にも、それでたどり着いたの」

「それでも、おれの全力についてはこられないだろう」

「・・・」

 ヨルは黙った。

「この家にいれば安全だ。今夜か、明日にはおれも戻る。それまでは、ジル」

「はい」

「女神の巫女たるジルがここの長だ。他の誰も、ジルに逆らうな」

「・・・分かった」

 ノイハが一番に了解した。こういう素直さがノイハを生かしてきたのではないかと思う。

「ジル、おれが戻るまで、ここは任せる」

 ジルは真剣な顔でうなずいた。




 アコンの木を下りた後、おれは全力で走ってみた。

 自分でもびっくりするほど速い上に、長距離を走ってもほとんど疲れない。

 『運動』スキルレベル10というのは、実に怖ろしい。

 マラソンでオリンピック金メダルなんて余裕じゃないだろうか。

 そう思っていると・・・。


『「長駆」スキルを獲得した』


『「高速長駆」スキルを獲得した』


 久しぶりにきました、いつもの奴です。

 しかも二連続です。

 おそらく、マラソン系スキルだろう。

 明日から、ランニング系のトレーニングも取り入れようと決心した。

 スキルを意識して、さらにスピードを上げる。

 改めて、スキルというものの怖ろしさを感じる。『高速長駆』スキルで走ると速いなんてもんじゃない。人間の走る速さではなく、何か機動力の高い乗り物に乗っているような速さだ。

 スクリーンは出さずに、脳内処理で『鳥瞰図』を開き、『範囲探索』をして目的地に向かう。途中でスキルを獲得したおかげで、目的地には予定よりもはるかに速くたどり着いた。

 そこには、二人の人間がいた。

 雨を避けようと木の根元に座り込んだ女性が右足から血を流しながら、両腕で少女を優しく抱いて、目を閉じていた。

 雨音が一層大きくなり、雨は大粒になっていた。

 新たな出会いは、大雨の中だった。

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